――もし、神様というものがいるならばこれは神の怒りなのか。

 

それとも、これが神様の領域にまで踏み込んでしまった僕らの祖先から今にいたるまでの罰なのか。

 

今はもう、そんなことしか考えられなかった。

 

辛うじて押しとどめることはできたけれど世界系へと与えられた被害は甚大で、取り返しがつかない。

 

いつ崩壊が始まってもおかしくない。それこそ明日にでも。

 

だというのに。

 

……ここまで自分達の罪深さを自覚してなお、また僕らは罪を犯そうとしている。

 

死後の世界というものが本当にあるのなら間違いなく地獄行きだろう。

 

もっとも。そんなことで許されるだなんて欠片も思っていない。それほどに僕は度し難い罪人なのだから。

 

許してくれなんていえない。

 

これが自己満足なのは判っている。

 

だけど、それでも、謝らせて欲しい。

 

本当にすまない。

 

ごめん。

 

………本当に、ごめんな……明日華、夜宵………

 

 

 

 

                                         ―――『日記』215ページより抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第6話  『時空管理局』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警報という警報が、鳴り響く。

耳を劈くような轟音と焦燥の入り混じった人の声が入り乱れている。

“侵入者第二防衛ラインまで進行!”

“なにやってんだ!?相手は一人だろうが!!”

“無茶言うな!速すぎてみえないんだよ!!!――がっ!?”

“おい!?……くそっ!航空部隊はなにやってんだよ!?陸士部隊だけじゃもたな――ッア……!”

防衛ラインを組み、管理局内への侵入を阻もうとする武装隊だが鉄壁にみえるそれを魔導師ですら視認しかねる速さで駆け抜けていく黒い風があった。

恭也は自身を阻む圧倒的多数の敵を鋭い視線で射抜き、目にも留まらぬ速さで、最小限の動きで自身の進路を確保していく。

前方から矢継ぎ早に砲撃魔法が放たれるがなのはやフェイトのようなAAAランクの魔法を散々目にしている恭也からすればそれはあまりにも遅すぎた。

いくら数を増そうとも同じこと。

恭也の強襲と速さに部隊が混乱している。一度たりとも止まらず走り抜けていくため、まるで何も無いところから襲撃をうけているようにみえるのだろう。

不可視の暗殺者。

きっとそんなイメージが先行し、知らず隊員全体に焼きついている。

だから見当違いの魔法をやっきになって使用しているものまで出てきていた。

そこを突くように再び凄まじい速度の攻撃が彼ら彼女らを襲い、恭也は着実に管理局の内部へと進んでいく。

そしてその度に彼らのうちの不可視の暗殺者のイメージはますます強くなる。

過度の不安や疑惑は戦場において致命的な隙に成りかねない。

恭也は一切の躊躇もなく出来た隙を突き、多数対一という状況下にも関わらずダメージを最小限にとどめたまま次々に敵を打ち倒していった。

中程まで進んだ頃だろうか。突如、上空から降り注ぐ魔弾と砲撃。

航空部隊が追いついたのだろう。相手が一人だというのに、上空に現れた彼らは明らかに過剰戦力だった。

雨が降り注ぐように空から落ちてくる魔法を、しかし恭也は焦りの気配など欠片も感じさせること無く背中に目でもあるのかといわんばかりに次々とかわしていく。

砲撃は確実にかわし、魔弾は恭也の手から放たれる飛針で必要な分だけ打ち落とす。

そして一瞬だけ振り向くと上空に佇む大部隊を視界に納め、恭也の持つ白銀の剣『明日華』のコアクリスタルが煌いた。

鋼糸(アイア)(ンメ)(イデン)・檻>

カートリッジを装填するコッキング音と少女のような声のデバイス音が聞こえたと思うのと同時、大空を丸ごと覆うように鋼の糸で編まれた檻が部隊全体を閉じ込める。

“んな!?結界だと!?”

“これ……簡易だけど強装捕縛結界!”

“くそっ。おい、急くぞ!このままじゃ内部に侵入されちまう!”

“了解!!!”

確かにあの数だ。全員で砲撃魔法などつかわれれば容易く結界は崩壊する。

いくら閉じ込めたとしても結界魔導師ならともかく、恭也の使った広範囲の結界魔法では強度などたかが知れている。

故に――

<次元転送・ランダム>

結界魔法はあくまでも足止めのため。本命は、次元空間を頻繁に行き来できるだけの空間転送性能を持つデバイスだからできる長距離転送――!

