キィンッ!!


渉が突き出した槍と由夢の双剣が打ち合わされ、高い金属音がリング上で鳴り響く。
由夢は衝突の際の反動に抗わずに一旦後方へと跳び間合いを取ろうとするが、渉は間髪を入れずに由夢の手前に移動し再び突きを繰り出す。
由夢は体を少し横に逸らす事でそれを回避する。

試合開始からこれと同様の攻防がすでに数十回繰り返されていた。

それは本来とは立場が逆の光景だった。
古来より剣で槍に勝つ為には相手の三倍の技量が必要といわれている。
それは槍が剣よりも圧倒的に間合いの面で有利である為である。
さらに由夢の持つ双剣は普通の剣よりも僅かだが短くなっているため、間合いにおいては圧倒的に渉が有利であった。
だが、何故か渉は自ら間合いを詰め、突きを繰り出す。
それは自らの間合いに入り込んだ敵を迎え撃つ、槍本来の戦い方とは異なる、一見すると無謀ともいえる行為だった。
しかし今この場においてはこれが最も有効な判断であると渉は考え、実践していた。

剣で槍に勝つ為には相手の三倍の技量が必要。
しかしそれは普通の使い手の話であり、今は状況が違っていた。
間違いなく由夢の技量は渉を上回っていた。
それだけでも驚嘆に値する事実なのだが、最も重大な要因は別にあった。
それは由夢の常人を遥かに越えた速力。
なにせ由夢の速力を渉は完全に見極めることができていないのだから、その凄まじさが推し量れるというものだった。
試合開始直後から攻めているのは渉だったが、由夢はそれを全て見切り、回避あるいは双剣でいなしていた。
そのうち数回は衣服を掠ることはあったが、一撃も入ることはなかった。
由夢の速さは確実に渉を凌駕していた。


 (……マジで速ぇ!)


渉は由夢の速力を身を以て体感していた。
こうなると先日、偶然にだが由夢の戦う姿を見れたことは僥倖だったと思わずにはいられなかった。
あの時、由夢の並外れた速力を目の当たりにしていなければ、試合開始と共に間合いを詰められ、即座に敗北していたかもしれなかった。
それゆえ、渉は詰めすぎず、かといって離れすぎずといった絶妙な、まさに紙一重の間合いを維持することによって由夢が懐に入り込もうとするのを辛うじて防いでいた。
渉は攻めの体勢を崩すことなくさらなる突きを繰り出し続けた。





     ●





ビュッ!


 「ふっ!」


一方、由夢はというと次々と繰り出される渉の突きを回避しながら攻めの機会を窺っていた。
仮にも渉は本戦まで勝ち残ってきた実力者であり、槍使いとしてならおそらく国内でも五指に入るであろう腕を持っていた。
全ての突きが的確に芯を突いてくる。
それゆえ速さに頼り闇雲に攻めることが危険であることは由夢自身も理解していた。

だが、このままの状態が続けば先に体力が尽きるのは自分であろうと考えいた。
いくら由夢の技量が優れていても、まだ成長期の少女である。
男である渉より体力の面で劣っていることは疑いようの無い事実だった。
持久戦に持ち込まれてはこちらが不利……そう考えていた。










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第11話 ダ・カーポ武術大会 〜一回戦〜

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ワァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!


二人の白熱した高度な試合展開に会場全体から大歓声が沸き起こっていた。

そんな中、控え室の入り口から試合を観戦していた義之もまた、由夢と全く同じ事を考えていた。
別に由夢を贔屓に観ているわけではない。
二人が第一試合の対戦者同士と決まったときからどちらかに偏った応援をするつもりはなかった。
勝った方が次に進む。ただそれだけであった。
義之が由夢の立場に立って思案を巡らせているのは、単に今状況が不利なのが由夢の方だからという単純明快な理由からだった。


 (このままいけばジリ貧なのは明らか………俺なら……)


リング上で展開される試合を見詰めながらも、由夢の立場を自分と置き換えて頭の中でシミュレーションを繰り返す。
義之ならば渉と体力は同等であるが、由夢はそうではない。
ならば強引にでも自ら活路を見出すしかない。
そして最も有効かつこの状況を打破できる答えを導き出す。

