其々が。其々に。其々の役割を認識し。
「あとは………誰が何処に向かうか、って事だね」
さくらの言葉に思わず、シィンと時が停まったかと錯覚する。
誰もが口を紡ぎ、閉ざしていた。
その理由。
何となくはお分かりだろう。
さくらは言った。
“誰が”“何処に”“向かうか”―――――と。
ただ其れだけ。
しかし、全員の脳内でその一部は変換された。
ソレは即ち。
“誰が”“義之の”“後を追うのか”―――――と。
さて、どの位時が経っただろうか?
と言っても、実際には其れほど経ってはいない。
精々が十分といった処だろう。
しかして、それは第三者の体感時間。
渦中の少女たちにしてみれば永遠にも近い感覚。
それは誰もが一度は体験した事のあるモノ。
重い沈黙が占める空間に居ればそう感じるのも無理はない。
だが、間違えないで頂きたい。
別に皆の仲が悪い訳ではない。
寧ろ正逆。
皆の仲が良いから。信用できるから。信頼できるから。
だから、誰もが口を開く事が出来ないでいるのだから。
それは可笑しいのではないのか。
仲が良ければ。信用しているのなら。信頼しているのなら。
ならば、自らの胸の内を開く事が出来るのではないのか。
そう思う人もいるだろう。
だが、それは時と場合によっては限られることも有る。
今もその一種。
『同じヒトを想っている』
その事実が足枷となっていた。
同じヒトを想う。
そのヒトの後を追いかけたい。
そのヒトに一言を言いたい。
そのヒトに逢いたい。
想いは一つ。
けれど皆が皆、其れを出来る訳ではない。
想うヒトが向かった先は一つ。
ヒトが一度に向かえる先が一つ以上有る訳は無い。
そして皆が向かう先は二つ。
必然。二手に分かれなければならないのだから。
(こりゃあ、長丁場かなぁ〜)
と、さくらが半ば諦め気味に苦笑を漏らす。
が、その考えは意外な人物に覆される事となる。
「あ、あの! ……私を…アーキ・オロジーへ往かせて下さい……」
上げられたその声は、どこか自信が無く、弱々しい。
しかし、それでも。内に秘めた確かな意思を感じる事が出来る。
そんな声だった。
その上げられた声に皆が、其々に、少なからずの驚きを見せる。
其れは勿論、其れまでの空気から一歩を踏み出した者に対するモノでもあり。
また其れをした人物に対する驚きでもあった。
それは親友である筈の、杏や茜……そしてななかですら例外では無く。
雪月花三人娘の天然担当でもあり、桜内義之の幼馴染でもあり、そして白河ななかの親友でもある。
そう。其れ即ち、その人物とは……
「――――小恋……?」
――――月島小恋、その人だった。
●
「小恋……?」
確認の意味を籠め、もう一度その名を呼ぶ。
どうして?、とそう繋げるかのように。
しかし其れを言の葉とすることが出来ずに。
ななかが口を閉ざす。
ななかが疑問に思うこともある意味仕方の無いことなのかもしれない。
なぜなら小恋もまた、桜内義之を『想うヒト』に違いなかったのだから。
違いないと言っても本人がそう告白した訳ではない。
かと言ってななかが尋ねた訳でもない。
親友という間柄だからこそ訊けないことも有る。
ましてや、想うヒトが一緒という事なら尚更だ。
だが。それでも。
告白などせずとも。
尋ねる事などせずとも。
“月島小恋”は“桜内義之”のことが“好き”
其れは間違いようの無い事実だった。
少なくとも、想いビトである義之を除いた皆はそう認識していた。
其れ故に。其れだからこそ。
小恋の言葉に疑問符を浮かべずには居られなかった。
義之が向かった先は、魔法大国ウィンドミル。
義之を想う者ならば其方に往く事を望むのではないのか?
事実、其の為に先程から話が進まなかったのだから。
だが、しかし。
小恋が往きたいと望んだ先は、学術都市アーキ・オロジー。
何故?
