由夢は無事、二回戦を突破した。
無傷、とまではいかなかったが一回戦の渉との試合に比べれば比較的楽に勝ちをモノにしたと言えよう。
そして現在、由夢は一人で選手控え室にて次の試合の開始を待っていた。
勿論、義之の試合である。
因みに渉は試合も無い為、音姫たちと共に観客席へと移っていた。
「兄さん……」
今の由夢は深憂の面持ちをしていた。
その対象となるのは、之も又義之。いや、正確に言えばこれから義之がしようとしている行動についてか。
先程リングへと向かう義之から告げられた言葉に由夢は驚きを隠すことが出来なかった。
いや、隠す必要など無いのだ。義之の身を心配するならばソレは止めなくてはならないこと。
現に由夢はソレを聞かされた直後に義之へと告げたのだから。
『ダメだよ! 兄さんっ!』
しかし、義之はその願いを受諾してはくれなかった。
師である純一の助言、何より自分で決めた事だから、と。
由夢は少なからず祖父である純一に本気で怒りを覚えた。
純一に対してこのような感情を持つなど何年振りであろうか。
少なくとも此処数年には無かった事だ。
それだけ純一から義之への助言は意味の深いモノだったのだ。
「お祖父ちゃんだって分かってる筈なのに……。
アレの後、兄さんがどうなったか知っているはずなのに……
なのに……なんで?」
思わず頭を廻っていた思考が口から言葉として発せられる。
周りには純一は勿論、誰もいない。
誰に対するモノと聞かれれば自分へ、と答えるかもしれない。
それだけ由夢は義之のことを心配していたのだ。
由夢が義之の身を案じる中、無常にも試合開始の合図がされる。
―――――――― 二回戦第二試合。
―――――――― 義之 対 黒ローブの男。
―――――――― 今その火蓋が切って落とされた。
刻は試合開始直前まで戻る。
リングの上、その中央で義之は試合開始の合図を待っていた。
少し距離を空け眼前に立つのは対戦相手である黒ローブの男。こちらも静かに始まりの時を待っていた。
(この人が純一さんの昔の知り合い……か。
昔ってどれ位前のことなんだ? ひょっとして前大戦時の……)
「……お前、あの『馬鹿』の関係者か?」
義之が思案に耽っていると、今まで沈黙に徹していた黒ローブの男が唐突に言葉を発した。
「えっ、ああっ、と……『馬鹿』って誰の事ですか?」
まさか声を掛けられるとは思ってもいなかった義之の第一声は間抜な返事。
しかも男の言う『馬鹿』が誰を示しているのかが分からず肝心な答えを返せずにいた。
ファーストインプレッションとして可也間抜である。
「……アイツだ。
身分不相応にあんな所にいる『かったるい男』のことだ」
黒ローブの男は親指で先を示す。
そこにあるのは王族専用テラス。
つまりはあそこに居るであろう人物で『かったるい男』と称される人物。
そんなのは純一しかいないだろう。
そんな表現の仕方で察しがつくのも如何なものかと思うがそんな人物は他には居ない。
もし他にも居るのであれば是非ご拝顔を得たいものだ。
「純一さん……ですか?
