試合を終えた義之とマルコはリング上を降り、選手控え室へと通ずる通路へと向かっていた。
起き上がる際にマルコは義之の手を借りたが、歩くことには支障は無く、多少の辿々しさは在るものの平常と変わらないと言って差し支えは無かった。
「大丈夫ですか?」
それでも義之は隣を歩くマルコに憂慮の面持ちで声を掛ける。
「はは、大丈夫さ」
しかし、それは杞憂に過ぎなく、マルコは笑顔で笑い返す。
「騎士団に所属していれば嫌でも怪我には慣れるものだよ。憶えておくといい」
それは先輩としての激励または忠告か。
マルコは危惧していた。
この少年は優しすぎる、と。
表向きには強がって見せてはいるが、心底では相手を傷つけることに対して抵抗を持つ。
恐らくは今までも相手を傷つけない、もしくは軽傷で済ませるような戦い方をしてきたのだろう。
それで今まで勝ちを拾ってきたのだとしたら、その技量には感服する。
だが騎士としては未熟だ。
今さっき、試合が終わった直後に聞いた彼の戦う理由。
『護るため』
そう彼は言った。
その志は立派だ。恐らくは騎士になるに最も適した人間であると言えるだろう。
だが気付いているのだろうか。
護るため、そのために振るうその剣は凶器。他者を傷つける為に生まれた存在だということを。
護るためには時として「奪わなくてはならない」ということを。
それは相手の命であるかもしれないし、別の何かかも知れない。
共通するのは、それが相手にとって大事なモノであるということ。
戦いに勝つにはそれを奪い取らなくてはならない時も在る。
もちろん、話し合いで解決できる場合もあるかもしれないが、そんなのは極稀、稀有に過ぎない。
大概の場合、奪うという選択肢を選ばなくてはならない。
この少年はその時に決断できるだろうか。
奪うという選択肢を。
出来るならそれで良い。しかし、出来ずに、その結果として護るべきモノを失ったとき。
この少年は自我を保っていられるだろうか。
真っ直ぐな人間は一度の挫折、悲しみで簡単に壊れる可能性を持つ。
マルコは義之にそうはなって欲しくなかった。
しかし、自分とて未だ未熟者だ。これ以上掛ける言葉を見つけることはできないし、今はその時ではない。
そう思い、マルコは今考えたことを頭の中から振り払った。
「……!」
その時、マルコは選手控え室までの道で横を歩いていた義之の表情が変化したことに気付いた。
その視線は通路の先、控え室の方を見詰め、そこにいたのは……
「勝ったようだな」
アルシエルだった。
次の第四試合がアルシエルの出番なのか、こちらにゆっくりと歩を進める。
義之たちの前で止まろうとはせずに、会場へと進んでいく。
だが、義之の横を通り過ぎようとした時、アルシエルが呟いた。
「私もすぐに勝利する。二回戦で待っていろ」
立ち止まる事も眼を合わせる事も無く、只それだけ言って立ち去っていった。
そう、先程の義之とマルコの試合が一回戦の第三試合、そしてこれから行われるアルシエルが出場するのが一回戦の第四試合。
順当に行けば、二回戦の第二試合で義之とアルシエルは再び戦うこととなる。
義之はその事が解っていたのか、アルシエルの言葉に沈黙し、けれど肯定していた。
「アルシエルは前よりも強くなったようだね」
それは同じ騎士団に所属する身の人間としての率直なマルコの感想。
アルシエルの発する雰囲気からそれを察していた義之も頷く。
「ええ、そうみたいですね」
「だが、負けるつもりはないんだろう?」
言ってマルコは我ながら解り切った事を聞いたものだと苦笑した。
おそらく義之の答えは、
「当然です」
やはりこの少年は真っ直ぐだなとマルコは笑った。
その時、控え室の方からこちらに向かってくる気配を感じた。
義之はアルシエルの後を追い、会場に向けていた視線を控え室の方に戻す。
そこにいたのは、あの全身を黒ローブで覆った男だった。
どうやらアルシエルの対戦相手はこの男らしい。
会場へと歩を進める男を気に留めながらも、義之たちも控え室に向かって歩き出す。
