「父さんとギン姉へ……」

まだ、朝日が昇ったばかりの時間。窓から差し込む光を受けながら、スバル・ナカジマは六課で用意された部屋でメールをうっていた。

自分用の椅子に座り、目の前で展開されているモニターに手元にあるキーボード用のモニターで入力し、表示させる。一緒の部屋で住んでいるティアナを起こさないようにするためプッシュ音は切っている。

だが、口で手紙の内容を言っているのであまり意味がないように思えた。

「お元気ですか? スバルです。
私とティアがここ、機動六課に所属してから二週間になります。
本出動はなくて同期の陸上フォワード五人と空上フォワード一人は朝から晩までずーと訓練漬け。しかも、まだ一番最初の第一段階です……」

少しトーンを落とすスバル。

どうやら、訓練の事を思い出したようだ。今までにない密度が濃い訓練にスバル達はただ、一生懸命にやってきたが、それがまだ初期段階。

これからの訓練内容を想像する。強くなれると思いつつも表情は何ともいえない顔をするスバル。その思いを振り切ろうと別の事を思い出す。

「けど、ずっと訓練だけでつまらないように見えますが機動六課の日々は波乱万丈です。
初日からなのはさんが戦技教導隊に入ってからずっとお世話になってきたというランス一等空佐との模擬戦。
そこで私を含めたフォワード陣は地獄を見ました。ティアとキャロの精神的なダメージが大きく、回復するまでに二日かかり、大変でした。今でも二人はランス教導官の前では体が震えている時があります……なのはさんはそんな人に毎日仕込まれていたのかと思うと、さすがとしか言えません」

スバルはランスとの模擬戦を思い出し、指が止まった。

邪悪な笑み。

対象を抹殺するリボルバー銃のデバイス。

そして、邪神を連想させる漆黒のバリアジャケット。

模擬戦の結果、何度か決まりそうな場面はあったがランスはことごとく打ち崩した。自分の力が弱いのではなく、相手が強すぎるのだ。

スバルはそのおかげでランスとのレベルの差を嫌ってほど知った。

「その後、フィオナ達を見たフェイトさんが激怒してランス教導官に勝負を挑んだらしんですが、私達は気絶させられたので見ることができませんでした。
結果はフェイトさんの敗北だったそうです」

スバルのメールは続く。

既にメールは手紙ではなく日記のようになってきたと思える。

「そんな初日だったからか、それからというものの飽きる事がない日々が続いています。
その原因は二人。一人目はさっきから話しているランス教導官です。部隊長のはやてさんになのはさんの訓練メニューに口を出さないようにと命令されたランスさんはそんなことを無視してケチをつけています。なのはさんと口論になり、何度か訓練が中断になったことがありました。
ランスさんが武力行使をしようとすると、二日目から着任され、彼の側近である副隊長であるシズル・アーウェン三等空佐が止めに入ります。ランス教導官は何故かシズル副隊長だと威勢のいい態度が一変し、黙り込みます」

一旦、打つのをやめて伸びをするスバル。

書くことが多すぎてどうしようか悩んでいるようだ。だが、家族に自分がやっていることを知ってもらいたいと思い、全て書き続けることに決めた。

「そして、二人目はカイルさんなんですが、父さんから聞いた話とは全然違う印象を受けました。しっかりしてて堅実に仕事をこなす人って聞いていたけどカイルさんはまったく仕事をしません。
いつも何処かにフラっていなくなるらしく、そんな人の部下であり私の友達でもあるアルトは仕事するより、探す方の時間が多いって嘆いていました。どうやら、部隊長がいる時は部隊長室にいるらしいです。
それ以外の時は色々な所にいるそうです。確かに何回か訓練所で姿を見かけたことがあり、なのはさんなどが忠告しても笑って流しています。そのせいで部隊長とアルトが怒らない日がないように思えます。
大抵の場合、初日の着ぐるみ事件で恨みを買ったシグナム副隊長が連れて帰すので、カイル捜索係という変な任務を部隊長から直々に命じられたみたいで、苦労しているそうです。
それだけでは留まらずほとんど何か事件を起こすときはカイルさんが原因です。
この前も、着ぐるみを使ってヴィータ副隊長に風船を渡し、お子ちゃまですねーというモニターが浮かび、ヴィータ副隊長は激怒して追い掛け回しました。
私から見たカイルさんは子供っぽくてトラブルメーカーみたいに思えます。
だけど、時々夜に自主練習をしているティアの手伝いをしているカイルさんは父さんが言っていた通りの印象を受けました。あまりにも違いすぎるんだけど、二重人格なのかな?」

