『恋とは甘い花のようなものである。それをつむには恐ろしい断崖の端まで行く勇気が無ければならない』

(スタンダール フランスの作家。1783-1842)

 

 

 

 

 

 

 

―雪

雪が降っている

今日は12月24日。世間一般的に言うとクリスマス・イブ

その聖なる夜に私―神咲那美―はさざなみ寮の自分の部屋から1人、しんしんと降る雪を眺めていた

 

 

 

 

 

2004年クリスマス記念SS「星と彼女と彼の関係 前編」

 

 

 

 

 

本来なら今日はさざなみ寮の住人たる寮生達でクリスマスパーティが開催される予定だった

しかし、管理人の槙原耕介さんが恋人の槙原愛さんと離脱

次いで寮のヌシ的存在である仁村真雪さんも数年ぶりに日本に帰ってくる仁村知佳さんに会いに行ってしまった

ムードメーカー的な役割の3人が欠けたことによってさざなみ寮クリスマスパーティ戦線は崩壊

残存兵力は故郷へと撤退した

しかし、私はさざなみ寮にいた。理由は簡単、実家の伝統が溢れた実に日本的な道場は外来的イベントのクリスマスなど祝うはずがないのだ

それに、まだ理由もあった

私の片思いの相手、私の親友高町美由希さんのお兄さん、高町恭也先輩とクリスマスを過ごしたかったからだ

もちろん、私が先輩とクリスマスを過ごすことができる可能性は皆無に近いことが自分でもわかっている

先輩の家は詳しくは知らないけれど、色々な事実で多くの人が住んでいる

何度か見たことがあるけど、先輩は家の住人の人にとても慕われている

当然、その家族でクリスマスパーティを開くのは当然の帰結である

いや、もしかしたらあんなに格好良い先輩のことだ。先輩に釣り合うくらい綺麗な彼女が居て、今頃一緒にレストランで食事でもしているかもしれない

ああ、だめだ

私は首を振ってその考えを打ち消した

振る雪を見ているとどんどん悪い方向へと思考が続いていく気がした

―そうだ、ちょっと商店街の方へ行ってみよう

ほんの思い付きの思考

この寮に居てもすることはない。このままお風呂に入って着替えてそして寝るだけだ

それに、もしかしたらもしかしたら―先輩に偶然会えたりできるかもしれない

そのご都合主義としか思えない考えが酷く真っ当なもののようにその時私は思えた

「久遠ー?私ちょっと商店街の方行ってくるから留守番お願いねー?」

この寮にまだいる唯一の同僚に話しかける

返事は無い

寝てしまったのかしら

まぁいいか、出てくるといっても少しだけだし

私は肌が切れるような寒さの風と雪に対抗しうる服と防寒具を身に付け、寮を出た

 

 

 

 

しかし、町へと続く坂を下る内に私の気持ちはどんどん冷えて入った

―そんな偶然に先輩に会えたりするわけないじゃないか

その考えが頭の中をぐるぐると回る

このまま寮に戻ってしまおうか

手の先が痺れるように冷たい

それはそうだ、雪が降っているくらい寒いのだから手袋もしないで出たら手が凍えるのは当然―

雪、か

雪が降る根源の空を見上げた

俗に言う聖夜、そしてホワイトクリスマス。彼氏と彼女が一番に燃え上がる日

こんなところで、何をしているのだろう?

寂しさで涙がにじんでくる

そこで私は不意に雲の切れ目から綺麗に輝く星が見えるのに気付いた

すがれるなら何でもよかった

―神様、もしいるのならば私を高町先輩に会わせて下さい

私は願った。何と言う名前かもわからないその星に向けて、只願った

 

 

 

 

何度も帰ろう、帰ろうと思いながらも商店街の方に降りてきてしまった

途中、翠屋に寄ってみようかな、と思ったけれどお店の前に凄い行列が出来ているし、店の前も人が一杯で中を除けないので諦めた

当然のことながら海鳴商店街はクリスマス一色だった

赤い服を着て、白い長いひげを生やしたコスチュームをしている人

子供でも親しめるようにデフォルメされたアニメ調のトナカイ

そして、クリスマスツリー

クリスマスツリーは小さいほんの玩具のから本物の木を使ったものまで色々あった

それが至る所に置いてある

今日が一目でクリスマスと判るように

それ以上に多くあるものもあった

男と女の組み合わせ。恐らく彼氏と彼女の関係。カップルと言う奴だ

そのカップルにも色々なカタチがある

手を繋いでるもの、腕を組んでいるもの 繋がってはいないけれど、そうと明らかにわかるもの

でも、それには皆1つだけ共通点がある

とても幸せそうな顔をしていた

―私もあんな風に先輩と・・・

私は思わず、目の前の手を繋いでるカップルに私と先輩の姿を重ね合わせてしまう

私が先輩に告白したらあんな風になれるかもしれない

でも―

もう1つの考えが全身に寒気を走らせるほどの勢いで通り過ぎる

―あんな風になれなかったらどうするのだ?

