第1話 平和な日常
















 「――…きて……と…くん…」

 「――に…さ……てよ…」


まどろんだ意識の中、甘ったるい二つの声が耳に届く。


 「―おき……おと…と………さだよ……」

 「―にい…ん……あ…ですよ…」


その声に導かれ、次第に意識がはっきりとしていく。
瞼に差し込む光を堪え、ゆっくりと眼を開ける。
その視線の先にいたのは先ほどの声の主と思われる二人の少女だった。


 「あ……やっとおきた…」

 「おはよう……おとうとくん…」


二人の少女は先ほどから声をかけていた少年が起きたことに気づくと満足げに微笑を浮かべていた。


 「…………」

 「もう…まだねぼけてるのかな……にいさんは…」


少年からの返事が無いことでまだ寝ぼけていると思ったのか、 少女の一人――茶色い髪を頭の両サイドで結い上げお団子にした少女――は頬を可愛らしく膨らませる。


 「もう……おとうとくんの…ぽ・け・ぽ・け・さん…」


同じく少年が寝ぼけていると思ったのか、 もう一人の少女――茶色い長い髪を後ろで束ねた少女――が笑顔を浮かべ、少年の頬を指で軽く突っつく。


 「あー、おねえちゃんばっかりずるいー……」


その行為を羨ましそうに、お団子頭の少女もまた笑顔を浮かべ少年の頬を突っついてくる。


 「…………」
 

両頬を突かれている渦中の少年はというと、現状を把握しようと必死だった。
場所は自室のベットの上…これに関しては全く問題は無い。 自分はそこで寝ていてそこを起こされた…これもいつもの事なので問題ないと言っていいだろう。 そうここまでなら何も問題などないのだ。
問題はなぜ、二人が、パジャマ姿で、少年の両側から、世間一般でいう添い寝をしながら、少年の顔を覗き込んでいるのか。ということであった。
しかしいくら考えても自分の置かれた状況を把握することなどできず、少年は単刀直入に二人の少女に疑問を投げかけてみる。
 

 「……二人とも」

 「え?」

 「はい?」

 「なんで……ここにいるんだ……?」


少年の問いに二人の少女は一瞬キョトンとした表情を見せるも、すぐに「しょうがないなぁ」というような微笑を浮かべ答えを返してきた。


 「もう……まだねぼけてるのかな……おとうとくんは」

 「なんでって……きのういっしょにねたからにきまってるじゃない」


二人の少女は互いに顔を見合わせ「ねえ」というように微笑みあう。


 「一緒に……寝てた……?」


二人に問いかけることで疑問が解けると考えていた少年に返された答えは全くの予想外――なにも予想などしていなかったのだが――のものだった。
二人は昨日一緒に寝たと言っている。聞き間違いではない。
しかし少年は全く納得できていなかった。
確かに幼い頃は同じ家に住み“きょうだい”同然に育てられた為、三人一緒に寝るということも珍しくはなかった。
しかしそれは幼い頃の話である。現在はお隣同士とはいえ別々の家に住み、尚且つ三人はそれ相応の――異性を意識する年齢に成長していた。
そんな三人が果たして一緒に寝るであろうか。
少なくとも少年にはその覚えが全く無かった。なのになぜ自分は二人に両側を挟まれているのだろうか…。

再び思案に耽っていた少年の思考は、二人の少女の言葉により引き戻される。


 「そんなねぼすけなおとうとくんにはおしおきがひつようだよね……」

 「そうだね……おしおきだねー……」


“おしおき”の言葉に一瞬少年の体が強張るが、二人の少女がとった行動は少年にとって全く予想外のものだった。


 「っ……!?」


二人の少女は眼を閉じ、顔を前に突き出していた。
その頬は僅かながら朱色に染められており、その表情は見た者を魅惑するものであった。
その瞬間、少年の思考は停止した。
自身も眼を閉じ、二人の少女による“おしおき”に身を委ねる。
胸の鼓動が早くなる。
三人の距離がゆっくりと縮まりその距離がゼロになろうかという、その瞬間……。


 「兄さん!!」


ドゴォ!!



