「お前たちに集まって貰ったのは他でもない。
  先日の武術大会の件についてだ」


純一が皆に視線を向けながら話を切り出す。
義之や音姫、由夢は見知った顔ばかりということもあり、いつも通りの様子だったが他の皆は誰もが緊張の面持ちをしていた。
しかしそれも無理はない。
何故なら場所がダ・カーポ城の謁見の間。
そしてその場に居るのが、王族と英雄と呼ばれる者たちのみといった状態だ。
緊張するなという方が無理である。


 「此処にいる皆さんは全員が何らかの形であの場に居合わせたそうですから、細かい説明は不要でしょう」


純一に代わって音夢が話を進める。


 「重傷・軽傷合わせた負傷者が1853人……死者957人」


音夢の言葉に皆が鎮痛の面持ちを見せる。
数万もの観客が居たことを考えると、数だけ見れば少なく見える。
しかしそれは錯覚でしかない。
900人以上の尊い命が、あの時、あの場所で失われたのだから。


 「これを決して忘れないで」


音夢の言葉が重く感じた。










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第18話 謎と嘘と決意と

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 「純一さん、一つ……聞いてもいいですか?」

 「ん? なんだ」

 「あの……あの十二魔円卓とかいう奴等は……一体何者なんですか?」


義之の問い掛けに純一が言葉を止める。
それに伴い、周囲の皆に緊張が走るのが分かった。
それはそうであろう。
義之の問い掛けは今回の騒ぎを起こした張本人についてのことだったのだから。


 「……そうだな。話す順番が変わるがそっちを先に説明しといた方がいい、か。
  それでいいか? 音夢、さくら」


純一の問い掛けに二人は頷きを一つ返す。


 「ええ、構いません」

 「うん、そうだね、その方が話が早く進むかもしれないね。
  ボクもいいと思うよ、お兄ちゃん」


二人の了承が得られたことで純一も頷きを一つ返す。
そして義之たちの方に向き直り口を開く。


 「義之、お前達は先の大戦のことは知っているな?」


『先の大戦』
それは此処とは違う世界――異世界である『魔界』から現れた『魔王軍』と人間たちとの戦いのことである。
本来、異世界である魔界との扉は大陸の中心に存在する枯れない桜、『世界樹・桜花』によって封印されていた。
『世界樹・桜花』は古の時代の魔法使いにより魔界に繋がる門を封印する役割を与えられていたのだ。
しかし三十六年前、魔の血を受け継ぐ者たち――魔族によって『世界樹・桜花』は枯れ果て、その封印は解かれた。
魔界へと繋がる門より現れた魔王軍を名乗る軍勢により、人間達の住むこの世界は終焉へと進んでいった。
そこに現れたのが当時まだ十代の純一たちであった。
純一たちは魔王軍との死闘を繰り広げ、遂には魔王軍の頂点に立つ魔王を打ち倒した。
そして古の魔法使いの血を受け継ぐ純一とさくらにより再び『世界樹・桜花』は花弁を咲かせ、魔界への門の封印に成功した。

これが一般に知られる先の大戦の概要であった。
それゆえ純一の問い掛けは愚問であった。
先の大戦といえば大人から子供まで前世代で知っている事柄であり、逆に知らない者がいる事がおかしいとまで言える事柄だ。
今、目の前にいる純一や音夢、さくらたちが『英雄』と呼ばれるようになったのも前大戦を終結に導いたのがそもそもの理由である。
だから義之は純一の問いに首肯で応える。


 「その前大戦時に戦った魔王軍。
  その頂点に立っていた魔王直属の配下にして、最大戦力とも言える存在が奴等『十二魔円卓』だ」 


純一はさらに続ける。


 「前大戦時には奴等はその名のとおり十二人で構成されていた。
  だが俺達の戦いで大戦の終結時にはその数は五人にまで減っていた。
  そしてその五人は終結間際の混乱で行方を眩ましていた。
  その五人の内の四人が、今回姿を現したマーグリス、ミコト、ナーガ、そして……オルクスだ」


