『An unexpected excuse』
〜冥夜編〜
「俺が好きなのは……」
と、言いかけたところで、
「ふむ、何やら面白そうな事をしておるな」
という声がかかった。
恭也が慌てて後ろを振り向くと、そこには一人の美しい少女が立っていた。
長い髪を一つにまとめ、見慣れない白い制服に身を包んでいる。そして、片手には刀をたずさえていた。
涼やかな目元には冷笑が浮かんでいる。感情のこもらない視線は、もとの容貌が素晴らしく整っているせいか、例えようの無い威圧感を与える。
「め、冥夜……」
うめくように声を出す恭也。
冥夜と呼ばれた少女は冷笑を崩さず、
「久しいな、恭也」
といった。
「あ、ああ……しかし、なぜここに?」
「なに、所用で近くまで来たのでな、なかなか会えない我が伴侶に合おうと思っていたのだが……」
そこで言葉を切り、恭也の向こう側にいるFCを見やる。
「は、伴侶?」
冥夜の言葉に驚き、ざわめくFCのメンバーを気にもせず、
「私が居らずとも楽しくやっているようだな」
そう続けると、踵を返す。
「月詠」
「はい、冥夜様」
シュタッと音を立ててメイド服姿の女性が出現する。
そんな、気配なんてしなかったのに!? と眼鏡に三つ編みのFCの一人が声をあげるが、誰もが突然現れた女性に注目し、気にする者はいない。
「月詠さん」
「お久しぶりでございます、恭也様」
「ええ、久しぶりです」
親しげに声を交わす二人に、冥夜は顔をしかめ、
「月詠 帰るぞ」
静かな声でそう告げた。
「しかし、冥夜様、せっかく……」
「よい、我が伴侶はお楽しみのようだしな。邪魔しては悪かろう」
何か言いたそうな月詠の声を遮り、恭也のほうには目もむけずにそう続けた。
「ふん、浮気は男の甲斐性などという言葉もある。我が伴侶は甲斐性に溢れた男ということだ。喜ぶべきことであろう? むしろ来る事を告げずに来てしまった我々の方に非があるのだ。だから帰る」
「冥夜様!」
「くどい! いいから帰るぞ!」
肩を怒らせて、大きな声をあげる。
「……冥夜」
と、恭也が立ち上がり冥夜に声をかけた。
「……何だ、恭也。ああ、弁解なら必要ないぞ。男とはそういうものだと聞いている。何より、我らの間の絆はこれで壊れるほど弱くは無い」
冥夜は恭也には背を向けたまま、むしろ、自分に言い聞かせるように言葉を発する。
そんな彼女を、恭也は後から優しく抱きしめた。
「……聞いて欲しい」
「聞かぬ、離すが良い」
「誤解だ。冥夜が思っているようなことは無い」
「その必要はないと言っている。離せ」
少しだけ、抱きしめる腕に力を込める。離さない、と言うように。
「冥夜」
耳元で名前を囁く。
「っ……」
少しだけ身をよじり、冥夜の表情が歪む。
「私は……」
「…………」
恭也は無言で冥夜の言葉を待つ。
「私は、こんなことが言いたいんじゃない」
「分かっている」
「ただ、そなたに会いたかっただけなのだ」
「ああ」
「私は、そなたのことになると、心が言うことを聞かなくなる」
恭也の腕のなかで、冥夜の独白は続く。
「私は……」
そこで言葉に詰まる。
そこから先を言うことが出来ない冥夜に恭也が囁いた。
「冥夜……そんなに強く在ろうとしなくてもいい。俺には、弱さを含めた冥夜の全てを見せてくれ。心を聞かせてくれ」
その言葉に、一瞬だけ身を硬くすると「ずるいな、そなたは」と口の中だけでつぶやく。
「私は、不安なのだ」
冥夜はその心のうちを恭也に告げる。
白稜柊で過ごした日々で、冥夜は絶対の運命などないと言うことを知った。絶対に自分を選ぶと信じていた自らの想い人は、再会した彼女ではなく、常にそばにいた幼馴染の少女を選んだのだ。
選ばれなかった悲しみを秘め、自らの務めを全うするため、望まない結婚をしようとしていた彼女を救ったのが、護衛として雇われていた恭也だったのだ。
冥夜の心のうちを聴いた恭也は、さらに腕に力を込め、冥夜を抱きしめる。
「……すまない」
「何故そなたが謝る」
「冥夜の心を守ってやれなかった」
「そんなことは無い。こうしてくれているだけで、私は……」
「だが、冥夜を傷つけてしまったのは事実だ」
「……そなたの謝罪を受け容れよう」
その言葉を聞いて、恭也はほっと息をつく。
同時にゆるんだ恭也の腕から逃れ、冥夜は体の向きを変え恭也と目をあわせる。
「恭也」
「冥夜」
互いの顔を見つめあい、再び、そして今度は正面から抱き合おうとしたそのとき、
「あの〜」
横合いから声がかかった。
「結局その人は誰?」