さて、果たして由夢はどうやってこの状況を打破するのか。


 (どうする……由夢)


そしてそれは直ぐに明らかとなる。





     ●





少しくらいの危険など顧みず、自ら攻めに転じる。
懐にさえ入ることができれば立場は一転し、剣が有利となる。
ならば多少の危険などは払い退ける。

それが由夢が弾き出した答えであり、義之が弾き出した答えでもあった。
そしてそれは直後、体現される。



 「はっ!」


もう何十度目にもなる渉の槍から繰り出された突きに対して由夢は自ら飛び込んでいく。


 「!」

 『!』


それには渉も見ていた観客たちも驚きを隠せない。
激しく突き出される槍に対して、飛び込む由夢の速度も並ではない。
もしも槍を避け切れなければ由夢の華奢な体躯には風穴が空けられる事だろう。
それゆえ自ら槍に向かって飛び込むなど並みの度胸ではできない芸当だった。

しかし、だからこそ、その行動には意味があった。
槍が完全に突き出されてから動いたのでは意味は無い。
それでは今までと同じである。
突き出される最中の槍に向かい、かわすことができればそこには必ず隙ができる。
そしてその隙をつき、一気に勝負をつける。
それが由夢が導き出し、今まさに体現したものだった。

回避した際に槍の三叉になっている矛先の一つが由夢の腕を掠めるが、そんなことは気にしない。
渉の、突き出す最中の槍をかわされた動揺と崩れた体勢を由夢は見逃すことなく、その距離を縮める。


 「ちッ!」


しかし、渉も何もせずにいるという訳ではない。
突き出し終わらない槍を自身の腕力に任せ、文字通り力任せに槍の真横を通過する由夢に向かって横に薙ぎ払う。


「ウオォ!!」

ブォン!


しかし、渾身の力を籠めた横薙ぎに返ってくる筈の手応えはなく、聞えるのは空を切る乾いた音だけ。
由夢の姿は横薙ぎにされた槍の下にあった。
膝を折り、小さな体を更に縮め、槍を回避した姿であった。
更にそのままの体勢から渉の懐へと踏み込むと、すでにそこは由夢の間合いとなっていた。
そして逆手に持った双剣を渉に向かって下から鋭く斬り上げる。
渉も何とか槍を手元に戻し、槍を横にして由夢の斬り上げを防ごうとするが、体勢の乱れた槍で由夢の斬撃を防ぐことは叶わず、一撃を受け止めた槍は渉の手を離れ、上空へと弾かれる。


 「はぁぁッ!!」


そのガラ空きとなった渉の腹部へと、由夢の激烈な蹴りが打ち込まれる。


 「がッ!」


その蹴りを腹部へと見事に受けた渉は体に走る激痛を感じながら後方へと吹き飛ばされる。

ドサッ!


そして受身も取れずに地面に叩きつけられた。
落ちた先はリングの外、つまりは場外。
それゆえ試合は……


 「板橋渉の場外により、勝者 朝倉由夢っ!」

ワァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!


由夢の勝利で幕を引いた。





     ●





―――――観客席。


 「渉君……負けちゃったね」


試合を見届けていた小恋が小さく言葉を漏らす。


 「でも凄かったよ」

 「……そうね。以前よりも腕が上がっていたわね」

 「朝倉妹相手にあれだけの試合を見せたのだ。板橋の評価は悪くはあるまい」

 「うん、格好よかった。普段もああなら良いのにね〜」


小恋が漏らした言葉に、ななか、杏、杉並、茜はそれぞれに渉への評価を口にする。
それは試合に負けた者に対する同情の言葉ではなく、大舞台で見事な姿を見せた仲間に対する称賛の言葉だった。
それが分かっているからこそ小恋もそれに同意する。


「うん、そうだね」





     ●





―――――王族専用テラス。


 「由夢ちゃんが勝ったよ! 姉さま」

 「ええ、さすが由夢さんね」


王族専用のテラスから乗り出すように由夢の試合を観戦していたティナとセレネがそれぞれに喜びと称賛の声を上げる。
特にティナは由夢の勝利が余程嬉しいらしく、体全体でそれを現していた。