純一は最後の名前を挙げる時に、僅かに視線を義之に向ける。
視線の先ではオルクスの名を聞いた義之が苦悶の表情で拳を固く握る姿が見えた。
しかし、純一はそんな義之に一言も声を掛けることは無い。


 「今回姿を見せたもう一人の黄金の鎧姿の騎士については分からないが、
  恐らくは欠番を埋める新たな魔円卓の一員だと推測できる」


純一の言葉に僅かに反応したのは音夢だ。
思い出すのは黄金の騎士と対峙したとき、僅かながら感じた既視感。
もしかしたら前大戦時に対峙した事のある人物かとも考え、純一やさくらにも予め聞いてはみたものの、二人も憶えは無いとの事だった。
そして更に気に掛かることは、音姫と由夢を見たときに黄金の騎士が動きを乱したという不可解な事実。
音姫と由夢には話してはいないが、もしや二人と由縁のある人物かとも考えられる。
どちらにしても今は憶測の域をでない事だと敢て音夢は言葉に出すことはしない。


 「で、だ……後で誤解されると困るんで、まあ一応教えておこうと思うんだが…あー……」


突然の純一の言葉。 しかも歯切れの悪い、的を得ないその言葉に皆が疑問符を浮かべる。
続く言葉は思いがけない人物からだった。


 「何を唸っている、阿呆。
  似合わぬ遠慮などせずさっさと言えばいいだろう。
  俺が――――人間と魔族の混血児であり“元”十二魔円卓なのだ、と」


その紅夜の発言に皆は衝撃を受け、向けられる眼が大きく見開かれる。
それはそうだろう。
人間の敵と云われる魔族とのハーフ、しかも聞かされたばかりの十二魔円卓の一員であったというのだ。
驚かない方がおかしいというものだ。


 「あ、テメ。折角やんわりと紹介してやろーかと思ってたのによ」


やんわりと、と純一は言うが恐らくそれは不可能であろう。
たとえどんな紹介のされ方をしたとしても結局驚かずには居られない。
それだけの内容であったのだから。

紅夜に喰って掛かっていた純一が溜息を一つし、視線を戻す。


 「まあ、補足するとだ。確かに紅夜は魔族とのハーフで元十二魔円卓だが敵じゃない。
  前大戦時には俺達と共に戦った、まあ戦友ってとこか」


純一の言葉で皆が視線を交わす。
正直、紅夜の正体には未だ驚きを隠せなかったが、純一の言葉は信ずるに値することだった。
あの時、紅夜が真っ先に魔物を倒したことは事実であるし、その後十二魔円卓の一人と戦っていたこともまた事実だ。
だから今は純一の言葉を信用しようというのが皆の結論だった。


 「あの、ちょっといいですか?」

 「なんだ? 義之」

 「紅夜さんの事は分かりました。一応俺も剣を交えた訳ですから悪人じゃないってのも分かります。
  でも何で武術大会に出てたんですか?」


義之の言葉に純一が思い出したように頷いた。


 「おお、そうだ忘れてた。俺も気になってはいたんだ。ナイスだ、義之。
  で、何でだ? 紅夜」


気になっていたら忘れないんじゃない?というツッコミが由夢やさくらからされたが純一は無視した。


 「……特に意味は無い。偶々ダ・カーポに居たんでな、暇潰しに出てみただけだ」


暇潰しと紅夜は言うが、正直紅夜ほどの実力者が出場するのは反則に近かった。
純一は疑りの眼で紅夜に詰め寄るが、紅夜は顔をしかめ追い払うような仕草をみせる。

その姿は一見不仲なように見えて、実は仲が良いのではないか。
そう思わずには居られず、僥倖にも紅夜に対する疑心が解消されたことを当の二人は知らなかった。





     ●





 「一つ宜しいでしょうか?」


一人、右手で挙手する人物が居た。
杏だ。
杏の申し出に純一は頷き、許可する。
一言礼を述べ、杏は言葉を口にする。


 「その十二魔円卓についてはある程度の理解を得ることが出来ましたが一つ不可解な点があります。
  何故三十六年もの間を空けて彼等は再び動き出したのでしょうか?」


その杏の言葉を聞いた周りの皆も同じように頷く。
杏の疑問も最もであった。
そしてそれは戦いの最中、純一がマーグリスに問い掛けた事でもあった。
純一が杏の疑問に答えようとするが、それをさくらが制する。


