闘技場の中心部分、リングが設置された周辺で義之たちが十二魔円卓と呼ばれる者たちと戦いを繰り広げている同時刻。
闘技場の他の場所でも暴れ狂う魔物に対しての戦いが行われていた。

医務室近くの広い回廊、常ならば負傷者にとって傷を癒し安らぎの場となる此処も今は魔物が蔓延る戦場と化していた。
幾人かの騎士たちが魔物に向かって剣を振るその中に金髪の騎士の姿があった。
アルシエルである。
一回戦で紅夜に破れた後、医務室で治療を受けていた彼は騒ぎを聞きつけ戦いに参加していた。


 「魔物風情がっ……!」


幸いにも紅夜から受けた傷は大したことは無く、ほぼ全快の状態で闘うことが出来ていた。
それは即ち手加減されたということに他ならないのだが……。

アルシエルとて騎士団において実力者と呼ばれる人物である。
それゆえ不幸にもその手加減されたという事実に気付いていた。


 「消え失せろっ!」


それが彼を苛立たせ、行き場の無い怒りを魔物にぶつけていた。
苛立ち、怒り、嫉妬、妬み、恨み、それら負の感情を剣に宿し力の限りに……。

そしてそれが結果として不幸な邂逅を呼び寄せることとなる。

ドォガァ!!

突然、回廊に雷が降り注ぎ辺り一面を吹き飛ばす。
当然、数瞬前までそこに存在したモノは全て消炭と化した。
人間、魔物その区別も無く。


 「うーん。ちょっと強すぎたかしら?
  ゴメンナサイね。ちょっと邪魔だったのよねー。アナタたち」


破壊された回廊の中空に一人の少女が立っていた。
ミコトである。
魔法の雷で辺りを薙ぎ払い、放つ彼女の言葉は懺悔の欠片も感じることは無い。
邪魔なゴミを払うかのように淡々と事を成す。
その幼きながらも美しさを併せ持った姿と残酷な行動はまさに妖艶なり。


 「やっぱり、探すなら地下かしらね?
  大事な物の隠し場所としてはポピュラーだし……ん?」


何かを探しているかのような独り言を呟きながら辺りを見下ろしていたが、何かに気付くように目を凝らす。


 「あら、驚いたわ。生きてるコがいたのね」


その視線の先にいたのは仰向けに倒れ付すアルシエルだった。
先程の雷をその身に受けながらも辛うじて命を取り留めていた。
しかし生きていたというだけでその姿は所々焼け焦げ、すでにその命は風前の灯だった。


 「がっ、はぁはぁ……ごふっ」


口から血を吐き今にも死国へと向かうその姿はあまりにも惨く、いっそ一思いに殺された方が慈悲あるとさえ思わせた。
そんなアルシエルの頭上からミコトが顔を覗かせる。


 「そんなになってもまだ死を受け入れようとしない……何故かしらね?」


笑みを浮かべたその問い掛けをアルシエルに届いていたかは分からない。
しかし、アルシエルは満身創痍でありながらも言葉を口にする。


 「……――――……―――」

 「んん?」

 「―――――――………」


最早消入りそうな声で、それでも自身の願いを、負の感情を籠め、呟く。
死の間際の願い。執着とも言える願い。
掠れた声は聞き取りずらく、消入りそうに弱い。
だが、只一人だけにだが。
確かにその願いはミコトの耳に届いていた。


 「くすっ。いいわ、その願い私が叶えてアゲル。
  顔は好みじゃないけど、その負の感情、十分だわ。
  欠番も埋めなくちゃならないから、ちょうどいいわ」


ミコトはアルシエルの身体に手を翳す。


 「私は十二魔円卓・第六位『節制』のミコト。
  貴方の願い、確かに聞き入れましょう」


次の瞬間、その場から二人の姿は消えていた。










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第15話 ダ・カーポ武術大会 〜鎮魂歌〜

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戦いの場は闘技場の中心部へと戻る。


 「ヒャッハァ!!」


オルクスの振るう大鎌が横薙ぎに同時に義之とマルコを強襲する。
二人はそれを辛うじて躱す。
大鎌を振るい終わった隙を突こうと、義之が地面を蹴る。
大鎌を振り始めた側の腹部側面を狙い大剣を振るおうと構える。


