『An unexpected excuse』
〜パチュリー編〜
「俺が、好きなのは……」
ふと。そこまで言いかけて恭也は突然口を閉ざした。
微かな、懐かしい香りがどこからかふわり、ふわりと漂ってくる。
同時に想起されていく過去の情景。
断片的に思い出されていくそれはまるでアルバムを捲る音。
ぱらぱら
古びた写真のような思い出。
ぱらぱら
色あせた写真はしかし、そこに内包した感情はそのままで。
ぱらぱら
どこか古びた本の香りと共に。
「ああ。そうか」
「恭ちゃん?」
「いや……。そうだな。好きな人は、いる」
そう言って、恭也は家族にすら滅多に見せない微笑みを浮かべた。
集まっていた多くの女生徒はその笑みだけで事の真偽を確かめる前にノックアウトされてしまっていたが、比較的交流の多い者だけはその微笑みにほんの少しだけ混ぜられたとある感情に言葉を失ってしまった。
「まったく……手の込んだことを」
それは哀愁のような感情だった。
まるで置き去りにしてきた何かを思い出しているかのように、彼は微笑みを浮かべる。
事実、その認識は正しい。
『恭也。ひとつ賭けをしましょう』
『賭け、か?随分と珍しいな君にしては』
『ほ、ほっといて。いい?拒否権なんかないわ』
『また随分と強引な……まあ、いい。それで?』
『こほん。簡単よ、貴方が“■■”を自覚するか思い出せればいいだけ。簡単でしょう?』
『それは、賭けになるのか?』
『だから私は貴方の感情ごと記憶の一部を封印するわ』
『ま、まて!?それは――』
『待ってる。ずっと、待ってるから――』
置き去りにしてきた思い出と、置き去りにされた感情と、置き去りにされたままの……彼女。
思い出した切っ掛けはおそらく、というか確実にあの香りのせいだろう。
そういうことをやりそうな、実は意外とお節介焼きな幼い吸血鬼の少女をさっき同じように思い出したところだ。
そのお節介焼きに感謝しつつ、恭也はくるりと反転。
「美由希。ちょっと出てくる」
「え!?ちょ、ちょっと恭ちゃん!?授業はーーーーーー!?」
後ろから聞こえてくる声を無視して走り出す。
行く先はもう決まっている。もし彼女がいるとすれば――。
そうして辿り着いたのは八束神社だった。
距離的には結構あるのだが普段の鍛錬のおかげか、恭也には疲れの色一つ見えない。
「さて…」
ぐるり、と辺りを見渡す。
とはいっても目に映るのは当然ながら外の景色のみ。
出不精で本の精みたいな彼女のことだから外にいることはほぼまちがいなくない。
幸い神主も不在のようだ。
1歩1歩確かめるように境内にあるおそらくは本堂、と呼ぶべき場所に足を運んでいく。
1歩進むごとに懐かしい香りが恭也に届く。
1歩進むごとに懐かしい気配が恭也に届く。
僅か数段しかない石の階段を上りきり、その先にある扉をゆっくりと開け放った。
「……遅い」
そこには、記憶の中の姿のままの彼女が、いた。
こんなところにきてまで読んでるのか、と懐かしさと共に思う。
相変わらず大きな本を、視線を隠すように広げて言葉だけこっちへ投げかけてくる。
そんな姿でさえ、とても、とても懐かしかった。
「すまない」
「…遅い」
「すまない」
「遅い」
「すまなかった」
「遅いっ!!」
彼女が最後に放った言葉は震えていた。
同じように手に持つ本も手の振るえを伝えるように。
普段感情に乏しい彼女だが、実際はそうでもないと気付いたのはいつだったか。
昔を思い返しながら恭也は目の前の震えながら恭也が近付くのを待っている少女の、手を伸ばせば届く距離にまで近付いて。
「すまなかった、パチュリー」
「遅すぎるわよ……」
今までの分を取り返すように、そっと彼女を抱きしめた。
その温もりをもっと感じられるように、パチュリーは恭也の胸に深く抱かれる。
ほのかにする本の香り。知識の香気。
そして、パチュリーはぽつぽつと言葉を紡ぎだした。
「私は人間じゃない」
「ああ」
「貴方は私より先に死ぬ。これは変えようがない、事実」
「ああ。知っている」
「今でもこんななのに、貴方がいなくなったら私はきっと耐えられない」
「みたいだな」
「だけど、貴方が側にいないのにも耐えられない。図書館中のどんな本にも載っていなかった。こんな感情」
「……」
「嬉しいのに悲しい。悲しいのに愛しい。愛しいのに痛い。痛いのに嬉しい」
「パチュリー…」
「本に載って無いことなんて今まで無かった。判らないということがどうしようもなく怖い。だから…貴方を、そして私自身を試した」
そこまで聞いて、恭也は自嘲するように言った。
「俺は……酷い男だな」
「恭也…?」
「パチュリーが不安を抱いてるというのに、君の心に傷が残るのを、嬉しいと感じている俺がいる」
「――」
「永遠に側に居ることは出来ない。俺はきっといつまでも死ぬ人間のままだ。それでも…この命が尽きるまで、君と共にいさせてほしい」
「っ」
びくりと大きく震える彼女の身体を、今度は掻き抱くように強く抱きしめて。
「君が、好きだ」
「――本当に、酷い人ね」
どちらともなく、互いの唇を触れ合わせる。
「魔女のキスは契約のキス――死んでも離さないわ、恭也」
「あの時も言っただろう?それこそ望むところだ、と」
この道の先にあるのは別れしかない。
好きになればなるほどその別れはつらいものになるだろう。
特に、残されるものにとっては深い爪痕になる。
それを理解してなお進むのは愚かなことなのだろうか。
永遠なんて、きっと無い。
限りがある命。限りがある時間。限りがある自分。
だからこそ好きになった。
永遠に続くものなんてないけれど、それでも思い願おう。
―――この気持ちだけはせめて、君にとっての永遠でありますように。
あとがき
ドシリアス(何
最初はこんな予定じゃなかったのですが……聞いてる音楽は悪かったのでしょうか(汗
ともあれ東方よりパチュリー。
紫のときも書きましたが東方キャラで恋愛って難しい……。
シリアス〜。
美姫 「けれど、とっても良いわね〜」
うんうん。恭也とパチュリーのやり取りは特に。
美姫 「甘く切ない感じね」
こういうパターンも良いものですね。
美姫 「ありがとうございました〜」