「……で、話は何ですか?」

ミッドチルダのある町。そこは立ち並ぶビルのネオンが夜空を照らしていた。

俗世に繁華街と言われている場所。夜遅くまで働く管理局の人や労働者の憩いの場所と好評で様々な飲み屋が存在する。

多種多様な酒を提供しているお店から雰囲気を楽しませる店まで経営理念は様々だ。
その中の一つの店。

バーのような店だ。長い机があり、そこにはバーデンダーのような人がカクテルを作っている。そこまでなら何処のバーと変わらない。

だが、その店は個室の中にバーが存在しているのだ。小さいバーが個室ごとに配置されている。内装から高級感がにじみ出ていた。

バーデンダーがカクテルを注ぎ、目の前にいる二人の男女に差し出す。

ピンク色のカクテルがグラスの中で揺れる。管理局と思われる制服を着た中堅と思われる女性――サエコ・ローランがありがとう。もういいよ、と言うとバーデンダーはお辞儀をし、部屋から退出した。

サエコは一口、お酒を含む。

「ふぅ、相変らずおいしいわね、このお酒は」

「…………」

普通の服装を着た二十代ぐらいの男―カイル・アイマールもつられて目の前のお酒を飲む。

蒼い眼に、茶色の短髪。手入れをしていないせいで髭は温床を得たかのように伸び放題である。そんな顔の中にも少し幼さが残るカイルは今まで緊張していた表情が和らぐ。

「一年ぶり、かしらね」

「……ええ」

「今まで何をやってたんだい?」

カイルは押し黙る。サエコも同じく言葉を発しない。カイルからの回答を待つ。

「……そんなの分かっているくせに聞きますか?」

カイルが根負けし、話す。酒をまた一口含んだ。

まるで、これからの会話を飲まなければやっていられないかのように。

サエコはそんなカイルの姿に微笑を浮かべた。

「いいじゃないか。苦労してお前さんを見つけたご褒美としてくれても」

「…………」

「それとも、私から言った方が……」

「……ずっと、調べていました」

カイルはサエコの言葉を遮り、そう言った。それを聞いたサエコは多い皺がさらに増える。

その表情から悲しみがにじみ出ている。

「そうだったかい……」

「知らなかったのですか?」

「知っていたさ。けど、信じたくなかったというのが正直な話よ」

「…………」

「まさか、そこまで自己犠牲をしているとは思いたくもなかった」

「……俺もそう思います」

カイルは語る。

「だが、そこまでしなくては真実を掴む事ができない」

カイルは酒を飲む。その様子は疲れ果てているように思える。

まるで、先が闇の中で彷徨い続け、力果てた戦士のように。

この先に果たして光りがあるのか。

この先に果たして意味があるのか。

この先に果たして答えがあるのか。

カイルの中に常にその言葉が頭の中を駆け巡っていた。それほどにカイルの周りの状況は芳しくないのだ。

「それで……真実は掴めたのかい?」

サエコはそんなカイルの心情を知ってなお、問い詰める。カイルは内心、憤りを感じているがそれと同時に早くこの場から立ち去りたいという思いが強く、耐える。

「いや、まったく。
小さな希望は手に入れましたが、それまでです。希望は結びつかず、ばらばら」

「だけど、希望は見出してきたのだろう?」

「見出しただけですよ。
大きさは変わらない……いくら小さい希望が辺りに存在していても照らすほどの力にはならない」

本当、自分は何をしているのだろう。

今まで、はっきり言って時間を無駄にしてきたとしか思えない。必死にあるものを求め、自分を犠牲にしながら手に入れた希望はわずかなものばかり。

希望を追い続けていく内に自分が立っている場所ですらなくなろうとしている。

これでは、まるで道化だな、とカイルが今まで自分がやってきた事を思い返し、評価する。

思いに耽ったカイルにサエコは傍らにあったバックを開け、手を入れる。

「なら、私がその希望を結び付ける場所を提供してあげる」

バックから取り出されたのは紙の書類だった。何十枚にも重なった紙の束をカイルに渡す。

カイルはいぶかしげにそれを受け取り、冒頭の部分を読み上げる。

「“時空管理局機動六課設立についての報告書”?」

「そう……今度新しく設立される古代遺失物を専門に任務を行う部隊。
そして、特にロストロギア“レリック”を中心に活動する部隊だよ」

レリックという部分にカイルは反応する。

「そう、あんたが捜し求めているものに大きく関っているレリックを重点的に捜査、情報を集めることができるのだよ」

