『Ground‐Zero』
私の目の前には赤い大地が広がっている。
ただ、それだけだった。
草や木も、動物たちも、人間の手によって作られたものも無い。
赤い大地がどこまでも続いている。それが地球だった。
強すぎる太陽光線と宇宙線が直に身につけた防護服を焼く。
かつてそれらを食い止めていた層や磁力線のほとんどは既に喪われている。
今、もしこの場で防護服を脱いだら、間違いなく私の肌は数秒で焼け爛れ、私は命を落とすだろう。
それほどの強さの太陽光線だった。
もはや地表は生命の住むところではなかった。生命と名のつくものは防護服を着た私しかいない。
今の地球は死の星だった。
私はある場所へと向かっていた。
そしてそこへと行きあることをすることが、危険を冒して地表に出てきた理由だった。
無線は太陽光線と宇宙線の影響でまったく役に立たない。
地下にある基地との連絡はとっくに絶たれている。赤い地面の上を歩く。
地表へ出てから既に数時間がたっている。私に残された時間は限りなく少ない。
その少ない時間の中で私は目的地にたどり着き引き返してこなければならなかった。
あと十数時間後にはこの場所にも今身につけている防護服では対応できない量の宇宙線が降り注ぐ。
私が地表に出てきたこの日は七十年に一日だけ地球と太陽と月の位置関係により宇宙線の量が極端に少なくなる日だった。
そしてその一日が今の人間に許されたあまりにも短すぎる時間だった。
すべての始まりは二一〇五年の六月のある日のことだった。
世界で二番目の規模を誇る大都市「トウキョウ=シティ」。
そこの中心部に衛星軌道上から熱核弾頭が打ち込まれた。
たった一発のドラム缶大のそれは一瞬にして「トウキョウ=シティ」そのものを世界から消滅させた。
人や植物、動物はもちろんのこと、車や高層ビル群といったその場にあったもの、大地ですら熱核弾頭の発したあまりの高熱に蒸発したのだった。
第三次世界大戦。後に「最後の大戦」と呼ばれることになるそれは全世界の国家を巻き込み、たったの五日で終結した。
だがその五日間で失ったものはあまりにも大きかった。
国家は崩壊し、都市や集落は跡形も無く消失し、世界百二十億あった人口は数十万に激減した。
また地球上に数億種いるといわれた生物はその九割以上がこの大戦で死に絶えた。
もはや地球の表面で生命が生きていくことは不可能だった。大戦の影響で地殻が変動して気象は荒れ狂った。
地表に拒まれた人間と残された僅かな生物は地下深くへと生活の場を移したのだった。
ときおり赤い砂埃が舞う。
その砂埃はかつて地上のいたるところにあった砂ではない。
風化してさびた金属の粉末だった。先の大戦ですべての砂は蒸発してしまった。
それはともに蒸発した人工の金属と交じり合い細かい塵となって降り積もった。
その塵に植物が根付くことは無かった。
大戦から既に五百有余年。いまだに地表はかつての姿を取り戻すには至っていない。赤い砂だけになった地表。
歩き続ける私の視界にはそんな光景ばかりが広がっていた。さらにあれから数時間。
はるか彼方に一箇所だけ赤くない地面が見えてきた。そしてそれが私の目的地だった。
赤くない地面。それはガラス質の細かい小石で覆われているところだった。
かつてあった高層ビル群やそのほか人の手によって作られたものが大戦で使われた兵器、熱核弾頭により一瞬で気化し、その後冷やされて再結晶したもの。
かつてここに大きな都市があった名残だった。
それは鉄や銅などの金属と硅砂、そして炭素で出来ている。
金属と硅砂はかつてのビル群など。そして炭素は人や生き物の成れの果て。
つまりその小石一個一個が都市そのものだった。
私は立ち止まった。あたり一面がその細かい小石で覆われている。
私の真正面には一本の柱が立っていた。それは既に原形をとどめていないほど溶けている。
だが柱と分かるものだった。その根本に彫り込まれた文字、それがすべてを語っていた。
『Ground‐Zero』
それは第三次世界大戦始まりの地にして最初の熱核弾頭の爆心地。
かつての「トウキョウ=シティ」の中心部に残る唯一のものだった。
赤い大地の中、小石の広がる土地の中央にある柱は先の大戦で失われたすべての生物の墓標だった。
大戦の前、ここには巨大な建造物があった。まさに大都市『トウキョウ=シティ』の中心にふさわしかったそれも、熱核弾頭の前には無力だった。
ただ、その巨大さゆえかすべてが蒸発することなく中央にあった柱のみが蒸発を免れた。
それは表面を溶かされながらもしっかりと大地に立っていた。
そして人間が地下へと生活の場を移す以前に文字は彫られた。
当時の彼らの自らの過ちを後世に伝えるため、そして何時か地表へと戻る日に再建の基盤になるようにと祈りをこめて。
爆心地に立つその一本の柱に向かって私は膝づいた。
残された時間は本当に少ない。その僅かな時間で私は、祈った。
私がここに来た目的。それは祈りを捧げることだった。
七十年に一日のこの日に「グラウンド=ゼロ」で祈りを捧げる。人間が地下に入ってからの五百年以上ずっと続いてきたことだった。
その時代の若い神父がその任を背負ってきた。七十年前には祖父がここに来ていた。
「先の大戦で失われた尊き生命よ。安らかに眠りなさい。貴方たちの罪はもはやない。」
小石の広がるそこで私は時間のぎりぎりまで柱に向かっていた。
「主は許したもう・・・・。だが主もそう何度は許してはくれないだろうな・・・・人は犯した業が重過ぎる。」
去り際に思わず口を着いて出た一言。私は軽く十字を切って柱を、「グラウンド=ゼロ」を後にした。
決して振り向くことは無かった。それはもはや過去のものに過ぎないから。人間は前を、未来を向いて歩くものだから。
「・・・・・私の孫のその孫の頃には再び私たちが防護服なしでここにこれるよう神に祈ろう。」
(了)
あとがき
大変にお久しぶりでした・・・・・色々と大変なことが起こったり、ウイルスにやられてデータが全消失したり。
考査で・・・・・・・になったり(聞かないでください)。
やっと復帰することが出来ました。とりあえず未来系SFです。とらハとはまったく関係がありません。
なんか最近天変地異が多いなと感じて書いてみました。
さて、その他のSSですが・・・・・白状します。全消失しました。PC起動したら何か変な風になってて(思い出したくない)
『サクラ』・『幻灯』のすべて・『決定戦』・『とらハ×オリの中編』などといったものもすべて、そして原稿用紙200枚を超える『秘』の小説も全部消えました。
バックアップ?そんなのとってませんでした。反省。本当に泣きそうです。
よってですが、『サクラ』・『幻灯』を一時凍結します。こんなところで申し訳ありませんが。
こちらのHDが復帰して、もし取り出せたら解凍したいと思います。
楽しみにされていた方(いるのかっていうつっこみはなしで)大変申し訳ありません。
そろそろ完全復帰します。でわでわ ごきげんよう。
次回もオリのSFです。
P.S.誤字脱字、文章表現のおかしいところありましたら こちら までメールで連絡ください。
なおそのときHNを書いてくださると幸いです。(それの無いメールはこっちで消していますので)
ウィルス、怖い……。
美姫 「浩もバックアップ取っといた方が良いわよ」
だよな。分かってはいるんだが……。
美姫 「それじゃあ、凍結作業をしましょうね」
だな。コウさん、解凍される日を心待ちにしておりますから。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」