「おっ、来たな」
闘技場内にある演武場で騎士団の鍛錬を観ていた純一は、入り口から入って来た集団に気付く。
もちろんその集団とは義之たちである。
「こんにちは、お祖父ちゃん」
「ちゃんとお仕事してる?」
音姫と由夢が順番に久しぶりに会った祖父に挨拶する。
純一が「かったるいがな」と答えると二人は呆れ顔をみせた。
めんどくさがりさでは由夢をも凌駕する元祖「かったるい」は健在だった。
その純一の様子に義之は苦笑する。
「どうも、純一さん」
「やっぱり義之も一緒か。うんうん、孫の仲が良くてじいちゃんはうれしいぞ」
やはり音姫と一緒に由夢や義之も来るだろうと予測していたらしい。
孫の顔を見て笑うその姿は、世間で称えられる“英雄”のイメージとは多少異なる。
しかし所詮それは純一たちの功績により創られた偶像であり、義之たちからすればこれが普段の純一だった。
遅れてティナとセレネも挨拶する。
「こんにちは、純一さん」
「皆さんをお連れしました」
「ああ、二人ともありがとうな。助かった」
義之たちを案内してくれた二人に親しい様子で礼を言う。
「お祖父ちゃん、二人にこんなこと頼んじゃダメだよ?」
「そうだよ。二人だって忙しいのにわざわざ出迎えなんて」
仮にも一国の王女に出迎えをさせるのはどうかと、祖父の行為に音姫と由夢が小言を言うが、当の純一はというとそんな小言など何処吹く風といった様子で答える。
「何を言うか。セレネとティナも俺たちの孫も同然だぞ?
前々から二人がお前達に会いたがっていたからな、どうせなら感動の再会にしてやろうと思ったわけだ。
う〜ん、何とも孫想いの良いじいちゃんだな」
「その結果があのティナのダイブですか」と口から出掛かった台詞を義之は飲み込む。
セレネにティナ、それと何だかんだ言っても嬉しそうにしている音姫と由夢を見ると、とても言えそうになかった。
と、そこで音姫があることに気付く。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんは?」
そう祖母である音夢の姿が見えなかった。
辺りを見回してみるが少なくとも見える範囲には姿はなかった。
今日は音夢に用があって来たのだから音夢がいないという状況は予想外だった。
案内してきた二人も、純一と音夢は一緒にいると聞いていたので不思議そうな顔をしていた。
「ああ、それがな……お前たちが来る少し前に城から呼び出しがあってな、音夢はそっちに行ってるんだ」
純一は「ったく、間の悪い」と最後に付け加える。
苦笑する義之の頭には「折角孫に会えるのを邪魔された音夢」の姿が容易に想像できた。
きっと今頃は急いで用事を済ませようと奮闘している最中なのだろう。
「まあ、そういう訳だから少し待っててくれ。
そんなに時間は掛からないはずだし、何より音夢もお前達に会いたがってたからな」
今日の用件は風見学園の武術大会出場者のリストを渡すだけなので、どうしても音夢じゃなければならない、というわけではなかった。
例えば後で純一に渡してもらう、という方法もあった。
だがこの後急ぎの用事があるわけでもないし、久しぶりに会ったセレネやティナともう少し話をしたかった。
そして何よりも音夢がそうであるように音姫たちも音夢に会いたかった。
そういうことで音姫は純一の言葉に素直に従う。
「うん。じゃあ、そうさせてもらうね」
それを聞いたティナが「やったー」と叫ぶ。
少しでも長く義之たちと一緒にいられるのが余程嬉しいらしい。
それを見てその場にいた皆が小さく笑った。
ダ・カーポの聖騎士団は大きく分けて4つの部隊で成り立っている。
まずは一番下に第一番隊から第三番隊までが存在する。
各隊にはそれぞれ隊長と副隊長が1人ずつ存在し、自らの隊を統括する。