自分達を拘束する結界のしたに浮かんだ魔法陣の意味に彼らも気付いたのか。結界破壊を急ごうとするが、間に合うはずも無く。

ぐにゃりと空間が歪むと開いた穴の中に吸い込まれるように航空部隊の全員がこの場から姿を消した。

「っ!」

直後。ずきん、と頭が軋む。

夜宵が言うには規模の大きい魔法を行使した事から身体が魔力の欠乏を訴えて起こる現象らしい。

もちろん本来の意味で魔力が底を突いたというわけではないから時間経過で痛みは消えるらしいが、それでも消費した分の半分は身体全体に満ちないとこの痛みは消えない。

些細な痛みだが、それでも痛みは痛み。早々に引いてくれるに越したことはない。

恭也の視線が再び前を向く。そこにあったのは目の前で起きたあまりの出来事に恐慌寸前まで混乱している陸士部隊の姿。

自分の立てた戦術が効果的に作用していることを確認すると恭也は更にギアを上げた。

局所()物理()制御(スト)

明日華からそう聞こえると白い光が恭也の身体を包み込むように広がり、体内の運動機関へと染み渡り、回路の活動が活発化する。

回路の回転数が上がり身体のあちこちが組み替えられていく感覚。

ガチンと最後のギアが収まり、恭也は再び疾風と化した。

相変わらず武装隊が恭也を阻んでいるが統制の乱れた部隊など物の数ではない。

ましてこれは殲滅戦ではないのだからなおさらだ。

トップスピードのまま走り寄り、すれ違いざまにデバイスを破壊。速度を落さぬまま目的地目指して一直線に駆け出していく。

……残された陸士部隊はその様を呆然と見つめていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい打ち倒し進んだだろうか。

あきれるくらいいた部隊は遥か後方に置き去りになっていた。

管理局の内部まではあと少し。

「……妙だな……罠か?」

だからこそこの手薄さは異常だった。

定石ならば最終防衛ラインにはもっとも強い部隊を配置するものだ。それこそ大隊クラスを。

とりあえず見渡す限りには人影も魔力反応も見られない。そう、静か過ぎるくらいに――

「静か過ぎる…?」

引っかかったのはその言葉。

こういう時に湧き出た引っかかりは決して無視してはならないと恭也はこれまでの経験で知っている。

強い部隊、大隊、人影、魔力、静寂………。

「………ッ!明日華!夜宵!カートリッジロード!!!」

通信(ジャミ)妨害(ング)圏内…!?やられた!』

『こんな高度な通信(ジャ)妨害(ミング)ができるのは……』

この通信妨害は同時に魔力反応を隠す効果もあるらしい。そのせいか、恭也なら感じ取れるはずの「人の気配」すら曖昧になっている。

思い至ると同時に悪い予感がまるで蟲が這っているような嫌悪をともなって恭也の背筋をたどった。

明日華達も恭也の言わんとしていることに気付きカートリッジを急ぎ装填。

それは本当にギリギリのタイミングだった。

次の1歩踏み出したまさに刹那。

「おらああああああああああああ!!!」

「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

左右からまったく同じタイミングで鉄槌と長剣が恭也を襲ったのだから。

「っち!!」

舌打ちと共に両手の剣をそれぞれに合せて放つ。

ガリガリと金属が火花を散らしながら悲鳴をあげ、込められた魔力同士が反発し合い空間が軋みを上げた。

「なんで!なんでだよ!!」

「何故こんなことをするっ!恭也ぁあ!!!」

怒気を孕む声に、呼応するように猛るそれぞれの魔力の奔流。

だが恭也はそれに動揺するでもなく

「吹き飛べ!」

『『貫通(イン)衝撃波(パルス)』』

冷酷ともいえるほどな冷静さで、剣でもって返答とした。

「うあっ!」

「くっ!」

明日華と夜宵から放たれる、衝撃波は騎士甲冑越しにでも十二分に震動を伝える。

吹き飛んだ騎士――ヴィータとシグナムに追撃をかけるべく恭也は剣を再び構え飛び出す。

そこに、狙いを済ましたかのように殺到するのは無数の鎖――!

上下左右斜め、恭也の周囲にいつの間にか展開された三角形を基とした緑の魔法陣から鎖が先の恭也のように一切の慈悲もなく迸る。

恭也もそれを自身にかけた加速系の魔法の恩恵をフル活用して包囲網を破らんとかわし、斬り払い、どうにかして切り崩す。

されど一時の呼吸をさせる間もなく咆哮をあげる獣の拳が襲い掛かった。

「うおおおおおおお!!!」

「疾っ!」

魔力でこれでもかといわんばかりに強化された拳を、同じように強化された蹴撃で迎え撃つ。

お互いの魔力がまるで電気のように弾け、その瞬間を狙うように反転しながら恭也は遠心力がのった剣閃を奔らせた。

奔る剣閃は空気を滑るように速度を削られるどころか逆に増すような勢いでザフィーラに向かっていく。

咄嗟に後ろに跳ぶことで致命傷になるのは避けたがそれでも薄らとザフィーラの胸部からは血が舞っている。

同じように恭也も僅かに後方に跳び、改めて現れた眼前の敵を凝視した。

そこには見知った顔があった。

剣の騎士シグナム。鉄槌の騎士ヴィータ。湖の騎士シャマル。盾の守護獣ザフィーラ。そして――

「恭也さん……」

悲しそうな瞳でこちらを見る……夜天の王、八神はやて。

 

