『いつか、その時が来たら』

           

 

俺は急いで軍用トラックを走らせていた。もう時間が無かった。最後のシャトルの射出時間は今から5時間後に迫っている。

第三都市h区画に残された十五人の一般人の収容。

それが俺に架せられた地球での最後の任務だった。

シャトルの射出時間に間に合わなければ彼らは地球に置き去りになってしまう。

お世辞にも今の地球は人間が住めるような星ではなかった。そしてこれが今回の『全人類移住計画』を軍上部が決行した最大の理由だった。

はっきりいってこの役割が回って来たのはどうしようもなくツキがなかったというしかない。

下手をしたら俺も一緒に置き去りになってしまう。だが一兵卒でしかない俺にとっては上官の命令は絶対。

拒否しても結局はやらなければならない。ならば必ず十五人全員を保護して定時に帰還しよう。そう思っていた。

 

第三都市h地区。そこは中央都市から遠く離れた辺境都市のさらにその辺境。

ここまで来るとあたりには何もない。あるものといえば岩と赤土だけだ。

遠い昔には植物があったそうだがそれも当の昔に滅んでしまい今は軍部で極秘に栽培されるのみとなった。

見るものすべてが岩と赤土。いい加減飽きてきたころに目的地が見えてきた。h地区の一般人がいる古い居住施設。

遠目から見ればただの廃屋にしか見えない。それでもそれは近づいてみれば、生活臭がするれっきとした住居だった。

軍用トラックを降り入り口に立つ。入り口の真正面にあるインターホンに向かって俺は書類を読み上げた。

「『全人類移住計画』通称E計画により、あなた方の地球脱出の当日を迎えました。今日、h地区の全住人を確保して中央都市へと向かいます。皆さん十五分以内で出立の準備をしてください。」

既に全都市のすべての区画には文書での通達がしてあるので俺の訪問が突然ということはないはずだったが、人気の無い居住施設を見ると少しだけ不安がこみ上げてきた。

今の時代区画ひとつが短い期間に全滅することなどたいして珍しいことではなかった。

だが幸いこの区画はそうあってなかったようだった。ゆっくりときしむように入り口が開いて俺を建物の中へと招きいれた。

居住施設の入り口から入ったところには何人もの人が集まっていた。このh地区の住人たちだ。

彼らのうちの半数以上が老人たちに見える。彼らの長らしい初老の男性が一歩前に進み出た。

「兵隊さん、こんな辺境に来てくださってどうもありがとうございます。」

「いえ、任務ですから。それよりも、時間がありません。事前通達があったはずですので荷造りは出来ていますね。トラックが待っています。荷物を積み込んでください。」

俺の言葉に対し初老の男性はうなずかなかった。そして、小さく、しかしはっきりと横に首を振った。

「お心遣いありがとうございます。ですが・・・私たちはここに、この地球に残るつもりです。」

「何ですって。」

彼の言葉は俺にとって意外すぎるものだった。なぜもう人が生きていくことの出来ないこの地球に残ろうとするのか。

「私たちは、もう老いています。私たちの分だけ助かる若い命もあるのではないのでしょうか。それに、この地球を離れることなど来ません。人間は地球の生き物です。地球から離れることなど出来ないのではないのでしょうか。」

彼の言葉に後ろに集まっていた人々がうなずく。

俺ははあせっていた。まさかここで地球から脱出することを否定されるとは思っていなかった。

しかし、もう時間がまったくなかった。こうしているうちにも刻一刻とシャトルの射出時間が近づいている。

「それは今この場で議論することではないでしょう。今はシャトルに乗船することが先決です。」

「ですが・・・・・・。」

「いいか、俺たちは幾億もの奇跡の上に生きているんだ。その奇跡を無駄にしてはいけない。」

「・・・・奇跡とはいったい。」

初老の老人が問う。俺は猛烈な勢いでまくし立てた。

「いいか、宇宙が出来たことは奇跡だ。この地球が出来たことも。生命が生まれたことも、人類が誕生したことも。俺たちがここにいることはそんな奇跡で成っているんだ。俺たちは、奇跡の塊なんだ。」