一般に聖騎士団と呼ばれるのはここに所属する者たちのことを指していた。
そしてその上に位置するのが王族親衛隊。
聖騎士団の中でも特に優れた者たちだけで構成された少数精鋭のエリート部隊。
彼らには特別な場合においては各部隊に命令を下す特権がを持っていた。
ダ・カーポ聖騎士団は基本的にはこの4つの部隊で構成されていた。
そしてこれら全てを統括するのが総隊長と総隊長補佐、つまりは純一と音夢なのだ。
今この闘技場では二番隊の隊員たちが鍛錬を行っていた。
二番隊の隊長と副隊長が不在らしく、臨時に純一と音夢がその統括を行っている、とのことだった。
純一曰く「たまには書類の山から離れて身体を休めたい」らしい。
実際にはいつもそれをやっているのは純一ではなく音夢なのだが、そこは敢て触れないでおく。
ともかく普段なら総隊長と総隊長補佐に鍛錬を見てもらう機会などまずありえないため、隊員たちは皆引き締まった表情で鍛錬を行っていた。
元々が大陸一と言われるダ・カーポの聖騎士団、その実力は確かに高かった。
その上いつもよりも気合が入っているとなれば、使う得物の違いはあれど、最早それは鍛錬と言うよりも実戦に近かった。
騎士団の鍛錬を観る機会などそうはないため、義之たちは熱心にその光景を見学していた。
そんな中、リングに上がる見知った人影を見つける。
「アイツは……」
木で作られた武器を持ち、リング上で向き合う二人組。
そのうち一方は先程、闘技場の前であった金髪の青年、アルシエルだった。
義之の呟きに純一が反応する。
「義之、知り合いか?」
「え…っと…」
知り合いかと問われれば一応は知り合い……ということになるのだろうか。
そうだとしても知り合いとは思いたくはなかった。
そんな義之の代わりに由夢とティナが口々に答える。
「さっき、入り口で初めて会ったんだけど」
「よーくんのことを弱いって言うんだよ。失礼しちゃうよ」
どうやら二人は完全にアルシエルを敵と認識したらしい。
先程までの笑顔が消え、渋い顔をしていた。
それを聞いて純一は「そうか……」と呟く。
その反応がいつもの純一らしくなかったため義之は問いかける。
「純一さん、アイツ知ってるんですか?」
「ん、まあな。これでも一応は総隊長なんてかったるいことをやってるからな。めぼしい隊員の事はそれなりに報告される」
前半の部分はあえて聞き流すとして、後半部分は気になる台詞だった。
由夢がそこに喰い付く。
「めぼしい……って、あの人そんなに強いの?」
「ああ、確か……二番隊の中でも実力は上のほうだろう。
『実力だけなら将来的には副隊長もあり得る』って書いてあった記憶があるな」
「副隊長……」
「ただ備考の欄には『性格に多少の難あり』とも書いてあったけどな」
やはり分かる人間には分かるらしい。
しかし、将来的にはと言っても大陸一と謳われるダ・カーポ聖騎士団の部隊副隊長にもなれる実力の持ち主とは、強いとは感じていたがどうやら予想以上らしい。
そうこうしている間に試合形式の鍛錬が始まっていた。
●
アルシエルとその相手は共に木刀を手にリング中央で向かい合っていた。
先に動いたのは相手だった。
木刀を右手で持ち、右半身を軽く後ろに引く。それが突きの構えだとすぐに分かった。
その構えを維持したまま相手はアルシエル目掛けて突進して行く。そしてその勢いを利用した強烈な突きを繰り出す。
アルシエルは素早く身体を横にずらしそれを避ける。
だが相手の攻撃はそれで終わらない。突き出した木刀をそのままアルシエルを追うようにすぐさま横薙ぎを繰り出す。
回避直後で僅かに体勢を崩していたアルシエルは今度は避けきれないと判断したのか、木刀を垂直に構え盾として相手の攻撃を防ぐ。
動きの止まったアルシエルに対して相手は右袈裟切りを浴びせる。
アルシエルはそれに左逆袈裟で対応する。
カンッ!