関係者かと聞かれれば、一応は師弟関係です」
「師弟、か……フッ、アイツが弟子を持つとはな。
世も末だな……だが、其れならば納得できる、か。
お前の剣にアイツの剣が僅かに重なって見えた理由がな」
義之と純一が師弟関係にあると告げられた男は苦笑。
それは純一のことを深く知っているから漏れたものだろう。何となくだが義之はそう感じた。
そして今の会話で一つの疑問が明確な答えを得ることが出来た。それは先刻、男が呟いた『似ている』という一言。
あれは義之の剣が僅かながら純一のソレに似ていた、とそういうことだったのだ。
だが、義之と純一の剣で酷似している処など、最早殆ど無い。
というのも、純一から直接的な師事を受けていたのはもう何年も前の事。
そこから先は全て義之は独りで修行を行ってきた。つまり今の義之の剣は殆ど我流に近い。
その中に純一の剣と似ている部分を見つけたこの男は、純一のことを知り尽くしていることが分かった。
「アナタと純一さんは…一体どういった……」
『ではこれより二回戦第二試合を始める!』
関係なのか、と義之が問い掛けようとしたその時。
試合開始の前合図がされ、強制的に会話を中断される。
「……そんな話をする積もりは無い。
どうしても知りたければ直接アイツに聞け」
『二回戦第二試合……』
「……分かりました」
『始め!』
●
―――――王族専用テラス。
「動かないね」
それはティナの口から漏れた言葉。
眼下で行われている試合を観ての感想とも言えるモノだった。
いや、行われているというのも可笑しな話か。
何故なら義之と黒ローブの男、共に試合開始の合図がされてから全く動きを見せていないのだから。
その様子に会場の観客たちも静寂に徹していた。
「兄さん……」
音夢は視線はリング上に向けたまま、隣に立ち同じくリング上を見ていた純一に声を掛ける。
「なんだ」
「義之君の対戦相手……あの黒ローブで顔を隠した男性。もしや……」
それは問い掛けというよりは確認。
恐らく音夢は自らの予想が事実であることは分かっている。その上で確認をしたいだけなのだ。
だから純一もそれに答える。
「ああ、たぶん今お前が考えていることは正解だ。アイツだよ」
「やっぱり……でもそれならば何故?
彼はこんな所に好んで出てくる人ではないでしょう?」
音夢も純一と同じ結論に達する。
どうやら、あの黒ローブの男。純一のみならず音夢の知り合いでもあるらしい。
「俺もそう思う。
が、アイツの考えることなんて俺にも検討つかん。つーか反則に近いだろ。
それに関しては本人に聞くしかないな」
何せ純一もあの男とは何年も逢ってはいないのだから。
「ったく。
ホントに何考えてんだか……」
●
―――――リング上。
義之は剣を正眼に構えたまま動かなかった。いや、動けなかった。
目の前で対峙する黒ローブの男。
身体は頭からスッポリとローブに包まれているため使う得物が何かも分からない。
ローブに包まれたあの格好は戦いの場では邪魔にしかならず、武器を繰り出すのも遅れる。
周りの観客たちから見れば隙だらけに見えていることだろう。
しかし、それが間違った認識であることは対峙している義之自身が良く分かっていた。
―――全く隙が無い。
確かに素人が一見すると隙だらけに見えるかもしれない。
だが其の実、義之は付け入る隙を見出せずにいた。
振り下ろし、振り上げ、突き、薙ぎ、払う。
どう思案を廻らせたところで、ソレラが相手の身体に届くことは無く、逆に斬られる。
そんなイメージしか浮かんでこなかった。
(くそっ!)
一筋の汗が頬を伝う。
これが純一の言っていた『勝負にもならない』ということなのか?
もうどれ位の時間が経過しただろうか。
十分?一時間?一日?
時間の感覚すら分からなくなっていた。
不意に今までのソレが破られる。
「どうした来ないのか?