「・・・・・。」

「今あんたたちがここに残るということは、その奇跡を無駄にすることになる。頼む。出立の準備をしてくれ。」

初老の男性は驚いたように俺を見つめていた。

「・・・すみません。口調が乱れました。ですが、これが私の本心です。私は、いや俺はあなたたちに生きて欲しい。」

「・・・・・・分かりました。こうなったのも運命なのかもしれません。すぐに全員に準備をさせましょう。」

彼はそういうと後ろの人々を動かした。誰一人として反対する者はなかった。

十分がたった。居住施設の前には準備を整えた住人が集まっている。

俺は彼らの人数を数える。

「いち、に、さん・・・・・じゅうよん・・・・・。」

そこで俺は数える手を止めた。たしかこのh地区には十五人の一般人がいるはずだった。だが今数えた限りではこの場に十四人しかいない。

「失礼ですが・・・ここには十五人の人がいるのではないでしょうか。今数えた限りでは十四人しか姿が見えないのですが後一人はどこにいるのでしょうか・・・・。」

初老の男は困ったようにいった。

「それは・・・・・私の娘です。」

「彼女はいったいどこにいるのですか。」

「はい。一番奥の娘の自室におりますが・・・・」

「分かりました。荷物をトラックに積み込んでおいてください。その人を連れてきます。」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ありがとうございます、どうかよろしくお願いいたします。」

