注意)この話は以前に書かせていただきましたAn unexpected excuse〜美由希編〜の続きという設定です。

 

 

 

「どうしようかなぁ……」

 

 美由希は悩んでいた。

 

 机の上には箱が二つ。それぞれ淡い色の包装紙でラッピングされている。片方はほんの少しだけ歪んでいるが、それによって既製品ではなく、手作りの品であることが見て取れた。

 

「どうしようかなぁ……」

 

 再び呟いてため息を一つ。

 

 カレンダーに目を向ける。今日の日付には赤い印がついている。

 

 214日。St.バレンタインデー。

 

 恋する乙女にとって、「とても」を100回つけても足りないくらいに重要な日であった。

 

 

 

 

 

美由希と恭也のバレンタイン

 

Written by 琴鳴

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 もう一度ため息をつく。

 

 今ので何回目だろう、などと益体のないことを考えながらも、視線は二つの箱からはずさない。

 

 片方――綺麗にラッピングされている物――は先日デパートで買ってきたものだ。チョコレートを買い求める女性たちに混じりながら、悩みぬいて買ってきたものだ。

 

 甘さを控えたものらしく、これなら恭也も美味しいといってくれるだろう。

 

 そして、もう片方――ラッピングの歪んでいる物――は美由希の手作りの品であった。

 

「どうしようかなぁ……」

 

 三回目の呟き。二つの箱から目をそらし、天井を仰ぐ。

 

美由希が悩んでいるのは、既製品のチョコと手作りのチョコ、どちらを渡すべきか、ということだった。

 

 美由希とて自らの料理の腕前の程は理解している。だからこそ、彼女は自らの母に助力を求めた。

 

 

『かーさん! 私にチョコ作りの特訓して!!』

 

 

 そう頼みこんだのは2月もはじめのころである。

 

 渋る母を何とか説得し、特訓に特訓を重ねた。

 

 湯煎にかけたチョコが爆発したり、鍋が融解したり、出来上がった物がこの世の物とは思えないような形に変形していたりと、なにやら物理法則すら超越したような現象を起こしながらも、何とか食べられる物はできた―――と思っている。

 

 もちろん、既製品や母の作ったものには比べるべくも無いものだが、想いを込めて作ったものである。出来れば、こちらを渡したい。

 

 でも、もし、不味いと言われたら……

 

 そう思ってしまうのである。

 

 これまで、何度も料理の練習はしてきた。だが、まともな物ができたことは全くない。

 

 恭也からも「俺が出来るからいいだろう」などとも言われている。

 

 もう一度並んだ二つの箱に目をやり、

 

(うん、やっぱりこっちにしよう)

 

 一つ頷くと、既製品のチョコを手に取ると、スカートのポケットへとしまう。

 

 手作りの方もここにおいていくのもなんだか残念に感じ、反対側のポケットへとしまった。

 

 と、ガラリという音と玄関に人の気配。慣れ親しんだこの気配は……

 

「恭ちゃんだ……」

 

 よし、と気合を入れると、美由希は部屋を出て居間へと向かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 恭也は居間へと入るとソファに座って一息ついた。人の姿はない。

 

 鞄と共に持って帰ってきたものへと目をやる。

 

 それは紙袋一杯のチョコレートだった。

 

 忍や藤代といった友人をはじめ、クラスメートや見も知らぬ後輩からのものもあった。

 

 なかには本命のものもあったのだが、恭也は全く気付いていなかった。

「皆義理堅いことだ」

 

 呟いて、ため息をつく。甘い物は苦手なのだが、食べずに捨てる、というわけにもいかない。

 

これからのことを考えると気が重くなるな、などと考えながら何となく家の中の気配を探ると、こちらに向かう一つの気配を感じた。美由希のものだ。

 

と、ドアが開いて美由希が居間へと入ってくる。

 

「お帰り、恭ちゃん」

 

「ああ、ただいま」

 

 挨拶を交わすと、美由希は恭也の横の紙袋に目をやる。

 

(やっぱりもてるんだよね、恭ちゃん)

 

 心の中でため息をついていると、

 

「みんなはいないのか?」

 

 と恭也が聞いてきた。

 