ぶつかり合った二つの木刀が乾いた衝撃音を奏でる。
その後も右水平切りに対して左水平切り、下からの切り上げに対して上段からの振り下ろし、と二つの木刀は幾度もぶつかり合った。
乾いた音が幾度もリング上に鳴り響く。
相手が攻め続けアルシエルは防戦一方。
さすがはダ・カーポ聖騎士団の一員、相手の騎士もかなりの実力者だった。
傍から見ていれば相手がアルシエルを終始追い詰めているように見える。
しかし、義之は先程からある事に気付いていた。
「兄さん……」
「ああ……」
どうやら由夢も同じく気付いていたらしい。
その二人のやり取りにティナが不思議そうな顔をする。
「どうかしたの、二人とも」
音姫とセレネもティナと同様の反応を示す。
三人の視線が義之と由夢に集まる。
そこで義之が三人に問い掛ける。
「この勝負、どっちが有利に見える」
その問いにティナは観たままの答えを返そうとするが……
「えっと……それはあのアルシエルって……」
「違うんだよ、ティナちゃん」
ティナが答えきる前に由夢がそれを否定する。
「確かに相手の騎士さんがあのアルシエルって人を攻めてるように見える。でもね、さっきから一度も攻撃は当たってないの」
その由夢の言葉で三人はハッと気付く。
確かに先程から相手の騎士の攻撃をアルシエルは全て防いでいた。
「それだけじゃない。アイツ、相手の攻撃が上からなら下、右からなら左ってな具合に真逆から剣を振って防いでるんだ」
「相手の攻撃を見極めて、その上で相手のスピードを上回らないとできない芸当だよ」
「アイツ……遊んでやがる」
義之と由夢の言う通り、いつの間にか試合の主導権はアルシエルへと移っていた。
アルシエルが繰り出す斬撃を相手は辛うじて防いでいる状況だった。
アルシエルが何度目かの斬撃を振り下ろす。
騎士はそれを木刀を頭上で水平にすることで防ぐが、ガラ空きになった腹部へアルシエルの強烈な蹴りが入り、騎士は後方に吹き飛ばされる。
なんとか倒れまいと体勢を整えるが、そのときアルシエルはすでに目前まで迫っていた。
騎士の左側面目掛けてアルシエルの木刀が振られる。
鈍い音がリング上に響く。
それは騎士の左腕が折れる音だった。
音姫、ティナ、セレネの三人は僅かに顔を背け、由夢も苦い顔をしていた。
なおも木刀を振り上げるアルシエルを見て、審判役の騎士が「止め!」と声を上げる。
しかし、アルシエルはそのまま木刀を振り下ろした。
折れる音が辺りに響いた。
見ていた誰もが我が目を疑った。
リングの上にはうずくまる騎士と木刀を振り切ったアルシエル、そして二人の間には鞘を付けたままの剣を握り締めた義之の姿があった。
その真上から何かがリング上に落下する。
カランッ、カランッ、カッ…
それは柄の部分を残し叩き折られたアルシエルの木刀だった。
アルシエルが振り下ろした木刀は騎士に当たる直前で、素早くリング上に現れた義之の剣で防がれていた。
突然現れた義之にアルシエルはさも当然と言った感じで問い掛ける。
「試合の邪魔をするとはどういうことです?」
その言葉に義之はアルシエルへと厳しい視線を向ける。
なにが試合だ。
あれは試合ではなくアルシエルにとっての性質の悪い遊びでしかなかった。
義之は湧き上がる怒りを抑えるのに必死だった。
「終了の合図はされていた。アンタだって気付いていたはずだろ」
アルシエルの実力ならば合図を聞いた後でも振り下ろした木刀を止めることはできた筈だった。
しかし、アルシエルは嫌な笑みを浮かべる。
「ああ、そうなのですか。全く気付きませんでしたよ。スミマセンね」
誰が聞いても嘘だと分かるその言葉には謝罪の気持ちなど微塵も感じられなかった。
義之は遂に声を荒らげる。
「ふざけるな! お前それでも騎士なのかよ!!」
普段の義之を知る者ならば誰もが目を見張るだろう。
義之がここまで怒りを露にするのは珍しかった。
「ええ、ダ・カーポ聖騎士団の一員ですよ。見て分かりませんか?」
「ッ……俺は認めない……例えどれだけ力があってもお前のようなヤツを騎士とは認めない!」
アルシエルはそんな義之を煩わしく思ったのか、見下すような眼をする。
「別にあなたに認めてもらおうとは思いませんがね。なにより私は自分より劣る人に指図される覚えはありませんよ」
人を見下すような態度をとるアルシエルに、義之がさらに言葉を発しようとする。
しかしそれはリング外から発せられた声により遮られる。
「なら、義之の実力がお前より上ならば文句はない訳だな?」
『お祖父ちゃん!?』
『純一さん!?』
由夢たち四人が声を上げる。
義之の声を遮ったのは、それまで事態を静観していた純一だった。
義之とアルシエルを含めた周囲の視線が純一に集中する。
さすがに総隊長の言葉を無視することはできないのか、アルシエル作り笑いを浮かべる。
「それはどう言うことでしょうか、総隊長殿。
まさか総隊長殿は私がこの礼儀知らずの少年に負けるとで……」
「ああ、思ってるぞ」
