海鳴剣士風聞帖 二枚目
「フィリース、入るぞー」
海鳴大学病院に到着すると、リスティは勝手知ったる様子で廊下を進み、
ひとつの診察室にノック無しで入った。
「お邪魔します」
「失礼しまーす」
それに続き、宗二郎と美由希も一応、頭を下げながら部屋に入る。
「どうぞ、ってリスティ?病院内は煙草禁止」
三人を出迎えてくれたのはリスティによく似た、腰まで銀髪を伸ばした女性だった。
椅子に座ってカルテを持っているので医師なのだろうが、ぱっと見は○学生ぐらい
の背丈しかないが。
「うるさいな〜。火はつけてないだろう?こっちも気を使ってるんだから、
咥え煙草くらい大目に見てくれてもいいじゃないか」
「もう・・・」
何度も繰り返された会話なのだろう。
リスティの言葉にフィリスと呼ばれた女性も困ったように笑う。
「あはは、フィリス先生、どうもです」
「はい。いらっしゃい美由希さん・・・そちらの方は?」
美由希も二人の会話を見慣れた感じで話しかけている。
リスティの後ろから顔を見せた美由希と挨拶を交わし、フィリスは宗二郎へ
注意を向けた。
「お初に御目にかかります。俺・・・わたくし、坂崎宗二郎と申します。
リスティさんからお話は常々」
「は、はあ・・・どうも」
折り目正しい宗二郎の挨拶に、どこか引き攣った笑みで返すフィリス。
別に宗二郎の態度が不快だったのではない。彼の口にした「お話は常々」という
微妙に不安になるフレーズを耳にした為だ。
「・・・・『坂崎』?」
引き攣った笑みを消し、そこで何かを思い出した風に宗二郎の顔を見だす。
「?どうかされましたか?」
こちらを見始めたフィリスに疑問を覚えた宗二郎が尋ねると、フィリスは慌てて非礼を
詫びて話かけた。
「!い、いえ。失礼しました。『坂崎』ということは、あなたが彼女の?」
「ええ。私があいつの兄です。その節では無理難題に力を貸して頂き、真に
ありがとうございました」
「いいえ、それが医者である私の仕事ですから。当然のことをしただけですよ」
先ほどの挨拶よりも深く、腰が直角になるまで頭を下げる宗二郎。
それにフィリスは、人の命を預かる者の笑顔で答えてみせた。
「本当に・・・有難うございます」
「ふふふ。もう少し気楽にしてください」
フィリスの笑顔を見た宗二郎は、今度は微笑みながらまた深々と頭を下げる。
フィリスのほうは苦笑している。顔が赤いのは照れのためだけではなく、宗二郎の端整なくせに長閑で優しげな笑顔を真正面から見たためでもあるが。
「あの〜・・・」
「どうしたんですか?美由希さん」
いきなり始まった病院ドラマの『患者の家族と、患者を助けた医師』の場面に、おずおずと美由希が声をかけた。フィリスと宗二郎を交互に見やり尋ねる。
「坂崎さんって、フィリス先生とも知り合いだったんですか?」
「お会いしたのは今日が初めてですね。矢沢医師のほうは前に一度、お会いしましたけど」
「えっと・・・ということは」
矢沢医師の名前で、ひとつの病名に思い当たる。それを肯定したのはリスティだった。
普段はあまり見せない真剣な表情。フィリスの方もリスティの口調に、苦い表情になる。
一度リスティが視線を投げかけると、宗二郎は静かに頷く。
「ソージの妹はHGSなんだ。半年前まで別の病院の世話になってたんだが、
ソージの頼みもあってこっちに転院させたんだ」
そういってリスティは携帯の吸殻入れに煙草をねじ込み、火をつけていなかったことを
思い出して気まずげに頭を掻いた。
「そうだったんですか・・・あの、すみませんでした。
興味半分で聞くようなことしちゃって・・・」
「気にしなくていいよ。隠さなきゃいけないことでもないし。
知ってると思うけど、ここはHGSに関して世界一だからね」
自分の質問が軽率だったのではないかと思い謝る美由希に、宗二郎は気にしてないと笑う。
「機会があったらだけど、今度あいつの『羽』を見てやってくれるかな?