かつて自分と、そしてリインフォースを救ってくれた恭也が敵対している。その事実だけで、はやての心は痛む。

戦いたく、ない。

それだけを只管(ひたすら)に請い願う。

恭也は決して我欲でこんなことをする人ではない。

はやてからしてみればリンディから伝えられたことすら半信半疑なのだ。

優しくて、強くて、護るために戦う人。

そんな人が、誰かを殺す。命を奪う。

「恭也さん……なんで?なんでこんなことするん?」

信じられるわけ、ない。

信じられるわけが無かった。

まして彼女の戦闘経験はなのは達よりも更に少ない。ちょっと前までは普通の少女にすぎなかったはやてには、人を殺すということは完全に自身の世界の外のことだった。

だから尚のこと思うのだろう。

仮に、もし仮にそうであったとしても、誰かが止めてあげないといけない。

これ以上罪を重ねる必要は無いと。

そんなことをしなくても自分達がここに居ると。誰かが言ってあげないと。

「私に教えて…?そりゃ私じゃ、ちょう頼りないのかもしれへんけど。でも―――」

――きっと、一緒に歩いていけるはずだから。力になれるはずだから。

それは、彼女の万感の想い。真摯な想い。祈りを、祝福を抱く優しい風。

純粋なまでの少女の心。

だが、はやては知らない。

同じように止めようとしたなのは達がどうなったのかを。

そして恭也が今名乗る『不破』の意味も。御神の裏、不破がどんな存在なのかも。

「………か」

「え?」

ただ静かにはやての言葉を聞いていた恭也が初めて反応を示した。

自分の言葉が届いてくれたのか、そう思って顔を綻ばせながらよく聞こえなかった恭也の言葉を今度こそ聞き取ろうと身体を少しだけ前に乗り出して

 

 

「もう、いいか?」

 

 

はやての耳に届いたのは、絶望的なまでに冷たい言葉だった。

「……え……」

呆然としたはやての声など聞こえていないかのように恭也は剣を鞘に収める。

――十字差し――

これだけで、彼をよく知る美由希なら恭也がどのくらい本気なのかが理解できたはずだ。

「ならば、いくぞ。邪魔をしないならば命だけは見逃そう。邪魔するならば……ここで死ね」

足がそこで固定されてしまったかのように動かないはやて目掛けて、恭也はその刃を無慈悲に奔らせた。

 

 

 

 

 

 

見たことも無い速度で迫る恭也をはやてはただ見つめることしかできない。

思考がどうしても追いついてこない。それどころか停止してしまっているようだ。

シグナム達がどうにかして恭也をとめようと動くが、間に合わないだろう。それより速く彼の刃が自分を切り裂くのがなぜか理解できる。

恭也は邪魔しなければ命だけは見逃すと言っていたが、どうなのだろうか。

彼の刃には死のイメージしか見えない。

『私…ここで死ぬんかなあ……』

そう言って、ぽつりと思考の欠片が落ちると同時に意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

棒立ちのはやて目掛けて振り抜かれる凶刃。

止めようと走る守護騎士を置き去りにして奔るそれは御神の技に他ならない。

 

 

御神流 奥義之壱  虎切

 

 

抜刀の鞘走りと魔力で強化された脚力による加速。

それらは乗算で威力を増し、騎士甲冑などものともせずはやてを切り裂くだろう。

抜刀術とは一撃、故に必殺。

御神の技の中でも抜刀術を得意とする恭也のそれは文字通り、抜刀術の理を体現する。

銀閃は孤を描きながら空気ごとはやてを切り裂くように。

その切っ先がついにはやての胸を捉える。一秒と待たずに鮮血が舞うのを誰もが幻視した。

―――が。

「キョウヤァァァアアアアアアアアアア!!!」

その未来は、銀髪を振り乱しながら叫ぶ「八神はやて」によって捻じ曲げられた。

「…リインフォースに代わったか」

「どうしてだ!どうしておまえがぁっ!!!」

黒い魔力が宿った拳が恭也の剣を押しとどめている。

それだけではない。

感情の爆発と共に八神はやてが保有している魔力が暴風のように拳に集まり、大気が悲鳴をあげているかのようだった。

怒りの魔力を帯びた風はその周囲にある全てを破壊していく。

舗装された地面は捲りかえり、そこかしこに亀裂が走る。

風の暴力が集うそこは助けに入ろうとした守護騎士ですら入れないほどだった。

相対する恭也もまた起こった事態に焦りを抱いていた。

リインフォースが出てくることを予想していなかったわけではなかったが、まさかここまでとは思っていなかった。

八神はやてが保有する魔力の規模、そして感情的になりながらもその魔力を完全にコントロールする精密な制御能力。

とても管制人格とは思えないほどの能力の高さ。

自身のデバイスである明日華と夜宵に匹敵するほどのそれは完全に予想外だった。

それでも、この状況を打ち破る手はある。

戦闘経験を元にした戦闘思考は適切に割り出しをかけ、有効な戦術戦技を選び出していく。

時間はもう僅かも残されていない。一分一秒でも速くたどり着かなければ間に合わない。だから――

「邪魔を、するな……!!!」

頬を切り裂くカマイタチを気にすら留めず、鯉口をきった。

 

 

 

御神流 奥義之弐   虎乱

 

 

 