 「甘ぇ!」


だが、逆に引き戻された大鎌の石突で腹部を突かれ義之は吹き飛ばされる。
大きな武器を使用しているにも関わらず、オルクスには隙が無かった。


 「オイオイ、まさかソレで全力かぁ?
  こちとら手加減してやってんだからよぉ、もっと楽しませてくれやぁ」


呆れ声を上げるオルクスに義之とマルコは苦戦を強いられていた。
二対一。数の上では有利である筈だったが、それを覆すほどの力の差を感じずにはいられなかった。
消耗が激しいとの理由から義之は魔力を纏っていない状態ではあるがそれでも驚愕に値する事実だった。


 「クッ」

 「(義之君、別々に攻めてもヤツには通じない。
   ここは二人同時に攻め込もう)」


小声でマルコが義之に告げ、義之もそれに頷き返す。


 「散っ!」


合図と共に二人はオルクスの左右に走る。右からマルコ、左から義之の布陣だ。
対するオルクスは大鎌の刃を右に両手で柄を持ち迎え撃つ。

まずは義之が大剣を右に構え地を駆ける。
僅かに遅れてマルコも戦斧を掲げ間合いを詰める。
当然オルクスが先に対処に動いたのは義之。
大鎌の刃を膂力に任せて振り回す。
義之はその一振りを大剣の腹で受け止め、軌道を逸らす。
軌道を逸らされ大鎌を振りぬいたオルクスは左右共に隙ができる。
そこを義之とマルコ、同時に攻撃を仕掛け勝負をつける。



その筈であった。


 「ぐあぁぁぁっ!」


しかし現実にはマルコの左腹部へと大鎌の刃が突き刺さり、そのままマルコは吹き飛ばされた。


 「マルコさんっ!」


義之が叫ぶ。


 「ヒャハッハハハハハハ!
  全く弱えぇヤツ等は単純でオモシレェ。
  テメェ等のやろうとしてることなんざお見通しだっての」


心底楽しいといったカンジでオルクスが笑い声を上げる。

義之が大剣で大鎌の軌道を逸らす。
そこまでは作戦通りだった。
だがそこからオルクスは驚くべき荒業を成した。
軌道を逸らされた大鎌を持つ両手のうち、刃に近い右手を放し、石突に近い左手のみで大鎌を振るい、背後から迫るマルコへと刃を向けたのだ。
当然予測できていなかったマルコは直撃を喰らう。
防御もできず、大鎌の刃がその身に食い込む。
そして体ごと吹き飛ばされた。
即死しなかったのは単なる幸運でしかなかった。
遠心力でかなりの勢いを持った大鎌を片手で正確に振り回す膂力といい、作戦を見破り背後の確認もせずに的確に事を成す業といい、恐るべき技量だった。


 「さぁて、一人脱落。だな?」


にやついた表情で義之を見るオルクス。
マルコは吹き飛ばされたままの体勢から起き上がることすら出来ないのか蹲ったままだった。
即死ではないが傷は決して軽くは無く、急ぎ手当てをする必要があるだろう。
もはやグズグズしている時間は無い。


 「(消耗が激しいとかそんなこと考えてる場合じゃないな)」


これ以上時間を掛けるのは得策ではないし、目の前の敵を相手に後の事など考えてはいられない。
そう判断した義之は集中し、身体に力を籠める。
そして紅夜との試合で禁を解いた魔力を再び開放する。