 

 

 

 

怖い、とてつもなく怖い

この歳になるまで知らなかったというのは本当に滑稽だけれども、好きな人に対しての告白とはとてつもなく怖いものだと私は知った

成功したなら良い

そう、成功したのならば良い。しかし、拒絶された時を思うと胸が痛くて苦しくて泣きたくなってくる

思うだけでそうなのだ

現実にそうなってしまったら・・・

私はそう思うと告白するのが本当に怖い

今まで先輩と二人きりになれたりして、告白できそうになった時はある

それなのに、私はそれが怖くて二の足を踏んでしまった

―高町先輩が私なんかのことを好きなはずがない

―告白して失敗したら今の関係に二度と戻れないかもしれない

等、マイナス面ばかりが浮かんでくる

いっそ先輩の方から告白してくれれば、と何度思ったことか

でも、今日の今日までそのようなことはなかった

なかった以上、自分から確かめなければならない

でも、やはり告白は怖い

私の思考は堂々巡りを起こしていた

 

 

 

 

考え事をしながら歩いていると、すぐに商店街を抜けてしまった

―やっぱり先輩には会えないか

絶対に会えることなど有り得ないと思いながらも会えるかもしれないと思っていた自分の心に苦笑を漏らす

商店街を抜けるとそこは海鳴臨海公園

私は海際の柵にもたれかかって海を見た

寒い

冬の海は潮風が雪混じりで強く吹き付けてきて、非常に寒い

それに、心も酷く凍えていた

絶対に先輩に会えることなど有り得ないと思いつつも商店街に来て、その通りに会えなかったというのに私は夥しいダメージを受けていた

―そうか、私はこんなにも先輩のことが好きだったのか

涙が出てくる

にじむという量ではない。流れ出てくる

もう涙を止めることができなかった

苦しい、痛い、寒い、悲しい、寂しい

色々な感情がごちゃ混ぜになる

でも言葉にしてみれば、それは非常に単純でしかなかった

「高町、せんぱい……っ、会いたい、会いたいよぉ……」

柵に体をもたれさせて泣く

周囲に人がいたら絶対に聞こえるであろう音量の嗚咽を漏らしながら

「!神咲さん!神咲さんどうかしましたか!?」

その声は―

間違えるはずがない。高町先輩だった

声のした方向に顔を向ける

やはり高町先輩だった

「高町…先輩?」

私はそこに先輩が実際に存在していることを信じられなかった

自分は凍死しかけていて、マッチ売りの少女のように死ぬ前に夢を見ているのかと思ったほどだった

しかし、それは現実だった

「何故…泣いているんですか?」

「え、えっと、その……」

恐らく先輩に涙を流している所は完全に見られている。わたしはどうやってごまかそうか必死に理由を考えた

―高町先輩に会いたくて会いたくて仕方がないのに、会えなくて寂しいから泣いてました、などと言えるはずがないじゃないか

「神咲さん」

私の意味不明の回答に高町先輩は何かを覚悟したかのような確固たる口調で言葉を返してきた

高町先輩が1歩踏み出してくる

私は何か得体の知れない怖さを感じて1歩下がろうとする。しかし、後ろは柵になっている、下がれない

私がそのまま凝結していると高町先輩は更に距離を詰め、私の前に立った

―なんだろう、この先に来る先輩の行動は

わからない、まったくわからない。わからないからこそ怖かった。怖くて仕方がなかった

その時の私はこの後の高町先輩の行動に対するありとあらゆる不安が心にあった

しかし―

「あ……?」

私は間抜けな声を漏らす

高町先輩がぎゅっと私を抱き締めていた

「高町……先輩?」

「大丈夫ですよ」

「……え?」

「俺がここに居ますから、その…大丈夫です。だから笑っていてください。神咲さんは笑顔が似合いますから…」

「高町先輩…」

優しい。やっぱり高町先輩は優しい

その優しさが胸に染みた

今まで凍えてた心に暖かさが広がって行く……

私の方からも先輩の背中に腕に回して抱き締めた

―暖かい…

高町先輩の胸に顔をうずめる

高町先輩は何も言わずに只私を抱きしめてくれていた

少し、涙が出る

でも、それはまた違う涙だった

 

 

 

 

