「やっぱり、どうしても納得できません。
 放課後…部活が終わってからで構いませんので、あの人の家に連れて行って下さい!
 直接この目で見るまでは、絶対に許せません!」


 今思えば、何故あんな事を言ったのだろうかと思う七海。
 赤星は苦笑を浮かべつつ、承諾をした。


 そして――。


「ここが、高町の家だ。
 話は通しておいたから、待ってくれてるはずだ」
「……」

 高町家の門を前にして、七海は緊張していた。
 確かに恭也の言動には今も納得がいかないものの、自分は何て思い切った事をしているのだろう、と。

 対する赤星の表情は、少しだけ楽しそう…いや、何かが楽しみだといった雰囲気だ。
手には竹刀袋、中身は先ほど赤星の家から持ってきた木刀である。


 チャイムを鳴らし、出てきたレンという少女に案内されるまま、庭の奥へと進んでいく。
すると、庭の奥にある建物――小さな道場から、何かが勢いよくぶつかり合う音が聞えてくる。
 これは――。

「木刀……?」

 そんな七海の呟きに、笑顔で答える赤星。
 そして道場へと辿り着き、戸を開けた瞬間――。

「おお、やってるな」

 平然と呟く赤星。
 だが七海の目には、想像を絶する光景が映っていた。








『ミルクティー -Triangle Heart 3 second brew-』第一話







「はあああああああッ!!!!!」
「ふッ!!!!!」

 何かで打ち合う男女の片方は、昼間に見た高町恭也その人。
 恐ろしく速いため手元が見えないが、おそらくは木刀で打ち合っているのであろう。

 数分後、女性が持っていた木刀が砕け散り、恭也のそれが女性の喉元にあてられる。
 どうやら決着がついたらしい。

「ハァッ…ハァッ…。
 ありがとう…ございましたっ…」
「ふむ。最後の一撃は悪くなかった。
 …赤星、待たせたな」
「え? ゆ、勇吾さん!?」
「何だお前は…気付いてなかったのか…。
 前言撤回。もう少し周囲の気配を探れ」

 そう言われ落ち込む女性――恭也の妹である美由希。

「よお。相変わらずとんでもないな。
 美由希ちゃんも、お疲れ様」
「あ、はい、ありがとうございます」

「それで、今日は客を連れてくるとの事だったが…」

 そう言って視線を向けた先に居たのは、昼休み恭也に対して敵意を剥き出しにしていた少女――日野七海だった。
 どうも落ち着かない様子である。

「ああ、剣道部の後輩の子だ」
「え? あ……。
 …日野です」
「…高町です」

 ぎこちなかった。それはもう、このまま時間でも止まってしまいかねない程に。

「えーっと…お邪魔なようだから、先に家に戻ってるね。
 それじゃ勇吾さん、日野さん、ごゆっくり」

 何かを察したのか、美由希は逃げ出したようだ。
 最初は怒鳴り込む気満々だった七海も、ここに来て思考が吹き飛んだらしく、どこか呆けている。


「…まあ、あれを見せられた後でいきなり話せって言われても無理な話か。
 どうだ高町、もう一本やる気力は残ってるか?」

 持参した木刀を掲げ、恭也に問う赤星。
 部活では見ない、どこか無邪気な笑顔を浮かべている。

「ああ、問題ない。
 それより……」
「大丈夫だよ。元からそのつもりだったし」

 チラリと七海の方を見る恭也と、その視線が意味する所に答えた赤星。

「ふむ。なら―――」



 赤星が立ち上がった瞬間、いきなり右の木刀で斬りかかる恭也。先ほどは気付かなかったが、小太刀の二刀流らしい。
 そして予測していたのか、自身の木刀でそれを受け止め、押し返す赤星。

「なっ!!??」

 七海の驚きも当然、二人とも防具なんて着けていない。
その上この仕合にルールなんてなく、当然始まりの合図なんてものも無いままに打ち合っていた。
強いて言うなら『関節技、打撃技を含めた、剣の打ち合い』といったところだろう。

