「ふーん……ひゅまり、ふゅひゃりはひんじのふゃひゅひゃいとっひゃわひぇか」

 「はい。その通りです」

 「良く解るわね……すももちゃん」


モゴモゴと口を動かし咀嚼しながら喋る義之に対し、すももが肯定する。
その様子を眺める準の表情は苦笑雑じりだ。


 「兄さんもよく同じようなことをするんですよ。
  因みに『ふーん……つまり、二人は臨時のアルバイトってわけか』と言ってます」

 「なるほどねぇ〜。妹属性は伊達じゃないわねぇ」


すももの言葉にうんうんと頷く準は納得の様子だ。
そんな中、渦中の義之はというと、
咀嚼していた口内のモノを“んぐっ”と飲み込み、一呼吸。
漸く満足がいったという様子で腹を擦る。
先程の様子と併せて、もし音姫に見られでもしたら
間違いなくお説教が待っていたに違いなかった。


 「あぁ〜、もう喰えねぇ……満腹だぁ」


幸せな悲鳴。


 「しっかし、美味かった。
  流石におっちゃんが“とびっきり”っていうだけのことはあるな。
  特に、これ。このコロッケ」


義之は一番近くに置かれていた、既に空となった皿を指差す。


 「全部美味かったけど、中でもこのコロッケは格別だったな。
  なんつーか……こう、美味さの中に親しみがあるというか、やけに口に馴染むっていうか。
  ……ああ〜〜上手く説明できねぇけど、兎に角上手かったっ」


至福の表情を浮かべ、称賛を述べる義之に対し、
酒場の主人は笑いながら、


 「ははは、ありがとよ。
  けど、残念ながらそれは俺が作ったんじゃないんだ」

 「へ?」


酒場の主人の言葉に、じゃあ誰が作ったんだ?と義之が聞き返すよりも早く、
準がすももの背後から肩に手を添える。


 「すももちゃんよぉ。すももちゃんってば、すっごく料理が上手なのよ。
  その『すももちゃんお料理ランキング』でも上位にランクされるのが、そのコロッケ。
  通称『すももコロッケ』よん(はーと)」

 「えへへ、ありがとうございます」

 「すももコロッケ……」


そのネーミングにツッコミを入れるべきか否か、と
実にどーでもいい事を考える義之だった。
が、誰も気にしていないようなので、まあいいかと流すことにした。
触らぬ神に祟りなし、である。


 「そっか。このコロッケは小日向さんが作ってくれたのか。
  いや、ホントに美味かったよ。ごちそうさま。」

 「いえいえ。お口にあわなかったらどうしようかと思ってたんですけど、
  満足して貰えたみたいで何よりですよ」


義之の言葉に謙遜するすももの様子に義之は片手をひらひらと振り、


 「これだけの味で満足しないヤツなんていないって。
  全く、俺の妹に見習わせたいぐらいだよ」


軽い言葉で、しかし内容は切実だった。
確かに同じ“妹”として、由夢とすももの料理スキルの差は雲泥、
いやいや、それ以上だった。


 「へー……妹さんがいるんだ? 料理が苦手な?」

 「……ああ……天才的に壊滅的に天災級に毒物的に料理が苦手な、ね」





     ●





 「っくしゅん」

 「大丈夫?由夢ちゃん。風邪でもひいたのかな?」

 「ぐしゅ……ぅうん、大丈夫。
  風邪じゃないと思うんだけど……急に鼻がムズムズして」

 「そう? でも体調管理には気をつけておこうね」

 「うん。ありがとう、お姉ちゃん」





     ●





 「それはそうと」

 「ん?」


ずずず、と音を立てながら食後のお茶を啜る義之に、
カチャカチャと音を立てながら洗い物をする準が声を掛ける。
酒場なのに何故お茶?と思わずにはいられないが、酒場の主人の趣味らしく、
駄目元で注文してみたら出てきたのだから驚きだった。
ともあれ。日頃からお茶を飲んでいた義之にとっては僥倖だった。


 「旅してるって言ってたけど、目的地とかはあるの?」


準の言う事も最もだった。
よくよく考えてみれば出会ってから食事を摂っていたばかりで
大した話もしていなかった。
義之が旅をしているという事実は先に話をしていた酒場の主人により、
準やすももに伝えられていたが、そこから先に関しては詳しい話をしてはいなかった。
なので落ち着いた今、準が問い掛けることも無理は無かった。