負けるとでも思っているのですか、と言いかけたところで純一の声がそれを遮る。
その言葉にアルシエルは顔をしかめるが、純一はそんなことは気にもせず、さらに言葉を繋ぐ。
「なにせ、そいつは正真正銘、俺の“弟子”だからな」
「……なんですと?」
「まあ、最近は稽古なんて大してつけてないがな。それを抜きにしても義之の資質はお前より上だ」
純一の言葉を聞き、アルシエルは義之へ視線を移す。
義之を目踏みするような、そんな視線だった。
義之はそれを真っ向から受け取る。
「では、総隊長殿はこの少年と私で勝負をしろ、とそう仰りたいのですか?」
「このままじゃ収まりがつかないだろ。お前はどうだ、義之」
「望むところです」
確かにこのままでは収集がつかないだろう。
未だ怒りを抑えきれない義之は純一の問い掛けに即答する。
と、そこでアルシエルが純一にある提案を持ち掛ける。
「総隊長殿のご命令とあらば従いましょう。しかしそれならば二つ程、お願いがあるのですが」
「なんだ」
「一つは、この勝負に私が勝利した場合、私を王族親衛隊の一員として頂きたいこと……」
「ッ!?」
アルシエルの言葉にティナが驚き息を殺す。
王族親衛隊の一員ということは、すなわちティナやセレネを護衛するということが主な役割となる。
アルシエルを嫌っているティナとしては動揺せずにはいられなかった。
「いいだろう」
「純一さん!?」
その提案をあっさりと了承する純一にティナはさらに驚きの声をあげる。
純一はそれをあえて無視し、笑みを浮かべるアルシエルに話を進めるように促す。
「二つ目はなんだ」
「はい、なにこちらは至極簡単なことで……この勝負、真剣にて行わせて頂きたいのです」
『ッ!?』
これにはティナだけでなく由夢たちも動揺を隠せなかった。
真剣での試合、それは文字通りの真剣勝負。決して怪我だけでは済まない。
ましてや先程のアルシエルの行動を見た後ではそれ以上の、最悪の結果も想像できた。
純一は暫く沈黙した後、渦中の人物でもある義之に視線を向ける。
「義之」
「構いません」
純一の問い掛けに義之は迷うことなく即座に了承する。
当然、それを聞いた由夢、ティナ、音姫、セレネの四人は驚きを隠せない。
「兄さん!!」
「よーくん!?」
「弟くん!?」
「義之さん……」
真剣での試合を了承した義之に四人は声を荒らげる。
そんな四人の方に義之は強い視線を向ける。
「みんなは少し黙っててくれ。これは……俺の勝負だ」
強い口調で四人を押し黙らせる。
いつもの義之なら決してしないその態度に四人は否応なしに口を閉ざす。
視線を前方に移すとアルシエルは嫌な笑みを浮かべていた。
「お前には負けない……!」
「おもしろい。その腕前、見せて頂きましょう」
●
二人の剣が交差し、金属音が鳴り響く。
交差した体勢のままの硬直状態を、義之は力任せに押し切ろうとする。
だが、交差していた相手の剣が不意に消え、支えを失った義之の剣はリングの石板を砕く。
アルシエルは義之の力を逆に利用し剣を滑らせ脱すると流れるように剣を振り下ろす。
義之は剣を盾にして受け止め、そのまま押し返し反撃に転じる。
二度・三度と剣を振るうが、アルシエルは回避しながら後退する。
「なるほど……確かに良い腕を持っているようだ……が!」
間合いを詰めようとした義之に向かって突きが繰り出される。
「くっ!」
「その程度では私には勝てんよ!」
続けざまに繰り出される突きを、義之は剣で逸らして何とか防ぐ。
アルシエルが剣を引いたところを狙って横に薙ぎ払うが、それを回避され逆に横薙ぎで出来た隙を衝かる。
シュッ!
義之の左腕に小さな傷が付けられる。
致命傷には程遠いがそれでも相手の剣を受けたことに変わりはなかった。
さらにアルシエルの猛追が迫る。
振られる剣を何とか防ぎつつ義之はカウンターを狙うがそれらは全て空を切り、逆に攻める隙を与える。そんな攻防が暫く続いた。
●
「よーくん…」
「弟くん…」
「ダメだよ……兄さん……それじゃあ…」
その様子は見ているティナや由夢たちを不安にさせるものだった。
「由夢ちゃん、どうして弟くんの攻撃は当たらないの?」
「それは……」
――……チリィン
「熱くなりすぎね」
剣に関しては素人の音姫が由夢に問い掛け、由夢が答えを口にしようとしたとき、鈴の音と共に別の誰かが答えた。
由夢たちが振り向くと、そこには祖母である音夢の姿があった。
「お祖母ちゃん……」
「いつからそこに……」
「たった今よ。全く……久しぶりに孫の顔が見れるから急いで戻ってきてみれば……どういうことですか、兄さん?」
ジト眼で純一を睨むが、純一は何処吹く風といった感じで平然としていた。
「どうもこうも、見ての通りだ」
「詳細の説明を要求します」
「かったるいから却下だ」
音夢の顔がピクピクと引きつる。
「お祖母ちゃん、私が説明するよ」
「……ふぅ、お願いできる?音姫ちゃん」
●
「……なるほどね…」
これまでの顛末を音姫から聞いて納得する。
