―――僕達は、いったい何が欲しかったのだろうか。

 

この頃、そんな事ばかり考えている。

もちろん今ある全てを否定することは出来ない。だからこそ僕らは今、此処にたっているのだから。

でも、と最近思うのだ。

誰にも手に出来なかった知識は得た。

誰にも手に出来なかった魔法を生み出すことは出来た。

誰にも手に出来なかった世界すら御する術を手に入れすらした。

けれど、その代わりに人として何か大切なものを失くしてしまったのでなないだろうか、と。

もしかしたら僕らの祖先の選んだ道は誤りだったのではないのだろうか、と。

他者を拒み、世界を切り捨て、自己のみでの完結を目指す。それはとてもとても悲しいことなのではないのか。

孤独は優しい。

優しい、けれど。

孤独は優しいだけで、孤独は包み込んでくれるだけで、ただ、それだけなのだから。

決して、想ってはくれはしないのだから。

だから、この僕らの結末もひょっとしたら必然だったのかもしれない。

 

 

                                 ――『日記』205ページより抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3話    『残滓と傷痕』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

身体を捻らせたフェイトの頬を掠めるように機械の豪腕が通過する。

眼前には聳え立つという表現がぴたりとはまる機械仕掛けの巨人。

「フェイトちゃん!」

上空から聞こえてきたなのはの声と、共に数多の魔弾が降り注ぐ。魔弾はフェイトの側を通り抜けた腕めがけて殺到していた。

「gnuggNYTYBVJZKOokkllp!!!」

巨人にも痛覚があったのか。ボロボロに破壊された腕に雄叫びを上げながら背に装備されていた二門の砲塔がなのはを照準し、コンマの間で発射。

「っ!」

ガキン!というコッキング音が間髪いれずに響き渡り、レイジングハートにカートリッジが装填され

<Protection・POWERED>

主の危険を察知し、主の意を汲んだデバイスは即座に魔法式を組み上げ前面に盾を展開した。

組み上げられた盾は見目こそ同じだが新たに魔法式が組み替えられた、ヴィータのラケーテンハンマーすら防ぎきったそれは鉄壁と呼んでも過言ではない。

しかし、その盾を前にしてなお巨人の砲撃は衰えなかった。

「「え!」」

少女達の驚愕の声。

彼女らの驚きももっともだった。なのはの盾に互角となるには少なくともA+ランクの魔法攻撃でなければならない。だが相手は人でなく機械。

傀儡兵。

PT事件のときに現れた機械の兵士。知性はなく、戦闘能力はそこまで高くなく、だが数で押されかかった。

だから今回もそうだと思った。そうだと思っていた。

 

思惑を置き去りしにながらされど時は進んでいく。

 

ぶつかり合う魔力と魔力にとうとう空間が悲鳴を上げた。

歪み始めた空間を元に戻そうと力が働き、その余波が原因たる二人に向けて放たれる。

「きゃあああ!」

「なのは!?」

巨人ですら踏鞴を踏むほどの衝撃に幼いなのはの身体が耐えられるはずがない。

悲鳴を上げながらその小さな身体が吹き飛ばされていく。

それを見たフェイトは堪らず追いかけようとするが―――

「バルディッシュ!」

<Defenser・PLUS>

行動は追い討ちをかける巨人の再度の砲撃に遮られた。

「く・・・ぅ・・・!」

押しつぶされそうな魔力の勢いに知らず苦悶の声が漏れる。

もともと防御力に欠けるフェイトにこの規模の砲撃はつらい。しかしここで防がなければ確実になのはに着弾するだろう。

機動性を犠牲にした防御力の高いバリアジャケットを纏うなのはでも無防備状態のところに食らえばただではすまない。

せめてなのはが体勢を立て直すまでは防がなくては。

そうは思うのだが、果たして保つかかどうか。もう既に障壁には亀裂が入り始めている。

そして

「嘘・・・・・・」

顔を上げたフェイトの目に映ったのは、巨人の掲げた手の指先からの眩い魔力の耀き。

さっきまでなのはに向いていたその照準はいつの間にかフェイトへと変わっていた。

これから起こるであろう事が精細にイメージできてしまったフェイトはそれでも逃げることはせず顔を青ざめさせながら、瞳をぎゅっと閉じた。

―――しかし想像した痛みも、衝撃も来ず代わりに瞼の裏を焼いたのは

「はああぁぁぁああ!!」

<Blaze Cannon>

「いっけーーー!」

<Divine Buster>

見知った声と、青と桃色の閃光だった。

 