 「お兄ちゃん、生徒からの質問だからね。
  それはボクから説明するよ。いいかな? 雪村さん」

 「はい、お願いします。学園長先生」


さくらの言葉に杏は素直な頷きを返す。
異論などある筈が無いのだから。


 「まず、それを説明する前に今までボクが何処で何をしていたのかを話しておくね。
  今の話と無関係ではないし、義之くんや音姫ちゃん、由夢ちゃんなんかは気になっているだろうから」


ね、と最後に付け加えてさくらは義之たちに視線を向ける。
確かに今回のさくらの不在期間がいつもより長いことを義之たちは気に掛けていた。
しかし、まさか此処でその話に繋がるとは思っても見なかった。


 「ダ・カーポを不在にしていた間、ボクは大陸各地の調査に出ていたんだよ」

 「調査……って、一体何の?」

 「はい、義之くん。話は最後までちゃんと聞くこと。減点1だよ?」


さくらのツッコミに皆が何の?と疑問符を浮かべたが言葉に出す者はいなかった。
ぶっちゃけどうでも良かった。


 「調査の対象は所謂『伝説の武具』ってモノについて」

 「『伝説の武具』……ですか?」

 「そう、まあそれは俗称で実際には『精霊石』と云われるモノなんだ」


その聞き覚えの無い単語に純一たちを除いた皆が首を傾げる。
代表して音姫が問う。


 「さくらさん……その『精霊石』とは一体どういった物なんですか?」

 「『精霊石』とは古の時代から伝わる宝玉のこと。それこそ『世界樹・桜花』が創られた古の時代の、ね。
  その『精霊石』にはこの世界を守護する精霊達の力が籠められているんだよ。
  そしてその『精霊石』を埋め込んで作られた武具は凄まじい力を発揮する、それを人々は『伝説の武具』なんて称えるんだよ」


ここまではオーケー?、とさくらは皆を見回す。
その光景は教壇に立つ教師と生徒の図であった。
まあ、さくらは風見学園の学園長を務めているのであながち間違いでは無いのだが……。
そんな中、ななかが手を挙げ質問する。
「はーい、せんせーしつもんでーす」といったカンジに。


 「芳乃先生。その『精霊石』については分かったんですけど、それは今調査する必要があるモノなんですか?」

 「うんうん、いい質問だね白河さん。加点1、義之くんも見習わなきゃダメだよ?」


いや、だからその点は何?


 「そう、『精霊石』については今も学術都市なんかで研究は行われているし、専門外のボクがワザワザ調査に出ることも無い。
  でもね、ボクが調査したのはその『精霊石』自体についてじゃないんだ。
  ボクが調査していたのは『精霊石』の所在、行方について」


そこでさくらは一度深呼吸。息を整え再び語りだす。


 「『精霊石』は前大戦の後、ボクが調査をしてある程度の所在位置は判明していたんだ。
  だからボクは前大戦の後で各地を周り、それらに一種の結界を施しておいた」

 「結界ですか?」

 「そう。精霊石を持つ武具は例外なく凄まじい力を持つ、それこそ伝説と謳われるようにね。
  だからそれが悪しき心を持つ者にわたることが無いような防護策が必要だったんだ。
  そのためにボクは各地の『精霊石』に結界を施した……でも、最近になってそれが破られている事に気付いたんだ」


