「あっ……よしゆきぃ〜」


演習場に入ったところで義之を呼ぶがした。
声の主を探そうと周囲を見回すと、こちらに駆け寄ってくる姿が見えた。


 「小恋」


薄い橙色の髪を右側に軽く一纏めにした――通称『アホ毛』――おそらく美少女の部類に入るであろう少女で、名前を月島小恋という義之の幼馴染だった。
可愛らしい顔と素直で純粋で少々天然な性格の持ち主で男女問わず周囲から好かれていた。
スタイルも同年代と比べてかなり成熟していて、小走りで駆け寄ってくる小恋の胸部には多くの男子の視線が集中していた。


 (…………)


その光景を入り口に立ったまま静観していた義之は、本人に教えるべきか悩んでいたが、地雷を踏む可能性を考え黙殺することにした。 その間、当の小恋は義之の前に到着し乱れた息を整えていた。
息が整った頃を見計らい義之は声を掛ける。


 「どうした、小恋」

 「はぁ……はぁ…はぁ…ふぅ、どうしたじゃないよ〜。 義之を探してたんだよ〜」

 「探してた……って、何で?」

 「今日の演習の相手を決めるクジ、あと引いてないの義之だけだよ〜」


基本的に模擬戦の授業は複数のクラスが合同して行われ、各クラス毎にクジ引きをして同じ番号の者が対戦相手となる。
どうやら義之が居眠りしている間にクジ引きが行われていたらしく、小恋の手にはクジの入った箱が握られていた。
が、ここで義之の脳裏に一つの考えが浮かぶ。


 「小恋……」

 「なに?」

 「クジって人数分しかないんだよな?」

 「そうだよ? クラスの人数は一緒だからクジもクラスの人数分だけ。 ぴったり、余り無し。」

 「なら俺が引かなくても残った番号は分かるんじゃないのか?」

 「……ふぇ?」

 「いや……その箱の中、もうクジ一つしか入ってないわけだし…」


そう、人数分しかないのなら、最後の義之の番号は自然とそれまでに引かれなかった番号になるわけで……わざわざ引かなくてもわかってしまうのだ。
百歩譲ってクジを引いたとしても義之でなくとも良い筈であった。


 「………あぁ〜!! そうだよ〜、義之が引かなくても分かるんだよ〜…探して損したよ〜」

 「…………」


探して損をしたと言われると何か言いたくなる。
義之が言葉を発しようとしたその時、二つの人影が視界に入りその内の一人が義之達に喋り掛ける。


 「……小恋は相変わらずね…」

 「杏」


白い雪のような髪をしたお人形のような少女――雪村杏だった。
背の低い小柄な体躯で自他共に認める「ナイチチ」。
外見に似合わず結構な毒舌で、その口元はからかう様に怪しげな笑みを浮かべていた
さらにもう一人も義之達に喋り掛けてくる。


 「うんうん。すごく小恋ちゃんぽいよ〜」

 「茜」


白桃色の髪をした物腰の柔らかな少女――花咲茜。
そして特に注目すべきは小恋をも軽く凌駕する豊満な胸の持ち主だった。
見かけも性格も対称的な二人は揃って天然振りを発揮する小恋をからかう。


 「むぅ〜、小恋っぽいてなによ〜」


からかわれた事に対して小恋は頬を膨らませ二人に抗議する。
その姿は表面上は怒っていたがどこか楽しげだった。


 「おっ! 雪月花勢ぞろいだな。いや〜相変わらずの存在感だな。なっ!義之もそう思うだろ」


今までどこにいたのか、渉がエロ親父のような台詞と共に現れる。


 「………」



雪月花。
雪村杏、月島小恋、花咲茜、それぞれの名前から一文字ずつ取り、周囲からそう呼ばれる仲良し三人娘。
ロリで貧乳で毒舌、素直で天然、おっとりで巨乳という絶妙なバランスを保ち、尚且つ三人共美少女であるためファンクラブこそないものの隠れファンも多い存在であった。










