とらいあんぐるハートSS

「IF」第一話

 

 

 

 

 

 

記憶にあるのは女の人。それはとても暖かく心地よい記憶

しかし、鮮明には思い出せない。それはまるでテレビの前にくもりガラスが置いてあるかのようにぼやけた物でしかない

記憶を整理する

私は何かに襲われていた。それは間違いない。そしてその女の人に助けられた。そこまでは良い。

それから色々と―――駄目だ、それ以上は思い出せない。それ以上思い出そうとすると思考にノイズが走る。頭痛がする。吐き気がする

思考は置いといて、アレから逃げなければ、と思う

しかし、所持金がまったくないという素晴らしい現実を思い出す。とりあえず、這ってでも早く逃げないと―――そう自分で思ってふと疑問を感じる

何から逃げれば良いのだろう?

ああ、それも判らないのか

逃走に使える資金はもう欠片もない、ゼロだ。何から逃げたらいいのかも判らない。しかし、何かから逃げなければ為らないという強迫観念はある

更に最近、人体用燃料の補給もしていないことに気付く。まぁ、逃走方面へ資金を集中したのだから当然か

人間とは現金なもので、今、食事をまったくしていないと思い出すだけで急に体が重くなった

少し休もう、と思い目の前にあった手ごろベンチに腰を下ろす

疲労はともかくも、空腹は休んでも癒せないが、それはある意味で逃走手段に成り得る

死ねばこの世の全てから自由になれるじゃないか

最低の冗談ね、と心の中で苦笑する

人影が目の前に立ったのはその時だった

 

 

 

 

 

「ふー、ごちそうさまですー」

「「……………」」

そしてここは御神家食卓

御神兄妹は夕食のカレーをペロリと3杯(しかも大盛り)平らげた目の前の女性を呆然と見つめていた

そう、あれは夕方のこと

いつも通り、兄弟で一緒に下校している所だった

しかし、そこで恭也が夕食の買い出しをしなければならないと意見を提示、当然のことながら美由希はそれに同行

カレーの具材が丁度格安だったので、めでたく夕飯はカレーと決定し、帰る途上に見るからに衰弱している彼女を恭也が発見

さすがに放っても置けず、連れて帰ってきたというわけだ(御神兄妹はこのご時世に珍しいぐらいの「良い人」であるのも要因)

彼女はしばらくの間、気を失っていたがカレーの匂いに釣られて覚醒し――そして最初の情景へと繋がる

「あ、と。ごめんなさい、突然あがりこんで結構な量を食べてしまって」

栗毛の髪を持ち、少し吊り目の彼女―見るからに外人―は申し訳なさそうに流暢な日本語で謝った

「いえ、それは別に良いのですが、貴方は何故あんなとこで?」

彼女は一瞬考えるそぶりを見せたがすぐ顔を上げて「旅の途中で金子が尽きまして」と言って少し頬を染めた

恭也は少し苦笑したが、言うべきことを見付けて口を開いた

「申し送れました、自分は御神恭也と言います。こっちは妹の美由希です」

「あっと、すいません」彼女はそう言ってまたも一瞬考えたが、すぐに返事を返した

「私はアリサ・ヴィッテルスハイムと言います――多分」

「多分?」

「えっと、出来ることなら夢であって欲しいと思うんですけど」彼女は困惑気味に言葉を続けた

「記憶喪失なんです、私」

「「…………………」」

恭也と美由希の沈黙はたっぷり十秒ほど続いたが、美由希が沈黙を破った

「記憶喪失って……あの小説とか漫画でよくある?」

「おそらく」

「本当にですか?」

「本当にです」

「「「…………………」」」

またも沈黙が訪れたが、今度は三人ともどうすべきなのか判らないといった表情を浮かべて黙り込んだ

「まぁ、とりあえず」今度の沈黙は五分程続いたが、恭也が口を開いた

「もう遅いですし、今日の所はウチに泊まっていってください」

美由希も恭也の言葉にうん、と頷いた

「え」アリサは驚きの声を上げた。彼女は御飯を食べれただけで充分と思い、御礼を言ってこのまま夕闇の町へ消えようと思っていたのだ

「良いんですか?」

「もちろんです」美由希が笑顔で言った「お布団も余ってますから、大丈夫ですよ」

アリサは尚も躊躇する様子を見せたが、しばらくして「申し訳ないですが、お言葉に甘えさせて頂きます」と言った

 