 「ん? ヘェ……雑魚のくせにオモシレェこと出来んじゃねぇか」


オルクスも義之の纏う魔力に感づいたのか、口の端を吊り上げ笑みをつくる。
まるで余興を楽しむ子供のように。
義之は大剣を顔の直ぐ横に突きの形で構える。


 「面白いかどうかは受けてからにしろ」

 「ヒャハッ、益々オモシレェ!
  曲芸が出来るってだけで調子に乗んなよ雑魚がぁ!」


オルクスが地を駆け、義之が大地を踏み蹴る。
加速された二つの刃が激突する。





     ●





 「義之?……!」

 「余所見をするとは余裕だな!」


二つの剣閃が交わる。
もう幾度目になるのかも分からないその交差は同時に弾かれる。
純一とマーグリス。
二人の戦いは義之たちとは反対に未だ無傷で成されていた。


 「チッ、歳は取りたくないもんだな。
  お前程度に手こずるなんてな、かったりぃ」

 「ふん、人間など脆いものだ。
  寿命など我等魔族よりも遥かに劣る、嘗て最強と謳われた貴様とてな。
  惨めだな朝倉純一」

 「馬鹿言うなよ。俺は今に満足してる。
  お前に同情される憶えはねぇよ、マーグリス」


嘲笑うかのようなマーグリスに純一は余裕の態度で返す。
それが気に喰わないのかマーグリスは顔を顰める。


 「その態度、変わらんな。
  記憶が蘇るわ、三十六年前の憎き記憶がな!」


憎悪の感情を露にし怒鳴るマーグリスに純一は指を刺す。


 「そう、三十六年だ。
  前の戦いが終結してからそれだけの時が経った。
  なのに今更なんの為にこんな騒ぎを起こした?」


その純一の言葉でマーグリスはそれまでの感情を一切殺し、無表情で押し黙る。
答えは返ってこない。


 「何故だ?
  お前達の目的は一体なんだ?」


無言。マーグリスは何も言わない。
しかし何も言わないからこそ何かがあるのは明白だった。
代わりとばかりにマーグリスは剣を構える。


 「貴様と問答する気など無い」


マーグリスが地を蹴る。


 「ったく、かったりぃ」





     ●





時は少し遡り、魔物が突然現れ始めた直後。
場所は観客席の一角。
そこでも魔物の群れが猛威を振るっていた。
警備についていた騎士達が応戦するも如何せん魔物の数が多すぎるため完全に防ぎきることが出来ない。
それゆえ騎士の脇を擦り抜けた魔物が数匹、戦う術を持たない観客達へと牙を向ける。

だがそんな魔物と観客との間に割って入る人影が一つ。
渉である。


 「こんっのぉぉぉぉぉぉ!」


向かってくる数匹の魔物に向かって槍を薙ぎ払う。
その一振りで二・三匹の魔物が姿を黒い霧へと変え消え失せる。
しかしそれも束の間、その後ろから第二陣とも言える魔物が姿を見せる。
複数の敵を薙ぎ払うため全力で槍を振るった渉は技後硬直により対処が遅れる。
渉に魔物の牙が届こうとした瞬間。
それを遮る何かに魔物が貫かれた。


 「氷魔槍(アイスランス)」


小さく唇で唱えられたのは杏の魔力による氷の槍。
それが幾重にもなり、槍の雨を降らす。
結果、辺りの魔物は串刺しにされ黒霧となる。


 「ふぅー、助かったぜ。杏」

 「気にしないで。
  それよりも現状把握が最優先ね」


辺りの魔物がいないことを確認し、杏が視線を移す。
その先にいるのは音姫。
この場で最年長であり、最も統率力に優れているであろう音姫に杏は主導権を託す。
音姫もその意図に気付いたのか一度首を縦に振り、皆を見回す。


 「何が起こっているかは分からないけど魔物が暴れているのは確かです。
  騎士の方達が避難誘導をしているでしょうが、まだ逃げ遅れている人たちも多くいる筈です。
  皆は学園の生徒として騎士の方達のサポートに回り観客の人たちを避難させてください」

 「皆って……音姫先輩はどうするんですか?」


小恋の疑問に音姫は一度頷き、即座に答えを返す。


 「私は王族専用のテラスに向かいます。
  お祖母ちゃんたちがいるでしょうから、情報を貰い、その後の指示を仰ぎます」

 「ひ、一人で、ですか?」


またしても心配そうな小恋が声を掛ける。
見れば他の面々も声にはしないが同じ心境であるのが表情から読み取れた。
だから音姫はニッコリと笑顔を浮かべる。


 「大丈夫。弟くんや由夢ちゃんには敵わないけど私だって結構強いんだよ?」


音姫は上腕の筋肉を見せる様に「むんっ」と腕をL字に構える。
勿論コブなどは出来なかったが、それを見た皆の表情が和らぐ。
その表情を見て音姫も満足そうに微笑む。


 「じゃあ、前衛は俺と杉並で」

 「うむ、よかろう」


渉の言葉に杉並が頷く。


 「雪月花の三人が後衛ってとこか」


小恋、杏、茜の三人もそれに頷く。
しかしそこで名前を上げられなかった人物が自ら名乗りを上げる。


 「私は?」


ななかである。
自身の顔を指差しななかが問い掛ける。


 「いや、白河は逃げろって。武器も持ってな」

 「板橋君伏せて!!」

 「いぃ!?」


突然のななかの怒声にも似た声に渉は反射的に身を屈める。


 「グォオオォォォォォ!?」


直後、上空から魔物の気配と共に咆哮と、断絶間の叫びが聞えた。
視線を向ければ丁度渉の真上に位置する空中で黒い霧が消え去るのが見えた。
どうやら魔物が空中から渉を狙っていたらしい。
呆気に取られながらも再び視線を前に向けると。


