とらいあんぐるハートSS
「IF」第四話
「不審な奴?」
「そう。また私目的っぽいのよ」
アリサは電話の向こうの恭也に言った。
もう既にアリサのいる日常のサイクルが形成されるほどの日が過ぎた。御神兄妹は普通に学生生活。アリサは翠屋でアルバイトという具合だ。
それが何故このような会話に繋がるかというと、アリサが美人で翠屋が全国的に有名だからだ。いつものことながら、翠屋は全国的にも有名なグルメ雑誌で絶賛された。そして、また客が増えた――までは良かったが、その紹介記事に美人店員としてアリサが載ってしまったのである。それもカラーで大きく。
当然のことながら、彼女目的で来店する不貞な輩が大増加し、ついにはストーカー紛いの行動を取るものまで現れた。まぁ、恭也が『丁重に』お引取り願ったので事は実に簡単に済んだのだけれども。
そして、それから日もそうそう立たない内に同じような奴の出現だった。普通ではない彼女もそれは用心深くなるであろうということだ。
「それなら迎えに行くが…」
恭也は是の返事を返した。最近はストーカーによっての殺人事件も増えているのだ。用心するに越したことはない。
「じゃ、よろしくー」
電話を切る。ここでじっと待っているのもなんだかなぁ、と思ったので翠屋を出た。翠屋から御神家は遠いわけではない。恭也と途中で合流したら不振な男も諦めるだろう。そう思ったのだ。
夜の商店街を歩く。物音は少ない。というよりは不気味な程静かとさえ言える。夜の学校のように。アリサの足音だけが商店街に響く。
もし、人を襲うのならば、絶好の機会だなぁ、と思う。
ああ、だめだだめだ。
首を振る。
だってこうゆう時の悪い予感は――
「動くな、動くと殺すぜ」
――大体的中すると決まっているのだから。
気付けば背後に気配。首の方を見ると明らかに男と判る、太い気持ち悪くなるぐらいに毛むくじゃらな腕に光るナイフらしき刃物。
普通ならば、ここで怯えたり、必死に命乞いをしたりするとこなのだろうが……生憎、彼女は普通ではなかった。
「で、何が目的?」
アリサはこの状況などとうの昔に慣れている、と言わんばかりの凛とした口調で言った。
「アンタの命、の予定だったんだが――順序が変わった。事を済ませてから殺させてもらうぜ」
男はナイフを突き付けながらアリサの前面に回り込む。
下卑たる笑いを浮かべた。お前の生殺与奪の権利は俺が握っているとすら聞こえる嫌悪感を感じる高い笑い声も一緒に上げた。その口調でアリサは男が自分に何をしたいのか判った。この男は自分を強姦してから殺すつもりなのだ。
表情は冷たいのままなのに、心の中では自分でも驚く程の熱い激情が湧き上がってくる。
だが、それを彼女が男に叩きつけるのは無理だ。アリサは物理的戦闘に向いていない。彼女は格闘に向いている剣も技術も持ち合わせてない。
「その前に、1つだけいいかしら」
「ああ?」
滅多に食べれない最上の御馳走を今まさに捕食せんとしようとした瞬間にその行動を中断された男は、酷く不機嫌そうな声を出した。
アリサはそんな唾棄すべき度し難い下品な男の声を無視して、男の後ろを指差した。
半ば本能的に後ろを振り向き、見たもの、それは。
必要ならば全ての力無き弱き者の長大なる剣となり、そしてその身が剣のままとして滅ぶことを何ら躊躇しない不屈の意志を持った男が左手に短刀を携え、立っていた。
御神恭也はその意志を履行すべく、全速前進を命じられた機関のように闘志を最大速度で燃やし始めていた。アリサ・ヴィッテルスハイムの剣として。
男は一瞬怯えるように体を震わせたが、すぐに自分が今何を為すべきなのかを発見し、自らも戦闘に向けて体を準備させた。
アリサを離して距離を保つ。今の距離は突然現れたこの男とは距離が近すぎる。男はこの時点で致命的に選択を誤った。男はアリサを人質にとって目の前の恭也と対峙するべきだったのだ。まぁ、それでも最後の結果は同じになっただろうけれど。