 

 

 

「平気か、フェイト」

「大丈夫!?フェイトちゃん」

「う・・・うん。なんとか」

「それにしても―――ッ!散開!」

クロノがそう叫ぶや否や彼らが居た地点に光の雨が降り注いだ。

緊急回避が寸でのところで間に合った彼らははじかれるように天を仰いだ。そこには

「くそ!飛行能力持ちの傀儡兵か・・・!」

「クロノ!あっち!」

「い、いっぱいいるよぉ!?」

フェイトが指す方を見やればそこにも傀儡兵の軍勢。剣、槍、斧、弓の兵士達。

「guuRAVDMIMIOOonnunreeaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

加えて先の砲撃で倒れたはずの傀儡兵が再びその巨体を起こし、冷たいモノアイがなのは達を睨んでいた。

「厄介な・・・!魔法金属に自己修復能力!」

「クロノ・・・」

「クロノ君・・・」

クロノは一度だけ目を閉じ思考。思考時間はわずか数秒で解をはじき出した。

「フェイトが前衛。なのはは後方から援護砲撃。僕は遊撃でやつらを攪乱する」

「わかった」

「うん」

「あの指揮官機は常に注意を払うこと。あの砲撃がきたらなのはは障壁をフェイトに」

「まかせて!」

<All right>

彼女達の反応に頷くと今度は念話をユーノ達に繋ぐ。

”ユーノ、アルフそっちはどうだ”

”大丈夫だよ。アルフと協力してこれでもかってくらいの結界張ったから”

”ああ。・・・判ってるとは思うがメインシャフトだけは絶対に死守してくれ。あれが壊されたらこの世界自体が維持できなくなる”

”わかってるよ!こっちはアタシ達にまかせな!”

アルフの声を聞くと同時に念話を終了させ、眼前の敵に向き直る。

左右に散ったなのはとフェイトに目配せし、再確認。ふたりが頷いたのを確認すると己がデバイスを構え

「いくぞ!」

「「うん!」」

軍勢目掛けて突撃を開始した。

 

 

 

 

――とんだ予行演習になったな。

そう心の中でクロノは愚痴る。

次元航行中に突然観測された小規模次元震と虚数空間の展開。それと平行するようにおこった巡回航路上の異常ともいえる魔力の検出。

即座に出動してみればそこにいたのは数えるのが嫌になるくらいの傀儡兵の軍勢。

久しぶりの割と安全な通常任務だなと思った矢先にこれだ。クロノでなくとも愚痴りたくもなるだろう。

とはいえ、と即座に気持ちを切り替えられるのはさすがといったところか。

倒すべき敵、為すべき目的を決めると同時――自身に流れる魔力を爆発させた。

 

 

クロノは開始直後に急速上昇し、上空の傀儡兵目掛けて飛翔する。

その間にも光の雨が絶え間なく降り注ぐがそれをあるときは障壁で防ぎ、あるときは旋回しつつ回避し、あるときはデバイスで打ち落としながら接近していく。

そして飛翔しながら、彼は敵を殲滅すべく魔法を組み上げていく。

「スティンガーブレイド・ジェノサイドシフト!!!」

言うや否や彼の周りに青い剣が数え切れないぐらいの物量で出現した。

なおも増え続ける剣軍を纏いながらクロノは傀儡兵の中心を何体か巻き込みながら強引に突破する。

そして軍勢を抜けてさらに上空までくるとその場で停止し眼下の敵を睨みつけ、デバイスを振り下ろす。

「てぇっ!」

<Extinction>

アクショントリガーと共に魔法が放たれ、数多の魔弾が着弾するや否やデバイスは無機的な声を上げる。

まるでその声に応えるように、大きく開いた顎のような青光の洪水が上空の傀儡兵を丸ごと飲み込んだ。

「はあ・・・はあ・・・っ!」

魔力を一度に大量に失ったからかクロノの息は乱れていた。

それでも手を休めることなくなのはの居る方へ降下しながららデバイスをフェイトが戦っている軍勢へと向け

「撃ちぬけ!」

<Blaze Cannon>

フェイトの死角に入り込んだ傀儡兵めがけて魔砲を、発射した。

 

 

 

「せあっ!」

金の髪を振り乱しながら少女は戦場を疾駆する。

手に携えた大鎌は縦横無尽に空間を埋め尽くすように振るわれた。

金色の軌跡を残しながら近寄る敵兵をなぎ払っていく。

「やっぱり!大きいの以外はあの時のと変わらない・・・!」

傀儡兵を切り裂く手に感じた感触でそう確信した。これで懸念事項が一つ消えた。後は敵を殲滅すべく駆け抜けるのみ。

ズキリ

だが、覆いかぶさるように殺到する彼ら切り伏せながらどこかが痛む。

体のどこにもそれらしい傷はない。だというのに痛みは増してさえいる。

今までは、こんなことなかったのに。

一体切り伏せるごとにあの時の情景が勝手に想起されていく/思い出すな

思い出したくない記憶が捲り返される/そんな光景は知らない

ようやく瘡蓋が出来てきた傷が抉られる/傷なんてない!

