『クロスワールド外伝 She eats darkness in the holy world』
第四楽章
昼休み、灑薙麗たちは薔薇の館で昼ごはんを食べようと、由乃、祐巳、志摩子と共に、薔薇の館に向かっていた。
「じゃあ、祐巳さんはユミーで、志摩子さんはしーぽん、由乃さんはよしのんってことで。あ、私は適当でいいよ。」
と、灑薙麗は途中でとんでもないことを言い出した。さすがに祐巳たちもあまりにも唐突な発言にあっけにとられている。
「よ、よしのん・・・?」
目が点になった由乃がそういってさっき灑薙麗がつけた自分の呼び名を反芻する。今まで呼ばれたためしの無い呼ばれ方だ。
「いやなら、よしりんでもいいよ?」
「そ、それだけはやめて・・・・。」
灑薙麗の第二案に由乃は即答でそういった。確かに、今まで同級生にはさん付けでしか呼ばれたことがないのに、
いきなりそれはきついだろう。
「え、えっと・・・普通にさんづけで・・・」
志摩子はそういって何とか灑薙麗を納得させようとしたが、やはりどこ吹く風だった。
「だって、友達なんだし。親しみをこめてっていうことで。さん付けじゃあ、なんか他人行儀みたいな感じがするんだよね。
それに、私は多分卒業したら本業に戻っちゃうから、二度と会うこともないだろうし。こうしてあったのも何かの縁、
少しの間だけでも親しくしたいんだ。」
と、灑薙麗はいう。以外にも、その言葉を受けて納得したのは由乃だった。
「仕方ないわね・・・・。いいわよ。そういう呼び方でも。」
それには祐巳や志摩子が驚いた。令一辺倒できていた由乃がまさか、令ですら呼んだこともないであろう呼び方を灑薙麗に対して
認めたのだから。
「う・・・。由乃さんがいいっていうなら私もまあ、悪くはないけど・・・。」
そういって、結局、三人ともがその呼び方を認めることになった。
三人はそのままいろいろなことを話しながら薔薇の館に向かっていった。その先に日常を壊してしまうものが待っていようとも知らずに。
薔薇の館を目前に、灑薙麗は急にその足を止めた。祐巳や由乃、志摩子はどうしたのと声をかけて立ち止まる。
しかし、灑薙麗の返事は無い。
(この臭い・・・・腐臭?いや、それもただの腐臭というよりも・・・死臭の混じった腐臭・・・・。
動物じゃない・・・・人間だ・・・。死後一ヶ月ってとこかな・・・。)
灑薙麗は感じ取っていた。その本能で。その一族(コミュニティー)にとって生来のその感覚を持って。
薔薇の館にそれがあると。人間の、それも死後一ヶ月のものであるということを。
「ちょっと待ってて。今中に入っちゃマズい。」
灑薙麗はそういうとお弁当を由乃に渡し、一人薔薇の館に入ろうとした。一瞬の出来事で祐巳たちの思考は少しついていかない。
「灑薙麗ちゃん、なにか・・・・。」
由乃がそういったそのとき、悲鳴がした。人間の悲鳴とはかくも表現しづらいものなのか、小説や漫画などで書かれているものと、
本当の悲鳴ではかくも違うものなのか、それを一瞬にして理解させる悲鳴が薔薇の館の中から響いてきた。
「お姉さまっ!!?」
そう叫んだのは祐巳だった。彼女がそう呼んだということは悲鳴の主はロサ・キネンシス、小笠原祥子なのだろう。
祐巳はそう叫ぶやいなや薔薇の館に駆け込んだ。由乃と志摩子もそれを追って中に入る。
灑薙麗は三人が入る前に既に扉をぶち抜いてはいっている。二階の部屋につくやいなや、灑薙麗は床で倒れている長い黒髪の女性、
出会ったことはないが、灑薙麗はその女性が祥子であるとみた。もう一人、そこにいた令は床にへたり込んで茫然自失の状態になっている。
灑薙麗は二人の命に別状が無いと見ると、すぐに開けられた箱を見た。
中には人だったもののところどころ頭骨の見える腐乱した頭部が入っていた。
(うわぁ・・・・こりゃ酷い・・・とんでもない宣戦布告だわ・・・・。)
灑薙麗はそのまま蓋を閉じて隣の箱を見る。しかし、開けずとも中に何が入っているのかは誰の目にも明白だった。
灑薙麗はふと、その箱の上に便箋が置かれていることに気がついた。すぐにそれを手に取ると中を検める。