説明し終わると音姫は、今度はこちらの番、と音夢に聞き返す。
「それでお祖母ちゃん……さっきの話なんだけど……」
「なぜ義之君の攻撃が当たらないのか、だったかしら?」
音姫はコクリと頷く。
「さっきも言ったけど義之君は熱くなりすぎなの。
いくら力があっても周りが見えていない。太刀筋は単調で決め手がない。
例えるなら猪突猛進といったカンジかしらね。あれでは実力の半分も発揮できないし、勿論勝負に勝てるわけもないの」
確かに音夢の言うとおりだった。
今の義之には冷静さが欠如していた。
我武者羅に力任せで剣を振るのは子供の遊戯と大差なかった。
それならば攻撃が当たらないのも頷けた。
「で、それを分かっていながらなぜこんな試合をさせたの……兄さん」
そこで音姫たちはハッと気付く。
確かに試合をするように仕向けたのは純一だった。
いくらあの場を収めるためとはいえ、純一もいつもとは違う義之の状態には気付いていたはずである。
ならば試合以外の方法もあったのではないか。
それなのになぜ……。
「兄さん」
「一つはかったるかったから。説教して収集を付ける、なんてのは専門外だからな」
本当にかったるそうに言う純一に、音夢の顔がまたもや軽く引きつる。
直ぐにでも説教を始めたい心境だったが、純一の「一つは」という言葉から他の理由もあるのかと察していたため、今はそれを抑える。
「それで? 二つ目は?」
「見極めるためだ」
何を、と言おうとした音夢は純一の眼を見て口を閉ざす。
先程までのかったるそうな眼とは違う、言葉通り何かを見極めるような真剣な光が見えた。
「アイツの信念が本物かどうかを」
いつにも増して真剣な表情に音夢たちは静かに耳を傾ける。
純一は独り言のように淡々と続ける。
「“信念”……或いは“誓い”といってもいいかもな」
「“闘い”ってのは技や力だけじゃない。むしろ心――精神に最も左右されるものだ。
心の奥にある自分が抱く一番強い……誓った想いを以って自分の闘いを繰り広げる。
それが出来ないようならソイツは闘いに身を置くべきじゃない」
「俺は今の義之にそれがあるのか見極めたかった」
「あの程度で心を乱し、自分の信念を貫くことができないようなら……あいつはそれまでだ」
そう語る純一の眼は紛れもなく“剣聖”と称えられる一人の剣士の眼だった。
「ティナたちを巻き込む形になったのは悪かったがな」
その言葉をティナは首を振り否定する。
「ううん、大丈夫だよ。まあ…さすがにビックリはしたけど、今の純一さんの話を聞いたからもう大丈夫」
「ん?」
「だってよーくんならその“信念”をちゃんと持ってるから」
「そうだね……今はちょっと冷静さを欠いてるけど……兄さんなら」
「うん。弟くんなら大丈夫」
「純一さんもそう信じていらっしゃるのでしょう?」
四人の少女たちは皆笑顔で義之を信じていた。
義之ならば大丈夫だと。
心の底から。
「あらあら、これではますます負けるわけにはいかないわね。義之君は」
「そうだな。もし負けでもしたら絶対に許さんな」
音夢と純一も笑顔を見せる。
その笑顔からは義之を信頼していることが見て取れた。
そう、そこにいる誰もが義之を信じていた。
●
もう何度目になるか、二つの剣が交差する。
義之は振られる剣を避けるように後方へ下がる。
その身体にはすでに無数の傷が刻まれていた。
いずれも浅く出血も少ないが血を失うことで体力の低下は否めず、肩で息をしているのがその証拠だった。
それに対してアルシエルは無傷とはいかないまでも義之に比べれば軽傷だった。
体力にもまだ余裕がある様に見える。
「やれやれ、総隊長殿の弟子というからにはどれ程の腕前かと思えば……この程度ですか」
手応えのない戦いに、呆れたような溜息をつく。
まるで義之を小馬鹿にするようなその態度に義之は唇を噛み締める。
「はぁ、はぁ……くッ」
「やはり私を楽しませてくれる相手など中々いないものですね」
あくまでも戦いに享楽を求めるアルシエルに義之は更なる怒りの感情を覚える。
そしてその思いは口に出された。
「おまえは……」
「ん?」
「おまえは何故無駄に人を傷つける!」
「おかしな質問をしますね。騎士が剣を振らずに何をしろと?」
「そうじゃない! ただ剣を振ることと人を傷つけることは同義じゃない!」
「ああ、あなたは先程の試合のことに怒っているのでしたね。どうでもいいことなので失念していましたよ」
「ッ!?」
一人の人間に大きな怪我を負わせた事実を「どうでもいいこと」と言い切ったアルシエルに対する驚きと怒りを義之は隠すことができないでいた。
なぜ目の前のこの男は、こうも簡単に無駄に人を傷つけることができるのか。
義之には理解できなかった。
いや、したくなかった。
「私からみればあなたこそ何故剣を振るう? 自らの力を示すためではないのですか?」
「なにを……」
それは剣に対する根本的な認識の違い。
お互いに信じる剣は違うということ。