 「ぶい」


手でピースマークを作り渉に向けるななかの姿があった。
そこで漸く、どうやったかは分からないが、ななかが魔物を撃退したことに渉は気付いた。

ネタバレをしてしまえば、ななかの攻撃の正体は『音』である。
本来質量を持たない音を操る能力をななかは持っていた。
音の塊を弾丸のように打ち出し敵を打ち倒す。
音は眼に見えず、耳で聴こえるのみ。
眼に見えない、それゆえ回避も困難。
これこそ武器を持たないななかの戦い方であった。

兎にも角にも、ななかが十分戦えるという証が立てられた訳で。


 「オーケー、じゃあ白河も一緒に来てくれ」


渉の言葉にななかは首を縦に振る。
そして再び音姫に視線が集まる。


 「じゃあ、皆は観客の人たちをお願い。
  でも、これだけは覚えておいてね。
  これは学園の模擬戦とは違う本物の戦い、命が懸かっているの。
  決して無理はせず、少しでも危ないと思ったら自分の身を最優先に護って」

 『はいっ』





     ●





再び時は戻って現在。
渉たちと別れた音姫は王族用テラスへと続く回廊を一人駆けていた。
途中何度か魔物たちに襲われたが撃退しながら目的地目指し突き進んでいた。
そして今もまた。


 「ガァアアアア!!」


魔物の群れが行く手を塞いでいた。
魔物達は音姫の姿を見つけると、得物を見つけた獣の如く、己の本能に従い牙を、角を、爪を向ける。
対する音姫は魔杖を握り、対峙する。
本来、魔法使いはどうしても詠唱に時間を要する為、後衛を務めるのが常である。
だが今は音姫単独での戦闘。
普通の人間ならば先ず状況は不利と判断するであろう。
そう『普通の人間ならば』だ。
思い出して欲しい。
由夢同様この少女――朝倉音姫もまた『英雄』朝倉純一と朝倉音姫の孫であるということを。
即ち、主に使うは魔法なれど確かに朝倉の血を引いているということを。


 「ハイッ」


自身の柔肌に牙、或いは爪を立てようと襲い掛かる魔物を軽やかなステップを繰り返し躱し続ける。
幸い回廊内では人間よりも大きな体躯を持つ魔物の動きは制限され、また全ての魔物が同時に襲って来ることが出来なかった。
かといって何時までも躱し続けられるものではない。
体力では確実に音姫が劣っているのだから。
とは言え音姫には最初からそのつもりなど無く、攻めに転じる。

襲い来る魔物の先頭に位置する魔物の足元目掛けて魔杖を突き出す。
魔物は当然回避に転ずる。
狙われた方の足を持ち上げ魔杖を躱す。
だがそれこそ音姫の狙い。
持ち上げられた足の反対、つまりは体躯を支える軸足。
そこを突き出した魔杖で手元に引くように払い退ける。

当然支えを失った魔物の体躯は力の流れに従い、後方へと倒れる。
しかもその後ろには魔物の群れがいる訳で。
ドミノ倒しのように次々に魔物が倒れて行く。

その隙を突き、音姫は軽く後方に下がり、呪文の詠唱を開始する。
変化に気付いた魔物が倒れた身体を起こし、襲い掛かろうと動きを見せる。
しかしそれは音姫が既に詠唱を終えた後。
最早手遅れだった。


 「『ブライトリィ・レイ』!」


音姫の魔杖から幾つもの煌々とした光の束が魔物の群れに向かって打ち出される。
魔物の群れは叫び声を上げるすら出来ずに霧となって消え失せる。


 「ふぅ〜」


それを見届けた音姫は大きく息を吐き出す。
自分よりも遥かに巨体な魔物の群れを撃退でき、安堵した。
悪く言えば油断していた。


 「ガアァァ!!」

 「!?」


音姫の魔法から運良く逃れていた魔物が一体、物陰から音姫へと襲い掛かる。
緊張を解いていた音姫は対処が遅れる。
拙い。そう思った矢先。


 「……ルファ・トゥーナ・ポルトス!」


聞き慣れない呪文と共に目前まで迫っていた魔物の姿が掻き消える。
背後に振り返ると両手で緑色の球体が付いた魔杖を握った、長い黒髪の少女が一人。
それは義之が出会った占い師の少女。
そして音姫が幼き頃に一度だけ会った少女でもあった。
音姫は朧げな記憶を頼りに確かめるように少女の名前を口にする。