 

 

 

 御神恭也のアリサ・ヴィッテルスハイムへの第一印象はまず知的な女性ということだった

話す会話の端々には頭脳明晰な人物がよく示すような響きが感じられたし、聞いていて気分が良かった

だから少なくとも彼女は信頼に足る人物だと思えたし、自然に家に泊めようという気分にもなった

彼女が美由希や自分とそれなりに会話をしてからは口の利き方がぞんざいになったり、一人称がいつの間にか「私」から「あたし」に変わってたり、いつの間にか「恭也」と呼ばれていたり、年上のように見えた彼女が実は自分と同い年であったことなど色々あったが、それでも御神恭也がアリサ・ヴィッテルスハイムに抱いた第一印象はまったく崩れなかった

少なくとも彼は彼女に対して良からぬ印象を持つことはなかった

 

 

 

 

 御神美由希のアリサ・ヴィッテルスハイムへの第一印象はまず大人で綺麗な女性ということだった

彼女は女性の理想に限りなく近いであろうプロポーションを持ち合わせていたし、自分にはない颯爽とした雰囲気があった

それには少し嫉妬の感情を抱いたが、美由希も自分の兄がそう思ったように誠実そうで信頼出来る人物と理解した

だから兄が彼女を家に泊める、と言った時にも即座に肯定の意を返した

彼女が兄や自分と会話をして、口の利き方が色々と変わったり、いつの間にか「美由希」と呼ばれていたり、遥かに年上に見えた彼女が兄と同じ歳であったりなどして驚いたが、それでも美由希が彼女に抱いた「大人で綺麗な女性」というイメージは崩れなかった

それに、美由希は彼女のような姉がいたら良いのに、と常々思っていた

もちろん、彼女は自分の兄に対してなんらかの不満を抱いたことは一度たりともなかったし、兄に対して嫌いなどという感情を持ち合わせること自体が罪と思っていたけれど、女性特有の悩みを相談するのはやはり女性の方が良いと思っていた

御神美由希も御神恭也と同じく、アリサ・ヴィッテルスハイムに悪い印象は抱かなかった

 

 

 

 

アリサ・ヴィッテルスハイムが御神兄妹に対してまず思ったのはとても良い人である、ということだった

衰弱していた自分を助けてくれた上に、食事も与えてくれ、更に家に泊めてくれるという

正直な話、彼女はそんな出来事はフィクションの中だけしか有り得ないと思っていたから、二重の意味で驚いていた

彼女は奇跡などという軽々しい言葉を信用しない性質だったが、少なくともその瞬間は信じそうになった

アリサは兄弟と会話して色々な発見をした

かなり落ち着いた雰囲気を醸し出し、自分より年上と思っていた彼、御神恭也は意外にも自分と同じ歳だった

彼の妹、御神美由希は如何にも可愛らしく、妹のような感じがして、抱き締めたくなるような感じだった

会話をすると結構話しやすく、いつの間にか口調がぞんざいになってしまったが、二人とも特に気にした様子はなかった

兄弟はいつも布団を並べて寝ていると聞いて、シスコン、またはブラコン気味か?とは思ったがまぁ、それもこの兄妹らしいなとなんとなく許容してしまった

気分的には自分も布団を並べて寝たかったけれど、会って1日でそれを言うのは流石に憚られたので他の部屋で寝ることになった

アリサは久方ぶりの布団の柔らかさを堪能しながらすぐに眠りに落ちていった

 

 

 

 

