「じゃ、さっそく訓練に入ろうか」
フォワード陣を引き連れたなのはは六課から沿岸にやってきた。
目の前では海が広がり、その先に土台のようなものが浮かんでいた。
士官服に着替えたなのはと訓練服に着替えたフォワード六人、そしてデバイス調整担当のシャリオ・フィニーノはなのはの説明を聞く。
「でも、ここで、ですか?」
疑問に思ったティアナが質問する。
確かに周りに訓練するようなスペースは見当たらない。フォワード達は皆、その疑問を感じていた。
「シャーリー」
「はーい」
なのはの掛け声でシャーリーは上げていた腕を一振り。周りに数多くのディスプレイが浮かび上がった。それをシャーリーは迷いなく操作する。
「機動六課自慢の訓練スペース、なのはさん完全監守の陸戦用空間シュミレーター、ステージセット!」
あるボタンを一押し。すると、土台みたいなものから無数のビルが生えてきた。
その光景にフォワード達は絶句する。
そして、もう一人その光景を放れた場所で見守っている人物がいた。
「ここにいたか」
シグナムがその人物に寄る。そこには腕を組んでいるヴィータの姿があった。
「シグナム」
「新人達はさっそくやっているようだな」
フォワード達は訓練開始までの間に調整や各人の得意な戦法などの情報を交換し合っている。それを見てシグナムとヴィータは機動六課が始まったのだと実感する。
「ああ」
「お前は参加しないのか?」
「六人ともよちよち歩きのひよっこだ。私が教導を手伝うのはもうちょっと先だな」
「そうか」
「それに、自分の訓練もしたいしさ、同じ分隊だからな。私は空へなのはを守ってやんないといけねえ」
ヴィータの脳裏にかすかに思い出される、ある光景。
何重にもプロテクトをかけているはずなのは漏れる記憶。
そこには血だらけになっているなのはの姿があった。ヴィータの表情が歪む。
「頼むぞ」
事情を知っているシグナムはそれ以上何も言わず、鉄槌の騎士に任せる事にする。
「ああ」
「何だ、お前らがしないんなら、俺がしてやるか」
上から男の声が聞こえてきた。
二人は上空を見る。そこには一人の男が宙を舞っていた。先ほどまで神妙だった二人の表情が驚きへと変わる。
「あぁ!」
「あなたは……」
「じゃ、ひよっこ共の実力を見せてもらうか!」
綺麗な黒髪を風でなびいている男が腰につけたホルダーからリボルバーを引き抜き、邪悪な笑みを浮かべ、なのは達がいる訓練所へ飛んでいった。それを感知したなのはがやってくる男へと視線を向ける。
そして、なのはもシグナム達と同様に表情が驚きに変わった。
「え、ランス教導官!?」
リボルバーを持った男、ランス・バルト一等空佐が悪魔の笑みを浮かべたまま、上空へ降臨していた。下から風が吹き、髪が浮き上がる。その邪悪な雰囲気と階級にフォワード達は驚きと恐怖が入り混じる。
ユウヤだけは恐怖のあまりか足がすくんでいた。
「おう、高町。久しぶりだな、元気にしてたか?」
「え、はい。おかげ様で」
「そうかそうか、あっはははは」
ランスが豪快に笑う。他の人達は一切、笑わない。
「あ、あの。ランス教導官、お聞きしたいことがあるのですが」
なのはが恐れながら、聞く。
「おう、何だ」
「予定ではランス教導官は明日、着任で今日はどこかで教導していると聞いたんですけど……」
「あぁ、それか」
ランスは聞かれたくないことだったのか途端に不機嫌な顔になる。聞いてはいけなかったとなのはは内心で後悔した時、ランスは頭をかく。
そして。
「さぼった」
不機嫌から笑顔に変わり、とんでもない発言をさらっ、と言った。
なのはの目が点になる。
「え?」
「だから、さぼったって言ってるだろうが」
「え、確か模擬戦でしたよね?」
「ああ、そうだ」
「何、さぼっているんですか!?」
「うるせい、俺はしたいことをしないと仕事に集中できない性格なんだよ。それにメンバーを見ても特に面白そうな奴はいなかったしな。それに、あんな模擬戦、シズルだけで十分だ。俺が出る幕はないんだよ」
「それでも、あなたの模擬戦から学ぼうと楽しみにしていた人はいたはずです!」
「だったら、俺の所に直接来るぐらいの度胸を見せてみろってんだ。
そしたら、直々に教えてやるぜ。本番に近い模擬戦をな!」
無茶苦茶である。
さっきから聞いているとランスは自己中心的な事ばっかり言っている。まったくもって言葉が通じない。なのはでさえ、先ほどの会話でも分かるように目の前の人物に余裕などない。
「じゃ、今日はどうしてここへ?」
「そんなことも分からないのか、高町ぃ」
最後のニュアンスだけ物凄く深みがあるように言うランス。その発言になのはは完全に押されている。
「うっ」
「そんなこと言わすなよぉ」
「す、すいません」
「まあ、いい。理由は簡単だ。
今日はお前達が集めた原石達の実力を見てやろうとわざわざ来てやっただけだ……そう」
そう言うとランスの管理局の制服がバリアジャケットに変わった。
漆黒のバリアジャケット。所々に白い線が入っており、とても似合っているが黒という色に邪神を連想させる。
「俺とこのひよっこ達の模擬戦でな!