「大体、剣とは目前の敵を倒し、殺すために存在するもの。そして闘いはその場。
傷つくことが恐ろしいなら闘いに出なければいいでしょう」
「違う!剣は………!」
―――瞬間、世界は白く染められた。
目の前に映し出されるは、幼き日の義之と一人の女性。
女性は横たわりその顔にはもはや生気を感じることは無い。
そしてその女性に泣き崩れるように寄り添う義之。
女性はゆっくりと力なく義之の頭を撫でる。
それは懐かしくも哀しき記憶。
『……あの娘たちを………護ってあげてね………』
それは今は亡き、懐かしき人の声。
そして交わされる一つの誓い。
『ボク、必ず護り抜く! どんな事があっても絶対に!』
そこで義之はハッと現実の世界へと引き戻される。
そして剣を握り締める自分の拳を見詰め、自分の闘う理由を思い出す。
俺の剣は「敵を倒す」ためにあるのではない「誰かを護る」ためにあるのだと。
義之の闘いとは「戦う」ことではなく「護る」ことだった。
自分が闘うことで誰かを護りたい。
それなのに今の自分はどうか。
ただ我武者羅に怒りにまかせて剣を振るいそれでなにが護れる。
否、なにも護れはしない。
そこで義之の視線の先に少女たちの姿が見えた。
(音姉、由夢、ティナ、セレネさん……そうだ……俺はあの時に誓ったんだ……必ず護ると、護り抜いてみせると!)
「どうしました?」
言葉を閉ざし、顔を伏せ、戦いの途中にも関わらず不可解な行動をとる義之にアルシエルが見下すような眼を向ける。
「いや、危く自分を見失うところだったってな」
「?」
「悪かったな時間が掛かって」
「何を言っているのです? あまりの実力の差に気でも狂いましたか……」
上げられた義之の顔に先程までの怒り、焦りは陰もない。
「いや………覚悟だ!」
瞬間、義之の姿が消え失せる。
否、消えたのではない。
恐ろしいほどのスピードで高速移動したのだ。
そしてその姿はアルシエルの目の前に現れる。
「ッ!?」
さらに下から逆袈裟の剣閃が走る。
アルシエルは反射的に剣を盾にすることで何とか防ぐが、そのまま剣圧に押され身体ごと吹き飛ばされる。
「クッ!?」
何とか空中で体勢を整え着地する。
そしてその目前にはすでに義之が詰め寄り、鋭い斬劇が繰り出される。
アルシエルは咄嗟に身体ごと真横に転がることで何とか回避する。
しかし完全に回避したかと思った斬撃は腕を掠めていたらしく、リングに赤い血痕が点々と続いていた。
剣撃、速度、体裁き、全てにおいて先程までの義之とは比べ物にならなかった。
その事実にアルシエルは驚愕し、口調も変わっていた。
「貴様、何だその力は」
「言っただろう、覚悟だと」
「なに……」
「どうやらさっきまでの俺は頭に血が上ってたみたいでな、危く自分の信念を見失うところだった」
「信念……だと」
「だがそれもアンタのおかげで思い出すことができた。礼を言うよ、これで俺はまだ闘える」
アルシエルへと剣を向ける義之の顔に先程までの怒りはなかった。
「そうか……それが貴様の真の実力……ということか…」
「ああ」
「ならばそれをも叩き潰してくれよう!」
アルシエルは身体を深く沈め、そのまま勢い良く突っ込み、義之の足元に向かって剣を払う。
義之はそれを軽く跳ぶことで回避する。
しかし、それこそがアルシエルの狙いだった。
空中で身動きの取れない義之に向かって剣を引き、突きを繰り出す。
空中での回避は不可能な筈だった。
だが義之は剣の腹を盾にし、そのまま剣を斜めにずらすことで軌道を逸らし、蹴りを打ち込む。
当たると確信した突きを回避されたことに僅かに動揺するもアルシエルは腕で防御する。
義之はそのままアルシエルの腕を足蹴に飛び去り、間合いを取る。
「ッ…確かに先程までとは違うようだな」
「だろうな」
先程までは力任せに剣を振り回していただけ、今の義之の剣は次元が違う。
「貴様の実力は認めよう……ならば我が必殺の一撃を持って貴様を切り捨てる!」
アルシエルは腰を落とし剣を肩に担ぐように振りかぶる。
おそらくそこから放たれるは文字通りアルシエルの最強の必殺剣。
それに対し義之は両手で持った剣を左脇に構える。
両者共にそのままの体勢から動かない。
僅かな隙も見せればそれが致命傷となる。
勝負の鍵を握るのはタイミング。
速過ぎてもかわされる、かといって遅すぎては剣を振ることもままならない。
刹那の瞬間、それを見極めなくてはならない。
義之もアルシエルもそれを見逃さぬよう集中する。
暫しの静寂……
―――そしてその瞬間が訪れる。
両者が同時に地を蹴りリングの石板がその衝撃で砕ける。
超速で縮まる両者の距離。
先に動いたのは義之だった。
大剣が横薙ぎに放たれる。
その速度や今までの比ではない。
アルシエルの眼に辛うじてそれが映る。
超速で前へと向かう自らの肉体を無理矢理に急停止させる。
その反動で身体の筋肉が悲鳴を上げる。
その眼前で義之の剣が空を切り、義之の身体が流れる。
(もらった!!)
