はじめに

本編再構成物です。

ですが、すでにレンと晶のルートは通っています。

美由希ルートの「お前は俺の〜」発言もすでにしてあります。

時間軸は本編開始と同時期です。

恭也は誰とも付き合っていません。

上記の設定が嫌な方は戻ってください。

これを見て気分を害されても一切責任持てません。

 

 

 


とらいあんぐるハート3 〜神の影〜

第15章 「夜の一族」


 

 

 

 

 

「・・・・・・?」

それは連絡があったわけでも、悲鳴が聞こえたというわけでもなかった。

夕食の準備をしていたノエルは、なにかを感じて門があるほうへと振り向いた。

(・・・お嬢様・・・・・・?)

そして、段々とそのなにかが強くなっていく。

気がついたとき、ノエルは調理を中止して、門の方へと走り出していた。

なにかが不安と強迫観念に近いものだと理解すると、ノエルは逸る気持ちをスピードに変えて走る。

門が見えて、ノエルがそこに二人の人影を確認すると同時に、

「っ!?」

忍の左腕が頼りない放物線を描いて数メートル離れた地面に落ちる。

瞬間、ノエルは頭にカッと熱いものが上ったような感触を覚える。

そのくせ思考はなぜか凍えるくらいに冷静であり、ノエルを困惑させたがその困惑もすぐに蚊帳の外に置かれる。

今、ノエルの頭にあるのは、如何にして自分の主人を傷つけた男をぶっ飛ばすか、この一点のみである。

腕を押さえて動けない忍へ近づいていく男に、ノエルは即座に自分の主人が設計、搭載した武器の標準をあわせる。

(距離10.5・・・風向き計算)

そして、

「ファイエル!」

「っ!?」

ノエルの拳が飛び、男の肩を粉砕して吹き飛ばし、門に叩きつけられる。

「・・・・・・な・・・なにっ!?」

激痛を堪えながら男が顔を上げると、ふわりと音もなく、忍と男の間にノエルが降り立つ。

「き・・・貴様か!」

「・・・・・・・・・」

悪態を吐く男をノエルは無表情のままじっと見やる。

無表情だが男にはノエルの感情がはっきりと読み取れた。

それは、明らかな怒り。

「く・・・くそっ!!」

その怒りに気圧されて、男がノエルを叩き斬ろうと跳びかかる。

特殊鋼で作られたナイフは、忍の腕を斬り落とした通り切れ味が良い。

「なっ!?」

だが、ノエルはあろうことか手の甲でナイフを受け止めた。

皮膚に多少食い込んでいるが、それ以上は決して斬り進めない。

無表情のまま相手を見ていたノエルだが、怒りが段々と殺意に変わっていく。

空いている手でカキ、と音がして拳が男に向けられる。

「カートリッジ、ダブルロード」

瞬間、死の恐怖を感じた男は、身を翻してノエルから離れようと跳ぶ。

「ファイエル!」

逃げようとしたため直撃はしなかったが、ノエルの拳は男の脇を掠めて門柱に激突、粉々に破壊する。

男は腋を掠めたられただけで錐揉みをして、道路に叩きつけられてバウンドする。

「ひっ・・・」

起き上がると小さな悲鳴を残して、一目散に逃げていった。

「・・・・・・・・・」

男を追うか少し迷ったノエルだが、忍の状態を思い出してすぐさま駆け寄る。

「・・・・・・ぅ・・・ぁ・・・・・・」

「忍お嬢様!」

抱き起こしながら強く呼びかけるが返事はない。

的確に止血処理を施すと、ノエルは斬り落とされた腕を回収して、抱き上げた忍に負担がかからないよう急ぎ足で屋敷に戻っていった。

 

 

 

「・・・む?」

夕食後、リビングで寛いでいた恭也は、ふと立ち上がると電話の方へと歩いてく。

そして恭也が受話器に手を掛けると、

ジリリリリリ、ジリリリリリ

「はい、高町です」

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・なあ、おさる」

「なんだ、かめ」

「最近、師匠がどんどん人から離れていくような気がするんは、気のせいか?」

「安心しろ、かめ。 きっとみんなそう思ってるから」

「あ、あはは・・・・・・」

晶の言葉に近くにいたアリサは頷き、なのはは乾いた笑いを浮かべるだけだった。

 

