韓古志(からこし)町臨海公園。遙たちの住む小波(さざなみ)市の隣町。

そこに遙はいた。いや正確には遙は一体のクリーチャーと向き合っていた。

「ふぅん・・・。お前が今回の黒幕か。」

 遙が確認を取るように尋ねる。

「まあ、そういうことだ。」

 遙の正面、十メートルほどにいる黒いマントを着た男が応える。

「一応名前を聞いといてやる。まあ、すぐ死ぬようなやつの名前を聞いても無駄だがな。」

 憮然と言い放つ遙。

「私はサン。コキュートスがひとり。」

 サンと名乗った男に遙が続ける。

「なんだ。まだあったのか。あんな大馬鹿ぞろいの狂人集団が。」

 遙はコキュートスについて何か知っているのだろう。いや、知っているというよりも因縁がありそうだった。

「まあ、狂人集団かどうかはおいといてまだあるんですよ。で?これからどうします?」

 サンの言葉に遙は当然な言葉を返す。

「そんなの聞くまでも無いだろ。殺すに決まってる。」

「そうですか。なら・・・コキュートスが一人サン・・・参る」

名乗りを上げるサン。

「一族一位、墓標(グレイヴ・ストーン)こと九重遙。行くぞ。」

 クビキリを右手に持ち、殺し合いの開始を告げる言葉。同時にサンの右腕が飛んだ。

「さすが・・・トキハネですか・・・」

 まったく動いていないのに腕だけが飛んだことには驚いてないらしい。そして、どうやら遙の力を知っているらしい。

「避けようとはしないんだな。まあ、ある意味正しい選択だ。」

「避けられないなら避けなければいい。当たり前のことです。それに私たちには自己再生能力があります。」

そういって左手を切り口にかざす。が、何も起こらない。

「な・・・」

 ここになってサンの顔に驚きが見えた。

「所詮はBクラスだな。このくらいのこともわからんとは。」

 遙はフォウが特AクラスといったであろうサンにBクラスと言い放った。

「特Aクラスなら知ってるはずだぜ?俺がどんな力持ってるかって事ぐらい。」

 遙の言葉にサンは顔をしかめる。

「わからんなら教えてやる。かんたんなことだ。お前の腕の時間を止めたんだよ。そうすりゃ自己再生なんかできないだろう?」

 サンはしまったという表情で遙を見る。遙の恐ろしいところはトキハネの力にある。

トキハネがあまりに強力なためにほかの力にまで気が回らないのである。

「迂闊でしたね・・・」

 悔しそうにうめくサン。が、遙のクビキリは既にサンの目の前にあった。

「つっ!」

 避けるのが精一杯のサン。が、既に左足が切り飛ばされていた。そのまま地面に倒れこむ。

「弱すぎるな。トキハネすら使ってないってのに今のを避けきれないとは。」

 弱者を見下す遙の目。サンの瞳には恐怖の色が見えていた。

「貴様・・・一体・・・」

 既に聞いたことを聞こうとするサン。

「俺は遙。墓標(グレイヴ・ストーン)、九重遙だよ。」

 その言葉の後にサンの体を炎が包んだ。

「・・・やはり始めから格が違いすぎたのか・・・」

 サンの後悔の言葉。この言葉から察するに始めから勝てるわけがないと思っていたのだろう。

「もう遅せえよ。おまえはこってちの世界に来てあの公園で暴れたときにこうなることが決まってたんだからな。」

 サンは薪のように、ものの数十秒で燃え尽きた。

「これにて一件落着・・・っと。」

 遙はクビキリをなおし、サンのいたところに背を向けて歩き出した。



