―――それは、全ての源だったのだと人は言う。
人が生み出したものにして人の身に余るもの。
遥か遠く彼方に残された深い傷痕。
長き眠りにつきし、理想の具現。
されど眠りとはいつかは覚めるもの。
囚人はいずれ牢獄から出て―――生者はいずれ死に眠る。
繰り返される輪廻の輪。運命の歯車。
鍵は揃い、器もまた永い夢から目覚める時。
さあ、ともに詠おう始まりの輪廻と終わりの輪廻が神合うこの時を。
そして聞くがいい。彼らの嘆きと彼らの欲望を。
『神よ、どうして私を見捨てたのか』
魔法少女リリカルなのはA's――side KYOUYA 第2部
『Kyrie eleison』
第一話 『かくて平穏は終わりを告げる』
疾風が地を駆け抜けた。
停滞する風をさながら刃になったかのように切り裂き、走る。
「はあっ!」
相対するは焔。
燃え盛る紅蓮をその身に纏い、剣が引き起こす爆風で風を押し潰さんとばかりにこちらも駆け出す。
激突する剣と剣は、衝撃が激しい火花と音を散らせた。
力で迫る剛の剣を業で捌く柔の剣。
風は捌ききると同時に逆手の剣を抜き放ち畳み掛けるように連戟を繰り出した。
それはさっきとは手のひらを返したように振るわれる剛の剣。
一撃一撃が台風のような暴力をもって炎を消し去ろうとする。
しかし炎も屈するようなことはなく逆に風を取り込み、より高く強く自身を猛らせる。
「紫電一閃!」
<Explosion!>
剣から排出される薬莢。それを合図に魔力で編まれた炎が剣を覆い、高速で走り寄り余波を撒き散らしながら破壊の塊を振り下ろした。
「白姫!」
<絶対防御!>
風は自分にむかって振り下ろされる剣を両の眼で捉え、双剣を眼前で交差させる。すると片方の剣から声が聞こえると共に白く耀き、目の前の炎剣と同じように薬莢が排出され白い障壁が展開された。
ミシリ、と空間が軋む。
炎の持つ圧倒的な熱量と白の盾が放つ抗魔力が反発し合った結果、荒れ狂うエネルギーが一箇所集中しているのだ。
そのまま拮抗が続くかに見えた攻防だったが、数秒間耐えたと思うと白の盾が音を立てて砕け散る。
だが驚愕の表情を浮かべたのは炎の方だ。ついさっきまでそこにいた風が跡形も無く消失していた。気配もしない。あるのは漠然とした悪寒で――
「・・・・・・そこか!」
刹那、本能が警告を発した。
脊髄反射に近いそれで効き足を軸に身体を回転させながら剣を後方へ。
同時に何も無かった空間から剣と風が現れた。炎は互いの剣が噛みあうと魔力を注ぎ込み反共鳴させ距離をとるように跳躍する。
跳躍しながら―――炎の剣は蛇と化した。
幾重もの刃で構成された連結刃。鞭のように撓りながら風へと殺到する。
風はそれを紙一重で避け続け、袖口から大量の鋼糸を連結刃へと飛ばした。
空を染める鋼糸はまるで意思があるかのように蛇に喰らいつく、が―――
「っ!?」
蛇は急速に主の下に身を翻す。連結刃は巻きついた鋼糸を巻き込むようにして元の形へともどろうとする。
風は咄嗟に己の失策に気付き、急ぎ鋼糸を離そうとするがさせじとばかりに蛇は空を駆け抜ける。
結果、当然のように風は炎へと引き寄せられ
「・・・・・・勝負あったな」
「・・・・そのようだな」
言葉が示す通り、首元に突きつけられた刃先が雄弁に勝敗を物語っていた。
無言のまま、炎と風は向かい合う。
しばらくの間を空けた後、シグナムと恭也はどちらともなく笑みを浮かべた。
お互いの武器を仕舞い帰路に着く途中、恭也は唐突に口を開いた。
