――夢を見ている。
どこか慣れ親しんだ映像が夢として沫のように浮かび上がり、沫のように消えていく。
それもおかしな話ではある。
夢は所詮、夢。
己の無意識化の願望や抑圧された願いが具現するのが大半の「夢」である。
漫画や小説などには未来を予知したりするものもいるようではあるがそれは幻想にすぎない。
たとえ実際にそのような人がいるのであったとしても俺にそんなチカラは無いのだから見るれるはずも無い。
これは過去。
過去の出来事をどういう理屈でか壊れた映写機のように逆再生しているにすぎないのだから。
そしてここでまた矛盾。
これが過去であるかどうかをどうして俺が判別できるかという疑問。
記憶に無い過去というのは本当に過去といえるのか。
こんな建造物など知らないし、こんな人物などしらない。
何よりも、このような言語を、俺は知らない。だというのに夢の中の俺はそれを俺が普段日本語を話すようにふつうに用いている。
現に“見せられている”俺にはこの言語は理解できていない、だが“夢の中の俺”は流暢にしゃべっている。まるでそれが当然のことのように。
繰り返していた思考はもう数えるのもバカらしくなってきている。
今の思考だってもう何十回目だろうか。もしかしたらもう数百回繰り返しているのかも知れない。
観客である俺を他所に映画は無感動に場面を進めていく。
それも要所要所が欠けているのだから見せられている方はたまったものではない。
展開が急すぎて、まったくもってつながりがわからない。場面が跳びすぎていていて時系列がわからない。
手動映写機で虫食いフィルムでも回してるんじゃなかろうかと思う。ノイズもひどい。
「―――、――――!」
「―――」
「――!」
今見せられているのは今までにも増して見たことも無い、というかこんな場所は果たして存在するのだろうか?と思いさえする奇妙な空間だった。
そこで俺が対峙している。
対峙しているのは多くの人、人、人。そして俺の後ろには一人の少女がいる。
前方から感じられるのは殺意と憎悪。後ろのボロボロになった少女から感じられるのは未だ消えぬ強い意思とその中に、ほんの僅かにだけ感じられる恐怖。
激昂する彼らにしかし俺は冷静でもって対応する。
しばらく続いた口論も、実力行使という形に帰結したのか。見ている俺からすればそもそも話し合いの余地など端からなかったような気もするが。
……どうやらそれは目の前の俺も同じだったようで諦めたかのように何も無い空間から二本の剣を取り出した。
構えはどことなく、俺が知っている御神のそれに似通っている。
目の前の彼らも銘銘に剣、槍、斧、戦輪などの多種多様の武器を取り出した。
合図もなく、目の前の過去の俺は眼前の敵に向かって飛び込むのだろう。一人ですら相手をするのが至難だという者達に、圧倒的ともいえるチカラを持つ集団に、何の迷いも無く、何のためらいも無く――ただ、誰かを護るためだけに。
目の前の俺の唇が動く。
それは間違いなくこの戦陣の火蓋を切り落とす言葉に違いは無く。
その部分だけが俺にも少しだけ言葉の意味を理解することが出来た。
「いくぞ。■■、■■」
それが、最後。
なんの脈絡も無く起こるカーテンフォール。
はた迷惑な映画はこれまた唐突に終わりを告げ、同時に俺の意識は急速に浮上していく。
いつものように。
まるで日課のような三流映画の強制鑑賞会は毎回ここで終る。
――はじまりはおそらく、あの奇妙な剣を手に入れたその日から。
「ん…」
目が覚めた。ぼんやりとした思考は枕元でなるアラーム音でゆっくりと覚醒していく。
AM5:00。
うむ。時間ちょうどだ。
カーテンの隙間から入り込んでくる朝日の眩しさを感じつつも、いつものように布団から起き上がり鍛錬の準備を早早と整えていく。