さあ、お前ら準備しろ!」
ランスの言っている事にフォワード達が唖然となる。
そして、ユウヤには死ねと言っているようにしか聞こえなかった。
「ちょ、ちょっとランス教導官! いきなり摸擬戦はないですよ!
この数日で皆に最低限の基礎を教えて……」
なのはのもっともな事を言う。この数日でこれからの訓練に耐えうる身体作りを考えて計画していたなのはだったのだ。
そんな事を知らないランスは隠す様子もなく、舌打ちをする。
「だーかーら、お前の意見なんて聞いてねえ。
俺は自分がやりたいようにやるだけだ……それとも何か、お前も加わるか?
久しぶりにお前とやるのも悪くはねぇ」
「え、そ、それは……」
なのはがたじろぐ。エースオブエースと言われている人物がリボルバー男の戦闘を嫌がっている。その様子を見てランスはなのはへの興味を薄れ、ため息を吐く。
次の対象であるフォワード達を見る。
そこにはランスに対して恐怖や困惑などを浮かべている。
エリオとキャロはランスから発せられる雰囲気に怯え。
ティアとスバルはなのはが恐れているという事実を受け、恐怖が沸き起こり。
フィオナは眉をひそめながら無表情でずっとランスを見ている。
そして、ユウヤは顔が青ざめており、血の気がなくなっていた。
ランスもユウヤを確認すると獲物を見つけたかのように悪魔のような笑みを浮かべた。
「よお、ユウヤじゃねえか」
ランスに呼びかけられ、ユウヤの身体がはねる。
「お、お久しぶりです……ランス教導官」
「試験、合格したんだってな、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。これも教官の教えがあったからです」
「そうだろうよ……俺が訓練してやったんだ。もし、受かってなかったらどうしてやったものか考えていたぜ」
「え!?」
「どうなってたんですか?」
フィオナが質問した。この雰囲気できたポニーテイルの少女に皆が眼を丸くする。
ユウヤは聞きたくないことを聞いたフィオナのせいで心の寿命が縮んでいくのが分かった。
「大した度胸だな、嬢ちゃん。
そうだな、詳しく言うとな、まずは丸一日かけて摸擬戦か何かで精神力な追い込みと魔力を空っぽにしてから肉体的な訓練で極限までに身体を痛めつける。そして……」
「それ以上、言わなくていいです!
それに受かったんですから問題ないでしょうが!」
続きを聞きたくないユウヤは大声を出し、ランスの演説を停止させようとするがそんなことでランスは止まるわけでもなく、最後まで地獄のメニューを聞かされた。
その内容にティアナは何回か死ぬと確信し、前向きなスバルでさえ無理と判断した。
フィオナはその内容には興味がなく、それをこなした時、自分はどれぐらい強くなるかどうか想像を膨らませていた。
ちなみにエリオとキャロはこの場の空気が異質になっていることにおろおろとしており、先輩であるなのはや、姉であるフィオナに目でSOSを送るが、誰も気付いていてはくれない。
「ら、ランス教官!」
場を収拾しようとなのはが立ち上がった。鷹の眼がなのはを見る。
その全てを見通すかのような眼をなのはは真正面から見つめる。
「おう、何だ高町」
「今日は私が用意したメニューでフォワード達を見るのでそれは次回にして頂けないでしょうか」
フォワード達はなのはが勇者に見えた。
さすが、エースオブエース。
例え、目の前の敵が邪神であっても恐怖を感じでも悠然と対峙することができる存在。
皆が尊敬の眼差しを送ろうとした時、銃撃音が鳴った。
もう語るまでもなく、ランスが何も迷いなくなのはに向かって発砲したのだ。
着弾する前になのははそれに気付いて回避した。
「ら、ランス教官!? 何をするんですか!」
「あ? お前が喧嘩を売ってきたんだろうが」
売ってない。
ランス以外の人達がそう思った。
「売ってませんよ!」
「お前、俺のやりたい事を邪魔するってことは俺を倒すのと同義なんだよ。
なぁ、エースオブエース」
「けど、ランス教官といきなり摸擬戦なんていくらなんでも無茶です!」