ななかのその疑問は直後の小恋の言葉で解かれる。
「私のお父さんは考古学の学者さんなんです。
それで今はアーキ・オロジーに何等かの調査に行っていて。
お母さんもお父さんの様子を見に、数日前から往っているんです……だから」
だからアーキ・オロジーへ往きたい、と。
小恋はそう告げた。
知らなかった。
ななかは、何も知らなかった。
小恋が抱えていた『悩み』を。
ななかとて、小恋の両親とは何度も顔を逢わせた事があった。
優しく。時に厳しく。そして、小恋の事を心の底から愛しく想う。
そんな人達で。
それ故勿論、小恋も二人のことを大事に想っていた。
そんな大事な人達が、危険に晒されるやも知れぬ場所に居るというのだ。
元来から只でさえ小恋は心配性である。
なまじ距離が離れているだけに、より心配は募るというものだ。
先程まで沈黙していたのは、音姫や由夢、ななかとは違った迷い。
『想うヒト』と『両親』。
どちらが居る場所に向かうのか。
其の事に悩みを抱いていたに過ぎず。
そして決意したのだ。
両親の元に向かう、と。
無論、義之の事が気にならない訳は無い。
だけれど義之は強いから。
その強さを知っているから。
そのヒトを信頼しているから。
だから、決められた。そう思い込めた。自分自身に暗示した。
きっとそうなのだと。
そこまで思案し、ななかもまた、決意する。
スッ、と自己を主張する為に右手を軽く上げ、
「私も……往かせて下さい。―――――アーキ・オロジーへ」
決めた意志を口にした。
●
「ななか?」
ななかの言葉に、さっきとは真逆に、小恋が驚きの表情を見せる。
互いの位置は真横。
その小恋の表情を視界の隅に収めつつ、ななかは微笑を浮かべる。
「小恋だけじゃ心配だからね」
それは本当の事。
親友として、大切な友達を助けてあげたい。そう思った。
ななかとて、義之の事が気にならないのか、と問われれば答えは『NO』。
だが、それと同じくらいに。
少なくとも、迷いを抱く程には。
小恋のことを助けてあげたい。確かにそう思えた。
自分達がアーキ・オロジーへ向かうとなれば、ウィンドミルへは音姫や由夢が向かう事となるだろう。
ならば大丈夫。
彼女たちの実力は、ななかや小恋の上を行く。
戦力としては全く問題ない筈だ。
まあ……その他の、極々私的な事に関しては一抹の不安がある気もしたが。
兎に角。今は小恋を助けようと、助けたいと、そう想い、決めた。
そして、そう考えたのはななかだけでは無く。
「なら、私達もアーキ・オロジーね。茜」
「うん。当然だよね、杏ちゃん」
その声に、ななかと小恋。
二人の視線が、その声の主へと向けられる。
そこに居るのは当然。
雪村杏と花咲茜。
まるでそれが当たり前だ、とでも言うかのように。
事実、彼女たちの間ではそれが当然。当たり前。
何時も一緒にいて、何時も一緒に行動してきた。
仲が良く、何時の間にか其々の氏の頭を取って『雪月花』等と呼ばれるようにもなった。
最近では『白河ななか』を加えた四人で行動する事も多かった。
そして四人が四人とも間違いなく美少女と呼ばれる存在で。
義之や渉、杉並とは違い、言い意味で風見真央武術学園の有名人だった。
閑話休題。
とにかくそんな間柄であるが為に、杏も茜もななか同様に小恋の力になりたいと。そう考えた。
元々が二人とも義之に関する議題に関しては関係なく。
実際、向かう先はどちらでも構わなかった。
ならば小恋が向かいたいと望む先に同行することに何の問題があろうか。
否。問題等は無い。寧ろ望む処であった。
そしてソレを小恋とななかの二人が断る訳などは無く。