「・・・もしもし?」

失礼な妹分にどう制裁を加えようと考えている恭也だが、電話の相手の反応がないので、その考えを一時保留する。

《・・・・・・高町恭也様ですか?》

「・・・・・・ノエルさん?」

相手は月村さんちのメイドさんだった。

(そういえば、そろそろ定時連絡の時間か)

腰につけているクリップ時計を見やると、忍がもうすぐ連絡をよこす時間だ。

しかし何故忍ではなく、ノエルが電話を掛けてきたのか。

「・・・・・・・・・何かあったんですか?」

《・・・勝手を承知で申し上げます。 今すぐこちらに来ていただけないでしょうか》

落ち着いた声でそう言ってくるノエルだが、切羽詰った感があるのは隠せず、恭也はそれに気付く。

冷静沈着を体現したようなノエルがこんな声を出すとなれば、大きな問題が発生したことに間違いはないだろう。

「すぐ行きます」

それを理解すると恭也は躊躇うことなく承諾の返事を返す。

《ありがとうございます・・・お宅にハイヤーを手配しましたので、ほどなくそちらに着くと思います》

「わかりました」

聞きたいことがいろいろあるが、そんなものは後でいいだろう。

電話を切ると、

「これから月村の家に行ってくる」

恭也は自分の部屋に戻って最低限の武装を身につけ、リビングにいる家族にそう声を掛ける。

「え・・・今から?」

「ああ」

その恭也の様子に何かがあったのだと悟ると、美由希たちは顔を見合わせた。

「行ってくる」

「あ、はい」

ジリリリリリ、ジリリリリリ

急ぎ足で玄関に向かう恭也が電話に近づいたときに、また電話が鳴る。

そのまま通り過ぎようとした恭也だが、ハイヤーが来たら家族の誰かに代わればいいと思い電話を取る。

「はい、高町です」

《恭也さん? 桜花ですけど・・・》

「・・・申し訳ないですけど今は」

電話の相手は桜花で、流石に今は相手にできないと代わるなり電話を切るなりのことを言おうとするが、

《忍さんに何かありました?》

「っ!?」

桜花のこの言葉で言葉を切らざるをえなかった。

《やっぱりですか・・・》

玲さんが携帯代をケチるから、と小声で聞こえてきたのをとりあえずスルーする恭也。

そのことは後でもいいのだから。

《夕方から忍さんの家の付近に怪しげな人がいると、他の仕事中だった玲さんが伝えてくれました。 私は既に向かっていますけど・・・》

「さっきノエルさんから連絡があった。 あの声の様子からすると何かあったらしい・・・・・・手を貸してほしい、と」

《・・・そうですか》

そこで桜花の返答が途切れる。

少し間が空き、

《―――まだ手札を切るべきではないと判断しますので、私は忍さんの家には向かいません。 ただ、不審人物は私と『不知火』で処理します。いいですか?》

「了解」

桜花の言いたいことを理解した恭也は、その答えを返すと電話を切る。

「・・・・・・・・・後手に回ったか・・・・・・」

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・・・・」

ナイフを持った手で砕かれた肩を抑えながら、男は闇夜を駆ける。

追われていないのは分かっているが、一度感じた死の恐怖から逃れるために男の足は止まらない。

安全と確信できるところまで辿り着くまでは。

追い詰められた精神は周りへの警戒を忘れて、

「こんばんわ」

一人の女性の接近にも気付かなかった。

「っ!?」

前方からかかった声に男は慌ててナイフを構えて戦闘態勢を取る。

声から女性と分かったものの、月が雲に隠れて且つ、女性は顔を伏せているので、はっきりと容貌を確認することはできない。

だが、男にはそんなことはどうでもよかった。

(なんでだ!? たかが女一人に、ここまで危機感を感じる!?)