フォワード達の体調管理も自分の仕事。
昔、彼のせいで身体が壊れそうになったことがあったなのははランスの我侭のせいで怪我をさせまいと思い、頑張って抗議する。
「そんなのは百も承知だ。今のこいつらが束になっても俺には勝てない」
「……じゃ、何で摸擬戦をするんですか?」
「こいつらに今いる場所を教えてやるためだ」
「今いる場所?」
「そう、俺達がいる場所とこいつらがいる場所……要はレベルの差を教えてやらなくてはならない。そうでなきゃ、いつか差が分からなくなり、溺れる者が出る」
「…………」
『…………』
「俺達は教導隊である前に魔導師だ。
魔導師とは魔を正しく導く者。ただ、技術を教えればいいだけじゃない……魔力を持った意味そして、それを持った危険を教えていくの俺達の役目だと思わないか?」
「…………」
『…………』
なのはとシャーリとフォワード陣、そしてシグナム達はランスの説明に感服する。
さすが、なのはと同じ戦技教導隊。
ただ、自分の我侭のためだけじゃなく、ちゃんとフォワード陣のことを考えてのことだったのだと理解した。
そして、最初はランスを恐怖の対象でしかなかったフォワード陣もこの台詞に見方が変わった。
「ということで、俺はデバイスモードUはなし、ついでに飛行魔法の使用禁止という感じでいいな、高町」
「……はい、ランス教導官。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
なのはとフォワード達が揃ってお願いする。目の前の人物の性格はあれだが、ちゃんとしている所はちゃんとしている。
今まで何度か訓練をさせてもらったなのはだったが、ランスの容赦ない訓練にただ恐怖を植えつけられていた印象でしかなかったが、彼がいたおかげで今の自分がいる。
エースオブエースと言われたのも彼の訓練のおかげも入っているはずだと感じ始めた。
だが、そんな幻想はすぐに消される。
ランスは今まで真面目だった顔が悪魔に戻った。
「じゃ、さっさとやろうか! このランス・バルト一等空佐、空戦AAAランクの魔導師!
おっとリミッター付だからAランクか。まあ、こんなのは関係ねぇか。
この人望や任務の成功率から黒き断罪と名づけられた俺に立ち向かってくるがいい、ひよこ共!
生きてきた事を後悔するぐらい陵辱して、今までの自分がちっぽけな存在だったってことを骨の髄まで教えてやるぜ!」
ランスの身体から一気に殺気が吐き出された。
顔も生き血を欲しがっている吸血鬼みたいに見える。先ほどまでの尊敬に見えた顔がまったくない。あまりにも変わりように一同はさっきまでの演説が夢ではないかと不安になった。
「さ、さっさと訓練場に来な。
俺は先に行っているぜ」
ランスは飛んでいく。
その姿を見たなのはは騙されたのではないかと思ってしまった。
「いい? あのランス教導官に勝つためには最初の連携で勝つつもりでいかなきゃいけない」
訓練場に入ったティアナ達は作戦タイムをとった。
ランスは無駄な時間だといったがなのはが初めて会った人もいるのでいいコミュニケーションになると言って了解させた。
ランスはフォワード陣の少し離れた場所で早く始まらないかと待っていた。
なのははシャーリーと共に離れた場所で見守っていた。
シグナムとヴィータもこの模擬戦の行く末に興味を持ち、なのはとは別の所で眺めている。
フォワード陣は円形に固まり、ティアナの作戦内容に集中する。
「それは、僕も思う。あの人には奇襲でしか対抗ができないと思う」
「そういえば、どういう関係か分からないけど訓練を受けていたのよね。
どう? 弱点ってない?」
「……あの人は弱点がないことが弱点だよ」
ユウヤの矛盾のような答えに誰もが納得した。
「じゃ、あの人の戦術は?
デバイスを見たところ、高町教導官と同じアウトレンジだと思うんだけど……」
「いや、それは間違いだ。
あの人はフェイト執務官と同じオールレンジアタッカー。接近戦も遠距離戦も関係ない」
「……けど、どっちか偏っているんじゃ?