――と。
「お早う御座います、キョウヤ」
「――ふむ。気のせいか」
「えええ!?ちょ、ちょっとーー!?」
「冗談だ。――お早うセツリ」
「………うう。はひ」
目の前でしょぼくれる小さな、それこそ昔なのはに呼んでやった絵本にでもでてきそうな妖精のような外見の彼女は正直な話、いくら非現実に耐性ができている俺とて最初は幻覚かとおもった。
今でも実はなれないのだが。それを言うと落ち込みそうなので黙っておく。
「で、鍛錬に行かれるのですよね?」
「ああ。じゃあ留守番はたの「却下ーーー!」むう」
「むう。じゃありません!私をなんだとおもっているのですかっ」
「非現実な俺の幻覚」
「あんまりです!?」
「冗談だ」
「………これをやらないと気がすまないのですかもしかして」
「気のせいだ」
「orz」
別にこれをやらないと気がすまないというわけではなく――家族と離れて現在暮らしているため、からかいがいがある対象がいるとついからかいたくなるというだけの話で。
ともすれば美由希を彷彿させるリアクションは実に悪戯しがいがあるというものだ。
うむうむ。ああ、実家の盆栽達は元気に育っているのだろうか。そろそろ手入れにいかねば。
「いいですか、私は神獣なのです!永遠神剣第五位『意思』の神獣なのです!=神剣の主たるキョウヤと行動をともにするのは必然なのです!」
「しかしな。鍛錬にしろ警護の仕事をする時にしろ、あの剣を使う気はさらさらないぞ」
永遠神剣。
俺がひょんなことから手に入れた不思議な剣。
その中でも俺が現在持っているのは“永遠神剣第五位『意思』”とよばれている剣らしい。
使ったことは一度だけだが……それだけで判断をくだすには十分すぎた。
――あの力は、人の身に余るチカラだ。
いままで散々超常的な力を見てきたが、それにしたってあれは別格だ。
強すぎる力は身を滅ぼす。そんな言葉が実感として感じられた。それぐらいに危険で大きすぎる力だった。
今現在俺が剣を振るうことは殆ど無い。
それでも鍛錬をやめないのは剣士としての自分を完全には捨てきれていないのと、有事の際に守りの力を失わないためだ。
危険はなくならない。犯罪はなくならない。
自分の大切な人達がそれに巻き込まれることだって、無いとは断言しきれない。
だから剣を捨てることはないし、御神の理は俺の中で行き続けている。
まあ、あと強いて理由をあげるとすれば。
あれを使うと、剣士である俺があたかも剣の力だけに頼っているみたいで――それがどうしても嫌だという、ちっぽけなプライドがあるからなのだが。
「ですから!キョウヤは神剣の主なのですから――」
「ああ。わかった、わかった。ほら、いくぞ」
「って!く、首!首しまってますーーーー!」
本日最初の溜め息をこっそりつきながら、ほんのりと暗い朝の外界へと扉をあけた。
「ふっ!」
呼気とともに剣を振るう。
風を巻き込むような音を耳に届かせながら未だ漂う朝靄に銀閃が奔り抜ける。
目の前にいる仮想敵は――現在、最高の御神の剣士であろう御神美沙斗。
俺が振り抜いた剣閃を軽々と避け、そのまま向こうの双剣が閃く。
起動中の戦闘思考が次々の数秒後の未来を予測立てていき、その中の一つを選択→実行。
剣の軌道を邪魔する空気抵抗すら切り裂いた小太刀は回避運動中の俺の前髪のいくつかを切り払う。
そして息を吐かせる間もなく軌道修正されたそれらが再び俺に襲い掛かってくる。
対する俺はくるりと一つ目の剣をスレスレで回避し、残る一刀を遠心力を載せた一刀で迎え撃つ。
剣と剣がぶつかり合う幻音は確かに耳に届き、火花が散る様子が幻視できる。
とっさに剣を弾き、美沙斗は俺が避けた剣を振り下ろそうとするが――遅い!