「レリック……」

カイルの脳裏にある光景が思い浮かんだ。それは、カイルにとって人生が変わってしまった事件。

人生が狂ってしまった事件。

レリック事件。

レリックとは高エネルギーを帯びる「超高エネルギー結晶体」である。その為外部から大きな魔力を受けると爆発する性質があり、過去に三度、大規模な災害を引き起こした。

そして、それは悲劇を呼んだ。

四年前、当時密輸されていたレリックが空港で何らかの原因で爆発を起こした。

空港は火の業火に見舞われ、死地と化した。

消火活動を行うために、飛び交う管理局の局員。

爆発に巻き込まれ、救助される一般人。

だが、火災は一向に治まらず、事態は難航していた。多くの人は崩れた瓦礫や炎のせいで建物の中に閉じこめられ、絶望を感じていた。

そんな地獄ともいえる場所にカイルはいた。

膝を崩し、血だらけの女性を抱えていた。その女性はカイルの恋人だった人物。

息をするのも苦しいのか何回も咳き込みながら彼女は目の前に最愛の人に笑顔を浮かべる。

『エリ! しっかりしろ、エリ!』

『ごほっ、ごほっ……あは。な、に、あせっ、てるのカイル?
そんなひょ、うじょう、を見せる、なんて、めずら、しいね……』

『何を言っているんだ!
こんなに、血だらけなのに何で笑ってるんだよ!』

『そ、んなこと、決まっ、てるじゃない……カイルが、来て、くれたから』

『……いい、しゃべるな!
今、運んで治療を!』

そこで、エリは首を横に振る。

『何で!』

『私より、あの、娘を、助け、てあげて……?』

カイルはエリの視線の先を見る。そこには14歳ぐらいに見える少女の姿があった。彼女の周りにはバリアが張られており、災害から守られていた。中にいる少女は泣声を出すまいと両手で口を塞ぎ、嗚咽を漏らしていた。両目から涙を流しながらカイル達を見ている。

『あの娘は? それにあのバリアは……』

『妹を探、していた、みたいなの……あのバリアは、私がかけ、たの……』

『妹? それに、どうして自分にはかけないであの娘に?』

『だって、そし、たらあの娘、が助からない、じゃない……』

『じゃ、お前はどうなるんだよ!』

『あはは』

『何、笑ってるんだよ!』

『わた、しは……爆発が起き、た時に、既に、手遅れだったから。
せめて、あの娘だけ、でもって、思ったの……あはは、こんな、所でカイルに、教え、てもらった、魔法が役に、立つ、なんて……私、ってつい、てるね……』

エリが眼を閉じていく。周りはこんなに暑いというのに体温がどんどん冷たくなっていくのが分かる。

『おい、エリ、エリ……!』

『ごほっ、お願い、カイル……最後に、わた、しのお願いを聞い、て』

エリが最後の力を振り絞り、カイルにしがみつく。

『最後なんて言うな!
俺達はやっと一緒に道を歩んでいけるはずじゃなかったじゃないか!』

『んぐっ、ごめ、んね……本当は私だって、そう、したかった、けどここまで、みたい……』

『諦めるなよ! お前はそんなに諦めがいい奴がないだろ!』

『あはは。そうだ、ったね……だけど、ごめ、んね』

エリは言葉を途切れさせないように力をこめる。その様子をカイルはあってはほしく現実を想像する。自然と力が込め、エリを強く抱きしめる。

『エリ!』

『もう、残り少ない、みたいだから……最後の頼み、言うよ?
私の事をできたら悲しまないで。今まで通り、バカでスケベでどうしようもないカイルでいて……そして、私と同じぐらい……ううん、それ以上の大事な人を見つけてくれたら嬉しいかな』

『どうしてそんなことを言うんだよ! そんな奴、いるわけないだろう!』

エリ以上に愛せる人がいるわけがない。エリが世界で一番、愛している。

カイルはそう思い、反発する。

最初は喧嘩の真柄だったが、自然と彼女を追い求めるようになった。彼女の怒る顔が好きで笑う顔が好きだった。

彼女を欲した。

全てを。

好きな所も嫌いな所も。

そして、想いが通じた。一緒に道を歩んでいけるはずだった……

それを放棄しろというのか。こんな残酷な現実のせいで。

今にも泣き出しそうなカイルをエリは笑顔を出し続ける

『いるよ……カイルには道があるもの、無限の道を。
だから、否定しないで』

『……エリ、死なないでくれ!』

『……ごめんね。
その娘よろしくね。私が助けた命……後、もう一つお願い、いいかな?
できたら、その娘のこと、見守ってあげて? 人の笑顔を守るのが夢なんだって、カイルと同じだね』

