-十年後の俺と君へ-
これは日記を書き始めてから、ずっと後になって書いたものだ。
今、隣にいる彼女と大切に歩んでいく為に書いた――まぁ、証明書のようなものだ。
この日記を書き始めた時、俺は彼女に対して特に何の感情もなかった。おそらく、彼女もそうだろう。
だが、会う回数を重ね、話す回数を重ねる内に次第と彼女の魅力が伝わってくるようだった。やがて、彼女を好きになり、彼女と共に歩く。
そして、この話は俺がそう思うまでの経緯を記した物。それがこの日記だ。
この日記を記そうと思ったきっかけは特にない。ただの気まぐれだった。
たまには日記のような物を書いてみようと思い立ち、ドラッグストアの帰りに文房具屋でこのノートを購入した。本当に気まぐれとしか言い表せなかった。
もしかすると、鍛錬しかなかった俺の人生に哀れみを覚えた神様が気をきかせてくれたのかもしれない。それがきっかけとなって、こんな経緯になった。
これからこのノートは地面深くに沈めるつもりだ。立って書いている為、字が汚いのは許して欲しい。
さて、長くなってしまったが、本題に入る。
十年後の俺と君は一体どうしているだろうか。今も変わらず、二人で共に歩いているのだろうか。俺は無事働いているだろうか。君に迷惑をかけていないだろうか。
そうであってくれれば、俺はとても嬉しい。
もし、そうではなく、一人でこれを見る事があれば次の言葉を思い出して欲しい。
「器用に生きるのは難しい。だからこそ、その手に掴めるのは一つだけなのだ」
-11月17日-
閉じていた瞳を静かに開く。
どれくらい閉じていただろうか。辺りの景色は閉じる前と違い、赤く染まっていた。
どこかに水場でもあるのだろうか。墓の周りを規則性もなく、とんぼが浮いていた。何故か俺は幼い頃に聞いた童謡の赤とんぼを思い出した。こんな所でセンチメンタルな気分になるのは俺には似合わない。それは承知している。だが、俺と墓の下に眠る父さんしかいないこの場所なら問題ないような気がした。
中腰の姿勢のまま、洋風作りの墓石の表面にそっと左手で触れる。
ひんやりとしたそれは、11月も半ばに差し掛かった季節を思い出させてくれた。
中指を反らすように上から下へゆっくりと撫でる。中指の腹を見ると、砂で少し黒ずんでいた。
それを見た俺は苦笑し、余り右ひざに負担をかけないよう、左足に力を入れた。それでもじくじくと痛む右ひざは俺にとっての枷だった。
立ち上がるだけでこれほど痛むひざにどんな未来があるだろうか。
美由希を育てるという新たな夢を見つけたとはいえ、自らが強くなるという夢は間違いなく俺の中にある。だが、このひざの痛みはそんな夢をことごとく淡い物へ変えてくれる枷だった。
時計を見ると、十八時前。
そろそろ帰らねば、夕飯の時間に遅れてしまう。そう思った俺は父さんを見下ろし、別れの挨拶を口にした。
「じゃあ、また来る」
無論、その物言わぬ石は何か気の利いた台詞を返してはくれなかった。そんなわかりきった事を考える辺り、少し疲れているのかもしれない。
小さくため息をつき、帰る方向へと体を向けると、この場所に誰かがやってくる気配を感じた。
ここで誰かと出会うのは珍しい出来事だ――いや、身内以外では初めてではなかろうか。
俺の視線の先には身内にはいないタイプの女性がいた。
上下を黒のスーツで包み、髪は少し赤みがかった色――いや、夕日で照り返された色だった。本来の色はわからない。その綺麗な色から察するに、金か銀か。本来は薄い色なのは間違いなかった。
前髪は少し目にかかる程度に伸ばしており、後ろは肩口まで伸びている。口に咥えたタバコには火はついていないようだったが、それが憎いくらいに決まっていた。
顔立ちはヨーロッパ系か、かなり日本人離れしていた。
よくよく考えると、ここは洋風の墓地。外人がこの場所に訪れることもおかしな話とは言えなかった。
俺は心の中で苦笑すると、家に帰ることにした。
とすると、自然とその女性とすれ違うような格好になる。俺はその人に会釈をすると、その横を通り過ぎた。
その瞬間、花のような香りを感じた。そういえば、フィアッセがそういう香水をつけていたような気がする。この女性もおそらくは香水をつけているのだろう。
墓地の出口まで足を進めたところで、振り返ってみる。
俺のいた位置より、女性は更に奥の墓の前を見下ろしていた。
また会うこともあるかもしれない――根拠もなくそう思った俺は首を振りながら帰路へと着いた。