先ほどのメイド以上に危険だと、男の本能が訴えて男の行動を阻害するのだ。

相手は武器を持っているわけでもなく、ただ立っているだけである。

やがて雲が移動して、月の光が二人の周りを照らし始めると、女性は顔を上げた。

男は女性の整った容貌に一瞬見惚れるが、笑顔を浮かべている女性の目が笑ってないことに気付き、我に返る。

女性の視線は男の持っているナイフに注がれていた。

「何もしてないのなら見逃したのですが、血のついたナイフ・・・それに他に不審者の気配は感じ取れません。 よってあなたを月村邸襲撃者と断定します」

「なっ!?」

唐突に女性の姿が消える。

女性を完全に見失って、男が探そうと周りを見回そうとするが、

「おやすみなさい」

その言葉と共に目の端に捉えた紅い閃光を最後に男の意識は闇に沈んだ。

 

「瑛ちゃん、おかわり♪」

「・・・・・・はぁ」

にこにこと丼を差し出す玲に、嘆息しつつも受け取ってご飯をよそう瑛。

今日は桜花がいないのですぐに帰ると思っていた瑛だが、携帯の使用料がやばいからと電話で連絡しなかった玲である。

夕食を済ませていなかったので、伝えに来たついでとばかりにご飯を要求してきた。

それを聞いた瑛は溜め息をつきながらも特に文句を言わずに調理を始める。

別に今回が初めてというわけではないので、もう慣れてしまったのだ。

「・・・どうぞ」

「ありがと♪」

にこにこと笑顔で丼を受け取ると、目の前にある瑛の呆れ顔を意図的に無視して、ご飯を口に運ぶ。

ちなみにおかずは、白味噌の味噌汁に肉じゃが、沢庵といったあまり手のかからないものである。

ピリリリリリ、ピリリリリリ

「ん?」

玲が残っていた最後の沢庵を口に入れると同時に彼女の携帯が鳴る。

ディスプレイに表示された番号は、玲が夕食をご馳走になったこの家の家主のものだった。

「もしもし?」

《後始末をお願いします》

その言葉だけで桜花の頼みを理解した玲はもう少しのんびりしたかったので

「・・・・・・めんどくさいんだけ」

《仕方ありません、今までの食費を強制徴》

「イエス、マム!」

断ろうと思ったが、それを遮るように発せられた桜花の言葉に前言を撤回する。

《せめて、夕食分くらいは働いてくださいね》

そう言うと桜花は玲に自分のいる位置を伝えて電話を切った。

「・・・・・・・・・」

携帯を懐にしまった玲は、がっくりと項垂れると御馳走様、と呟き、支度を始める。

「問答無用なんて、世の中って結構理不尽?」

「いえ、因果応報です」

支度を終え、現場に向かうだけになった玲が神影家を出て、玄関前に見送りに来た瑛に哀愁漂った表情で問いかけるが、澄ました顔でばっさりと斬り捨てる瑛。

「うわあああああん!! 浪費癖の馬鹿―!!!!」

自覚あるなら自重しろよ、と突っ込みをいれたくなる台詞を残して玲は走り去っていった。

「・・・さて、片付けをしますか」

その玲を呆れるでもなく、何時も通りの無表情で見送った瑛は、普段と変わらない様子で家の中に戻っていった。

高町家に負けず劣らず、神影家の日常は一般家庭とずれていた。

 

 

 

ハイヤーから降りた恭也は、月村邸の前に立った。

夜ということもあって、黒々と聳え立つ洋館は今の心境も相俟って、どこか不吉な感じを拭えない。

(・・・!? これは・・・血の匂い!?)

門の前には嗅ぎ慣れた―――しかし慣れたくなどない血の匂いが漂っていた。

しかも匂いの濃さから、その量は少なくないと推察できる。

ほどなく、月明かりの下で黒い水溜り―――血だまりの跡を発見できた。

(月村は大丈夫なのか!?・・・・・・いや、ノエルさんが連絡してきたということは、少なくとも致命傷を受けたわけではないはず)

