「どうして、こんなことになってしまったんだろうな・・・」

 

「マスター・・・」

 

「主・・・」

 

それだけ言うと恭也はふと俯かせた顔を天井に向けた。

無機質なリノリウムの様な質感の天井。

あたりも似たようなもので覆われていて、僅かに本棚や机が並ぶばかり。

見る人がみれば殺風景だと事も無げに断を下すのだろう。

だからだろうか。

そんな風景と相まって恭也が浮かべる憂いを帯びた表情は一種の美しさすら醸し出している。

実際、彼の心情を的確に表しているのだろう。

二人の妖精は一度だけ目を伏せると意を決して口を開いた。

自分達の言葉ならば彼の憂いを断ち切ることができると、そう信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「そんなことしても、目の前の書類は消えません。いい加減諦めてください」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断ち切った。

それはもう、ものの見事にばっさりと。完膚なきまでに。

「し、しかしだな。俺はこういった事務系の仕事は苦手で・・・」

「主」

「マスター」

「・・・・・・わかった・・・」

流石の恭也もこれ以上はどうしようもないとは理解していたので机に置かれた書類の一つを手に取り視線を走らせた。

普通は電子処理されたものでやるのだが恭也の場合だけはこうして紙に記されたものを使っている。

とはいえ提出するのにはこのままでは当然だめなので入力に関してだけは渡された端末を使って行わなければならないのだが。

なので電子機器が苦手な恭也はなのはにおおよそ丸一日講義を受け、なんとか仕事に支障がないレベルでは扱えるようにはなった。

まあ丸一日かかりきりで教わって仕事に支障がない程度までしか扱えない時点で恭也の機械が苦手な度合いは知れわけだが。

 

恭也が書類に埋もれて、白姫と黒姫がそれを手伝う光景が繰り広げられているこの部屋の表札にはこう記してある。

 

『時空管理局本局 特別教導隊隊長 高町恭也特佐 執務室』

 

と。

 

 

 

そもそもこうなった理由は、いろいろすっとばすとリンデイと高町母のせいである。

事件後、再び海鳴に戻った恭也達だったが事情を知らない守護騎士に当然ではあるが襲い掛かられることになった。

恭也を待っていたのはシグナムのシュツルムファルケン乱れ撃ちとグラーフアイゼン・ギガントフォームをぶん回すヴィータとの強制鬼ごっこ。

恭也をして

『戦えば勝つのが御神流だが・・・・・・流石にあのときは死を覚悟した』

と言わしめたほどの暴力の嵐だった。

おまけにその時の恭也の身体は神薙の反動で身体は内外ともズタズタである。

おそらくはやての静止の声が少しでも遅かったら間違いなくこの世にはいなかっただろう。

その後、はやての説明を聞いたシグナムとあのヴィータですらが顔を真っ青にした。

 

その直後に白姫と黒姫とから「反応が消えた」との念話が入った。

白姫と黒姫は■■■■■に呼応して初期起動する様にプログラムされているデバイスであるらしい。

だから契約を結んだ恭也は事情を説明することになったグレアムと共に管理局の情報網を使い調査を続けていたのだ。

それが突然の反応の消失。

最初は件の「久遠の末裔」が入手してしまったのかと思ったが、そうであれば反応が消えるどころか活性化するらしいのでこの線も消えた。

そして恭也達が下した結論は『原因不明』。

理由はわからないが反応が消えたということはおそらく再び『眠り』についた可能性が高いということだった。

一度眠りに付いた■■■■■はだいたい千年ぐらいはそのままで、眠っている状態ならば何人たりとも手に入れることも発見することも出来ない強固な城塞レベルの結界を展開するようになっている、とは白姫の弁。

おそらくは理論上でしか存在しない解除も破壊も不能の完全な結界が。

こんな事態は彼女達も初めてらしく最初は困惑していたが

「たしかに、あれが未だ眠っている以上私達の役目はないのですが」

「まだマスターとの契約は生きています。マスターが天寿を全うするまで、この身はマスターと共に」

という言葉を恭也に贈った。

恭也も頬を緩ませながら彼女達に有り難う、と言葉を返礼として贈った。

・・・白姫、黒姫ともに耳まで赤くなったことに恭也はいつものように首を傾げていたのにはもはや何も言うまい。

 

で、問題は解決―――というわけにもいかなかった。

高町家にて今回のことを含めて魔法に関しても家族に説明した後、なのはが管理局で働きたいと言い出したのだ。

当時のなのははまだ小学生。しかも入りたいといった部署が武装隊。

もちろん恭也は反対した。

なのはにはまだ早い、と。

恭也自身、戦いに身を置く者としてなのはをあの殺意と殺気が充満する血煙の場所に送りたくはなかった。

今まではまだ、たまたまそうはならなかったが次もそうであるという保障はない。

兄として妹をそんな場所に送りたくないのは当然といえるだろう。

沈黙が空間を支配する中、高町母――桃子が突然、まるで漫画のようにポンと手を打ち

 

『そんなに心配ならアンタも一緒に入ればいいじゃない。それなら私も安心できるし一石二鳥ねw』

 