怒声と鈍い音が少年――桜内義之の脳裏に響き渡った。
   









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第1話 平和な日常

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 「ふぐぉ!?」


怒声と鈍い音、主に後者によって義之の朝の至福の時は終わりを告げた。
体をくの字に曲げ悶絶し、微かに涙ぐみながら自分の周囲を見回す。
義之の腹部周辺には普段は本棚で埃をかぶっているはずの 分厚い本が三冊あり、ゆっくりと横に視線をずらしてみると“素敵な”笑顔を浮かべたお団子頭の美少女が義之を見下ろしていた。
これらの情報により義之が導き出した鈍い音の正体は「分厚い本の束が義之の腹部目掛けて投下された」という考えるだけでも 一瞬躊躇しそうな行動によるものに間違いなかった。


 「――ゆっ……ゆ…め゛…ざん゛…」

 「おはようございます。お兄さま」


悶絶しながらもお団子頭の美少女――朝倉由夢の名を呼ぶ義之に対して、由夢と呼ばれた少女は笑顔で礼儀正しく朝の挨拶をする。
その礼儀正しい仕草だけを見れば、学園で優等生と呼ばれ非公式ファンクラブが設立されていてもなんら不思議ではなかった。
しかし実際には、それは余所行きの態度であり、家の中では誰に似たのか割とだらしない娘であった。
そのため義之には余所行きの「裏モード」と呼ばれていた。
そんな「裏モード」の由夢が見下ろす中、義之は痛みを堪え息を整える。


 「おはようございます。お兄さま」


義之の息が整ったことを確認したところで、先程と全く同じ口調で由夢から再度朝の挨拶がされる。


 「……おはよう」


言いたいことは山ほどあったが今の由夢には何を言っても無駄であり、逆に自分の首を絞めかねないと判断した義之は おとなしく挨拶をする。


 「お姉ちゃんが朝食の準備をして待ってますから早く下りてきてくださいね」


義之が起きたことを確認すると由夢はさっさと部屋をあとにする。


 「…………」


  階段を下りる音が聞こえる中、由夢が出て行った扉をしばらく見つめていた義之は視線を自身の腹部周辺へと移す。
そこには先程投下されたと思われる分厚い本がそのまま散乱していた。
その内の一冊を取ってみると男の義之が片手では持てない程の重さであり、これを三冊持ち上げるというのはかなりの腕力を必要とすることが分かった。


 「バカぢから……」


そう呟きながら掛け布団が緩和剤にならなければ自分は今頃死んでいたのではないかと真剣に考え、“これからはもう少し早く起きよう”そう義之は心に誓うのだった……。





     ●





一頻り部屋で考え込んだ後着替えて階下に下りると香ばしい匂いが義之の鼻を刺激する。
その匂いに釣られて…という訳でもないが、 おそらく匂いの発信源にいるであろう人物の下へと向かう。
向かった先は台所で、テーブルの上には食欲をそそる朝食がところ狭しと 並べられ、調理したであろう人物は笑顔で今にも鼻歌でも歌いそうな雰囲気だった。


 「フ〜ン♪フンフンフ〜ン♪」


というか歌っていた。
相変わらずだなと苦笑しながら義之はその人物――朝倉音姫に声を掛ける。


 「おはよう。音姉」


その声で義之がいる事に気づいたのか音姫と呼ばれた少女は鍋の中でおたまをかき回していた手を止め、


 「あ、おはよう。弟くん」


満面の笑みで振り返った。
日頃から見慣れている義之でなければ思わず赤面してしまいそうな、そんな破壊力抜群の笑顔だった。
義之に音姉と呼ばれた少女は名を朝倉音姫といい、義之を起こしにきた朝倉由夢とは姉妹である。
義之は12年前から朝倉家に預けられ 二人とは実の“きょうだい”同然に育ってきた。
昨年から義之は朝倉家のお隣さんである芳乃家に移り住んでいたが、 今朝のように音姫や由夢が朝食や夕食時にやってくるため義之の部屋が移っただけで生活はほとんど変わっていなかった。


