バンッ!!

 「何を考えているんですかっ! あの兄さんはっ!!」


一対の音と声が響き渡る。
その正体は、部屋に備え付けられたテーブルを叩く乾いた音。
それと、怒りに満ちた由夢の怒声だ。
直前まで座っていた椅子から勢い良く立ち上がり、両手でテーブルを勢い良く叩き付けた。
背後では勢いのあまり椅子が仰向けに倒れる音が聞えたが今の由夢の耳には届いてなどいなかった。


 「お姉ちゃんに嘘を吐くなんて………悪い子だね? 弟くんは……」


その由夢の隣に座るは彼女の実妹、そして渦中の人物の姉代わりでもある音姫だ。
こちらは怒りを露わにする由夢とは対称的に、にっこりと柔らかな笑みを浮かべていた。
『弟の悪戯を叱る優しい姉』
この一面だけを絵にすれば多くの異性を魅了する、一つの芸術となる、そんな笑み。
現状を知らない第三者から見ればそう映るかもしれない。
しかしそれは表面しか見れない人間の意見に過ぎない。
何故ならば表情とは裏腹に彼女の内面を占めるは――――言いようの無い、怒り。
それは遂には音姫の背後に威圧感を放つオーラを錯覚させる程であった。

動と静。

顕現の方法こそ対称なれど、二人の想いが行き着く先は、同じ。

兄妹同然の仲でありながら。
『弟と姉』
『兄と妹』
そんな関係を長年過ごして来た仲でありながら。
嘘を吐き。
相談も無く。
挨拶も無く。
置き去りにした。

向けられる感情は喜怒哀楽で最も激しさを持つ。
言いようの無い―――――『怒り』。

そしてソレが向けられる人物。
『弟』であり『兄』である人物。

これら全てを合わせれば、答えは単純にして明快。
そう、それ即ち。


―――――――――自分達を置き去りにした『義之』への『怒り』


それに他ならなかった。










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                         
第19話  其々の道(前編)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇












話の発端は半刻を遡る。
場所は昨日義之が目覚めた後に集められた時と同様。
ダ・カーポ城の一室である執務室。
そこに集まった複数の人影。
最早説明など不要であろう。
そう、音姫、由夢を始めとした昨日と同様の顔振れが其処にはあった。
集まった理由は此れまた昨日同様。
音姫を通じてさくらからの召集が掛けられたからであった。

昨日、音夢から出された依頼の返答の期日はまだ明日である。
なのに何故?
また何か問題が発生したのだろうか?
誰もが同じ疑問を抱えつつも、取り合えずは召集に応えていた。

そして―――

義之がいない。

―――その一つの事実に気付いたのもその時だった。

音姫に訊ねても。
由夢に訊いても。
二人とも答え持ち合わせてはいなかった。
そう答えを持っていたのは召集を掛けた三人の英雄たち。
純一、音夢、さくらの三人だった。


 「えー……っと。 義之くんは先に往っちゃいました」

 『……………は?』


純一たち三人を除いた、その場に居た全員の声が重なり響く。
誰もが同じ表情をしていた。
擬音で表すならば一言。
ポカン。
そんな表情と共に皆の視線がさくらに集められていた。

先に往った? えっ? 何処へ?

誰もがさくらの言葉を理解できない。そんな表情で。
その様子を予想していたのか。
さくらがにゃははっ、と苦笑を漏らす。


 「さくらさん……それはどういう……」


ことなんですか、と皆を代表するかのように音姫が問う。


 「うん……え〜〜っと、だから、ね?
  義之くんはもうダ・カーポを出発してウィンドミルへ向かっちゃったんだ」


ごめんね?、っと可愛らしく両手を合わせて謝罪のポーズ。
そんなさくらの様子を皆が呆然と見詰めていた。
さくらの言葉が一言一言噛み締めるかのように廻る。
頭の中でさくらの言葉が理解されたとき、皆の眼が大きく開かれる。
そして………

はい、さんっはいっ。


 『ぇっ、えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?!?!?』


驚声の大合唱が響き渡った。





     ●





そして話は漸く冒頭の音姫と由夢の怒りの顕現へと繋がれる。
二人、共に未だ義之への怒りを弛緩させること無く、殺気とも呼べる威圧感を放っていた。
しかし、何時かのときとは違い、周囲の皆がソレに気圧される事などは無かった。
何故?
その問いこそ愚問と呼ばれるモノ。