カイルがこの二週間に起こした事件は数え切れない。

小さいものから大きなものまで。

そのほとんどの被害者はランスとシズルを除くはやてを始め、隊長、副隊長達である。

例外として部下であるアルトも含まれる。

他の人には優しい大人の雰囲気をかもし出している。フォワード陣にも元局員だということもあり、サボっている時にスバル達の訓練で発見した悪い所を指摘し、教えることもあった。

フォワード達の間ではカイルは頼りになるお兄さん的な存在となっていた。

しかし、はやてなどに向ける幼稚さもあるのでどちらが本当のカイルなのか疑問に思うことはたびたびあった。

「けど、私にとってカイルさんははとても面白い人です。次に何を起こしてくれるのかいつもわくわくしたりしています。それに、なのはさん達の知らない姿を知ることができるのでとても嬉しいです、っと」

いい加減書きすぎたと思ったスバルは切りのいい所でやめることにする。

「部隊の戦技教官……ランスさん、なのはさんを含め、訓練はかなり厳しいのですが、しっかりついていけばもっともっと強くなれそうな気がします。当分は二十四時間勤務なので、前みたくちょくちょく帰れないのですが、母さんの命日にはお休みをもらって、帰ろうと思います」

スバルの独り言に後ろの二段ベッドで寝ていたティアナが目を覚ました。

けだるそうな顔でぼさぼさの髪をかき上げ、後姿のスバルを見る。

「じゃ、またメールしますね。スバルより」

それに気付いていないスバルは書き続ける。今まで思い出に浸っていて笑顔だったスバルが何か思いつめたような表情に変わる。

パネルを操作し、別のウィンドウを開き、入力する。

「p.s 今度会えるように説得してみるね、ギン姉」

「誰を説得するのよ」

「わあぁ!?」

突然の呼びかけにスバルが驚く。

後ろを振り向くとまだ眠そうなティアがウィンドウを覗いていた。

「ちょっと、見ないでよ、ティア!」

「その前に口からただ漏れだったわよ、手紙の内容」

「え、嘘」

「本当よ。
これ、ギンガさんへのメール?」

「お父さんとギン姉にね。
もう、六課に来てから書くことが多すぎて困っちゃうよ」

「ランスさんとカイルさんのせいでね」

「けど、楽しいよね!」

「まあ、確かに充実はしてるわね。
前よりか強くなれた気がするしね」

「ティアは真面目だねー。
この前だってカイルさんがヴィータ副隊長にやった事件で笑ってたじゃない」

「あ、あれは。あまりにも似合いすぎて不覚に笑っちゃったのよ」

思い出して笑いそうになるティアナだが、必死に抑えようとするがスバルは我慢せずに笑う。それに釣られてティアナも笑ってしまった。

「た、確かになのはさんも隠れながら笑ってたね」

「あれを見て笑わないでかわいい、て言えるのはフィオナぐらいよ。
エリオとキャロはいきなりの事で追いつけていないし」

「まあ、エリオ達はしょうがないけど……けど、フィオナも不思議な子だよね」

「そうね。
あの子とのコンビネーションはすごく取りやすいし、優しくて、素直でフェイトさんが気に入るのも分かるわ」

「違うでしょ、ティア。
フェイトさんは同じぐらいエリオとキャロにも愛情を注いでいるんだから」

「……そうね。
でも、あの子達は少しだけフェイトさんに遠慮がちに思えるわ。フェイトさんもどう対応していいか迷っているように思えたし」

スバル達もフェイトとエリオ、キャロの間の微妙な距離感を感じ取っていた。
近づきたいのに近づく事に恐れを感じているようにスバル達は思ったのだ。

「そうだね。