深々と頭を下げる初老の男性の脇をすり抜けて俺は居住施設の奥へと入っていた。

居住施設の奥は薄暗く埃っぽい。古さのせいで空調装置がしっかりと稼動していないことがよくわかる。

だが床や壁にはにはついさっきまで人が生活していたという痕跡がしっかりと残っていた。

居住施設はそうたいして広くない建物だったので俺は一分もしないうちに一番奥にたどり着いた。その部屋は他の部屋と比べて何も変わったところはない。

俺はノックをした。

返事は無い。もう一度かノックをしてみるがやはり返事は無い。俺は、ドアのノブに手をかける。

鍵はかかっておらず、微かにきしんだ音を立ててドアはあっけなく開いた。部屋には誰もいなかった。

ドアの向こうにはついさっきまで人がいた形跡はあったものの空だった。

部屋におかしいところは無かった。確かに初老の男性が言った部屋に間違いは無いはずだった。

だが肝心の部屋の主がいない。彼の娘は何処へ行ったのだろう。もう一度部屋の中を見渡した。奥の窓でふわりと何かが揺れた気がした。

「そこに誰かいるのですか。いたら出てきてください。」

返事は無い。部屋の奥には窓があってそのカーテンが揺れていた。

「窓が開いているのか・・・・・。」

俺はそこまで寄ってカーテンを開け放った。

さっと今まで遮られていた陽光が差し込んだ。そしてそれに照らされていた風景に俺は言葉を失った。

緑があった。そしてその上に一人の少女がいた。十七歳から十八歳くらいの少女。

「・・・・・・・・・・・。」

彼女は緑の上に寝そべって、それに向き合っていた。

少女の前には一輪の赤い花が咲いていた。

「・・・・・・こ、これは。」

やっとのことで絞り出した声がそれだった。

「きゃっ!」

その声に少女が驚いたような悲鳴を上げて飛び起きた。

「誰ですかっ、あなた。」

彼女は目に見えて怯えている。俺は何とかして少女の警戒を解こうとした。

「俺は怪しいものではない。軍のものだ。」

「軍の・・・・・兵隊さん、ですか。」

「ああ、『全人類移住計画』は知っているな。」

「・・・・・はい。兵隊さんは私たちを迎えに来たのですか?」

「そうだ。今日を持ってこのh地区のすべての住人は移動する。支度をしてくれないか?」

少女はやっと警戒を解いたようだった。強張っていた肩の力が抜けて顔に安らぎが戻った。

「父は、父はどうしたのですか、私の説得を聞かずどうしてもここに残ると言い張っていたのですが・・・。」

「お父さんは俺が説得した。みんな準備を整え始めている。君も早く準備をしなさい。」

少女はそれを聞くと顔を綻ばせた。

「ありがとうございます。それでは、父はともに来てくれるのですね。私の準備は出来ています。ですが・・・・少々待って下さいませんか。」

「・・・・・少しなら良いがどうしたんだ?」

少女は足元を見やった。

「この子達にお別れをしたいのです。」

それはこんなところで見るはずのない、だが間違いなくそれと分かるものだった。

そして今この場にあっていいはずの無いものでなかった。

「・・・・・・・・これが植物じゃないか。はるか昔に滅びたと皆思ってるはず。」

少女はそれを見る瞳をすっと細めた。

「はい、これはかつて地上に無数にあった、そして遥か昔に滅びた植物たちです。」

「なぜそれがここにあるんだ。今植物は軍部で極秘に栽培されているのみのはずなんだが。」

地面に跪きそれらの植物を触り、そして呆然としている俺に少女はあっけなく答えた。

「ここから西に少し行った所にある旧遺跡の地下数百メートルの井戸の底にあった種子を拾ってきて私がここまで育てました。」

思わず地面に生えている草をちぎってしまった。その感触はみずみずしく、間違いなく本物だった。

「お父さんたちはこのことを知っているのか。」

「はい、そしてこれがあるから父は地球を離れたくなかったのです。」

「どういうことだ、いったい。」

「地球は植物を生やしてくれます。動物たちを営ませてくれます。父は、そして私は思っているのです。私たちが移住しないですむ方法はもはや残されていないのでしょうか。」

少女は必死で訴えている。だが俺は静かに首を振った。

「確かに地球はまだ生きている。だが俺たち人間はどうだ。」

「・・・・・人間。」

「ここまで地球を喰らい尽くし、いくつもの物を滅ぼした。そして自ら滅びようとしている。今この星に人間が残るのは地球にとってよくない。」

「・・・・それは・・・・・。」

「地球のために人間は去るんだよ。」

「ですが・・・・・それでは私たち人間が哀れです。自らの過ちとはいえ・・・・。」

「君は俺たちが二度と戻ってこれないと思っているつもりだろうが、それは違うんだ。」

「そうなのですか、それではあの『計画』とは本当はいったい?」

「本当なら極秘なんだが君には教えて良いと思う。『計画』というのは地球の再生計画だ。」

「再生計画とは何をするのですか。」

「地球の自律再生機構、つまり自然が勝手に自然を戻すことを長い月日をかけ行うんだ。そして環境を破壊する人間を一旦地球から遠ざけ、再生が成ったそのときに地球に戻す。そういうものだ。」

「・・・・・・・・私たちは、人間はいつか戻ってこれるんですか。」

「そうだな、何年も、千年いや万年単位で時が流れ、地球が元に戻り人間が少し知恵をつけてともに暮らせるようになったとき、俺たちはここに戻ってくる。」

少女は膝を突いた。少女の前には赤い花が咲いている。少女のその目には涙が光っていた。

「・・・・・・そうですか、いつか、帰ってくる日が来るのですね。」

「みんな、その日までのお別れです。いつか、私の孫の、そのまた孫の、私の子孫がここに帰ってくるまで。」

少女は花に語りかける。

俺はその後ろで立ち尽くしていた。

声をかけれなかった。

少女を急かすことも出来なかった。

あまりにも、それはあまりにも神聖だった。

どれほどのときが流れたか、少女が立ち上がった。

「いきましょう。父たちが待っているはずです。」

「・・・・・・・そうだな、いこう。」

俺と少女はその場を後にした。

 

少しの時間がたった。

はるか彼方、無数の光点が空へと舞い上がっていく。

白い軌跡を描くそれらは美しくそして儚い。

そこから地上はどんな風に映っているのだろうか。

そしてそれが戻ってくるとき地上はどうなっているのか。

 

地上では穏やかな風に青い草花が揺られていた。

いつまでも。いつまでも。

(了)

 

 

 


あとがき

 

遅れましたが三作目。

今回はバッドじゃありません。

ええ、バッドじゃなんかありませんとも!!

 

 




今回はバッドではないです、はい。
美姫 「そうなの?」
うん。だって、誰も死んでないもん。
美姫 「いや、それだけ?」
おう!
美姫 「はぁ〜〜〜〜」
どうしたんだ、盛大なため息なんて吐いて。
美姫 「べっつに〜。単に呆れてただけよ」
むっ。中々に失礼じゃないか。
美姫 「はいはい。それじゃあ、またっね〜」
うわぁ、またまた無視かよ!



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