お母さんもどっちかというと接近戦が好きみたいだけど」
フェイトの事をよく知っているフィオナが参加する。
エリオとキャロも相槌を打つ。
「うーん……確かにランス教導官もどちらかというと接近戦が好きだよ。
砲撃も距離をとらないで零距離砲撃するし」
「あんた、よく生きてたわね」
「いや、あの人、とことん追い詰めて屈服させることが好きだから逆に簡単に殺さないんだよ……」
ユウヤは思い出したのか身体が少し震えている。それだけで、彼があの邪神ともいえる存在にどんなことをされたのか想像できる。
「……お姉ちゃん」
キャロが恐怖のあまりフィオナの手を取る。それをフィオナは優しい笑顔で握り返した。
「大丈夫だよ、キャロ」
「でも……」
「別に殺されるわけじゃないし……それに私が守ってあげるから、ね?」
「……うん」
「エリオもだよ?」
フィオナが近くにいたエリオの頭を撫でる。
エリオは慣れていないのか顔を真っ赤に染めた。
「え、あ、はい……ありがとうございます」
「ほら、敬語はなし、だよ?」
「うん、ありがとう……ね、姉さん」
「うん!」
「……あのー、そこの三人、仲良しなのはいいけど今作戦会議中よ」
ティアナが三人のほわほわした結界を作り出す前に止めさせる。
エリオとキャロは慌てた様子を見せたが、フィオナは久しぶりに会った弟と妹の会話に水を刺されたせいか不満顔になる。
ティアナもフィオナの反応に不機嫌そうになるがそれを見たスバルとユウヤがフォローに回る。
「仲がいいね。ね、ユウヤ!」
「うん、この仲のよさで連携もうまくいきそうだな、スバル!」
「そうだね! ねえ、ティア!」
「……まあ、そうね。
それに今のユウヤの話で大体の対策が練られたしね」
「へぇ、これだけの情報で作戦ができるなんて、大したものだね」
「ティアはこういうのは得意だから!
いつも、助けてもらっているし!」
「得意とかじゃなくてあんたが突撃思考だから、今まで考えざるえなかったのよ!」
「わぁー、ごめんなさい!」
いつもの二人の漫才が展開される。ティアナの攻撃にスバルは困ったような笑いをして受け止める。
それを見て愉快になりユウヤを始め、エリオ達は笑う。それを見たティアナがまた恥を晒してしまったと思い、こほん、と場を紛らわすための咳払いをする。
「いい、ランス教導官がユウヤの言う通りに接近戦の方が好みだったらこっちにも色々とやりようはあるわ……まず、始めに」
その後、ティアナの作戦内容に皆が納得し、邪神に打ち勝とうと気合を入れた。その様子を見守っていたランス教導官は、これは予想以上に楽しめそうだ、と心の中で炎が灯るのを感じていた。
「ほら、こっちは待たされたんだ。
さっさと、かかって来い!」
両隣で立ち並ぶビルの中、ランスは幅広い道路の真ん中に堂々と立っていた。その大胆な往生ぶりでフォワード陣を挑発する。
だが、そんなランスの挑発に誰も乗らなかった。
ランスの前に立ち向かうのは三人。
右腕にリボルバーナックルを装備したスバル。
両手でストラーダを構えるエリオ。
そして、両手に双剣を握るフィオナ。
フォワード陣で前衛を務める三人がランスと対峙する。
他の三人はというと、少し離れた所にティアナとキャロがモニターで状況を確認し、空にユウヤが立っていた。
(いい? この模擬戦に長期戦は許されない。
速やかにターゲットを撃破するわよ)
《了解!》
念話でお互いを確認する。
そして、ティアナの作戦は開始された。
「いっくぞー!」
スバルが先陣を切る。リバルバーナックルがロードカードリッジする。
スバルを原点に無数のウィングロードを展開する。
ウィングロードがあちらこちらに飛び交い、ランスの視界にスバル達を隠した。
「なるほど、移動魔法をこういう風に使うとはな……だが」
ランスが眼を閉じた。
全ての五感を集中させ、やってくる敵の気配を探る。
それは真後ろに存在していた。
「もらっ……!」
後ろに展開していたウィングロードを使って奇襲したスバルは決まったと確信して攻撃を加えようとした瞬間、景色が急に変わり、身体に衝撃が走る。
「かぁ……!」
「おいおい、こんなんでもらったはないだろう」
いつの間にかランスに腕を取られ、背負い投げの要領でスバルは投げ倒されていた。
見えなかった攻撃にスバルは驚きながら立ち上がる。
目の前では悠然と立ちはだかる黒き壁があった。
「俺を幻滅させないでくれよ。こんなんじゃ、全然楽しめ……」
「ウィングザンバー!」
ウィングロードで隠れていたフィオナがランスに突撃する。
その見えない攻撃にランスの眼が鋭くなり、やって来る方向にバリアを張る。
ランスの真正面からフィオナは双剣を振り上げる。
バリアと双剣の間に火柱が起きる。
「うお、早ぇ。見えなかったぜ!」
ランスは楽しくなり、笑みをこぼす。逆にフィオナは快心の一撃を止められた事に驚く。
「……ウィングザンバーが!」
「これはブースト補助魔法も入ってるな……ということは、先に向こうの指揮官を潰した方が……」
言いきる前にランスの左右から先ほど倒されたスバルとデバイスに電流がほとばしっているエリオが追撃する。隙のない連携にランスは真正面から受けてたった。
「今度こそ!」
「ストラーダー!」
『Explosion』
荒れ狂うナックルと電光の槍がランスを襲う。
膨大なエネルギーがランスを中心に爆発する。爆風で周辺のビルの窓は全部割れ、崩れまいと軋む。スバル達は素早く退避した。
次の攻撃に備えるために構える。
煙が風によって流れていく。そして、そこにいるはずの人物の姿がなかった。
三人は辺りを捜索する。
(スバルから見て六時の方向にいるぞ!)