翌朝、アリサは誰かがぱたぱたと動き回る音と人の気配で目が覚めた

見慣れない天井が見えて、一瞬ここがどこかわからなくなったが昨日御神家に泊めてもらったことを思い出した

うん、と背伸びして素晴らしく心地よい空間を提供してくれた布団を抜け出す

「あ、アリサさんおはようございます」扉を開けると美由希がいて挨拶をしてくれた

「うん、おはよう」アリサもすぐに挨拶を返す

食卓の方を見るともう朝食が用意されていた、勿論アリサの分もある

彼女はそこまでしてくれなくても、とは思ったが用意されてから遠慮するのはそれはそれで無粋と思い、敢えて何も言わずに食卓の椅子に座った

いただきます、の声とともに朝餉が始まる

「そういえば、アリサ」

恭也は同年代の友人に対するソレと同じ口調で話しかけた

「ん?」

「病院とか行ってないのか?」

「病院?」

アリサは味噌汁を啜りながら何故そんなとこに行かなきゃならならないの?というような疑問の表情を浮かべた

「いや、記憶喪失を治すために病院に行ってないのか?という意味でなんだが」

「あーあー。うん、もちろん行ってない。お金ないし」

「一銭も?」

「一銭もなし」

「…アリサ、今までどうやって生きてきたんだ……」

「知らない、記憶ないもの」

恭也はそのアリサの言葉を聞いて頭を抱えた。しかし、言うべきことは言わねばならない

「じゃあ、お金もない、記憶もないでどうするんだ……?」

「さぁ?なんとかなるんじゃない?」アリサはそう言ってあっはっは、と笑った。そこには記憶喪失によって先行きが不安になっている様子など微塵もなかった

だが、恭也と美由希はそれを聞いて、ある決心を固めてしまった

このままこの人を行かせれば間違いなく即身仏が出来るだけだ――と、今の会話で御神兄妹は確信したからだ

恭也は美由希にうん、と頷く

美由希もすぐに目で返事を返す

「ごちそうさま、っと」

アリサが箸を置いて立ち上がる「さて、色々とお世話になってしまったけど、そろそろ―」

「美由希、左!」

「了解!」

アリサの言葉は恭也の突然の大音声でかき消される。次いで、美由希がアリサの左腕をがしりと取る

「え?」

恭也はアリサの右腕を取る

「え、ちょ…なに?」

「よし、では行くぞ」

「おー」

「なんなのよおおぉぉ〜……」

御神兄妹は疑問の声を上げるアリサを完全に無視して彼女を病院に引っ張って行った。それはさながらETを連行するMIBのように

 

 

 

 