そのさくらの言葉に皆が驚きを見せた。


 「破られた……ってことはそこにあった『精霊石』は……」

 「無くなっていたよ。綺麗さっぱりと、ね。
  ボクは各地の『精霊石』の所在・行方を調査することにした。
  そこでお手伝いしてもらっているのが小雪ちゃんなんだよ」


そう言ってさくらは視線を小雪に向ける。
当然、皆の視線も小雪へと集まるわけで……。
小雪は恥ずかしそうに片手を頬に当て微笑を返す。


 「私の力など微々たるものですが……」

 「そんなことないでぇ、姉さんは大したもんやて」

 「そうそう、タマちゃんの言う通り。小雪ちゃんの占いのお陰ですっごい助かってるよ」


謙遜する小雪をタマちゃんとさくらが否定する。


 「小雪ちゃんのお母さんとは知り合いでね。その関係で小雪ちゃんにお手伝いを頼んだんだ。
  そうそう、音姫ちゃんや由夢ちゃんは小さいときに会ったことがあるんだけど……憶えてるかな?」


思い出したように告げたさくらの言葉に音姫は頷きを、由夢は驚きと戸惑いの表情を返す。


 「はい、最初に再開したときにご挨拶させてもらいました」

 「えぇ…っと、御免なさい。私は憶えてないです」


申し訳なさそうに謝る由夢に小雪は優しく微笑みを見せる。


 「あの頃は私たちも幼くて、由夢さんはまだ歩き始めたばかりでしたから……憶えていないのも無理はないと思いますよ?」


その小雪の言葉で由夢は苦笑いを見せる。
たとえそうであっても多少の気まずさを感じているのだろう。


 「という訳で、一番最初の質問の答えはこれでいいかな? 義之くん」

 「はい。俺の名前を知っていたのはその調査の途中でさくらさんが教えたから、ってことでいいんですよね?」

 「グッド。上出来だよ義之くん、加点1をあげちゃおう」


最早誰もさくらの点数付けにツッコミを入れることはしなかった。


 「で、話が少し逸れちゃったけど、そういう訳でボクたちは『精霊石』の調査をしていたんだ。
  そして最近になって誰が結界を破り『精霊石』を手にしているのかが判明したんだ」

 「まさか……それが」

 「そう、それが十二魔円卓だったんだよ」


さくらの言葉でその場にいる全員が杏が問うた疑問の答えを理解した。つまり……


 「つまり十二魔円卓がダ・カーポを襲って来た目的は……『精霊石』を手に入れるため?」

 「ザッツ、ライト。正解だよ。
  ここダ・カーポにも『精霊石』を持った武具は多数保管されている。
  例を挙げればお兄ちゃんの『聖剣』とかね」


さくらが純一の持つ一振りの剣を指で示す。
確かに純一の持つ剣にも青く輝く宝玉が埋め込まれていた。


 「でも、何故十二魔円卓は『精霊石』を集めているんでしょうか……」


音姫の呟きにさくらが頷く。


 「そう、それなんだよ音姫ちゃん。ボクにもそれが分からない。
  確かに精霊石を集めればそれだけで戦力は増強される。
  でも前大戦から三十六年も経った今更、戦力増強のためだけに今まで隠してきた姿を晒すとは考えにくいんだよ」


さくらの言葉に誰もが沈黙し思案する。


 「十二魔円卓の目的は『精霊石』を集めること。これは間違いない筈だよ。
  ただ肝心の集めた『精霊石』を使って何をするかって事はまだ分かっていないのが現状だね」


残念だけどね、と最後に付け加えてさくらは言葉を止めた。
そして話の主導権は純一と音夢に移る。


 「さくらちゃん有り難う。
  彼等の説明も終わったところで今日皆さんに集まってもらった本題に入ります」


音夢の言葉で皆に緊張が走る。


 「今さくらちゃんが話してくれたように十二魔円卓の目的は『精霊石』の確保にあると考えられます。
  ――――ダ・カーポでは隣国や各都市に援軍を送る必要があるという結論に達しました」


