「何をしていたんですか、兄さん!」
由夢の怒鳴り声が闘技場のロビーに響き渡る。
その声に周囲を歩く人々が何事かと視線を向けるが、今の由夢は全くそんなものを気にすることは無かった。
他人がいる前だったので口調は裏モードなのだが、怒りを隠せずにいた。
一緒にいる渉や雪月花の面々もどうしたらいいものやらといった表情で苦笑するしかなかった。
「あれほど遅れないようにと念を押しておいたのに」
さらに由夢は声を張り上げる。
その矛先はもちろん義之である。
朝、何度も忠告したにも拘らず、武術大会当日という大事な日に時間ギリギリに現れた兄に由夢は大層ご立腹であった。
それに対して、起こられる側の人間である義之はというと……
「ぜ…ハァハァ……ちょっ…ハァ……お……の…は…し……も…ハァ………け…」
息を荒らげながらも弁明の言葉を口にしていた。
おそらくは「ちょっと待て、俺の話も聞け」と言っているのだろうが、肩で激しく呼吸をしている今の状態ではほとんど言葉になっていなかった。
なぜこんな状況になったかといえば、その原因は先刻義之が出会った占い師の少女にあるといえるだろう。
あの少女が占い後に告げた――正確には占い結果は何も告げなかったのだが――言葉によりその場に呆然と立ち尽くしていた義之。
現実に引き戻されるキッカケとなったのは街鐘の音だった。
ガラン、ガランと街中に鳴り響く大きな音で現実へと戻ってきた義之は、その音の正体に気付き焦りをみせた。
それもその筈、その鐘の音とは武術大会の開始半刻前に鳴らされたものだったのだから。
占い師の少女に呼び止められた時点で既に微妙な時間帯であったにも関わらず、その後立ち尽くしていた間にも時は刻一刻と過ぎ去っていたのだから当然の結果であった。
そしてそこからの義之の動きはまさに風のごとき疾走。
常人ならば確実に間に合うことの無い距離を全速力で駆け抜け、何とか武術大会開始の数分前に闘技場へと辿り着くことができた。
そこに待ち受けていたのは一目でご立腹だと分かる由夢。
それと渉や杉並、雪月花といった仲間たちであった。
義之が到着するや否や、怒り出す由夢。
それに対して遅れた原因を説明しようとするが乱れる息でまともに喋ることもできない義之。
そういうわけで現在の状況になっていた。
義之が乱れた息を整えようと必死になっている間も由夢の説教は続いていたが、義之は息を整えることで精一杯であり、全く耳には入っていなかった。
そうしてしばらくするとようやく息も整えられ、喋ることができるようになってきた。
「…ふー……」
最後に大きく息を吐き、呼吸を完全に整える。
「聞いてるんですか、兄さん」
その様子に由夢が睨んでくるが、今度は義之も弁明することができた。
「まあ、ちょっと待てって、由夢」
「なんですか」
「確かに遅れたのは悪かったけど、俺の話も聞いてくれって」
さらに義之の弁明の言葉に続いて、それまで事態を静観していた渉たちも口を開く。
「まあまあ、由夢ちゃんも落ち着いて」
「義之にも何か事情があるみたいだし」
「……もう時間もあまり無いしね」
「そうだね〜、もうギリギリだね」
渉、小恋、杏、茜は順々に由夢を諭し、場を落ち着かせようとする。
さすがに先輩たちにこう言われては由夢もそれ以上何も言えなかった。
が、納得はしていなかった。
「……わかりました…事情は後でゆっくりと聞くとします。いいですね、兄さん」
「ああ、ちゃんと説明するって」
義之のその言葉を聞くと、さすがに先程まで怒っていたので一緒にいるのを気まずく感じたのか。
由夢は踵を返し、ロビーの出口へとゆっくりと向かって行った。
由夢の後姿を見ながら、義之は助け舟を出してくれた仲間たちに感謝する。
「ありがとな、みんな。助かった」
そんな義之の言葉に皆は苦笑する。
「まあ、いいって」
「でもホントに義之がわるいんだからね。由夢ちゃんずっと心配してたんだよ?」
「……そうね、義之が来るまでずっと落ち着かない様子だったわ」
「怒るのも無理ないよねー」
「そっか……」
確かに朝、あれだけ念を押された上で遅れたのはまずかったかもしれない。
由夢の性格を良く知っている義之にすれば、本人は認めないだろうが相当心配していたであろうことが簡単に予想できた。