『エリ……』

『愛してるよ、カイル。
だから、私の分まで笑って生きて。それが私の一番のねが、い……』

エリは眼を閉じ、力が抜けたかのように倒れこんだ。

『エリ……?』

『…………』

『エリ!……エリいいぃぃ!!!』

カイルは涙を流し、愛しい人の名前を叫んだ。

「…………」

「思い出していたのかい?」

「ええ……」

「あんたがここまでやっているのはやはりエリのためなのかい?」

「ええ……」

「……じゃ、何で管理局をやめたんだい?」

カイルはあの事件の当時、時空管理局の執務官だった。

事件捜査が主な仕事であり、カイルは己の中に正義感を持って任務にあたり、解決していった。事件当時、休暇が取れたカイルは一般人で恋人であるエリと旅行に行く事になっていた。だが、その当日の朝に緊急な事件が起き、カイルも召集された。

カイルは事情を話し、エリはそれを承諾し、先に旅行先に向かう事になった。

そして、レリック事件は起きた。

事件が起きたことを知ったカイルは任務を放棄して現場に向かった。

救助者の中にエリはいなく、指示を無視し、エリの救助に向かった。

だが、健闘空しくエリは死んでしまった。

「俺が局員であったからエリが死んでしまったからです」

もしも、あの時無理にでも旅行に行っていたら。

カイルは過ぎ去った過去に縛られ、思い詰めていたのだ。

もしも、あの時急な事件が起きなければ。

もしも、あの時少し待たせてでも管理局にいてもらえばと。

事件が起こってから、数週間、カイルはそのことにずっと葛藤していた。

「それに、あのままあそこにいたら事件の調査ができなかったです」

そんな心境にいたカイルに一つの結論が浮かんだ。

彼女のために何ができるか。

あの火災事件を引き起こした原因を突き止めること。

それが、せめて自分ができるエリに対しての罪滅ぼしのように思えた。エリが命を削って言った言葉をカイルは受け入れることができなかったのだ。

だから、原因を突き止めた時、エリの言葉を実現しようと心に誓った。

カイルは早急に事件の捜査申請を行ったが、却下された。

その理由は事故処理までいっている事件を調査する必要はないと宣告されたのだ。それを聞いたカイルは絶望の淵に落ちた。

全てを否定されたかのように錯覚したのだ。

だが、カイルは諦めなかった。

密かに事件を調べ、あれはロストロギアによって引き起こされたということが判明した。そして、そのロストロギアの周りに出現する機動兵器の存在を。

当時、その兵器は機密扱いになっていたがカイルは人脈などを使って調べ尽くした。
その兵器はガジェットと名称されており、何処からか出現するか分からない、AIを持った兵器であることを突き止めた。

そして、その背後には何かが存在している。

そう思ったカイルは協力者と共にさらに調査していった。

だが、その二年後、カイルが不審な行動を起こしていると報告があり、尋問された。
カイルはこことぞばかりにレリック事件の重要性、背後関係などを発表し、再度調査してもらうように要請した。だが、上はそんな事を耳に入れず、違反行為をしたカイルに対し、執務官剥奪という厳罰を下した。

「で、今度は捜査官になったわけだね?」

「ええ、お呼びがかかったので。
そこでも諦めずに密かに調査していましたが、それも長く続かなかった。だから、俺はその人に迷惑をかける前に管理局をやめて、独自で調べることにしたんです……」

レリックに隠れているものを調査するために。

それを突き止めた時、自分は前に進めると信じて。エリの願いを叶えるように頑張っていけると常に心に秘めて。カイルはただ、突き進んだ。

「……そうかい。
じゃ、この機動六課ならお前さんの役に立てると思わないかい?
ここなら、誰もあんたのことを邪魔にせずに集めた希望を一つにまとめることができる」

「……今更、戻れるわけがないですよ。
俺はもう局員をやめた身です」

「それは心配ない……あなたは事務などの非常勤局員として迎えることになっている。
それに、この部隊は一年だけの試験的な部隊。一握りのベテランでほとんどは新人で構成されているのさ。あんたみたいな優秀な人材がこの部隊には必要なのよ」