いくら不意を突かれたとはいえ、大陸最強と謳われる聖騎士団を持つダ・カーポですら大きな爪痕を残されたのだ。
隣国や各都市に援軍を送る必要があることは誰の眼にも明白であった。
それは実際に戦いに参加した義之たちが一番良く理解していた。


 「ですが、現状を考えればそれは困難であると云わざるを得ないのです」


残念なことですが、と最後に付け加える。
先程述べたように今回の事件によりダ・カーポは大きな傷を負った。
それは聖騎士団とて例外ではなく、寧ろ戦った聖騎士団の被害こそ最も大きい。
それ故全ての他都市に援軍を送ることが難しい状況となっていた。
他都市に気を割いて、自国を手薄にすることは出来ない。
『精霊石』が在る以上、再び襲撃に遭う可能性は零では無いのだから当然である。


 「そこで皆さん集まって貰った訳なのです。
  養成学園である風見真央武術学園の生徒会長を務める音姫ちゃんを通じて―――適正であると判断された貴方たちに」


音夢の言葉で集められた皆は気付いた。
言葉にこそ出しはしないが、何故自分達が集められたか――その訳を。


 「皆さんの力を貸して頂きたいのです。
  騎士団と共に他都市に向かい、そして防衛の任に就いて頂きたいのです。
  向かう先は、魔法大国ウィンドミルと学術都市アーキ・オロジーの二箇所。
  これはダ・カーポ聖騎士団総隊長と補佐である私たちの公式な連命です」


即答できる事柄ではなく、皆からは言葉が挙がらない。
受諾の声も、拒否の声も、だ。


 「皆が戸惑うのも無理はないよね。うん、当然の反応だとボクも思うよ。
  だけどなにも今すぐに結論を―――ってわけじゃないんだよ?」


唯一声を発したのはさくらだ。
そうだよね、と音夢に問い掛けるさくらの言葉に皆が「えっ?」と少々の驚きを表す。
頷き、続いて言葉を発したのは音夢だった。


 「そう、片付けなければならない諸々の事項が在る為、出発は早くても……三日後」

 「三日……」

 「皆さんはそれまでの間……そうね出発の前日―――二日後までに結論を出しておいて下さい。
  今後の、自身の身の振り方を」


勿論断ったとしても罰則などは一切ないことを告げ、この日は一次解散となった。





     ●





 「音姉、由夢。……悪いけど先に帰っててくれないか?」


その言葉に名を呼ばれた二人は「え?」といった表情で振り向く。
前を歩いていた他の皆も何事かと謁見の間を後にしようとしていた足を止める。


 「先に帰って……って」

 「何故ですか? 兄さん」


義之が目覚めた事で三日ぶりの帰宅になると考えていた二人は、当然首を傾げる。


 「ちょっと純一さんと話したいことがあってさ」

 「でも弟くん、まだ傷も治りきってないんだし……一人だと大変じゃない?」

 「終わるまで待ってますよ?」

 「いや大丈夫、話長くなりそうだからさ」


二人の気遣いは嬉しかったが、義之は好い訳をつけてソレを断る。
本音を言えば傷は痛むが歩けないほどではない。
そして純一との話を二人に聞いて欲しくないのが大きな理由だった。


 「だから二人は皆と一緒に先に帰っててくれ」


少々強引だが義之は二人を先に帰るよう促す。
音姫と由夢は若干首を傾げながらもそれに従う。


 「うん、分かった。それじゃあ、先に帰ってるね」

 「寄り道しないで下さいね、兄さん」


二人からの別れ際の一言。
同時に告げられた仲間たちの挨拶に応えながらも義之は声に出さずに呟く。


 『ごめん』


と。





     ●





 「…………」


肩膝を着き、両の掌を合わせ、眼を閉じ黙祷を捧げる。
義之の前に在るのは石で作られた長方形の立方体。
その表面には多くの文字が刻まれている。
刻まれている文字は人の名だ。
老若男女の区別無く多くの人の名がその石には刻まれていた。
名を刻まれた人々の唯一の共通点。
それは任務の途中で命を落としたという過去の出来事のみ。
石の名は……慰霊碑。
任務に就き、殉職した聖騎士団の騎士の名が其処には連なっていた。