と、爆弾発言をなさりやがったのだった。

これを好機とばかりになのはと同席していたリンディも恭也にたたみかける始末。

―――結果、辟易するぐらいの勧誘語句による洗脳と妹の上目遣いのお願い攻撃にとうとう恭也が折れた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして色々あって現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・すまん。少し休憩をとらせてくれ・・・・・・」

机の上の書類の三分の一くらいを済ませた頃、色々と限界だった恭也は力尽きた。

傍目からみても生気が感じられないくらいに。

いつもは見ることの少ない恭也のそんな表情に黒姫は苦笑を浮かべる。

「そうですね。じゃあ三十分休憩に」

「いいですか。三十分ですからね」

「ああ、わかっている」

ふう、と溜め息をつきながら処理し終わった書類の整理をする白姫の熱いエールを背に受けながら空気を吸ってくると言って執務室の外に足を向けた。

 

ひんやりと冷たい廊下の壁に背を預けながら身体にたまった熱を逃がし、活字で埋め尽くされてパンク状態の頭を空にするようになにも無い中空をぼんやりと見つめる。

そのまま数分ほどたったころだろうか。

クリアになった思考と適度に熱の抜けた身体をざっと確認すると、まるで図ったかのようなタイミングで廊下の向こう側から気配を感じた。

視線をやるとそこに見えたのは見覚えのある蒼銀。

こっちの視線に気付いたのか廊下の向こう側にいた蒼銀の少女はこの距離からでもわかるぐらいに瞳を耀かせ

 

「おとーさまー!!」

 

他人様から誤解されること請け合いなことを平然と口走った。

小さな手をブンブンと千切れんばかりに振りながらそれなりにあった距離をまるで無視するかのようなスピードで走り抜けると、間を空けることなく恭也に飛びついてきた。

「っと」

その勢いを受け流し、飛びついてきた少女を見て昔のなのはみたいだな、などと密かに思いつつされるがままの状態で

「久しぶりだな、リア。元気か?」

「はい!リアはいつも元気です!」

ほんとうの親子のように、久々の再会に挨拶を交わしあった。

 

「こら!リア!いきなり走ったり飛びついたりしたらあかんやろ!」

「リア、廊下は走るな」

いきなり走り出したリアを追いかけてきたのだろう。

そのすぐ後にリア同様、管理局の制服に身を包んだ八神はやてとリンフォースも恭也の側にまでやって来ていた。

「えぅ。ごめんなさい、はやてちゃん。でも、おとーさまと会うの久々だったんですぅ」

「あかんものはあかんの」

「うぅ〜」

「まあ、俺は気にしていないからかまわない。それに本当に久しぶりだったしな」

はやてとリインフォースに怒られつつも未だ小動物+甘えんぼモードのリアの頭を片手で撫でながらそう言うと彼女達も目線を恭也の方へとやると笑みを浮かべる。

「でも、ほんまおひさしぶりです。恭也s」

と、そこまでいったところで突然言葉が止まった。

疑問を浮かべる恭也をよそに、はやてはすぐさま姿勢を正して

「失礼しました!お久しぶりです、高町特佐」

と言い直した。

ぽかん、と一瞬だけ呆然とした恭也だったがやがてニヤリと意地悪い笑みを浮かべてこちらも言い返した。

「ああ、久しぶりだな『八神陸上二佐殿』?」

―――辺りに沈黙が流れる。

その間、何が起こったかわからずリインフォースはオロオロと二人の間に視線を行ったりきたりさせるばかり。

リアにいたってはそんな空気しらないとばかりに久々の恭也の感触を確かめるのに余念がない。

そして

「・・・・・・あ、あかん!やっぱはずかしいーーーーーー!!!」

先に言い出したのもはやてならば、耐え切れなかったのもはやてが先だった。

「何回言われてもその呼称、慣れられへんわ。特に知り合いに言われるともう恥ずかしすぎるー」

「言い出したのははやてだろう」

恥ずかしそうに顔を手で覆うはやてに恭也は意地悪な笑みを浮かべたまま言う。

「うう。恭也さん意地悪や」

「さて、なんのことか。とにかく別にまわりに人も居ないし普通でいいぞ、はやて」

「――うん、そうやね。ほらリインフォースも」

「は、はい」

まだ恥ずかしさから来る熱が消えていないのかそれとも恭也の笑みから意地悪な気が抜けたからなのかはわからないが若干の赤みを残したまま

「おひさしぶりです。恭也さん」

「ひさしぶりだ。恭也」

「ああ、ひさしぶりだな。はやて。リインフォース」

リアに遅れること数分、ようやく再会の挨拶を交し合った。

 

 

 