 「ああ、俺の目的地は魔法大国で有名なウィンドミルさ」

 『……え?』


義之の言葉を聞いた準とすももの動きが停まる。
二人はそのまま、ぱちくりと瞬きを二回。
その視線は義之に向けられた。


 「な、何か?」


二人の視線を受け、義之がたじろぐ。
自分が何か気に障る事を言ったのかと考えたが、
旅の目的地を口にしただけで他には何も言ってはいない。
とすれば。


 「……ウィンドミルが、どうかしたのか?」


その目的地であるウィンドミルにこそ、
二人の反応の原因があるとしか思えなかった。


 「えっと、どうかしたっていうか……」

 「私達、ウィンドミルから来たのよ」

 「……はい?」


先程の二人と同様、今度は義之が瞬きを二度。ぱちくりと。
まさかこんな所でウィンドミルの出身者に逢うとは思いもしなかった。
驚くのも無理は無い。


 「私とすももちゃんは人を捜してウィンドミルから出てきたの」

 「それでこの街に着いた時に、人手が足りないと困っている
  おじさんに出会ってお手伝いしていたんです」

 「ほーーそうだったのか………って、ん?……人捜し?」


準とすももの言葉を聞いて義之は納得するも、その言葉の中に気になる単語を見つけた。


 「そう。人捜し」

 「どこかで見ませんでしたか。
  銀色の長い髪と、その……ちょっと変わった色の眼をした可愛い女の子なんですけど……」


捜しているという人物の特徴を伝えるすももの口調に、
どこか戸惑いのような気配を感じながらも、義之は伝えられた人物の特徴を模索する。


 「銀色の髪………いや、まさか……な」


すももに伝えられた特徴の一つである『銀色の髪』に義之は引っ掛かりを得た。
数日前に森で出会った少女。
彼女の持つ髪もまた、すももの言う銀色をしていたのだから。


 「どうか、しましたか?」

 「桜内くん?」


様子の変わった義之に、すももと準がそれぞれに疑問符を返す。


 「あ……っと………」


そんな二人に森での出来事を話すべきかどうか。義之は躊躇する。
何も躊躇する必要などは無かった。
唯単に、二人が捜している人物と一致する特徴を持つ少女と出会った。
そう伝えるだけで良かった筈だった。
なのに、それが出来ない。
何故かソレだけでは収まらないような、何とも言い難い感覚があった。


 「ひょっとして……何か心当たりでもあるの?」


そんな義之の様子に察しを付けたのか。準が先程よりも具体的に聞き返す。
すもももまた。準の言葉に反応して義之へと向き直る。
その表情からは一種の緊張が見て取れた。
今はどんな情報も欲しいといったところだろうか。
義之としてもソレに協力できればと思うし、力になれたらと思う。
だから伝えようと、そう思った。
今、義之が感じているモノは、所詮は義之の中のモノでしかない。
伝えた情報をどう受け取るかは二人の自由だ。
だから伝えられるモノがあるならば全て伝えよう。


 「……二人が捜している人物なのかは分らないけど、実は……」


ゴゥンッ!!


突如。轟音と振動が訪れる。
準とすももは互いに支えあい、義之もまた椅子から落ちぬよう身体を固定する。


 「な、なに!?」

 「これはっ。外かっ!!」










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                         
第23話 魔装武具

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇












 「な、なんだこりゃ」


大剣を握り、酒場の外へと飛び出した義之は眼の前の光景に驚愕する。
それもその筈。
眼の前に広がる町並みに全くそぐわない物体が其処にあった。


 「く、蜘蛛!?」


少なくとも、見渡せる限りの建物・街路に“蜘蛛”が蹂躙していた。
そりゃあもう、ワラワラと。
しかもその大きさは通常の蜘蛛とは比較にならない程であり、少なくとも人間一人分以上はあった。
義之が今までに見た事の無い魔物だった。

その蜘蛛の一匹が、逃げ遅れたと見られる少女に襲い掛かろうとしていた。


 「ちぃっ」


無論。義之がそれを見過ごす筈などは無く、蜘蛛目掛けて大剣を振るう。
しかし、蜘蛛はそれを素早い動きで躱し、建物の壁を伝い移動する。
倒すことは出来なかったものの、少女から蜘蛛を引き離すことは出来た。
今はそれで十分だった。


 「逃げろっ。早くっ」


ショックが強かったのだろう。
あと少しで蜘蛛に襲われろうだった少女は、その場に座り込んでいたが、
義之の言葉で立ち上がり再び走り出した。
肩越しにそれを見届け、義之は今向き合うべき相手へと向かう。
しかし……。