彼女のその先の一手を許すまいと納刀しておいた剣を、放つ。
“御神流 奥義之壱 『虎切』”
放たれたそれは、先ほどの美沙斗の放った一閃よりもさらに鋭い。
空間ごと切り裂くように奔る刀は確かに必殺のタイミング。
――だが、通常の必殺が必殺にならぬのが御神流同士の戦いにおける常でもある。
目の前に確かにいたはずの彼女の姿が掻き消えた。目の前で神隠しでもおこったかのように感じるそれこそが御神が御神たる所以。
同時にゾクリ、と肌があわ立つような感覚。
俺は半ば反射的に『神速』状態に移行した。
そこは物の色が抜け落ちたモノクロの世界。人としての極限の集中力が生み出すありえない世界。
存在する人間は僅かに二人だけ。
空気がゼリーのように重く感じられる世界を俺と彼女はまったく同等の速度でもって動いていた。
俺の接続時間は2秒弱。対して彼女の接続時間は5秒強。
歴代の御神の剣士の中には10秒近く神速の世界にいることが出来た剣士もいたということだがそこまでいくともはや本当に人間かと疑いたくなる。
ともあれ俺の限界は2秒弱。膝が完治すればもっと、それこそ5秒くらいはいけるようになるかもしれないがあいにくとまだ完治していないので無理が出来ない。
無理した日にはあの銀髪の整体師による地獄がまっていたりする。
……痛みには慣れている方な俺としても、あれだけご勘弁願いたい。
美沙斗の手が何か動いているのを目の端に捉えた――が、ここで神速の世界から強制的に排出されてしまう。
通常の時間の流れにもどった俺の前には既に放たれていた飛針が、コンマ秒以内で突き刺さるところまで迫っていた。
「くっ!」
おそらくはさっき神速の中で放ったのだろう飛針を、俺は全力でもって打ち払った。
余計な思考思索が入る余裕などありはしなかった。……いや、それこそが目的で放たれたのだろう。
それが意味するのは―――牽制そして、必殺。
「ッ!!!」
戦闘思考がはじき出した結末をどうにかして変えようと再び神速状態に入るが、もう遅かった。
美沙斗は既に“二回目の”神速状態に入っていて、彼女の得意とする必殺の奥義は放たれた後だったのだから。
“御神流 裏・奥義之参 『射抜』”
通常ですら超高速の突きである。にも関わらず神速状態から放たれたそれは音速に匹敵する速度で対象を貫く。
こちらも神速状態であるからなんとかギリギリで回避できるだろう、が回避した瞬間こそが最期。
この中ですら相当な速度で襲ってくる突きだ。回避できてもそれはぎりぎりで、しかもその後の動作など一切考えずに動かなければ避けることなどで気はしない。
そしてこの『射抜』は一刀を添えるように構え、もう一刀で突きを放つ。
つまり、相手に避けられることを前提とした二段構え。避けた先にこそ“必殺”の一手が存在しているのだ。
予想どおり、突きの一撃はギリギリで回避できたものの、二手目の一撃はどうあがいても回避することは出来ず。
――俺は『死んだ』。
「ふう」
戦闘用の思考を終了させ、一息つく。
体中にびっしりと突いた汗が少しだけ不快だが、まあいつものことだ。
「また負けてしまいましたね」
ふよふよと空を飛びながらセツリがタオルを運んできてくれていた。こういうところの心遣いは確かにありがたいと思う。
「まあ、相手は完成した御神の剣士だからな。仮想敵とはいえ、そうそうに勝てるわけが無い」
「……以前からおもっていたのですが、キョウヤはその“完成した御神の剣士”ではないのですか?」
「……ああ。昔に無茶したあげく大怪我してな。そのせいで膝を砕いたんだ。
で、ある人のおかげでなんとか戦闘が可能なレベルまでは回復したんだが膝に爆弾抱えているのには変わりない。
そして御神の剣士が最強と呼ばれる理由は『神速』だ。だが膝に問題がある以上自由自在に、というわけにはいかない。だから俺は未完の剣士だったというわけだ」
「だった、ということは今は?」
「奇跡的に膝は完治に向かっている。完治したからすぐにどうにかなるというわけでもないが、まあ、完成した御神の剣士になれる目処がたったという段階だな」
「なるほど。ところでお話にでてきた“ある人”って……女性の方ですよね」
「――よくわかったな」
「………ええ。ここ最近よぉぉおおくわかるようになりました」
…気のせいだろうか。なぜだかセツリの言葉に棘を感じるのだが…。
まあ気にしないでおこう。気にしてはだめだと直感が叫んでる。