「機動六課?」

「うん。今度立ち上げることになったんやけど・・・」

挨拶を終え近況をお互いに話していた時だった。そこまで言いかけると途端にはやての表情が目に見えて曇る。

それだけでなんとなく、察することができるくらいに。

「なるほど。だからここの通路にいた、と」

「・・・ば、バレとる?」

「まあ、な」

言うなり自然に苦笑が浮かんだ。

そんな様子をリインフォースもリアもどこか心配そうに見つめている。

「恭也さんは、ほら」

「『特別教導隊』か?」

「そう!それや。恭也さんは立ち上げた時に、その、不安みたいなのはなかったん?」

「そうだな・・・」

どうなのだろう。

あれは正確に言えば作らされた、という方が正しい気がする。

だからその時は、今のはやてのような感情はなかったような気がするがそれをいったところではやてが望む答えにはならないだろう。

どんな経緯があって理由があって立ち上げようと決めたのかは判らないが、きっとはやてにとってそれはとても大事なこと。

だからこそ、失敗したくないという思いが強い。だとすれば。

「正直に言えば特にはなかった。昔にそういう経験もあったしな」

「そうですか・・・・・・」

「だから一つアドバイスだ」

「え」

 

 

 

 

「その思いを、忘れるな」

 

 

 

 

少しだけ腰をかがめると恭也の視線とはやての視線とが真っ直ぐに重なる。

言葉だけでなく、そこに込められた想いもちゃんと伝わるように。

「はやてのことだ。立ち上げようとしたのには理由があるのだろう?」

コクリ

「大事なことなのだろう?」

コクリ

「だったら、そのことを忘れたりしなければそれでいい」

「でも・・・」

「それに―――――はやては一人ではないだろう」

「あ・・・」

恭也の言葉はどれも不安の火を揺らすのには充分で。だけど完全には消せなくて。

それでも最後の言葉は、一瞬にして火を消してしまった。

 

 

 

 

 

一人じゃない。

そうだ、自分は一人じゃない。

「そうです!リアもはやてちゃんと一緒にいます!」

「私も主、貴女と共に。いつまでも」

リアに、リインフォース。

それだけじゃない。

なのはちゃんにフェイトちゃん。シグナムにヴィータにシャマル。

みんな、みんな一緒にいる。

それに―――――

「ああ。俺もな。機動六課には参加できないが助けが要る時はいつでも言ってくれ」

高町、恭也さん。

無愛想に見えるけど本当はそんなことなくて。

不器用だけど、優しくて。

とても、とても強いひと。

私は、思い出したから。気付けたから。

だからきっともう平気だ。

恭也さんの言いたいことはみんな伝わったから。

一人じゃない。頼れる人がこんなにも側にいるって思い出したから。

私は嬉しくて緩む涙腺をなんとか抑え込みながら、最高の笑顔を浮かべて伝えよう。

贈ろう、この言葉を。

たくさんの気持ちの篭ったこの言葉を。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

―――そして、これからもよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「マスター・・・私は三十分といいましたよね」

 

「あ・・・ああ・・・。その、s」

 

「しかも何やらはやてさん達とご歓談中だったとか」

 

「あー・・・・・・」

 

「そういえば仕事の報告書とか訓練室の日程調整とか開発部からのテストのレポートとかありましたね」

 

「そ、それは補佐のs」

 

「がんばってくださいね♪」

 

「orz」

 

 

「(主、すみません!ああなった白姫は私にも止められないのです・・・!)」

 

 

 

 

「うふふー♪(恭也とお話できて幸せ)」

 

「んふー♪(恭也の感触を久々に堪能できて幸せ)」

 

「・・・♪(恭也と会えて&はやてが元気になって幸せ)」

 

 

『な、なんか八神陸上二佐たち、やたら機嫌がいいな・・・』←局員ズ

 

 

 

 

 


あとがき

 

第2部のは使わないとか言っておきながら微妙に出てしまいました。

こ、今回だけはおおめに見ていただければ・・・・!

何度も言いますが第2部とかテレビの第三期とこの話は基本的に無関係ですので。

たまにテレビの方のネタはいいのがあれば使うかもしれませんけど。

というわけで今回は恭也とはやて(がメイン)のお話。

第一部終了時に時護さんに「恭也×はやて」と言われたので番外編で。まあそれっぽくないかもしれませんけど(泣)

番外編は何かご要望があればできるだけそっちでやろうと思ってます。番外編ですしねw

あと「side『KYOUYA』」のちびリイン(リア)の身長はちょうどなのは(A's時点)ぐらいの身長です。

 

一応、次はスバルとテイアナをだそうかなあ、とか思ってます。なのはも一緒に。

まあ予定は未定なんですけれど(ぁ





という事で、番外編〜。
美姫 「リアが可愛らしいわね」
確かにな。しかも、恭也の呼称がおとーさま。
美姫 「これで、はやての事をおかーさまと呼んで、リインフォースをお姉ちゃんと呼べばもっと凄い誤解が管理局に」
あははは。でも、リアのお母さんはリインフォースになるんじゃないのかな。
で、はやてはリインフォースの母みたいなものになるから、リアからすれば、おばーちゃ…。
美姫 「流石にそれは口にしない方が賢明よ」
だな。と、まあ冗談はさておき、番外編、とっても面白かったです。
美姫 「本当よね。投稿ありがとうございました」
それでは、また〜。



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