「あれ、ユウヤ。どうしたの、一人で?」
本日の業務を終えたフェイトが隊舎に戻り、就寝しようと思い自室に戻ろうと歩いていた時、一人でソファに座っていたユウヤを発見した。
お風呂上りなのか髪はしめっており、ゆったりとした表情をしていた。
「あ、ふぇ、フェイト執務官!」
ユウヤがフェイトを確認するとすぐさま立ち上がり、敬礼をする。
それをフェイトは「いいよ、そんなことしなくて」と言い、ソファに座らせる。
フェイトもユウヤの隣に座った。
「お風呂上り? エリオはどうしたの?」
お風呂なら一緒に入ったであろうエリオの姿が見当たらなく、フェイトは聞く。
「え、ええ。フィオナが一緒に入ろうとエリオに言ってエリオは嫌がったんですけどそのまま女湯へと引きずられていったんです」
「あー、そうなんだ」
相変らずなんだ、とフェイトは内心で笑う。
一緒に住んでいたときもフィオナは皆でお風呂に入ろうと言ってきた事があり恥ずかしくて嫌がるエリオを無理やり引き込んだ事が度々あった。
それをまたやったってことはフィオナがこの機動六課に溶け込んでくれているということなのでフェイトは嬉しくなった。
ふと、フェイトは何かを思いついたらしくユウヤを見つめ始めた。
まるで、何かを見通すかのように。
その異変に気付いたユウヤはどうすることもできずぎこちない笑顔を向けることにした。
その状態がどれほど続いただろうか。
「ユウヤ……」
フェイトが口を開いた。
「は、はい。何でしょうか?」
「ちょっと、いいかな? 話しとかなきゃいけないことがあるんだけど……」
話。
それを聞いた時、ユウヤの脳裏に特例魔導師試験の事が頭の中に浮かび上がった。
自分の娘をお姫様だっこしたユウヤを見たときのフェイトの顔。
まさに悪鬼のごとくな形相でユウヤを呪いころさんばかりであった。
それがあって以来、ユウヤの中でフェイトは苦手意識を持ってしまった。
いつもの優しいフェイトの表情も何か裏があるんではないかと思ってしまうようになっていた。
そして、フェイトがユウヤに話を死とかなきゃいけないことがあるといっている。
ユウヤの中で話→フィオナのこと→特例魔導師試験のこと→手を出したら→殺す。
といった図式が完成していた。
逃げ出したいユウヤであったがどう見ても口実を作って逃げ出せる状況ではない。
真剣な顔のフェイトがユウヤを見つめ続ける。
そして。
「これからもフィオナとキャロ、エリオのこと仲良くしてあげてね」
そう言ってフェイトが頭を下げた。
あまりにも違った展開にユウヤは「へ?」とすっとんきょな声を出してしまった。
フェイトが顔を上げる。
「私は六課にいないことが多いから、母親としては寂しい思いをさせちゃってるから……最初はやっていけるのか心配だったけど三人は本当に楽しそうに過ごしている。
それは、ユウヤやスバル、ティアナのフォワード達はもちろん、六課の人達がよくしてくれていると思うから、だからこれからも仲良くしてくれたら嬉しい。
エリオはユウヤと同じ部屋で過ごしているから特にね」
「……いえ、自分もあの三人にはよくしてもらってます。
あんな気さくで接せられる人達がいるなんて今まで思っていませんでしたから」
ユウヤのいた航空武装隊では皆が上を目指しすぎているせいで仲間内のコミュニケーションが問題となっている。
お互いが足の引っ張り合っている中でなまじ実力があるため切り抜けられしまい、きついことも言えず、言ったところで全然気にもしない人が中にはいるのだ。
ユウヤも上を目指している人の一人であるが、ちゃんと目の前の事にも向けている。
当初は何とか連携を取ろうとしていたが周りはそれを拒否するのでいつの日かユウヤも彼らと同じように染まりつつあったのだ。
だが、そんな時に出会ったのがフィオナだ。
特例魔導師試験。
受かればかなりのランクアップが約束されているこの試験。
当然、それを面白く思っていない人達は何が何でも落とさせるために妨害した。
そんな過酷な環境の中、何とか試験会場にやってくることが出来たユウヤのパートナーだったのがフィオナだ。
試験の最中、ユウヤは試験に受かりたいという一身から全て自分でやり遂げようという間違った考えをしていた。
そして、そんな間違った考えを修正したのがフィオナ。
パートナーとはお互いが思い合って場を切り開くのだとフィオナが言った。
その時、ユウヤは自分も彼らと同じ事をしていたのだと気付いた。
あんなに毛嫌いしていた事を目の前の少女にしていたと。
それからはやてのお誘いで入った機動六課での生活。
ユウヤの今までの生活から一変した。
こんなにも心の底からフォワード達を信頼して訓練をやって行けるなんて夢にも思っていなかったのだ。
それ以来、ユウヤはもう一度、諦めていたことをしてみようと決心した。
相手をちゃんと理解し、信用してみようと。
それは現在進行形で進められている。
「……そう、それはよかった。
うちの子達、特にエリオがね、ユウヤの話をよく聞かせてくれるんだ。とても優しくてお兄さんみたいだって」
フェイトが嬉しそうに笑う。
それを聞いて照れながらユウヤも笑う。
「これからも、よろしくお願いするね、ユウヤ」
「はい、こちらこそです。フェイト執務官」
ここで会話が終了かと思ったユウヤだったがフェイトは立ち上がる様子がなく、逆にユウヤに近づいていった。
「だけど……」
ユウヤは気付かなくてはいけなかった。
表面上は笑っているが内心では怒っているという顔ができる人がいることに。
「あまり仲良くなりすぎてもダメなんだよ?