納刀したままのもう一方の剣が、奔る。

完全に意識の外からの攻撃にリインフォースの反応が一瞬遅れた。

黒銀に煌く剣閃は、暴風の中に生まれた小さな凪。

荒れ狂う風の中にあって黒銀の剣速は止まらない。

迫る剣にリインフォースは咄嗟に防御しようとするが、恭也はその際に僅かに力が緩んだ拳を見逃さずカートリッジを再装填した剣で弾く。

ここにきて完全に彼女の体勢が崩れた。

そして、そこに加えられるのは無限にも思えるような刃の嵐。

意識の空白を突いたその攻撃に、障壁を張ることすら間に合わず。無防備な身体を晒したままリインフォースは刃の嵐に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴風の結界は消え去り、叩きつけられる様に落下した彼女はまるで地面に磔にされたよう。

主人格はいつのまにかはやてに戻っていて、心と身体から感じる痛みに泣きそうになる。

悲鳴をあげながら駆け寄ってくる守護騎士達の姿と、心の内から聞こえる小さな守護騎士の声。

それで、どうにか沈んでいきそうな心と意識を辛うじて保つことが出来た。

はやてとリインフォースは視線をさっきまで彼と自分達がいた空に戻し、力なく見上げた。

そこに恭也の姿はもう、無い。

空はどこまでも抜けるような青空だというのに、心の中は雨がいつまでも降り続いている。

 

 

“加減はした。今は一刻も早くこの世界から離れろ。……なのは達にもそう伝えてくれ”

 

 

「「え」」

そこに、唐突に聞こえた、声。

頭に直接届いた声は、間違いなく彼のもの。思念通話だったけれど確かに。

優しくて、暖かい。太陽のような暖かさはないけれど、どこまでも見守ってくれるような月のような優しさがある。そんな声。

それは自分達に手を差し伸べてくれた、高町恭也の声そのものだった。

言葉少ないそこから必死になって込められた意味を読み取ろうと脳の回転数を上げる。

……何か自分の知らないことが起きていて、それを解決しようと恭也が動いている。

そのことを自分を含め、大半の人が知らない。

時空管理局の提督クラスですら知らない。知ることが出来ない、何か。

そして事件の中心には間違いなく時空管理局が関わっている。

関係あるのかはわからないが、ここに来たときに自分とリインフォースだけが感じた奇妙な、共鳴しているような、自分ではないものの鼓動。

最初の時よりも心なしか強くなっているような気もする。

知りたい。

知らなければならない。

何が起きているのか。何が起きようとしているのか。

―――恭也が今背負っているもの。戦う理由を。

そう思うと、心を覆っていた雨雲に一条の光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内部に入ってしまえばそこからは問題はなかった。

暗殺、殲滅を主にしてきた不破の一族である。恭也も父の遺物から多少はその伝承を受け継いでいる。

それ以上に御神の技はこういった室内戦、遮蔽物が多い場所でもっとも力を発揮するものだ。

気配を消しながら通気ダクトを通じて目的地まで進んでいく。

監視システムも通気ダクトまでは張り巡らされていないし、魔力センサーも明日華と夜宵のおかげで誤魔化せているようだ。

「最低な人間だな…俺は…」

最新の注意を払いながら進む中、恭也は誰に言うでもなくそうもらした。

止まってくれと、力が要るのなら自分たちが貸すからと、一緒に戦おうと必死に呼びかけてくる人たちをすべて拒絶してここまできた。

誰もが涙ながらに懇願していたのに。戦いたくないと泣いていたのに。その思いを悉く踏みにじった。

彼女達の涙を、まるでこの世の絶望でも見たかのような表情を思い出す。

その度に自分で自分を殺してやりたくなる。

確かに、力を借りることもできた。むしろそうすれば事はもっとスムーズに進んだかもしれない。

グレアムが管理局から去った今、情報を集めるのは至難の業だった。

それも、後手に回った原因でもある。

だけど。

だけど、それでも。

巻き込みたくなかったのだ。

秘匿級ロストロギア『賢者の意思』の探索がバレれば管理局に所属している彼女等はただではすまない。最悪、過去の裁判が無効になる可能性すらある。

もっとも権力のあるリンディに至っては強制延命措置による幽閉だって考えられるのだ。

それを知っていてなお、巻き込むことを決断できるほど恭也は強くない。

グレアムの時はしょうがなかった。あの時は話さざるをえなかったから。

でも今回は違う。選択できる自由があった。だから――話さないと決めたのだ。少なくとも今はまだ。

 

そうこうしている間に目的地にたどり着いた。

一見して通気ダクトの下には何もない。ただの廊下の突き当たりなのだが…

「廊下の向こうに気配が二つほどあるな…」

『おそらくは幻影魔法でしょう。それもかなり高度な半実像の』

『誰も思わないでしょうね。まさか局内に幻影魔法がかけられているなど。駄目押しとばかりに人よけの刻印まであります』

「この世界の人間は魔法に頼りすぎる。気配を探れる人間がいればすぐにわかるぞ」

『『(……普通の人間はそんなことできないですよ…)』』

「ん?」

『いいえ』

『なんでもありません』

「そうか…では」

いくぞ、と口の中だけでつぶやくと恭也は魔力を込めた足で思いっきり通気ダクトを踏み抜いた。

砕けた金属音がする中、恭也自身は無音で着地しそのまま加速する。

一歩踏み出すのに併せて起動する<局所()物理()制御(スト)>。神速ほどではないが周囲の風景が遅くなる。

速度を保ったまま目の前にある幻影の壁を

 

 

 

御神流 奥義之伍  雷徹

 

 

 

御神の技の中でも最大攻撃力を誇る奥義で粉砕する――!

