不幸にも気付いた周囲から声が聞こえた。


 「義之!?」


―――――未だマーグリスと剣を交える純一が。





     ●





 「なっ! 義之!?」

 「嫌ぁーーっ!! 義之ぃ!!!」

 「駄目ぇーーーっ!!!!」


―――――観客の避難を終え、駆けつけた仲間達が。





     ●





 「立って、兄さん!! 立ってぇ!!!」

 「弟くんっ!!!」

 「止めてっ! よーくんを殺さないでぇ!!」


―――――テラスから見下ろす由夢、音姫、ティナが。





     ●





全ての親しき人々が見届けるその中で……。


 「じゃあなぁ」

 『だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

ザシュッ

――――――死が訪れる。










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                       
第16話 ダ・カーポ武術大会 〜終わり、そして始まる〜

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 『だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』


誰の声かは分からない。
一人の声なのか、それとも複数の声なのか。
最早義之には其れすらも認識出来ていなかった。
唯一認識できることは自身の眼前、大鎌を振り下ろす死神の存在と。
訪れるであろう『死』という終焉。

ザシュッ

聴こえた音は鈍く、重い。
死へと誘う鎮魂歌。

だが義之の身体は死を感じない。
身体は傷だらけで胸から腰に架けての傷からは死ぬほどに痛い。
だが死んではいない。
身体の痛みを頭が認識しているのがその証だ。
何故?
自分は今オルクスの大鎌の一撃で死ぬ筈では無かったのか?
なのに何故生きている?
義之の頭の中に浮かび上がる疑問詞。
それは現実逃避でしかなかった。
義之にはその理由が分かっていたのだから。

振り下ろされた大鎌と平伏す自分の間に……誰かが割って入ったことを。


 「マ、ルコ……さん……?」


義之の眼前に立ち塞がったのは、オルクスの一撃を受け気を失っていた筈の騎士。即ちマルコだった。
マルコの身体がゆっくりと後方、即ち義之に向かって倒れる。


 「あ、ぐぅぁぁ……」


義之は激痛の走る身体で無理矢理にマルコの身体を受け止める。
受け止めた衝撃で傷口からの出血が増す。
身体が激痛を感じる。
だが義之の頭は其れを認識できなかった。
それ以上の事が眼の前にあったのだから。

先程と同様に周りの仲間が声を荒らげている。
眼の前に立つオルクスが口を開いている。
しかし義之の耳には入ってこない。

受け止めたマルコの身体。
そこに刻まれた大鎌の血刃。
身体から溢れるように流れる鮮血。
辺りが血溜りで染められる。
触れるマルコの身体の温もりが消えて行く。
身体という器から命という雫が零れていた。
零れた雫はもう器に戻ることは――無い。
汲み直すことは――出来ない。

今日出会ったばかりの青年。
試合で戦った青年。
自分のことを認めてくれた青年。
戦えて良かったと言ってくれた青年。

最期の言葉を交わすことも無く、彼はこの世を去った。

他でもない
自分を護って。
自分を庇って。
自分の盾となって。
自分の代わりに――――――――死んだ。

護れなかった――――誓ったのに。
多くの護ると――――誓ったのに。
だいじな人に――――誓ったのに。
自分自身にも――――誓ったのに。


その瞬間義之の中で


何かが


プツリと


――――――切れた。





 「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!」


義之の咆哮が辺りに響き渡る。
いや其れだけでは無い。
感応するかのように義之を中心に魔力が吹き荒れる。
まるで魔力の激流の如く。


 「っああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


獣の如き咆哮は見ていた者全てに戦慄を憶えさせる。
それは純一や紅夜、敵である十二魔円卓の面々ですら例外ではない。
そして最も近距離で其れを感じていたのはオルクスであった。


 「なっ、コイツァ!?」


その声で義之の視線がオルクスへと向けられる。
殺意の篭った視線が。


 「おぉぉぉぉまぁぁぁぁぁぁぁえぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!!!!」


三度目の咆哮。しかし向けられたのはオルクスに対してのみ。
今まで無造作に吹き荒れていた魔力が意志を持つかのように義之の身に纏わり付く。
その密度は今までの比ではない。

次の瞬間、義之は消えた。


 「!? っぐぉおおッ!?」


現れた先はオルクスの眼前。
そしてその顔に義之の下から突き上げた拳、即ちアッパーが叩き付けられる。
オルクスの身体が勢いに任せて中空へと吹き飛ぶ。
義之も其れを追い、中空へと飛び上がる。
我武者羅に振られる大剣。
型も無く、魔力を纏わせ、勢いのままに左右上下無作為に斬撃が繰り出される。
本来なら難無く躱せるソレも、凄まじい速度を持ち、オルクスの腕を持ってしても防ぎ切ることが出来なかった。

斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!