上空で状況を見ていたユウヤが教える。三人は六時の方向を見る。
そこには、既に魔力弾を形成し、完了していたランスがいた。リボルバー銃を下にいる三人に向けている。
「許しを受けな、裁きの弾丸・インディグネイション!」
黒き弾丸が走る。三人は避けようと各人、散る。
真っ直ぐに落下していく弾丸が地上にぶつかろうかとした瞬間、黒き弾丸は膨張した。
純粋魔力で形成された弾丸は着弾点から広範囲に渡って飲み込む。
それを予測できていなかったスバル達は急いでバリアを形成するが、防ぎきれる道理もなく吹き飛ばされた。
リボルバー銃から煙が生え、ランスは一吹きでそれを消す。
そして、地面に降り立った。
既に膨張した魔力弾もなくなり、地面は球型にへこんでいた。前衛の三人の姿は何処にもない。
何処かにビルに吹き飛ばされ、再起不能に陥ったとランスは思った。
「はっは、さすがにこれは分かってても避けられないだろう。
さて、邪魔な前衛は始末した後は厄介な後衛を……!」
突如、ランスの下から鎖が生える。
それはランスの身体中を縛り上げた。
「ちっ、あのおちびの召喚師はこんなこともできるのか!」
ランスは一番、自分に怯えていたキャロを思い起こす。確かに彼女の近くに若い竜の姿があったので召喚師であるのはすぐに気付いており、先ほどの攻防で補助系の魔法を使える魔導師と思っていたが拘束系の魔法まで使えるとは思っていなかった。
そんな風に勘くぐっていたからこそ、拘束系の魔法を軽視し、捕獲されてしまった。
解除しようとランスは魔力を注ごうとしていた所に若齢竜のフリードが火球を放つ。
火球はランス自体を狙っておらず、地面に着弾した。
地面から灼熱の炎が燃え広がり、ランスを襲う。
「うおっ、熱ぃ!
おい、こら非殺傷設定での模擬戦じゃねえのかよ!」
鎖を解除しようとするが炎の熱のせいでうまくいかないようだ。
そこに空を飛んでいたユウヤがさらなる追撃をする。
今まで溜めていた魔力を杖先に集中し、狙いをランスに合わせる。
それを見たランスは慌てる。
「くっ、やるじゃねえかひよこ共……だがな、これで決まるとは思うなよ!」
全身から殺気を放つランスにユウヤは臆する事なく発射体勢に入る。
「これが、僕の全力の砲撃……ディバインキャノン!!」
杖先から膨大な魔力が射出された。
幅広い射程を持つ砲撃がランスを飲み込もうとしていた。ランスの目の前に青白い魔力がうねりを上げ、やって来る。
既に鎖は解除し、ユウヤの砲撃によって生じた風で炎は消え去る。
ランスは銃を砲撃に向けて邪悪な笑みを浮かべた。
「てめぇの全力はこんなもんかああああぁぁぁぁ……!!!!!」
黒い弾丸が射出された。
弾丸は砲撃と相殺されるわけではなく、逆に切り開いていった。
砲撃が弾丸の勢いに負け、四つに分断されていく。
形成時間が短い魔力弾に自分の全力の攻撃が破られたという事実に動きをとめていたユウヤは急いで回避行動を取る。だが、それは意味がないということが先ほどの場面でも証明されているにもかかわらずに。
ランスは左手で指を鳴らす。
それを合図に弾丸は膨張し、ユウヤに迫る。回避行動をとってしまったことにユウヤは悔やみ、防御をするが意味もなく飲み込まれていった。
「まったく、あいつはすぐに避けたがるな……高町に防御を教えるよう言っておかねえとな」
戦闘中なのにもかかわらず、ランスはフォワード陣の今後の改善点を考えていた。
完全に受身体勢。
確かにランスはフォワード陣の攻撃をわざと受け、すべて打破してきた。
しかも、追い詰められておらず、新人達のコンビネーションを観察していたのだ。
「さあ、次の作戦はどうなるのかな、ツインテールの狙撃手は」
新人にしてはよく考えられた作戦だとランスは素直に賞賛した。
ユウヤという情報源を元に皆の特性を考えたこの作戦。
それはうまく機能を果たしていたがそれでもランスを追い込むほどではなかった。
それもそうだ。