 「なんか手伝おうか?」

 「う〜ん、と……それじゃあお料理はこれでもう完成だから、由夢ちゃんと一緒にできたお料理を居間に運んでもらえるかなぁ?」

 「ん、りょーかい……おーい、由夢ー、料理そっちに運ぶから手伝えー」


音姫の言葉を聞いて義之は居間にいるであろう由夢に向かって声を掛けるが、


 「えぇ〜、かったるいぃ〜」


聞こえてきたのは実にだらしのない返事だった。
おそらく居間ではだらしなく寝転んでいるのだろう。
本当に先程自分を起こしに来たのと同一人物かと思い、義之は思わず苦笑する。
これが裏モード――祖母ゆずり――を解いた由夢の本当の姿であり、誰――おそらく祖父――に似たのか家族の前では「かったるい」が口癖の少女であった。
義之がそんなことを考えていると、音姫は頬を膨らませ腰に手を当て


 「由夢ちゃん!」


由夢に向かってお叱りの声を上げた。
本人はだらしのない妹にお説教しているつもりなのだが、音姫がするとその姿は逆に可愛らしかった。
そんな音姫の声に反応して苦笑いを浮かべながら由夢が台所に入ってくる。


 「や、冗談ですってば……」


本人は冗談と言っているが先程の声は本心であったに違いなく、実に姉妹の関係がよく分かる光景であった。
思わず笑いそうになる。義之は口を手で押さえることでそれに堪える。


 「いや〜しかしお二人ともお似合いだね〜。まるで新婚さんみたいだね」


台所に入ってくるやいなや、先程のやりとりを誤魔化すように由夢が朝食の準備をする義之と音姫を茶化す。


 「し、新婚さん……」


由夢の言葉を素直に受け止め赤い顔をして照れながら鍋の中のおたまを勢いよく掻き混ぜる音姫。


 「“妹”としましては仲のいいお二人の邪魔をしてはならぬと……」

 「いいから、ほれ運べ」


なおも続く由夢の言葉などスルーして義之は由夢に料理の乗ったお盆を手渡す。


 「もう……ノリがわるいなぁ、兄さんは」


義之に茶化しを強制終了させられた由夢はしぶしぶとお盆を持って居間へと向かう。
まったくといった感じで由夢の背中を見送り、 義之も料理を居間へと運び始める。


 「も、もう由夢ちゃんたら、し、新婚さんだなんて……」


義之と由夢が再び台所を訪れ、未だに勢いよくおたまを掻き混ぜ続ける音姫の姿を見つけたときには、 二人で顔を見合わせ苦笑するしかなかった……。





     ●





朝食を済ませ芳乃家を出発すると時計の針は結構な時間を指し示していた。
遅刻といった危機的状況まではいかないまでも いつもの時間と比べればかなり遅い時間であった。
遅いといってもいつもの時間が早い為周りには沢山の生徒が歩いていた。
学園へと続く桜並木を歩きながら、その原因を創った張本人は姉からお叱りお受けていた。


 「もう……お姉ちゃんは生徒会長さんなんだから遅刻なんてできないんだよ?聞いてる?弟くん」

 「だから悪かったって……」


音姫のお説教を聞きながら義之は溜息をつく。
たしかに今朝いつもより家を出る時間が遅かったのは義之が寝坊したことが 直接的な原因であるためお説教を受けるのは仕方がないことであった。
しかし何もこんな所でしなくても…と義之は思えずには いられなかった。
それというのも今歩いている並木道は学園に通う生徒のほとんどが使用する場所であり、 周りは学園に向かう多数の生徒が歩いているのである。
そんな中でお説教を受けながら歩いていれば嫌でも視線が集中する。


( 勘弁してくれよ……)