 「なんて数だ……っ」


見渡す限り、蜘蛛・蜘蛛・蜘蛛・蜘蛛!
夥しい数の蜘蛛が辺りを埋め尽くしていた。
明らかに自然に起こり得る現象では無かった。
だが、原因を探るのは後回しだ。
今はこの蜘蛛の群れを撃退する事こそが最優先だった。

直ぐ眼の前を我が物顔で闊歩する蜘蛛目掛けて大剣を振るう。
だが。


 「くっ、そ。はえぇっ」


蜘蛛の素早さの前に振られる大剣は宙を切るばかりだった。
ブゥンッと空気を切る音が響く。
蜘蛛たちの素早さは、今まで義之が出会ってきた魔物の中でも最速級だった。

義之の持つ大剣は見ての通りの重量級の武器だ。
攻撃の手数、速度においては他の武器に劣る。
それを今まで普通の剣と動揺に振るってきた義之の膂力も大したものだったが、
今回の相手にはそれを以ってしても届かなかった。

義之の剣速よりも蜘蛛の動きの方が速い。
その動きは生物のそれとは思えない程に速い。
どんな攻撃も当たらなければ、どうということはない。
単純な、ただソレだけの事。
しかし今はそれが全てだった。



義之の眼前に数匹の蜘蛛が横一線に迫る。
ソレらを薙ぎ払おうと大剣を一閃。
しかしまたしても、それが蜘蛛に届くことは無い。
それどころか、今度は蜘蛛からの攻勢を受ける。
蜘蛛はその素早い動きで走り回りながら、義之に向かって口内から糸を吐き飛ばす。

身体の軸をずらし、しゃがみ、あるいは地面を転がりながら懸命に躱す。
しかし、如何せん数が多い。
如何に義之が躱し続けても、蜘蛛の猛攻が停まる事は無い。
そして遂にはソレを受けてしまう。

一匹の蜘蛛から吐き出された糸が大剣と、その大剣を握る義之の両手に巻き付く。
その結果。剣は本来の斬るという役割を封じられ、
大剣に両手を固定されたことで義之自身の動きも制限されることとなる。


 「やっべ」


義之の動きが鈍くなった隙を突き、一匹の蜘蛛が飛び掛る。


 「やろぉ! なめんなよぉ」


武器が封じられようが、義之自身の戦意は健在だった。
両手を固定され動きを限定されようが、動けない訳ではなかった。
糸が巻き付き、『斬る』ことが出来なくなっていた大剣を横に構える。
『斬る』ことが出来なくとも『叩く』ことは出来る。
ならばやってやれない事は無い。

眼前に迫る蜘蛛に一撃を喰らわせる為に、腰を落とし剣を構える。
若干、ヤケクソ気味に。
そして蜘蛛が間合いに入ろうかという、その瞬間。


 「パトリオットミサイル、キィィィィクッ!!


眼前まで迫っていた蜘蛛が、その身体ごと真横へと吹き飛んだ。

その代わりに、義之の眼前に現れたのは紫の髪を靡かせた少女。
名を。


 「わ、渡良瀬さんっ!?」


渡良瀬 準といった。


 「はぁ〜い。桜内くん」


見事な跳び蹴りを蜘蛛に喰らわせた準は華麗に着地を決める。
まるで何事も無かったかの様子に、義之は一瞬眼を奪われる。
しかし直ぐに現状を思い出し、かぶりを振る。


 「なにをしてるんだっ。早く逃げろっ」

 「あら。大丈夫よ」


心配する義之を余所に、準は至って平常心。
それどころか、義之に向いていた身体をその対面。蜘蛛の群れへと向ける。
そして、何を思ったか。その場で準備運動を始めた。
先ずは屈伸。足を伸ばし、腰を捻り、腕を曲げ、筋肉を解す。
その光景に義之は一時、呆気に取られてしまっていた。


 「なっ、なにしてるんだ……? ホントに」

 「うん? 見て分らない? 準、備、運動よぉ」


いや、それは見れば分ることであって。
義之が欲しかった回答はそういう事ではなくて。
尚も準は足をブラブラと揺らしていた。


 「まさか……戦う気、なの……か?」


先程飛び込んできた準の行動を考えれば、それは愚問か。
だが、義之の頭の中ではそれが認められずにいた。
戦闘をする女性は別に珍しくは無い。
過去に名を残した女傑は存在する。さくらや音夢などはその最も近い例だろう。
もっと身近な例で言えば、音姫や由夢。雪月花やななかも居る。
女性が戦う。それ自体には疑問を抱くこともあったが、今の時代決して珍しい事ではなかった。