エリオ達はフィオナが仲介に入るとぐっと距離は近くなるのに単体だとそうはいけないように見えるね。嫌われると思っているのかな?」

「それはないでしょう。フェイトさんのあの幸せそうな笑顔を見てそう思うほうがおかしいわよ」

「そだね。となると何だろう……?」

「……さあ、そればかりは本人に聞かないと分からないわ」

大体の検討をつけていたティアナだったが、言わなかった。

その理由は、それは個人の問題であり、自分達が口に出してはいけないような気がしたからだ。

スバルは椅子を回し、悩む。それを見たティアナは話題を変えようと試みる。

「後、ユウヤも変わった人よね。
普段はおっとりしてるけど、戦闘になるけど態度は一変する。使える技も多くて、状況判断も早い。さすが、ランス教導官に鍛えてもらっただけあるわ。レベルが高いのも頷けるわ」

「その代わりにいつもランスさんの標的になってるよね」

「それだけ厄介ってことなんでしょ、ユウヤを野放しにしているというのは。
彼、何をしでかすか分からないし……けど、それを差引いても頼りになるけどね」

「そうだね、負けてられないね!」

「……そうね、ここで頑張らないとね」

ティアナの表情が暗くなり、スバルに聞こえないように呟く。その呟きから意気込みとは違う何かを感じた。

スバルは聞き取れなく、ティアナの顔を覗きこむ。

「え、何か言った?」

「……別に。
それよりかギンガさんに何かあったの?」

送信待ち状態のモニターに指をさすティアナ。

それを見てスバルは苦笑いする。話そうか話すまいか悩んでいるようだ。

その様子を見てティアナは気軽に話せる内容でないと察する。

「別に話したくないなら話さなくてもいいわよ」

「うーん、そういうわけでもないんだけど……けど、ティアナにも迷惑かけちゃうかもしれないし……でもでも、ティアナに協力してもらえばもしかすると案外うまくいくかもしれない……」

「だぁー! そういうのはやめなさいって言ったでしょ!
いいわよ、迷惑なんて今に始まった事じゃないんだから、話なさいよ!」

まくしたてるティアナ。

スバルは魔導師試験と同じことをしてしまったと少し後悔し、決心を固めた。

「……うん。
実はギン姉、六課に会いたい人がいるんだ」

「六課に? 誰よ?」

「カイルさん」

「じゃ、会いにくればいいじゃない」

「どうも、カイルさんが会いたくないらしくて、ギン姉が来ると隼のごとくどっかに消えているみたいなんだよね」

「ちょっと、待ちなさい。ギンガさん、いつ六課に来たのよ」

「仕事があるから夜遅くに来てたみたいなんだよ。
私達は訓練で既に寝てるから悪いと思って会わなかったらしいけど」

「ふーん、そう。けど、会えなかったのは偶然じゃないの?
カイルさんの年齢なら夜遅くに気晴らしにどっかに出かけていることもあるだろうし」

「うーん、私もそう思ったんだけどどうも違うみたいなんだよね。
アルトに聞いた話だとカイルさんと一緒に残業しててギン姉が来る数分前にいきなり席を立って消えたんだって」

「……それは、確信犯ね。
けど、どうして会いたくないのかしら?」

「それは分からないけど、ギン姉には心当たりがあるみたい。
それでも会って話をしたいって言うから私が説得してるんだけど、カイルさんは笑って流すんだもん」

スバルはその時の場面を思い返す。ギンガが会いたがっていると言うとカイルはずっと笑顔のままでいるがその奥では物凄く苦しんでいるように見えた。

スバルも心苦しさがあったが、それ以上に自分の姉が苦しんでいるのを知っているスバルは何とかして二人を引き合わせようとするが、うまくいっておらず逆に離れていっているようにも思えた。

