奴等が来る、そこまで来ている
建物の中にひっきりなしに響く銃声、鉄と鉄が激しく擦れ合う音
そして怒声に叫び声
ここは世界的テロリスト組織「龍」の本拠地
世界でもっとも凶悪な犯罪者集団で法の目を巧みにかいくぐり、全世界を恐怖に陥れるはず―だった
そう、それは最早過去の話でしかない
龍のみならず、世界に存在するテロ組織は北はロシアから南はアフリカの果てまで全てが壊滅していた
そして最後に残ったのはかつて栄光を誇り、そしてテロリストと言う存在を永遠に過去の物と陥れる原因を作った龍だった
何故こんなことになったのだろう?
彼、即ち龍のリーダーはそう自問自答した
始まりは2年前からだった
「あの流派」は我々にとって非常に危険だった
だから奴等が結婚式で集まる日に広域に大量の爆弾を仕掛け、もろとも殲滅しようとした
―そして、その試みは失敗した
何故?
今となってはわからない。しかし、爆弾は完璧に爆発したのだ
「あの流派」の屋敷とそれを含む土地の一帯は跡形もなく吹き飛ばされていて、爆発の状況を監視していたうちの監視員は間違いなく全員死亡、と判を押したくらいだ
だが、彼らは生き残った
やはりあちらにも然るべきプロがいたのだろうとしか思えない
そして、それが悪夢の始まりだった
人的損害がなかったにも拘らず激怒した「あの流派」は香港警防隊から情報の提供を受け、世界規模のテロリスト狩りが始まった
それからは悲惨、の一言でしかない
それなりに巨大なテロリスト組織がたった一晩で一人の「あの流派」に全滅させられた例すらあったほど
しかも、もっと酷い例となると―そこで現実逃避を行っていた彼の思考は扉を蹴破られる音で中断された
「あんたが龍のボスか?」
彼の目の前にはそこそこの―少なくとも若くはない―歳をした女性が両手に剣を構えて立っていた
そういえば、さっきまでひっきりなしに響いていた様々な戦場音楽が全て止んでいた
しかし、彼は達観―むしろ諦め―した口調で女性に返した
「違う、と言ったら見逃してくれるのか?」
彼女はそれを聞いて、ははと短く笑いそして顔を真顔に戻して言った
「あんたなら見逃すのか?」
「見逃さないだろうな」
彼は肩をすくめた
「さて、と」
彼女は彼の首に剣を突き付け、言う
「何か言いたいことはあるか?」
「ああ、1つだけ」
どのみちもう逃げれるとは思っていない。逃げれるならとうの昔に逃げている
恐らく、これが自分の人生最大の疑問を解く、最初にして最後のチャンスだろう
彼は口を開いた
「君たちはあの日、どうやって気付いたのだ?」
彼女は彼の言葉を聞いて、一瞬怪訝な顔をしたが次の瞬間、苦笑を満面に浮かべて答えた
「親馬鹿、さ」
それが彼の最後に知覚できた言葉だった
彼女は既に肉の塊と化した死体を見下ろしながら思った
やれやれ、これで私の現役も終わりか。まぁいいさ、最後の最後でかなり派手な花道を飾れた。あとは若い者達に任せるかね
それにしても―と彼女は思った
まぁ、さっきのこいつが言った言葉は本当に疑問だろうね
何せ、後で調べた限りではあの時の宗家には250kgの爆弾が少なくとも20個は取り付けられていることが判明した
もし、そのまま結婚式が行われていたならその時、宗家にいた者が全員即死していたであったであろうことは確実なのだから
実際、爆破された宗家は文字通り木っ端微塵に吹き飛んでいて何もかもがなくなっていた