だが、渡良瀬 準。“彼女”はそういうタイプには見えなかった。
少なくとも義之はそう思った。
所詮は義之の勝手な考え。そう言われてしまえばソレまでだったが、
義之にはそう思えてしまったのだから仕様が無かった。
何故だろうか。義之には『渡良瀬 準』という“少女”のことが良く解らなかった。

そんな義之の思考を余所に、準は肩越しに顔だけを義之に向ける。


 「まさかも、ま・さ・か。
  な〜んか、桜内くんは私の事をかよわいと思ってるみたいだけど。
  意外と強かったりするのよ、私、はっ!!」


『はっ!!』の瞬間に襲い掛かった蜘蛛の顔面を、上段から振り下ろした右足で思い切り蹴り飛ばした。
蹴られた蜘蛛は勢いそのままに、他の蜘蛛を数匹巻き込んで近くの建物の外壁に激突する。
音を立てて崩れる瓦礫の下敷きになる蜘蛛たち。
準の常人離れした脚力に驚きながらも、もはや出ては来れないだろうと義之は思う。
だが、義之の考えを即座に裏切るように瓦礫の中から蜘蛛が姿を見せる。
その生命力の高さは驚きに値した。


 「う〜ん。やっぱりこの程度じゃあ倒せないのね。
  もうっ。相変わらず厄介な蜘蛛ねっ」

 「コイツ等のこと、知ってるのか?」


まるで前々からこの蜘蛛たちの事を知っているかのような準の物言いに義之が問い掛ける。


 「ええ、まあちょっとね……この蜘蛛たちがいるってことは多分……」


義之の言葉に頷きながらも、歯切れが悪い。
それ故に、要領を得る事が出来なかった。


 「渡良瀬さん?」

 「……あ、うん。大丈夫。
  この魔物たちはね“鬼蜘蛛”と呼ばれているの」

 「“鬼”蜘蛛?」

 「そう。アレを見てみて」


準が指し示す先。蜘蛛の頭部を凝視する。
そうして見た先には、一つの突起が。
円柱形をしたソレは一般にこう呼ばれるモノだった。


 「……角」


と。

義之が気付いた事を確認し、準は頷く。


 「そう、この蜘蛛たちは唯の魔物じゃないの。
  “鬼”と呼ばれる種族の最下位に属する“思念体”よ」


思念体。
本来は世界に存在しないモノ。
思い、想い描き、魔力或いはそれに順ずる力によって具現化された存在。

成る程、と義之は思う。
思念体であるならばあの素早い動きも、生命力の高さも頷ける。
いや、元々生きてはいないので生命力ではなく、現存力・顕現力とでも言うべきか。
兎に角、合点が入った。


 「本来は実体の無い思念体だから、何の前触れも無く現れたのね。
  これだけの数が群れを成しているのも同じ理由よ」

 「……成程。渡良瀬さんの言ったことは理解できたよ。何となくだけどな。
  でも……理解は出来ても解決は出来てないぞ。
  随分とコイツ等に詳しいみたいだけど……何か打開策はあるのか?」

 「もっちろん。この準ちゃんに抜かりは無しよっ。
  だけどその前に。眼の前にいる分だけでも倒しておきましょう、か」


準は自信満々に笑みを漏らす。
先程、激烈な一撃を加え、その一撃に耐えた敵を前にして、だ。

準は自身の両足に履くブーツを一撫。
その自信の基を。これから見せようっ。
謳う祝詞は。



 「“武装化アムド”ッ!!



風が舞う。
準の両足から生まれる、色を持った風が、周囲を舞う。
その色はまるで、宝石の如き輝きを持つ、“クンツアイト”。
風は準の足から腿までを包み、形を成す。
流線型から形作られるソレは、羽根の如き。
巻き起こる風が収まる時、ソレは姿を見せる。
準の両足に輝く。
其は『足鎧』。


 「っし」


鎧を纏い、輝く両足にグッと力を込める。
足裏に渦巻く“風”。


 「いっくわよぉ」


風が、爆発する。

ドンという爆音にも似た音を発して、準が前へと進む。
いや、最早“跳ぶ”というべきか。
其れ程までの加速を見せ前へ、前へ、と。
直後、準と蜘蛛との間合は“ゼロ”となる。