硝子の破砕音の協奏が響き渡る。

その破片の先にいる驚きながらも侵入者に対して魔杖を向ける武装局員。

されど破片が地に落ちるよりも、魔杖から魔法が放たれるよりも、何よりも疾く、恭也の持つ双剣が閃く。

局員達は気づくことすらできず懐まで踏み込まれた。間合いは一刀足(ショートレンジ)どころか(クロ)距離(スレンジ)

刃を返しナックルガードごと鳩尾めがけて拳が叩き込まれる。それだけで意識は朦朧とし、次の一手で襟首を捕まれ首を極められ、そのまま投げられた。

激突する衝撃が頭から脳に浸透する。襲撃者をその目で認識することすらできず、彼らは意識を手放した。

恭也は彼らを一瞥するとすぐに歩き出し目の前のエレベーターの前に立つと、その横に小さく付いている本来ならば個々人に渡されている識別用の端末を挿すソケットに無造作に恭也は夜宵を突き立てた。

黒い刃がうっすらと発光し、幾何学的な紋様が夜宵を伝ってソケットの奥にある電子部品内部まで侵食していく。

赤かったランプが緑に変わるまで、わずかに3秒。

もっとも……夜宵によってクラッキングされた認証システムはもう役に立たないだろうが。

扉が開いたエレベーターに躊躇なく恭也は乗り込む。

扉はしまるとすぐに下降を開始した。

正面にある数字がどんどん大きくなっていく。

そうして地下30階。最下層でようやくエレベーターが止まった。

扉が開いた先にあったのはとても地下とは思えないほどの広大な空間。剥き出しの機械類がそこかしこに存在している。

「ここは…」

『おそらくミッドチルダを支えているコアブロックの真上ですね。空間内にあるマナ密度が異様に濃いです』

『『賢者(賢者)()意思()』を覚醒状態にもってくるにはこれ以上の場所はありません』

「……」

『最奥にあるあの部屋で間違いありません』

『あそこに、あります……』

彼女達が言う部屋がたしかにある。この広大な空間においてそこだけが部屋になっているからわかりやすい。

なるほど、確かにあそこから感じる気配は異様通り越して異常だ。

人でもなく獣でもない。かといって自動人形のような無機的なものでもない。

あえて言うならばどれにも当てはまらず、そしてどれにも当てはまるような気配。

あれを理解することはできない。表現できる言語が存在していない。

「だが、その前に……やることがあるな」

あそこの部屋まで行くのは簡単だ。ここには防衛機構のようなものがない。道も一直線。迷うこともない。

だからそこまで行けない理由は非常にシンプル。

「ここから先は、一歩も通しませんよ。守護者(ガーディアン)、不破恭也」

「押し通る。カイ=レヴィノス」

厳つい銃を両手に構えたカイが、鋭い眼光を湛えたまま、阻むように立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ピンと張り詰めた空気がその場をまるで結界のように囲っている。

冷やされた空気と猛るマナ。

殺気は阻むものを切り刻み、殺意は相対するものを蹂躙する。

恭也とカイ。

両者の間に言葉は無い。

要るのはただ、己の意思と相手のそれを蹂躙する覚悟だけ。

恭也は静かに鯉口を切り、カイは静かに銃口を恭也に向け

「おおおおおおおおおっ!!!」

「はああああああああっ!!!」

―――苛烈なまでの武舞(ぶとう)の幕があがった。

 