そして義之と黒ローブの男がすれ違うその瞬間。
「………ヤツに似ている」
義之は立ち止まり、反射的に後ろを振り向いた。
しかし、黒ローブの男は止まろうとはせずに会場への出口へと消えて行った。
そして選手二名が姿を見せたことで沸きあがる大歓声。
ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
それを聞きながら思案に深ける。今あの男がすれ違い様に言った言葉の意味を。
ヤツとは誰のことなのか、その人物に自分が似ているということなのか、と。
今ある材料では其処までが限界。
考えても分かるわけもなかった。
「どうかしたのかい?」
そんな呆然とした義之にマルコが声を掛ける。
どうやらマルコにはあの男の声が聞えなかったらしい。
「……いえ……何でもないです」
考えても仕方ないと、義之はマルコを促し、今度こそ控え室へと……
『それでは! 一回戦、第四試合、始めっ!』
試合の開始の合図が聞えた。
しかし、そこで義之は違和感を感じた。
それは隣を歩くマルコも同様らしく、義之と同じ不思議そうな顔をしていた。
二人が違和感を感じた原因は、音。
「静かですね」
「ああ……いや、静か過ぎる」
試合が始まったというのに先程までの大歓声が全く聞えてこなかった。
気になった義之たちは会場への出口に向かって駆け出す。
そしてそこで眼にしたのは……
「なッ!?」
リング上で静かに佇む黒ローブの男と、
「……バカな」
その眼前に倒れ込むアルシエルの姿だった。
「アイツは……」
王族専用テラスで、その試合を観ていた純一は小さく呟いた。
周りではカロルス王やティナたちが今の試合に驚きの表情を見せていたが、純一はそれとは違う意味で驚いていた。
確かに今の試合内容……といっても一瞬の出来事だったが、明らかにレベルが違うものだった。
普通の人間ならば驚くのは無理もないだろう。
しかし純一が驚いたのはそのことに対してではなかった。
あの黒ローブの男。
純一はあの男が誰であるかを知っていた。
恐らくカロルス王は気付いていないだろう。
唯一この会場内で純一の他に気付いている者がいるとすれば音夢ぐらいだろうが、その音夢もちょうど席を外していたため今の試合を観ていない可能性が高い。
そうなると気付いているのは純一だけということになる。
まあ、そんなことはどうでもいいかと純一はその現状を一蹴し、その黒ローブの男について考える。
本当にあの男が純一の知る人物ならば、こんなに多くの人が集まる表舞台に出たがる性格ではない筈だ。
長い間逢ってはいなかったが、あの男に限って、性格が変化したということは絶対に在り得なかった。ならば何故?
そしてもう一つ気になる事といえば、二回戦で義之と黒ローブの男が戦うということだった。
面白い。純一は素直にそう思った。
自分の弟子である義之とアイツの戦いとは見応えが在りそうだ、と。
そこまで考えると、純一はテラスの出口に足を向ける。
本来抜け出そうものなら音夢に何を言われるか分かったものではないが、僥倖にも今音夢は留守だった。
抜け出すなら今しか無いか、と純一が動こうとしたとき、目敏くそれに気付いた人物がいた。
「あれ? 純一さん、どこか行くの?」
ティナだった。
音夢にバレないように口止めしておくかとも思ったが、純一の脳裏に一つの閃きが脳裏を過ぎった。
結論から言えば、ティナや純一の立場を考えれば、ソレは限りなく問題視されなければならないモノなのだが、純一はその事も解った上で……
「なあ、ティナ」
「え?」
ソレを実行へと移した。
●
一方、義之たちは観客席の音姫たちと合流し、昼食をとっていた。
先程の第四試合の結果には驚愕したものの、二回戦が始まるまでの第五試合から第八試合の間に早めの昼食をとっておこうという話になったのである。
そういうわけで、義之たちはラウンジに来ていた。
さすがにまだ一回戦の半ばで時間も早いということもあり、周りには他の客の姿は一人もなく、広いラウンジには義之たちしかいなかった。