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第3話 雪月花

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 「それでは早速模擬戦の授業を始めようと思う」

 「待て」


義之は即座にツッコミを入れる。
それもその筈、授業開始を告げたのが……


 「なんで杉並。おまえなんだ?」


……だったからである。


 「うむ。相変わらず絶妙なタイミングだな、桜内。死なせておくにはおしい人材だ」

 「勝手に殺すなよ……」


義之は思わず溜息を吐く。
杉並の理解不能な行動は今に始まったことではないが、それでも慣れる事はなかった。
突然の出来事についてこれないのか、渉や雪月花を除いた周囲の生徒はみな呆然としていた。
仕方なく義之は話を進める。


 「で? 杉並」

 「うむ。なんでも授業担当官に急用ができたらしくてな。先程俺に後をまかせて出て行ってしまった」


義之は額に手を当て先程よりも深い溜息をつく。
教官に急用ができた事に関してはしょうがなかった。
急用だというからには教官にも予定外だったはず。しかし問題はそこではなかった。
問題はその間の代役を、なぜ、よりにもよって、この、杉並に、任せたのか、という一点だった。
風見真央武術学園の教官ならば誰でも過去に杉並が引き起こした数々の事件を知っているはずである。
それゆえ生徒会ブラックリストのトップ3に名を列ね常日頃から副生徒会長に追い掛け回されているのだから。
ちなみに残りの二人は共犯とされる義之と渉なのだが…。
なぜそんな人物に後をまかせたりしたのか。


 「今年赴任したばかりの新人教官だったからな」

 「……人の心の声を読むんじゃねぇ…」


なるほど納得だった。
新人教官ならまだそれ程学園の内情に詳しくないのだろう。
ともあれ授業を勝手に休講にするわけにもいかず、杉並が正式に後をまかされたのであれば義之にこれ以上はどうしようもなかった。


 「……何も企んでないだろうな」

 「あらやだ、何のこと?」


オカマ口調で誤魔化す杉並を見て、無事に授業が終了するよう祈らずにはいられなかった……。





     ●





当初の義之の不安をよそに、授業は滞りなく進行して行った。
授業内容が模擬演習だったのが幸いしたのか、杉並の仕事といえば各リングの試合を進めるだけで良く、これならば何も起きないかと義之は警戒心を緩めて各リングの試合を見学していく。
偶然にも次に行われるのは渉と雪月花三人娘の試合だった。



まずは義之から見て北のリング。
渉の試合が開始されていた。

渉の手に長さ2m余りの三叉の槍が握られていた。
相手から振り下ろされる剣を由夢には及ばないものの、それでも常人にしてみれば十分素早い動きでかわしていく。
渉はバックステップで一旦後ろに下がると右足を一歩下げ半身になり前屈みに構える。
そして、そのままの体制で相手に向かって加速していき、鋭い突きを繰り出す。


 「オラァ!!」


相手はこれを何とか避ける。
が、渉の攻撃はこれで終わりではなかった。
渉は2回、3回、と連続で鋭い突きを繰り出し、相手は防戦一方であった。
次第に渉の突きが相手の回避速度を上回り始め、相手の腕や足に軽い傷が増えていく。
そしてついには剣を弾かれる。
渉の圧勝であった。
 
いつもはおちゃらけているため気付かれにくいが、なかなかの実力の持ち主であった。





     ●




続いて東のリング。
ここでは先程の渉の試合とは打って変わって距離をとっての遠距離戦が繰り広げられていた。
どうやら両者共に魔法使いらしい。
そして、その片方は左脇に魔術書を抱えた、雪月花のロリ担当、ナイチチこと雪村杏であった。

一般に魔法使い同士の戦いは呪文の詠唱速度の差で勝負が決まると言われていた。
中には詠唱破棄といって詠唱抜きで魔法を使える魔法使いや特殊な力で呪文破棄と同様な能力を持つ者もいたが、世界でも数える程しかいなかった。
それゆえいかに早く相手よりも呪文の詠唱を終えるかが勝利へのカギであった。