そう、致命傷を受けていたのなら、恭也に助けを求めてくることもないだろう。

それでも血だまりの量からして、軽い怪我でもないはずだ。

恭也は逸る気持ちを押さえ込んで門にあるチャイムを鳴らす。

《お待ちしていました、高町様。 ドアを開けますので、どうぞお入りください》

「わかりました」

すぐにきた返事から許可を得た恭也は、門を開けて中に入り、ドア目掛けて駆け寄る。

ドアを開けるとそこにノエルが立っており、無言でついてくるよう促す。

「ノエルさん、月村は?」

「・・・とりあえず、二階へ」

相変わらずノエルに表情はなかったが、恭也には焦燥が見て取れた。

やや急ぎ足で階段を昇って、ノエルが少しずつ恭也に現状を話し始めた。

「先ほど、忍お嬢様が何者かに襲われ、怪我をしました」

「・・・・・・じゃあ、あの血だまりは・・・」

「・・・・・・・・・今夜はかかりつけのお医者様がおらず、このままでは危険なのです」

「・・・・・・そんな・・・」

そうこうしているうちに二人は忍の部屋に着く。

「っ!?」

部屋に入った恭也は、蒼い顔の忍と隣にある氷で冷やされた左腕を見て絶句する。

「このとおりの状況です」

「これは・・・・・・早く病院に連れて行かないと! このままじゃ、繋がっても後遺症が!! かかりつけの医者にこだわっている場合じゃ」

「いえ、普通のお医者様では・・・駄目なのです」

冷静さを失ってはいないものの声を荒げる恭也に、ノエルは首を横に振る。

「・・・それは、どういう」

「・・・・・・・・・時間がありません。 高町様、ご協力をお願いします。 私には若干ですが、医術の心得があります。 あとは・・・血があれば、お嬢様を救えるのです」

「・・・・・・・・・」

「血液が絶対的に不足しているのです。 高町様、血を分けてくださいませんか?」

成程、と恭也は納得した。

忍には普通の医者にかかれない事情があり、病院に連れて行くことができない。

そしてこれほどの怪我も、血があればノエルが何とかすることができる。

その血を急ぎで手に入れるには、それなりに忍と親しい自分ならその他の事情に影響が少ないのだろう。

桜花が何かを知っているのかもしれないが、話してくれないということは、話す必要がないか本人から聞けということになる。

「・・・血液型の問題は?」

「いえ、血があれば問題ありません」

その辺も特殊な事情に関係があるのだろう。

元より、余程(助けるのに非人道的なことをしなければならないとか)の理由がなければ、恭也に友人を助けることに唱える異議はない。

「分かりました。 俺の血でいいのなら、いくらでも」

「ありがとうございます。 時間がないので、すぐにでも採血に入りたいと思いますがよろしいですか?」

「はい」

 

数十分後、ノエルは別室で採った恭也の血を持って忍のベッドの脇に座った。

相変わらず、忍の意識は戻っていない。

ただ時折、小さな声で意味不明の呟きを漏らしているだけだ。

ノエルは血の入った器から、少量の血を口に含んで、忍に口移しで与えようと顔を近づけた。

それまで意味不明の呟きだったものが不意に単語に変わる。

「・・・・・・たかまちくん・・・・・・・・・のえる」

「・・・・・・・・・」

夢現の狭間で、忍は二人の名前を呼んでいた。

それを聞いた一瞬だけノエルは動きを止め、目を細めた。

だがそれは本当に一瞬であり、すぐにノエルは躊躇いなく忍の唇に自分の唇を押し付けて血を嚥下させた。

「・・・・・・ん・・・」

こくん、と忍の喉が動いて血を飲み込む。

「忍お嬢様・・・・・・忍お嬢様」

ノエルは口を離し、ハンカチで口を拭って忍を呼ぶ。

「・・・・・・あ・・・」

その呼びかけに応えるかのように忍は意識を取り戻し、目を開けた。

少し虚ろな目でノエルを見上げると唇に血の感触を感じて、指を唇に持っていく。

「・・・・・・血・・・・・・これ・・・」

「高町様に協力を仰ぎました」

「なっ!?」

ノエルの答えに忍は大き目を見開いた。

同時に様々な感情が忍の中を渦巻く。

「なんてこと・・・・・・」

「・・・申し訳ありません。 他に、手がなかったのです」

「・・・・・・・・・」

「忍お嬢様の生命維持に必要と思われる分だけを、いただきました。 増血剤も投与してあります」

「・・・わかった。 ありがとう、ノエル」

「いえ・・・」

納得できたわけではないが、ノエルが自分を助けようとして行った行動であるので、忍はそれ以上言わなかった。

ノエルは恭也の血の入った器を、忍に差し出した。

血の量は少なくとも1リットルはあるだろう。

意を決して、忍はそれに口をつけた。

「・・・んっ・・・・・・」

その血は今まで飲んできた血の何倍も甘美であった。

健康な若い血であることもあるが、一番の理由はその血が『高町恭也』のものであるということだろう。

失われていた力が一気に戻ってくるのを感じて、忍はその血を飲み干した。

口元から垂れた血をノエルが拭い、忍は器を置いて、左腕の包帯を取って捨てる。

グロテスクな傷口に思わず吐き気がこみ上げるが、どうにかそれを堪える。

今吐いてしまったら、恭也の協力が台無しになるのだ。

傍らの左手を取って傷口にあてがい・・・

「っ・・・!」

意識を集中する。

それと共に忍の瞳が紅く染まって

シュウウウウウウウウウウ・・・・・・!!