とはいっても、義之たちは、義之、音姫、由夢、渉、ななか、小恋、杏、茜、杉並といった総勢九人の大所帯なのでそれなりの賑わいを見せていた。
「でも、良かったのか?」
義之の言葉に皆が「なにが?」という表情をする。
見事に全員の視線を集めてしまい、義之も一瞬狼狽する。
「いや……俺や由夢は次の試合の関係上、早めに昼飯を喰うのは解るけど。
その……皆はまだ試合観たかったんじゃないかなぁ、と」
言葉を区切って皆を見渡す。
折角の武術大会なのだから、わざわざ自分たちに合わせなくても…というのが義之の意見。
それを聞いた杏と茜が小さくフゥと溜息を吐き、杉並が嫌な笑みを浮かべた。
「……相変わらず鈍感ね」
「だよね〜」
「さすがは桜内、といったところか」
「?」
義之には何のことかサッパリ解らなかったが、渉を除いた他の皆は解ったらしく義之から眼を逸らしていた。
そうまであからさまな態度をとられると義之も気になってしまう。
「なあ、どういう……」
「いいの、弟くんは気にしなくて」
「や、兄さんは気にしなくていいんです」
意味を問い質そうと口を開けば、音姫と由夢が同時にそれを遮る。
しかし、そこまでされると逆に聞きたくなるのが人の心情というもの。
「気になる……」
「義之君はまだ知らなくていいんだよ」
「うん、うん。義之は知らなくていいの」
今度はななかと小恋に遮られた。
そこまで自分に言いたくないことなのか、と見当違いなことを考え、仲間外れにされた気分に陥り、義之は軽く落ち込む。
●
そんな義之たちの背後から忍び寄る影があった。
話に気をとられている義之たちはその気配に気付かない。
その人物はターゲット、すなわち義之の後姿を照準に定め。
気配を悟られぬようそーーっと背後に近づき。
その二本の手で義之の首を狙い。
そして……
ギュウッ
抱きついた。
●
「のわッ!?」
突然、首を二本の細い腕でホールドされる形で抱きつかれた義之は変な叫び声を上げた。
背中から感じる温かく柔らかな感触。
鼻を擽る芳香。
恐る恐る首を真横にずらして見ると、
「えへへ〜」
義之の顔のすぐ傍、そこに満面の笑みを浮かべたティナの顔があった。
頭からスッポリとローブに包まれ着ているドレスは隠れているが間違いなくティナだった。
「どう?どう? よーくん! びっくりした?」
悪戯に成功して喜ぶ子供のように……と言うかそのまんまなのだが、とにかくティナの表情は嬉々としていた。
対称的に義之は抱きつかれた格好そのままで何の反応も見せずに呆然とする。
眼は大きく開かれているが視線は定まっておらず、口がポカンと開けられていた。
その予想外の状況に抱きついたティナも不安になる。
「あ、あれ? もしもーし、よーくーん」
反応なし。
「聞えてますかー?
あなたの愛しのティナちゃんですよぉー」
またもや反応なし。
「おっかしいなー……えいっ」
ぷに
今度は義之の頬を指で突っ突いてみる。
程よい弾力で突いた指が押し返される。
「あっ、これ気持ちいいかも」
ぷにぷに
義之の頬の感触が気に入ったのか、「えいっ、そりゃ」という掛け声と共にティナは何度も頬を突く。
そうしているとようやく呆然としていた義之も現実へと戻ってきた。
「なっ」
「な?」
「なんっでお前が此処にいる!!」
義之の叫び声が誰もいない静かなラウンジに響き渡った。
それを超近距離で耳にしたティナは頭に星マークを浮かべていた。
「うわー、頭の中がグワングワンってするよぉ」
「ああ、スマン………じゃなくてっ!
なんでお前が此処にいるんだ、ティナ!」
思わず謝ってしまったのはさておき、義之の疑問は最もだった。
今は大会の真っ最中、ティナは王族専用のテラスで試合を観戦している筈である。
なのに何故こんなところに、しかも護衛も侍女もつけずにいるのか。
「何でって……よーくんに逢いに?」
何故疑問符が付いているのかは敢て無視するとして、問題はないのだろうか?