声をかけた人物――先ほど無視された美由希がジト目で二人を見ている。その向こうには興味津々といった風情のFCのほかの面々が並んでいた。
「そう言えば」
冥夜も思い出したように尋ねる。
「この騒ぎは何なのだ?」
笑顔にもかかわらず、若干の殺気を感じたことを恭也は無視した。
FCの面々からことの事情が冥夜に伝えられると、彼女は「私が伴侶に選んだ男だ。女が惚れぬ筈が無い」と誇らしげに言い放った。
そこに再度声がかかる。
「で、そっちの彼女は誰なわけ?」
忍の声に恭也は答えた。
「彼女は御剣冥夜。俺の恋人だ」
先ほどのやり取りから、想像はついていたのだろうが、恭也の口からはっきりとそう告げられ、悲しそうな顔をする者もいるが、多くの者はすっきりとした顔をしていた。そして、徐々に校舎へと引き揚げていく。
やがて、そこには親しい者たちだけが残る。
「御剣冥夜だ。以後、見知りおくがよい」
冥夜は地面に刀をつき、胸を張った堂々とした姿勢でそう告げる。とりようによっては傲慢とも見える物言いだが、彼女がやると妙に似合ってしまう。
「私は月詠真那と申します。冥夜様専属の侍従長をさせていただいております」
脇に控えていた月詠も静かな声で自己紹介をする。
「さて、月詠、時間はあとどれくらいある?」
「はい、あと二時間ほどでございます」
月詠の返事に「短いな」と口の中だけで呟く冥夜。
「ふむ」
そんな冥夜の様子を見ていた恭也は少しだけ思案すると、忍に声をかけた。
「忍、俺の鞄を預かってくれるか? それと、先生に俺は早退すると伝えて欲しい」
「りょ〜かい♪ 忍ちゃんに任せときなさい」
恭也の意図を正しく理解した忍は楽しげに返事をする。
「その代わり、あとで詳しい話を聞かせてもらうからね?」
それに苦笑しながら頷きで返すと、恭也は冥夜に向き直る。
「さて、冥夜。急に暇になってしまったんだが、付き合ってもらえないか?」
「し、しかし……」
学校をサボらせてしまう、ということに引け目を感じるのか、乗り気ではない様子の冥夜を気にした様子も無く、恭也は続ける。
「近くに良く行く喫茶店があるんだ。冥夜も甘い物は好きだろう?」
「嫌いではないが……」
「それに、紹介したい人もいるしな」
「紹介したい者?」
恭也の意図がわからずに首をかしげる冥夜。
対する恭也はそんな彼女を少しだけ楽しそうに眺めながら、なおも続ける。
「その喫茶店と言うのは『翠屋』と言うんだが」
と、そこで一度言葉を切ると、楽しげな、しかし、真剣な目で冥夜を見つめる。
「俺の母が経営しているんだ」
「っ!」
そこで初めて恭也の言葉を理解し、一気に赤面する冥夜。
「一緒に来てくれるか?」
「う、うむ。そこに連れて行くが良い」
優しく問いかける恭也に照れながらもそう答える。
「では行こうか」
自然な仕草で冥夜の手をとり、「後は頼む」とだけ残して、歩き出す恭也。
後に残された者は、恭也の普段とはまったく違う様子に数秒の間だけポカンとしていたが、やがて我を取り戻すと、
「今夜は宴会かしらね」
「そうですね」
「師匠のお祝いですから、腕によりをかけます!」
「サルには負けへんで〜」
「なんだと!?」
「二人ともケンカしない」
などと騒ぎながら、彼女たちも校舎へと引き揚げていった。
そして、とある喫茶店の店長が息子が恋人を連れてきたことに狂喜し、しばらくしてその恋人が世界に名だたる「御剣財閥」の跡取であることを知って驚愕することになるのだが、それはもう少し後の話である。
あとがき
どうも、お久しぶりでございます。初めての方ははじめましてです。琴鳴です。
久しぶりの更新はAn unexpected excuse 冥夜編となりました。久々にキーボードに向かったら、進まない進まない。自分の文章力の無さに驚愕しましたが、楽しんでいただけたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
冥夜と恭也ってすごく相性が良さそうな気がするのは私だけですかね? 自分の文章で二人のよさが出せたかは疑問ですが、呼んでくださった方はありがとうございます。
うおー、冥夜だ〜。
美姫 「煩い!」
きゅぅぅぅ〜。
美姫 「冥夜らしいというか」
うんうん。とってもいい感じですよ!
美姫 「本当に。アンタも見習え、このへっぽこ!」
……え、えっと、とっても面白かったです。
こ、今回はこの辺で……う、うわぁぁ〜〜ん。
美姫 「それじゃあ、この辺で失礼しますね〜」