 とある館の中にこの戦いの終始を見ていた者たちがいた。

「やはり負けましたね。」

痩身の男がいすの上の女性に向かって言う。

「これでいいよ。これでこの件には終止符が打たれたからね。さあ、計画は次の段階だよ。」

 いすに座った女性が指を鳴らすと同時にドアが開き一人の老人が現れた。

「御呼びで?」

 風貌からして執事といったところだろうか。

「ええ。次の計画はあなたに任るから。失敗は許さないよ。」

 老人に対していったその言葉には十分な威圧感がこもっていた。

「御意。」

 老人はその言葉を残してゆっくりと闇に消えていった。

「さ、セカンドステージだよ。」

 闇に無邪気な笑い声が響き渡った。



「ただいまー。」

「早かったですね。お帰りなさい。お風呂沸いてますからどうぞ。」

 遙が帰ってくると、那雪姫は玄関まで出迎え、そういった。いい妻になりそうである。

「ん。じゃあ、入らせてもらうよ。」

 そのまま風呂場に向かう遙。

三十分後、

「ふい〜。いい湯だった〜。」

 長い髪を拭きながら、リビングに姿を現した遙。もう既に寝間着に着替えてある。

「お疲れ様でした。はい、夜食です。」

 そういって遙の前にトーストとコーヒーをおく。それをかじりながら、遙は、

「そういえば、お前の親は来るのか?式に。」

「ええ。来ることになっていますよ。遙のほうは?」

 遙はコーヒーを飲みながら、

「わからんのだと。今のところは予定入ってないらしいけど、まだあと何日かあるから予定が入るかもだとさ。

子供の結婚式だというのに。」

 やれやれと呆れ気味にため息をつく遙。親がこうなのは今に始まったことではないが、今回ばかりは本気で呆れているようだ。

「おい、遙。」

 那雪姫が遙のため息に苦笑いを浮かべていると、突如、遙の口から遙のものでない声がした。

「いきなりしゃべるな!びっくりするだろ!」

今度は普通に遙の声だった。

「そんなことを言われても仕方ないの。前もって伝えることができればこんなことは無いんだがの。」

 再び遙の口から遙のものでない声がした。傍から見るとかなり奇妙な光景である。

「いいから出て来い。これだとなんかいろんな意味でしゃべりにくい。」

 遙が声の主に出てくるように言うと、遙の隣に突然女性が現れた。

「で?なんかようか?ヨル?」

 そう呼ばれた女性―蒼い髪で短く、金色の瞳を持ち、ラフな服装をしていた―は遙に向かって、

「ヨルと呼ぶなと何回いえばわかるのだの!我にはヨルムンガルドという名があるだの!」

 いきなりがなりだした女性は遙が体に宿す蛇神ヨルムンガルドのようだ。

だが、やたらと服装が現代じみているためまったくそのように見えないのだが。

「わかった、わかった。でもそれじゃ呼びにくいんだよ。長いから。で?何のようだ?」

 長い付き合いだからよくかわし方を知っている。遙は普段よっぽどなことがないと出てこないヨルムンガルドに現れたわけを聞いた。

「まあよい。おぬし、まさかこれでこの事件が終わったとは思っておるわけではないだろうの?」

 ヨルムンガルドは今回の事件について遙に確認を取るように聞いた。

だが、その言葉にはまるで、今回の事件はまだ終わってはいないというものを暗に示しているようなものだった。

とはいえ、遙は自分でその犯人と思しき人物を葬ったのである。終わっていないことがあるのだろうか?