あてがった部分から煙が激しく吹き上がった。

 

 

 

「・・・・・・くっ・・・」

近くに人の気配を感じて、恭也は目を覚ました。

頭どころか、身体全体が重い。

薄っすらと目を開けて人の気配のするほうに視線を向けると、ベッドサイドにノエルが座って、恭也を見下ろしていた。

やはり表情はないが、恭也には優しい雰囲気でこちらを見ているように感じられた。

「・・・・・・ノエルさん」

「高町様・・・ありがとうございます」

「・・・月村は?」

「大丈夫です。 高町様のおかげで上手くいきました」

「・・・・・・そうですか」

それを聞いた恭也は安堵する。

あれほどの怪我をどうやって治したのかは気になるが、恭也にとって非人道的なことでもしない限り過程はそれほど重要ではない。

起き上がろうとする恭也だが、血が足りないせいでくらりと倒れそうになる。

「う・・・・・・」

「まだ元通りには動けませんよ・・・お薬を投与いたしましたので、しばらくすればもどりますが・・・」

無理しても仕方ないので、恭也はゆっくりと慎重に身体を起こす。

そのとき、部屋のドアが開き、

「・・・ノエル―、高町くんはどう・・・・・・って」

「つ、月村・・・?」

忍が姿を見せた。

これには恭也も驚きを隠せない。

まるで怪我なんてしてないかのように、普通に起きて、動いているのだ。

慌てて恭也は時計を探して時間を確認するがまだ数時間しかたっていない。

「月村・・・・・・なんで、起きて」

「高町くん!」

てってってっ、と軽い足音とともに、忍は小走りで恭也に近づいてきた。

「ありがと、高町くん・・・・・・助かったよ―」

「・・・・・・腕は?」

「大丈夫・・・・・・ちゃんと、繋がってるよ」

恭也の懸念にも忍は軽くひょい、と左手を上げて、ぐっぱぐっぱと握ったり開いたりしてみせる。

(・・・・・・・・・繋がっただけならまだしも・・・・・・たったこれだけの時間でほぼ全快している・・・!?)