 「義之のヤツッ。ったく、水くさいつーのっ!」

 「何も私たちに黙って往くこと無いのに……ねぇ?
  もうっ、そんなにななか達が頼りにならないの!?」

 「ほんとだよぉ。
  義之ってば、何考えてるんだろう?」

 「何でもいいけどっ! 小恋ちゃん。
  私たちに黙って往っちゃう事が、だーい問題だよ! ねぇ、杏ちゃん?」

 「全くね……。
  探して見つけて縛ってはかせて猛省させるべきね。というかさせるわ」

 「はっはっはっ、流石は桜内ということだな。
  うむ、やはり亡くすには惜しい人材だ」


そう。
音姫と由夢がそうであったように。
渉も、ななかも、小恋も茜も杏も。
個々の差はあれども、義之に対する感情を顕わにしていたのだから。
気圧される訳が無かった。
唯一、杉並だけはいつも通りの笑みを浮かべていたが……。

そんな皆の様子を、純一たちは何とも言えない表情で黙認していた。
義之が発つ際には、音姫や由夢が怒りを顕わにするだろうとは思っていた。
長年三人の成長を見守ってきたのだ。それ位は簡単だった。
現にそうなっている。
そう其処までは予想できたのだ。
だが、他の皆がこれ程までの反応を示すとは思いもよらなかった。


 「う〜ん……これはどうしたもんかねぇ? 音夢ちゃん」

 「どうしようもないでしょう、皆の言い分も最もですしね。
  しかし、これは……喜ぶべき、なんでしょうか? 兄さん」

 「知らん。つーか、かったりぃ」


三人が三人共に、達観していた。
単独行動を咎められるは、信頼の裏返しか。
義之の成長を見守ってきた身としては、義之に寄せられる想いを喜ぶべきか。
否、現状を悲しむべきか。
非常に微妙であった。





     ●







 「ぶいぇくしょっ!?っーぐずっ、風邪かぁ?
  なんか前にも同じ様なことを言った覚えがあるけど……んーー?」







     ●





キャンキャン、ガーガーと、義之に対する皆の言葉は留まることが無い。
放っておけば延々とやっていそうな。そんな様子だった。
ともあれこれ以上は、と流石に話が進まないと判断しただろう。
頃合いを見計らってさくらが切り出した。


 「はーーい。 皆、もうそろそろいいかなー?」


言葉と共に両手を一度、二度と叩き合せる。
その声と音に導かれるように皆の視線が再びさくらに集まる。
しかし集まりはしたものの、未だ納得は出来ていない。そんな様子だった。
そりゃそうだよね、とさくらは内心で苦笑しながら、


 「まあ、そういう訳なんで義之くんが先に出発しちゃったんだ。
  そこで昨日の今日で申し訳ないんだけど、昨日の答えを聞かせてくれないかな?
  勿論、まだ決めかねてますってことなら無理にとは言わないけれどね」


どうかな?、と皆の顔を見回す。
急な話であることはさくら自身、重々承知していた。
それは純一と音夢も同様で。
全員から明確な答えを得ることは無いだろうと、そう考えていた。
此方から依頼し、此方から期日を伝えたにも関わらず、此方の都合でソレより前に答えを求める。
身勝手な話だ。
そう、実に身勝手な話――――――なのに。


 『往きます』


―――――若く強い意志が重なって、訊こえた。


その声に、思わず眼を瞬かせ、驚きと呼ばれる表情を創る。
さくらだけではない。純一も音夢もだ。


 「皆………本当に、いいの?」


思わず、そう思わず訊き返してしまった、そのさくらの言葉に。


 「はい、勿論です。さくらさん」


由夢が。


 「流石に、冗談でこんな事は言えませんよぉ」


茜が。


 「義之のヤツを一発ぶん殴って、そんで言いたいこともスゲーいっぱいありますし」


渉が。


 「な、殴るのは駄目だよ、渉くん。
  でも……うん。武術大会の時みたいな事が他の場所で起こるかと思ったら」


小恋が。


 「小恋の言う通り。
  黙って見てるなんてできませんよ」


ななかが。


 「私たちの力でどれだけ役に立てるかは分かりませんが」


杏が。


 「だから、さくらさん。お祖父ちゃん。お祖母ちゃん。
  私たちは往きます、往かせて下さい」


そして、音姫が。
発する言の葉は違えど、意味する処は同じで。
きっと想いは一つだ、と。
幼く、これから向かう世界の事など何も知らず。
しかし何も知らないからこそ。
強く意志を込めて。
決意を顕わにした。





