大陸の南西から北西にかけて領土をもつ連合大国サーカス。
古の頃から世界樹・桜花の力の流れを最も強く受けている国であり、その影響で首都の桜は一年咲き続ける『枯れない桜』として有名であった。
首都ダ・カーポの騎士団は前大戦の英雄が聖騎士団・総隊長を務めていることもあり、大陸最強との呼び声が高かった。
それゆえ若手の育成も充実しており国立の武術学園が設立される程であった。
国立 風見真央武術学園。
王国誕生とほぼ同時期に設立され、古来より数多の達人を排出しており、武芸を学ぶならダカーポの風見真央武術学園、魔法を学ぶなら魔法大国ウィンドミルの瑞穂坂英霊魔術学院といわれる程の大陸随一のエリート武術学園である。
特に近年では前大戦の英雄の母校というだけでなく、30年程前からは英雄の一人である大魔法使いが学園長を務めていた。
そのため魔法の育成にも充実しており大陸各地から有望な若者達が集まっていた。
「おい……起きろ義之。起きろって!」
「んあ?」
自分を呼ぶ声に反応し義之は机の上で伏せていた顔を上げる。
たしか今は武術論の授業中だったはずなのだが、どうやら途中から眠ってしまったらしい。
実際には授業開始と同時に眠りにはいっていたのだが…。
周りを見回してみると他の生徒が次の授業の準備をしているのが分かった。
そして机を挟んだ義之の前方に先程義之に声を掛けていたと思われる少年が立っていた。
明るい茶髪で頬には少しソバカスのある見るからに性格の明るそうな少年で、板橋渉という名の義之の悪友であった。
「渉……」
「次、模擬戦の授業!早く移動するぞ」
寝ぼけ眼の義之を急かすように言いながら渉は肩に槍を担ぐ。
その姿は自信に溢れ意気揚々としていた。
寝起きの義之にすれば非常にうざったいハイテンションであった。
「おまえ……なんでそんなにテンション高いの?」
元々お祭り好きで常日頃からテンションの高い渉だったが今は何時にも増して異常な程高かった。
義之の疑問に渉は呆れ顔をした後で勢いよく答える。
「武術大会が近いからに決まってんだろ!」
「ああ……」
そういえばそうだったと義之は納得する。
渉の言う武術大会とは一年に一度の王族主催の国を挙げての一大行事であり、武芸を極めんとする者にとっては格好の腕試しと名声を得る機会であった。
それは学園の生徒にとっても同様でこの時期になると学園全体が武術大会の話題で持ちきりで皆活気付いていた。
「俺の実力をみんなに見せ付けてやるぜ!!」
それにしても渉の意気込みようは周りと比べても異常な程高かった。
そしてその理由は数秒後に義之の背後から発せられた声により判明することとなる。
「板橋のことだ。邪な事でも考えているのだろう」
「うお!?」
気配も無く突然背後から発せられた声に驚き義之は椅子から落ちそうになる。
それを何とか堪え背後を振り向いてみると不適な笑みを浮かべた黒髪の少年が顎に手をあて立っていた。
「……いつからいた……杉並」
「今さっきだ。寝起きとはいえ簡単に背後を取られるとは……甘いな、桜内」
杉並と呼ばれた少年はしたり顔で義之の質問に答える。
それなら気配を消して近づくなと義之は言いたかった。
たしかに寝起きでしかも場所が学園ということもあり気が緩んでいたのは確かだった。
しかし義之もそれなりの実力の持ち主であり普通の相手ならば簡単に背後を取らせるようなことは無かった。
だが今回は相手が悪かった。純粋な実力ならば杉並は義之に劣っていたが、気配の消し方に関してはずば抜けていた。
その腕前は常日頃から杉並を捕まえようと奮闘する学園の副会長が「あんなのはインチキよ」という程であった。
そんな杉並の言葉はあえてスルーし、義之は先程の発言について聞き返す。
「で、渉の考えてる邪な事ってのはなんだ。杉並」
「ふっ、それは本人に聞いたほうが良いのではないか、桜内よ」
そう言うと杉並は渉に視線を向ける。
義之もそれにつられて渉の方に向き直す。
二人の視線が集中したことで渉は一瞬狼狽える。
「な、何だよ。俺は別に邪な事なんて考えてないぞ! 純粋に自分の実力を試したいだけで…」
「……本当か?」
釈明をするものの一瞬狼狽えた事実は遺憾ともしがたく義之はさらに追及する。
「本当だって! そ、そりゃあ優勝すればモテまくりで困っちゃうな〜…位のことは考えてるけど、
杉並の言うような邪な事なんて全く考えてねえって!!」
「…………」