 七海は見惚れていた。
 見た事も無い赤星の楽しそうな表情に。そして、昼休みに自分が怒りを向けていた相手――恭也の動きの美しさに。

 流れるような動き、それでいて力強い。
 剣道においては全国レベルの選手である赤星に全く引けを取らないどころか、むしろあらゆる意味で超えている。


『大体、アイツ剣持ったら俺より強いんだぜ?』


 昼休み、赤星から出てきた言葉が七海の頭によぎる。
 認めたくない。だが、実際に目にした以上、認めざるを得ない。

 この人――高町先輩は、間違いなく強い。これまで自分が見てきた、どんな剣道家よりも。


 恭也の右の小太刀と引き換えに、赤星の木刀が流される。
そして、次の瞬間には左の小太刀が、赤星の喉元に当てられていた。

「…参った。
 くそー、また勝てなかったか」
「…あんな馬鹿力しておいてよく言う。
 右の木刀も砕けたし、まだ手が痺れてるぞ」


 初めて間近で見た、赤星の敗北。
 部内においては既に勝てる者など居ない程だったし、試合の際にも全国レベルの相手とも対等。
そんな赤星が、完全な形で負けたのだ。
 見た限りでは、赤星も本気で打ち込んでいた。当たれば当然、怪我では済まない。
当の本人達は既に仕合を終え、笑いあっている。

「…どうして」
「ん?」

「どうして、そんな風に笑っていられるんですか!?
 赤星先輩は、悔しくはないんですか!!」

 叫ぶ七海。
 

「本気で打ち合っても、なお勝てない…そんな相手と戦うことは、これ以上ないってくらい楽しいことだぞ?」
「そんな事、解りません!!
 高町先輩がやっているのが『剣道』じゃないという事は解りました。けどっ…!!」

「…だったら、一度打ち合ってみるといい。
 高町、もう少しだけいいか?」
「ああ。でも、いいのか?」
「まあ一応、ルールだけは剣道に合わせてやってくれ。それで、寸止めな。
 日野も、いいか?」
「…はい」

 そして、七海は木刀を構えて恭也と対峙する。審判役は、赤星。

「では…始めっ!!!」


 赤星の合図に、恭也は構え、七海は踏み込もうとする。
だが――。

(あ、足が動かない…っ!?)

 そう、全く動けなかったのだ。
まるで床に貼りついているかのように、七海は一歩も動けなかった。

 そして、恭也が重心を落とした時――。

「ひっ!?」

 七海は悲鳴と共に、その場にへたり込んだ。




「どうだ、落ち着いたか?」
「はい…。
 私、自分が情けないです…。あんな事を言っておきながら…」

 結局その後、仕合は中止された。

「いや、そんな事はないだろ。
 …どうだ、高町と実際に対峙してみた感想は?」
「防具も何も着けてないというのもあるんでしょうけど、正直怖かったです。
 まだ打ち合ってもいないのに、死んだかもしれない。本当にそんな気分になりました」

 そんな感想に、恭也は苦笑しつつ謝罪する。

「…すまなかったな。
 あそこまで怖がらせるつもりはなかった」
「あ…いえ…」
「そうそう。高町が剣を持った時の雰囲気の変わり様は、俺も最初は怖くて仕方がなかったよ」
「赤星…お前は次の日もまた挑んできた記憶があるのだが?」
「そりゃやられっぱなしは悔しいしな。
 それに俺も一人の剣術馬鹿なんで、楽しかったし」

 そして、空気が柔らかいものに変化する。

「そうそう。恭ちゃんは本当に容赦がないから…うう…」

 いつの間に戻ってきたのか、美由希も会話に加わる。
どうやら飲み物を持ってきたらしい。
 そんな美由希に七海は声をかける。

「あの、あなたは先ほど高町先輩と打ち合っていた…」
「あ、はい。恭ちゃんの妹で、高町美由希っていいます。
 風校の一年A組です。日野さん…でいいんですよね?」
「えっと、七海でいいですよ。私は一年B組なので、隣のクラスですね。
 美由希さんも剣術を…?」
「えっと、はい。一応、兄に教わってます」