いくらノエルの医術が優れていようと、腕をくっつけてすぐに元通りに動かすなど不可能だ。

つまり医術以外の要因が影響したに他ならない。

普段の雰囲気で忘れがちだが、恭也の身近には、非常識な回復力を持った術を行使する人がいる。

だが、医者が匙を投げたほどの怪我を回復させるレベルの術の使用者が早々いるとは思えない。

そもそも彼女がその術を行使できるのは、生まれ持った特異体質のなせる業であり、代償もそれなりにある。

しかし見た感じ、ノエルにはたいした消耗は見られない。

それによくよく見るとノエルは、どこか普通の人と違う感じを受ける。

感情とか雰囲気の問題ではなく、根本的に存在からして自分達と違うのではないのか・・・・・・

そこまで考えて、恭也はその疑問を放棄する。

今の問題はそれではないし、たとえノエルが人と違っても、すでに彼女は友人だ。

桜花も何も言ってこないので、その辺りの心配はない。

ノエルが何かをしたのでなければ、忍のほうに何かがあると考えるのが真実に近いだろう。

鈍っている頭で恭也は、該当しそうなものを検索していく。

自分が必要と言われてやってきて、提供したのは『血』だけ。

キーワードは『血』。

つまり忍は、血を使えば腕が切り離されたくらいの怪我を、短時間で前回に近い状態にもっていけるということになる。

『人』ではそんなことは不可能だ。

そう考えると忍は、年に一度は尋ねてくる『彼女』と同じく・・・・・・

「・・・そうか・・・・・・よかった」

心底安堵しきったその言葉とともに、再び恭也は思考を放棄する。

忍が自分や桜花等、親しい人間以外に遠慮しているように見えるのは、その辺の事情が関係しているのかもしれない。

だが、それは口にすべきことではないし、しゃべることでもない。

彼女が自分達を真に信頼してくれたら、話してくれるだろう。

その時まで待てばいい。

「・・・・・・・・・聞かないんだね・・・」

「・・・・・・何をだ?」

「・・・私のこと・・・・・・」

忍はここに来るまでにかなりの葛藤に苛まれた。

常識外の速度で治った腕。

そんなものを目の当たりにすれば、大抵の人間は怯えるなり忌避するなり、何らかの負の変化があるだろう。

高町くんなら大丈夫!・・・と何度も言い聞かせてきたものの、不安はあまり晴れなかった。

恐怖や畏怖の混じった視線で見られたら・・・恭也に惹かれている忍には耐えれるものではない。

そんな考えが歩みを遅くし、通常より数分遅れて恭也の眠っている部屋に辿り着いた。

でもそんな様子は見せまいと自分を律し、勇気を振り絞って部屋の中へと入った。

しかし待っていたのは、いつもと変わらない恭也だった。

あれだけ悩んでいたのに・・・・・・忍は拍子抜けしてしまっていた。

「ふむ、俺にはその辺が大した問題じゃないから・・・かな」

「・・・大した問題・・・・・・じゃない?」

少し考えるような仕草をした後、恭也はそう切り出した。

「ああ。 確かに月村には普通の人と違う部分があるんだろうが、それがあったところで俺の『月村忍』という一人の友人に対する評価が変わるわけじゃない」

忍はガーンとハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

恭也が見ているのは、上っ面の外面ではなく人格等の内面。

たとえ普通の人と違うものを持っていても、恭也はその要素で判断するわけではない。

それが、その在り方が、一人の少女の心を救ったことを恭也は理解していない

今の恭也が相手を判断する材料は、自分が護りたい人たちを傷つけるか否か、罪のない一般の人たちに危害を加えるか否かの二点だろう。

罪のない一般の人たちに危害を加えるのであればそれらを排除するし、危害を加えないのであれば普通に接して、気が合えば友人になったりする。

現に高町家に居候しているアリサは、恭也と一緒にいた桜花に助けられた口である。

アリサに危害を加えようとした輩は、外見は怪我したように見えないが内側を徹底的に痛めつけられてトラウマになったほどである。

まあ自業自得だったのだが。

それが縁でアリサは、高町家に居候しているのだ。

そして恭也の大切な人たちに手を出す輩は、恭也自身の手でその輩に手を出したことを心の底から後悔させて、二度とできないようにするだろう。

 

閑話休題

 

「気にならないわけじゃないが、俺からは聞かない。 話してくれるなら聞く」

真剣な表情で忍を見る恭也。

忍の心に暖かいものが宿り、

「・・・・・・聞いてくれるかな・・・」

自然とその言葉が口から紡ぎだされていた。

 

 

「私たちは『夜の一族』って自分達で名乗ってる・・・西ヨーロッパ起源の、異能の一族なの」

恭也の隣に腰掛けた忍は、そう話し始めた。

「生まれつき普通の人たちより筋力があったり、人間とは違う器官があったり、感覚が鋭敏だったり、死ににくかったり・・・・・・とにかく、そんな一族。 そして・・・そんな力があって、それを使うには血を使うの―――血を飲むの」

「・・・ふむ」

「血は完全栄養食だから・・・ってあまり大きな声で言えたものじゃないけどね。 私の腕がくっついたのも、高町くんの血を使って、『そういう能力』を働かせたの」

「・・・・・・成程」

「まあ、他にもいくつか秘密はあるんだけど・・・だいたいこんなとこかな。 驚いた?」

「ああ。 でも驚いた、というよりは納得した、の方が強いが・・・・・・」

恭也は自分のの推論が、ほとんどだったので驚きは少なかった。

そして同時に、桜花は絶対このことを知っているだろうと確信した。

そもそも忍たちのような人たちは、彼女の専門分野なのだから。

「それでね・・・・・・誓いを立ててほしいんだ」

忍は、少し寂しそうに、恐れるように恭也を見た。

「誓い?」

「・・・一族の掟でね・・・・・・今夜見たことを全て忘れて生きていくか、それとも私と秘密を共有して生きていくか『誓い』を立ててほしいの」

こう問いかけたものの、忍はこの青年が出す答えが何かは分かっている。

それでも不安は完全に消えているわけではなく、何かを恐れる小動物のような―――縋る子犬のような、そして何かを期待するような目で、忍は恭也の返答を待つ。

「・・・・・・・・・」

考えるまでもなく恭也の答えは決まっていた。

忍の懇願するような視線にも気付いているが、一点だけ理解できないものがあった。

(・・・この、微かに感じられる期待の眼差しの意味はなんだ? これから言おうというものとは微妙に違うような・・・・・・)

「誓うよ。一人の友人として・・・・・・いや、親友かな・・・忍」

今までとは違う友誼を結ぶという意味を込めて、忍を名前で呼ぶ恭也。

それを聞いた忍の表情には、歓喜二割:諦念八割が絶妙に混ざっていた。

(・・・・・・む? 何かまずいことでも言ったのか?)