先ほどからランスが使っていたインディグネイションはユウヤには一回も見せていなかったのだ。正確にいうとつい先日、六課設立の際にはやてからはやてが使用している魔法を聞き、それを元に作り上げた術式なのだ。
そんな予想していなかった攻撃を使用していたからこそ、スバル達やユウヤは防ぐことができなかったのだ。
そんな大人気ない教導官は悪そびる様子もなく、今度は自分から攻撃に移る。
地面を蹴り、ティアナがいる場所を目指す。
少し離れたビルの屋上。
ランスは身体能力を向上させ、跳ぶ。結構な高さを誇るビルを悠々と越し、屋上に到達した。そこにはティアナとキャロの姿があった。
二人は早い移動に驚き、ランスは周りに魔力弾を形成し、射出した。
その数、六つ。
一人、三つずつ魔力弾が迫る。
だが、ティアナとキャロは避ける素振りをしない。魔力弾がティアナとキャロに着弾する瞬間、二人の姿が消えた。魔力弾は相手を失い、地面に激突する。
「幻影か……」
ランスは着地する。すると、下の地面にひびが入り、崩壊した。
「うおっ!」
絶妙なタイミングだったせいでランスは避けられず、落下する。
すると、近くにノックアウトしたと思っていたスバルがいた。ランスは素早く着地し、スバルに銃を向ける。
そこに紅の槍騎士がランスの後ろを取る。
「ちっ!」
ランスは避けるわけでもなく空いている左手でバリアを張り、防ぐ。すると、逆方向からフィオナが風のように現われる。ランスはフィオナに向けて引き金を引く。
だが、フィオナはさっきのティアナ同様、姿を消した。
そして、本物のスバルはローラーブーツに加速をつけ、突撃する。
「ディバイン……」
スバルのデバイスに青い魔力が溜まる。
ランスは防ぐために銃をスバルには向けず、左手のシールドでずらした。
「バス……うわぁ!」
バリアをずらしたことにより、エリオも前にずらされた。それにより、ランスの前にエリオが倒れこむとい形になり、スバルはこのままではエリオに命中してしまうため攻撃をやめようと制止するのに精一杯になる。
そこに、ランスが後ろに距離を取り、邪悪な笑みを浮かべた。
銃が火を吹く。
膨張する弾丸にビルが崩壊した。崩壊する中、ランスは器用に避け、魔力ダメージで気絶したスバルとエリオにバリアを施し安全を確保する。
「まずは、二人……そして、もう二人!」
魔力弾を発生させ、あるビルに飛ばす。着弾すると、そこには爆煙を防ごうとしているティアナとキャロの姿があった。
ランスを騙すためにより本物の幻影を作るためにあまり離れることができず、近くに潜んでいた。
それを見破っていたランスは誘導操作弾を使って位置を確認していたのだ。
ティアナとキャロの前に邪神が歩み寄る。それを確認した二人は青ざめた。
「これでチェックメイトだな、指揮官」
ランスが銃を二人に照準を合わせた時、後ろからフィオナとユウヤがそうはさせまいと迫る。だが、ランスは邪悪な笑みとは違う笑みを浮かべた。
「!?」「!?」
迫ろうとしていた二人の身体にランスがやられたのと同じ鎖が拘束した。
「ば、バインド!? 何でランス教導官が!」
「はっは、ユウヤ……」
ランスは首を横に動かし、横顔でユウヤを見る。そこから見える口端が口先女並みに釣りあがっていた。
その顔を見て、さすがのフィオナも恐怖が沸き起こる。
ユウヤは既に絶望していた。
「今までの俺と思うなよぉ。
さっきのインディグネイションで他にも何か隠し持っていると疑うべきだったな!」
ティアナとキャロにもバインドをかけられた。動けない四人。
そんな無防備なフォワード陣をランスは楽しそうに眺める。
「まあ、中々楽しかったぜ。色々と驚かされたしな」
ランスは跳ぶ。次にリボルバー銃をユウヤ達に向ける。
フィオナは諦めずに何とかバインドを解除しようとするが強固な鎖は砕ける様子はない。
ユウヤとキャロは諦めていた。
ティアナは今までの戦闘を思い返す。所々ではうまくいっていたが終わってみれば相手は無傷。作戦は全て看過されてしまった。
その大きな存在にティアナは、自分は何て小さい存在であると認識させられてしまった。
銃口に黒い魔力が溜まる。