「……一体、ギンガさんとカイルさんの関係は何なの?」

ティアナは話を聞いて一番気になったことを聞く。
「詳しくは知らないけど……どうやら、お父さんの部隊に一時期、入っていたみたい。
けど、その前からカイルさんとは知り合いだったように思えるけど」

「何でよ?」

「昔にギン姉に会った時に知り合いがお父さんの部隊に入ったって連絡が来たから」

「それが、カイルさん?」

「うん」

スバルの話を聞いて、考えこむティアナ。それを心配そうに見守るスバル。

正直な話、スバルもお手上げ状態なのである。カイルは大人でスバルのまっすぐな思いや行動にもうろたえる事がなく、かわしてしまう。

だから、作戦が必要なのである。

訓練でも指揮官という場所にいるティアナなら何かいい案が浮かぶに違いない。スバルは藁にもすがる気持ちで返答を待った。

「……方法はあるわ」

スバルが待ち望んだ答えにスバルの目が光る。

「本当!?」

「けど、それにはある人の協力がないとできないわ」

「それは?」

「と、その前に」

ティアナが自分のモニターを出す。そこには時間が刻み込まれていた。

「このままだと、訓練に遅刻する」

「わっ、本当だ!」

「準備しながら説明するからさっさとしなさい」

「うん、わかった!」

その後、スバルはティアナの作戦を聞いた。それを聞いたスバルは感動の嵐でこの作戦はいけると確信した。その代わりに協力者の説得はスバルが買うこととなった。



「だから、ダメですって!」

時間ギリギリでやって来たスバルとティアナに待ち受けていたのはなのはとランスのいがみ合いだった。教官服を着た二人の間に展開されているモニターの内容に議論をしているようだ。

「一体、何があったの?」

スバルとティアナは自分達より前に来ていた後姿の四人のフォワードに話しかける。

「あ、スバルさん」

後ろを振り向いたエリオが困った様子でスバルとティアナを迎えた。キャロはエリオの背中にいて何かに怯えていた。フィオナはそんなキャロの頭を撫で、大丈夫だよと励ましており、ユウヤは目の前の事態に思い悩んでいた。

「ユウヤ、これって……」

ティアナがユウヤに現状を確かめようと聞く。ユウヤはため息を吐き、アイコンタクトをとる。

「見ての通り……またランス教官がなのはさんの教導メニューにケチつけてるんだよ。二人の形相……特にランス教官にキャロもすっかり怯えちゃって」

「……うぅ」

「大丈夫だよ、キャロ。お姉ちゃんが守ってあげるから」

ティアナは手で顔を覆う。いくらかランスに抵抗ができたティアナは懲りないランスに呆れる。そんな中、スバルは辺りを見回した。

「シズルさんは?」

「シズルさんは朝方、八神部隊長が、話があると言って部隊長室に行きました。
別れた後にこんな風になって……」

「……親の目を盗んで悪戯する子供と同じね」

「ティア、それはここじゃ言ってはいけない……命が欲しいのなら」

「……そうね。で、誰かシズルさんに連絡はしたの?
じゃないと、ずっと続くわよ、これ」

「あ、それは僕がやっておきました」

キャロに背中を取られているエリオが言う。連絡がいっているのであれば後は、シズルが来るまで待つしかない。

六人は救世主がやって来るまでなのはとランスを見ることにする。

そんなことがあったのにもかかわらず二人はお構いなしに激論を続けていた。

「頭、堅いな高町!
若いくせにそんなに堅いとばあさんになる頃にはカチカチになるぞ!」

「それは、ランス教導官の方です!
私はフォワードの体調などを考慮しながらメニューを考えているんです! ランス教導官のメニューをやると身体がカチカチになって壊れてしまいます!」