ならば……」
―――――此方から往くぞ。
「!」
その声は義之の直ぐ傍から聞えた。
日頃の鍛錬の成果か頭が指令を下す前に義之の身体は反射的に剣を盾とした。
刹那。
義之の剣はこれまでに体験したことの無い、重い衝撃を受ける。
直撃は防いだもののその衝撃に耐え切れず、義之は身体ごと吹き飛ばされる。
「くぅぅっ!」
吹き飛ばされながらも剣をリングに突き立て、それを軸として両足を地に着け義之は体制を整えようと試みる。
しかし、剣を突き立て、両足を着いても尚、義之の身体は後方へと流される。
突き立てられた剣はリングに大きな傷を残しながら、勢いを殺す。
漸く止まったそこは既にリングの端、ギリギリだった。
義之は黒ローブの男を見据える。
相手は先程、義之がいた場所の真横に立っていた。
その右手にあるは漆黒の剣。
ローブの下から覗いた右手に握られていたのは、刀身から柄まで漆黒に染められた黒剣。
所々に金の装飾がされていて恐らくは名剣であろうことが推測できた。
だが今問題なのはそんなことでは無い。
先程の相手の動き。
恐らくこの会場内でそれを見る事ができたのは片手の指で足りる程の人数でしかないだろう。
そして義之の眼はその動きを僅かながら捉えていた。
相手が動く瞬間それは義之にも分かった。だがそれに反応はできなかった。
大剣を盾にして防いだのは偶然。反射的に行った結果、幸運にも防げただけに過ぎなかった。二度目は無い。
「中々良い眼を持っているな。
……だが偶然は二度も続かんぞ」
その通りだった。
いくら眼で追うことが出来ても、それに身体が追い付いて行かなくては意味は無い。
レベルが違う。それも桁外れに。
このままでは義之に勝ち目など無かった。
そう、『このまま』では。
今なら分かる。『勝負にもならない』そう言った純一の言葉の意味が。
今なら解る。『全力を出せ』そう言った純一の言葉の意味が。
――――やるしか、ない。
義之は大剣を構え、精神を集中させる。
身体の奥にある扉を一つ、また一つと開けて行く。
一つの扉を開けるのは決して容易では無く。
一つ扉を開ける毎に何かが身体を覆う。
徐々に、だが確実に。
そして最後の扉が開かれるとき。
封印されし力が開放される。
義之の身体が薄い、神秘的に光輝く膜のようなモノで覆われる。
それは身体だけに留まらず、握った大剣にまで及んでいった。
その正体は―――魔力。
「ほぉ……」
黒ローブの男が感嘆の声を漏らす。
しかし、今の義之にはソレに声を返す余裕は無かった。
(くっ……! ここまでは制御に問題ない。だが、ぐぅ……このじゃじゃ馬め!
少しでも集中力を欠けば直ぐにでも暴走する。長時間は耐えられない、か)
「……いくぞっ!!」
言い終わる前に一瞬前まで義之の足の下にあったリングの石板が砕け散った。
義之の姿は最早そこには無く。
次に現れたのは、黒ローブの相手の目前。
大剣を上段から振りかぶった義之の姿があった。
「ハアァァァァァッ!!」
振り下ろされた剣先から伸びた魔力が形無き刃となってリングを砕く。
「ちぃッ!」
しかし黒ローブの男の姿はそこには無く、義之はリングに着地すると共にそれを追って一跳。
魔力を帯びたその衝撃に耐え切れず、またもや足蹴にされた石板が砕け散る。
相手が次に移動した先は先程の立ち位置から見て、左側方。
今度は横薙ぎに繰り出す。
魔力で覆われた剣速は紫電一閃。魔力の跡を残しながらも相手に向かう。
その一振りに黒ローブの男は片手で黒剣を構える。
大剣と黒剣との衝突による金属音。
その交わった一点を中心に義之の魔力が円状に空気中へ飛散する。
その光景はまるで桜の花弁が舞い散るよう。
反動に逆らわず、両者は地を蹴り互いの間を空ける。
その衝撃と飛散した魔力によるものか。
男のローブに切れ目が入っていた。
顔を覆っていたローブはその切れ目を中心にスルリと脱げ、男の素顔が露となった。
黒ローブが脱げた中身も黒ずくめ。
その中で異彩を放つのは程よく伸びた銀髪と。
漆黒の瞳と対を成す真紅の瞳のオッドアイ。
その血の如き紅は魔に属するものの証。
●
―――――王族専用テラス。
「彼奴は!?」
驚愕の表情で椅子から立ち上がるカロルス王。
もし固定式の椅子でなければ大きな音を立てて倒れていた事だろう。
「やはり……」
確信と不審が入り混じった表情を見せる音夢。
「まったく……久しぶりに顔見せたかと思えばコレかよ。
なぁ、『紅夜』」
どこか呆れた様子で苦笑。そして恐らく名であろう言の葉を呟く純一。
三者三様。
しかし、全ての視線は眼下の男に注がれていた。
●
「なるほど」
黒ローブの男―――紅夜は静かに口を開く。
その黒紅の瞳は義之へと向けられる。
その台詞が耳に入り、魔力の制御を怠ることの無いようにしながらも、義之の頭の中は一つの推測に奔走していた。
真紅の瞳。
それは此の世界とは異なる世界、つまりは異世界の住人の証。
血の様に染められたその瞳を持つ種族を人は畏怖の感情を籠めて呼称する。
『魔族』
と。
この男もその一人であろうか。
だが真紅の瞳は片方のみ。
本当に魔族なのか。
なら目的は?