「安心しな、魔力ダメージだけだ。
しかも、気絶してもすぐに目を覚ます設定になっている。だから、今日は魔力が尽きるまで模擬戦するからな」
悪魔の宣告に今日、無事に寝床につけるかどうか不安になったフォワード陣だった。
「……うわぁ」
「……やっぱり、こうなったよ」
日も沈みかけている訓練所。廃棄となっていたビルはほとんどなくなっていた。
そして、それのほとんどをやった張本人の前に倒れている六人の新人達。
訓練服はぼろぼろで、わずか一日でここまでになったと思えないほどだ。
フォワード達は憔悴しきっていた。
スバルとティアナとエリオは今までにない疲労感に息を上げており、ティアナとキャロとユウヤは余りにも追い込まれすぎて眼が死んでいた。
それを一部始終、見届けていたシャーリーはデバイス作りのいいデーターが取れたと思いながらも代償は大きかったと感じ、なのはは思っていた最悪の事態になってしまったとフォワード陣に同情した。
なのはは模擬戦が終了したと確認し、皆に駆け寄る。
「み、みんな大丈夫……?」
見れば分かるだろうに聞かずにはいられなかった。
「もう、ダメ……」「しょせん私は凡人ですよ……」
「…………」「……もう、動けない」
「あ、あぁ……」「しくしく……」
各人、なのはの言葉に耳を傾けようとしない。
「なっはっは、楽しかったぜ」
フォワード陣をそこまで陥れた張本人が満足顔でなのは達に寄ってくる。
「ランス教導官、やりすぎです!
再起不能まで陥れてどうするんですか!」
「あー、いい気分なのに騒ぐな、高町。
これぐらいで根を上げるようなら任務なんてこなせるわけないだろ」
「いや、どう見てもやり過ぎだろ」
「ああ、私もそう思う」
シグナムとヴィータもやりすぎと思い、参戦する。
「何だ、お前らもいたのか」
「…………」「…………」
模擬戦始める前に話しかけてきただろうがと内心思いながらも口には出さない二人。
「じゃ、お前らが言う陥れるまで傍観していたお前達は罪がないというのか」
『うっ』
痛い所を突かれて反論ができない三人。
確かに、何度も止めようと考えた。だが、その際に降りかかる災難を考えると体が動かなかった。そんな葛藤が終了までずっと引きずってしまった三人だったのだ。
「おいおいおいおい、俺よりもひどくないか、お前ら。
かわいい部下を見捨ててたのと同じだぜ、おい!」
反撃されまいと追い込むランス教導官。
この人は戦闘だけではなく話術でも鬼畜なのだ。
「くそ、こいつ本当に人間か」
「やめとけ、ヴィータ。聞こえたら命がないぞ」
「……うぅ、もういや」
反撃ができない三人に残されたのは不満だけだった。このまま、ランスの思い通りになるだろうと思った時に一人の人物がやって来た。
「ど、どうしたのなのは」
訓練所にフェイトがやって来た。定時が過ぎ、仕事を終えたフェイトが様子を見にやって来た。そして、泣きそうな顔をしたなのはを発見したのだった。
「フェイトちゃん……」
「シグナム、一体どうしたんですか? どうして、なのはが……」
「いや、それはその……」
シグナムが自分の身体を使ってフィオナ達を隠そうとした。だが、その不自然な動きがフェイトに気付かせてしまう。
後ろで死に掛けている子供達に。
フェイトはシグナムに近づき肩に手を置く。そして、後ろを覗き込む。
「……シグナム」
シグナムの肩に置いたフェイトの手に物凄く力を入る。
「な、何だ」
「フィオナ達をここまでしたのは、誰ですか?」
「ああ、俺だが」
フェイトがランスを見る。眼が本気に怒っていた。
「どういうことですか」
「どうもこうも訓練だ」
フェイトがランスに近づく。体中に電流をほとばしながら。
「ここまで痛めつけるのが訓練ですか」
背の高いランスに見上げる。眼の中に怒りの炎を灯しながらすわっている。
それでも、ランスは笑って受け止める。
「レベルの差を教えるための訓練だ。
じゃなきゃ、いつか自分の力に溺れる」
「だからってここまでやる必要はないですよ!」
「だぁ、うるせい!