     ●





 「悪いが俺は辞退させて頂く」


その突然の言葉に、それまで部屋を包み込んでいた空気が一新される。
新たに染められた色は驚き。或いは疑惑。
声を発したのは唯一、先程の会話で一言も発しなかった人物。
常ならば真先に喰い付くであろう人物。

その人物の名は、杉並。

そう。思い返せば先程の会話に一切参加してはいなかった。
皆がソレに漸く気付く。
だがその事自体には然して問題は無かった。
何故なら今回の依頼の可否は自由。
決して強制等ではなく。全ては本人の意思に託される。
だからこそ問題などは無かった。

勿論、ソレは皆が理解していたことであり。
辞退する者がいたとしても何ら可笑しいことではなく。
また、ソレを咎めようとする者もいる筈は無かった。

そう、咎めるつもりではないのだ。

ならば何故。皆が、全員が、驚き、疑問を抱いたのか。
ソレは対象が杉並だったから。
杉並だったなら、話は別となる。

“あの”杉並だからこそ。

風見真央武術学園のブラックリストの頂点に君臨し。
非公式新聞部なる変わり者の集団を率い。
日夜を問わず、不可思議とされる事象を追い求め。
そしてその為ならばいかような労力をも惜しむことの無い。

“あの”杉並だからこそ。

故に皆に咎める気など無くとも、驚きを隠すことなどは出来なかった。
不謹慎だとは思う。
だが、今回の渦中の話は正に杉並が常日頃から求め続けてきた事に通じる。
そう、皆は思ってしまったのだ。
それは、
『十二魔円卓』然り。
『精霊石』然り。
『義之の謎の魔力と単独行動』然り。
全てが杉並の望む、非日常と呼ばれるモノに通じていることに間違いは無かったから。
ソレを良く知る皆は驚きを隠せずにはいられなかった。


 「ちょっ、ちょっと待てよ! 杉並!」


一番に疑問を言葉にしたのは渉だ。

まあ、当然と言えば当然か。
渉もまた、義之と共に杉並に巻き込まれ、或いは協力し。
そしてその時の軌跡により、ブラックリストの上位に名を連ねる。
それだけの仲だったのだから。
尚更、今回の杉並の言動に対して驚かれずにはいられなかった筈なのだから。

渉と杉並、二人の位置が机を挟み丁度真正面だった事もあり。
先程の由夢のように、渉は椅子から立ち上がり、机に片手を勢い良く叩き付け、前のめりに身を乗り出す。


 「何を慌てているのだ、板橋よ。いやそれは可笑しいか。
  板橋は慌てふためいてこそ板橋、か。ふむ、ならばソレは当然と言う事か。
  よし、板橋よ。安心して慌てふためくがよい」

 「いや、意味わっかんねぇし。
  って、これが慌てずにいられるかよ!」

 「だからソレで良いと言っているではないか」

 「ああっ! んなこたぁどーでもいいっつーの!」


傍から見れば実に無駄な会話。
その証拠とでも言うかのように、周りの誰もが口を挟もうとはしない。
暫くその儘続けられた二人の会話が終わりを告げる。


 「ふむ、そうか。ならばそうするとしよう。
  だがまあ落ち着くが良い。板橋よ。
  何も先程の発言に根拠が無い、ということでは無いのだからな」


不毛な会話に終止の符を刻むかのように杉並が語る。
その言葉に渉が「あ?」と間の抜けた声を挙げる。
しかし、杉並は気にもしない。
ただ「板橋よ」と前置きし、


 「こと戦において最も重要な要素は何だ」


突然の問い。


 「……は?」


まるで毒牙を抜かれたかのように渉はソレまでの勢いを失う。
そして思案に耽る。


 「あーー……そりゃあ、っとぉ………個人の強さ、とか。
  あとは味方の数とかじゃねぇの?」


若干、自身の無い声で疑問符を付け、それでも答えを返す。
その答えに杉並は「ふむ」と一度だけ首肯する。
それを見て「おっ? 当たり?」と思う渉に、


 「違う」


しかし杉並はキッパリと否定を返した。
下手に期待していたが為に、渉は肩透かしを喰らったかのように前によろける動作を見せる。
「違うんかいっ!」とツッコミを入れそうな位に。
だが杉並は又しても気にせず、


 「確かに個々の能力、数的有利なども戦における重要な要素に違いは無い。
  だが“最も”重要とは言い難い」


「さて、それは何だ?」と再度の問い掛け。
渉は唸り声を上げながら首を横に傾ける。
だが“最も”な答えは浮かんでは来ず。
まるで出口の無い迷路を進んでいるかのような気分を錯覚しながら。
う〜む、と更に深いウ唸り声を上げ思案に耽る。