答えはNO。
仮にも王女が観戦中に抜け出すとは問題アリアリだろう。
きっと今頃テラスではティナを探して大慌てになっているのではないだろうか。
王女が行方不明など警備に就いた人間にとっては大失態だ。
警備の騎士に同情する。その時……
チクッ、チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクちく……
背後から物凄い、それも複数の気配を感じた。
いや気配というよりも視線か。首筋にまるで針で突かれたかのような痛みを感じた。
恐る恐るそちらに首を回してみると……
「ッ!」
見なければ良かった、と刹那に後悔した。
そこには背後にドス黒いオーラを背負った四人の鬼神…もとい、音姫、由夢、ななか、小恋の姿があった。
表情こそ笑顔だったが、その視線はソレだけで人死にが出る程のこう、何て言うか、凄み?を持っていた。
正直、怖い。
それをまともに見てしまった義之は突き刺さる視線に思わず息を呑む。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だったが、未だティナに首に手を回されているのでそれも出来ない。
四人が何故あんな恐ろしいオーラを発しているのかは義之には解らなかったが、恐らくティナの出現に関係があるのだろうと推測し、打破に取り掛かる。
「ティ、ティナ! 離れろ!」
「え〜なんでぇ?」
(な、何でって……お前にはこの空気がわかんないのか!)
口には出せず心の中で訴えるが、それでティナが退くはずもなく。
向けられる威圧感(プレッシャー)は強さを増すばかり……
(ああ、なんか前にもこんな事あったなー……)
耐え切れなくなった義之は現実逃避を開始する。
それは幸せなのか不幸なのか、非常に判断に苦しむことである。
●
その状況を何時の間に移動したのか杏、茜、渉、杉並の四人は隣のテーブルから暢気に観戦していた。
「……修羅場ね」
「うわー、私ドキドキしてきたよー」
「くぅ〜、何で義之ばっかり……羨ますぃー」
「うむ。中々の見世物だな、これは」
既に我関せずといったポジションをとっているあたりは、流石だった。
それというのもこれと同様な光景を今までにも幾度となく見物してきたのだがら、好い加減に耐性がつくと言うものだった。
このまま義之が慌てふためく様子を見物したままのランチというのも面白そうだと、情け容赦ない仕打ちも考えられていたのだが、今は少し状況が違っていた。
「あの娘、誰だろうね?」
茜の疑問も最もだった。
それには杏も渉も、杉並ですら返す答えを持ってはいない。
「……それに…そろそろ時間が微妙ね」
義之や由夢が出場する二回戦が始まる前に昼食を摂ってしまおうというのが、この時間にラウンジにいるそもそもの理由であった。
しかし突然のティナの登場により、何時の間にか残された時間は余裕があるとは言い難いモノとなっていた。
このままでは本末転倒である。
「うむ。良い人間観察の場ではあるのだが……仕方ない。
名残惜しいがそろそろ助け舟を出してやるとするか」
そう言うと杉並は座っていた椅子からスッと立ち上がると
「桜内!」
●
杉並の呼び声に義之はサッと視線を向けた。
その反応の速さからは、義之がどれだけ四人の視線から逃れたかったのかが良く解った。
義之が視線を逸らした事で、自然と音姫たち四人の視線も杉並に向けられる。
それでも杉並は気にせずに話を進める。
「とりあえず、皆にその令嬢を紹介してはどうだ。
話はそれからでも遅くはあるまい」
確かにティナが登場してから皆に自己紹介というものをしていなかった。
名前は義之がティナと呼んだことから分かったが、その他についてはローブを被っている為、顔すら分からないでいた。
杉並に言われ今更ながらその事実に気付いた義之は、渡りに船と、
(ナイスアシスト! 杉並!!)
杉並に年に一度有るか無いかの感謝の意を唱え、少なくともこの現状を打破する為に、ティナを促す。
「ほ、ほら、ティナ。
と、とりあえず皆に自己紹介を……」
が、そこまで言って義之の言葉が止まった。
(ちょっと待て、自己紹介なんかさせていいのか?ティナは仮にも王女だぞ。無闇矢鱈に顔を晒すのは良くないだろ。
あっ、音姉と由夢も そんな顔してるし。幸い名前もティナとしか呼んでないし……
よし、ここは適当な理由をでっち上げて顔は見せずに自己紹介するという方向で……ってティナ!?
なにローブに手を掛けてんだよ! 見せる気か? 顔を見せる気なのかぁ!?)