「まったく…別にちゃんと言ってくれれば行ったのに」

恭也と美由希はふくれっ面をするアリサの背後で苦笑している

実際のところ、恭也や美由希が病院に行けと言ったところでアリサが病院に行く可能性は限りなく低い

普通に金を渡しただけでは食費や移動費に消えてしまうことは明白だし、それでは意味がない

なにより、恭也や美由希は昨夜アリサと色々話した経験から彼女は『頼られるのはともかくも、頼るのは大嫌い』ということがなんとなく判っていた

だから有無を言わせず病院に連行したのだ。もっとも、御神兄妹もアリサの例に漏れず『頼られたり、世話を焼くのは大好きだが、頼るのは大嫌い』というタイプだったが

「アリサ・ヴィッテルスハイムさん、二番の診察室にお入りください」

院内放送でアリサの名前が呼ばれる

渋々アリサは診察室に入っていった。

彼女が診察室に入ると、そこには見るからにちっこい銀髪の女の人が机に向かって書き物をしていた。

一瞬アリサは病院関係者の子供かな?と思ったが、彼女は顔を上げて椅子をこちらに回した

「と、すいません、お待たせしました」

どうやら、ただ子供っぽく見えるようでホンモノのようだ、とアリサは思った

アリサも椅子に座り、向かい合う

「アリサ・ヴィッテルスハイムさん…ですよね?」

よく見ると彼女の胸には「F・矢沢」と書いてある名札が留めてある

「はい」

「あ、私フィリス・矢沢と言います」

そう言ってフィリスはにこりと笑う

ますます子供っぽく見えるなぁ、とアリサは思ったがもちろんそんなことは口に出さない

「えーと、どうゆうご症状で?」

「記憶喪失で」

「……ふむ、何もかもサッパリですか?」

「名前と一般常識以外はおそらく全てですね」

「うーん、まぁ、とりあえず診察しましょう」

彼女はそう言ってアリサの体温、血圧、脈拍を計測した後、簡単な問診を行った

「身体関係とかに特に異常は見当たりませんねー、外的な怪我とかもありませんし、問診でもアリサさんが言うように一般常識とかはちゃんと覚えているようですし」

「記憶喪失の原因とかは…?」

「根本的な原因とかは予想が付きませんけど、おそらく精神状態から来てる記憶喪失と思うんですが…」

フィリスは語尾を不明瞭に切らす

「えーと、過度な精神的衝撃から自己を防衛するための…とか聞いたことがあるような、アレですか?」

「そんな感じですね、極度の恐怖や苦痛を体験した時に心が覚えておくことを拒否して記憶喪失になってしまうって言うのは結構前例があるんですよ」

そこまで言ってフィリスは顔を少ししかめる

「だから、もしかしたらアリサさんが忘れている記憶は貴方にとって耐え難い苦痛に満ちているかもしれませんが…それでも思い出したいですか?」

「んー、正直な話、どっちでもいいかなと」

「どっちでも良いって…」

「あ、いや、無い記憶がどうでも良いとか言うわけではないんですけど、気楽な性格なんで」

アリサは笑って言う

フィリスはしばし絶句していたが、やがて呆れたように言った

「え、えーと…とりあえず、思い出す方向で良いんですか?」

「まぁ、思い出せるのなら」

「…じゃあ、状況を整理してみましょうか。とりあえず、所持品とかで手がかりになるようなものは?」

「残念ながら何1つ所持品がなくて…」

「な、何もないって…」

フィリスは頭を抱える

彼女は山登りをしようと思ったら、目の前の道がいきなり地すべりでなくなってしまった様な感覚を味わっていた

「じ、じゃあ、記憶喪失になった直後にどこに居た、とかの記憶は?」

「あそこの…海鳴駅って言うんですか?そこのベンチに所持金ゼロ、所持品なし、服だけありの状態で座ってたんですが」

「海鳴に住んでいたような気がしますか?」

「いえ、故郷というより、昔少しだけ住んでいたような感じがします」

「うーん…やはり手がかりとしては薄いですねー、まぁ、記憶喪失はやはり気長に治していくしかないでしょうね」

「まぁ、時間なら沢山あるんで、言われた通り気長にいきますよ」

診察は終了して、アリサは立ち上がってフィリスに背を向ける

「アリサさん、また来週来てくださいね」

「え」アリサはその声に反応してまたフィリスの方を向いた「来週も…ですか?」

「はい、記憶喪失は結局何かのきっかけで思い出すことが多いんですけど、診察を受けることも大事ですから」

「えーっと…来ないと駄目ですか?」

「ダメですっ!」

フィリスは少しむくれたように言う。それは酷く子供っぽい仕草だった

「あー、はい、わかりました。ではまた来週」

アリサはそう言って逃げるように診察室から出て行った

アリサは思った

来週また来いと言われても、住むところもまた診察を受けるだけのお金もないんだけどなー…

     

    


あとがき

更にちょっとだけ設定を変えてある人出しました。

ちなみに、私のSSは大体が元の設定を可能な限り拡大解釈してあります(笑

 

話は変わりますが、今更ながら某聖杯争奪戦のゲームをプレイしました。

いやー、実にすばらしいですねー。去年の1位だったのも頷けるというものです。

特に演出が素晴らしい。静止絵であんな風に出来るとは想像できませんでした。

今年もあのような燃えゲーが出て欲しいものです。

ではまた次のお話で。




御神兄妹の元に現われた謎の女性(笑)
美姫 「記憶喪失の少女は、今後どうなるのか」
やっぱり、恭也たちの家に居候だろうか。
美姫 「彼女の無くなった過去とは」
続きが気になる〜。
美姫 「次回も楽しみに待ってますので」
今回はこの辺で〜。ではでは。



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