『香港寓話』
月の光が波に反射して煌めいていた。
その波の行き着く先には倉庫が立ち並んでいて、その姿を波に映している。
いつもと変わらない夜の港には人影はない。
ちいさな黒猫がドラム缶の上で丸くなっているだけだった。
風が吹いて空の上の雲を動かした。
それはゆっくりと流れ月にかかっていく。
光が小さくなってあたりが真っ暗になった。
すべてが夜の底に沈んだとき闇より黒い何かが動いた。
ドラム缶から、倉庫の屋根から、木箱の陰から。
次々と飛び出してくる10個の闇。
黒猫が身体を起こし小さく鳴いてその身を翻して駆けていった。
そのとき闇が一斉に走った。
10個の闇が倉庫の隙間を駆けていく。
そして立ち止まった。
闇たちの進行方向にひとつの人影があった。
わずかな停滞。
だがそれも一瞬、闇と人影が激突した。
コンマ数秒で一気に肉薄する闇と人影。
鋭い金属音と白い光を発して交錯した闇と人影。
そして数瞬のち闇が崩れた。
それが始まりの合図だった。
次々と飛びかかる闇。
人影はそれらをまるで舞うようにあしらっていく。
時折見える白い光のあとには、闇が崩れていく。
そして闇がすべて崩れた。
雲が流れ月が顔を出す。
月明かりに映し出された闇。
それは黒のスーツを着た人間の死体だった。
たった一人立っていたのは人影。
その両手には太刀には短く、かといって脇差ほど短くない刀が握られていた。
その人影は、転がっている今さっきまで人間だったものに目を向けると構えていた2振りの刀を納め、深くため息をついた。
風はまた強く吹き雲が月を覆い隠していく。
あたりが再び闇に沈もうとする中、人影はくるりとその身を翻し、歩き始め・・・・・・・・なかった。
後ろから人の気配がしている。少し身体をこわばらせた人影は、だが次の瞬間、力を抜いてポツリとつぶやいた。
「・・・・・・・・陣内・・・・隊長・・・・・・・・ですか。」
それに答える静かな声。
「よくわかりましたね。」
人影が振り向いた先。
ついさっきまで死体しかなかったはずの倉庫の間に一人の男が立っている。
長く伸ばして細くまとめた黒い髪が風に静かになびく。
細身の体から発せられる気配がただものではない雰囲気を醸していた。
「ご苦労様です。美沙斗くん。」
ねぎらいの言葉をかけられた人影・・・・・・・美沙斗は振り返った。
「・・・・・・・・・・いえ・・・・・・・・・・。」
倉庫の脇に止められた黒の乗用車のそばに2つの人影が立っていた。
美沙斗と陣内と呼ばれた男である。
「しかし、美沙斗くんは強いね。10人の戦闘員・・・・・・・まあ雑魚とはいえ、彼らをたった1分で倒してしまうのですから・・・・。」
「見ていらしたのですか・・・・・恐れ入ります。」
陣内はなにも言わず左のポケットからタバコの紙ケースを取り出す。
「吸うかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙を否定ととったのか陣内は一本だけタバコを抜くとケースを右のポケットに戻した。そして火のついてないそれをくわえて息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・火を・・・・・・・・・・・。」
美沙斗がそういいかけるが陣内は軽く首を振って手を顔の前まで持ってきた。
パチン。指が鳴ったときにはくわえていたタバコに赤い点が光っていた。
白の煙が立ってタバコ独特の香りが辺りに漂った。
「驚きましたか。」
「・・・・・・・・・・いえ・・・・・・・・・。」
陣内は少しさびしそうに微笑むと深く息を吸い、吐いた。
白い煙が宙へと消えていく。
その煙を眺めていた彼はゆっくりと口を開いた。
「美沙斗くんがこっちに来てから、もう早いものですね。半年がたちました。リスティから紹介を受けたときですね。」
すっと目が細くなる。
「君は強いといわれていました。ですがまさかこれほどとは・・・君は強いですよ。今まで僕が見てきた中で、最も。」
「・・・・・・・・・・・いえ、そうでは・・・・・・・。」
だが陣内はそれを否定するように首を振った。
「いや、実際君はこの半年間すばらしい手際で仕事をこなしてきた。」
「永全不動八門一派・御神真刀流 小太刀二刀術。今、日本の中で最強の剣術。そして大陸でも圧倒的な強さを持つ。その皆伝である美沙斗くんです。あなたは強いですよ。けれどですね、」
陣内はここで言葉を切って美沙斗を見た。細い目がさらに細くなった。
「美沙斗くんは何が心残りなんでしょうか。まだ日本でやり残したことがあるという顔をしてますよ。」
「つっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
明らかに動揺する美沙斗を見て陣内は深くため息をついた。
「やっぱりですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぜ・・・・・・・・ですか。」
陣内はタバコを地面に落とすと2回足で捻りまた深くため息をついた。
「わたしは仮にも隊長ですよ・・・・・・・・・・・部下のことがわからなくてどうするんですか。」
「それに・・・・・・・・・弓華も小府も小龍も楊さんもそしてわたしもみんな気づいています。それと同時に心配しているんですよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すいません・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
頭を下げようとする美沙斗を軽く押しとどめた陣内はにこりと笑った。
「・・・・実は・・・・・・・・。」
わけを話そうとする美沙斗を遮って陣内はいう。
「いえ、わたしにいうことではありませんよ。しかしそのままではよくない。そこでです。あなたに新しい任務を与えます。」
「・・・・・・・・・・・・・任務ですか・・・・・・・・・・・・・。」
少し驚いたような顔をしている美沙斗に陣内は再び左のポケットからタバコの紙ケースを取り出すとさっきみたいに火をともした。
「任地は日本の海鳴市。任期は終わるまで。そして任務は心残りを解消すること。わかりましたね。」
さらに驚く美沙斗に陣内はやさしく声を掛ける。
「いってらっしゃい。」
「・・・・・・・はい。」
また陣内の目が細くなった。
そして少し笑って彼は唐突に消えた。
あとに残された美沙斗はその場で立ち止まっていたがすっと車に乗り込んだ。
車が走り去っていく。
空が白みはじめていた。
小さい黒猫がとことこと堤防の縁を歩いていって、
「にゃぁ。」
と鳴いた。
次の日美沙斗は旅の支度をしていた。
ここからはまた別の話・・・・・・・
<あとがき>
はい、こんにちは。
コウです。
『香港寓話』
どうでしたでしょうか?
これは美沙斗と啓吾さん(美緒の父です。2参照)のSSです。(まっ読めば判るか
某作品の最後に美沙斗とイレインのSSをそれぞれ書くといったので書いてみました。
この中で啓吾さんすごいですね。
火をおこしたり、
右のポケットに入れたタバコが左からでできたり。
まあ、次も頑張ります。
くどいですが・・・・
『第一回とらハシリーズで最強武闘派キャラは誰だ!!!選手権』
の感想もよろしく!!
おお、早速の投稿ありがとうです。
美姫 「格好いいわね〜」
うんうん。こうして、美沙斗は海鳴へと戻るわけですな。
美姫 「うーん、イレインSSも楽しみにね」
コウさん、頑張って下さい。
美姫 「ファイト!」
お〜。