四人は顔を見合わせ。
小恋が『本当にいいの?』といった表情を見せ。
ななかはそれに『当たり前だよ』と笑い。
茜もまた『うんうん』と頷き、笑い。
杏が『拒否権があると思うの?』と口の端を持ち上げた。
そんな彼女達にとっては当たり前の状況。
「はいはいっ、俺も俺もっ」
そんな彼女たちの良い雰囲気をブチ壊す威勢の良い声が響く。
自然と皆の視線がその声の主に向けられる。
乾いた視線が。
まあ、その先に誰が居るのか、何となく予想が付くというもの。
「流石に女子だけで往かせる訳にはいかないって。
俺もアーキ・オロジーへ往くって」
それは勿論、板橋渉。
今この場に居る男は三人。
一人は純一。元々ダ・カーポを離れる予定ではない。
その為に皆に今回の依頼をしたのだから。
もう一人は杉並。彼もすべき事は他にある。
だから彼でもない。
とすれば、残ったのは渉、只一人。
確かに渉の言う事にも一理はあった……珍しく。
しかし、彼に向けられる視線は、白く冷たい。
なぜならば……
「何時までそうやってるの? 渉君」
未だ簀巻きで転がる姿が其処にあったのだから。
「オ・マ・エ・が言うなぁ! 花咲ぃ!!」
茜の言葉に渉が身を動かす。
しかし、未だ自由の効かぬ身の上ならば。
動こうとしたところで、それが叶う訳も無く。
海老のように仰け反ることが精一杯で、擬音で顕すならば―――じた・ばた。
「大体っ! こんな仕打ちをしといて言う事はソレだけかぁ!?」
また吼えた。
「ん〜? だって、ねぇ。杏ちゃん」
「渉の場合、自業自得でしょう」
伊達に長い付き合をしている訳ではない。そんな事で動じは、しない。
「く〜〜〜〜っ」
しかし、ソレは渉とて同じ……?
とにかくこれ以上何を言っても状況の好転は見込めないと判断したのか。
それ以上反論しようとはせずに、珍しく自ら身を引いた。
「とにかく、俺も往くぞ。アーキ・オロジーへ」
杏や茜は、渉が珍しく身を引いた事に対して僅かながらに驚きを見せ、若干物足りなさそうな様子をする。
しかし、本来今はそんな話を広げる場ではない。
それを分かっているために、二人も渉のソレに習う。
何度も言うが……珍しい。
兎に角。先程も言ったように渉の意見自体は間違っていなかった。
人数を考慮すれば“二”対“五”と大きな差が生じる。
しかし、個々の実力を考慮した場合にはそれ程大きな差は無く。
雪月花の三人は、三人揃って初めてチカラを最大限に発揮する。
だけれど、流石に見知らぬ地へ、少女二人だけで向かわせる事には若干の抵抗を持つ者もいる訳で。
折角の自主的な申し出だったのだが若干の人数配分が必要かと、さくらが思った……その時。
「でしたら、ウィンドミルへは私も一緒に」
今まで部屋の中で聞える事の無かった声がした。
その声に惹かれる様に、部屋の入り口となる方を向いてみれば、其処には黒髪の少女が立っていた。
「小雪ちゃん」
ゆっくりと静かに扉を閉め、向き直った小雪がにっこりと微笑む。
「お待たせしました。今、ウィンドミルとの連絡がつきました」
その言葉で音姫たちは、何故小雪が今まで居なかったのかを知った。
小雪は別室にてウィンドミルとの連絡を試みていたのだった。
「でも、連絡って……どうやって?」
由夢が率直に疑問を口にする。
確かにダ・カーポとウィンドミルとの間で連絡を取ろうとすれば、それなりの時間を要する。
なにせ現在の連絡方法の主流が伝書鳩を使ったモノだからだ。
この間の事件の直後に動いていたとしても、まだ折り返し連絡が返って来るには時間が短すぎる。
ならば、どうやって?