 

痛、い。

すごく、痛い。

痛い。痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――――!

 

「プラズマランサー!ファイアッ!!!」

自身を蝕む幻痛から逃れようと声を張り上げ碌に狙いも付けず、放つ。

ただただ痛みを振り払おうと我武者羅に魔法を放ち、大鎌を振るう。

そんなフェイトを嘲笑うように痛みは加速度的に彼女を蝕んでいった。

 

―――PTSD。心的外傷後ストレス障害。

 

フェイトにとって、あの事件が心に残した傷はあまりにも深かった。

母親への過度の依存と、母親からの虐待、そして母親の裏切り。

それはトラウマを形成するには充分過ぎる出来事。

心の傷は時間経過とともに癒えていくが完治するのは難しい。

心は見えないもの。見えないものを傷付けられるのは見えないものだけであるように、癒せるのも目に見えない『何か』だけ。

ここは時の庭園とよく似ていた。構造も、雰囲気も、空気も。だからこそ彼女のトラウマはよりいっそう刺激されたのだろう。

そして目の前にいる傀儡兵達はあの時の事を思い出すには十分すぎる起爆剤だった。

 

「いやあああああああああああああああああああ!!!」

 

そうして、とうとう。フェイトの限界まで圧迫された精神は恐慌状態に陥った。

抑圧されていた記憶が完全に蘇り、フラッシュバック現象を引き起こす。

彼女の頭の中で繰り返される鮮明すぎる母親の言葉と映像がより一層フェイトの精神を押し潰していく。

 

何度も。

何度も。

何度でも。

 

『あなたはアリシアの偽者』

 

『あなたはアリシアの代わりのお人形さん』

 

 

 

 

 

 

『いいことを教えてあげるわ、フェイト』

 

『あなたを作り出してから、ずっとね・・・・・・』

 

『私はあなたが大嫌いだったのよ!』

 

 

 

 

 

 

 

「やめてええええええええええええええええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトちゃん!?」

「フェイト!?」

その異常にまっさきに気付いたのはなのはだった。

後方から援護していたからこそわかった異変。

一体切り伏せるごとにフェイトの動きが精彩さを欠いていった。原因こそわからなかったが彼女の悲痛な叫びを聞いて、すぐに理解する。

フェイト、傀儡兵、時の庭園、PT事件、アリシア―――そして、プレシア・テスタロッサ。

連想は簡単で。どうして気付いてやれなかったのかと、悔やんだ。

”クロノ君、お願い!”

”ちょ、なのは!?”

返事も聞かずなのははアクセルフィンを羽ばたかせ、一直線に飛翔した。

飛びつつも彼女の双眸は前方に向けられている。

レイジングハートを突き出し無防備になってしまっているフェイトに襲い掛かろうとしている傀儡兵達に狙いを定め

「ブリッツシューート!」

そこから放たれた6本の熱線が傀儡兵達の動力部を撃ち抜いた。

その直後、桃色の魔力がフェイトの瞳に映るとフェイトの悲鳴がピタリと止まった。

ぼんやりとではあったが瞳に理性の光が走る。

「フェイトちゃん!」

限界速度で飛んできたなのははフェイトを見るなり瞳を潤ませながらぎゅっと、抱きしめる。

優しく、それでいて強く。

「なの・・・は・・・・・・?」

「うん。私はここにいるよ。・・・・・・・・・ごめんね、ごめんね・・・!」

―――すぐに気付いてあげられなくて、ごめんなさい。

―――側にいてあげられなくて、ごめんなさい。

声にならない懺悔の言葉。けれど、なのははきっとフェイトには届くと信じて疑わない。

あの時交わした絆は今もそしてこれからも、強く結びついていると信じてる。

だからきっと、フェイトの心を砕けさせたりなんかしないと。

段々と瞳の焦点が合ってきたフェイトは自分を包む暖かさとよく知る人の甘い香りに安堵して穏やかな表情を浮かべながら気を失った。

それと時を同じくして、眩しいほどの青い閃光を放ちながらクロノの魔法が鉄の巨人を地に沈めていた。

 