その選択をしなかった理由は恭也が余りにも若かったからだ。考えても見るがいい。例を柔道に取るが、オリンピックで金メダルを取った熟練の選手と一見普通の学生に見える人物が戦ってどっちが勝つか、など普通は答えなど初めから決まっている。普通は。普通なら。
お前何者だ、などとはどちらも聞かない。互いに互いが敵などということは判りすぎるほど判りきっている。
恭也はアリサを守るために男とアリサの間に割って入る。
瞬間男が動いた。
獲物は右手にあるナイフのみ。だが、ナイフはどうかしてるほどの使い手の熟練した動作と疾風のような素早さを持って恭也を襲う。
恭也は襲い掛かる攻撃を全て左の刀で遮断した。だが、恭也は防戦一方で反撃をまるでしない。いや、しきれないのか――。
ナイフを奮う目の前の男は自分が圧倒的に優勢に見えて、さっき浮かべたような下品な笑いを浮かべ、それをますます大きくした。
「どうだ?俺のナイフ捌きは早すぎて付いてこれないだろう?」
ついには軽口さえ叩き始めた。その声には余裕とともに、優越感すら含まれている。
その戦闘を後ろから見ていたアリサは不意に疑問を感じた。
―――恭也は左利きだっただろうか?
アリサの疑問は即座に解決された。男のふざけた声を聞いた途端に恭也は禍々しいほどに気配を変化させたからだ。
「教えてやる―――早く動くって言うのはこういうことだ」
恭也は歌い上げるように嘲笑の声を響かせ、目にも止まらぬ速さで右手にも刀を携えると、消えた。文字通り、完全に消えた。
一瞬、男は虚脱状態に陥った。どこに消え――背後に気配。まさかと振り返る。ヤツがいた。だめだ、殺される。衝撃。吹き飛ばされる。壁に叩きつけられ更に衝撃。骨が軋んだ。しかし、致命傷ではない。動ける。
俺を殺せるチャンスだったのに何故?ヤツの刀でも充分人は殺せるはずなのに。心でそう思ったが、刺客は体が訴える痛みを無視して、すぐに立ち上がった
「おいおい、俺を殺せる千載一遇の好機を逃してどうするつもりだ?」
男は笑いながら恭也に話す。
男は思った。今のは不意打ちだったようなモノで俺はまだ負けていないのだ。この俺が不意打ちでなければこんな奴に不覚を取ったりするものか。今の好機で俺を殺さずに余裕を見せたことを死んでも後悔させてやる。
恭也はうんざりしたようにため息を吐いてまた消えた。
男は今度こそは、と目で追おうとした。だが掴めない。背後に気配。今度は殺されると思う間もなく衝撃。壁に叩きつけられる。今度は顔から。鼻の骨がぐちゃ、と嫌な音を出して潰れた。
「ぐ―――あ」
呻き声が絞り出る。息が詰まる。今度は容易に立ち上がれない。
何故だ。何故、俺を殺せるのに殺さない?判らない。理解できない。有り得ない。武器の手入れが不十分?違う。見た感じあの武器は手入れが行き届いている。しかも、目の前の男が持っている短刀が切れないナマクラであるなど有り得ない。妖しいほどの刀身の輝きが何よりも雄弁だ。人を殺す勇気がない?絶対に違う。目の前のこいつは確実に両手と両足の指を足しても余るほどの人間を殺しているはずだ。目がそう語っている。
ならば――まさか
「どうした?2回死んだぞ?」
恭也は微笑を浮かべて言った。ただし目は笑っていない。
男の背筋が凍りつく。ついでに表情も凝結と言えるほどに固まった。
「あ―――」
違う。何もかも違う。気付いてしまった。こいつは殺せないんじゃなくて殺さないだけだ。こいつは俺を殺そうと思ったら1秒もあれば殺せる――
人間としての生存本能が警鐘を鳴らす。こいつはやばい。やばい。俺では勝てない。こいつと俺ではネコとライオン程に、もしかするとそれ以上に実力差がある。死ぬ。殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺され――怖い、逃げ出したい。逃げたい逃げたい逃げたい。ああ、だめだ。逃げてもおそらく逃げ切れない。逃げれない。いやだ、殺されたくない。死にたくない。逃げてはいけない。逃げることはだめだ。逃げちゃだめだ!