アルシエルは勝利を確信し、渾身の力を込めた一太刀を振り下ろす。
―――しかし、義之の剣はそれで終わらなかった。
空振りした剣の流れに逆らわず、そのまま回転し左下からの袈裟切りが振り抜かれる。
回転が加わったその剣閃は先程の一太刀を上回り、その速度はアルシエルの振り下ろしをも超えた。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュ…
演武場全体に響き渡る金属音の後、何かが宙を舞い離れたリング上に突き刺さる。
銀色に輝くそれはアルシエルの剣の半身。
アルシエルが持つ剣は柄の部分を残し叩き折られていた。
勝ったのは義之の剣だった。
「………俺の勝ち…だ…」
剣を持った右手を下ろし義之が呟く。
アルシエルは剣を振りぬいた形のまま、呆然とそれを見つめていた。
そして唐突に怒声を挙げる。
「なぜだ……貴様! なぜ剣を下げなかった!」
アルシエルが吼える。
剣閃を下げればアルシエルの胸部は切られていた。
義之の剣速は確かにアルシエルのそれを上回っていたのだから。ならば確実に勝つためには剣ではなくアルシエル本体を狙うべきだった。
しかし義之は剣閃を下げず、むしろ上げることで振り下ろされるアルシエルの剣を狙った。
敗北以前にアルシエルはそれが納得できなかった。
「俺はアンタを傷つけたいわけじゃない」
「何を……!」
「……俺の闘いは護る闘いだからな」
「護る闘い……だと」
「俺は敵を殺すために戦うんじゃない。護りたいものを護るために闘う、それが俺の闘いであり信念だ」
「……だから剣閃を下げず、武器破壊を以って勝敗を分かつ……そういう事か」
「ああ…」
アルシエルの眼が大きく開かれ、キッと鋭い視線を向ける。
「戯言を! 護る闘いだと!? そのような詭弁で戦場を生き残れると思うのか!」
声を荒らげ罵倒する。
その声は義之の言葉を否定する、憎悪にも似た思いが宿っていた。
それは尚も止まることをしない。
「 一歩戦場へと踏み入ればそこは生と死が入り乱れる地獄!