 「てえぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」


眼前まで迫った蜘蛛を目掛け、上段から右足を振り下ろす。
それは先程、蜘蛛を吹飛ばし、けれど打ち倒す事が叶わなかった一撃と同じ。
同じ、しかし等しくはない一撃。
先程同様。蜘蛛の顔面に一蹴が打ち込まれる。
其処までは同じ。
違いを見せるのは此処からだった。

一蹴を受けた蜘蛛がその勢いに耐え切れず身を、砕かれる。
砕かれた欠片は風化するかのように霧となり消え失せる。
魔物同様。それが、この世に在らざるモノの末路だった。
ともあれ。特筆すべきは其処ではなく。
『足鎧』を纏う前後の攻撃力には天と地程の差があった。明らかに。

蜘蛛の群れがザワッと喚く。
思念体の身でも、本能があるのだろうか。
その姿勢は、明らかに眼の前の敵―――準に対して警戒を強めていた。
群れの中から数匹の蜘蛛がガサガサと足音を立てて迫る。
それも唯単に真っ向からでは無く、其々が左右に展開しながら進む。
手強いと認識した敵である準を挟み撃ちにする戦法なのだろう。
左右に展開し終えた二匹の蜘蛛がほぼ同時に眼前の敵目掛けて、飛び交う。

しかし、準がソレを素直に受ける道理などは――――無い。

相手の狙いが挟み撃ちによる同時攻撃ならば、タイミングを外してやればいい。
準は左から迫る蜘蛛を目掛けて、跳ぶ。
そしてその勢いを殺さぬ儘、空中にて蜘蛛に蹴りを撃ちつける。
それは先程までの上段からの振り下ろしとは異なる、
足裏を相手に向けた片足での跳び蹴り。
ソレは蜘蛛に直撃し、メキッという鈍い音と共に蜘蛛の体躯へと減り込む。
上から下への、重力による加速が無い分、先程までの一撃に比べ威力はやや劣る。
それでも十分に蜘蛛を消し飛ばすことが出来る威力を持っていたが、これで終りでは無かった。
準は身体を浮かせた儘の姿勢で、蜘蛛へと減り込んだ片足に添える様に、もう片方の足を蜘蛛の体躯に付ける。
そして両足の裏に風を集め――――解き放った。

起こる事象は二つ。
零距離から風の爆発を受け無残にも塵逝く蜘蛛と、その爆発の勢いを糧に跳ぶ準だ。
準はそのまま、方向にして反対に跳ぶ。
その先に居るのは先程挟み撃ちを試みていた、もう一方の蜘蛛。
その蜘蛛を目掛け両足を揃え、向け、叫ぶ。


 「パトリオットミサイルキィィィィィィクゥ!!」


ソレは準が戦いに介入した際に見せたのと同じ技。
風を纏った今のソレは、貫く。
唯、敵を吹飛ばすに終った最初の一撃とは違い、
今の一撃は蜘蛛を貫いた。
蜘蛛の体躯を真っ二つに切り裂いた儘、地面へと着地する。

この一連の攻勢。要した時間は――――数秒。

それだけの早業。それもまた風を纏った副産物であった。





     ●




その光景に義之は眼を奪われていた。
準のその動きに。踊る様なその姿に。
少なからず眼を奪われていた。
『足鎧』を纏った準の速さは恐らく、あの由夢に勝るとも劣らなかった。
そして義之が眼を奪われた最大の要因もまた、その『足鎧』にあった。

魔装武具。
魔法大国ウィンドミルの“ある魔法使い”が、太古の精霊石を用いた武具を研究し、
自国が誇る魔法技術を結集して創られたマジックワンドを昇華し、辿り着いた昨今における強大な武具。
未だ現存数は少なく。基となった精霊石の力には劣るものの。
宿りしチカラは武具其々。千差万別。
その恩恵を得た者は、同時に得る。強大なチカラを。

