『リリカルなのは StrikerS IF〜tentative title〜』
5話 「使者」
恭也とノエルは足止めを食らっていた。
なのは達の元へ向かう途中だったが一人の女性が立ちはだかった。
二人は今まで接触せずに裏方に徹しようとしていたが、雫が本格的に活動を開始してから数ヶ月が経ち、そうも言ってられなくなっ
た為だった。
しかし、今回はガジェットが大量に出現したと聖王教会のカリムより連絡があり、現地へと向かう最中にそれは起こる。
二人はガジェットの殲滅の為、開発地区に入り暫く進むと突然結界に閉じ込められてしまう。
恭也は周囲を見渡していたが建物の一つを睨み付ける。すると建物の陰から長身の女性がゆっくりとあらわれた。
二人は女性が着ている服に見覚えがあった。
以前、森の中であった少女達が着ていたボディスーツと同じだった。
ただ首元の数字だけが違い、その数字は『V』と記されてあった。
時間は少しさかのぼる。
スカリエッティ達のアジト、その薄暗い廊下に三人の人影があった。
「なんですかトーレ姉さま。私とチンクちゃんにお話って?」
「クアットロ、今回の作戦だが全体の指揮をお前に任せる。後、ルーお嬢様のフォローもな」
「それは構いませんけど……トーレ姉さまはどうなさいますの?」
「私はあの男と女を足止めと、男の方を主にデータの収集をする……ドクターは気にしておられないがどうも気になる」
「……お一人で?」
「姉上、私も同行します」
「いや、チンク。お前は現場で他の妹達を頼む。それに一人ではない、今回はオットーを連れて行くつもりだ。まだ稼動したてだか
らな、後方で結界の形成と維持をさせる。ならし程度にはなるだろう」
「しかしっ!……いえ、姉上がそうおっしゃるなら」
「すまないな、では二人とも頼む」
トーレは踵を返すと二人に背を向けそのまま歩き出した。
トーレは恭也とノエルをそれぞれ順番に見定める。
「月村恭也……それと、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトだったか」
「……」
「ふっ、冷静を装っていても体は正直だな、瞳孔が少し反応したぞ」
「そうか、お前……いや、お前達が雫の言っていた奴らか……一応確認しておこう、この『檻』は貴方の仕業か?」
「……教える義理は無いんだがな。まぁいい私の仲間が外から結界を張っている。これは生半可な攻撃では破壊できないからな。
ああ、心配するな時間が経てば解くように指示している。だが、逆に言えば私を倒しても結界は解けないと言うことだ。欲を言え
ばそちらのアンドロイドを連れて帰りたいが…………いや、貴方は次の機会としよう。では、しばらく付き合ってもらう」
「……以前、森の中で襲ってきた二人の少女を助けたのは貴方か」
「よく分かったな、姿を見せるヘマはしていなかった思っていたが……」
「気配が同じだ」
「ほぅ……」
トーレは腰を落とし拳を構える。同時に拳の横にエネルギーの翼が生える。
『インパルスブレード』それを用い、彼女の持つISであり、高速機動を可能とする『ライドインパルス』との組み合わせで行う格
闘戦術が彼女の特技である。
「足止めか、確かに貴方の機動力なら容易に捉えることは困難だろう。しかし、そう易々とそちらの思惑通りになるつもりは無い」
ノエルに目配せするとノエルは頷いて後ろの壁際まで下がる。
それを確認すると恭也はトーレを見据える。
やれやれ、得意じゃないんだが、と一人ごちながらも構える。
恭也は二刀の八景の内、一刀だけで半身に構えると腰を落とし、左手を前に突き出し、刀を顔の横辺りで水平に構える。
『奥技之参 射抜』
御神流で最大級の射程と速さを誇る技だ。
お互い構えタイミングを図る……
構えたまま微塵も動く気配が無く、この状態が続くと思われた。
その時、二人の真上に太い光の線が走る。
その瞬間二人は目をカッと見開くと互いの時計の針が進みだす。
トーレは『ライドインパルス』を発動させると同時に自身を光の矢の如く恭也へ迫る。
対し、恭也は『神速』を発動させると周りの世界がモノクロへと変化する。
モノクロの世界で恭也とトーレは同じ速度で動いていた。
トーレの攻撃してきた腕の光翼へ『射抜』で弾くと、すれ違いざまにお互い、建物の壁を蹴り加速をつけると再び肉薄する。
経験の差か、恭也の行動が相手より紙一重上回り斬りつける。
トーレはシールドを張り攻撃を弾く。
しかし、トーレの口から苦悶の音が漏れ、そのままモノクロの世界に色が生まれる。
「っ!? ……何だ今のは?」
確かにシールドを張ったはずだった。刀を弾くはずだった。
しかし、現に相手の攻撃はシールドを突き抜けて衝撃を与えてきた。
トーレははっ、と以前チンクが言っていた言葉を思い出し、これがそうか、と口の中で呟く。