瞬間、男は女の悲鳴にも似た耳障りな叫びを上げて目の前の恭也に襲い掛かった。数分前にあったはずの余裕は完全に消滅していた。ここに正体不明の男と御神恭也の戦闘は完全に終結した。それからの経過は戦闘ではなく、虐殺と呼ぶに値するものだったからだ。
「3回」
刀の峰で男を殴りつける。地面に叩き付けた。男はまだ起き上がって戦おうとする。
恭也の表情からいつの間にか作ったような微笑が消え、氷のような仮面の表情を浮かべていた。
「4回」
男の脇腹を死にかねないほどの力で蹴りつける。眉を顰めたくなる様な鈍い音が響き渡る。肋骨が数本粉砕された。男は悲鳴を上げる。カエルを潰した様な醜い声。今度は必死に逃げようとした。口から泡を吹きながら。男の顔が恐怖で歪んだ。今度は抵抗しようとしない。心が折れた。
「まったく。お前は一体何回殺したら死ぬんだ?」
恭也が男に対して心底絶望した、という響きを持たせて言った。
刀を振り上げる。もちろん殺すつもりで。
「待ちなさい恭也!」
刀を振り下ろす直前に横から声をかけられた。アリサだった。
恭也はそれに気付いて顔をしかめた。彼女を守ることを前提にやっていたものの、やりすぎた。そう思ったのだ。
当然、次に来るのはそいつを殺してはいけない、との言葉と思った。しかし――
「情報を聞き出してから殺して」
「は?」
恭也は予想もしなかった言葉に、いきなり後ろから機銃掃射を食らったぐらい驚いた。
「は?じゃないわよ。情報を聞き出さないと私を何の目的で襲ったかも判らないじゃない。私の記憶に繋がることを知ってるのかもしれないし」
「こいつを殺してはいけない、とか言わないのか?」
「こいつを殺してはいけない、とは言わない。この男は私を強姦してから殺そうとしたのよ。なんでそんな奴を生かしておかないといけないのよ。死刑よ。死刑」
「――は、ははは」恭也は笑った。本気で。心から。
「……何よ。私そんな面白いこと言った?」
「――いや、別に良いんだ。さぁ、コイツから色々情報を聞き出すか」
恭也は思った。アリサは本当に予想外の行動を取る。俺にとっては良い意味の方で。
それからの男からの聞き出し作業は順調に進んだ……とはとてもじゃないが言えなかった。
理由。
男が下っ端で重要な情報をまともに知らなかったから。嘘を付いているかどうかについては恭也の恐るべき攻撃で恐怖心を植えつけられ、恭也が近付くだけで酷く怯えた表情を見せ、言わなくてもペラペラしゃべっていたのでおそらく嘘は付いていないだろうが。(ちゃんと追求もした)
結局、得られた情報はただ1つ。男の所属する組織の名前だけ。
香港警防隊――
あとがき
えー、今度は逆に長すぎといったとこですか(汗
色々と謎が増えてきましたが、よければ引き続きご愛読をお願いします。
あとパロディが結構多いですが、それを読んでニヤリとしていただけると嬉しい限りです。
ではまた次のお話で。
香港警防隊!?
美姫 「男の正体は、香港警備隊だったのね」
こ、これは、続きが非常に気になるではないか。
美姫 「一体、どうなるのかしら」
そして、警防隊に狙われているアリサの正体とは。
美姫 「ああ〜、とても気になるわ」
次回、次回を楽しみに待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」