由夢には後でしっかりとフォローしておかなければならないようだった。
「でもホントに何があったの?」
小恋が首を傾げながら義之に問いかける。
「まあ、詳しいことは由夢に追いついてから話す」
「うむ、そうしたほうがよかろう。時間もあまりないことだしな」
「………」
聞き覚えのある声が聞こえ、その声がした方を向くとそこには杉並の姿があった。
「む、どうした。桜内」
「いや、お前もいたんだな。あんまり静かなんで気付かなかった」
杉並もその場にしっかりと居合わせていたのだが、珍しく静かだったため、義之は今の今まで気付いていなかったらしい。
そんな義之の様子に杉並は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ふっ、悟られぬよう事をなす。これぞ忍びの極意だぞ、桜内」
「なんのこっちゃ」
そんな極意知ったことではないし、そもそもお前は忍びじゃないだろと心の中でツッコミを入れる。
しかし杉並の言うとおり時間は余り無いのは確かだった。
「よし、行くか」
一同は闘技場の奥へと向かうのだった。
「っと、言うわけだ……」
義之たちは先に進んだ由夢と合流し、義之が遅れた理由についての説明をしている最中だった。
不思議な占い師の少女との出会い。
タマちゃんと呼ばれる言葉を喋る謎の緑色の球体。
そして義之を占った少女の言葉。
歩きながらも皆、義之の言葉に耳を傾けていた。
「そんなことがあったんですか」
説明を聞き終えた由夢が小さく言葉を漏らす。
そこには先程までの怒り、或いは心配するような様子は無く平常そのものであった。
どうやらいまの説明で納得してくれたらしかった。
そんな由夢の様子を見て、義之もホッと一息つく。
他の面々も義之の話の内容についてそれぞれに感想を漏らす。
「ふむ、中々興味深い話だな」
「その占いの結果が気になるよ〜」
「そうそう、どんな結果だったのかな?」
杉並は話全体に、小恋と茜は占いの結果に、それぞれ興味を示しているようだった。
常日頃からミステリーの探求に時間を惜しまぬ杉並や占い好きである小恋、面白い話が好きな茜の反応はなんとなく想像できるものだった。
しかし、仲間の内で一人、義之の話を聞いた後から何も言葉を発しない人物がいた。
杏である。
いつもの杏なら茜と同じく面白そうな話に食いつき、得意の毒舌で話をイジリたおしていた筈である。
少なくとも義之はそう予想していた。
だが今の杏にその様子は無く、ただ左手を顎において何か考えているようだった。
「どうかしたか?杏」
義之の問い掛けではじめて杏は口を開く。
「……ねぇ、義之。あなたが見た、その緑色の球体……『タマちゃん』だったかしら」
「ん? ああ……」
「そのタマちゃんは杖の一部だったのかしら」
突然の杏の問いに義之はしばし考える。
「んー……そう言われると…杖の先にタマちゃんが乗れるぐらいの小さな台座みたいな窪みがあったような気が……」
「………」
「でも杖の一部かどうかってのは正直分かんないな」
「そう……」
そう言って杏は再び何か考え込む様子を見せる。
そんな杏の様子を義之を含めた皆が不思議に思い、今度は義之から杏に問い掛ける。
「杏……何か心当たりでもあるのか?」
そう、杏の様子は先程の話の中に何か知っていることがあるように見えた。
杏は雪村式暗記術という特殊な記憶術を使って一度見たもの、聞いたことを絶対に忘れない。
それゆえその知識の豊富さが計り知れないことは周知の事実だった。
今回も杏の中の知識に該当する何かがあったのかと、義之は思っていた。
その杏はというと、義之の質問にしばし思案を巡らせていたが静かに口を開く。
「……知っている、と言えるかどうかは分からないわ。ただ…似たようなモノなら心当たりがあるってだけ」
「似たようなモノって……なんだ?」
「『マジックワンド』よ」
「マジックワンド?」
聞き覚えの無い単語に義之は杏に聞き返す。
どうやら他の面々も知らないらしく、由夢や小恋も首を傾げていた。
「魔法大国ウィンドミルの瑞穂坂英霊魔術学院は知っているでしょう?」
「そりゃあ、有名だからな」