「何、うまいことを言ってるんだ、この管理局の白い悪魔が!
どうせ、本性はばれてるんだからいい加減猫かぶりはやめろ!」

「そんなのデタラメですよ!
それに、私は猫なんてかぶってません! それはランス教導官が一番知っているじゃないですか!」

「それは分からないぞ、戦技教導隊に入る前から猫をかぶってるかもしれないだろうが!
そうやって、密かに魔王の家来を作っているんだろ? で、いつかは管理局を乗っ取るつもりか!」

「な、何ですか魔王の家来って!
ランス教導官だって悪酔いの暴君っていう別名があるらしいじゃないですか! ランス教導官の方が管理局を乗っ取りそうですよ!」

「あぁ?
乗っ取ろうと思えば乗っ取ってやるぜ! そうだな、この頃管理局が俺に対する扱いがひどいからクーデターを起こすのもいいかもしれないな!」

「何、本当にやりかねないことを言っているんですか!
そんな暴力的な思考だからフォワード達を任せられることができないんですよ!」

「はぁ?
それはお前だって言えるだろうが、大体お前の模擬戦はぬるすぎる。あんなんじゃ、戦場では生き残れないぞ!」

「ちゃんと、生きて帰ってこれるようにメニューを組んでいるんです!
ランス教導官なんてただ、模擬戦をやるだけでその後、何も教えないじゃないですか!」

「馬鹿野郎!
模擬戦は教えるものじゃねえ、本人が学んでいくためのメニューなんだよ!」

「そんなことをしてたらそれこそ、生き残れません!」

「何だと! 調子に乗るなよ、高町!」

「そっちこそ、はやて部隊長から自粛命令が下ってるくせにケチつけないで下さい!」

まるで、子供の喧嘩である。

ただの意地の張り合いにしか見えない。

そんな光景も何度も見れば異常から日常へと変わっていく。今では一部を除くフォワード達はただ大人気ない言い争いも微笑ましい光景であるだろう。

「あああぁぁ、もううざってぇ!」

ランスが腰に付けていたリボルバー銃・ウィザードを取り出した。皆に緊張が走る。

銃口がなにはに向ける。だが、なのはだけは表情一つ変えない。

「ほら、準備しろ高町!
こうなったら実力行使だ!」

「また、実力行使ですか!」

「ああ、誰が上にいるかここで教えてやるぜ!」

「お断りです! それにここでこてんぱんに私を倒しても絶対、譲りません!」

「何だとぉ、この俺の部下の癖に生意気な!
いいだろう、服従させてやるぜ!」

ランスがバリアジャケットに変わる。それを見てなのはも士官服をバリアジャケットに変え、レイジングハートを片手に持ち構える。

黒と白の戦い。

周りの雰囲気が緊張に包まれる。ランスは邪悪な笑みを浮かべ、なのはそれを無視しどう倒すかレイジングハートと念話で相談しながら出来る限りの戦略を考える。

そして、訓練を完璧に忘れられ見守っていたフォワード達は始めて見る本気のランスとなのはの対決に内心、歓喜に包まれると同時に恐怖が沸き起こる。

果たして自分はここにいて安全だろうか。

そう考えたティアナはスバル達に退避命令を出そうと思った時、隊舎からやってくる人影を発見する。

シズルかとティアナは思ったが違った。

はやてがこっちに向かってやって来たのだ。

「はやて部隊長!」

「おー、ティアナどないしたんや?」

はやてが笑顔で片手を上げる。

目の前で血戦が繰り広げられようとしているにもかかわらず。ちなみになのは達はお互いの敵に集中しているためはやての存在に気付いていない。

「あー、またやったんか、ランス教導官は」

未だに怯えているキャロの頭を撫でながらはやては焦らずなのは達の様子を受け止めていた。ティアナはカイルのせいでこういう状況に慣れてしまったと思った。

だが、ずっとはやてが笑顔のままだ。

その様子にティアナとユウヤが引っかかった。

はやてが動き出す。