「あ、うん。えーと、かーさんはお店、なのはは久遠に会いに神社で、晶は道場、レンは病院で定期検診だったかな」

 

 ちなみにフィアッセはツアー中である。

 

 つらつらと皆の所在をあげながら、美由希は恭也の隣へと腰をおろした。

 

「き、恭ちゃん?」

 

 意を決して話を切り出す。

 

「何だ?」

 

「あのね、今日は、その……」

 

 頬を赤く染め、視線を左右に揺らしながら話す美由希に恭也は口許を緩める。

 

「ああ、今日は?」

 

「ええと、その、バ、バ……」

 

「バ?」

 

「バレン…タイン……だよね?」

 

「そうだな」

 

「だから、その……」

 

「その?」

 

 聞き返してくる恭也の顔を見れば、わずかに口許を緩めた笑顔。

 

 だが、美由希は恭也がこの顔をする時は、決まっていたずらをする時であることを知っていた。

 

「もう、恭ちゃん! 分かってるでしょ!?」

 

 恥ずかしさに耐え切れず、大声をあげる。

 

「ああ、分かっている。美由希もくれるんだろう?」

 

 楽しみにしていたんだ、と続けながら、恭也は笑みを深くする。

 

 その顔をまともに見てしまい、美由希はさらに頬を赤くする。

 

「えと、その、これ……」

 

 茹だった頭を何とか動かし、ポケットを探り、チョコレートの箱を恭也に渡す。

 

「ありがとう」

 

 そう言いながら受け取る恭也。

 

「開けてもいいか?」

 

「うん、いいよ……!」

 

 そこで、渡した箱を見て美由希はさっきまでの高揚も忘れて、一気に青ざめた。

 

 恭也は手に持った微妙に歪んだラッピング(・・・・・・・・・・・)を丁寧にはがし、そっと箱をあける。なかには型に入れられたチョコレートが整然と並んでいる。が、それぞれのチョコレートの形は微妙にいびつだ。

 

(うそ、手作りの方渡しちゃった!?)

 

 恭也を前に舞い上がってしまい、逆のポケットを探ってしまったのだ。

 

想定外の出来事に混乱する美由希に気付かず、恭也はそのなかの一つに手を伸ばす。

 

「あ……恭ちゃん、ダメ………!」

 

 慌てて止めようとするが、間に合わず、恭也はチョコを口の中に入れてしまう。

 

(ど、どうしよう!?)

 

 パニックを起こしてキョロキョロと辺りを見回す美由希。

 

 対する恭也はゆっくりと噛みしめて、チョコを味わう。

 

(あ、あ、あ、どうしよう、どうしよう!?)

 

 そして、

 

「うん、美味いじゃないか」

 

「へ?」

 

 恭也のことばに、ポカンとする美由希。予想外の出来事が続き、とうとう思考がフリーズしてしまう。

 

 恭也はもう一つを手にとり再び口に入れる。

 

「うん、美味いぞ」

 

 そこで、ようやく美由希の思考が再起動する。

 

「う、うそ? それ私が作ったんだよ!?」

 

 自分で言っては世話が無いセリフだが、これまでのことを考えれば、当然とも言える。

 

「うそじゃない。たしかに、ちょっと粉っぽいし硬いが、甘さも控えてあるし美味いぞ」

 

そうか、手作りか、と呟いてまたチョコに手を伸ばす。

 

それを食べると、美由希の頭に手を伸ばす。

 

 髪を梳くように頭を撫でながら、

 

「頑張ったな、美由希」

 

 そう言って、微笑む。

 

「あ……」

 

 美由希の胸に暖かなものが溢れる。

 

 そして、満面の笑みをその顔に浮かべると、

 

「うん!」

 

 と大きく頷いて、恭也の胸へと飛び込んだ。

 

 それをしっかりと抱きとめると、恭也は再び美由希の頭を撫でるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 しばらくして、落ち着いた二人は身体を離す。

 

「あ、あはははは、でもホントに美味しいの?」

 

 照れ隠しに笑いながら、美由希は恭也に尋ねる。

 

 そんな美由希に恭也は何かを思いついたように、少しだけ口許を緩めた、いたずらの時の顔を浮かべる。しかし、再び舞いあがった美由希は気付かない。

 