本当に綺麗なんだ。褒めてくれたらきっとあいつも喜ぶから」
何の気負いもない他者を惹きつける笑顔。
宗二郎の、病気を持っていることなんて関係していない、大切なものへの愛しみに溢れた在り方を見て美由希は自分の胸の高鳴りを――――
「お兄ちゃん、恥ずかしい」(ゴスっ)
「あ痛ー!」
「きゃっ!?」
美由希の胸の高鳴りは動悸に変わった。
いつの間に部屋に入ってきたのか、小学校高学年ぐらいの華奢な体つきの少女が
不機嫌そうに立っていた。
宗二郎は右足を抱きかかえるようにして蹲っている。
「うううぅ。アキレス腱はやめて欲しかった」
「お兄ちゃんが悪い」
宗二郎の嘆きを少女――「お兄ちゃん」と宗二郎を呼んでいるのだから
妹なのだろう――はどこか拗ねた表情で一刀両断した。
その拗ねた様子も、短く切りそろえた黒髪に華奢な体つきと相まって、日本人形的な可愛さがある。ようやく痛みがひいて立ち上がった宗二郎は、側に立つ少女の頭に手をやり名前を呼んだ。
「元気だったか、冬華」
「うん」
宗二郎に頭を撫でられて、ようやく機嫌を直したのか、今度はそこはかとなく恥ずかしげに頷いてにっこりと頷いた。
「あ、高町さん、紹介するよ。こいつが俺の妹で、名前を冬に中華の華って書いて『冬華(ふゆか)』っていうんだ。ほら、挨拶」
「はじめまして、坂崎冬華っていいます。よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく。冬華ちゃんって呼んでいいのかな?」
「はい、問題なしです」
「そっか、ありがとう」
にっこり笑って手を差し出す美由希。冬華はおずおずといった感じで差し出された手を握り返す。
「あ、美由希さんも『剣』をやってるんですね」
「あ、あはは。手、ボロボロだからわかっちゃうか。冬華ちゃんも剣をやってるの?」
手を握って美由希が剣を振る者だと言い当てたので、冬華も剣術を習っていると思い尋ねる。それに横に首を振った冬華は、どこか眩しそうな目で美由希を見て言った。
「いいえ。私は『こんな』で体が弱かったから、剣術みたいな運動はできなっかったです」
「あ、ごめん」
冬華がHGSだということを忘れて尋ねてしまった美由希に、冬華は微笑みながら言った。
「気にしないでください。こんなことを言うとなんですが、私がHGSだからこそお兄ちゃんに会うことができましたし、美由希さんに会うこともできたんですから」
「そうなのかな?」
「そうです。でも美由希さん、お兄ちゃんと同じ手をしてますね」
どういうことかと思い、首を傾げた美由希の目を優しく見つめて、冬華は言葉を続ける。
「大事なものを守るために鍛えた、優しい手です」
「――――ありがとう、冬華ちゃん」
お世辞ではない本心からの冬華の言葉に、美由希はまだ握ったままの手を、今度こそしっかりと握って感謝の言葉を告げた。
これが海鳴という街でこれから起こる事件の始まりとなる、御神と少女の出会いであった。
〈後書き?〉
冬華・まずは続きを書くのがとんでもなく遅くなったことをお詫び申し上げます。
こもれび・本当にすみません。私用で遠くにいっていました。
冬華・だからといって、ここまで投稿を遅れさすことはなかったでござろう?しかもかなり中途半端で短いでござるし
こもれび・十月終わるまで動きがとれない状況だったんだから、勘弁してください。本当は初投稿の次の週に出そうとしてたのに、こんなことになって落ち込んでるんだから。続きはいまも必死こいて書いてますから、もう突っつかないでください。
冬華・ふう、それでは次回からはやっと話の本題に入るのでござるな?
こもれび・たぶんそうです
冬華・ずいぶん情けない言葉でござるな〜。
こもれび・え〜次回から、やっと敵の存在や、待ちに待った元祖・朴念仁の登場になりますので、しばしお待ちを。
冬華・それでは御免
まだまだ序盤って感じの顔見せや、出会いって所かな。
美姫 「次回には、とうとう彼も登場するみたいだしね」
ある程度、役者が揃った時にどう動くのか。
美姫 「一体、何が待っているのかしらね」
では、また次回で。