「その魔術学院で用いられる特殊な魔杖、それがマジックワンドよ」
そこまで言うと一旦口を閉ざし皆の反応を見る。
誰も何も言わないことを確認してから、杏は淡々と説明を続ける。
「マジックワンドは瑞穂坂英霊魔術学院が独自に創り出した魔杖。
持ち主の魔力を増幅して使う魔法をより強力にすることができるらしいわ。
魔術学院に入学した生徒は、まずそのマジックワンドを生成し持たされる」
「そしてマジックワンドの最も特異な点は、意思を持つということ」
「意思を持つ?」
投げかけられた疑問の言葉に、杏は「ええ」とだけ言い肯定する。
「詳しいことは極秘とされているらしいから分からないわ。
でもマジックワンドを生成するときに持ち主に所縁のある物を媒体とするらしいの。
そして誕生したマジックワンドはそれぞれが独自の意思を持って生まれるらしいわ」
そこまで説明されれば杏の説明を聞いていた他の面々にも、先程義之の話を聞いた杏が何を考えていたのか見当がついた。
代表として当事者でもある義之が口にする。
「じゃあ、あのタマちゃんは……」
「マジックワンドである可能性が高いわね」
確かに今の杏の話を聞けばそれが最も可能性の高い予想であった。
そして義之がそのことに気付かなかったのも無理は無かった
ダ・カーポとウィンドミルは友好関係にあるが国間はかなりの距離がある。
それゆえダ・カーポに住む一般の民がウィンドミルの魔法使いに出会うことなどそうそうは無いことだった。
マジックワンドについても杏以外は誰も知らなかったのだから。
それゆえ疑問に思う者もいた。
「でもウィンドミルの魔法使いさんが何でダ・カーポの街中に?」
小恋が思いついた疑問をそのまま口に出す。
「ふむ、まあダ・カーポの武術大会といえば有名だからな。見物に来たと考えればそう不思議な話ではないだろう」
杉並の答えに、小恋も「あ、そうだね」と言って即座に納得する。
確かに平常なら小恋の疑問ももっともではあったが、今日はダ・カーポが国を挙げて行う一大行事の武術大会当日である。
この日ならば普段見る機会の少ない他国の魔法使いがいてもそれほど不思議ではなかった。
杏のおかげで疑問の内の一つを晴らすことはできたが、義之にはもう一つ気になっていることがあった。
「……杏……占いの結果については……」
それは少女から告げられた占いの結果についてだった。
義之は無駄と分かりつつも一応と杏に聞いてみる。
しかし杏は首を横に振り、即座に否定する。
「それはさすがに分からないわ。マジックワンドのことは知ってはいたけど占いの結果まではね…」
「だよな……」
全くもって杏の言うとおりだった。
占いの結果などいかに杏といえど知っているわけは無かった。
知っているのはあの少女のみ。
あの少女が武術大会を見に来たのであれば、もしかするとまた会う機会があるかもしれない。
その時に聞くしかないか、と諦めるしかなかった。
と、ようやく一連の話に区切りがついたところで、それまで一度も口を挟んでこなかった人物が不意に口を開く。
「なあなあ、義之!その占い師の娘、美人だったか?」
渉だった。
珍しく静かに話を聞いていたかと思えばそんな事を考えていたのかと義之は呆れ、白い眼で渉を見る。
しかし渉はそんな視線には気付かずに「なあ、どうなんだよ」とさらに義之を追及する。
義之はあの少女の姿を思い浮かべる。
長く綺麗な黒髪に整った顔立ち、間違いなく美人と分類されるだろう
「まあ、そうだな」
「く〜、お前ばっかりズリーなぁ!俺も一目会いたかったぜぇ」
肯定の言葉に、渉は悔しそうな顔でバシッと義之の背中を叩く。
「ってぇ……」
手加減の無いその平手打ちを喰らい、叩かれた箇所を擦る義之。
しかし、そこに叩かれたのとは違う何かを背中に感じた。
「そうですか、美人だったんですか」
「ふぁ……そ、そうなんだ……」
それは由夢と小恋の視線。
由夢はジトッとした、小恋はチラチラと上目使いで義之に視線を集中していた。
小恋はともかく、由夢はどうやら渉の発言でせっかく落ち着いた機嫌をまたもや損ねたらしい。
視線が痛い。
義之は原因を創り出した、未だに興奮している渉に制裁を加える。
ゴンッ!