相手の魔法使いもそれを心得ているのか試合開始直後、リング後方に間合いを取ると素早く詠唱を始める。
それに対して杏はなぜか詠唱を始めずに、リング中央で静かに立ち尽くしていた。
呪文を詠唱し終わった相手は勝ったと思ったのか、笑みを浮かべながら杏に向かって直径30cm程の火の玉を発射する。
火の玉は高速で杏に向かい、爆発する。
爆発によって杏が立っていた場所を中心に煙が立ち込める。
見ていた誰もが杏の敗北を悟った。
しかしすぐにその考えは杏の行動によって否定された。

相手は驚きを隠せなかった。
それもその筈、煙が晴れた先には無傷の杏が何事もなかったかのように静かに立っていたのだから。
周りで見ていた生徒も驚きを隠せずにいたが、義之には見えていた。
杏は前方から迫る火の玉に向かって右手をかざし、瞬時に火の玉と同じくらいの大きさの氷の盾を形成して防いだのだ。
もちろん一介の学生である杏が詠唱破棄できるわけはない。
ではなぜ瞬時に魔法を発動することができたのか。
その秘密は杏の持つ特技にあった。

以前義之が本人から聞いた話によると、杏は一度見たものは忘れない「雪村式暗記術」という特技を持っており、それを応用することで呪文破棄と同様の効果が得られるということだった。
ただし、この方法が通用するのは初級魔法のみであり、中級以上の魔法は詠唱しなければならなかった。
だが初級魔法のみといえども詠唱速度がカギを握る魔法使いの戦いにおいてその効果は絶大であった。

自身の魔法を防がれいまだ呆然とする相手に向かって、杏は氷の矢を放つ。
相手はそれに気づいたのか、しゃがみ込み氷矢をかわす。
杏は連続で氷矢を放つ。
氷矢は相手に命中する軌道のものもあれば、手前や横に落ちるものもあった。
命中精度は低いのかと思われたが、そこで義之はあることに気付く。
杏が放った氷矢の跡が、全て相手を囲う様にリング状で六芒星を構成していたのだった。
最後の氷矢で六芒星を完成させると、杏は王手をかける。


 「チェック」

 「氷魔檻(アイスプリズン)」


その瞬間、氷矢の跡から氷柱が相手に向かって伸び……相手の目前で停止した……。
初級魔法のみで中級魔法並みの威力を発揮する杏オリジナル魔法だった。
本来ならそのまま敵を串刺しにするのだろうが、これは試合であって死合ではない。
そのため杏は相手の直前で停止させたのだった。
相手が即座にギブアップを告げる。

杏らしい圧倒的で完璧な試合運びだった。





     ●





お次は南のリング。
ここで戦っていたのは義之の幼馴染で雪月花のいじられ役こと月島小恋だった。
その左手には名前と同じ三日月型の弓が構えられていた。
幼馴染ゆえ義之は小恋の腕前を良く知っていた。
実母が弓道の師範代で、その影響で幼い頃から弓道を習っていたため小恋はかなりの腕前であった。

こちらも先程の杏のように同じ武器同士の遠距離戦らしく、相手も弓矢を構えており、小恋と相手のちょうど中間地点には数本の矢が落ちて散乱していた。
そこで義之はおかしな事に気付く。
なぜ矢が中間地点に散乱しているのか。
相手の矢を回避したものなら両者の足元に落ちているはずではないのか。
両者の足元を見ると一本の矢も落ちてはおらず、まさか矢が相手に届かなかったのか。
しかし、それならば届く間合いまで近づけばいい話であり、それ以前にリングの直径程度の距離、小恋の腕前ならば問題なく届くはずである。

義之が思案を巡らせているとその疑問に答えるかのように、相手が弓を引き矢を放つ体勢に入る。
それに対して小恋も弓を引く。
相手が矢を放つと、数瞬遅れて小恋も矢を放つ。
リング中央で矢が交差すると思った瞬間、

キィン!!