唯一それだけを以って義之は大剣を振り回す。
あまりの強さに纏った魔力が握った大剣と宿主である義之の身体をも切り刻む。
だが今の義之はそんなモノを感じない。
オルクスに付けられた致命傷も。
自身の魔力で刻まれた傷も。
精神が身体の痛みを凌駕し痛みを感じさせない。
其れ故、義之の大剣は止まることを知らない。

乱れ飛ぶ、血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。

それはオルクスのモノであり義之のモノでもある。
二人の血が眼下に文字通り「血の雨」を降らせる。





     ●





 「にぃ、さん……?」

 「よぉ……く、ん?」


由夢とティナが呆然とする中、小さく義之を呼ぶ。
余りの声量の小ささに風に掻き消えてしまうほど小さな声で。
幼い頃より慕ってきた兄、或いは幼馴染の変貌した様子に驚きを隠せなかった。


 「弟、くん……」


二人と同様に音姫も驚きの表情で義之を見詰める。
アルシエルと戦ったときの義之の怒りに満ちた様子にも驚いたがこれはその比では無い。
鬼神の如く剣を振り続け、それに同調するかのように魔力も高まる。
自分が知っている人物ではなくなるようで、音姫は震える自分の身体を両手で押さえ込んでいた。





     ●





もう何度大剣が振られたであろうか。
一振りごとに加速する義之の動きはオルクスを凌駕し、切り刻む。
中空にて対峙する二人の身体は傷だらけで血塗れ。
オルクスの傷は義之に付けられたモノ。
義之の傷は義之自身が付けたモノ。
どちらも義之が付けたモノ。


 「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」


それでも義之は大剣を振りかざす。
マルコを殺した眼の前の男を倒すために。
全力を籠めて。
今の自分に出せるありったけの力を刃に乗せ。
渾身の一振りを繰り出す。

パキィィィン

しかしその一撃がオルクスに届くことは無かった。


 「なっ……に………?」


義之が振り下ろした大剣は粉々に砕け散り欠片が宙に舞う。
オルクスが何かしたのか。
否。
他の誰かがオルクスを助けたのか。
それも否。
では何故?
それは義之自身の強大すぎる魔力にあった。
義之の大剣は纏った魔力の力に耐え切れ無かったのだ。
突然の出来事に義之の高ぶった氣が急速に覚める。


 「く……そッ……ガアァ!!!」


今まで義之の攻撃に耐えていたオルクスはその隙を見逃さない。
大鎌の峰で義之の身体を地面に向かって叩き付ける。
武器を失った義之は成すが儘に地面に激突する。
そのショックで先程までの魔力は霧散し、再び激痛が身体を襲う。
先程にも増した痛みに身動きをとる事が出来ない。


 「糞!くそ!クソ! 糞餓鬼があぁぁぁぁぁっ!! ブチ殺してやるっ!!!」


真紅の両瞳に殺意を籠めて、上空から大鎌を振り下ろす。
それを阻止しようと
音姫が。
ななかが。
小恋が。
杏が。
小雪が。
遠距離での攻撃手段を持つ全ての者が試みる。
だが遅い。
それらの誰かが攻撃をするよりも速く、オルクスの大鎌は義之を捕らえる。
間に合わない!
誰もがそう思った瞬間。

ドオォォォォォォン

 「ぐぅがあぁぁぁぁぁぁっっ!?!?」


光の奔流。
オルクスの大鎌は義之へと届く前に中空にてオルクスの身体ごと撃墜される。
吹飛ばされたオルクスはそのまま壁に叩き付けられた。





     ●





 「何奴だっ!?」


叩き付けられたオルクスの姿を横目にマーグリスが声を荒らげる。
奔流の原点、空中。
そこに浮かぶは一人の少女。


 「貴様は……!『金色の魔女』!?」





     ●





少女の二つ名が叫ばれる。
『金色の魔女』。
純一たちと同じ、前大戦における『英雄』の一人。
頭の両側で纏められた金色の髪を靡かせ、膨大な魔力を持つ現代における最高の魔法使い。
まだ十二・三歳程度にしか見えない幼き外見とは対照的な神秘的な雰囲気を持つ少女。
其の名は―――――芳乃さくら。