爆発しかねないなのは達の元へ。

「ちょ!」「はやて部隊長!」

「あはは、大丈夫や。ティアナ、ユウヤ」

近づいてくるはやてにさすがの二人も気付く。

「はやてちゃん、危ないよ!」

「大丈夫や、高町教導官。後は私に任せえな」

はやてがなのはの代わりにランス教導官と対峙する形となる。ランスはまさかの選手交代にもかかわらず臨戦態勢を崩さない。

「……よお、部隊長。今、取り込み中なんだ怪我したくなかったら去りな」

「ランス教導官、あなたには自粛命令を下したはずなのに何をしてるんですか?」

ランスが殺気を出しているにもかかわらずはやての笑顔は崩れない。

その無垢みたいな笑顔が逆に恐怖に見えてくる。

「うるせえ、そんなのはもう時効だ。
大体、何で部下のメニューを俺がその通りに動かなくちゃいけない」

「フォワードの訓練メニューは高町教導官に全て任せているんです。
ランス教導官にはその権利はありません」

「権利がなかったら作ればいいんだ。そお……お前がな!」

今度は銃口をはやてに向ける。なのはがはやてを守ろうと前に出ようとするがはやては手で制する。

そして、笑顔はそのままである。

「ええ加減にせえへんとシズルさんに頼んで折檻頼みますよ?」

「はっ、シズルなんてある程度距離を取れちまったら俺を捕まえることなんて無理なんだよ! たとえ、今ここで折檻しに来ても鳥のように逃げてやるぜ!」



「じゃ、鳥のように逃げて見せてください」



はやての口からはやてとは思えない高い声色が聞こえてきたかと思うとランスの身体を青色の鎖が縛り上げていた。あまりにも一瞬の出来事に誰も気づく事がなかった。

「このバインドの色……まさか!」

ランスが悲鳴に近い声を上げる。今まで笑顔を保持していたはやての顔は今では無表情へと豹変していた。

はやてが右手で顔を覆う。次の瞬間、顔を剥がした。

粘着質を引きちぎるような音を出しながら取られていく。その生々しい様子を何度と見てきたなのは達であったが慣れることはなかった。

剥がれた顔の中に別な顔が出てきた。

蒼い目に少し長い金髪を後ろに束ねた髪型。

知性を感じさせる顔立ちは無表情に見えるがおでこから青筋が立っていた。

彼女、シズル・アーウェン三等空佐。

彼、ランス・バルト一等空佐を完全に止められる唯一の存在でランスの補佐官を務めている。
シズルは動けないランスを見て不適に笑う。

「どうしたんですか、早くバインドを解いて鳥の逃げてみてくださいよ……解いたらとどめを刺しますけど」

ランスの周りに矢の形をした魔法弾が八つ。

逃げ出さないように浮遊していた。

「くっ、相変らず変装が得意のようだな、シズル!」

「あら、今回はばれるように変装したんですけどね。ほら、ずっと笑顔だったでしょう私。
その時点で気付かないようではまだまだ甘いですよ、ランス」

シズルが三等空佐の地位につけた一番の要因はこの変装技術。

表面上の変装はもちろん、音声や背などを変装対象に合わせるための魔法とそれを他人に気付かれない魔法の技術がかなり優れているのだ。

戦闘能力も他の副隊長までとはいかないが程ほどにあるが、変装能力が飛びぬけている。

自然と仕事もおとり捜査や潜入捜査などが集中する。

だが、それも数をこなすことができない。

それは何故か。

縛り上げた人物が暴れ出せないようにするために鞘とならなければいけなかったからだ。

そして、見事に暴れ出し、本人の前でたんかを切ったランスは今までの凄みは何処に行ったのかシズルの前で怯えていた。

バインドを解くわけでもなくただ呆然とシズルを見るだけ。

普段のランスだったらバインドを即座に破り、威風堂々の台詞を吐いているはずだろうに今のランスはランスを前にしたキャロと同じように不安な表情を浮かべているだけだった。