二本の矢は空中でぶつかりそのまま地面に落下する。
それを見て相手は顔を顰める。
それが全てを物語っていた。

なるほど、と義之は納得する。
つまり中央に散乱する矢は全て小恋の達人技により打ち落とされたものだったのだ。
状況から考えるに、おそらく相手が放った矢を全て打ち落としてきたのだろう。
同じ弓使いにしてみれば、たまったものではなかった。
このままいけばやがて矢が尽き、結果は引き分けとなるだろう。
相手をできるだけ傷つけない戦い方だった。
甘いな、と思いつつも、茜の言葉を借りるなら実に「小恋っぽい」と思う義之だった。

試合は引き分けに終わったが、両者の実力の差は明らかだった。





     ●





最後は西のリング。
もちろん戦っているのは雪月花のお色気担当、花咲茜である。
その手には全長5mはあるかと思われる鞭が握られていた。
その姿はまるで……、その……、だから……、え〜っと……、つまり……、……女王様だった…。
はまり役過ぎて義之は思わず苦笑いを浮かべる。
周りからは、「俺もぶって〜」などという声援?が聞こえたが丁重に無視する。

さて試合はというとこちらも一方的だった。

茜は巧みに鞭を撓らせ相手は回避することで精一杯のようだった。
相手の武器が斧ということもあり、リーチの面でも圧倒的に茜が有利だった。
しかし、相手もやられっぱなしでいられるかと、茜が鞭を伸びきらせた瞬間を狙って一気に間合いを詰める。
接近戦で鞭を無効化しようという作戦だった。
しかし、それは無残にも破られる。

茜は鞭を手元に引き寄せながら巧みに鞭を撓らせ、相手の背後を突く。
予想外の攻撃を喰らい、相手は思わず肩膝をつく。
立ち上がろうとする相手に向かって茜は鞭を振り下ろし勝負を決める。

………負けたにも拘らず、相手が笑顔だったのは気のせいだと思う…
 
ともあれ、こちらも余裕の勝利であった。





結果は3勝1分け、それも引き分けた試合も事実上の勝利であった。
しかも4人ともかなりの余力を残した勝利であり、かなりの実力者であることがわかる試合結果となった。
 
























あとがき。

雪月花登場の第3話。キャラ紹介だけにしたら恐ろしく短くなってしまった……ごめんよ〜。
念願?のバトルメインのお話。一応義之目線のつもりで書いてみたつもりなんだが……微妙だ。
バトルシーンの長さもめちゃくちゃ個人差あるし……。
書いといてなんだが渉と雪月花……強くしすぎたかな?これだと後々自分の首を絞める気がする……。
とはいえもう書いてしまったし、いまさら再構築する気もサラサラないのでコレでいきたいと思う。

今回結構悩んだのがそれぞれの武器。
杏の魔術書はインスピで即決定。
渉はナックルとどちらにするか悩んだが結局槍に。
小恋は……半ばやけくそ気味に弓矢に決定。
そして茜!鞭を持たせてみたらホントに女王様みたい。
ぶっちゃけ似合いすぎじゃね?っていうか一度そのイメージができちゃったら他の浮かばねー。
というような理由で各々決定。
小恋についてはゴメンナサイ。

そして前回の最後だとめちゃめちゃヤル気だったおそらく主人公のよしゆきくん…
ごめんね。
なんか今回謝ってばっかりだ……
次回、次回こそは!

ではでは、次回のあとがきで。



今回、義之は観戦モードに。
美姫 「雪月花の三人娘のお話ね」
まさに華があって良いね〜。
美姫 「ところで、杉並が授業を進めているのよね」
だな。
美姫 「だとしたら、このまま終わるのかどうかも怪しいわね」
うんうん。何かがあるのか、それともないのか。
美姫 「どっちなのかと悩みつつ…」
次回〜。



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