「それは、コレを使ったからです」
そう言って、小雪はエプロンの前ポケットからスッと掌サイズの球体を取り出した。
見た事のない、その物体に由夢や他の皆が首を傾げる。
「それは?」
「はい、これは離れた場所との連絡をとる事が出来る、一種の魔具です。
これを使えばかなり短い時間で、離れた場所との連絡を取ることが可能になるんです。
と言っても私の持っているこれは複製品ですけどね」
小雪の言葉に皆が驚く。
今まで伝書鳩以外に離れた場所と連絡を取れる方法など有ると思っていなかったのだから、それも当然か。
「どういった原理で動いているんですか?」
音姫の、興味津々といった様子の質問に対して、小雪は申し訳なさそうな表情をする。
「すみません、音姫さん。
今は報告を先に済ませたいと思いますので、その事については後ほど」
確かに小雪の言う事は最もだった。
我に返った音姫が少し恥かしそうに頬を染める。
誰も気になどはしていないが、音姫自身には余程恥かしかったらしい。
その時、報告を促すようにさくらが口を開く。
「それで? あっちの現状は?」
「はい。今の所、十二魔円卓と思われる大きな動きは無いそうです。
ただ、一点だけ。気になることがあるとの報告を受けました」
「気になること?」
「ええ、その内容については後ほどご報告させて頂きますが、
そういった事もありまして、私も一度ウィンドミルへ帰らせて頂こうと思います」
そこで小雪は一旦言葉を区切る。
さくらの判断を待つ姿勢だ。
元々、小雪はさくらの手助けをする形でダ・カーポへ訪れているのだ。
其処に明確な理由があったとしても、返りたいと言って簡単に……
「うん。いいよ」
……いいらしかった。
「元々、小雪ちゃんには無理を言って手助けを頼んでいた訳だし。
小雪ちゃんに返る理由があるならば、ボクにそれを否定する理由はないよ」
さくらはニッコリと笑う。
「往っておいでよ。小雪ちゃん。
小雪ちゃんがウィンドミルへ向かってくれれば、それがダ・カーポにとっても助けになるしね」
今まで手伝ってくれてありがとう、と最後に告げる。
そのさくらの言葉に小雪も笑顔で。
「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせて頂きました。
有難う御座いました。さくらさん」
●
何はともあれ。
こうして、ウィンドミル。アーキ・オロジー。
二つの目的地へと向かうメンバーが決定した。
ウィンドミルへ向かうのは……
【朝倉音姫】
【朝倉由夢】
【高峰小雪】
アーキ・オロジーへ向かうのは……
【板橋渉】
【白河ななか】
【雪村杏】
【月島小恋】
【花咲茜】
以上のメンバーで其々に向かう事となった。
何とか無事に決まったかと皆が“ふぅ”と安堵の息を吐いた―――その時。
バァン!
と、乱暴な音と共に再び扉の開かれた。
さて、ここで思い出してみよう。
誰かを忘れてはいないか、と。
義之を想う人間はまだいたのではないか、と。
さて、その人物とは。
「ちょっと、待って!!」
赤い髪をした少女。
ティルミナ=レ=ダ・カーポ――――ティナだった。
ティナは扉を勢い良く開けると、そのままの勢いで皆が座るテーブルに早足で歩み寄り、
バンッ!
と両手をテーブルに叩き付けた。
「私もウィンドミルに往くよっ」
その言葉に皆が今までで一番の驚きを顕わにする。
今日は何度も驚かされる日だなぁ、と頭の隅で思いながら。
皆が驚くのも無理はない。
何故ならティナはダ・カーポの第二王女。
第二といえど王位継承権を持つ、お姫様だ。
そんな人物がウィンドミルに往く。つまりは城を出て戦場となるかもしれない場所に向かう、と言うのだ。
聞く人によっては問題発言へ直行だ。
既にティナとの対面を果たし、会話を交わし、その人となりを皆は知っていた筈だった。
『お姫様』という偶像ではなく、『一人の少女』としてのティナを、だ。
だがそれでもこのような行動にでるとは思ってもみなかった。
或いは音姫や由夢なら気付いたかもしれなかったが、先程までの二人は義之を追う事で頭が一杯だった。
言葉を変えれば自分の事しか考えていなかったのだ。
それ故、気付きかなかった。
だが、そんな少年・少女たちとは裏腹に。
純一、音夢、さくらの三人は其々に“ハァ”と息を吐き、苦笑する。
というのも、この三人。ティナのこの行動を予測していた。
予測していたとは言っても、何となく程度。
それでも対処しておくに越した事は無いと、今日皆が集まる事はティナの耳に入らないようにしていたのだ。
が、しかし。
「純一さんっ! 音夢さんっ! さくらさんっ!