 「高峰……小雪さん?」


音姫に自身の名前を呼ばれた少女―――高峰小雪はニッコリと微笑む。


 「憶えていて下さったんですね。
  お久しぶりです、音姫さん」

 「はい、お久しぶりです。小雪さん。
  でもどうして此処に?
  ……弟くんにも会ったそうですし」


音姫は小恋たちから話を聞いてから思っていた疑問を口にする。


 「桜内義之さん……ですね。はい、お会いしました。
  でもその話は後にしましょう。今は急を要しますし……もう一方御出でになったようですから」

 「え?」


小雪の視線が音姫の肩口、正確にはその後方の下り階段を見詰める。
間も無くそこから現れたのはお団子頭の小柄な影。


 「由夢ちゃん!?」


それは音姫の実妹である由夢だった。
恐らくは義之と共にいるであろうと予測していた妹の姿に音姫は驚きを隠せない。


 「お姉ちゃん!
  はぁはぁ、はぁ……良かった、無事で」


対して由夢は息を切らせながらも音姫の無事な姿を確認するや安堵の表情を見せる。


 「どうして由夢ちゃんがここに?」

 「兄さんに言われて皆を探していたの。
  それで先輩たちを見つけたらお姉ちゃんが一人でお祖母ちゃんたちの所に向かったって言うから……」


言い切る前に由夢の視線が自分から他に逸れたことに音姫は気付いた。
由夢の視線の先にいるのは小雪。


 「あ、由夢ちゃん。こちらは高峰小雪さん。
  由夢ちゃんも小さいときにお会いしたことあるんだけど、憶えて…ないよね?」

 「う、うん」


音姫の言葉に由夢も取り合えず小雪に会釈をする。
小雪も笑顔で会釈を返し、音姫に喋り掛ける。


 「音姫さん、挨拶は後で。今は先を急ぐのでしょう?」


小雪の言葉に音姫は頷く。


 「そうですね。……由夢ちゃん。
  由夢ちゃんも一緒に来てくれる?」

 「うん、勿論。
  行こう、お姉ちゃん。お祖母ちゃんやティナちゃんたちが心配だよ」


音姫、由夢、小雪の三人はテラスへと続く回廊を駆け出した。





     ●





王族専用テラスには対峙する二つの影。
一つは双剣を握る女性。
ダ・カーポ聖騎士団・総隊長補佐であり英雄と呼ばれる者の一人。
その戦う姿は戦場という死地において、舞を踊るが如く美しく、見るもの全てを魅了する。
それゆえ付いた二つ名は『舞姫』。
『舞姫』朝倉音夢。

もう一つは黄金に輝く鎧。
十二魔円卓の一人と思われる人物。
ミコトの命に従いてこの場に姿を現した存在。
黄金の騎士。

二人の戦いは激しく、それでいて静かに行われていた。
数度に渡って交わりあう双剣と剣。
剣戟に次ぐ剣戟の演舞。
その度に響き渡る硬質な金属音。
その中に身を置いて、音夢は相手を冷静に分析していた。

眼前にて剣を振るう黄金の騎士。
前大戦時には見覚えの無いその姿。
恐らくは前大戦で欠けた欠番を埋める為の新たな魔円卓なのだろう。
実力は十分そのレベルに達し―――いや、そのレベルを超えていた。
対峙して分かる相手の実力。
間違いなく十二魔円卓においても最強のレベルであろうことが音夢には分かった。
振られる剣閃は光の軌跡を残す程速く。
その一撃は受け止めれば身を沈める程に重い。
体捌きは機械的に正確で隙が無い。

しかし、唯一にして最大の違和感。
剣に魂を感じない。
剣を振るうということは自身の想い、魂を乗せ振りぬくということ。
どれ程拙く、幼稚であっても。
どれ程黒く、悪に染まっていたとしても。
振られる剣には何らかの魂を感じる。
熟練の者ならば、剣を交えるだけで、それを感じ取ることが出来る。
それを今、眼前にいる黄金の騎士からは全く感じることが無い。
音夢はそれに違和感を感じていた。

