とらいあんぐるハートSS
「IF」第二話
某月某日海鳴市、御神家居間――
アリサは独りだった。恭也と美由希は学校へ登校してしまった。そこで彼女は赤い雑誌を見て、唸っていた。
それは、世間一般的に言う、就職情報誌というモノだった。何故、就職情報誌を見ているかというと、それは恭也とのやり取りが原因だった。
実に頭の痛くなるような掛け合いがあったのだが、長くなりすぎるのでそれについては省略する。
結局、アリサの御神家における立場は居候というものではない。立場としては下宿のそれに近い。
昨日アリサが恭也と交わした契約で決定したそれを簡単に言うと
『御神家に滞在して、金を稼ぎつつ、家賃めいたものを支払う』
ということである。
もちろん、見てわかることだが、アリサが一方的に良い(むしろ良すぎるとすら思える)条件である。
しかも恭也と美由希はアリサに退去すべき日時など区切ってはいない。
つまり、無期限に滞在しても構わないということである。(実際恭也と美由希は本気でそう思っている)
当然、頼られることはともかく、頼ることがひどく嫌いな彼女はとてつもなく反発し一悶着あったが――結局折れた。
しかしながら、何故唸っているのかと言うと『自分は一体どんなことを得意としてるのかが判らない』ということだった。
問題は彼女が記憶喪失であるということだった。よって自分の特技などが判らないから、どんな仕事が向いているのか判らない、ということになる。
早くアルバイトを見付けて、押入れに住む某青色猫型機械人形みたいな状況から早く離脱しなきゃなぁ、とは思うものの、目の前の雑誌にはこれといった募集広告がなかった。
まぁ、少なくとも鈍くは無さそう、とは思うけど、運動神経は良さそうには感じないし、料理とかも何か思い付くわけでもないし。
椅子の背もたれに体を預けて、うーんと唸る。
とりあえず、ちょっと外に出歩きながら考えをまとめよう。あの医者も散歩して情報を頭に入れるのは良いことだと言っていたし。
思い立ったが吉日、アリサは戸締りをして(既に御神家のカギを配布された)外出した。
御神家を出て適当に歩き回ってると店が沢山並んでいるところに出た。上のゲートのような所には海鳴商店街と書いてある。
一瞬それに見覚えがあるような気がしたが、すぐにその感じは薄れてしまった。
海鳴商店街とあるゲートに付いている時計を見る。何時の間にか時間は16時を回っていた。そろそろ帰った方が良いのだろうか、としばし思考。
しかし、前方にある喫茶店に入ろうとしている人物を発見。それはあの兄妹だった。
「恭也ー、美由希−」
当然のことながら呼び掛ける。
「お、アリサ」
「アリサお姉ちゃん」
二人ともアリサに気付いて、手を振って見せた。
「もう学校終わったの?」
「ああ、で、美由希がここに寄ろうとうるさかったのでな」恭也は頭上の看板を指差す。
「ふーん、そんなに美味しいんだ。ここの店」
「うん、すごく美味しいんだよ。雑誌とかにもよく取り上げられてるぐらいだし」美由希が実に嬉しそうな笑顔を見せる。
「へぇー…」改めて頭上の看板を見る。
翠屋、ね
「じゃあ立ち話もなんだから入るか。アリサは甘い物好きか?」
「美味しい物なら」
「なら問題無い。きっとアリサも気に入る」
私も入っていいの?と一瞬言おうかと思ったが、結局言わなかった。この二人の答えなど決まっているからだ。
恭也は扉を押し、店内に入った。軽やかなカウベルの音が店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませー」
すぐに女性の声が店内からかけられた。
辺りを見回す。店内に人影はちらほらとしか見掛けれない。今は暇な時間帯なのかもしれなかった。
恭也と美由希は適当に奥まった四人掛けの席に並んで座り、アリサはその対面に座った。
「恭也くん、美由希ちゃんいらっしゃーい」
「こんにちは」
「桃子さん、こんにちはー」
注文を取りに来た黒いエプロンを付けた女性に恭也と美由希が挨拶を返す。だが、向かいのアリサはどうしたらいいのか判らず戸惑っていた。
「あら、そっちの人は初めての人かしら?」桃子がアリサ向けて微笑んだ。
「私は高町桃子、この翠屋の店長で、恭也くんと美由希ちゃんとはかなりの馴染みってとこかな。あ、桃子さんって呼んでね」