文句があるんなら力で示せ!」
「望む所です!」
「ふ、フェイトちゃん!?」
「よ、よせテスタロッサ!」
二人が全力で止める。それを見たランスは邪悪な笑みを浮かべた。
「へぇ、その女だと止めるんだな。お前ら」
『ぐっ!』
またしても痛い所を突かれてしまった二人。
「大丈夫だよ、なのは、シグナム。
絶対、勝つから」
フェイトは既にバリアジャケットに変わっていた。手にはバルディッシュが握られている。
「じゃ、始めるか……そうだな、能力使用なしで戦ってやるぜ」
「いいえ。全力で来て大丈夫ですよ……負けた後、言い訳されたくありませんから」
「はっ、お前あのフィオナという奴の娘か」
「エリオとキャロも私の子供です」
「そうか。どんな甘い奴に育てられたかと思ったがお前か、フェイト執務官」
「……許さない!」
開始のゴングがなる前にフェイトが切り込んだ。
「おう、かかってきな!
負けた奴は勝った奴のいうとおりにするっていうのはどうだ?」
「望むところです! 負けませんから!」
夜になろうとしている景色の中、訓練所は休まる時はやって来ない。なのは達は屍のフォワード陣を抱え退避する。
「あれ、何でフェイトちゃんが戦っているんや?」
退避した場所にはやてがいた。
その近くにはロングアーチもいて、目の前で展開されている激しい戦闘を見上げていた。
「あれ、はやて部隊長……それにロングアーチや事務員の人まで、どうして?」
「いやね、親睦を深めるために一緒に食事でもどうかなと思って誘ったんやけど、フォワードを誘いに行ったフェイトちゃんが帰ってこなかったから様子を見にきたんよ」
「てか、何でまだ戦闘をしてるんだ。しかも、この屍達はどうした?」
カイルがフォワード達の頬を叩くが、反応がない。
「ねぇ、はやて部隊長」
部下達がいる前なのでなのはははやてを部隊長と呼ぶ。
「ん? なんや?」
「どうして、ランス教導官を六課に入れたんですか?」
なのはの質問にはやてが無表情になる。そして、顔を上げて遠くを見た。
「はやて部隊長!?」
「いや、それは聞いたらあかんよ、なのは隊長」
なのはの肩に両手に置くはやて。その顔は少し泣きそうだった。
「うちかて、そんな予定はなかったんや……だけど、だけどな!
世の中にはどうにもならんことがあるんや!」
はやての苦労をなのはは垣間見た。どうやら、ランス教導官のことで色々な事があったようだ。
「うわぁ、フェイト……あんな足を開いて、下着丸見えじゃないか。暗くて見えないけど」
「あんたは何見とんねん!」
「ぐはっ!」
不満を近くにいたカイルにぶつけるはやて。倒れるカイル。
だが、カイルは殴られた衝撃で何かを思いついたらしく、眼を光らせ立ち上がった。
「さあ、皆さん! この戦いが終わるまでは食事はできそうにありません!
どうでしょう? この対戦、どっちが勝つか賭けてみませんか!
長時間、戦って余力がそんなに残ってないかのように思える戦技教導隊の黒き断罪と言われたランス教導官一等空佐と……」
「元気が有り余っているフェイト執務官!
さあ、どっちに賭けてみますか! 今だけのチャンスですよ!」
カイルといつの間にか仲良くなったのかアルトがコンビで賭け試合へと発展させようとしていた。
「じゃ、俺はフェイト執務官にこれだけ出すぜ!」
ヴァイスが指を使って金額を提示する。それをきっかけにカイルとアルトは息を合ったコンビネーションで場を盛り上げ、他の人達も賭けに乗り出した。
それをはやてはやめさせようとしたが、勢いに乗った雰囲気を崩せるわけもなく賭け金が跳ね上がっていく。
「おぉう、俺は自分にこれだけ出すぞ!」
戦闘しているランスが目ざとく聞いており、自分に賭ける。
「隙あり!」
「ねぇよ!」
攻防は続く。どうやら、ランスはフェイトの体力を削るために逃げに徹しているようだ。
「さあ、トトカルチョも盛り上がってきました!
皆さん、賭けた人を応援しましょ!」
『フェイト執務官!』『ランス教導官!』
「やめい! カイルやめさせい!」
「もう、いや……」
「おい、シグナムどうするよ、これ」
「……ここまで来たら自然に収まるのを待つしかあるまい」
隊長達はこれから機動六課がやっていけるか本当に心配に思った初日であった。
いやいや、はちゃめちゃな人だな、ランス。
美姫 「うーん、本当に六課はこれからがどうなるのかしら」
全く先が読めないな。だからこそ、次回も楽しみですが。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。