「あっ、そういえばそうだね。じゃあ……」
「ちょっ、待てティナ! やっぱり…」
「よいしょっ、と」
パサッ
「あっ……」
義之の制止の言葉は今一歩届かず。
無残にもフードが背に当たる軽い衣擦れの音がする。
「えっ? よーくん何か言った?」
「……いや」
義之は顔に片手を置き、俯きながら顔を横に振る。
そして指の隙間から恐る恐る視線を覗かせると……
そこには驚きのあまり眼を丸くし、口をポカンと開けた音姫と由夢を除いた仲間の姿があった。
普段から驚きを見せない杏や杉並ですら驚きを隠せずにいるのが分かった。
義之は心の中ではぁぁぁぁぁぁっと盛大な溜息を吐いた
そんな周りの様子には気付かないのか、ティナは背筋を伸ばして腰の前で手を組み、
「皆様はじめまして。
サーカス国第二王女、ティルミナ=レ=ダ・カーポと申します」
礼儀正しいお辞儀をする。
『……………』
『……………』
『……………』
『……………』
暫しの沈黙。一呼吸置いた後、
『えっ、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
えええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!!???????』
驚愕の声が辺りに轟き渡った。
質量を持たない筈のソレは、風圧の壁となって空気中を伝達する。
あまりの声量に周りの空気がビリビリと震撼する。
こうなる事を予想できていた義之、音姫、由夢の三人は耳を手で押さえていたが、ティナは一人その大声量の直撃を受け、その衝撃のあまりフラフラと後ろに倒れそうになる。
「っと、大丈夫か?」
「ほぉわぁ〜よーくんが三人に見えるよぉ〜」
咄嗟に義之が支えるが、ティナの眼には星がキラキラと輝き、頭上ではピヨピヨとヒヨコが円を書いて歩いていた。
とてもじゃないが大丈夫そうには見えなかった。
しかし、そんな二人にお構いなく、
「ど、どういうことなの義之君!!」
驚き慌てた様子でななかが。
「そ、そうだよ!説明してよ義之!!」
不安げな表情で小恋が。
「これは一大事ね」
冷静なようで口の端を吊り上げた杏が。
「なになに!なんでなんで!!」
興味津々と茜が。
「これは……ミステリーだ」
怪しげな薄ら笑いを浮かべた杉並が。
「こっ、このぉぉスーパーウルトラデラックスウラヤマシイゾチクショウラブルジョワ野郎がぁぁぁぁぁ!!!」
嫉妬の炎を激しく燃やした渉が。
それぞれに好き勝手なことを言いながら義之に詰め寄る。
渉の意見は全男子を代表としての魂の叫びなのかもしれないが……。
兎に角ハッキリ言って手に負えなかった。
皆は止まる事を知らないかのようにギャアギャアと義之を質問攻めにし、後退りする義之は遂には壁際に追い込まれた。
『さあ、説明し(てよ)(て)(ろ)!!義之(君)(くん)(桜内)!!!』
何も隠すつもりは無かった。
一度は義之も説明しようと思ったのだから、ティナが王女であるということがバレてしまった以上はキチンと説明するつもりでいた。
しかし、それは当の「説明しろ」と言い寄る者たちの圧力によって遮られていたのだからどうしようもなかった。
そんな中、
「みんなちょっと落ち着いて」
音姫の声に皆が反応し振り向く。
「私たちが説明します。だから少し落ち着いて下さい」
由夢が諭す。
義之と同様にティナのことを知っていた二人は、当然皆のように取り乱すことなく冷静だった。
二人の言葉に気付かないうちに自分たちがかなり取り乱していたことに漸く気付いたのか、皆はバツの悪そうな顔で義之から離れてとりあえずといった様子で席に着く。
漸く開放された義之だが安心したのか、そのままズルズルと壁に背を付けたまま座り込んでしまう。
「はぁぁぁぁ〜」
肺に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出す。
「よーくん大丈夫?」
「……何とか…。
―――って、ティナこそもう大丈夫なのか?」
心配して義之の隣で膝を折るティナ
何時の間に回復したのか先程までのほわ〜状態は影を潜めていた。
「うん、平気。
よーくんのお友達って賑やかな人達ばっかりだね」
「……面目ない」
「なんで謝るの?