様々な憶測が義之の脳裏を掠めていく。
だが、
(……………ヤメた)
それを唐突に一蹴する。
(どうせ今考えたって分かる分けなし。
聞いた処でさっきみたいに答えてはくれないんだろうな。
そもそも純一さんの知り合いだってんなら少なくとも敵じゃあないだろ。
――――――――今は何より目の前の戦いを!)
そんな義之の心の葛藤を知ることは無く。
紅夜は言の葉を繋ぐ。
「自身を魔力で覆うことにより、力、速度、耐久、それら全てを爆発的に上昇させたか。
しかもその魔力……普通ではないな?」
見破られた。
それも本質から義之の特殊な魔力に至る全てを。
(全部お見通しか…ふぅ……参ったな)
義之は苦笑。
まさか一度の攻防でこうも簡単に見破られるとは思っても見なかった。
やはり純一の知り合いというのは嘘では無いらしい。
観察力から総合的な実力まで、格上の存在であることを義之は悟った。
紅夜の言った通り、今義之が纏っている魔力は特殊だった。
何が特殊なのかは当の義之や純一にも分からない。
だが秘めたる力の強大さは計り知れない。
まだ義之が幼く、純一に弟子入りして間もない頃。
義之はこの力に気付き、試し、暴走した。
幼く稚拙さ故、制御することは叶わず。
その荒れ狂う強大な力は周囲のみならず義之自身をも傷つけた。
幸いなことに周りには人がいなかったため、傷を負ったのは義之と停めに入った純一のみ。
しかし、其れを幼き由夢は確と眼に焼き付けていた。
兄と慕う少年が傷つき崩れ落ちる様を。
見ている事しか叶わず、涙で頬を濡らす事しか出来ず、悲しむ事しか出来なかった。
兎に角、純一は義之に力を使うことを禁じた。
それを義之も受け入れた。彼が誰よりも此の力を恐れていたから。
だが、今義之はその禁と解き放ち制御し戦っている。
何故。
目の前の男と戦うために。
恐らく力を解放した自分と紅夜。
どちらが上かと問われれば、即答できる。
それは紅夜だ、と。
魔力を帯びた剣の一振りを片手で持った剣で防いだのがそのいい証拠だ。
長年封印してきた自らも恐れる力。
其れをまさか片手で受け止められるとは予想していなかった。
純一レベルの実力かもしれない。
いや恐らくはそうなのだろう。
だとすれば今の義之の実力では逆立ちしようが勝てる見込みは無かった。
しかし、それで構わない。寧ろ望むところ。
マルコが言っていた。
自分が全力をだせる相手に廻りあえた事が嬉しい、と。
今の義之の心境も其れに近かった。
唯一異なる点は相手のレベルが違いすぎるということか。
だが其れも些細な事象に過ぎない。
大事なのは全力を出せるか出せないかだ。
現に義之はこの男と戦うことが無ければ禁を解くことは無かっただろう。
それをしたのは目の前の男と戦うため。
勝敗なんて最早二の次。後から付いてくるものだ。
だから今は戦おう。
全力で、今の自身の力の全てをぶつけよう。
間の前の、強大な力を持ったこの男へと。
「この魔力が何なのかは俺には分かりません。それは純一さんも同じです。
……でもこれを、禁をしていた此の力を解き放てと言われました」
「ふっ、俺はお前の修行台か?