しかし、ねぇ……御神・不破を全滅から救ったのがアイツのアレが原因だなんてね、とても人様に言えるものではない
御神と不破に代々継がれる歴史書などにはもっともらしい理由を作っておかないと…
彼女、即ちテロリストに双剣の殲滅者と恐れられ、同時にテロリストという言葉を永久の死語へと変化させた、御神不破の大ボス不破美影は色々と考え事をしながら去っていった。
そう。
あの日滅びるはずだった神々が滅びから免れたのは全てはその「とてもではないが人様には言えない」ことが発端だったのだ
物語は、そこから始まる
2年前のあの日、御神宗家で行われた不破一臣と不破琴絵の結婚式から……
とらハSS「神々は未だ死なず」
「やれやれ、なんとか間に合ったか…」
伝統があるだけあって妙にデカイ屋敷を見ながら不破士郎は呟いた
「なんとか間に合ったか、じゃないだろ父さん」
信じられないくらいズボラで無計画で人間的に破綻している父を持ちながら奇跡的に真っ直ぐ育った士郎の息子、不破恭也は不機嫌そうに返した
「父さんがあそこで競馬なんかするから帰るのが遅れたんだろう。しかも大穴なんかに賭けて」
「そう言うな。当たったんだから良いじゃないか。それにだな俺はあそこで絶対に当たるという確信があったから勝負したのだ」
「本当か?大体なんで当たったかと言うと、1着2着になるはずだった馬が何故か揃って落馬して…」
「運も実力の内、御神の剣士は戦えば必ず勝つのだ。それに大穴が当たったせいで金が浮いて土産まで買えたんだから良しとしよう」
「まぁ、そりゃそうだけどさ・・・」
そう言うと士郎はまだグチグチ何か言っている恭也を放っといてさっさと家に入っていった
「おーい誰かいるかー!不破家の偉大なる最優秀の長男、士郎様が帰宅したぞー!」
そう言い終えた士郎の体が音もなく横にズレる
そしてそのまま吹っ飛んで凄い音を立てて壁にめり込んだ
「あちちち…誰だ!俺を吹っ飛ばしたのは!?」
「私だよ」
急に美影は気配もなく出てきた
「げっ、ババァ・・・」
「んー?今ババァとか聞こえたけど気のせいかい?」
「いえいえいえいえ、気のせいです、気のせいです」
士郎は美影の夥しい殺気を浴びて恐怖を感じたのか急いで否定する
「そうかいそうかい、で、誰が不破家の偉大なる長男だって?」
「俺だ」
士郎が胸を張って誇らしげに自分を指差す
「…恭也、苦労しただろうね」
「はい、本当に」
美影は哀れな目で士郎を見ながら恭也に言う
「いつも無計画に金を使うし、行き先は思い付きで決めるし、鍛錬は無茶苦茶だし、犯罪スレスレのことも平気でやるし・・・」
恭也は心底くたびれた、という表情を浮かべ泣きそうなな声で告白する
「うんうん、本当に御苦労だったね」
美影は慈愛に満ちた声で恭也の苦労を労った
「何だと恭也!それじゃ俺がロクデナシで人間失格の間抜けな馬鹿みたいじゃないか!」
「…違うのか?」
恭也はまだ気付いてなかったのか?みたいな表情を浮かべて言った
「違う!」
「さて恭也、人間失格の間抜けな馬鹿は放っといて静馬とかに挨拶しておいで。今なら結婚式の準備とかも大体済んで暇なはずだから」
美影は士郎は完全になかったことにして恭也に言った
「わかりました」
恭也はそう返事するとすぐに去って行った
「でだ、士郎」