試合とは違う、一瞬の油断が命を奪う。そのような場所で護る……だと? 戯言だ、戯言でしかない!!」
「それでも俺はこの信念を改めるつもりはないさ」
「そのような信念、より強大な力の前では紙切れも同然だ!」
義之の言葉を否定し続けるアルシエルを前に、義之は一度眼を閉じ、そして開く。
その眼にやどるのは強い意思の光。
「弱いと言うなら強くなればいい、護れぬというなら更に強くなればいい、俺はそのためになら必ず強くなってみせる」
「ッ!?」
それはまるで誓いのような……強い意思を持った義之の言葉にアルシエルは黙る。
だがその視線には憎悪とも見れる怒りが灯されていた。
「…アンタは…なんでそこまで…」
「………」
お互いの信じるモノを包み隠さずぶつけ合い、訪れる暫しの沈黙。
それは第三の介入者により破られる。
「そこまでにしておけ」
二人の間に介入してきたのは純一だった。
「信念、強さ、闘いなんてのは十人十色、人それぞれ違うものだ。ここで言い争ったところで答えを得られるもんじゃない」
「純一さん」
「………」
純一の言葉に二人は押し黙る。
「それでもまだ納得がつかないのなら、今度の武術大会でやりあうことだな。お前ら二人とも出るんだろ?」
「武術大会で……」
「……わかりました…」
ようやく口を開いたアルシエルに自然と義之と純一の視線が向けられる。
「……今日のところは私の負けを認めましょう………だが!」
アルシエルは義之に強い視線を向ける。
「私は貴様のその信念とやらを認めはしない」
「………」
「必ず本戦まで勝ち残って来い……そこで今度こそ決着をつける」
「ああ……」
そう言うと踵を返してその場を立ち去る。
リング上に残されたのは義之と純一。
「ふぅ、やれやれだな……」
「………」
「……誓った信念は取り戻せたか?」
「……はい…」
「そうか」
「でも、危く見失うところでした……俺は…あの時、あの人も前で誓ったはずなのに……!」
それは…怒りに任せて誓った信念を見失った…不甲斐ない自分に向けられる怒りの感情。
「思い出せたのならいいさ。もう二度と忘れはしないだろう?」
「……はい、あの四人のおかげで」
「ならしっかりと礼を言うんだな……あいつ等もかなり心配そうにしてたからな」
純一は視線を四人の少女たちに向け、義之もその視線を追う。
視線の先には義之が護るべき四つの笑顔。
「はいっ」
●
リングから降りた義之はすぐさま少女たちに囲まれていた。
義之が試合前のことを謝ると、ティナが勢い良く抱きつき、それを音姫と由夢が咎め、セレネはそれを優しく見守っていた。
そんな孫たちの光景を離れた場所から見詰める純一と音夢の眼は温かいものだった。
「それで? どうでしたか?」
「ん? なにがだ」
「お弟子さんの出来栄えは。久しぶりに見たんでしょう?」
「まあ、かろうじて及第点ってところか」
「あら、厳しいんですね」
「後半の戦いは……まあなかなかだったが、前半もたつきすぎだ。あれしきのことで我を忘れるようじゃ、まだまだだな」
「ふふ、兄さんがあのくらいの頃はもっと無茶してましたけどね」
「むぅ……」
若かりし頃の純一の姿思い出しているのか、音夢は懐かしさと可笑しさが入り混じった笑みを浮かべていた。
それを見て純一はというと面白くなさそうな表情で首筋を掻いていた。
「ふふふ」
「……ったく…かったりぃ」
あとがき。
第7話です。今までで一番長い話となってしまいました。
前話に続いて三人のオリキャラが登場です。
本当は第6話と第7話で一つにまとめたかったんですけど、思いのほか長くなってしまったので2つに分ける形となりました。
まあ、これが第6話のあとがきで言ってた理由なんですが……ね、大した事じゃないでしょう?
ともかく記念すべき初のオリキャラが登場しました。しかも同時に三人も。オリキャラって難しいですね。
キャラがなかなか定まらない事この上ないですね。
でも三人ともそれなりの思い入れがありますんで、そこらへんが第6話と第7話が長くなった一番の原因ですね。
という訳で、ここでオリキャラについてネタバレにならない程度に紹介しておきましょう。
ティルミナ=レ=ダ・カーポ。
愛称はティナ。
第6話でも言いましたが太陽のように明るく元気なお姫様。
名前の由来はどっかの太陽の神様。その名前をもじったものです。
セレネ=ル=ダ・カーポ。
ティナの姉で、ティナとは対照的な御淑やかな落ち着いた月のようなお姫様。
名前の由来はこちらもどっかの月の女神様から。こっちはもじらずにそのまま転用しました。
アルシエル。
第6話登場時点で、すでに人気の無いかわいそうなキャラ。
名前の由来はこれまたどっかの悪魔から…だったかな?
彼が剣に執拗なまでの強さを求めるのには、ちょっとした訳がある…筈です。
それと話のなかで口調が変わってますが、後のほうが地の喋り方です。
三人に共通して言えることは………名前って難しいのね。
ぶっちゃけ名前を決めるのにかなり時間を要しました。
これからもオリキャラを出す度にこれをしなきゃいけないのかと考えると、正直ヘコミます。
ああ、自分のボキャブラリーの無さが恨めしい……。
と、話が逸れましたが三人ともそれなりの難産の末に生まれてきたキャラたちなので、これからも出来るだけ出番を与えてやりたいと思っています。
次回、二人の少女が登場します。一人はD.C.Uから、もう一人は……。
ではでは、次回のあとがきで。
闘いが終わって友情が…。
美姫 「なんて事にはならなかったわね」
だな。互いに譲れない何かがあるって事だな。
この対決は武術大会へと持ち越し。
美姫 「さてさて、次回も新たに登場する少女たちが」
さてさて、次は誰が登場するのかな。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。