「……分かった、俺が悪かった! もう、高町のメニューについて文句は言わない!
それでいいんだろ!」

「どうだか……その台詞前に聞きました。
嘘はいけませんね、ランス」

「いや、今回は本気だ!
だから、見逃せ!」

「……見逃せ?」

「いや、見逃せて下さい! シズル様!」

まるで、主人と奴隷のような会話。

ランスの誠意ある態度にシズルの青筋が収まってくれる。そして、ため息を吐き後ろを向く。そこでランスは許してもらえたと思い、安堵する。

しかし、ランスはある事を忘れていた。

周りの魔法弾とバインドがまったく消えていないことに。

シズルは指を鳴らす。

待ちに待った矢の魔法弾が火を吹く。対象を滅ぼさんかのようにランスの体中に矢が突き刺さった。

「ああああああぁぁぁぁぁ……!!!!!!」

ランスが悲鳴を上げた。

大きく開けた口のまま前に倒れる。まるで雷に当てられたかのようだ。

そして、漆黒の邪神が打ち滅ぼされた。

それを行ったシズルは再度、ため息を吐く。

「すいません、高町教導官とフォワード達。この魔物は粛清をしたので訓練を始めてください」

「え、いえ。ありがとうございます、シズル補佐官。
とても助かりました」

「いえ、これも私の任務の内ですから……まったく、少し目を離すとこの人はこうなんですから」

本来、シズルは機動六課に呼ばれるはずではなかった。

ランスがはやてを脅し、六課に入れるように要請を出したためにシズルも鞘として六課に入ることとなったのだ。

ランスは戦闘能力が高いのと教導隊に所属しているということでユウヤ、フィオナを部下にしたウイングの分隊長となったのでシズルはそこまで自分は上等な人ではないと言ったが副隊長という形に収まったのだ。

シズルは倒した魔物の事など無視し、キャロに寄り添い頭を撫でた。

「ごめんなさいね、いつもランスが怖がらせちゃって。今度はそうならないようにするから安心してね」

「……え、いえ、大丈夫です」

大人の魅力をかもし出すシズルの優しい笑顔にキャロはときめき、頬を染める。悪を滅ぼした正義の味方のおかげで怯えというものがなかった。

「よかった……では、高町教導官。今日の訓練の方はどうなってますか?」

「あ、はい。これで」

なのはが出したモニターをシズルが確認する。先ほどまで終わらないと思った戦いをすぐに終結させ、何もなかったかのように教導メニュー確認している。

その立ち振る舞いを幾度も見てきたスバル達は一種の尊敬の眼差しを向けている。

メニューに確認したシズルとなのはがこっちを向く。

「……スバル」

ティアナが隣にいるスバルを肘で小突く。

「うん?」

「今よ」

「あ、うん」

近づいてくるシズルの所にスバルが駆け寄った。

「シズルさん!」

「どうかしました、スバル?」

「実はシズルさんに折り入って頼みたいことがあるんですけど……」

「あら、それはとても嬉しいわ。力になれるかどうか分からないですけど、どんな頼みですか?」

シズルはなのはにアイコンタクトで連絡する。それを受け取ったなのはは頷いて残りの四人を引き連れて訓練所へと向かう。

スバルは礼儀正しい喋り方をするシズルに慣れることがなく戸惑うが、頼みごとの内容を
話した。




ギンガとカイルの間に何があったのかな。
美姫 「確かに気になるわね。で、今回はシズルというキャラが」
いやー、まさかあそこまで破天荒なランスが借りてきた猫のようになるなんてな。
美姫 「本当に、どんなものにも天敵っているのね」
しみじみ。と、それはさておき、スバルが頼むのはカイルのことだろうけれど。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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