そしてその中には「マルコ」と言う名も見受けられた。


 「…………」


義之は閉じていた眼を開き、身体を起こす。
そして最後に一度だけ、慰霊碑に頭を下げ踵を返す。

義之が進む先に居たのは、純一と音夢、そしてさくらの三人だった。
純一たちの前で義之は足を止め向き合う。


 「もういいのか」

 「はい」


純一の言葉に、義之は首肯で応える。


 「それで? 話ってのは何だ」


余計な前置きは不要と純一は話を切り出す。
義之が音姫と由夢を帰らせての話である。
重要な話であることは明白であった。


 「さっきの音夢さんの話……受けようと思います」


さっきの話とは勿論他国への援軍のこと。
義之はソレを受諾したのだ。


 「そうか……ん? それだけだったら何も二人を帰す必要なかったんじゃないのか?」


義之の返答は純一も半ば予想していた。
おそらくは音姫と由夢も同じであろう。
ただ返答が早かったというだけであり、わざわざ二人に隠すように告げる必要は無い筈であった。
義之の話がそれだけならば、だ。


 「ええ、それともう一つ……―――― 一人で行こう、とそう思います」

 「なに?」


義之の言葉に純一だけでなく、音夢とさくらも眉を顰めた。


 「……理由は? あるんだろう?」


義之が理由も無くそんな事を言う筈が無いことは分かっていた。
だから純一たちは待った。
義之が口を開き、その理由を話すまで。

義之は暫し眼を伏せ沈黙していたが、不意に眼を開き語りだす。


 「夢の……夢の中でですけど、会ったんです―――――……由姫さんに」


瞬間、純一だけでなく音姫やさくら、紅夜までもが驚きを得た。
そうだろうな、と思いつつも義之は続ける。


 「マルコさんに護られて……意識の底で、何ていうか……駄目になってたんだと思います」


スミマセン上手く表現できなくて、と自嘲染みた笑いを浮かべた。
それでもいいから続けろ純一が言う。


 「そんなとき、由姫さんが教えてくれたんです。
  人は“つながり”を護るために、そこから繋がる未来を護りたいから、だから人は人を護るんだ、って。
  だからマルコさんの分までその“つながり”を護っていくべきだ。マルコさんもソレを望んでいる筈だから、って」 

 「そしてもう一度約束したんです。前と同じだけど同じじゃない。
  『護ってみせる』って」


そこで漸く言葉を止めた。
聞いていた皆は暫し沈黙する。
だがそれも長くは続かなかった。
純一が口を開いたのだ。


 「今の話は分かった。だが肝心な話がまだだろう?
  何故一人で行く必要がある?」


そう今の義之の話ではその部分について全く触れていなかった。
義之が再び誓ったことについては良かったと思う。
最悪の場合、もう二度と剣を握ることすらないのではないかと危惧していた純一たちにしてみれば僥倖であった。
だが何故一人になる必要があるのだろうか。
護ると誓ったのなら他の仲間と共にいても良い筈ではないのか。
純一はそう考えていた。


 「……今の俺では駄目なんです。今の俺では護るどころか傷つけてしまうかもしれない。
  だから……皆と一緒には、行けません」


それがあの時に見せた魔力の暴走を示していることは純一たちにも分かった。
確かにあの時のように暴走した場合、周りにいる者、敵味方の区別など無く傷つけてしまうだろう。
現に義之が負った傷で治りきっていないのは義之自身の魔力で負ったモノだけだった。
だが、それでは……