 

 

 

「そうか・・・すまないことをしてしまったな・・・」

「フェイトぉ・・・」

事態の終了を確認して戻ってきたクロノ達になのはが伝えたさっきまでのフェイトの異常。

話が進むにつれて各々の表情には明らかな後悔の色が浮かんでいた。

アルフにいたっては今も涙目で気絶したフェイトを抱きかかえている。

一番近くに居たはずなのに主人の心の傷はもう癒えたと勝手に思い込んでいた。

そんなはずがないのに。

たとえどんなに最低な母親であっても、フェイトにとっては唯一の『母』であったのに。

あの時のフェイトを見ていた自分がどうして気付いてやれなかったのか、と。

「・・・戻ろう。フェイトもちゃんとしたところで休ませてやったほうがいい」

「うん。そうだね」

自分達を包む暗い雰囲気を振り払うようにクロノが口火を切り、なのは達もそれに追従した。

ユーノが組んだ緑色の転送魔法陣が彼らを優しく包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして運命の女神はその時、確かに嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「な!?」」」

深々と、突き刺さっていた。

コアを打ち抜かれ倒れたはずの巨人の右腕が。

――――メインシャフトの中枢に。見覚えがありすぎる、蒼の光と共に。

「じゅ、ジュエルシード・・・」

「バカな!?あれは今管理局が厳重に保管している!こんなところにあるわけが無い・・・!!!」

一拍空けて響き渡る盛大な地響き。

オーケストラが奏でるは崩壊のファンファーレ。

瞳が映すのは過去の記憶。

大地に亀裂が走り、捲れた底に現れた極彩色の虚数空間。そこに飲み込まれていくあらゆるもの。

まるでそれは、時の庭園の焼き直しだった。

『クロノ君!こっちでも次元震と次元断層を確認!早く戻って!!!』

「っ!ユーノ!」

「わかってる!!!」

焦りを多分に含んだクロノの声にユーノも同じような声で返すと、あまりの出来事に止まってしまっていた魔法に術式を再び走らせた。

緑の光が膨張、炸裂し、光の粒子が軌跡を記しながらその場から彼女らの姿が消える。

 

「一体、何が起こってるの・・・?」

 

なのはの悲痛な言葉を、残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


補足説明

 

 

スティンガーブレイド・ジェノサイドシフト

 

闇の書(TV放映版)が使用していた「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」のクロノ版。

自身の周囲に無数の魔力刃を配置して一気に開放する、広域魔法攻撃。

放たれた刃は着弾と共に爆発し、その結果、連鎖反応を起こすので「エクスキューションシフト」より威力は高い。

ただし魔力の消耗も激しい。

 

 

 

ブリッツシュート

 

アクセルシューターの劣化版。

アクセルシューターより威力、貫通力、命中精度、思念操作誘導はワンランクほど落ちている。

しかし「移動中にも発射可能」という利点もまた備えている。

 

 

 

 

また追加され次第、補足していきます。

 

 

 

 

 

 

 

ATOGAKI

 

 

もう戦闘描写いやです(泣)

苦手なんです、ほんとに。

今回は恭也君はお休みでなのは(というかフェイト)にスポットを当てた話でした。

戦闘ではクロノ君を活躍させてみたり。ユーノは相変わらずでしたが。

いや、だって彼書きにくいんです。どうしても弄られキャラになってしまうんですorz

ともあれ次回あたりからそろそろ伏線を回収し始めたいと思います。これ以上広げると収拾つかなくなりそうなので(汗)

『日記』の部分もちゃんと意味があります。なので真相が明らかになった時に「ああ、そうか」くらいに思ってくれたらいいなあと思ってます。

 

何か「ここはこうしたほうが」とか「これは違うのでは?」等何かご意見など御座いましたら是非に。

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイトの出番が多いのは仕様です。私の(ぁ





そんな仕様は大歓迎!
と、それはさておき。何か大変な事態があちこちで。
美姫 「しかも、何か強い敵さんまで出てきてるしね」
前話で恭也の前に現れた敵といい、今回の巨人といい。
美姫 「本当に何が起ころうとしているのかしらね」
様々な謎を孕みつつ、もう目が離せません!
美姫 「次回が待ち遠しいわね」
本当に! 楽しみにしてます。
美姫 「心待ちにしてますね〜」
ではでは。



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