 「ほぉ……容姿のみならず戦う姿までお主によく似ておるな。音夢よ」


観戦していたカロルス王もまた、由夢の試合を称える。
自分の孫であり同時に弟子でもある由夢に対する王の言葉を、音夢は素直に受け取る。


 「ありがとうございます」

 「……似なくていいとこまで似てるけどな」


カロルス王の言葉に小さくボソリと付け足すような純一の余計な一言に音夢はピクッと反応する。
表面だけは上機嫌のままの裏モードで純一に詰め寄る。


 「兄さん、それはどういうところでしょうか?」

 「ほら、その裏モードとか……ッテテ!」


言い切る前に音夢は純一の頬を抓り黙らせる。


 「ほほほ、そんなことを仰るお口はコチラかしらね?」

 「……おぉ…ぐぉわ」


さらに力を籠められ声にならぬ声を発する。


 「ア、アハハ……」


笑顔にも拘らず怒りマークを浮かべながらのその行為に見ていた周囲の人間は苦笑を漏らす。
それに気付いたのか音夢は、純一の頬から手を離し、少し恥ずかしそうに頬を紅くし、咳払いをする。


 「コ、コホンッ」

 「つー……」


漸く開放された純一は頬を擦りながら渋い顔をしていた。
そんな場を紛らわせようとしてかティナが話題を振る。


 「そ、そういえばよーくんの試合っていつかな? 姉さま」

 「確か……次の次、三試合目だったと思うわ」

 「そっか、楽しみだね」


本当に楽しみに、嬉しそうな笑顔を見せるティナをカロルス王は嬉しそうに見ていた。


 「ティナは余程その者のことを気に入っているのだな」


そのカルロス王の核心を突いた言葉に、ティナの顔はそれまでの嬉しそうな笑顔から、瞬時に紅く染められた焦りの表情へと変わる。


 「そ、そんなんじゃないよ!
  そ、その…よーくんは幼馴染で、お友達で、だ、だから、えっと、応援を……」


ティナはワタワタと両手を振りながら慌てた様子を見せる。
それを見たカロルス王は笑い声を上げる。


 「はっはっはっ、まあそう照れるな。
  隠さなくてもよいではないか」

 「だから、そんなんじゃないんだってば!」


その微笑ましい光景にセレネや音夢はこちらも微笑ましい顔で見詰めていた。
しかし、そこに爆弾が投下される。


 「まあ、義之は意外にモテそうだがな」


その純一の言葉に周囲の人間の視線が集まる。
カロルス王からは「ほう、そうなのか」という納得の視線。
セレネからは「あらあら」という困ったような視線。
音夢からは「なんて余計なことを」という呆れた視線。
そして渦中のティナは「えっ」というような顔で固まった後、驚きの視線が純一へと向けられた。


 「じゅ、純一さん! そ、それってホント?」


焦った様子で純一に詰め寄り言葉の真偽を確かめるティナの剣幕に押され、純一は一歩後ずさりし「あ、ああ…」とだけ言い、肯定する。


 「そうなんだ……」


それを聞いたティナは何やら考え込み始める。
ティナのその様子に純一は言葉を付け足す。


 「しかしアイツは鈍感そうだからな、気付いてないだろ」


そのティナを励ますかのような言葉に反応したのは何故か音夢だった。


 「……兄さんは人のことを言えません」


それは若かりし頃を思い出して搾り出された言葉なのか。
音夢から白い眼を向けられ、思い当たることがあったのか純一は逃げるかのように視線を逸らす。
そんな二人を余所にカロルス王はティナへと楽しそうに笑いかける。


 「それではティナもウカウカしてはおれんな」

 「もう、お父様!違うってば!」


テラスには紅い顔をしたティナの声が響いていた。





     ●





 「ぶぇっくしゅッ!」

 「おわッ」


選手控え室に義之のクシャミ声が響く。


 「……きったねぇぞ、義之」


クシャミを目の前でモロに喰らった渉のジト眼が義之を見据える。


 「ぐずっ……わりぃ」

 「兄さん、風邪?」

 「いや……なんか急に鼻がムズムズして………んー?」


由夢の問いにグズグズと鼻を啜りながら義之は答える。
テラスで自分の噂をされていることなど露知らず、イキナリのクシャミに首を傾げる。
だがすぐに気を取り直し、由夢と渉に眼を向ける。