美影は妙に冷たい声で士郎に話しかけた
「何だよ」
士郎は背筋に冷たいものを感じるが、何とか平静を保って返す
「―神様に祈りは済ませたかい?」
「は?」
「あと3秒待ってやろう」
「え、ちょっと待て、どうゆう…」
「2」
「説明を…」
「1」
「やばい、逃げ……ぬおっ!いつの間にか鋼糸がからみついてっ!?」
「0」
「う、うわあああぁぁあぁぁぁぁぁ〜〜〜ーー……」
士郎の断末魔の叫びは半径1km四方に響き渡ったと言う
「ええ、で父さんはやはり・・・」
「そうか、兄さんは色々と・・・」
久しぶりに恭也と会話する機会を与えられた静馬は、とてもじゃないが偉大とは口が裂けても言えない自分の兄のことを話していた
「まぁ、あんなのでも戦闘の時だけは非常に頼りがいがあるのですが」
「うん、まぁ兄さんも戦闘だけは保証できるんだけどね、それ以外はともかくとして」
一瞬二人の間に沈黙が走ったが恭也があることを思い出して言う
「そう言えば、父さんが静馬さんに土産があるみたいですよ」
「土産?なんだい?」
「それが、知らない内に買ってきたのでよくわからないんですが聞いてみても『貴重品だ』としか…」
「んじゃ兄さんに会ってくるかな、恭也くんは一臣と琴絵さんがあっちの方にいるから会って来ると良いよ」
そう言うと静馬は士郎を探してどこかへ歩いて行った
恭也は一臣と琴絵に挨拶をするために移動を開始した
そして恭也はすぐに一臣と琴絵を見付けた
「一臣さん、琴絵さん本日はおめでとうございます」
「お、恭也くん間に合ったのか」
「あ、恭也ちゃん久しぶり〜」
恭也の姿を認めた一臣と琴絵は実に幸せそうな笑顔で返す
「ええ、さっき着いたばっかりなんですが、なんとか間に合いました」
「まぁ、いつも大変だろうけど、折角帰ってきたんだからゆっくり休むと良いよ」
「はい、ありがとうございます」
「恭也ちゃん、士郎ちゃんは?」
実に不思議そうな顔で琴絵が恭也に尋ねる
「美影さんに」
恭也が苦笑と共に言葉を返す
琴絵と一臣はそれで合点がいった、という苦笑で同じく返す
「そういえば、美沙斗さんはどこに?まだ見掛けていないのですが」
「ああ、美沙斗なら美由希が熱を出したんで念の為に病院に連れて行ったよ。でも、式の最初は顔を出すと言ってたからもうじき来ると思うけど」
一臣がそう言うと、琴絵が門の方を指差す
「来たみたいよ」
恭也が門の方を見ると、そこには美沙斗の姿があった
「美沙斗さん!お久しぶりです!」
「恭也くん、帰ってたのか」
美沙斗が恭也を見て、頬をゆるめる
「美由希は大丈夫ですか?熱を出したと聞いたんですが」
「ああ、ただの風邪みたいだ。問題ないよ、今は病院で寝てるから―」
と、その時、屋敷の一角から轟音が聞こえてきた
「何だ?」
周囲にいる人がざわめく
「行ってみよう」
美沙斗は音の発生源に向けて走り出した。恭也もそれに着いていく
一臣は周囲の人々に落ち着けと伝えている
「この辺からだったと思うけど…」
美沙斗がそう言った瞬間目の前の障子が吹っ飛んで中から人影が出てくる。それは―
「…静馬さん?」
次いで士郎が出てきて静馬に剣で切り付ける
しかし、明らかにこれは変だと美沙斗は気付いた。何故ならば―
「「御神流奥義之陸!薙旋!」」
「射抜!」
「なんの!虎切!」
お互いに奥義を駆使してまで全力で切り合っているのだ!