 「それではお前は自分の力から逃げ続けるようになる」


それでいいのか、と問い掛ける純一の言葉に 義之は首を横に振る。


 「分かっています。だから俺はウィンドミルに行こうと思います」

 「ウィンドミルへ?」

 「はい。魔法大国と云われるあの国なら俺の魔力を制御する良い方法があるかもしれませんから」


勿論援軍の意味も込めてですけど、と付け足し義之の話は終わった。
伝えるべきことは伝えた。
あとは行動に移るのみだ。


 「どうしても一人で行くっていうんだね? 義之くん……」

 「はい」


即答する義之を見て、さくらはふぅと溜息を漏らした。


 「一度言い出したら聞かないのはお兄ちゃんと一緒だね」

 「ええ、ホントにね」


さくらの言葉に音夢も苦笑する。
例えに出された純一は面白くなさそうに顔を顰める。


 「行って来なよ、義之くん。
  ボクが教えられればいいんだろうけど、ボクはボクでやらなくちゃならないことがあるから……。
  ウィンドミルならボクの知り合いも居るし、きっと良い方法が見つかるよ」

 「音姫ちゃんや由夢ちゃん、それに他の皆には私たちから上手く説明しておくから気にせずにいってらっしゃい」


向けられる二人の視線は子や孫を慈しむモノと同じようで。
義之も頷き、それに応えた。


 「スミマセン、お願いします―――――多分、音姉や由夢は怒るでしょうけどね……」

 「そりゃ当然だな。何を言っても確実にお前の後を追うだろうよ」

 「ですよねぇ……」


苦笑する義之に純一はニヤリと笑みを作る。


 「覚悟しておけ。次に会ったときには説教の嵐確定だからな」

 「うっ……肝に銘じておきます」


片胸を押さえ、苦笑の色を濃くする義之を皆が笑顔で見詰める。
一頻り笑った後で表情を正した純一が最後の確認として問い掛ける。


 「じゃあ、本当に一人で行くんだな」

 「はい、明日の朝にでも発とうかと思います」

 「そうか……行って来い。自分に納得のいく様に」

 「気を付けてね」

 「グッドラック、義之くん。
  旅は道連れ世は情け、ってね。いい出会いがあることを祈ってるよ」


最後にさくらが右手で作ったサムズアップを見届け、義之も大きく頷いた。





     ●





義之が城を去った後、三人は純一の部屋に居た。


 「今更ですけど、本当に良かったんですか? 兄さん」


部屋に入るなり音夢が純一に尋ねる。
義之の前では快く送り出したつもりだったが、やはりそれなりに心配ではあるらしい。
純一は部屋に備え付けられたソファーに力の無い動きでドカリと座り込む。


 「仕方ねぇだろ。あそこまで気持ちが固まってんだったら何言っても無駄だろうしな。
  それに義之の言うことにも一理ある」

 「正体不明の魔力、ですか。
  魔力関係の話は専門外ですけど兄さんも分からないんですか?」

 「ああ、分からん。――――紅夜、お前はどうだ?」


見れば何時の間にやら紅夜が部屋の中へと入っていた。
だが、今部屋の中にいる者達は皆、並の人物ではない。
その程度で驚くような者は一人も居なかった。

お前は何か気付いたか?と純一は再度紅夜へと問い掛ける。


 「分かっている事はアレが今まで見たことが無く、並外れた力を持つという事だけだ」

 「つまりは何にも分かんないのと一緒、か」

 「五月蝿い。大体、魔法に関してならば俺以上の適任者がそこにいるだろうが」


紅夜が顎で示した先に居るのは、大陸最高の魔法使いと謳われる『金色の魔女』。
即ちさくらだ。


 「うにゃ〜、そんなに見詰められると照れちゃうよ〜」 


三人の視線を受けてさくらがクネクネと身を捩る。


 「さくら、年甲斐もなくそんな動きするのは止めたら?」

 「うぅ……同じ女性として齢の話をするのは止めようよぉ音夢ちゃん」


音夢の言葉でさくらが項垂れる。
見た目十二・三にしか見えないさくらがやると妙に似合うのは気のせいではない。
大体、さくらにしろ音夢にしろ実年齢とは離れた外見をしているのだから、聞く人によっては皮肉にもなるだろう。