先程の試合で結果として勝者と敗者に分かたれた二人の様子はいつもと変わらなかった。
負けた渉の方も多少の悔しさはあるようだがその顔はスッキリとしていた。
試合終了直後の渉は控え室で出迎えた義之にこう言った。

―――――確かに負けた事は自体は悔しいけどな……俺は全力を出し切れたから試合に関しては悔いはねぇよ。

それはまさに全力を出し切った末の心境なのだろう。
自分の持てる力を出し切ることができれば、たとえ負けても悔いは残らないという良い例だった。
だから義之も勝者である由夢も慰めの言葉などは一切口にしなかった。
優しい言葉も時として侮辱の言葉へと変わってしまうのだから。



既に話題は他の試合の事へと変わっていた。


 「義之の出番は次の第三試合か。
  相手は? 強いのか?」

 「確か……騎士団の団員………だっけ?」


義之も良く知らないのか言葉は所々途切れていた。
出場選手のほとんどは今日始めて顔を合わせた者たちであるため、義之が知らないのも無理はないのだが。
そんな義之の言葉を補足するように横から由夢の声がする。


 「騎士団の方で間違いないです。
  昨年の準優勝者だそうです」

 「準優勝……」


初めて耳にした事実に義之も少なからず驚きの表情を見せる。
昨年の大会を見ていた訳ではないが、準優勝者ということはその腕前もかなりのものであろう事が予想された。


 「そりゃあ初戦から大物を引き当てたな、義之」

 「みたいだな」


渉は含みのある笑顔で義之の肩に手を置いてくる。
義之も渉と同意見だった。
相手は全員本戦まで勝ち抜いてきた猛者たちであるし、優勝を目指すのならば誰が相手でも同じではあったが、それでも初戦から昨年の準優勝者が相手なのは大物を引き当てたと言われても仕方のないことだった。

だが、義之が大会に出場した理由の一つに自身の腕を試す、というものがあった。
ならばより強い相手と戦えることは望むところだった。
そして何より……


 「俺は由夢とも戦ってみたいからな」


だからそれまでは負けられないと。
そう言って笑みを浮かべて義之は由夢と向き合う。
幼い頃は一緒に鍛錬を行っていた時期もあった。
だが年を重ねるごとにその機会は少なくなり、近年では殆ど手合わせをすることはなかった。


 「私もだよ、兄さん」


その抱く想いは由夢も同じ。
幼い頃より本当の兄妹のように……いや、それ以上にいつも一緒にいた相手。
だからこそ戦ってみたいと思えた。





     ●





 「それではこれより一回戦第三試合を始めたいと思います」


既にリング中央では義之と対戦相手のマルコが向かい合い開始の合図を待っていた。
そこに選手紹介の解説のアナウンスが響き渡る。


 「桜内選手は風見真央武術学園所属の剣士!
  初出場ながらも予選ではダ・カーポ聖騎士団の一人を打ち倒して本戦出場を決めています!」

 「対するはダ・カーポ聖騎士団所属のマルコ選手!
  マルコ選手は昨年の大会で準優勝という好成績を修めた凄腕の騎士です!」


どうやら由夢の前情報は正しかったらしい。
観客席からもオオォッとより大きな歓声が聞えてきた。
しかしその声も特定の人物たちによる声で掻き消される。


 「おとうとくーーん! お姉ちゃんが応援してるからねーーー!」

 「義之くーーーん! やっちゃえぇーーー!」

 「よ、よしゆきぃー、ガンバレーー」


音姫、ななか、小恋の黄色い声援が聞えてくる。
三人の容姿も手助けした明らかに目立つその声援に、義之は恥ずかしそうに若干顔を赤らめ、左手で額を押さえる。
そんな様子を可笑しそうに、目の前のマルコは苦笑していた。