さらにもう一つ。
感じるものは既視感。
相手が剣を振るう度に感じるデジャヴ。
過去にどこかで見たことのあるような感覚。
しかし、思い出すことは出来ない。その違和感。

音夢はかぶりを振り、疑念を振り払う。
今優先すべきは王と姫たちの安全。
彼等を護り抜くことが最優先。
ゆえに音夢は眼前の敵を注視する。

そして気付いてしまった。
今眼前の騎士の動きに乱れが生じた事実に。
兜で覆われ此方から見ることの出来ない騎士の視線が、ある一点を見詰めているように錯覚した。
直前までと違う異彩を放つ挙動に、戦いの最中にも関わらず、音夢はその視線の先を見てしまう。

視線の先はテラスの出入り口。
そしてそこには三人の少女たち。
内二人は音夢が良く知る顔ぶれ。
それもその筈、実の孫である音姫と由夢なのだから。

黄金の騎士の動きが眼に見える程に鈍くなる。
理由は分からない。
だが、音夢がその好機を見逃すことは無い。

双剣を共に身体の右に倒し、地を蹴る。
地を蹴り、得た速度は神速果敢にして舞踏のようで。
そこから繰り出される双剣は重さなど感じさせぬ程に軽やかで。
しかしそれは必殺の一撃。

音夢の動きを察知した黄金の騎士が剣を繰り出す。
二つの得物がぶつかり、鳴り響く硬音。
それも一瞬。
競り勝ったのは音夢だ。
加速で得た力を技術で二乗した一撃を、苦し紛れの一振りで防ぐことなど敵わず。
黄金の騎士は勢いのまま吹飛ばされ、テラスの外、演武場の上、即ち空中へと投げ出される。
しかし地に墜ちることは無く、重力に逆らい中空で体勢を整える。


 「……………」


その儘、暫しテラスの音夢達を注視していたかと思うと、突然踵を返しその場から飛び去って行った。
それを見届けた音夢は双剣を収め、背後へと視線を向ける。


 「お怪我は有りませんか? 陛下、姫様」


テラスの奥に居たのはカロルス王、セレネ、ティナ、そして護衛に回っていた騎士が二名。
二名の騎士には護衛に専念し、手を出すなと命じていた。
それは護衛が最優先という理由と共に、逆に足手まといになると察していたからだ。
それだけその黄金の騎士の実力は計り知れなかった。
ともあれその黄金の騎士を撃退した今、一時とは言え安全を確保することが出来といえよう。
音夢の問い掛けにカロルス王は頷き、二人の姫も安堵の表情を見せる。
それを確認し頷きを返すと音夢の視線はまたも移される。


 「それでどうして音姫ちゃんや由夢ちゃんが此処へ?」


音夢やティナ、セレネ達が無事だったことに安堵の表情を見せる二人は音夢の問いに答える。


 「はい。闇雲に行動しても危険だと判断したので指示を仰ぎに」

 「それと……お祖母ちゃんやティナちゃんのことが心配で……」


前者が音姫、後者が由夢である。
二人の言葉を聞き、ティナやセレネが笑みを漏らす。
しかし事態が事態なだけに音夢は話を進める。


 「そう、分かったわ。
  取り合えず階下の状況について話してもらいましょうか……」


そこで音夢は初めてもう一人の少女――小雪に視線を向ける。
小雪は頭を一度下げる。


 「お久しぶりです。
  高峰ゆずはの娘、高峰小雪です」


小雪の言葉に音夢は驚いた様子を見せる。
そして思い出したかのように。


 「小雪ちゃん? まあ、本当にお久しぶり。でも……どうしてダ・カーポに?」

 「はい。音姫さんにも聞かれましたが、今はこういう状況ですので…
  ……端的に言えば同伴して来たと言えましょうか」

 「同伴? 一体誰と」

 「『金色の魔女』さんとです」


その小雪の言葉に聴いていた一同は驚きの表情で息を呑む。
音夢が口を開く。


 「あの娘、帰って来ているの?」

 「ええ、恐らくは会場の何処で魔物のお相手をされていると思いますが」





     ●





 「はぁ、はぁ、はぁ……っ、くそっ」


地に突き刺した大剣を支えに何とか立つ義之。
その息は荒く、身体中に大小様々な傷がその後を残していた。
本日二度目となる魔力を纏った状態での戦闘。
そして自身を上回る相手との連戦により義之は満身創痍といえた。