「教える義理は無いな」
「……存外、意地の悪い奴だったか」
そう言いながらもお互いふっ、と笑う。
トーレは恭也と闘うことが何故か心地よく感じていた。
その高揚感を感じながらも頭の中ではあと少しか、とトーレはオットーに命じていた結界が解かれる時間が迫っているのを確認する。
お互いが牽制し睨み合いが続くかと思われた。
その膠着しかけた状態にノエルの声が割り込んでくる。
「恭也様、お戯れがすぎます」
「む……すまない、首尾は?」
「はい、終了いたしました」
「そうか、では任せる」
「? なんの話をしている」
トーレは今までずっと壁際で佇んでいたはずのノエルが『終了』と言ったことに気を止める。
考える間もなく、急に結界が淡雪が融けるが如く、霧が散るが如く消え去った。
早すぎる、時間まで後少しはあったはずだ。トーレは予想外の展開にオットーに問う。
「オットー! どういうつもりだ。時間までまだ余裕はあるはずだろう!」
「違う……此方の制御に割り込まれ強制解除された」
「強制解除?……っ!……分かった、一先ずその件は帰還してからだ……予定より少し早いがこの時間なら問題ないだろう。先に撤
退しておいてくれ、私もすぐ撤退する」
「……了解」
念話を打ち切ると、トーレは撤退のタイミングを図る。
図りながら先ほどのオットーとノエル、それぞれの会話を思い出す。
「っ! まさか貴方の仕業かノエル・綺堂・エーアリヒカイト!!」
「恭也様?」
ノエルの問いに頷く恭也。
ノエルは恭也の了解を得、トーレの問いに答えだした。
「はい、私が解除させていただきました」
トーレは我慢がならなかった、目の前のアンドロイドは自分たち機人の雛形であり、あの『アルハザード』の縁があると言うのに、
人の上に立ち導く為に作られたと言うのに……何故人に従っているのか。
「貴方はご自分の存在を分かっていない! 世が世なら人の上に立つやもしれぬ存在だというのに……」
「知っています」
ノエルはやんわりと微笑みながら答える。
なんと穏やかな笑顔なんだろう、と思うのと同時にトーレには理解できなかった。
クアットロからは感情は最低限しか設定されていない、と聞いていたのにもかかわらず人と変わらない表情を浮かべ、さらに、自分
が作られた意義を知りつつ人に仕えている。
理解できなかった。
「此方の世界に来てから、奥様でも扱えなかったブラックボックスの情報が展開されましたので、先ほど仰られましたことはその一
部に記録されておりました」
「なら何故!?」
「守るためです……それが出会った時の誓い…………恭也様や奥様、そして何より雫様がいるあの家が好きだからです。
その家族に笑顔を再び取り戻す為に……雫様を返させていただきます」
「それは植えつけられたプログラムではないのか!?」
「かもしれません……しかし、あなた方もそうではないのですか?」
「違うっ! 確かに我らはドクターによって生み出された……だがそれぞれドクター敬愛している。その思いは我々の物だ」
トーレの言葉に今まで沈黙を保っていた恭也が割り込む。
「おかしな事を言う、ノエルにはプログラムと決めつけて自分達はそうではない、と? 少なくとも俺と忍がノエルの事を大事な
“人”だと思っているし、これからもその思いは変える気はないぞ。
忍がノエルを甦らせてから今まで育んできた思いは紛れも無くノエル自身の物だ」
「恭也様」
「っ!……」
「ノエルと同じ事を聞く、その思いは……スカリエッティに対する思いは本物か? 貴方自身の物か? その思いから何時からだ?
何故その思いを抱いた? 貴方たちの他の仲間はどうだ? 同じなのか?」
「当たり、前だ。私も、他の姉妹、達も……同じ思い、だ」
言葉の端々に明らかな動揺がみられる。
トーレは否定したかった。しかし、自分達の姉妹の性格が大きく違う事、自分を含め前期に開発された姉妹達はみな感情が豊かだっ
た。だが最終開発機である今回同行させたNo.8『オットー』と、まだ見ぬNo.7『セッテ』No.12『ディード』彼女達の
開発コンセプトは『余計な感情の廃止』だった。事実まだ短い時間ながらも同行したオットーからは機械的な印象を受けた。
この開発はクアットロがドクターに進言した、と聞いていた。その時は特に何とも思っていなかったが恭也の言葉を聴くと強く頭に
残った。
トーレは自分でもうまく喋れていないのを感じ取り平静を装えず、くっ、と声を漏らす。
潮時か、と両脚に光翼を展開させ、再び『ライドインパルス』を発動させる。
発動させ恭也の方へ向かって行ったかと思うと、そのまま飛び越え上空を駆けていった。
恭也は相手に攻撃の意思が無いと分かっていたのかトーレの動きに合わせて目を動かしていただけだった。
そして、トーレが飛び越えた後ゆっくりと振り向くと既に姿は見えなくなっていた。
続く