ただでさえ朝倉姉妹といえば“英雄”と呼ばれる祖父母と両親を持ち、その血を色濃く継いでおり、音姫は魔法、由夢は剣術で それぞれ才能の片鱗をみせ将来を有望視される存在であった。
その上自分たちの特別性を鼻に掛けることもなく誰に対しても 平等に接するため男女問わず人気があった。
さらに二人とも世間一般でいう“美少女”であった。それも家族同然である義之が 身内贔屓フィルターを外して見ても間違いなく美少女と思える程の美少女であった。
そんな二人に挟まれて歩くだけでも注目されるというのに、さらに説教までされてはたまったものではなかった。


 (うう……し、視線が…)


耐え切れなくなった義之は、せめて説教の矛先を自分から移させようと静観していた由夢に話を振る。


 「朝といえば……由夢」

 「はい、どうかしましたか?兄さん」

 「あの起こし方はどうかと兄さんは思うのだが?」


見事な裏モード全開の笑顔で聞き返す由夢に対して、義之は今朝の出来事を注意する。
音姫の説教の矛先を由夢に移そうという 見え透いた作戦だった。
普通の人ならばこんな見え見えの罠に引っ掛かるわけがないが…


 「あの起こし方?」


……ここに引っ掛かる人がいたらしい。


 「ああ、寝ている俺の腹目掛けて本を落としたんだよ」

 「本を?由夢ちゃん、それはちょっとやりすぎじゃないかな?」

 「ほら、音姉もこう言ってるだろう」


義之は思惑通りに矛先を移せたかと思い内心安堵の溜息をつくが……


 「や、あれはお祖母ちゃんから教わった由緒正しいねぼすけの起こし方ですから」


さすがに由夢もその辺りの対処法は心得ていた。


 「お祖母ちゃんが?」

 「うん。お祖母ちゃんも同じ方法でお祖父ちゃんを起こしてたって」

 「ふ〜ん。そうなんだ……」


尊敬し慕っている祖母の言葉と聞いて音姫はすんなりと納得する。
見事自己防衛に成功した由夢は今度は反撃に打って出た。


「大体、兄さんが素直に起きてくれれば何も問題はないんですよ?」

「そうだよね。やっぱり弟くんが………」

「…………」


こうして矛先は再び義之へと向けられ、音姫と新たに加わった由夢による義之へのお説教は学園前まで続くのだった。
……その間義之に向けられる視線―主に嫉妬の―が途絶えることは無かった。

























あとがき。

皆さん初めまして。『太陽の砦』の管理人・火輪と言います。以後お見知りおきを。
はい、という訳で始まりました、この二次創作。
すでにプロフィールを見て頂いた方はご存知かと思いますが(まだ見ていないそこのあなた!後で見てくださいね)
実を言うと私、昨年の夏からPCゲームをやり始めました、未だ若葉マークの取れないPCゲーム初心者なのです。
しかもこのHPもSSも全てにおいて処女作であります。ですので至らぬ点も多々あるとは思いますが温かい眼で見守って頂けたらと思います。何卒ヨロシクお願いします。

さて、あいさつはここら辺で。
肝心の本編についてですが、記念すべき第1話はダ・カーポUのシナリオを殆どそのまま流用する形となりました。
想像力貧困なので許してください。
というかこういうほのぼのとしたの大好きなんですよね。いやマジで。なんで、一応このSSはバトル系にしようと思ってるん
ですがほのぼのも多いです。というかほのぼのの方が多くなります。たぶん。なのでバトル好きの方々申し訳ない。
でもバトルもちゃんとやりますよー。

で、キャラについて。
朝倉姉妹はダ・カーポUの中でも一番好きなキャラなのでなるべく原作そのままに雰囲気を壊さないようにしていこうかと。
…もう壊れちゃってるかもだけど。
そしてこの二次創作の栄光ある主人公(の筈)の桜内義之。
ちょっと原作よりも落ち着いた感じかも。でも私は熱血も好きなので熱血させますよー…そのうち。

まあ今回はこの辺で。

ではでは、また次回のあとがきで。



さてさて、いよいよ始まる物語。
美姫 「今はまだ導入部分故にほのぼのと」
これから先、一体何が起こるのかな〜。
美姫 「次回以降も目が離せないわね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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