と、そのとき、祐巳たちが部屋の中に入ってきた。祐巳はすぐに祥子に駆け寄ってその体を抱えおこす。
由乃は令の隣に座ると肩をゆすって正気に戻そうとしている。志摩子は灑薙麗にかけよると、何があったのか聞いてきた。
灑薙麗は後で教えるからまず、できればすぐ、警察を呼ぶように頼んだ。志摩子はそれを了解するとすぐに薔薇の館を後にした。
祐巳たちも灑薙麗に何があったのか聞いてきたが、何があったかよりも祥子たちを横になせて上げられる場所に連れて行くことを指示した。
そして、もう一度便箋に目を落とす。
(貴公らの所有する『赤の書』、『黄の書』、『白の書』と『光の心』を引き渡すように・・・ねぇ・・・。
そんなモンがあったら、あたしが欲しいところだよ。っていうか、血族(ファミリー)辺りがそう言う手前本当にあるんでしょうねぇ・・・。
こりゃ、マジでやつらにやるよりも私が貰わなきゃ。)
灑薙麗はそのまま便箋をポケットの中に突っ込んでその部屋を後にして祐巳たちの後を追った。
警察がくるまでの暫くの時間、そこに人払いの結界を張って。
祐巳たちは保健室にいた。今は祥子も令も目を閉じてベッドに横になっている。
寝ているというよりも気を失っているといったほうがいいだろう。
灑薙麗が保健室に入ってくるやいなや祐巳たちは一体何があったのか聞いてきた。
「ちょっと待って。何があったかちゃんと話すから。でもその前にしておかなきゃならないこと済ませてからね。」
灑薙麗は一応祐巳たちの質問をさえぎると祥子の前に立って顔にその手をかざす。そして何かぶつぶつとつぶやいて離れる。
令にも同じことを済ませるとやっと祐巳たちの前に座った。
「んーと・・・どこから話そうかなぁ・・・。」
灑薙麗は腕を組んで少し悩んだそぶりを見せたが、祐巳たちに仔細を聞かれて、全てを話すことにした。
「ユミーたちが聞きたいのはロサ・キネンシスが何で悲鳴を上げて、ロサ・フェティダと一緒に倒れていたかだよね。」
灑薙麗のその言葉に、由乃が首肯する。
「んー・・・一応先にいっとくけど、結構酷いもんだよ。まあ、聞く覚悟あるみたいだからいうけど、
さっきあったでっかい箱の中に死後一ヶ月ぐらいの人間の頭が入ってたの。私がみても酷いって思うぐらいだから、
相当なショックだったと思うよ。」
灑薙麗はさらりと言ってのけたが、祐巳は、いまいち理解できていないような表情をしていた。
突きつけられた現実があまりにも現実離れしていて想像できていないようだ。
「ねえ、灑薙麗ちゃん、それって・・・」
由乃は自分が感じていた気配の仕業ではないのかと感づいて灑薙麗にそう聞いた。灑薙麗は否定することなく首を縦に振った。
「よしのんの思っているとおり、まず間違いないと思うよ。でも、少し違うとすれば、そいつらはよしのんじゃなくて
『赤の書』、『黄の書』、『白の書』と『光の心』を狙ってるみたい。」
「『赤の書』、『黄の書』、『白の書』・・・?何それ・・・?」
灑薙麗のその説明に祐巳が首をかしげた。そんな本、ここに在籍して一年以上たつが、聞いたことが無い。
「薔薇の色だ・・・・。」
そうつぶやいたのは由乃だった。
「薔薇・・・・ほんとだ・・・・。」
それを聞いて祐巳だけでなく、灑薙麗も納得した。
「なるほど・・・。じゃあ、この学園ってものすごい学園じゃない・・・・。
まさか、新、中、旧のすべての色が生徒会の薔薇の色とはね・・・。」
灑薙麗は一人そうつぶやくと窓の外を見た。だんだんとサイレンの音が近くなってくる。どうやら警察が来たようだ。
それにつられるようにだんだんと校舎がざわつき始めた。
「そうそう、今さっき、ロサ・キネンシスとロサ・フェティダの今日一日の記憶を消したから、さっきのことは何にも覚えてないはずよ。
だから、少し、裏口をあわせとこう。」
灑薙麗のその言葉に祐巳が何いってるの?といった表情をむける。
「箱を開けたのは私。薔薇様たちがそろって倒れているのは運悪く二人とも貧血だった。これでいこう。しーぽんもそれでいい?」
警察の到着を知らせにきたと思われる志摩子に灑薙麗がそういった。何のことかわからなかったが、とにかく志摩子はええ。