「あ、私はアリサ・ヴィッテルスハイムと言います、ちょっとした事情から御神家に住むことになりました」
「えっと…つまり、恭也くんの恋人?」
「どこをどうやったらそう繋がるんですか」
恭也が低い声で突っ込みを入れる。
「いや、年頃の男の子と女の子が同居っていったら普通・・・ねぇ?」
「とりあえず、そんなのじゃないですから」
「そう、良かった」桃子は安堵したような口調で言った「なら桃子さんもまだ恭也くんのお嫁さんになれるチャンスがあるってことね」
「勝手にしてください…」恭也が少しうんざりした口調で言い返す。
それもそのはずで桃子は恭也が来店するたびにその文句を言っていた。
高町桃子は謎の多い人物だった。恭也と美由希は小さい時の翠屋の常連になるのだがその時から桃子の風貌はまったく変化していなかった。
更なる謎は、菓子職人としてかなりの腕前を持っていながら小さい喫茶店を経営しているに過ぎないということである(全国から客が来るほどだが)
噂では某有名ホテルに勤めていたが、そこの料理長を殴ってクビになったとか、三行半を叩き付けたなど諸々あるが、事実ははっきりしない。
そして未だ未婚である、離婚暦など勿論ない。更に彼女は嘘か真か恭也のことが好きといつも明言していた。
勿論、恭也は冗談にしか取らなかったが。
美由希はそんなやりとりを見て、にこにこと笑っていた。美由希にとって、それは翠屋に寄ることによって得られる素晴らしい日常の一節だった。
当然、翠屋の甘味が大好きなのも彼女が翠屋に行きたがる要因なのだけれど。
「私はショートケーキと紅茶で」美由希が注文を出す
「恭也くんは?あ、一応言っとくけどアイス宇治茶はないからね」
「む…、ではシフォンケーキとコーヒーで」
「じゃあ私はシュークリームと紅茶で」
「はい、では少々お待ちください」
桃子はエプロンの端を翻して颯爽と調理場の方へ戻っていった。
「元気な人ね」アリサがどこか呆れたような口調で言った。
「まぁ、ちょっと元気すぎるかもしれんが。と、そうだ。アリサ、良いアルバイト見付かったか?」
「全然」アリサは首を振った。
「自分の特技とか何が得意かとかも判らないし、何をやれば良いのか」
「まぁ、色々やってみたら良いと思うよ」美由希が笑顔で言った。「アリサお姉ちゃんだったら何でも出来そうな感じがするし」
実際、アリサ・ヴィッテルスハイムという女性は見る者にそう感じさせる何かを持っていた。
「色々、って言われてもねぇ」
どうしたものか、とアリサは思った。
今の自分に何ができるのか、と思う。先に回想したように自分は運動神経は良いように感じられないし、料理も得意そうではない。
だが、鈍いというわけではない。なら――
翠屋の店内を見渡し、言った。
「こうゆう店でウェイトレス、っての良いかもね」
「じゃあ、働く?」
「はい?」
突然後ろから声がした。それは桃子が発した言葉だった。
「今人員不足で困ってたのよね。いやー、入ってくれるなら助かるんだけど」
桃子は注文の品を置きながらも笑顔で言葉を続けた。
「え?えっと…」
「まぁ、丁度良いんじゃないか」
「うん、翠屋なら帰りに寄って見れたりできるし」
恭也は置かれたコーヒーを飲み、美由希はケーキを頬張った。
「で、どうする?」
桃子の断を迫る言葉に、アリサは少し苛付いた気分になった。
別に桃子が嫌いということでもない。人の好意が嫌と言う訳でもない。
ただちょっと、頑固な自分の部分が自分の預かり知らぬ場所で全てが片っ端から決められてしまう今の状況が少し気に食わないだけだった。
それでも、桃子の言葉はアリサにとって渡りに舟だった。
「…お願いします」
アリサはそう言って、少し頭を下げた。
その後は普通に話しをして、翠屋特製のシュークリームを食べたりした。アリサが翠屋の甘味の美味しさに声を上げたのは言うまでもない。
こうして、彼女の働き口は決定した。
あとがき
えー、かなり間が空きましたが、とりあえずIFの2話目を書かせて頂きました。
とらハでは欠かせないあの人登場です(笑
今度はできるだけすぐ3話を書こうと思うので、お待ちください。
では次のお話で。
桃子さんの登場〜。
美姫 「そして、アリサの働き口も決定ね」
うんうん。さて、この後、三人がどうなるのか。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
ではでは。