黙ってるなんてヒドイよっ!!」
どうやら徒労に終わってしまったらしかった。
そんな三人の心境など知ってか、知らずか。
丁度、テーブルを挟んでティナと三人は向かい合い、他の皆はその間で成り行きを見守る。
「よーくんが一人で往っちゃったんでしょ!?
私だってよーくんを追い駆けたいのにっ」
「まあ、待てティナ。
それ以前にだ。お前が追えるわきゃないだろう?」
「兄さんの言う通りです。ティルマナ様。
ご自分の立場というものを分かって頂かないと」
「そんな事は関係ないのっ!!」
純一と音夢が何とかティナを宥めようと試みるが、当のティナは聞く耳を持たぬといった様子で我を通す。
どうやら他の皆がそうであったように。
ティナもまた、義之が黙って往ったことに対して怒りを抱いているようだった。
それからはティナと純一達、三人の言葉の応酬が続いた。
ティナが何か言えば、音夢がそれを諭すように口を開き。
純一が何かを言えば、ティナがそれに食付き反論をする。
そんな不毛なやり取りが延々と続いた。
こりゃあ終わりが無いなぁ、と。
どこか他人事のようにさくらが達観していると、不意に声がした。
「其処までにしておきなさい。ティナちゃん」
静かな、落ち着きのある、その声に導かれ向いた先に居たのは美しい蒼色の髪を持つ少女。
セレネ=ル=ダ・カーポ。
ダ・カーポの第一王女。つまりは、ティナの実姉であった。
彼女の言葉にティナは振り向き、他の皆の視線も彼女の元へと集まる。
ティナのように大きな音をたてた訳ではない、大きな声を発した訳でもない。
それでも彼女には人を惹きつける何かがあった。
「ティナちゃん、もう止めなさい」
もう一度。先程と言葉は違えど、同じ意味の言葉を発する。
それは“静止”。
ティナの行いを止めるための言葉。
そんな言葉に、現状のティナが素直に従う訳も無く。
「だって! 姉さ」
「ティナちゃん」
ティナが言い終わる前に、セレナの言葉がそれを遮る。
姉であるセレネの、その行動に、ティナは驚きを表す。
いつものセレネならそんな事はしないと、そう思ってしまったからだ。
いつもなら例え、ティナを咎める時であったとしても、こんな、力づくではない。
いつもの姉では、無い。
ソレだけに、ティナは本当に驚いていた。
「その話を此処でするのは、もう終わりにしましょう」
「―――――っ!」
最後通告とも言えるセレネの一言に、ティナの息を呑む音が聞えた。
納得したわけではない。
納得できるわけが無い。
納得するものかと思う。
思うけれど、セレネの何時もと違うその言葉、雰囲気に従わざるを得ない気がして。
そのまま足早に部屋から飛び出した。
「いいのか?」
純一の言葉にセレネは一度首を縦に振り。
「はい。あの子の事はお任せ下さい」
その言葉は既に何時もの彼女に戻っていた。
先程までのは何だったのか。
そういった首を傾げる様な疑問を皆が抱えたが、それを追求する者が居るはずも無く。
さくらが取り合えず話を本筋に戻す。
「それじゃあ、皆には其々の場所に向かって貰います。
出発は明日の朝。それまでに各自準備を整えてね」
そうして、さくらの言葉で漸く、話し合いは終わりを向かえた。
●
「セレネさん」
「あら、どうしました? 音姫さんに、由夢さんも」
城の廊下を歩くセレネの背後から声が掛けられ、呼び止められる。
呼び止めたのは、セレネの言う通りに、音姫と由夢。
話し合いが終わり、皆が其々の準備をする為に城を後にしても二人は残っていた。
セレネに訊きたい事があったからだった。
「大丈夫なんですか?」
「? 何がですか?」
「その、ティナちゃんが……」
そう。二人は先程のティナを心配して残っていたのだった。
ここ数年の間は逢える機会が無かったとはいえ、幼馴染と言える間柄である。
しかも話の内容が義之に関すること。
それ故、二人にはティナの気持ちが痛いほど良く分かった。