 「うにゃ〜、その二つ名あんまり好きじゃないんだけどなぁ〜」


その喋り方からは最高の魔法使いという威厳は感じさせない。
だが身体から放たれる魔力は敵意ある者を威圧する。
殺意は感じられない。
だがもし今誰かが動きを見せれば彼女は迷い無くその者を殺すだろう。
嫌でもそう感じさせられた。


 「さ、くら……さ…ん………?」


義之が弱弱しくも中空に浮かぶさくらの名を呼ぶ。
さくらは義之に視線を移し、一瞬だけ眉を下げ苦悶の表情を見せる。
が直ぐに笑顔を取り繕う。


 「久しぶりだね、十二魔円卓。と言ってもひい、ふう、みぃの……三人だけ?
  他にもまだいたんじゃないっけ?『節制』の魔女とか……」

 「お呼びかしら?」


さくらの言葉に導かれ…という訳ではないのだろうが、現れてからこれまで姿を消していたミコトが中空のさくらの前に姿を見せた。
その直ぐ後ろには黄金の騎士が位置する。


 「お久しぶりね『金色の魔女』。
  相変わらず若々しくて羨ましいわ」

 「うにゃ、それって皮肉? っていうかキミも同じようなものじゃない」


少女の姿をした二人の魔女は場に不釣合いな会話を続ける。
だがそれもここまで。


 「ねぇ『節制』の魔女?
  君たちの“本当”の目的が何なのかは知らないけれど、今日の処はこれで引き下がってくれないかな?」


さくらがミコトに告げる。
言葉とは裏腹に、断ることを許さないという意思を籠めて。


 「………いいわ。今日は此れまでとしましょう」


暫し沈黙した後、ミコトはさくらの言葉に頷く。
眼下ではマーグリスが異論を唱えそうになったが直ぐに堪えたのが分かった。


 「元々予定外の事態になってしまっていたし、『剣聖』『舞姫』『金色の魔女』それに紅夜までいたんじゃ、ね。
  オルクスもやられちゃったし、これ以上は……ね」


ミコトの言葉に従うようにマーグリスとナーガが宙に飛び上がる。
ナーガの肩には何時の間に回収したのか、ぐったりとした様子のオルクスが担がれていた。

全員が揃ったところでミコトが手を翳すと現れた時と同様に空間が裂ける。


 「紅夜……次こそは、必ず!」

 「仮初の平和は今日で幕を閉じる。覚えておけ、英雄共」

 「それじゃ、また逢いましょう」


ミコトの言葉と共に空間が閉じ、十二魔円卓の姿は消えていった。





     ●





辺りには魔物の姿も無く、全て消え失せていた。
残されたのは……

破壊された闘技場。

数多くの負傷者。

数多くの死者。

そして義之の胸に刻み込まれた―――――護れなかったという悔恨の念。


 「く、そおぉ……」


義之の瞳から一筋の雫が落ちた。
そこで義之の意識はプツリと途切れた。

























あとがき。

主人公が暴走の第16話です。今回はちょっと短めです。
今回でオリキャラとして登場したマルコが亡くなりました。
登場させた当初からこの役割を与えようと決まっていたのですが、流石に人死にがでるのはうぅ〜ん、といったカンジです。

そのマルコの死によって義之が暴走。厳密にいえばリミッター解除の状態ですね。
ですので自分の魔力で自分も傷を負うわけです。所謂諸刃の剣ですかね。

そして今回で漸くさくらが登場。
今まで何をしていたのかは次回かその次くらいで明かしますので此処では触れないでおきましょう。
ですが一言だけ。
『ダ・カーポシリーズの真の主役は彼女であると信じています!』
以上です。

ではでは、次回のあとがきで。



ようやくの出番のさくらによって何とか事態も収拾。
美姫 「でも、無事という訳にはいかなかったわね」
だな。果たして、何が起ころうとしているのか。
美姫 「次回をお待ちしてます」
ではでは。



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