羨ましいくらいだよ」
ティナの視線が皆の方に向けられる。
義之もそれを倣って視線を向けると、そこには音姫と由夢の説明に熱心に聞き入れる皆の姿があった。
そこまで熱心にならなくてもと思ったが、余計なことは口に出さない。今はそれよりもティナだ。
視線を向けるティナの表情は笑顔。言葉通り羨望の眼差しにも見えた。
視線はそのままにティナが口を開く。
「私にとってお友達はよーくんや由夢ちゃん、音姫さんしかいなかったから。
だからこんな風に同い年位の人達と騒げるのってすっごく羨ましいと思うよ。」
王女という立場上、ティナそれにセレネは殆ど城から出ることは無い。
出たとしても公務がその割合の殆どを占める。
また、王女が一般市民と親しい仲であると色々と問題も生じる。
カロルス王や一部の城関係者は寛大な為、それを気にする様なことはないだろうが、殆どの人間は快く思うはずが無い。
それが王家に生まれた運命と言われれば其れまでなのだが、それでも納得はしたくはない……。
そんなティナにとっては、こんな風に同年代の少年少女が騒ぐ当たり前の光景も、羨ましく思えてしまうのも仕方がなかった。
義之は其れが解ったからこそ、無言でティナの頭を撫でた。
「はわぁっ!?」
「変な声だすな。ったく」
「いきなり頭撫でられたら普通ビックリするよ〜」
「なら止めるか?」
「ううん。もう少しこのままで……お願いします」
最後が敬語だったのはご愛嬌。眼を瞑り撫でられるその顔は喜色満面なのだから。
昔からティナや由夢はこうやって義之に頭を撫でられると嬉しそうにしていた。
義之自身にしてみれば妹を慰め、元気付ける一つの儀式のようなモノに過ぎないのだが、ティナや由夢が嬉しそうにしているので良しとする。
先程の杏の言葉を借りれば成る程『鈍感』である。
それはともかく、
「でもな、ティナ。どうやったかは知らないが一人で抜け出すなんて駄目だろ。
―――っていうか良く抜け出せたな……きっと今頃大騒ぎだぞ」
先程も言ったが王女が大会中に行方を晦ました。などと知られたら大問題だ。
関係者は血眼で、それでいて周りには知られないように捜索している真最中だろう。
「一人じゃないよ」
「は?」
「純一さんと一緒だもん。ほら、あそこに……」
と指差した先、そこには……
「……純一さん」
入り口付近のテーブルで優雅にコーヒーを啜っている純一の姿があった。
義之は思わず頭を抱え項垂れた。
「純一さんが連れてってくれるって……だから逢いに来たんだよ?」
「成る程……納得した」
純一が一緒ならば警護の眼を掻い潜って抜け出すことくらい簡単に出来るだろう。
しかし、それは能力的な問題であって、立場上の話ではない。
純一も聖騎士団総隊長という立派な肩書きを持つ身だ。
そんな人物が、国家主催の、武術大会の、試合中に、王女を連れて、持ち場を抜け出し、剰え優雅にティータイムと洒落込んでいるなど。
聞く人間によっては血の雨が降りそうな位問題が有りそうだった。
義之はそれに該当する人物を知っているだけに余計不安になる。
再び視線を純一に向けるとコーヒーを啜りながらヒラヒラと手招きしているのが見えた。
義之にこっちへ来いと言っているらしい。
(こっちは音姉と由夢がいるし、ティナのこと任せても大丈夫か。
二人なら上手いことティナと皆の仲取持ってくれそうだしな。
寧ろ俺が居ない方が話が纏まる気がするし……なんでかは分からんが)
そう考えた義之は皆の方に視線を向け言葉を放つ。
「音姉!由夢!」
「えっ、弟くん?」
「なんです兄さん?」
皆に説明を続けていた二人は突然背後から声を掛けられ、驚きの表情で振り向く。
「俺、純一さんと話してくるからティナのこと頼むよ」
師である純一を無視するわけにもいかず(無視する気など最初から無いのだが)義之はティナを二人に任せ純一の下へと向かう。
向かう途中、純一が居る事に気付いたらしい音姫と由夢の声が聞えたが、そっちは敢て無視した。
●
「よう。一回戦は何とか勝てたようだな」
「ええ、まあ……っていうか純一さん? 良いんですかこんな所に、しかもティナまで連れて。
後で音夢さんに何を言われても知りませんよ、俺は」
「無問題(モーマンタイ)だ。
僥倖にも今音夢は席を外しててな、まだ気付かれてない筈だ。バレる前に戻れば問題なし」
本当に問題が無いかのように平然とコーヒーを啜る純一。
そんな訳は無いのだがと義之は苦笑する。
「ははっ、そんなもんですか。でもワザワザどうしたんです?