としか答えられなかった。
警察が到着してからというもの、学園内は上を下への大騒ぎになった。それもそうだろう。そういうものとは無縁の学園であるために、
一体何事かと騒ぎ立てているのだ。また、警官が集まっているのが薔薇の館であるというのが騒ぎに拍車をかけている。
灑薙麗たちは警察に裏口を合わせたとおりに証言して、現場検証に立会っている。
とはいえ、祐巳たちのような素人に立ち会えといわれても、一体何がなんだかさっぱりわからないのは当たり前である。
唯一、灑薙麗だけがその中をうまく立ち回って情報をうまい具合に聞き出している。
暫くして、現場検証も終わって一応、薔薇の館を立ち入り禁止にすると警察は警備員を残して本庁に戻っていった。
祐巳たちはそれを見送ると使っていない教室に生徒会としての昨日を移動してそこで一息ついていた。
「でも、警察も無駄なことするよねぇ。犯人、見つかりっこないのに。」
灑薙麗は必要な書類の入ったダンボールを机の上に置くと誰に言うでもなくそういった。
しかし、そこには祐巳たちがいる。当然その言葉に食いついてきた。
「見つかりっこないって、どういうこと?」
祐巳が灑薙麗に聞く。灑薙麗は椅子に座るとここまでくるといろいろ話しといたほうがいいかもといって話し始めた。
「ちょっと長くなるけどいいかな?」
灑薙麗のその前置きに由乃がお願いといったので灑薙麗は話し始めた。
「今回の犯人は、よしのんが前から変な気配を感じてたってやつらだよ。
もっといえば、ユミーの乗ってた赤い車に突っ込もうとしてたトラックの運転手を操ってたやつらでもあるね。」
その告白はそこにいたみんなを驚かせるには十分すぎるものだった。驚いている祐巳たちをよそに更に驚きの発言を灑薙麗は続ける。
「今回の犯人についてわかるのはそれだけだけど、犯人の目星は大体ついてる。ユミーの一件ではっきりしたんだけどね。
犯人は多分、血族(ファミリー)の肆姓(しかばね)のところだと思う。
遠隔操作なんてできるのは遙君と那雪姫のぞいてそこぐらいしか心当たりないし。
あ、血族(ファミリー)って言うのは殺戮組織の一つで本人に戦闘能力はないけど人をばさばさ殺す連中のことね。
今のところ一族(コミュニティー)っていう殺人集団が介入した場合を除いて失敗した事例は無し。
ま、殺戮については一流にもう一個一流を乗っけたような集団よ。」
そこまでいって灑薙麗は気付いた。祐巳たちの顔は真っ青になっている。
確かに、殺戮し損ねたこと無しといわれれば自分たちの行きつく先も簡単に想像できよう。
「あや。心配しなくていいよ。一族(コミュニティー)が介入した場合の成功率はゼロパーセントなんだから。」
灑薙麗が取り繕うようにいったが、それでも祐巳たちの顔色はよくならない。
「わ、私、一族(コミュニティー)だから、大丈夫だって。みんなの身の安全は保障するから。」
灑薙麗もさすがにあわてて言葉を続けるが、相手が相手。灑薙麗一人でリリアンの生徒全員を守ることが不可能なことぐらい
誰にもわかることだし、何より灑薙麗自身も重々承知の上だった。
「あう・・・。まあ、そんなにおどおどしてたって仕方ないよ。今のところこっちに被害はないんだし、何より、
向こうも朝闇薙の私がいること知ってるはずだから一気にっていうことはできないだろうから、ある程度、安全は保障されてるんだよ。」
その雰囲気を何とかしようと灑薙麗は頑張ったが一度どうしようもない雰囲気に包まれてしまった
その場の雰囲気を変えることはできなかった。
「灑薙麗さんはその・・・一族(コミュニティー)の人間なのよね?」
暫くの沈黙の後、志摩子が灑薙麗にそう聞いてきた。灑薙麗はそうだよと軽く返事をする。
「さっき、一族(コミュニティー)っていう殺人集団って言ってたけど・・・・。」
志摩子のその言葉に今度は灑薙麗がヤバ・・・という顔をした。由乃にはいっていたものの、祐巳や志摩子には伝えていない。
また、由乃にも深いところはほとんど話していない。当然自分の属する集団、朝闇薙がどんなところなのかも話していない。