しかも時々姿が見えなくなる。神速まで使って戦っている
「何なんだ一体…」
美沙斗が呆然と呟く
「えっと…兄弟喧嘩……ですかね?」
同じく恭也が呆然とした口調で美沙斗に返す
「いや、それにしては激しすぎるよう気が」
そこで美沙斗は足元にあるものに気付いた
「酒瓶?銘柄は…神殺?聞いたことがないな…アルコール度数は……きゅ、九十六%…!?」
そして栓が開けられていて、中身は空である
「まさか…」
「美沙斗さん、多分それ父さんが土産で持って来たやつです…」
恭也が酷く申し訳なさそうに言う
「「……」」
押し黙る二人
しかし、恭也は敢えて沈黙を破った
「美沙斗さん」
「何だい?」
「静馬さんって酔うと暴れるタイプですか?」
「ああ、見たことがなかったんだけどそうゆうタイプみたいだね…」
それは目の前の状況を見たらわかる
しっかりとした屋敷が静馬と士郎の戦闘の余波で次々と崩れ、砕け、倒れ壊れていく
「父さんもそうゆうタイプみたいなんですが…」
「……」
「……」
ちなみに御神の剣士同士の戦いは非常に激しいものだ。技は全て岩をも砕く程の強さであるから当然周囲の物は広範囲に渡って完膚なきまでに破壊される
そして、今道場でもない所で暴れてる二人は、剣の腕でその歴史に名を残す程の腕前である(それも酔っ払って見境がなくなっている)
真に当然のことながら、周囲に人がいるのは危険に過ぎる
「…避難、した方が良いかな?」
「その考えが極めて妥当と思います…」
美沙斗は一臣に屋敷中の人間を全員外に避難させた方が良い、との内容を伝えるべく走り出した
そして屋敷から離れた場所への避難は完了した
途中で琴絵が「女子一生ものの結婚式を邪魔されたから士郎ちゃんと静馬ちゃんを殺す」とわめいたが一臣がなんとか取り押さえて避難は迅速に完了した
しばらく経って屋敷から響いていた剣撃の音は収まっていた
「まぁ、少し度が過ぎた余興だったが収まったことだし、結婚式の再開を―」
一臣がそこまで言った時、屋敷から目が眩むほどの光が沸き起こった
そして耳が痛くなるほどの爆発音、ついで吹き上がる炎、走る衝撃波
それが全て収まった時、御神宗家は地上から消滅していた
唖然とそれを眺める御神・不破一同
その沈黙を破ったのは寝ている静馬を背負ってやってきた士郎だった
「おい一臣、ちょっと余興にしては度が過ぎるんじゃないのか?普通、結婚式で屋敷を丸ごと吹き飛ばすか?」
それに答える者はいなかった
後で聞くとこによると、士郎と静馬の壮絶な兄弟喧嘩の原因は―酒も原因の1つだけれど―親バカだったらしい
可愛い盛りの美由希と恭也がどっちが可愛いかでモメ、そして酒も手伝ってああなったらしい
美影その他の人物は、その理由に呆れ返ったが「助かったので良し」とされたので罪を裁かれることはなかった
そしてここから神々の反撃が始まった
伝統ある家には必ず存在すると言って良い、三度の飯より伝統が好きな御年配方が伝統ある宗家を完全破壊されたことに激怒
御神・不破の緊急会議によって満場一致で「世界のテロリストをありとあらゆる手段を使って消滅させる」が可決された
計画の第一段階として情報はあるが、戦力が不足している香港警防隊と同盟が結ばれ―そして冒頭に至ると言う訳だ
こうして滅びるはずだった神々は滅びから免れた
美影の言う「とてもじゃないが人様には言えない理由」とはこの事である
後世に伝えられた御神・不破の歴史書にはこの出来事に付いて「兄弟の絆によって爆弾を発見し、危機を救った」とだけ記されている
後にこの歴史書を読んだ者は揃ってこの文を読んで首を捻ったらしい
あとがき
思いつき120%のSSを書きました<挨拶
ある意味、もしもこうだったら〜のをギャグ調に書き上げてみました(そうでもないかもしれないけど)
例によってツッコム所満載ですが、その辺も考慮して楽しんで頂けると幸いです
ではまた他のお話で
おおー。まさに運も実力のうち。
美姫 「テロリスト消滅の理由が、親ばかとは…」
うんうん。歴史は勝者の手によって作られるだな。
美姫 「子を思う、二人の父親の活躍で、滅びずに済んだのね」
うんうん。良かった、良かった。
美姫 「面白い短編をありがとうございました〜」
ありがと〜。