その表情を見た恭也は、感情こそ読み取れたものの理解することはできなかった。

流石は世界遺産級朴念仁。

これに気付けるようなら、その名は既に返上されているだろう。

「・・・・・・ま、いっか。 誓ったね。 破っちゃ駄目だよ、恭也♪(これ以上の関係に発展はありだけど)」

いっそのこと、ここで告白でもしようかと思った忍だが、あまり多く望みすぎるのもあれだと踏みとどまる。

とりあえず、普通の友人から一歩踏み出したのだから、それでよしとする忍であった。

「私の家は、一族の中でも名家とか、そういう風に位置づけられている家で、資産もそれなりにあったの。 でも、両親が二人とも交通事故でぽっくり逝っちゃって・・・・・・そのせいで遺産相続が発生したのが始まり」

「忍お嬢様の後見人は、一族でも長老格とされる、忍お嬢様のお祖父様が務められ・・・遺産は概ね、親戚各位に均等に分配されました。 忍お嬢様に残されたのは、生活に不自由しない程度の現金と・・・・・・この屋敷と、ご両親の思い出の品である美術品数点、そして私のみでした」

「・・・・・・ノエルさん?」

自分も遺産の一部のような言い方に、恭也は首を傾げる。

さすがの恭也にも、ノエルが『夜の一族』の技術の結晶である自動人形という推論までには至らない。

なので同族だろうと思っていたのだが、言い方が少し気になった。

「ノエル、とお呼びください、恭也様」

「・・・え?」

「あ―、そうそう。恭也、ノエルに敬語使っちゃ駄目だよ」

「・・・は?」

「私の中での恭也様は、忍お嬢様に近い位置づけになってますから」

二人の言葉を聞いて、親密になったからだろうと当たりをつける恭也。

まあ、忍はそうだろうが、ノエルの言葉にはノエル自身でも気付いていない想いが込められている。

のだが、当然、高町恭也がそれに気付くわけがない。

「で、遺産相続の協議が終わってから、分配条件が不当だとかケチつけ始めるヤツがいてね」

「それが今回の犯人か」

「まあ、十中八九。 でもお祖父ちゃんに直接言っても、却下されるだろうと・・・・・・私みたいな小娘なら何とかなるとでも踏んだ。 だから脅迫を掛けてくるのよ。 ここまでやられたのは初めてなんだけど」

「ふむ・・・・・・告発は?」

「それがさ・・・小ずるいヤツでね―・・・・・・絶対に自分で手を下さないし、雇ったやつも使い捨て。 尻尾が掴めないから誰もあいつ本人に手が出せないの」

「・・・解決するまでは、ほとんど張っていた方がいいのか」

「・・・・・・ん・・・相手は半分化け物の、うちの一族だし。 恭也には悪いけど、あまり無理はしてほしくない。 気持ちは嬉しいけど」

忍は申し訳なさそうにそう言って笑う。

まあ、恭也は何も話してないので、そう思われても仕方ない。

「・・・・・・わかった。 無理はしないさ」

恭也は、恭也の関係者なら、絶対嘘だ!と声を揃えて反論するような言葉を言っただけで、忍の言葉にも特に反論することはなかった。

  

 

 

 

 


あとがき

七彩です。

一ヵ月半近くですね・・・orz

ま、まあ・・・いろいろあったんですよ。

具体的には卒研とか、修学旅行とか、ROとか・・・・・・

ああ、もう少し更新速度が欲しい。

卒業を心配する今日この頃、ここまで読んでくださりありがとうございます。

では。





忍編もいよいよ中盤。
美姫 「忍の秘密が明かされたのね」
さて、次はどんな手で来るのか。
美姫 「う〜ん、次回が待ち遠しいわね」
うんうん。
次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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