あの馬鹿。随分な扱いをしてくれるな」
「ははは……『実戦に勝る修行なし』なんて言ってましたから否定はできませんけど」
「まぁいい……
だが手加減はしてやらん――――来い」
向けられる剣気は刃の如く鋭利。
意思の脆弱な者なら其れだけで動く事さえ儘ならないだろう。
義之はそれに無言で返し。
大剣を両手で右肩に掲げ、腰を落とす。
突進の体勢。
対する紅夜は黒剣を持った手をダラリと下げた儘、構えをとろうともしない。
構わず義之は魔力制御に集中。
足に纏う魔力の密度を高める。
そして次の瞬間、それを一気に爆発させる。
「―――――ハッ!!」
魔力の爆発による推進力を得た高速移動。
次の瞬間には紅夜の眼前に移動。同時に大剣を上段から袈裟切りに振り下ろす。
紅夜はそれを身体の軸を曲げることで躱す。
だが、義之の大剣はそこで終わらない。
魔力を纏った大剣は振り下ろし切る前に無理矢理に軌道を変更。
Vの字を描くように逆袈裟に紅夜目掛けて振り上げられる。
対する紅夜は振り上げられる義之の大剣目掛けて黒剣を振り下ろす。
二度目となる大剣と黒剣の衝突。
今度は拮抗することなく義之の大剣が押し勝つ。
しかし、それは紅夜が意図的に力を抜いた結果に過ぎない。
黒剣で大剣の軌道を強制的に逸らす。
そしてガラ空きになった義之の腹部へと紅夜の蹴りが放たれる。
義之は後ろへ軽く跳ぶと共に大剣から左手を放し腹部のガードへ。
そこで紅夜の蹴りが鳩尾の位置に命中。
義之は衝撃で後方へと下がるも、その際に振り上げた状態にあった大剣を無造作に振ることで追撃を防ぐ。
紅夜はそれを躱すも敢て追撃をせずに其の場に佇む。
義之は後方で身体を屈め着地。
二人の間に距離が出来る。
●
「……すげぇ」
観客席に場を移し、試合を観戦していた渉が一言漏らす。
それは驚き。
目の前で繰り広げられる、僅かに認識することが出来る義之と紅夜の戦いを見ての感想。
「私には何がなんだか分かんないんだけど……」
ななかがポツリと呟く。
それは当然であろう。
恐らくこの会場内で今の攻防を捉えることが出来たのはほんの一握りの実力者のみ。
それ以外の者たちには、撃ち合わされる金属音や光ぐらいしか認識できていないだろう。
それは雪月花の三人や杉並ですら例に漏れず。
(弟くん……)
その中で一人。音姫はただ義之の身を案じる。
音姫とて過去に義之が魔力を暴走させ重症を負った過去を知っている一人。
其の場には居合わせなかったモノの大傷を負い運ばれてきた義之の姿は今でも鮮明に思い出せる。
恐らくは今、義之が纏っている魔力がそれなのだということも察していた。
だから祈る。
ただただ一つの願いを。
一心に。
どうか、
(どうか無事に帰って来て……)
と。
●
先程できた距離は保たれた儘。
紅夜は息一つ乱さず淡々と述べる。
「武器を持っているからといってソレで攻撃が来るとは限らない。
時にはソレ自体が囮の可能性もある。憶えておくことだな」
「はぁ、はぁ、はぁ―――っ」
一方義之は息が荒く額に汗を浮かべている。それもそうだろう。
身体に纏った魔力を制御するだけでも相当な精神力を費やすというのに、それに加えての戦闘。
疲れないわけが無かった。
恐るべきはその義之の動きに全くの遅れなく対応し、退ける紅夜の実力か。
「はぁっ!!」
先程同様、義之は高速で紅夜に向かって一跳。
義之が紅夜の目前に到達すると共に大剣と黒剣の応酬が開始。
何度目かの攻防の後、三度目となる大剣と黒剣の交叉。
しかし今度は力で鬩ぎ合うことなく、義之は交叉した一点を軸に大剣を滑らせ、自身も右回りに円を描くように移動し、紅夜の背後に回りこむ。
そこで大剣を一振り。
紅夜も右回りに回転し黒剣を横薙ぐ。
四度目の交叉。
高い金属音と共に両者の足元のリングが砕け、周囲の石板が大きく隆起する。
どちらともなく跳び去り、突き出た石板の上に着地。