特にフィオナにね……」
フィオナ。
それを聞いた瞬間、ユウヤはさっきまで怖れていた図式が蘇った。
和やかな雰囲気でゆったりしていた体に緊張が走る。
フェイトの顔を覗くとさっきの目の輝きはどこにいったのか目が据わってた。
フェイトがユウヤの胸倉を掴む。
「あ、あのあの……」
「実はね、エリオと同じぐらいにね、フィオナがユウヤの話をしてくれるんだ……それはそれは楽しそうでちょっと嫉妬しちゃうぐらいにね?」
ちょっと所ではないのでは?
ユウヤは目の前のフェイトを見て内心でつっこんだ。
「まあ、まだ訓練の事ぐらいしか話題にはないみたいだけど、もしどっかに遊びに行ってその時の近況を聞かされたら……私、どうにかなっちゃいそう」
「え、えとえと……どうなっちゃうのでございましょうか?」
にっくき敵を見るかのようなフェイトの表情にユウヤの喋り方がおかしくなる。
ユウヤの質問にフェイトはさらに手に力を加えた。
それが解答だと言わんばかりに。
「そうだね……どうなっちゃんだろうね」
ユウヤの耳元にふふふふ、と不気味な笑い声が幻聴で聞こえてきた。
「これだけ、覚えておいてね……もし、何も知らないフィオナに手を出したら……分かった?」
まさしく蛇に睨まれた蛙。
ユウヤはただ、目の前の死神を興奮させないように「はい」と答えるしかなかったのだ。
満足したのかフェイトが手を離そうとした時。
「お母さん、何やってるの?」
いつからいたのかお風呂上りのフィオナがユウヤとフェイトを見ていた。
後ろには同じくお風呂上りのスバル、ティアナ、エリオ、キャロの姿があった。
フェイトがユウヤの胸倉を掴んでいる場面を見られたフェイトは何とか誤魔化すために慌てながら何かを考え始め、ユウヤは泣きそうな表情をフィオナに見せた。
それを見てフィオナはすぐに状況を判断し、母親であるフェイトに威圧した。
「お母さん……ユウヤに何かしたの?」
「え、えとね。フィオナ……」
「何 か し た の ?」
明らかに親子の立場が変わったフェイトはしゅん、となりながら。
「……少しお話しただけだよ」
と、わずかな抵抗を試みた。
「それだけじゃ、ユウヤがこんなに怯えないよ。
何を言ったの?」
「べ、別に世間話をしてただけだよね、ユウヤ」
フィオナが顔でそうなの、と向ける。
ユウヤはどう答えたらいいのか迷う。
そのタイムラグのせいでフィオナは母親が何か失礼な事を言ったと分かってしまった。
「もう、お母さん!
ユウヤを脅かすような事は言わないでって言ったのに!」
フィオナは恥ずかしそうに母親を叱る。
そして、フェイトはいつの間に正座にしたのか子供のようにフィオナの怒りが収まるまで怒られ続けた。
その光景がどう見ても異質でエリオとキャロは自分の中のフェイトのイメージが変わっていった。
スバルはどうしたものか分からずとりあえずユウヤを救出し、ティアナは目の前のフェイトのイメージが崩れないように頭を抱えたのであった。
今回はフェイトとユウヤがメインかな。
美姫 「母親らしい言葉の後だったのに……」
やっぱり、フィオナが心配でしょうがないんだな。
最後の最後で締まらない結果になっちゃって。
美姫 「まあ、それだけ溺愛しているって事でしょう」
だな。それじゃあ、今回はこの辺りで。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」