 「………“情報”」


ボソリ、と声が聞えた。
こんな声を出すのは決まっていた。
雪月花の毒舌ロリキャラ担当。


 「杏?」


そう、声の主は杏だ。


 「渉の言うような直接的な戦力も確かに必要だわ。これは杉並も言った通り。
  でも、それ以上に重要な要素。
  それは相手の戦力、戦場となる地形、世界の情勢……その他諸々の、そういった“情報”。
  情報は使い方によっては大きな戦力差をも覆すことすら可能となる……」


言い終え、どうかしら?、といった表情で杏は杉並に視線を向けた。
見れば杉並は一度首肯し、


 「その通りだ。流石は雪村と言っておこうか」

 「あら、それはどうも」


形ばかりの礼を言う。
肝心なのはそんな事ではない。
余計な事で話を逸らしては為らぬと話を進める。


 「まあ、つまりはそういう事だ。
  情報を得る事ができれば戦の主導権を握ることが出来る。
  そしてソレは逆を言えば、情報が無いまま戦に出れば後手に回る可能性があるということだ」


一拍置き。


 「どうだ、板橋。
  これで俺が辞退する理由にも検討が付くのではないか?」

 「いや、全然」


即答だった。

その渉の言葉に杉並は半眼を向ける。
えっ?、と思い周りを見回せば他の皆も同じような視線を向けるか、或いは苦笑を浮かべていた。
どうやら自分を除いた全員が杉並の言いたい事に察しが付いているのだ、という非常に気不味い状況に気付き。


 「い、いや。ちょっと待て! じょーだん、冗談だって!」


慌てた様子で何とか誤魔化しを図る。
勿論、分かってなどはいない。
口からの出任せだ。
しかし最早退く事は出来ない。許されない。


 「情報じょうほうジョーホウjyouhou……………上のほうこ…」

 「はいはい、それは“上方”だね」


う、と言い切る前にななかの言葉がソレを遮る。


 「ぐっ……し、白河。せめて最後まで言わせて…」

 「どうせ分かってないんでしょ、渉君は」


くれ、とこれまた言い切る前に今度は茜の言葉がソレを遮る。
その発言は渉の図星を突いていた。
が、ここで引き下がっては威厳が無くなると意地を張る。
元々無いものは失くし様が無いのだが。


 「な、何を言うかね、花咲!? 今までのはほんのジョークでこれから本気を……」

 「黙りなさい。そんな戯言を聞いている暇はないのよ。
  大体にして、渉。分かっていないのは間違いなくアナタ一人よ」


三度目は杏の毒舌にて遮られる。
言葉が突き刺さる。
なまじ的を得ているだけにその効果は倍増し。
流石の渉もこれに抵抗を表すことは出来ず、凹み。
ズーンと重い影を背負って渡るが俯く。

それを哀れ……もとい、可哀想だと感じたのか、


 「だ、大丈夫だよ渉君。何も皆本気で言っている訳じゃないから」


小恋が渉を慰める。
慰めの言葉、それが小恋の言葉であるなら渉が反応しない筈は無く。


 「おおおぉぉ! 月島ぁぁ!」


下げられていた頭が勢い良く振り上げられる。ガバッ、と。
「やっぱり優しいなぁ、月島わぁ」と。
その目尻には、透明な液体が浮かぶ。

その様子に声を掛けた筈の小恋が一瞬たじろぎ。
だが、なおも渉は止まる事を知らず。


 「月島ぁぁぁぁぁぁぁぁっぶべっ!?」


小恋の名を叫ぶ渉の顔面に衝撃が走る。
それは冷たく、重く。
それはパキイィンと乾いた音を立て、空気中に霧散する。
それは氷弾。
杏の魔力によって凝縮された氷の塊。
とはいえ勿論、然程魔力など籠められてはおらず、威力は低い。
しかしそれでも衝撃と凍傷は有る訳で――――ぶっちゃけ、冷痛い。