またも間合いをとる形となる。
「はぁはぁ…んくっ、っはぁ」
義之の吐く息の乱れが眼に見えるほどに荒くなる。
もはや魔力の制御も限界に近かった。
もう長くは続かない。
それは義之本人が一番理解していた。
●
(……よかった)
選手控え室で試合を観戦していた由夢は安堵の胸をなでおろしていた。
兄である義之が自身の魔力を制御することが出来た。それは喜ばしいことだった。
魔力を制御している義之の姿は辛そうに見えたが、昔のように暴走することは無さそうだった。
自分の心配していたことが杞憂に終わって良かった。
(本当によかった)
試合は相手の選手――紅夜が予想外の実力者なため苦戦を強いられている。
魔力を制御した義之は確実に由夢の上を行くだろう。
その義之でさえ苦戦するあの男は並大抵の実力者ではない。
頭の中ではそう認識できているのだが、心の中では魔力を制御した義之のことで一杯であり、気が緩み由夢は周りにまで気を回していなかった。
――――自らの背後で異変が起こっていることにも気付かずに。
●
恐らくは次の攻防が最後。
そこで決めなければ、自然と義之の力は尽きるだろう。
だが目の前の男には生半可な一撃では傷一つ負わせることさえ叶わないだろう。
ならば次の一撃に全力を注ぎ込む。
全力を注ぐ以上、躱されては元も子もない。
だが、紅夜は高い確率で其れを成すだろう。
それは何としても防ぐ。
義之は賭けに出た。
「はぁはぁ……次の一撃で最後です」
「む?」
義之の唐突な言葉に紅夜は怪訝な表情をする。
義之はかまわず続ける。
「恐らくその後俺は力尽きるでしょう。確実に」
それは事実。
「アナタが此の一撃を躱せば俺は勝手に自滅する」
「ほぅ……」
義之はそこで一息、そして一言。
「躱せばアナタの勝ちです」
相手の勝利。それは即ち自身の敗北。
「くっくく……成程。
確かに勝つことが目的ならば、それで俺の勝ちだな。……だが」
だがそれでは真の勝ちとはならない。
それは逃げの一手と同義。
これが義之の賭け。
敢て言の葉として口に出し、その選択肢を完全に排除させる。
「どうします?
受けますか?それとも……逃げますか?」
義之は笑みを浮かべる。
分かっているから。
目の前の此の男はそんな道を選ぶ相手ではない、と。
短い時間ながらも戦った義之にはそれを確信していた。
だから本当は賭けにすら成っていなかった。
相手の手札が分かっているのだから。
完全なワンサイドゲーム。
「全く、そんな処もあの馬鹿に似たか。
お前も不幸だな」
紅夜は口の端を上げ笑う。
義之も苦笑。
「いいだろう、受けてやる。
……全力で来い」
そこで初めて紅夜は黒剣を両手で構える。
義之はそれに首肯し、大剣を両手で右肩に担ぐ様に構える。
意識を集中。
魔力を制御。
其れまで全身を覆っていた魔力を全て大剣に集中させる。
その密度は此れまでの比ではない。
会場全体が静寂に包まれる。
誰もが決着の刻をじっと待つ。
――――――しかしその舞台は一つの異音で幕を閉じる事となる。
あとがき。
ほぼ全編バトルが占める第13話です。
ちょこちょこと他の面々も顔を出しはしたが、メインは義之と紅夜のバトルです。
義之が封印していた力で戦いを挑みます。が、それでも紅夜が優位といったカンジですな。
今までは随分と義之が強いように見えていましたが、それは常人レベルのお話。
本当の達人たちから見ればまだまだ荒削りということです。
これから先は当分?はバトルパートとなります。
上手く表現できるかは私の腕次第ですが、お付き合い頂けたらと思います。
ではでは、次回のあとがきで。
義之のアレが判明。
美姫 「でも、その力の源は不明みたいね」
そこに何か秘密があるのかも。
美姫 「後は何と言っても由夢の背後に何がって所よね」
これは確かに気になるな。なら、早速読むべし!
美姫 「これまた次でお会いしましょう」