「それにしてもすまなかった。付き合せてしまって」
「いや、問題ない。また手合わせしてみたいと思っていたところだったからな」
それに今度は勝ちを拾えた、とシグナムは薄っすらと笑む。
今しがた恭也達がやっていたのは手合わせとはいっても仕合いではなく「死合い」と呼ばれるものだ。
ただの魔導師としての訓練ならばなのはやフェイトでもよかったがこればかりは彼女達とやるのは恭也には憚られた。
いくら強いとはいえまだ子供。
たとえ訓練だろうとも殺気と殺意を向けたくは無かった。
「そういえば彼女達はどうだ?」
「ああ、そっちも順調だ。リインフォースは私達と共に主の管理局での仕事をサポートしてくれているし、リアも頑張ってくれている」
「……そうか」
ほう、と恭也の口から微かにだが安堵の息がもれた。
完全なる夜天の魔導書リインフォース。そしてその修正保護プログラムたる妹のリア。
姉妹のような二人のその顛末は闇の書事件まで遡ることになるが、まあここでは割愛するとしよう。
ともあれ、あのあと管理局に報告するにあたり紆余屈折ありはしたがなんとか彼女らの存在とその安全性については理解させることはできた。
無論その背後に様々な利潤関係や根回しがあったのは想像に難くない。
―――闇の書事件に関してその中心たる守護騎士や闇の書もとい夜天の魔導書、そして主たる八神はやて。彼女らが条件付きとはいえ実質の無罪となったのには理由がある。
それは単に夜天の主にもたらされる『蒐集能力』というレアスキルのためだ。
八神はやてを処分するよりも稀少なその能力を有効活用したほうが得策だから、彼女が罪に問われなかったに過ぎない。
クロノが思っているほど管理局は甘くない。彼らの仕事は次元世界の秩序保持。
つまり次元世界全体でみて必要だと思えば”どんなことでも”実行する。
それがたかが少女一人の命と引き換えならば安いものだ。何のためらいも無く処分するだろう。
理想だけでは何も変わらない。理想だけで現実は救えない。
……例えそれが、どんなに理不尽だったとしても。
「ところで恭也、時間はいいのか?」
「…む。いかん、少し急ぐか」
「そうしよう。私の方も遅くなって主をお待たせするわけにいかんからな」
言いながら彼らは歩調を強め、歩いていく。理由は単純―――もう朝食の時間だからだ。
そんな、単純な理由が理由になるということはどれだけ幸せなことなのだろうか。
幸せと呼ぶには小さいソレを噛み締めながら二人は歩みを深める。
シグナムは己が主や仲間達、家族の待つ家へ。
恭也もまた己が家族や友人達の待つ家へ。
お互いに、待つべき者達の居る場所へと帰っていく。
今其処に、確かに在ると感じられる平穏な日常へと。
………しかし、それは、本当に?
――ある者は、幸福と不幸はコインの裏表にすぎないと。
――ある者は、幸福とは世をめぐる金貨と同じでしかないと。
歴史の影において、それぞれの思惑は違えど道のたどり着く先で彼らは共に同じ結論に達していた。
幸福という椅子は限られた数しか用意されておらず、残りのものは等しく不幸を享受するしかない。
コインの裏表が乖離することはない。乖離した瞬間それはコインでは無くなる。
不幸はなくならない。
全ての者が幸せになることはできない。
誰かが幸せになれば誰かが不幸になることは、もはや真理なのだと。
覆せぬ世界の枷だと。
だとすれば、これは恭也達にも当てはまるのではないのだろうか?