「美味いぞ? 心配ならお前も食べればいい」

 

 そう言って、恭也は自分ももう一つ手にとって口に入れる。

 

「うん、それじゃあ」

 

 恭也の言葉に、自分も食べようと箱に手を伸ばすが、その手を恭也が遮る。

 

「え?」

 

 なんで、と聞こうと恭也の方を向く美由希に、恭也は唇を重ねた。

 

「んっ!?」

 

 唇を割り、舌が入ってくる。と、何か硬いモノが入れられた舌を伝わり口の中に転がり込んでくる。

 

 甘い。チョコレートだ。

 

「ん…ふ……」

 

 突然のことに身を硬くするが、やがて、口の中でチョコが溶けるように、美由希は恭也の腕に身体を委ね、舌の感触とチョコの甘さに酔う。

 

「…ん、はぁ……」

 

「…ふ、うん……」

 

 そして、口の中のチョコレートが無くなると、二人はゆっくりと顔を離す。

 

「……ちゃんと美味かっただろう?」

 

「うん……」

 

 恭也の問いにとろんとした目で答える美由希。

 

「……もう一個…もらってもいい…?」

 

「……だめだ。これは俺がもらったものだろう?」

 

 そう答えられて、美由希は不満そうな顔をする。

 

 恭也はそれを面白そうに眺めながら、

 

「だから、お前が食べさせてくれ」

 

 そう言って、美由希の口に何時の間にか取っていたチョコレートを含ませた。

 

 美由希は一瞬だけ驚くが、嬉しそうに恭也に顔を寄せた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「「「ただいま〜」」」

 

 帰り道で一緒になったなのは、晶、レンの三人がそろって帰宅の挨拶をする。

 

「お師匠と美由希ちゃんは帰ってるみたいやな」

 

 靴を見てそう言うレンに頷きながら、三人は居間へと向かう。

 

 ガチャリ、とドアを開ける。

 

「おにーちゃん、おねーちゃん、ただいま」

 

「ただいまです、師匠」

 

「ただいま帰りました、お師匠」

 

 

 

「……ふ…ん……ちゅ…美味しい…? ……恭ちゃん…んっ…」

 

「…ちゅ…ん…ああ……美味いよ……美由希…」

 

 

 

 バタン、とドアが閉まる。

 

「「「………」」」

 

 重苦しい沈黙が廊下を支配する。

 

「あわわわ、師匠と美由希ちゃんがすごいことに……!」

 

「お、おおお、落ち着け、サル! とりあえず、えーと、どうしたら……!?」

 

「…おにーちゃんとおねーちゃんが……」

 

「わわわ、なのちゃんの顔がすごい真っ赤に!?」

 

「だ、大丈夫か、なのちゃん!?」

 

「きゅう……」

 

 目を廻して倒れるなのは。

 

「「うわ〜〜どうしたら!?」」

 

 慌てるレンと晶。

 

 結局、居間の中の2人が廊下の惨状に気付くのは、チョコレートを全て食べてしまってからだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その日なのははそのまま目を覚まさず、晶とレンの二人は美由希と恭也の顔をまともに見ることが出来なかった。

 

 また、あとで事情を聞いた桃子から、2人はきついお叱りを受けるのだった。




あとがき

 

 バレンタインSSは別に書く気は無かったんですが、いろんなところのSSや浩さんが書かれたものを読んでたら、ふつふつとイメージが湧き上がり、書いてしまいました。琴鳴でございます。

 甘すぎるかな? とも思いましたが、チョコレートは甘いんです。バレンタインも甘いんですよ! などと訳の分からない自己弁護をしてみたり。

 楽しんでいただけたなら幸いでございます。

 そんなことよりプロローグだけ書いてほっとかれてる長編書けよと自分に突っ込みを入れつつ失礼します。それでは。





激甘々〜。
美姫 「いや〜ん」
とっても素晴らしいですよ。
恭也と美由希のラブラブっぷりが。
美姫 「本当に甘いわね」
でも、こういうのも大好きだ! 本当にありがとうございました。
美姫 「ありがとうございま〜す」



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