準が持つのは、ブーツのように足を包む“足鎧”の魔装武具。
名称【紫風閃】。
風の魔法の加護を受け、準専用に創られたオーダーメイド。


そして準が『足鎧』を纏う際に唱えた言葉――――“武装化(アムド)”。
“特殊な”技法により精製された【魔装武具】の秘めたるチカラを解放する祝詞。


ソレを義之は―――知っていた。





     ●




思い出されるのは、ダ・カーポを発つ直前。
折れた剣の代わりにと、大剣――つまりは今義之が握る大剣――を受け取った際の事。


 「ああ、そうだそうだ」

 「……? どうかしましたか? 純一さん」

 「いや、危く伝え忘れるところだった、ってな。危ねぇ危ねぇ」

 「なんですか……一体」

 「今渡したソイツなんだがな。
  少し前に知り合いから貰ったモノなんだが、一つ面白いもんが付いててな」

 「へぇ……見た感じだと普通の……まあ、ちょっと大きめですけど、普通の剣にしか見えませんけど。
  なんなんですか? その“面白いもん”って」

 「ああ、それはだな……」

 「“それは”……何ですか?」

 「やっぱやめた」

 「はい?」

 「いや教えようと思ってたんだが……やっぱ教えない方が面白いと思ってな。
  うん。教えるのはヤメだ」

 「……はっ? いやいや、教えてくださいよっ。
  どんなモノか分ってないと使いようが無いですって!」

 「ほら、そこは出たとこ勝負? 必要になったら何とでもなるって、多分」

 「疑問符とか多分とか付けられて納得できる訳無いですってっ」

 「これも修行の一環だと思えば大丈夫だろ。何事にも臨機応変に対応できるように、ってな。
  まあ安心しろ、義之。その面白いもんを解放する言葉は教えてやるから」

 「……どうせなら全部教えて下さいよ……って聞いてませんね……はぁ」

 「いいか、義之。よく憶えとけよ?
  その剣のチカラを解放する言葉は……」





     ●





何かに気を取られているのか、義之は先程から――といってもほんの数秒だが――その場に立ち尽くしていた。
悪く言えばぼーっとしていた。
そんな格好の的を鬼蜘蛛たちが見逃す訳はなかった。


 「っ!」


準が叫ぶ。
数と速さで攻める鬼蜘蛛を相手に、動きを停めることは得策ではないと知っているからだ。

案の定。義之の背後から数匹の鬼蜘蛛が近づく姿が視えた。
義之は未だに両手と大剣を蜘蛛の糸によって封じられている。
間に合わない。
そう感じても、それでも間に合えと思いながら【紫風閃】に力を込める。
だが、その行く手は自らの体躯を盾とする蜘蛛の群れによって遮られる。
それは、潰せるものから潰す。数を減らすには弱き者から。
そういった戦の常套手段を、思念体の身ながらも感じ取ったが故の行動だったのか。


 だめっ。間に合わない……っ!


無数の蜘蛛が重なり合った壁を前にしては、流石の準とてそれを破る事は容易い事ではない。
蜘蛛にしてみればそれだけの時間があれば十分だった。
見事、時間は稼がれる。

一方、義之へと向けられた牙は足を停めることは無い。
当然だろう。停める理由などは無いのだから。
対する義之は先程からピクリとも動きを見せない。
固定された両手と、同じく固定された大剣をだらりと下げた儘の姿で立ち尽くしていた。
近づく蜘蛛の気配を、義之とて感じ取っている筈、なのに何の動きも見せない。
諦めてしまったのっ? そう思えてならない。
それが準の感情をより揺るがす。

そして、その魔手が義之の無防備な背後に襲い掛かる。










――――――瞬間。





 「“武装化アムド”ォォ!!





叫びと同時。
義之に襲い掛かった蜘蛛たちが、光の閃により切り裂かれ、霧となって―――消滅した。

























あとがき。

うーん……と唸ってみましたが、すこぶる筆の進みが悪いです。
この第23話も本来ならばもう少し長くなる予定だったのですが、
余りに執筆速度が低下している為にここで一区切りとさせて頂きました。
なんでだろうなぁ……と原因不明の状態であります。はい。

で、本編なんですが、今話で出てきた単語の説明を二つほど。
一つは【魔装武具】。
こちらは『魔法』『流線形』などの言葉から即座にイメージとして浮かんで来た、
かの有名な『魔装機神サイバスター』からもじらせて頂きました。

もう一つは【武装化(アムド)】。
こちらは気付いた方も多いことでしょう。
そうです。あの名作漫画【ダイの大冒険】から流用させて頂きました。
この武器のアイディアが浮かんだ際に発動の単語として、これが直ぐに浮かんで来たのです。
とはいえ、【ダイの大冒険】では『鎧化』と書いて『アムド』と読んでいましたが、
桜大戦の場合は鎧に限らないので『武装化』と表現させて頂きました。

ではでは、次回のあとがきで。



義之が餞別としてもらった大剣にそんな秘密が。
美姫 「これでパワーアップね」
この大剣はどんな力を秘めているのか。
美姫 「次回明らかになるのかしら」
それは次回になれば分かる!
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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