「がっ!つっーー!何すんだよ、義之!」
「うるさい、気のせいだ。ほら、もう行くぞ」
「ちょっと、兄さん!」
頭を抑え蹲る渉の言葉を速攻で却下し、先に進むよう促す。
いつの間にか出場選手の控え室と、観客席との分かれ道に行き着いていたらしい。
先に行こうとする義之の後に由夢が慌てて追いつこうとするが、何かを思い出したように不意に義之が足を止める。
その突然の急停止に追いつこうとしていた由夢は止まりきれず、ポフッと義之の背中に抱きつくような形でぶつかる。
「おっ、わるい」
「もう、急に止まらないでください」
そう言って義之から体を離す由夢の顔は少し紅く染まっていたが義之がそれに気付くことは無く、代わりに後方の反対方向に進んでいた小恋に声を掛ける。
すでにいくらか距離が離れていたため叫ぶような声だった。
「小恋ー」
「ふぇっ!あっ……なっ、なにー?」
小恋は突然後ろから名前を呼ばれて驚くも、すぐに後ろを向き直る。
「今朝ななかも来るようなこと言ってたから、時間があったら探してみてくれー」
「ななかがー? うん、わかった探してみるよー」
「そうしてくれー」
「うん、ありがとー」
早朝、ななかと会ったときに「武術大会に応援に行く」と言っていたのを思い出したのだ。
そして応援してくれるというなら親友でもある小恋と一緒の方がいいだろうという義之なりの配慮だった。
小恋にななかが来ることを伝えておけば二人が出会える確率も上がるだろうと。
用件を伝え終わった義之は選手控え室へと進もうとするが、またもや由夢に冷たい眼を向けられる。
「ど、どうした?由夢」
「白河さんに逢ったんですかー……しかも今朝。や、それは初耳ですねー」
どうやら由夢の機嫌はまだ損ねてしまったままだったらしい。
いつもなら上手いこと誤魔化すのだが、今日はこれから武術大会の試合に向かうのである。
由夢にとっても不必要なマイナスファクターは取り除いておくに越したことは無かった。
それゆえ、義之は誤魔化すことをせず由夢の頭に手を置き撫でる。
「に、兄さん!?」
「朝、ななかに会ったのは偶然だ。鍛錬のときにたまたま一緒になっただけだ。それ以外は何もない」
最後に「納得したか」と付け加える。
由夢は頭を撫でられているのが恥ずかしいのか、顔を紅くしたままコクンと頷いた。
それを見た義之は撫でていた手を由夢の頭から退かす。
一瞬、由夢が残念そうな顔をしたのだが義之はそれに気付かなかった。
ようやく落ち着いたところで、未だ頭を擦っていた渉に声を掛ける。
「渉もいつまでやってんだ。ほら、おいてくぞ」
「おまえのせいだろーが!」
「知らん」
「……ひでぇ…」
「とにかく行くぞ」
先へと進む義之の後に由夢と渉も慌てて続く。
「待って下さい、兄さん!」
「おい、置いてくなって!」
●
「そういえば由夢。音姉はどうした?」
控え室への廊下を歩きながら、先程姿の見えなかった音姫のことを由夢に問いかける。
そんな義之に由夢はハァと溜息をつき白い眼をする。
「今頃何を言ってるんですか」
「いや、忘れてたわけじゃないんだけどな。聞くタイミングが……」
「お姉ちゃんも兄さんが来るのを一緒に待ってましたよ。ずっと」
「ぐっ……」
由夢に「ずっと」の部分を強調され、義之は思わず胸を押さえる。
「でも学園責任者の代理としてのお仕事があるから、って兄さんが到着するちょっと前にお祖母ちゃんの所にいっちゃったの」
「………」
「ギリギリまで待ってたんですよ?」
そこまで言うと由夢は再び白い眼を義之に向ける。
その視線を受けながら、さすがに悪いことをしたな、と義之も考えていた。
「後でちゃんと謝らないとな……」
「ええ、ぜひともそうして下さい」
そんな会話に一区切りつくとちょうど控え室の扉は目の前だった。
「ここか……」
扉をゆっくりと開ける。
義之たちが選手控え室に着くと、そこにはすでに他の選手たちが揃っていた。
自らの武器の手入れに余念の無い者、自信に満ち溢れた顔をする者、中には学園で何度か見たことのある上級生と思われる者もいた。
ダ・カーポ武術大会は、その参加を希望する人数の多さから予選と本戦とに分けられていた。