-11月18日-
病院帰りで少し手持ち無沙汰だった俺は、かーさんの手伝いをする事にした。
その日は日曜日という事も手伝ってか、昼間の客の入り様は異常だった。常に満席状態を保っており、俺だけでなくレンや晶の手を借りなければいけない程だった。
やがて、そのラッシュが過ぎ、客の数が落ち着いたところで、レンと晶はお役御免となった。かーさんは俺もあがってもいい、と言ってくれたが、他にすることもないのでもう少し手伝う事にした。
中は今でも十分に人が足りており、余り役に立たない。そう思った俺は珍しくフロアに出ることにした。フロアは今はフィアッセだけだったからだ。
その時、からんからんと誰かが訪れた音がした。俺は奥のテーブルの上を拭いており、この位置からでは訪問者の姿を確認することはできなかった。
「あ、久しぶりだね。お仕事落ち着いたの?」
「Hi、フィアッセ。まぁね。ようやく翠屋にも顔が出せるという訳さ」
訪問者とフィアッセが仲良く話していた。どうやらフィアッセの知り合いのようだった。
単に常連という訳でなく、プライベートでの知り合いのようなそんな雰囲気だった。
俺はその人の姿を確認するために、綺麗にテーブルを拭き終えたところで、何気なく通るような格好でカウンターへと戻ってきた。
そのカウンターにはフィアッセと同じヨーロッパ系の女性が座っていた。普段着なのだろうか、黒のスーツを上下で包んだその姿は昨日墓地ですれ違ったその人だった。
その人がフィアッセの知り合いだったことに苦笑する。こういう時に人は世間は狭いと思う。俺にとってもそれは同感だった。
ひとまず、フィアッセに話してみよう――そう思った俺は、カウンター裏でコーヒーを入れている彼女に話し掛けることにした。
「フィアッセ、知り合い?」
「うん、ちょっと待ってね」
フィアッセはコーヒーをカップに入れ終わると、それをお客さんである知り合いの女性の前に置いた。女性は外人らしく発音のいい英語でお礼を言った。
「紹介するね。こちらはリスティ。私のお友達で、たまにこうやって翠屋に来てくれる美人さんなんだ」
フィアッセらしい満面の笑みでそう口にした。
リスティと紹介された女性は出されたコーヒーを一口すすると、薄い笑みを浮かべた。
「Hi、はじめまして。美人と評されるのは光栄だけど、それがフィアッセの口から出たというのは皮肉だね」
俺から見ればどちらも二人といないくらいの美人に見える。
そんなつまらない事を考えると、俺は自分の紹介をしていなかったことに気づき、慌てて自己紹介することにした。
「俺の名前は高町恭也です。フィアッセとはまぁ……幼馴染という奴です」
そう言うと、リスティさんは目を丸くして大げさに驚いた。
「へぇ、君がそうか。いや、すまない。フィアッセから話だけは聞いてる。こうして見たのは初めてだけどね」
何故かリスティさんは楽しそうな口調でそう言った。
後、無理もない話だが昨日のことは何も覚えていないようだった。覚えてくれと約束した訳でもないので、気にしないことにした。
「よし、二人はこれで仲良しさんだ」
「たまにこうやって来るから、よろしく頼むよ」
カップを少し上に持ち上げる仕草を取った後、彼女はそれを口に含んだ。俺は二人の団欒にこれ以上邪魔をするのも何だと思い、席を外すことにした。
タイミングよくからんからんと言う音と共に、部活帰りと思われる学生の集団がやってきたので、その接客をすることにした。
「いらっしゃいませ」
俺はリスティさんの後ろを横切り、訪れたお客さんの元へ歩いて行った。
あとがき
はじめまして。日々駄文をつらつらと連ねている霧城昂と申します。
こちらで様々な恋愛物のSSを読ませて頂きました。そこで気づいたのが、ヒロインが恭也に惚れた後の作品はあっても、惚れるまでの作品はないな、と言う事です。
そこで今回の作品はヒロインが恭也に惚れて一緒になるまでを描こうと考えています。
飽きずに付き合ってくだされば幸いです。
何分、ストーリーを練る事や文章を書く事は苦手なので、読みづらいかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
投稿ありがとうございます。
美姫 「優しい感じのする文章ね」
うん。上手く言えないけれど柔らかい感じかな。
美姫 「これからどんな風に進んで行くのしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」