「というかですね、時間大丈夫なんですか?」
「ん?」
言われるがままにクリップ時計に目をやる。
そこに表示されている時刻はAM7:05。思っていたよりも時間が経っていた。
「大丈夫だろう。ここから家まではたいした距離ではないし。誤差範囲内だ」
「そうですか――――今日は、職員会議だったと私は記憶しておりますが」
………………あ。
「む、う」
「今日もいい朝ですねえーーー。絶好の遅刻日和です」
「知っていて、黙っていたと」
「いえいえそんな滅相も御座いません。朝の仕返しだとか神獣ナメンナとかそんなことは微塵も」
「………それを世間一般では、逆恨みというのだが」
「もうしわけございません、なにぶんワタクシは所詮“キョウヤの幻覚”らしいですから。ホホホホホ」
……完璧に怒っていると、思うのだが。
ともあれ。こうなればやることは一つしかない。
―――全力疾走、開始。
「ってええええ!?ふ、ふつうは私に全力で謝罪するものじゃないんですかっ!?」
「すまん。今度遅刻するとまた椿女史に怒られる」
「私よりあの女をとるってことですかあああぁぁぁぁぁ…………!!!!」
無視して俺は走り出す。もうセツリは遥か後方に。
セツリが公衆の面前に出ていたら非常にまずいがあいにくと俺にしか見えていないようなので遠慮はしない。
ついつい一体何の話だと口に出掛かったがそんな事をしている場合でもない。
本気であの先生の説教はリアルで御免被る。それにそろそろ校長室に呼び出されそうだ。
これ以上は不味い。せっかく就職したというのに、また就職活動は勘弁してほしい。
ちなみに翠屋に就職するという選択肢は最初っからない。
俺があそこでバイトしていると何故だか女性の視線が多くて、その、困る。それに何故かいる月村達がやたらと反応してくるから尚だ。
地面を蹴る足はテンポよく、はやく流れていく風景を目の端に捉えながら、身体中で感じる風が心地よい。
――物部学園体育教師兼臨時保険医 高町恭也。
それが、今現在の俺の居場所だったりする。
あとがき
というわけで、聖なるかなととらハ3(というか恭也)とのクロスSSに手を出してしまったクレです。
リリカルはどうしたんだー!とか言われそうですがあっちは現在難航しておりましてですね(汗)
で、でもちゃんと完結させるのでしばらくおまちくださいませーーーorz
で、こちらの「とらはるかな」ですが基本的に本編をなぞる形で展開していきます。
各章5話構成の全12章で成り立っています。ただ一章のみ三話ですが。
恭也というイレギュラーなファクターはありますが「聖なるかな」本編自体を捻じ曲げるような設定および展開はありませんので、その辺はご理解くださいますようお願いします。
そして!なんと、本作におきまして監修としてシンフォンさんのご助力をいただいております!もう感謝の言葉しかございません。本当にありがとうございます。
そんなわけで「とらはるかな」は執筆:私ことクレ、監修:シンフォンさんでお送りしていきますのでよろしければお付き合いください。
では最後にシンフォンさんからのコメントで締めさせていただきます。
こん○○わ.監修のシンフォンです.
ついに始まりました「恭也in聖なるかな」,略して「とらはるかな(略じゃねーー!)」
PAINWESTに投稿される「聖なるかな」とのクロス作品としては,初作となりますね.
みなさんもご存知の通り,クレさんは涙あり,笑いあり,そして苦悩というか苦しみといいますか……とにかくシュールなまでの微細な描写の持ち主です.
前世に苦悩し苦しむ多くのキャラ達を,実に深く描写してくれるかと思います.期待してます.
そして,本作では,あの恭也が参戦しております.
「鈍感,朴念仁」の名をほしいままにしてる彼が,より強大な「鈍感,朴念仁」な世刻望とともに行動するようになる,女性陣の振り回されっぷりが想像しやすいのか,し難いのか不思議ですねw
私も,クレさんと同時期に「聖なるかな」をプレイしていたのですが,浮かんだ様々なネタをクレさんが拾ってくれた事には深く感謝しております.
一読者としても楽しみな本作品を皆様もご期待ください.
聖なるかな、初のSS〜。
美姫 「とらハとのクロスね」
さてさて、これから恭也がどう関わっていくのか。
美姫 「これからの展開を楽しみにしてますね」
待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」