しばらくして私と先輩は抱き合うのをやめて離れた

「ちょっと飲み物を買ってきますから待っててください」

高町先輩はそう言って少し遠くの自販機に行ってしまった

私はベンチに座って待っていたが恥ずかしさが込み上げて来て顔が真っ赤になるのがわかった

―恥ずかしい。本当に恥ずかしい。でも本当に幸せ…

もう私の心にさっき感じた冷たさはなかった

今は暖かい何かが心に満ちていた

「神咲さん、これをどうぞ」

「あ、えっと・・すみません」

先輩がそこで帰ってきて飲み物を渡してくれた

「ココア…」

「あ、嫌いでしたか?」

「い、いえっ!大好きです!」

私は缶のプルタブを開けて、一口だけ飲む

―あ、これも温かい…

そのココアは本当にとても温かくて、とてもおいしかった

「「あの…」」

お互い話しだそうとして言葉がかち合う

「あ、神咲さんからどうぞ」

「いえ、高町先輩から…」

しばらく発言権の譲り合いをしてしまったが、先輩から話し出した

「えっと、その…俺に抱き締められたりして嫌じゃありませんでしたか?」

「え?」

先輩の言葉の意味が理解できなかった

私が先輩に抱き締められて嫌になるはずがないのに

「何というか…俺みたいなのに抱き締められて、嫌だったんじゃないかと…」

先輩の声には不安気な感じが混じっている

どうゆうことだろう?疑問には思ったが、それを無視して言う

「いえ、嫌じゃないです、よ…」

私は先輩が好きですから、と心の中で付け加える

「そうですか、良かった」

先輩は安堵をにじませて言う

さっきの疑問がまた心をついたが、また無視して私は先輩に尋ねる

「あの…どう思いましたか?」

「何がですか?」

「私が…その…泣いてたり……」

今はもう落ち着いたけど、さっきのそれを思い出すと恥ずかしくて消え入りたいような気分だった

「ああ」

高町先輩はそう言って子供が悪戯に成功した時のような笑顔を浮かべて

「可愛かったですよ」

と言った

「なっ・・・!?」

私はますます恥ずかしくなった

先輩は時々とてつもない冗談を言う人だったから私はそう思ったのだ

「か、からかわないでくださいっ!」

「からかってなんかいませんよ」

「もう・・・」

私はそう言ってふと疑問に思った

―高町先輩はどうしてここにいるんだろう?

「高町先輩はどうしてここに?」

先輩は少し思案顔になり、そして言った

「それが、わからないんです」

「わからない・・とは?」

「いえ、何故かはよくわからないんですが、ここに行かなければならないような気がしまして。来てみたら神咲さんが」

私はそれを聞いてさっきのことを思い出した

あの願い―

―神様、もしいるのならば私を高町先輩に会わせて下さい

届いた・・・のだろうか?

私はその時、何か判らないけれどその何かにとてつもなく感謝したい気分になった

「あと・・・ちょっと神咲さんに今日会いたかったんです」

「会い・・・たかった・・・私に?」

「はい」

呆然とする私を置いておいて、先輩は話を切り出した

「神咲さん」

「は、はい」

先輩が凄く真剣な顔で私の目を見据えてくる

―何だろうか

自分が急に緊張していくのが解る

しかし、私はその状況に見覚えがあるような気がした

一体何回、頭の中でその状況を想定しただろう?

一体何回、その状況の夢を見ただろう?

一体何回、そうあって欲しいと願っただろう?

「俺は神咲さんのことが好きです、俺の彼女になってください」

「―!!」

まさしく、それは想定していた通りの、そして私がそうあって欲しいといつも心から願っていた通りの告白―だった

でも、私は信じられなかった

いや、信じることがとてもじゃないができなかった

自分のが願っていたことが急に実現してそう思わぬ人がいるのだろうか?

「高町先輩・・・あの、1つだけ聞いて良いですか?」

「何でしょうか」

その声は平然と言ったように聞こえたけど、堅さが含まれていた

―高町先輩も怖いんだ

私はそれでこれが夢じゃないと確信できた

私の都合の良い夢では、私は先輩が告白すると女優のように最高の笑顔を浮かべて「はい、喜んで!」と言うのだ

一瞬でも先輩の告白に対する回答を躊躇した夢はなかった

だからこそ、夢ではない、と思った

それでも、私は言おうとしたことをそのまま口に出す

「夢、じゃないんですよね?」

先輩は一瞬唖然とした表情を浮かべたが、すぐ表情を笑顔にして言った

「紛れも無い、現実ですよ」

ああ、なんてことだろう

こんなに、こんなに幸せなことが現実に存在するなんて―

「先輩、私も高町先輩のことが本当に好きです。私の…私の彼氏になってください」

最後が少し恥ずかしくて切って言う、おそらく私の顔は真っ赤になっている

「・・・はい」

先輩が短く了承の意を返す

私は先輩がそう言った瞬間、飛びついて抱き付いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

クリスマス記念SS書きました。最早定番ですが、色々と突っ込みどころありますがその辺はご勘弁を(汗)

良ければ感想などいただけると幸いです。前編はこれで終わりです。続いて後半をお楽しみください。




メリークリスマス!
美姫 「浩をクルシメマス」
……はい?!
美姫 「ううん、何でもないわよ」
そ、そうか。(その無味な笑顔が怖い……)
美姫 「さて、続きが気になるので、一足先に〜」
あ、俺も〜。



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