まさかティナを連れて来る事だけが目的ってわけじゃないでしょうし……」
「ああ、ティナはついでだ。
出掛けに見つかったんでな、お前たちに逢わせてやるってのもあったが、
音夢にバレたときの良い言い訳になるかと思って連れて来た」
純一は「まあ、そうなったら無駄だろうがな」と最後に付け加えた。
それには義之も首肯する。
万が一、純一が抜け出した事が音夢にバレるようなことがあれば、そんなモノは何の役にも立たないだろう。
問答無用で裏モードによる折檻が待っている筈だ。
それは幼い時から家族同然に傍にいた義之が良く知っていた。
「まあ、そんなことは今はいい。
俺が今用があるのはお前だ、義之」
カップを机上のコースターに置き、肩肘を付き顎を乗せ視線を義之へと向ける純一。
その視線は真剣なようで何処か可笑しそうな笑いが含まれているように見えた。
義之は黙って純一の次の言葉を待った。
「次の試合。全力でやれ」
その言葉に義之は二・三度瞬きをする。
「え? ……そりゃあ勿論。
っていうか今までも全力でしたし……」
試合に臨む以上、義之は常に全力を出してきた。
それが予選でも、マルコとの一回戦でも。
それは観ていた純一も当然解っていた筈だ。なのに何故?
「意味が違う。『全力で』だ。分かるか?」
途端、純一の視線が鋭利さを増した。
それと同時に義之は察しがついた、純一が何を言いたいのかが。
しかし、ソレは……
「まさか……アレのことですか……?
いや、でも、アレはそもそも純一さんが……」
「ああ、俺が禁じてたな。
だが次の試合のみ、限定的にその禁を解く」
その言葉に義之は息を呑む思いだった。
禁をするということは、其れ相応の理由が有るからに他ならない。
そしてその理由を義之も純一も理解している。
その理由とは『危険性』。
それなのに何故、純一は禁を解くなどと言うのか。
「まあ、狼狽するのも無理はない、か。
理由を教えてやる。
――――――そうでもしないとアイツとは勝負にもならないから、だ」
『勝負にもならない』つまりそれは義之が負けるということと同意。
純一はこのままでは義之があの黒ローブの男に負けるというのだ。
義之とて少なからず自身の腕に覚えがあった。
純一に慢心と言われればそれまでだが、実際に出場選手の中でもトップクラスに位置しているのは事実だった。
しかし、純一は『勝負にもならない』と言った。
それは即ち義之とあの男には雲泥の差があるということに他ならない。
「純一さんは……あの人を、知っているんですか?」
「……何故そう思う?」
純一なら先の第四試合――黒ローブの男とアルシエルの試合を、それが本の僅か、一瞬だったとしても観ていたのであれば黒ローブの男の実力を見抜いていたとしても不思議ではなかった。
『剣聖』の二つ名は伊達ではないのだから。
だが、先程純一はこうも言った。
『――――――そうでもしないとアイツとは勝負にもならないから、だ』
『アイツ』……それはまるで知人、それも親しい仲の人に対する呼び方に聞えた。
そしてあの男も又、義之とすれ違いざまに言った。
『………ヤツに似ている』
あの時の『ヤツ』というのが純一のことであるなら二人の言葉には共に辻褄が合う。
そう義之は考えたのだ。
「あの人に言われたんです。『ヤツに似ている』って。
純一さんも今『アイツ』って言いましたよね? だから……」
「だから何か関連性が有るんじゃないか……そう考えたわけか」
義之は首肯する。
「ふむ、お前中々鋭いな。普通それ位じゃ気付かないぞ?