「なにいってんだよ。俺は自分で犯人を殺したんだぜ?終わったに決まっているだろうが。」

 自信を持って言い放つ遙。

「はあ・・・おぬし、我の力を完全に引き出せる割には勘は鈍いものだのう。」

 かなり馬鹿にしているようだ。

「勘もなにも・・・」

「なら聞くが、クリーチャーを召喚できるようになるランクはどこからかの?」

「Sランクから。」

「ならおぬしが殺したクリーチャーのランクはどれほどだったかのう?」

「あ・・・」

 やっと気づいたかといわんばかりにため息をつくヨルムンガルド。

「あ、ちょっとまった。そもそもあのクリーチャーが召喚されたヤツって証拠がねえじゃねえか。」

 確かに、今まで戦ってきたクリーチャーがすべて召喚されたものだという証拠はどこにも無い。

数は多いものの、単なる異常発生で済まそうと思えば済ませることもできそうである。

「おぬしも強情だのう。異常発生とでも言いたいのか?それならもっと異常事態だの。

そんなことになったら、もうこのあたりはクリーチャーだらけだの。」

 クリーチャーの生態はよくわかっていないが、遙たちがあれだけ殺しても減る気配が無いところを見ると、

個体数はもともと多いと推測できる。それなのに、発生件数が少ないのは何か抑制になっているようなものがあるというのが通説だ。

それが異常発生となれば、どうなるか想像するには難くないだろう。

「でももともと少ないってことも・・・」

 自分でもわかっていることをたずねる遙。

「おぬしも推測ぐらいできておろう?クリーチャーの個体数は本来多いことぐらいの。

あれだけおぬしは裏で殺してきたわけだからの。」

 ヨルムンガルドの発言は那雪姫にはよく理解できなかった。遙はあまりかこのことは語らない。

そのため那雪姫が知らなくても無理は無い。

「・・・・」

 ヨルムンガルドの発言は的を射ていたようだ。まあ、体に宿っていたからすべて知っていてもなんら不思議は無い。

「その上、繁殖したならまだしも、もし『門』を開いてきたとなるともっと異常だがの。」

 いきなり遙の顔が蒼白になった。

「本当に『門』が開いたのか?」

「だから、そうだったら、もっと異常事態だの。」

 その言葉を最後に遙たちは黙り込んでしまった。

「遙、少しいいかしら?」

 その沈黙を破ったのはほかでもない那雪姫だった。那雪姫の表情は何かを決意したような、引き締まった真剣な表情そのものだった。

「なんだ?」

「私たち、もうすぐ夫婦になるのよね?」

「ああ。」

 少しの間をおいて那雪姫が続ける。

「よかったら教えて。私と会う前の遙のこと。今までは教えたくないならそれでもいいって思ってたけど、

これから先はそれじゃあよくないと思うから。」

 那雪姫の意を決した言葉にまたしばらくの沈黙が訪れる。

「そうだな。お前の言うとおりだ。少し長くなるけどいいか?」

 遙のほうも意を決したように話し始めた。

「お前と会ったのは俺が17歳のときだな。俺がその前から『旅団』には入ってたことは知ってるだろう?」

「ええ。私ともそこであったからね。でも遙がどの部署だったかは知らないわ。」

 遙たちの所属していた旅団とは一体何なのだろうか。よくわからないが、

雰囲気からして所属していたことを公にはできないようなところのようだ。

「誅戮署って知ってるか?」

「聞いたことはあるけど実際何をやってたかは知らないわ。」

「だろうな。ここからは今の三課にも少しつうじるものがある。

俺のいた誅戮署ってのはそれこそ何でもするところなんだ。

要人の護衛、暗殺は当然だが、金さえ積まれればテロや復讐、無差別殺人、美術品の強奪もするとこだ。

でもそこではクリーチャーの掃討作戦も行われていたんだ。

今、クリーチャーの数はこっちにいる限り少ない。

なぜなら、誅戮署で門から出てきたやつ等を掃討しているからだ。だから、本当はクリーチャーの数はすさまじく多い。

三課はそこで殺し損ねたやつを殺す機関なんだ。俺もそこで働いてたんだけど17歳になってお前のいる部署に転勤になった。」

淡々と話す遙に疑問をぶつける那雪姫。

「なんで部署を変わったの?」

「嫌気がさしたんだ。」

 十分の過去を嫌悪するように遙が続ける。

「クリーチャーの掃討自体に嫌気がさしたんじゃないし、要人の護衛、暗殺の嫌気がさしたわけでもない。

俺が嫌になったのは残りの仕事だ。

なんで罪も無い人を依頼人にしてみればはした金の程度で金を積まれるだけで殺さなきゃならないんだ?しかも無差別に。

なんでテロを起こさなきゃならんのだ?確かに俺は人を殺す際に躊躇はしないけど、

それはあくまで俺が殺してもいいって思ったやつに関してだけだ。