公の立場が違うだけで、あとは何も変わらない、一人の少女なのだから。
だから、それを制したセレネに二人は若干の疑問を抱いていた。
勿論、あの時正しかったのはセレネだ。立場を考えたのなら、それに間違いは無い。
ただ気持ちは別だ。間違っていると分かっていても、それに従えないこともある。
子供だと言われれば、そうだと言える。
事実、彼女たちは未だ子供だ。それは変わらない。
だから二人はセレネに問い掛ける。
しかし、セレネはクスリと柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ」
「やっ、でも……」
「あの時はああでも言わなければ収まらなかったでしょうから。
それにこれからティナちゃんの所に行こうとしていたんです」
ですから大丈夫ですよ、と再び笑顔。
「お二人はご自分達の事に専念して下さい。
貴女方の方がこれからが大変でしょうから。
―――――ティナちゃんの事を心配して下さって有難う御座います」
そう礼を言うセレネを見て、音姫と由夢何となく安堵する。
何故、と問われても答える事は出来ないが、何となくそう思えた。
だから大丈夫。セレネの言葉通りにそう思えた。
「分かりました」
「ティナちゃんをヨロシクお願いします」
二人は全てをセレネに託した。
押し付けではなく、それが最良だと信じて。
そしてそれを受けるセレネもまた一つの思いを抱えながら。
「はい。お二人もティナちゃんの事、宜しくお願い致します」
そう言って軽く頭を下げるセレネに二人は困ったように苦笑した。
その真意に気付く事は無く。
二人がそれに気付くのはもう少し先の事だった。
●
翌朝、早朝。
ダ・カーポと外界の境目となる場所に皆の姿があった。
其々に必要な荷物を持ち、中にはさくらから何かを渡された者もいて。
その姿はまさにこれから旅立つということを如実に表していた。
因みに純一と音夢はこの場にいない。
流石に二人は片付けなくてはならない仕事が多いため、見送りにまでは来れなかったのだ。
音夢辺りは若干残念そうにしていたのだが。
「それじゃあ、くれぐれも気を付けて。
何かあったら直ぐに連絡してね」
そう言うさくらに皆が頷きを見せた。
「うむ。しっかりと役割を果たすのだぞ。板橋」
「何を偉そうに。お前こそな。杉並」
そう言って、杉並と渉は互いの拳を合わせる。
そして。
「それじゃあ、音姫先輩、由夢ちゃん、高峰さん。
気を付けて」
「義之くんのこと、宜しくお願いしますね」
「私たちの分までガツンと言っちゃって下さい」
「手加減無く」
そう言うアーキ・オロジー組に。
「うん、任せておいて。
皆の分まで弟くんにたっぷりお説教して来るから」
「先輩方もお気を付けて」
ウィンドミル組が答える。
そうして道は二つに分かたれた。
『それじゃあ、いざ』
「ウィンドミルへ」
「アーキ・オロジーへ」
あとがき。
漸く書き終えました、第20話です。
苦しかった。前回のあとがきでも書いたように難産でした。
しかもそのクセに内容には若干可笑しい部分が……ううむ……(汗。
まあ、とにかくお待たせしました。
内容としては義之を除いた皆の旅立ちが中心です。
冒頭で小恋の父親が学者と言っていますが、原作には無い設定です。
単身赴任しているという設定はありましたが、その他は完全なオリジナルです。
しかもかなり後付だったりします。
それと今回は音姫と由夢の出番が殆ど有りませんでしたが、この先はウィンドミルが主な舞台となりますので
出番が多くなる二人にはちょっと一歩引かせてみました。
そういう理由です。
さて、漸く他の面々が旅立った処で、次回から久しぶりに主人公の出番が。
本当に久しぶりですねぇ。何をしているのやら。
とにかく次話から第2章本格始動です。
出来るだけ早く仕上げたいと思います。少々お待ちを。
ではでは、次回のあとがきで。