「だけど、俺は過去に厳罰され、自分から退職した身……非常勤だからといって雇っていいはずがないし、その部隊に迷惑をかけるだけです」

試験的な部隊なら自分のような危険分子を入れるのは何の得にもならない。最悪、その部隊長の出世に傷を与えてしまう可能性が高いのだ。

そう思ったカイルは正直、迷った。目の前が真っ暗で行き詰っていたカイルにとって悪い話ではなかったからだ。

だが、他人に迷惑をかけてまで目的を達したいまで思っていなかった。

「その心配ない」

サエコはさらにバッグから新たな紙を取り出し。

「その部隊長からあなたに対して推薦状が出ているのさ」

「推薦状?」

「そう。そして、私はそれを了承した」

渡された紙にカイルの名前が書いており、非常勤局員承認の判子が押されていた。
カイルは視線を下に向ける。そこに推薦状を出した部隊長の名前が書いてあり、驚愕する。

「や、がみ……はやて」

「そう、あんたを推薦してくれたのは機動六課部隊長八神はやて二等陸佐さ」

「ど、どうして!」

カイルは無意識に力が篭り、動揺を隠せないでいた。今まで何処か生気を感じていなかった表情が八神はやてという名前によって戻ってきていた。

サエコは本来のカイルに戻ったのを傍らで確認し、静かに答える。

「“約束を果たすため”と彼女は言っていたよ」

「!!……な、何で!」

「それはあんたが直接、彼女に聞きなさい」

「…………」

「後、伝言頼まれている。
“全然、迷惑じゃあらへんよ”だと」

その言葉にカイルは一瞬、力を抜いた。サエコの方を向き、確認する。

嘘だと言って欲しいと思っていたカイルだが、サエコの表情から嘘でない事を嫌でも伝わり、酒を胃に流し込んだ。

「……そうか、あの約束を覚えていたのか。

四年前のあんなすぐに消えてしまいそうな約束を」

「だが、彼女は覚えていた。
そして、約束を果たすためにも四年間、頑張ってきたのよ」

「…………」

「どうする? 迷惑を全て受け止めると彼女は言っているのよ?」

「……悪いが、辞退させてもらいますよ」

カイルは苦しそうにそう答えた。サエコは予想外の返答に眉をひそめた。

「どうしてだい……彼女はお前さんに来てもらいたいと思っている」

「確かに、部隊長がはやてじゃなかったら俺は受け入れていたかもしれない。己の利益のために利用し尽くしていたでしょうよ。だけど、部隊長がはやてなら俺は到底受け入れられるはずがない」

「それは何故?」

「俺は、彼女を裏切ったから」

「何だって?」

「俺は約束を破った」

「約束を?」

「……そう」

「それは一体……」

「…………」

「言いたくないってわけだね?」

「ええ。
だから悪いですけど、その件については断っておいてく……」

推薦状を返そうとした時、乾いた音が響いた。カイルは一瞬何があったのか困惑した。

顔を戻すとそこには眼をつり上げて怒りを押しとどめているサエコの姿があった。

「あんた、何逃げているんだい」

「……誰が、逃げていると言うんですか」

また、平手打ちを浴びる。

カイルも理不尽な仕打ちにサエコを睨みつける。

「あんた……この推薦状を発行するまであの娘がどれだけ無茶をしたか分かっているのかい?」

「…………」

「上からは誹謗中傷まがいなことを言われて、諦めずにそれを耐えてやっと認めてもらったんだよ。そんな彼女の努力をあんたは約束を破った自分が恥ずかしくて、その現実から逃げたい一身で水の泡にするなんて私は許されないよ!」