恭也は猛烈な加速で一気に初速から最高速に達する。駆け出す足運びは常に最適。

カイの持つ銃器は間違いなくデバイスの類だが以前の槍とは間合いが違う。

いくら恭也でも長距離(ロングレンジ)でまともに戦うのはまずい。中距離(ミドルレンジ)ならともかく、長距離では完全に間合いの外だ。

故に距離を少しでも詰める。

未完成ではあるが仮にも御神の剣士。弾道を見切ることなど容易い。そして一刀足(ショートレンジ)まで詰めてしまえばこちらの優位は格段にはねあがる。

対するカイは恭也のまったくの逆。

恭也を近付けまいと深青の魔弾を銃口から撃ちだす。

一つの銃口から撃ち出された魔弾は3つ。計6つの魔弾が恭也にそれぞれ別の軌道から襲いかかる。

だがこれぐらい予測できない恭也ではない。操作誘導性能が高いため全部を避けきることはできないが避けられないのならば剣で悉く斬り払うのみ。

その予測どおり。いくつかの魔弾はかわしきれずそのまま恭也へと速度を落さず襲い掛かってきた。

恭也は冷静に、かわしきれなかった弾丸の一つを視界に捉え、今まさに斬り裂かんと夜宵を閃かせて

『……ダメです!マスターー!!!』

――その声に、急制動をかけた。

「くっ!?」

半ば振りぬいていたためか<局所()物理()制御(スト)>でも対応しきれない。ずるずると慣性のままに流されていく。

しかし明日華の声の様子から、これをどうにかしなければ本当に不味いのだと言う事は明らかだ。

「っつああああああ!」

声で身体に喝を入れ、強引に捻る。身体のあちこちが悲鳴をあげるが構っていられない。かろうじて避けられたのはその一発だけ。

別の角度から迫る魔弾があと一つ残っている――!

「くっ!」

体勢が完全に崩れきったこの状態で、弾丸と同等の速度でせまる魔弾を捌かずに回避する。

人間では到底不可能なソレを成し遂げる。

それには

 

 

――神速――

 

 

 

残り回数が少ない神速を使うしか、なかった。

以前なら二秒保った神速も膝の傷が深刻化した今では一秒すら保たない。

注意事項を念頭において、色が失われ空気がまとわりつく異界に飛び込み、動く。

無理矢理捻った身体を元の状態に戻すために再び捻る。骨や間接が軋む音が耳障りだ。

上半身をもどしきる前に下半身は若干タイミングをずらしながら。その間にも視線は迫る弾丸から離さない。

体勢が完全にもどると同時に身体を屈め、踏み込む足にこれでもかとばかりに力を込める。

――そして、世界が色を取り戻した。

急激に時の流れが加速する。空気が流れる音が鼓膜を震わせる。

同様に全準備動作を終了していた恭也の身体も急速に動き出す。踏み込んだ足の力強さはそのまま地面に伝わり、炸裂。

深青の魔弾が超低姿勢で駆け抜けていく恭也の頭上を掠めていった。

全弾かわしきったのを確認すると警戒は厳のまま、カイを視界から外さぬままに先の明日華の言葉の真意を問いただすべく口を開いた。

「……そういう、事か」

しかし、それは着弾点をみて必要がなくなった。紡ぎかけた言葉は言葉になる前に消滅する。

 

………そこは着弾点を中心に、放射状に抉れていた。

 

砕けていた、ではない。もともとあったはずの物が微粒子レベルにまで噛み砕かれていたのだ。

『そんな兵器を持ち出すなんて…正気ですかあなたは!?』

「ええ。僕は正気ですよ。僕はアレを、『賢者の意思』を起動させるためならなんだってやります」

涼しげにカイはそう告げる。一聞しただけでは冷静な声だったがその中には煮えたぎらんばかりの激情が間違いなく宿っていた。

「そんなにまで、あれを起動させたいのか」

「ええ。僕には貴方達の行動の方が理解できない。あれだけのものを、どうして封印などしているのか」

「………」

「………」

「…平行線だな」

「…そうですね」

早々に切り上げ、お互いに武器を構えなおす。無駄な時間を過ごした。

双方にそれぞれ言い分があって、お互いにそれを曲げる気が無い。なら、言葉を交わしたところで無駄だ。

……なのはならばそれでも言葉を投げかけ続けるのだろうが。

これはお互いの意思をかけた戦い。意思と意思との潰し合い。

カイが一体どんな思いで、どんな願いで、『賢者の意思』を求めるかなど知る必要はない。

それがどんな崇高な願いであれ、尊い願いであれ、自分はそれを踏み砕く。踏み砕き、蹂躙し、先へ進む。

不破恭也が進む道はそういう道だ。

腰を落して十字差しした鞘に二本の剣を納刀する。

恭也がとったのは抜刀術の構え。

まだ数合の競り合いもしていないというのに、恭也は次の一撃で決めるつもりだった。

「……ッ」

膝の古傷が痛む。傷が広がってきているのは判っていたがここまでとは思わなかった。

ここに来るまでに一度、はやてを退けた後にヴォルケンリッターとの交戦を避けるために使っただけ。

それでこの有様だ。

もう、御神の剣士として戦っていける時間は僅かしかないのかもしれない。

「……」

首を振って雑念を払う。

この身、この心は護るために在る。

幾重幾度戦えど決して折れず、血に汚れようとも穢れることない、信念を映す鋼の刃。

永全不動八門一派 御神真刀流小太刀二刀術・真伝 師範代 高町改め不破恭也。

迷うことなど無い。躊躇う事も無い。

ただひたすらに、己の信念を刃に注ぎ込め!