でも、そうじゃないやつも殺さないといけない。

確かに俺は先天的な戦闘サヴァンだけど殺し合うことが好きってだけで何も殺すことが好きってわけじゃない。

それが好きなのは単なる殺人鬼だよ。だからやめたんだ。このままじゃ俺が俺でなくなってしまうって思って・・・。」

「え?」

 那雪姫は遙の最後の言葉の意味がわからなかった。

「俺は確かに戦うことだけが好きだった。

でも、あそこでそんなことを続けているうちに人を殺すことがだんだん好きになっていったんだ。

最初はいやいやながらやってたけど、気がついたら1日5人は殺してた。

依頼があっても無くても、ただ自己満足のために。だからやめたんだ。このままじゃ何かが終わってしまうって思ってね・・・。」

 また沈黙が訪れる。

「なんで黙ってたの?」

「知られたくなかった。俺がお前に会うまでの数年間罪の無い人を無差別に殺してきたことを・・・。

それも自己満足のために・・・。それに今だってそれは完全に治ってない。

だからさっきの様に燃やしてしまえなんていってしまう・・・。後遺症が残ってるんだよ。

もっと殺したいって思ったりね・・・。だから・・・お前に知られたら嫌われると思ったから・・・。」

「そう・・・そんなこと無いよ。私は遙が好き。世界で一番大好きよ。愛してる。

でも話してくれてありがと。これで遙のことをすべて知ることができたわ。本当に嬉しい。

つらかったでしょう。でも、これからは私も一緒なんだから。一緒にこれからの道を歩いて行きましょう。

つらいことも、楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも二人で感じていきましょう。

今までのことも二人で背負って生きましょう・・・。」

 そういって遙の頬をなでる那雪姫。遙の頬には涙が流れていた。

それは今まで隠していたことを那雪姫に話せたことで心の糸が緩んだからだろうか。

それともそんなことをした自分を那雪姫が受け入れてくれたからだろうか。

そのどちらか、また両方が理由なのか、はたまた別の理由なのかはっきりとはわからないが、遙は泣いていた。

「悪い・・・」

 遙は謝った。自分でもなんに謝ったのかはわからなかった。

でも、遙はそうしなければいけなかったと感じたのだ。だが、一度席を切ったかのように流れ出した涙はなかなかに止まってくれない。

「だいじょうぶよ。もう一人じゃないんだから。」

 そういって那雪姫は遙をそっと抱きしめた。

「ありがとう・・・」

 今までこの二人はおしどりカップルだといわれてきた。でも今、このときをもって本当にこの二人はつながれたのではなかろうか。

それは、カップルという形ではなく、これから永遠のときを共に歩いていく本当のパートナーいや、夫婦として。








あとがき

はい。というわけで第七話です。

(フィーネ)今回は結構シリアス路線だね。

まあ、たまにはこんな展開もいいだろう。あんまりこういう展開書くのは得意じゃないんだけど。

(フィーラ)さて、じゃあ次回はどうなるのかなあ?

それを言ったら面白みがなくなるだろう?

(フィーネ)でも、アニメとかだったら次回予告があるよね。

この短い中で次回予告をするのは至難の業だ。少なくとも俺にはできない。

(フィーネ)やる気無いだけじゃないの?

面倒だってのも確かにあるな。

(フィーラ)あんた本当に面倒くさがりね。

別にそういうわけじゃ・・・って言うかなんでフィーラまでいるの?

(フィーラ)じゃあ、何でわたしのこと呼び捨てなの?

特に理由はないけど・・・

(フィーラ)まあ、他人行儀よりはましだけどね。

で・・・?何でここに?

(フィーネ)それは・・・

え?何で天宙眼が発動してるの?しかもフィーラも!?

(フィーネ&フィーラ)氷炎挟撃!!!

ぎゃああああああああああああああ!!!!!

(フィーネ)それじゃあ、

(フィーラ)また次回で♪



よし、怪盗Xさんに代わって俺が次回予告を!
次回!
……………………………どうなるんだろう?

美姫 「このアホ!馬鹿!分からないなら、やらないの!」

ご、ごめんなさい。つい、ノリというか、なんというか。
ははははは。

美姫 「笑って誤魔化さない」

はい。(シュン)

美姫 「さて、今回はシリアスだったわね」

そうだね。更には、クリーチャーたちの背後に見える謎の影。
果たして彼らの目的は。そして、遥たちはどう立ち向かうのか!
次回の展開に謎を残しつつ、待て次回!って感じだな。

美姫 「フィーネさん、フィーラさん、また次回でね♪」

怪盗Xさん、ガンバっ!



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