――――そうして再び誰かに弾かれたコインが、この瞬間宙を舞った。
その薄暗い一室で、数人の人影が顔を突き合わせていた。
「ほう、では見つかったと」
「はい。現存するかぎりのデータベースでの照会の結果、合致率はおおよそ85.14%です」
円形の卓の側に立つ青年はそういうと卓上に光学ディスプレイを呼び出し、件のデータを表示させ、さらに続ける。
「予測場所も読み通り、虚数空間内部と判明しました。意図的に次元境界面を幾重にも重なり合わせた境界結界が構築されており二重の封印が架けられているようです」
彼の言葉が声を成す度に、ディスプレイが切り替わり今度は立体ホログラフで描かれたものが表示される。
彼らのいう探し物とはこの多数の曲線の内側の仲にある光点のことなのだろう。
「ふむ。とするとやはり次元震をおこさねばならぬのぅ」
「なに問題なかろう。そのための装置は既に完成している―――いやいや、プレシア=テスタロッサも良い置き土産を残してくれたものよ」
先ほどとは違う二人の人影が今度は言葉をもらす。その声には隠し切れない喜悦が混ざっていた。
「では実行に移すとしよう。よいな」
卓の上座に位置する、おそらくはリーダーであろう人物が厳かにそう言うと周りの席のものが一斉に頷く。
「うむ。では予定通りに―――カイ」
「はっ。仰せの通りに彼のアースラスタッフ、リンディ提督およびレティ提督、およびその関係者は全て別働任務を与え遠ざけておきます」
カイと呼ばれた卓の側に立っていた青年は恭しく頭をたれるとそう言って返答を返す。
「彼の者達は厄介だからな。優秀なのはいいのだが如何せん真面目すぎる。時には犠牲も必要だというのに」
困ったものだ、といった感じでそうリーダー格の人間が言うと周りの席のものもまったくだ、と相槌を打った。
しばしの間。静寂に包まれたのを見計らって中心の人影が立った。
「諸君。いよいよ我らが悲願が叶う時が来た。これが達成できたとき次元世界は永遠の安寧と平穏を得るだろう!」
彼はそう言うと部屋に座る自らの同士たちに視線を走らせ、続けて言う。
「では始めるとしよう!秘宝に護られし我らが真なる世界を取り戻すために!!!」
「そして次元世界に絶対の法と秩序を!」
すると一斉に周りの者たちが立ち上がり礼を取り、誇りに満ちた声を張り上げた。
「「「「「我ら久遠の末裔の名の下に!!!」」」」」
そして
「取り戻すのだ!!『賢者の意思』をっ!!!」
……コインは未だ、空に舞ったまま。
あとがきのようないいわけ
はい。というわけで第2部開始です。
本当は番外編とかを先にやりたかったのですが時間とか諸事情の結果同時進行という形に落ち着きました。
とまあ最初から飛ばしてますが導入部なのでこれぐらいがいいかなと。
あー、あと勘のいい方はなんとなく判ったかも知れませんがそれは私とアナタの秘密の方向で!(汗)
バラさないで下さい(涙)
さて、最初の恭也とシグナムの訓練風景。本当はヴィータあたりにしようかとも思ったんですがいくら守護騎士の一人でも見た目はやはり子供ですから殺しの訓練には突き合せないだろうなと思いシグナムにしました。
第1部では負けっぱなしのシグナムさんですが今回は勝ちました。というか彼女は普通に恭也と互角ぐらいの腕前なはずなので。魔法なしでもやはり経験が恭也と同じくらいですから。根拠は「夜天の魔導書」自体は何百年も前からあったのでしょうけど実際に稼動していた時間がイコールではないと思ったのでシグナムや守護騎士達の実力について、本SSではこのように解釈しております。
リインフォース姉妹(?)の名前は頂いた意見を考慮してドイツ語から。
リアは『Reinheit』で『無垢』からきています。そうとういじって今の形に落ち着きました。特にリアは相当です。何回も発音いじったり混ぜたりしながら決まりました。当然本来の読み方は全然違います(汗)
そんな感じで第2部の方も進めていきたいなと思います。
…あ、カイ君は多分これっきりです(ぇ
と言ったのに2話以降でもバンバン出てきてるカイくんでしたw
大まかなものは変わっていませんが若干流れを感じられるように加筆してみました。
……変わってるといいなあ(遠い目
第2部スタート。
美姫 「行き成り怪しさ爆発の会話」
さてさて、一体どんなお話が始まるのかな〜。
美姫 「うーん、楽しみね」
まったくだ。しかし、クレさんの心配する勘の良い人とは、かなり良い人じゃないのかな?
美姫 「流石にこれで何となく分かる人はいるかしらね」
うーん、居るのかも。そんな人は何も言わない。これはお兄さんとの約束だ。
美姫 「アンタとの約束なんて守る必要はないけれど、クレさんに迷惑は掛けれないもんね」
酷い言われようだが、まあ良い。
美姫 「因みに、アンタは何か気付いたの?」
いや、全くと言っていいほど。うーん、穴が開くほど見つめれば、何か分かるかも…。
美姫 「いや、それはないって」
ともあれ、次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」