*この話はとらハ3本編の半年から1年程度前を想定しています
「はあ、遅くなっちゃった」
深夜、零時を過ぎた市街地の外れを退魔士、神咲那美が走っていた。彼女は浄霊、霊を強制的に払うのではなく、未練を取り除いたり説得したりすることで霊を安らかな眠りにつかせることに成功し、近くで待機している警官の所に戻るところであった。
しかしそこでふと気づく。周りの景色に見覚えがないことを。
「あれ? 行きの時、こんな場所通ったかな?」
「くぅーん」
立ち止まって、周囲を見渡す那美。改めて見ても景色に見覚えはない。彼女の足元の狐、久遠が不安気に鳴く。これは未知の現象……ではない。ようするにただ暗かったから、そして普段立ち入らない場所だったから道を間違えてしまっただけだった。
「い、いけない。とっ、とりあえず、元の所まで……」
慌てて元来た道を戻ろうとし、何か聞こえた気がして立ち止まる。そして気のせいかどうかを確かめるため、耳をすませ、今度ははっきりとした声、いや、悲鳴を彼女の耳は捕らえた。
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
「…いくら叫んでも誰も来ねえよ…」
それは少女の悲鳴、そして数人の男達の声だった。何が起こっているのかは考えるまでもない。女性にとって最悪の悲劇の一つ、それが今まさに起きようとしている。
「こ、これって」
彼女は顔を真っ青にして考える。このまま放って置くことは彼女にはできなかった。しかし、その一方で、冷静な部分が“自分一人助けに入った所でどうにもできない”ということを告げる。
「あっ、そうだ」
そこで彼女は警官のことを思い出す。急いで戻って彼らを連れてくれば間に合うかもしれない。そう思って、走り出そうとしたその時、再び少女の悲鳴が響き渡った。
「いやだぁぁぁ!!!!」
その声が彼女の足を止めた。そして、彼女は意を決したかのように振り返り、除霊、浄霊ではなく、理性を失った霊を強制的に祓うための霊剣、雪月を握りしめる。霊剣は切ろうと思えば人も切れる刃物だ。もしかしたら、これを見せればもしかして相手も逃げてくれるかもしれない、そう考えて、彼女は悲鳴の聞こえた場所へと向かった。声が聞こえてきたのは廃ビルの中から。そこへ彼女は足を踏み入れた。
「!!」
そしてそこで彼女は見た。服を脱がされたまだ、子供と言っていい少女と、それを取り囲む男達の姿を。その光景に彼女は思わず、足がすくみそうになり、しかしそれを懸命に堪え叫んだ。
「や、やめなさい!!」
その声に少女の方に気を取られ、那美の接近に気づいていなかった男達が振り返る。そして雪月を構えた那美の姿を見て、驚いた表情を浮かべ……笑った。
「ははは、なんだい、あんた、そんなものを構えて。しかもそんな恰好してさ」
「ひょー、巫女さんだぜ」
刃物を持っているとはいえ、足を震わせ脅えた様子を隠せないでいた那美に男達は何の威圧も感じていなかった。それどころか、震えながらも気丈に立ち振る舞おうとする様子は男達の嗜虐心を煽り、仕事のために来ていた巫女服も男たちの劣情を催す一要素になってしまっている。
そして男の一人が警戒する様子もなく、那美に近づこうとした。
「ち、近寄らないで!!」
「ほら、そんな危ないもの持たないでさ!!」
それに対し、悲鳴に近い制止をかける那美。しかし、男は止まらず逆に一気にとびかかり、そのまま彼女の両腕を抑え押し倒す。日頃から卑劣な犯罪を繰り返していた男達は那美の予想以上に喧嘩慣れしていた。
「い、いやっ!!」
両手を強くつかまれ、雪月を落とした状態で組み敷かれた那美は悲鳴を上げる。しかし、男の腕はびくともせず、ただ彼女の姿が男に更なる興奮を与えるだけだった。
「へへ、ラッキーだな。おい、俺はこっちを頂くぜ」
「おう、じゃあ、俺達はこっちを楽しませていただくかな。たまにはガキも面白いしな」
那美を組み敷いた男は仲間に語りかけるとそのまま那美の巫女服に手をかける。
「や、やめて!!!」
「へへ、あんたが悪いんだぜ。のこのここんなところまで来るからな」
そしてそのまま、服を思いっきりひっぺがえそうとして、そこで男は小さな悲鳴を上げた。
「いてっ!!」
男が痛みのもと、足元を見るとそこに一匹の狐、久遠が居た。そして久遠は小さな体で全力で男の足にかみついている。
「くそっ、このやろ!!」
「久遠!!」
男は振り払うように久遠を思いっきり蹴り飛ばす。そのまま勢いよく壁に叩きつけられる。ぐったりとなり、動かなくなる久遠。それを見て叫ぶ那美。男はそれに対し、凶悪な笑みを浮かべる。
「あんたのペットか。じゃあ、ペットの不始末は飼い主にたっぷりはらってもらわなけりゃな」
「いっ、いや!!」