 「あの賑やかなのはキミのお友達かい?」

 「ええ……。
  スミマセン……お騒がせして」


これから真剣勝負を行おうというのに、場の空気を削ぐ様な声援に思わず義之は謝ってしまう。
しかし、マルコは屈託のない笑顔でまたしても笑う。


 「ははは、華やかな声援、結構じゃないか。羨ましい限りだよ」

 「そう言って貰えると助かります」


人当たりの良いマルコの様子に義之も素直に礼を言う。
どうやらこのマルコという青年は、アルシエルとは違い中々の人格者のようだった。
しかし、そこでマルコの表情が変化する。


 「でも、だからと言って手加減はしないよ」


笑顔には違いなかったが、それまでの可笑しそうな笑顔とは違う、真剣な眼をした笑顔だった。
それは一人の騎士が対戦相手へと向ける真摯な眼差し。


 「ええ、当然です」


その視線を真っ向から受け止め、義之も頷く。
これから行われるのは真剣勝負。
試合といえども、そこに相手への手加減などあってはならない。
義之は両手で握った大剣を右に構え、
マルコもまた両手で柄の長い戦斧を握る。
二人は互いに自身の得物を構え、審判の開始の合図を待つ。
審判は眼を配らせ、二人の準備ができた事を確認すると静かに手を挙げ、


 「一回戦第三試合………はじめっ!!」


開始を告げた。


 「まずはお手並み拝見!!」


先に動いたのはマルコだった。
開始の合図と同時に義之に向かって戦斧を全力で振り下ろす。
戦斧が大きな音をたててリングの石床を叩き割る。

ズガァ!!


義之はバックステップでそれをかわすと、着地と同時に屈み、戦斧を振り下ろした隙を突き、前方に向かって跳び込む。
助走をつけた下からの逆袈裟切りを繰り出すが、マルコは素早く戦斧を持ち上げそれを防ぐ。
さすが騎士団の一員ということはあり、重量のある戦斧を巧みに操っていた。
そのまま、大剣と戦斧がぶつかり合ったままの体勢で暫し拮抗する。


 「……やるねぇ」

 「それはっ……どう、もッ!」


それも長くは続くことなく、大剣を捻り、戦斧を弾き、上段から剣を振り下ろす。
マルコはそれを戦斧を横に構え盾にして防ぎ、力で押し返す。
そしてすぐさま大きく横から戦斧を薙ぎ払う。
義之はそれを先程のマルコ同様、大剣で受ける。
だが単に盾として受けるのではなく、接触の瞬間に戦斧の速度に合わせ、刀身を逸らせることで攻撃を受け流す。
そしてそのそのまま速度を殺さずに突きを繰り出す。


 「!……ぐぁッ!」


その義之の動きはマルコの予測を完全に上回り、マルコの肩に一撃が入る。
一撃を受けながらも次の攻撃を回避するためにマルコは後方へと跳び去る。
義之はそれに追随せず、その場で大剣を構えなおしていた。
見る人間によってはその義之の行動を甘いと言う者もいるかもしれないが、義之は試合という理由からそれをしなかった。
一方マルコはというと、決して浅くはないその傷口を手で押さえ、乱れた息を整えていた。


 「はぁ、はぁ……
  さすが……あのアルシエルに勝ったというだけのことはあるか……」


それはこの間の義之とアルシエルの勝負のことを示しているのか。
乱れた息を整えながらもその視線は義之から離されることはない。


 「なぜそのことを……」


マルコが知っているのか、という義之の疑問に対してマルコは自嘲気味に苦笑しながらも答えを返す。


 「君は知らないのかもしれないが、アルシエルは騎士団の中でもトップクラスの実力を持っている」

 「………」


そのことは純一から聞かされていたので義之も知っていたが、敢て口に出すことでもないだろうと静かにマルコの言葉を待つ。


 「そんなヤツが団員以外の、しかも少年に負けたとなれば少なからず噂も立つということさ」


どうやらあの時のアルシエルとの勝負は騎士団の中で噂になっていたらしい。
あの時は騎士団の鍛錬の時間であったため周りでは遠巻きにではあるが多くの団員が見ていた。
確かに噂になっていたとしてもおかしくはなかった。