「…え?」


 今、この少女――美由希は何と言ったのか。

『兄に教わっている』

 そんな事、他に例がない。
普通はどこかの道場の師範だったり、父親や祖父といった人たちであろう。


「…ウチは師範だった父が既に他界していてな。
 そこで俺が師範代として、この馬鹿弟子を指導している」
「馬鹿は酷いよ恭ちゃん…」

 七海の疑問に答えたのは、恭也だった。
 先ほど対峙した時に感じた、研ぎ澄まされた雰囲気からも解るように『師範代』の名は伊達ではなかった。



「……本当は」
「?」
「本当は、今日は高町先輩を問い詰めるつもりだったんです。
 てっきり剣道を馬鹿にしているものだと思い込んで…」
「ああ…」

 ぽつりと、七海は語りだす。

「私は剣道を始めて、もう7年になります。
 やっている時間の割には、本当に弱い。それでも、剣道が大好きだって気持ちは誰にも負けません」
「……」
「今日の昼休み…高町先輩と初めてお会いした時、先輩は赤星先輩たちから剣道部に誘われていました。
 でも、先輩はそれを断わった。…それが悔しかったんです。
 そして『剣道は、方向が合わない』と聞いた時、『剣道をやりもしないのに、何故否定するのか』、と…」

 今ではすっかり誤解は解けている。
決して馬鹿にしていたわけではなく、本当に『方向性』が違うものなのだ。

「でも、高町先輩と対峙してみて解りました。
 先輩は決して、剣道を馬鹿になんてしていない。『剣士』としてきちんと向き合っていた。
 …正直かなり怖かったですが、本気で向き合ってくれているのを実感しました。
 お願いです、高町先輩。剣道部に入ってくれませんか…?」

 そう言って上目遣いに見上げる七海に対し、恭也は。
 そっと、七海の頭へと手を伸ばしていた。

「あ…」

 優しく撫でる。七海は緊張で固まっていたものの、徐々に顔が赤くなっていく。


「解ってくれて嬉しい。
 だが、俺や美由希がしている事は『剣の道を修める』という行為に反している。
 そういった面もあるし、何より今は…」
「美由希ちゃん…か?」
「ああ。この馬鹿弟子の面倒だけで手一杯なんだ。
 そういうわけで、すまないな」

 ぐりぐりと美由希の頭をこね回す。
美由希は情けなく鳴きながらも、少しだけ嬉しそうだ。

「そうですか…。
 でも、私は先輩と打ち合ってみたいです。
 今日は、それすら出来なかった。…今度はそれがたまらなく悔しいんです」

 本気で悔しいのだろう。そう言って唇を噛む七海。

「別に部活でなくとも良いだろう。
 いつでもここへ来るといい」
「え…」
「高町…お前…」

 恭也の言葉が意外だったのか、七海と赤星は驚いている。
そして――。


「っ! はいっ!」


 初めて恭也に見せた七海の笑顔は、誰よりも輝いていた。






続く……つもり


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や、ども。神威さんちのさつきさんです、どうもヽ(´ω`)ノるー☆
みつき 「こんにちは、みつきです」
結局続いてしまいました…w
みつき 「あれ? 前回の後書きでは七海ちゃんって『主人公嫌悪系ツンデレ』って書いてませんでしたか?」
書いたねー。和解して嫌悪系ではなくなっちゃったけど、ツンデレ気味にはするつもり。
みつき 「そうは見えないんですけど…。むしろ、可愛らしい後輩の子じゃないですか?」
うん、それも間違ってないよ。あんまりにもあからさまな『ツンデレ』像は書きたくないのでw
みつき 「そういえばいつも『ちょっとひねくれた王道が良い』って言ってますね」
そそ。そのまんまよか、ちょっと捻った方が面白くなるから。…あくまで俺的に好みってだけだけどね^^;
みつき 「うーん…言ってる事も解らなくもないんですが…」
つまりメイドに仕えてこそ、メイド好き。メイド様バンザイ!!!!!
みつき 「えっと、つまらないものですが、宜しければお納めくださいませ」
スルーしないでよ…切なくなるからil||li _| ̄|○ il||li
みつき 「ホラ、ご主人様もご挨拶してください」
そんなこんなで『ミルクティー』本編第一話になります。お納め下さると幸いです^^
みつき 「それでは浩様、美姫様。また宜しくお願い致します!」
感想やご意見等あれば、宜しくお願い致しますです☆



おお、本編化しましたか!
美姫 「七海ちゃんはどんなツンデレなのかしらね」
いや、本当に楽しみだな。今の状態だと、可愛らしい後輩だが。
美姫 「次回の展開が楽しみね」
いやいや、待ち遠しいですよ〜。
美姫 「次回を首を長くして待ってますね」
俺の首に手を掛けて何をするつもりでしょうか。
美姫 「くす♪」
……あははは。気持ち悪い……。
美姫 「また振るいネタを」
って、引っ張るなーー!



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