……まあ、ぶっちゃけるとだ、お前の推測は当たってる」
「そう、ですか」
「まあ、それはその内に話すとして今は試合についてだ。
さっきも言ったが全力でやれ」
再び同じ話題になると義之の顔に艱苦の表情が浮かぶ。
余程苦く辛い思い出があるのだろうか。
「結局そうなりますか……」
「ああ、じゃないと…ってこれはさっきも言ったな。
それにだ、昔と違って今なら少しは制御できるだろう。良い機会だと思って手綱の締め方を身体に直接叩き込め。
実戦に勝る修行なし、だ」
そう言うとカップに手を伸ばし残ったコーヒーを一気に啜り、椅子から立ち上がる。
「とにかくだ。
全力を出せって事には変わりはない。
どうしても拒否するってんなら師匠命令出すぞ?」
純一は口の端を吊り上げ笑顔をつくる。
ここまで言われては義之に反論の余地は無かった。
「わかりました。
純一さんがワザワザ伝えに来てくれた事ですから。
……その助言に従います」
義之の言ったことは的を得ていた。
あの常日頃から「かったるい」を心情としている純一が音夢に咎められる恐れがある中でワザワザ助言しに来てくれたのだ。
軽い言葉に聞えてもその中身は決して無視していいモノではないことぐらい弟子である義之は重々承知していた。
だからその言葉には素直に従おう。
「ああ、そうしとけ。
一応愉しみにしてるからな、良いもの観せてくれ。
……ティナ! 戻るぞ!」
見ればティナが皆の輪の中で談笑していたのが分かった。
どうやら上手いこと打ち解けたらしい。
名残惜しそうに皆と挨拶を交わし、ティナがこちらに駆け寄ってくる。
「お待たせしましたぁ〜」
「なんだ、ご機嫌だな」
「えへへ〜、お友達が一度に沢山出来ちゃったぁ」
「そうか、そりゃぁ何よりだ」
適当なようで答える純一の表情は喜悦の表情のように見えた。
ティナに友達が出来たということは純一にとっても喜ばしいことなのだということが見て取れた。
そしてそれは義之も同じ。
「良かったなティナ」
「うん。よーくんのおかげだよっ。ありがとう」
満面の笑みで礼を言われ、義之は苦笑する。
「俺は何もしてないだろ、皆に紹介してくれたのは音姉と由夢なんだし。
感謝するならあの二人に、だろ?」
なにせ自分は何もやってないのだから。結果的にあの二人に任せる形になってしまったのは頂けない。
それでもティナは言葉を止めない。
「もちろん音姫さんや由夢ちゃんもだよ。ちゃんとお礼言ってきたし。
でも私がここに来たのはよーくんに逢うためだから、よーくんにもありがとうだよ」
ここまで言われると、断ることが逆に悪いように思えてくるから不思議だ。
人の好意は素直に受けろということか。
若干違う気がしないでもないが……。
「まあ、それでお前の気が済むならいいけどな。
ほら純一さんもう入り口まで行っちゃったぞ。早く追ってけ」
見れば純一はスタスタと一人ラウンジの出入り口に向かって歩いていた。
お礼を言うのに夢中だったティナはそれに言われるまで気付かないでいた。
「わっ、ホントだ置いてかれちゃう。
じゃあよーくん、試合、頑張ってね。―――――純一さーん、待ってぇーー!」
最後に元気良く皆の方に手を振ってティナは純一の後を追っていった。
それを見送った義之はフゥと溜息を吐く。
思い出されるのは先程の純一との会話。
「『全力でやれ』か……
自分の事ながら不安、なんだよな。今の俺に出来るかどうか……」
正直不安だった。
その原因は過去の出来事にあるのだが。
「ともかく全力を尽くすしかない、か……
『全力でやる』ことに全力を尽くす。なんて可笑しな話だけどな」
義之は笑った。
――――――――この後に大きな出来事が待ち受けているとは思いもせずに。
あとがき。
えーーっと……今回の話を書いていて判明したことが一つあります。
それは『ほのぼの書き始めると無駄に長くなる』ということです。
何でかなー?ほのぼのパート書き始めると何故か長くなるんですよ。それも大して意味も無く。
今回も後半の義之と純一の会話だけだった筈なんですけど、何時の間にやらティナが登場し、半分持って行かれました。
ホントに何でだろう?
そんな理由で今回もバトルまで辿り着けませんでした。ホントにスミマセン(謝罪)。
本気でジャンルの部分訂正しちゃおうかと思っています。まあ、その内に。
今回はこの辺で。
ではでは次回のあとがきで。
あの黒ローブの男は何者なのか。
美姫 「それに、義之の全力って」
いやー、今後の展開に関わりそうな重要な事なのかな。
美姫 「まとめてどばばんと投稿してくれたから、すぐに続きが読めるわね」
確かに。
美姫 「それじゃあ、また次で」