こんどこそ巫女服を引きはがす男。下着が露わになり、男はそれをむしり取ろうとする。それに必至に抵抗する那美。その声に久遠は薄く目をあげる。そして彼女が見たのは那美が暴行されようとする姿。その姿は彼女の頭の中に過去の光景をフラッシュバックさせた。
「や……た……」
呟くのは理不尽によって奪われた恋人。愛した人間。苦痛に、そして絶望に歪む那美の顔はその恋人を、人間によって惨殺された人間を、弥太の最後の姿を、その記憶を呼び覚ます。
「弥……太…!!那…美…!!」
那美と弥太、二人の姿が彼女の中で重なる。
その瞬間、彼女の心の中を憎しみが覆い尽くした。自分の大切な存在を奪った存在、奪おうとしている存在、それらに対する憎しみが膨れ上がってゆく。
「奪うもの……みんな…ころ………す!!」
その憎しみが彼女の力を解放し、かけられた封印を打ち破る。本来は後、1年以上持つ筈の、祟り狐、日本史上最強クラスの大妖、五つの尾を持つ大妖怪、久遠にかけられた封印を。その強大な力に大地が震えた。
「な、何だ!!?」
それまで那美と少女を嬲ることに夢中になっていた男達もその事態に流石に異常に気づき、そして彼らは見た。雷を全身にまとった狐耳の女の姿を。それが何であったかは彼等にはわからなかっただろう。しかし、本能が伝えた。それが、決してコスプレやトリックなどではない、危険の塊であることを。そしてそれに対し、彼等は最悪の選択をしてしまう。久遠を危険のもとを排除しようという行動を。
「な、なんだよ、おま……」
「ころす!!」
武器をもって久遠を取り囲もうとした男達は最後まで口を開くことすらできなかった。封印を解いた久遠の生み出した雷は那美と少女を除く全員を一瞬にして包み、全身に大火傷を負い、その場に倒れる。そしてその光景を見た少女は連続したショックに気を失った。
あとに残る意識をもったのは久遠と那美のみ。
「ころす……殺す!!!」
そして久遠は、爪を伸ばし男達にとどめを刺そうと近づいていく。
「だめ……久遠、だめ…」
その姿を見て那美はよろよろと立ちあがった。例え、犯罪者とはいえ、下種な相手とはいえ、人間を殺してしまえば久遠は今度こそ始末される。だから那美は久遠を止めようとする。しかし、既に彼女の声は届かなかった。
「殺す、殺す」
那美の言葉に一切の耳をかさず、久遠は男達に近づいて行く。彼女の心を占めるのはただ憎しみのみで、それ以外の全てが失われていた。そして男の命を奪うために彼女は爪を振り上げる。
「駄目!!!」
那美はそれを久遠に抱きつくことで、文字通り体当たりしてとめた。しかし、それは自殺行為である。全身に雷をまとわりつかせる久遠に振れればどうなるかは言うまでも無い
「きゃああああああああああ!!」
那美が黒こげにならなかったのは、彼女が自信の霊力で守られていたから、そして無理やり封印を解いたことによって久遠がそのほとんどの力を消耗していたからだった。しかし、それは彼女が傷つかなかったということではない。雷は那美の腕を、肌を焼きつくしていく。それは常人なら、いや、訓練したプロであっても耐えられないような拷問にも匹敵する痛み。だが、それでも彼女は久遠を離さなかった。
「駄目……久遠」
もはや息も絶え絶えでそれでも久遠の名を呼ぶ那美。その必死の言葉が、いや言葉だけではなく、彼女の心全てが霊力を通して久遠に届く。暴走した久遠に両親を殺され、それでも久遠を許し、そして今、どれだけ久遠を大切に思っているかその心の全てが久遠に伝わっていく。
それに呼応して久遠の瞳に理性の光が戻っていく。
「な・・・み・・・」
「久遠……駄目……だから……」
「な……み!!!!」
完全に力尽きた那美の体がその場に崩れおちる。そしてその瞬間、久遠は完全に理性を取り戻す。それによって久遠の体から放出される闇。それは祟り、久遠の心の闇が生み出してしまった憎悪の塊。それが久遠と分離する。そして分離した闇は那美と久遠を襲った。
「駄目!! やらせない!!」
しかしその闇は二人を傷つけることなく久遠の雷によって完全に焼き尽くされる。乗り越えられた憎しみがそれを乗り越えた二人を傷つけられる筈もなかった。
「那美!! 那美!!」
祟りは完全に消えた。しかしそれで那美の傷が治る訳ではなかった。久遠は必至に彼女に呼びかけ、その傷をなめ続けるのだった。
アリサ救済というタイトルにあるように、アリサが助かったようだけれど。
美姫 「助けたのは那美」
いやー、これからどうなっていくのかな。
美姫 「那美が助けたのなら、アリサはさざなみに行く事になるのかしら」
どうなるんだろうか。ちょっと楽しみ。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。