「…………」
「…………移動するか」
「そうだな」
しっかり考えてんじゃねえかと思いつつも口にだしては可哀想と、あえて聞かなかったフリをした義之は自分の剣を持ち、杉並に移動を促しながら出口に向かって歩き出す。
杉並もそれを即座に了承し義之に続く。
「ちょっ!? 待てって! 置いてくなって!!」
最初に移動を促しにも拘らずあっさりと放置された渉も二人の後を追っていった。
●
大陸随一と謳われる風見真央武術学園だがそれは施設に関しても同様のことが言えた。
学園の敷地内には大型の闘技場があり、武術大会の会場としても使用されるダ・カーポ城の大闘技場には劣るものの学園に設置されるものとしては十分すぎる設備が備わっていた。
施設の中には広い演習場に4つの中型のリングが配置され、二階は演習場の様子を見下ろせるようになっており、学園の授業はもちろんのこと、授業時間外には自由解放されていて生徒の自主トレーニングの場としても常日頃から愛用されていた。
義之たちが施設内に入るとまだ前の授業が長引いているのか一回生らしき生徒たちでいっぱいだった。
しかたなく二階に上り手すりに寄りかかりながら演習場を見下ろしてみる。
どうやら一回生にしては珍しい実戦形式の授業らしく4つのリングにはそれぞれ二人ずつ生徒同士が向かい合っていた。
その中の一つ、義之達から見て左側手前のリングに見覚えのあるお団子頭が見えた。
(あれは……由夢か)
どうやら由夢のクラスの授業だったらしく、リングの中央に由夢が立っていた。
その両手には普通のものよりも少し短めの剣が2本握られ
ていた。
その由夢の前には模擬戦の相手であろう大型の斧を担いだ本当に一回生かと思わず疑ってしまうほどの大男が立っていた。
(でかっ……ホントに一回生かよ)
「……おい義之。由夢ちゃんあんなの相手にして大丈夫なのかよ…」
隣から目敏く由夢を発見していたらしい渉が心配そうに義之に話しかける。
そこで義之は渉が由夢の戦っている姿を見たことが無いことに初めて気づいた。
たしかに普通なら体格や持っている武器の重量差を考えれば由夢が圧倒的に不利だと考える。
おそらく周りで見ている大半の人間もそう考えているのだろう。
しかし由夢の実力を良く知っている義之にしてみれば心配など全く必要なく、手すりに寄り掛かりながら渉に素っ気無く答える。
「ん、問題ないだろ」
「問題ないって……」
『それでは両者前へ』
素っ気無い義之の返事に渉がさらに言葉を口にしようとしたとき、審判役の教官により由夢と大男がリング中央で向かい合う。
自然と義之たちの視線もそちらに集中する。
●
「俺は英雄の孫だからって手加減しねぇぞ」
どうやら大男は今まで由夢が勝てたのは英雄の孫で相手が手を抜いていたからと思っているらしかった。
その顔は自信に満ちていた。
「ええ、よろしくお願いします」
そんな大男に対して、由夢は裏モードの笑顔で答える。
それが気に食わなかったのか大男は僅かに渋い顔をする。
「強がらなくてもいいんだぜ?今ならまだ棄権もできるぜ」
「そうですね。その台詞、そのままそちらにお返しします。まだ間に合いますよ?」
その言葉に大男は激昂して斧を振りかぶり、
「このガキィ!!」
試合開始の合図を待たずに全力で振り下ろす。
直前まで由夢がいたリングの石板が砕かれ、石煙が舞う。
最悪の事態が頭を過ぎり、審判がその場に駆け寄ろうとする。
しかし、石煙が晴れたその先に由夢の姿はなく、大男の後ろから声がする。
「こちらですよ」
その声に反応して大男と審判は後ろを振り返り、思わず眼を見開く。
そこには先程と同じように由夢が立っていた。
「まだ開始の合図はされていませんよ。せっかちな人ですね」
その言葉に大男は顔を真っ赤にして激怒する。
斧を担ぎ、由夢に向かって突進していく。
「先生。合図を」
それに対して由夢は冷静に審判役の教師に試合開始を促す。
「え……あ……は、はじめっ!!」
すでにそんなものの意味は無かったが、審判は慌てて開始の合図を出す。
その時大男はすでに由夢の目前に迫っていた。再び由夢に向かって、助走がついた分だけ先程よりも勢い良く斧を振り下ろす。
斧が石板が砕かれるが、またもや由夢の姿は無く、今度は斧の真横に移動していた。
振り下ろした斧がそのまま横薙ぎに振り切られる。
由夢はこれを身体を屈ませることでかわす。