撃鉄が落ちるような音とともにカートリッジ内の圧縮された純魔力が刃を覆う。

()()い尽くす(ガルズオル)()

局所()物理()制御(スト)

白と黒の魔力光が肉体に、剣に宿る。それは猛る炎そのもの。あの時見た<浄化(エターナル)(ブレ)(イズ)>のような、強い意志の輝きがある。

恭也の意図を感じ取ったのか、カイの銃にも呼応するようにカイの魔力が宿る。

二つに分かれていた銃は一体化し、更に攻撃的なフォルムへと変化。

遅れて立ち上るは煌々と輝く真紅の炎。炎は銃だけでなく彼の全身を覆っていく。

金色の炎と真紅の炎。

色は彼らの魂の色を、炎は彼らの感情を、猛々しさはその強さを象徴している。

 

 

視線が交錯した/恭也が鯉口を切り

 

魔力が呼応する/カイの指がトリガーに掛けられ

 

そこに一陣の風が吹いて/それを合図にして

 

 

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

「っづああああああああああああ!!!」

 

 

炎が炸裂した。

 

 

 

 

 

恭也に迫る極大の深青の魔弾。そして取り巻くように奔る真紅の炎。

青と紅のコントラストはこの上なく壮絶。

奔るそれは大きさに不釣合いな速度でもって恭也に肉薄する。

捌くには大きすぎて、受け止めるには危険すぎて、回避するには速すぎる。

されどこの身が宿すは『不破』の魂。ならば問題などあるはずがない。

臆すことなく恭也は走り出す。

迫る魔弾の目の前で恭也は、今までの人生の中の最高のタイミングで、踏み込んだ。

 

 

 

御神流 奥義之陸   薙旋

 

 

 

鞘の中を駆け抜けながら疾る剣は抜け出ると同時に唸る風を纏いながら、一閃。

魔弾すれすれの軌道で放たれた剣は周囲の風を根こそぎ舞い上げ、そこに間髪要れずに放たれるもう一刀。

黒銀の閃光は舞い上がった風全てを叩き伏せる。

そしてその結果起こる、小規模ダウンバースト。

加えて夜宵の魔力を帯びたそれはただの風ではなく、あらゆる障壁を通過する魔風だ。

魔風は一番手近にあった魔弾を取り巻く炎を一瞬だけ吹き飛ばす。

通常ならなんの決め手にもならないその一手。されど御神の剣士にはその一瞬で十全だ。

 

――神速――

 

恭也はなんのためらいもなく、神速状態に移行する。

加速魔法の加護にある時の神速は通常時の神速よりやや速く動ける。また<局所()物理()制御(スト)>の能力で膝に掛かる負担も大部分を軽減できる。

モノクロよりも白黒に近付いた世界を恭也は駆け抜ける。

目指すのはカイが魔弾を撃つときに支える手が衝撃でブレたことで出来た小さな隙間。

身体を限界まで水平にして通過しようと足を懸命に前へ前へと動かす。

ざくり、と肩の先が抉れる感触。まるでアイスをスプーンで食べるみたい時のようにスムーズに抉られた。

だけど致命傷ではない。出血を感じるが許容範囲内。

魔弾を後方に置き去りにして恭也はさらに走る。

神速が、あと少しで切れる。

“まだ、まだ足りない!”

身体にまとわりつく空気をいつもよりさらに強い力で振りほどき、最後の1歩を踏み出す。

そして、遠心力が未だ残ったままの双剣を

「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」

―――神速が切れると同時に、全力で振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!はあ……はあ…!」

剣を支えにして、なんとか立ち上がった。

辛うじて膝は耐えた。だが魔力と体力と気力は根こそぎ持っていかれてる。

肩を押さえ、息を整えながら立ち上がる。

恭也の眼下にあるのは、胸を十字に切り裂かれ事切れた青年の死体。

表情は髪に隠れていてわからなかった。

「いくぞ…」

明日華の力を借りて肩の応急処置を済ますと、魔力の欠乏を訴える身体を押すようにして血を滴らせながらこのフロアの最奥にある部屋目指して歩いていく。

―――時間は、数分も掛からなかった。

だが体感では何時間もかかったかのように感じてしまっている。

神速の使用は何の代償もなしに使えるものではない。

膝を酷使し、膨大な精神力を消耗する、使いすぎれば己を滅ぼす諸刃の刃。

これは完成された御神の剣士であとうとなかろうと関係はない。

ここに来るまでの突破戦と先ほどの決闘。これを一人で行ったとすると戦闘時間は驚愕するほどに短いが、反面密度は濃い。というか濃すぎる。

完全に恭也の限界戦闘時間を凌駕してしまっているのだ。

だが問題ない。ここまでくれば……。

恭也は疲れを意識の外に追いやり、確りとした足取りで立つとスライド式のドアに手をかざした。

入室のチェックはないのか。管理局内に備え付けのドアと同じように横にスライドし、恭也を中へと招き入れる。

 

 

そして中の光景を見て、恭也は絶句した。

 

 

「な…んだ、これ、は」

血。

血。

血。

真っ赤な、血。

部屋そのものを赤い塗装で塗り替えたかのような、赫い部屋。

「なるほど、君が守護者か」

聞こえた声に弾かれるように恭也は剣を構える。

そこに悠然と佇んでいたのは、ちょうど老年期にさしかかるかどうかといったくらいの歳の男だった。

「……そうか、君がここにいるということはカイは死んだか…やれやれ、おしいことをした。彼ならば『賢者の意思』を開ける資格があったんだがな」

「貴様…これは…」

「ん?ああ、そこの死体かね?なに、ちょうどいい機会だからね。管理局の膿を消し去っておこうかと。『賢者の意思』は餌としては十分すぎた」

一度言葉を切ると一間あけてもっとも、と付け足し

 