 「ヒャハッ、もう終わりかよ?小僧ぉ」


対するオルクスは大鎌を肩に担ぎ平然と立つ。
身体には傷も見られるが、どれもが浅く、致命傷には程遠かった。

二人の状態を見比べるだけでどちらが優勢でどちらが劣勢なのかは一目瞭然だった。
マルコが気を失った後、義之は切り札として魔力を纏い全力で挑んだ。
魔力を纏ったことで身体能力は爆発的に上昇し、相手を叩き伏せる。
その筈だった。
だが結果は正反対の状態。
確かに身体能力は向上し、それまでよりは善戦することは出来た。だが其処までだった。
剣を振るっても後一歩といった処で躱され反撃を受ける。
それは経験の差。
戦場という死地に身を置き、生き抜いてきた経験の差。
義之が強いとは言えど、所詮は未だ少年。学生の粋を超えることは無い。
地獄のような死地を幾多と生き抜いてきたオルクスとは天と地ほどの差があった。


 「そろそろお遊びに付き合うのも厭き厭きだな。
  次で終いにするか?」


オルクスは右肩に担いだ大鎌を両手で掴み、腰を落とす。
そして次の瞬間、軸足であった右足が地面を蹴った。
蹴られた大地が陥没する。
オルクスの姿は既に義之の眼前に達していた。
上段に構えられた大鎌が凄まじい速度で振り下ろされる。
義之はそれに確りと反応を見せる。
大剣の柄を右手に、刃の先に左手を添え、頭上で水平に構え盾とする。
大剣の盾と大鎌の刃が交叉し硬音が鳴り響く―――――――事はなかった。

大剣と大鎌がぶつかり合う直前、オルクスは膂力に任せた力業でその勢いを殺し、石突を下から思い切り振り上げた。
狙われたのは水平に構えられた大剣の腹。
石突の直撃を受けた大剣は義之の腕ごと弾き上げられる。
それでも不意の一撃に大剣を放すことなく握りしめる義之も見事といえた。
だが現実は無情。
オルクスの顔に愉快そうに下卑た笑みが浮かび上がる。
ガラ空きとなった義之の胸部へと今度こそ大鎌が振り下ろされる。
義之は咄嗟に後方へ一足。だが遅い。

ズバッ!

ポタッ…ポタッ……と、振りぬかれた大鎌の刃に血が滴る。
その血源は義之の胸から腰に架けての引き裂かれた傷。
痛みに勝てず義之はその場に片膝を付く。


 「ぐぅあぁぁ……っ」


気を失うことすら出来ない激痛に義之は苦悶の表情を見せる。
咄嗟に後ろへ跳んだことは僅かにだが切り裂く刃を浅くした。
まともに受ければ即死は間違いなかった。
しかしそれでも傷が深いことに変わりは無く。
顔を上げることすら儘成らない。


 「良く避けた……と褒めてぇトコだがそれもちげェか。
  中途半端に抵抗するからだぜぇ? 素直に喰らってりゃあ痛みも感じず死ねたってのによぉ。
  俺様のヤサシィーーイお心を無下にするからそぉなんだよ」


顔を笑みで歪ませ「楽」の感情を露にする。
まるで虫けらを踏み潰すかの如く愉悦に溺れる。
対称に死を運ぶ瞬間。
快楽の刻。
まるで其れは死神が如く。


 「と言うワケで、だ。中々に楽しめたぜ、雑魚にしてはな。
  が、それにももう厭きたんでな……」


片膝を付き、頭を垂れるように蹲る義之に大鎌を振り上げる。
それはまるでギロチンを待つ刑囚と執行人の様で。


 「終わりだ」

























あとがき。

各所で急展開を迎えた第15話です。
今回は今まで隠してきた…という程でもないですが、出していなかった事を一気に消化した回となりました。
ななかの戦い方や小雪さんの名前とかですね。(小雪さんに「さん」付けはデフォルトです)
今回の話はどの場面においても重要な役割があるため少し長めになりましたかね?

そして次回で漸く武術大会も終結を迎えます。

ではでは、次回のあとがきで。



おお、義之ピンチ。
美姫 「このままやられるのかしら」
いやいや、そう簡単にはいかないだろう。
金色の魔女という単語も出てきてるし。
美姫 「一体どうなるのかしらね」
それはまた次回!



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