大男は振り切った斧をそのまま肩で振りかぶり、由夢目掛けて振り下ろす。
由夢はこれも何なくかわす。
自分の攻撃が当たらない事に業を煮やしたのか、大男は二度・三度と我武者羅に大斧を振り回す。
それら全てを由夢は余裕をもってかわし続けた。
しかし、余裕でかわしているにも関わらず、由夢は一度として剣を振らなかった。
「はぁはぁ……ち、ちくしょう…はぁ……ちょ、ちょこまかと……はぁ…に、逃げやがって……」
大男は次第に疲労をみせ、肩で息をしているのが分かった。
「お疲れのようですね。ではそろそろ終わりにしましょう」
そう言うと由夢の姿が消える。
「ここです」
次の瞬間、大男の真下に由夢の姿があった。
一瞬のうちに大男の懐に入り込んでいた。
その動きは大男の眼に全く写らず、反応できなかった。
「ふっ!」
由夢はそこで初めて剣を使う。片方の剣で大男の左足首に一太刀入れる。
「ぐおぉ!?」
その体躯ゆえの自重に耐えかね大男は左膝を地に着ける。そしてその瞬間、
大男の眼前に由夢の剣が突き付けられる。
「まだやりますか?」
その言葉に大男は冷汗を流す。
「うっ……くっ……ま、まいった……」
勝負ありだった。
由夢は静かに剣を下ろし、リングから立ち去ろうとする。
「あ」
が、数歩進んだところで何かを思い出したように振り返る。
「一応あなたと同い年ですよ」
裏モードの笑顔で告げる。言われた大男は何のことかわからず呆けた顔を見せた。
「だから『ガキ』ではありませんよ?」
それは大男の最初の罵倒への答えだった。
それに気付いた大男はがくりと頭を垂れる。
そして由夢は今度こそリングを後にする。
それを呆然と見ていた審判役の教官が慌てて終了を告げる。
「しょ、勝者、朝倉由夢!」
それを皮切りに演習場の至る所から拍手と歓声と溜息が漏れた。
●
「……すげぇ……強いとは聞いてたけどこんなに強いとは……」
「うむ。相変わらず見事としか言えんな」
渉と杉並は由夢の戦い振りに関して素直な感想を口にする。
杉並は以前にも由夢の戦いを見たことがあったためそれほど驚いているようではなかったが――驚いたとしても顔に出さないので分かりにくいが――初めて由夢の戦い振りを目の当たりにした渉にとってはかなり衝撃的な出来事だったらしい。
(まあ、あれでも三割ってとこだろうけどな…)
事実、普段義之と手合わせするときの由夢の動きはさらに速く、スピードだけなら義之を上回っていた。
いまの演習も由夢であれば開始の合図と同時に相手の懐に入り込むことなど容易いはずであった。
敢てそれをしなかったのは相手の攻撃を限界まで見極めて回避する鍛錬のために違いなかった。
(あいつもちゃんと考えてんだな……)
友人達に迎えられる由夢の後ろ姿を見ながら、由夢の試合に多少なりとも感化されたのか、義之は寝起きの体に気合を入れる。
「どうやら全ての試合が終わったようだな。下に降りるぞ、桜内」
振り返るとすでに杉並は階段の入り口に立っており、先に下りたのか渉の姿はもう見えなかった。
「ああ」
義之はもう一度気合を入れ直すと反動をつけて手すりから離れ、下に降りるため階段へと向かって行った。
あとがき。
第2話です。
今回は……由夢がメインぽいか?
まあ、とにかく義之の悪友の二人も出てきました。この二人、個人的にかなり好きです。
特に渉!おまえ原作ではカッコよすぎだろ!…という訳でこの先も渉はできるだけお馬鹿に、しかしカッコよく書いていきたいと考えています。一応。
で、第2話にしてやっとバトルが出てきました。
……どうなんでしょコレ?
なんせ全てが初めてのことなので、かなり手探りで進んでおります。
なるべく由夢の強さがわかるように書いてたつもりなん
ですけどそうでもなかったかな?
この先もこんな感じで試行錯誤を繰り返していきたいと思います。
なので、「あれ、コイツいきなり書き方変えやがったな」とかのツッコミは予めお断りしておきます。あしからず。
一応主人公なのにあまり目立たない義之くん。
次回は彼の活躍の場はあるのか!乞うご期待!!
ではでは、次回のあとがきで。
おお、由夢強いな。
美姫 「本当よね〜」
この分だと、音姫もかなり強いのかな。
美姫 「確かに気になるけれど、それよりも義之がどうなのかよね」
次回出番があるのか。
そして、その実力は。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。