 

「彼らのような人間に、『賢者の意思』を見せる気も、触れさせる気もなかったが」

 

 

そう、言い切った。

「――そうか。だがそれは、貴様にも言えることだ」

僅かな怒りを感じつつも言いながら剣の切っ先を男に突きつける。

カートリッジは既に装填済み。夜宵の<()()い尽くす(ガルズオル)()>も展開が終了している。

たとえ身体に疲労が残っていたとしても、この男が動くよりも速く首を落すぐらいは問題ない。

恭也から発せられる殺気をしかし男は笑顔で受け流し

「そんなことはない。そこで見ていたまえ。君にも見る資格があるだろう」

「なに…………を……!?」

突然、身体が崩れ落ちた。

力が入らない。それどころかどんどん抜け出ていく。

「ばか……な…。何も、感じな……!」

何も感じなかったのだ。魔力の淀みも、薬品の臭いも。

恭也は目まぐるしく思考を走らせて、並べた言葉からあることに気付いた。

「にお、い……そうか…この、血の臭い、で…………」

「御明察。さすがだ。頭のいい子は好ましい。ますます君には見てもらいたくなった」

「く…っ………」

最後の最後で詰めを誤った。こんな、こんな些細なミスで……!

「さあ、見たまえ。(いにしえ)がよみがえる瞬間を」

男は歪な匣の前に立ち、これからサーカスでも行うかのように手を大きくひろげる。

彼の身体に集まるのは現存する全てのジュエルシード。

そうして1〜21までのシリアルナンバーが刻まれたジュエルシードは明滅を開始する。

また同じように匣も呼応するように明滅をはじめた。

 

「すべてのロストロギアにはブラックボックスが存在する。それがなんなのか、いくら調べてもわからなかった」

 

ナンバー1から順に一つずつ匣にある窪みに嵌っていく。そしてその度に匣は型を変えていく。

 

「私達の技術力が追いついていないのかともおもったが……そうではない。現にいまだ設計図の残るこの時代の武装は再現可能だ」

 

2、3、4、5、6、7、8、9、10。次々と組み込まれていくジュエルシード。歪な匣は次第にもとの型を取り戻していく。

 

「何故解析できないのか。――そうだ、解析できていないのではない。それらはパズルのピースのようなものなのだ」

 

11、12、13、14、15、16、17、18、19、20。後一個を残しすべてのジュエルシードが収まる。

歪んだ匣は小さな長方形の匣へと姿を変えていた。そして本来、錠のある部分が「21」という刻印とともに窪んでいる。

 

「ロストロギアはそれ単体では意味が無い。それぞれのロストロギアには役割がある。たとえばこのジュエルシードは『鍵』であるように」

 

男はゆっくりと匣に近付き最後のジュエルシードを、嵌めた。

 

 

『『やめてえええええええええええええええええええ!!!』』

「そう。全ては――――――今は亡き、あの場所に至るために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチリ、という音とともに。

 

 

 

 

 

 

匣が、開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全ファイアリングロックシステム解除』

 

『アップデータ起動。セットアップ開始』

 

『......終了。<命()大樹()>の起動を確認。全システム、起動承認』

 

『<倉庫>、<左席>、<右席>、<星辰>、<地鎮>、<魂響>。全サブシステム起動を確認』

 

『ハイパーデータリンク確立。ネットワークシステム正常に稼働中』

 

『管制人格の起動承認。以降は管制人格による完全自律動作に移行する』

 

『メイン思考システムは<図書館>に接続』

 

『メインシステムおよびサブシステム正常に起動中』

 

『管制人格、覚醒』

 

 

現れたのは明日華と夜宵が身に纏っているような、異国の服装を纏った少女。

それは恭也の世界でも、ミッドチルダでも、そして現存するありとあらゆる次元世界で確認されていない意匠。

少女は一冊の分厚い本を抱きかかえていて、少女の周りには何冊ものそれぞれ別種の本が浮いている。

背表紙にタイトルらしきものが書いてあるが、これもまた知らぬ文字。誰にも読めない文字。そもそも文字なのかすらわからない。

少女を見ていた恭也の頬をつめたい汗が伝った。

その容姿からは考えられないような威圧感が恭也の全身を圧迫している。

それは、叡智という名の威厳にして暴力。

少女は周りのことなど気にも留めない。

ただ自分の役割を果たすべく鈴の音が鳴るような声で、一言だけ、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賢邪(アル)()遺志(ザード)。起動』

 

 

 

失われた、古の都が数千年の眠りからこの時再び目を覚ました。





まさか、アルハザードの復活だったとは。
美姫 「驚きの事実よね」
しかし、管制人格のあの少女は。
美姫 「うーん、恭也のデバイスの二人が知っているみたいな口ぶりだしね」
いやいや、とっても面白い展開に。
美姫 「次回が待ち遠しいわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待っていますね〜」



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