 「な、何しやがるっ。杏っ!」


そんな目に遭わされて黙っている筈も無く。
当然の如く渉は激昂。
その矛先は杏に向けられる。
だが杏はというと、


 「五月蝿いわ、渉。話が進まないでしょうに――――茜」


そんな事は何処吹く風、と。茜の名を呼ぶ。


 「はいはい了解だよ、杏ちゃん。―――っほいっ!」


名を呼ばれただけで杏の意図を的確に察した茜も流石というべきか。
自身の愛鞭に手を伸ばし、渉に向かって勢い良く振り抜いた。


 「おっ、おお!?」


振られた鞭は見事に渉を捉え、その身に巻き付く。
グルグルと幾度と無く巻き付き、出来上がったもの。
人、それをこう呼ぶ―――『簀巻き』と。


 「ちょっ、杏!? 花咲!?」

 「言ったでしょう。話が進まない、と。
  だからあなたは暫くの間そうしていなさい」

 「お、おい。……マジすか?」

 「それでも物足りないのであれば……口と鼻も塞ぎましょうか?」


フルフルとわたるが高速で首をする。
それを見た杏が満足そうにする横で、小恋やななかが「それはちょっと酷いんじゃあ」というような顔を見せたが、しかし。


 「大丈夫よ。何も説明をしないという訳では無いのよ。
  ただちょっと話を進め易くするために必要だっただけ。
  それに私たちの憶測が必ずしも当たっているとは限らないもの……確認も必要でしょう」


そう言って杏は杉並へと視線を向ける。
確認、とは言ってもその表情からは自身の考えが当たっているであろうと確信しているのが見て取れた。
おそらくは杏の考えは、杉並のソレと同じであろう。
だが、先程も言ったように皆がそうであるとは限らない。
渉に至っては確実に気付いていない。
意志の共有が必要だった。
そしてそういった意味でも、次に口を開いたのは杏ではなかった。


 「それはつまりこういうことかな?
  相手の大まかな狙いが精霊石であることは分かった。
  でも、そこから先の事はまだ分かっていない。そして杉並君はそのことを重要視していて」

 「だから敢てウィンドミルやアーキ・オロジーへは向かわずに
  ソレを探ろうと、そういうんですね。杉並先輩は」


続けて答えたのは音姫と由夢。
そして二人の語った事は杏をはじめ、ななか、小恋、茜の考えていた事と同じもの。
へぇ〜、と納得した表情を見せたのは渉ただ一人。
漸く気付いたらしい。
そんな皆の視線が杉並へと注がれる。


 「ふっ、朝倉姉妹の言う通り。まあ、そう言う事だ」


一息。


 「これから先の戦いでは情報を握るか否かで勝敗が下される……やもしれん。
  そして情報収集こそ俺の得意分野でな。その役目には俺が適任だろう」


確かに杉並の情報収集能力の高さは誰もが認める。
これまでに探し出せなかった事、調べ出せなかった事は……無い。
個人単位の交友関係から国家の極秘情報まで。
それは留まる事など知らぬ存ぜぬを貫き通すかの如く、縦横無尽に走破する。

それ故、杉並の言葉に誰も異論を唱えることは無かった。


 「そういう訳で俺は情報収集の単独行動に就かせて頂く。
  そして総隊長殿たちにもソレを許可して頂きたい」


ダ・カーポ騎士団総隊長の許可が有ると無いとでは、情報の集まりに天と地程の差が生じる。
杉並ならば独力でも必要な情報を集める事が可能ではあろう。
だが、何事も容易く、速くに越した事は無い。
それ故に純一たちの許可を杉並は要求したのだ。


 「ああ、構わないだろう。確かにこちらとしても情報は必要だからな。
  必要とあらばダ・カーポの各機関への接触が出来るように取り計らっておこう」

 「感謝致します」


純一の言葉に杉並が素直に頭を下げる。
敬意を払うべき人間には、確かな敬意を顕す。
それが杉並という人間なのだから。

兎にも角にも。
こうして、義之に続いてウィンドミル、アーキ・オロジーへと向かう支援部隊と。
杉並単独による情報収集部隊。

それぞれの役割が決定された。

























あとがき。

第2章の冒頭に位置する第19話です。
本来は次の第20話と合わせて1話に仕上げる予定だったのですが長くなりそうなので二つに分ける事となりました。

時間軸としては義之が出発した当日の昼、といった感じでしょうか。
実は義之が出発してからそんなに時間は経っていないのですが、まあ直ぐに追いかけても色々あるので追いつくのは難しいのですがね。
ともかく今話でこれから先の役割が決定しました。
まあ、まだ2つの目的地に誰が向かうのかが決められていないんですがね。

久々に執筆したために表現の可笑しいところが多々あるかもしれません。
実際、書き上げるのにかなり苦労しました。一種のブランクですかね。

まあ、そういう訳で第2章が開幕しました。
次話で今話で書く筈だった残りを消化し、その後第2章が本格始動といった感じになると思います。

ではでは、次回のあとがきで。







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