もし話そうものなら、最悪、神奈川で起こっている事件の犯人が灑薙麗であるということもばれてしまう可能性がある。
「・・・・そうだよ。一族(コミュニティー)っていうのは殺人集団。人を殺すために存在する集団。存在意義が殺人。
それ以外の何者でもなく、それ以上のものでもない。個体能力はおそらく普通の人が漫画の中で読むようなのは当たり前、
中でも、私と遙君、那雪姫、アンナちゃんはその中でも桁外れ。ついでに例外。」
灑薙麗は真剣な表情の中に暗い影を落としながら淡々と語った。再び沈黙が訪れる。灑薙麗がその殺人能力を制御できるのは事実だが、
朝闇薙としての灑薙麗を知るものは由乃以外いない。しかし、由乃のみた灑薙麗も真名解放状態だったため、おそらく、
今の言を信用することはないだろう。
「私たちは灑薙麗さんを信用してもいいの?」
灑薙麗の言葉が終わるとすぐに志摩子がそう聞いてきた。当然のきりかえしである。灑薙麗は暫く返事をしなかった。
「してもいいよ。信じられないと思う。それは仕方がないことだよ。何せ殺人集団に属するんだから。でも、
こうやって血族(ファミリー)が私のそばで何かしようとしてる。まず、一族(コミュニティー)としてそれは見過ごせない。
でも、それ以上に、私の大切なものは絶対に守りたい。だから、しーぽんたちが信じてくれなくても、もし、
しーぽんたちが危ない目にあったら私は何を犠牲にしようと絶対に守る。」
少しの沈黙の後、灑薙麗は祐巳たちに向かってそう宣言した。絶対に守る。その信念をその双眸にこめて。
「信じさせて。灑薙麗ちゃんが私たちを守ってくれるって。」
由乃はそういって灑薙麗の手をとった。
「えっと・・・私は信じるよ。灑薙麗さんのこと。昨日私を助けてくれた。だから、灑薙麗さんは信じられると思う。」
祐巳はそういって灑薙麗の肩に手をおく。
「灑薙麗さんは正直だから。私も灑薙麗さんを信じる。だから・・・。」
志摩子はそういって灑薙麗の前に立った。
「全力で。それがたとえ相手を殺すことになるとしても。それらはすべて私が背負って生きていく。だから。み
んなはこっち側で笑って生きていけるように。そっち側の私は全力を尽くすよ。」
そういって灑薙麗は椅子を立つ。
「じゃあ、早速行動に移ろうかな。まずは連中が欲しがってる『赤の書』、『黄の書』、『白の書』の保管場所と『光の心』がなんなのか。
これを調べないことには対策の立てようがないや。」
「それならまず図書館を調べましょう。」
灑薙麗がそういって立ち上がると志摩子がそういって教室のドアに向かった。
「でも、そんな本聞いたことないけどなぁ・・・。」
祐巳もそれにつられるようにドアにむかう。
「ここは学園史を引っ張り出して不審な点も調べたほうがいいんじゃない?記録が無い年とかに何かあったりするっていうのは筋じゃない。」
由乃もそういってドアに向かう。
「ちょ、み、みんな?」
灑薙麗は少し驚いた表情で祐巳たちを見る。
「私たちも手伝うよ。そういうことには手伝えないけど、こういうことなら手伝えるから。」
祐巳はそういって灑薙麗にも繰るように促す。灑薙麗はありがとうと元気に返事をしてそろってその部屋を後にした。
あとがき
スプラッタ劇場になってしまいました。
(フィーネ)スプラッタっていうほどじゃないけど、まあ、リリアンではやりすぎじゃない?
大丈夫。祥子様たちの記憶は消したんだ。覚えてないことは起きていないことと同義だから。
(フィーラ)でもさ、リリアンは暫く休校になるわね。
まあ、展開上仕方ない。ちゃんとその後の展開も考えてある。
(フィーリア)じゃあ、張り切って第五楽章にいってみよー!!!
赤の書とか色々出てきたな。
美姫 「一体、どんな代物なのかしらね」
それにしても、今回は物凄い展開があったな。
美姫 「いきなり、あれだものね」
やっぱり、要冷蔵とかのシールが貼ってあったのかな。
美姫 「……アンタ、馬鹿ね」
な、何を〜!
美姫 「はいはい。そんな事を言っている暇があるなら、さっさと次にいくわよ」
へ〜い。