予選はすでに昨日行われており、これから行われるのが本戦だった。
今年の参加希望者は外来の者だけでも数百人を超え、千人近かった。
そのため予選の中でもさらに一次、二次、最終と三つに分けられ行われた。
一次予選では千人近い外来の参加希望者が四十人まで絞り込まれた。
二次予選では一次予選を突破した外来の四十人と、風見真央武術学園から参加した二十人、それとダ・カーポ聖騎士団から参加の四人を合わせた計六十四人によるトーナメント戦が行われた。
元々の大会が創められた目的の一つが王国所属の聖騎士団と、未来の騎士候補を育て上げる風見真央武術学園の生徒たちの腕を競わせることにあった。現在でもそれは同様であり、そのため数は違えどそれぞれに外来とは異なる参加枠が与えられていた。
今回、風見真央武術学園に与えられた参加枠を学内予選で勝ち取ったのは義之、由夢、渉を除けば全て上級生であり、三人の実力が学園内においてトップレベルであることが伺えた。
余談ではあるが雪月花三人娘と杉並は大会に参加する気は最初から無かったらしく、学内予選にすら参加していなかった。
最終予選は二次予選のトーナメントを勝ち上がった三十二人により同じくトーナメント戦が行われた。
そして、その最終予選を勝ち抜いた十六人の強者達に本戦に出場する権利が与えられたのだった。
本戦出場選手の内訳としては、外来が八人、学園の生徒が六人、騎士団から二人となっていた。
ちなみに義之と由夢は最終予選で騎士団の人間と対戦していたが二人ともこれを見事打ち負かし、本戦出場権を得ていた。
そしてそういった激戦を潜り抜け本戦出場枠を勝ち取った選手たちは、今か今かと大会の開幕を待っていた。
その中に義之と由夢は見知った顔を見つけた。
「兄さん……」
「大丈夫だって」
由夢が険しい顔で義之を見上げ、義之はそんな由夢を諭す。
そうしている間にその人物は義之たち前に立つ。
「約束どおり勝ち残ってきたな」
それは先日の騎士、アルシエルだった。
約束とは武術大会で再び戦い決着をつけるということ、義之とアルシエル共にその約束を破ることは無かったらしい。
「ああ、そっちもな」
「だが本戦に出場できたからと言って、いつ戦えるかはトーナメント次第だ」
「まあ、そうだろうな」
「貴様は私が倒す。私と当たるまで何があろうとも負ける事は許さんからな。そのつもりでいるがいい」
アルシエルはそう一方的に言い放つと踵を返し、義之たちから離れていった。
それを見届け、由夢はふぅと息を吐き出す。
どうやら未だにアルシエルの事が苦手のようだった。
「兄さん……あの人なんかこの前と違ったね」
「そうだな」
先程のアルシエルからは義之に対する敵意というかライバル心といったものは感じられたが、以前のような挑発や見下すような様子は見られなかった。
「あれが本来のアイツなのか、それともそれだけこの大会に懸けるものがあるのかもな」
「うん、そうだね」
なんにしろ以前のようにはいかないかもしれないと、義之も自分に気合を入れる。
と、そこで渉が口を出す。
「なあ、今の誰?」
「ん?ああ、ちょっとした知り合い……かな」
「へー、参加者の中に知り合いなんているもんなんだなー」
「渉はいないのか、知り合いとか」
「いねぇなー……って言うか周りよく見てみろよ。この中に知り合いがいるなんて言ったらどうかと思うぞ」
渉の意味深な言葉に義之と由夢は周囲を見回す。
そして渉の言いたいことが何となくだが分かる気がした。
「確かに……そうかもな」
「……うん」
義之と由夢は互いに苦笑いを浮かべる。
その原因は周囲にいる他の参加者にあった。
明らかに眼がイッてる者、何か一人でブツブツと呟いている者や、男にも関わらず手鏡を見て化粧をしている者、等などあまりお近づきになりたくない者たちが多くいた。もちろん参加者全員がという訳ではないのだが明らかに目立っていた。
そんな中、義之は自分に向けられた視線を感じ、その主がいるであろう方向に視線を向ける。
そこにいたのは黒いローブに身を包み、顔もローブのフードで隠している、文字通り黒ずくめの人物がいた。
顔は見えないが体格から推測するに男であろうその人物は義之に視線を向けていた。
(誰だ……?)