本気で怒っている。カイルはめったに怒らないサエコに驚愕した。

その表情だけでどれだけはやてが苦労してきたのか物語っていた。

カイルにとっては小さな約束を果たすだけために。

「…………」

「え、どうなんだい。
何か言ってみなさい」

「……どうして」

「…………」

「どうして、彼女は約束を破った自分を推薦なんてしたんですか?」

「何度も言わせないでくれないかね……そんなの本人に聞きなさい」
「それに約束を破った自分は、はやてにどう許しをこえばいいと言うんですか?」

カイルはまるで迷える子羊のように気持ちがあっちこっちに揺れていた。

約束を破った自分がどんな面下げてはやてに会えばいい。

留まらぬ感情にカイルは処理しきれないでいた。

「そんなのは簡単じゃない。
機動六課に入ればいい。彼女はそれを願っている」

サエコは答えがでないカイルに代わり、答えを出した。

「……だが、それは罪滅ぼしに何てならない」

「なるさ。
一生懸命、彼女のことをサポートしてやりなさい。それが最善の罪滅ぼしだよ」

カイルは思い出す。

はやてと交わした約束を。

眩しいぐらいの笑顔を出していた彼女を俺は自分の都合で汚した。

俺はそう思っていた。だが、それは違った。

はやてはそのぐらいでは傷つかないほどの強い人だったのだ。

「……どうして」

「ん?」

「どうして、あなたも了承したのですか?
あなたは俺の事が嫌いなはずなのに」

「ああ、確かに今でもあんたのこと大嫌いさ」

サエコはさらっ、とそう言った。

「…………」

「だけど、そんなあんたでも必要としている人がいる。
それを私の感情だけで切るのは忍ばれない、それだけさ。
それに……」

「……それに?」

「エリのためでもある」

「…………」

「エリの母である私はあなたの事を恨んでる。
愛しの娘を守れなかったあなたを。
愛しの娘を奪ったあなたを。
そして、何もできなかった私自身も恨んでいる」

「…………」

「けど、エリのためにも私はできることがある。
エリを想って行動してくれているあんたの力になれることを。
あの時は何も出来なかった私は今では力を持っている。それを今、使う時が来たのさ。
それに、私はあんたの事を恨んでいるけど、不幸になって欲しいほど恨んでいない。
できたら、幸せになって欲しいと願っている。多分、エリもそれを願っているはずだからね」

「…………」

「どうだい? まだ、聞きたいことはあるかい?」

「いえ……すいませんでした」

カイルは席を立ち、謝る。エリの母親であるサエコはいい、と言う。

「……まだ、自分はダメダメですね。
他人に迷惑をかけまいとしてきたけど、自分のことしか考えていませんし、結局迷惑をかけている」

「それが、人間だよ。
迷惑をかけない人間なんて何処にも存在しない」

「……そうですね」

「それで、了承ということでいいね?」

カイルが持っている悩みを全て解消したと思ったサエコはディスプレイを出現させ、非常勤局員に関するページを開いた。

そして、承認というボタンを表示させた。

サエコはカイルの返答を待つ。カイルは眼を閉じ、気持ちを固めていた。

数秒した後、眼を開け、サエコを見据える。その眼に迷いがなかった。

「少し待ってくれませんか?」

カイルの答え。

迷いもなく答えた返事は延期要請であった。

「……何でだい?」

「……はやて、と話をさせて下さい」

「はやて二等陸佐と?」

「はい。
彼女と話してどうするか決めたいと思います」

蒼い眼に覚悟が見えた。

それを見たサエコは内心、ため息を吐き、今まで真剣だった表情が崩れ、微笑を浮かべた。

「……そうかい。
いいだろう、じゃ私が連絡して日程を……」

「その必要もありません」

「何だって?」

「今から行ってきますから」

カイルが立ち上がる。時間を確認するため、ディプレイを出現させる。

ディスプレイは午後十一時を刻んでいた。

「設立したばかりなら、作業が忙しいはずですからいるはずです」

「そうだね……確か、今日も六課の宿舎で夜遅くまで作業をやるって言っていた気がするよ」

「そうですか。
では、行ってみます」

「連絡取っているかどうか確かめたほうがよくないかい?」

「いえ。いなかったら後日また行きます。
彼女を驚かせたいですし」

「そうかい。
それじゃ、行って来なさい」

「はい、失礼致します。そして、ありがとうございました」

「やめておくれ。
あんたから感謝の言葉を言われると虫唾が走る」

「そうですか。では……」

カイルはサエコの嫌味を笑顔で受け止め、部屋から退出した。

サエコは残ったお酒を一気に飲み干す。

「これでいいのよね、エリ……」

そう、一言漏らした。



カイルとはやてとの間に何があったのか。
美姫 「過去も気になるけれど、一体どんな話をするのかしらね」
気になる後編はこの後すぐ!
美姫 「それじゃあ、また後でね〜」



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