そんな二人のやり取りを見ていた純一が不意に口を開く。


 「さくら……お前、何を隠してる」

 「うにゃっ、お兄ちゃんてば突然どうしたの?」

 「……はぁ、誤魔化すなって。何年の付き合いだと思ってんだよ――――――何か隠してんのがバレバレだ」


最後の一言が静かに告げられた。
さくらの表情も先程までとは対照的に眉が下げられていた。

そのさくらの表情で純一は察しがついた。
隠してる内容にでは無く、さくらが何故隠しているのかに。


 「……私たちにも話せないことなの?」

 「………うん、ごめんなさい。ボクにもまだちゃんと解ってないんだ、だから……」


そう言ってさくらは申し訳なさそうな表情を作る。


 「それは……義之の魔力に関することなんだな?」


純一の言葉にさくらは一瞬躊躇いを見せ、しかしそれでも首肯して見せた。
それを見た純一は一息。


 「解らない何かが解ったなら……その時には教えてくれるんだろ?」

 「うん。それは約束するよ」

 「ならいい。その時がくるのを気長に待つさ」

 「……ありがとう」





     ●





朝霧が道を覆う時間。
ダ・カーポの街外れ、外界との出入りを司る門の前に義之は居た。
音姫や由夢が起きる前に出発するために可也早い時刻で、周りには門番の他に人影は見えなかった。


 「………ふぅ」


吐く息は白く、だが直ぐに朝霧と一体化し分からなくなる。
傍にある荷物は最小限に纏めてあるため小さい。
そしてもう一つ。
オルクスとの戦いで粉々に砕けた大剣の代わりにと純一から餞別として渡された大剣があった。
『精霊石』こそ無いものの中々の品であり、更には特別な効果を持つとの事だった。

その新たな相棒を手に、荷物を片に担ぎ、後方に並ぶ町並みを見詰めた。
慣れ親しんだ町並みに必ず帰ってくることを誓い。
義之は一言を呟く。


 「いってきます」


今、旅立ちの一歩が踏み出された。

























あとがき。

第一章の最終話となります、第18話です。
前半部は十二魔円卓の襲撃の理由を説明するという部分でした。
本編中でさくらが言っているように完全では無いものの、その理由が義之たちに伝えられる事となりました。
これはこれから先の行動指針ともなる重要な部分だったのですが、作者的にはもうちょっと上手く説明できたのでは?と猛省です。

そして後半部では更に重要である「義之独りでの旅立ち」です。
今までは多くの仲間達に囲まれてきた義之が一人でウィンドミルへと向かいます。
そして仲間たちから離れることで新たな出会いがあります。
目的地名から分かる人は分かるでしょう。漸く「はぴねす!」のキャラ達が登場してきます。
第一章では小雪を除いて全く出番の無かった彼等と義之がどのように出会い、どのように関わってくるのか。
乞うご期待で御座います。

以前ご報告させて頂いた様に(07/03/17の日記参照)、第二章の開始はちょっと間が空いてしまうと思います。
なるべく早く掲載をしたいとは思いますが何卒ご了承下さい。

それではこれにて第一章を閉幕とさせて頂きます。
ここまで読んで下さった皆様、真に有難う御座いました。
そしてこれからも何卒『桜大戦』そして『太陽の砦−Sun Fortress−』を宜しくお願い致します。

ではでは、次回のあとがきで。



義之の旅立ち。
美姫 「きっと後でとんでもないお仕置きが待っているんだろうな」
さてさて、どうなるのか。
美姫 「次回からは舞台も変わるのかしら」
いやー、まだ音姫たちの話もあるだろうからな。
美姫 「次回はこの後すぐ!」
それでは、また後ほど〜。



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