しかし義之に心当たりは無く、声を掛けることさえ躊躇われた。
こちらから声を掛けるべきかどうかを悩んでいると闘技場の入り口から選手たち誘導の係員が声を上げる。
「選手の皆様!まもなく大会開幕の時刻となります!闘技場のリング上までお進みください!」
それを聞いた選手たちは次々と闘技場入り口に向かって歩き出す。
それは黒ローブの男も同様であり、義之から視線を外し、入り口まで向かっていった。
(俺の勘違いか……?)
結局、黒ローブの男から声を掛けられることはなかった。
義之が自分の勘違いかと考えていると、由夢から声を掛けられる。
「兄さん? 行きますよ」
「ああ、そうだな」
とはいえ今はそんな事を考えている場合ではなかった。
あの黒ローブの男が知り合いであったとしても、そんなことは今は二の次である。
義之は両手で頬を叩き、気合を入れる。
「よし!行くか」
「はい」
こうして義之の人生の中でも最も長い一日が始まる。
ダ・カーポ武術大会、本戦の幕開けである。
あとがき。
まずはじめに……スミマセン。
前話のあとがきの最後で「次回は武術大会の幕開けです」みたいなことを言っていたにも関わらず、本当の幕開けは次回になってしまいました。
なんか無駄に長くなってしまって……このまま書き続けると一話が偉く長くなってしまうため、ここで一区切りとさせて貰いました。
武術大会が開催されると思っていた皆さん……ほんっっとーにスミマセンでした。
さて本編についてですが「マジックワンド」という単語が出てきました。
「はぴねす!」をやったことのある方はご存知でしょうが意思を持つ杖です。ホントはマジックワンドについての説明はもっと後にしようかとおもってたんですが、杏に説明させちゃえと思い、こんな形となりました。
次に出てくるのはちょい後になるかと思いますが、頭の隅っこにでも覚えといてください。
そしてようやく武術大会出場者が出てきました。
ここで予告しておきますと出場者のほとんどについては全く触れません。つまり雑魚キャラです。
ちゃんとした出番があるのは義之たちを除くとアルシエル、黒ローブの男、あともう一人ぐらいですかね。
そしてこの黒ローブの男ですがオリキャラです。
あんまり言うとネタバレに言いませんが一応補足しておきますね。
次回は今度こそ武術大会開幕式です。
ではでは、次回のあとがきで。
謎の黒ローブの男は何者なのか。
美姫 「王道としては、生き別れの兄とか」
おいおい。流石にそれはないんじゃないか。
美姫 「じゃあ、何だと思う?」
うーん、ここは一つ王道の一つとして生き別れの弟ってのどう…ぶべらっ!
美姫 「アンタが私をからかっているってのだけはよーく分かったわ」
い、言い掛かりですよ。
美姫 「本当に?」
ぴ〜ぴ〜♪
美姫 「目を逸らしながら口笛を吹くなんて分かり易い態度をありがとうね」
いやいや、お礼を言われるような事では……ぶべらぼぇっ!
美姫 「それでは、また次回で」