 「君に負けた後、アルシエルは熱心に鍛錬を積んでいたよ。
  周りが驚くほどにね」


あのプライドの高い男が周りの眼を気にもせずに鍛錬を行う。
その姿は普段の彼を知るものを驚かせるには十分だったのだろう。


 「アイツのあんな姿はボクも初めて見たよ。
  そして思った、ボクもその少年と戦ってみたい、とね」

 「それは……どうも」

 「そして今それは叶ったわけだけど
  ……いや、今も継続中だから叶っている、かな。
  とにかく、ボクは今キミと戦えている」

 「………」

 「戦ってみて確信したよ。
  アルシエルが負けたというのも頷ける。
  キミは強い……おそらくボクよりも」

 「!……」


試合の最中に自分は相手よりも劣ると認めたマルコの言葉に義之は少なからず驚く。


 「それゆえ一人の騎士として嬉しく思うよ。
  自分が全力を出して戦える相手に巡り合えた事を」


それは騎士としての心構えから来るのだろうか。
意識の違いはそれぞれなれど強い相手と戦いたいというその想いは変わらない。
強き者と戦うことで自分もまた一段強くなる。
このマルコもそんな騎士の一人だった。
その義之に向けられる純粋な強さへの渇望は決して嫌なものではなく、むしろ同じ想いを持つ者として心地よいとさえ義之は感じていた。


 「さあ、お喋りはここまでだ」

 「そうですね」


言葉を交わす二人の表情は笑顔。
それは試合を甘く軽んじているというものではなく、純粋に目の前の相手との勝負が嬉しいという歓喜によるもの。
義之とマルコ、二人は共に体を屈め体勢を整える。


 「いくぞッ!」

 「はぁッ!」


二人は互いに踏み込みその距離を一瞬で縮める。
そして繰り出される大剣と戦斧による剣戟の嵐。
斬り上げ、払い、防ぎ、かわし、弾き、振り下ろす、そんな幾多の攻防が十数度交わされる。
義之とマルコ、共に全力での打ち合いが続いた。
いつの間にか観客も声援を送ることも忘れ、静かにその光景に見入っていた。
場内に響くのはぶつかり合う金属音だけ。

そしてそれも終わりを迎える。

ザンッ!


リング上で肩膝をつくマルコと、大剣を突きつけ立っている義之。
それが試合の勝敗を見事に語っていた。


 「はぁっ……やはり…っ……はぁっ…強いな」

 「あなたも」


それは同情などではない偽りのなく思ったこと。
それはマルコも承知していた。


 「…はぁ……しかし、勝者は一人だけ、だ」

 「ええ」


自分の言葉に律儀に答えを返す義之の様子が可笑しくマルコは苦笑を浮かべる。
そして思った。
この少年と戦えてよかった、と。
これを糧に自分はまだ強くなれるだろうと。
それゆえこの勝負に自ら終わりをつけるための言葉を告げる。


 「私の……負けだ」


その言葉で義之は大剣を引き、代わりに左手を差し出す。


 「俺も…あなたと戦えて良かったです」


差し出された手を最初は驚きの様子で見詰めていたマルコはその言葉で笑みを浮かべ、義之の手を取る。
義之は反動をつけ、マルコの手を引き立つ手助けをする。

その光景に会場全体から大きな拍手と歓声が鳴り響いた。



―――――――桜内義之、一回戦突破。

























あとがき。

はい、第11話です。
ここからよーーやく、武術大会でのバトルが始まりました。
長かった……なんでこんなに始めるのが遅くなったのかと、我ながら不思議でなりませんな。
ともあれ前半部では由夢VS渉という仲間同士の対決。
本当は義之以外の試合は素っ飛ばしていこうかとも思ってたんですが、ここの他でこの二人が戦うことはないだろうなと思い、書くことにしました。
後半部はまたしても義之VSオリキャラの対決となりました。
当初のマルコはこんなに爽やかなキャラじゃなかったんですけど、書いているうちにこんなカンジになってしまいました。
我ながらやり過ぎたかなと思ってます。

ともあれこれから先こんなカンジでようやくバトルが増えていくと思います。
お楽しみに。

ではでは、次回のあとがきで。



由夢、義之共に一回戦突破〜。
美姫 「さてさて、これから先はどうなるのかしらね」
このまま勝ち進めば、義之と由夢が闘うことになるけれど。
美姫 「果たして、そんな展開になるのかしら。それとも…」
次回もお待ちしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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