『リリカルなのは StrikerS IF〜tentative title〜』














6話 「family―兄≠父―」










高町なのは、彼女は物心ついたときにはもう父親はこの世に居なかった。

その為、別段悲しいと思った事は無かったが何故居ないのかは不思議に思っていた。

一度兄である恭也に、何故父親が居ないのか、と尋ねたことがあった。

その時、恭也は問いに答えず逆になのはに尋ね返してきた。




「父さんが居なくて寂しいか?」




なのはは少し“きょとん”としていたが、少し考え込むと笑顔で恭也に向かって答える。




「ううん、お兄ちゃん達がいるから寂しくないよ」




恭也はなのはの言葉が言葉通りでは無いことに気付いていた。

しかし、妹の精一杯な態度に一言、そうか、と言いながらなのはの頭をやさしく撫でた。

恭也は、この時からなのはの事を今まで以上にかわいがるようになった。

高町恭也は高町なのはの兄であるのと同時に父親であろうとした。


数年後、恭也に恋人が出来た。クラスメートだった。

なのははその時は素直に母親と共に喜んでいた。

ただ、少し心が引っかかる物を感じた。その時は自分に構っていてくれた時間が減ったからだ、と思っていた。

そして、その事は忘れてしまった。

『ジュエルシード事件』『闇の書事件』相次いで起こった事件の為だった。

しかし、思い出してしまった。あれは『闇の書事件』が終わった後、家族に管理局に入局の話をしてから数日後。

高町恭也とその恋人である月村忍が結婚することを二人から家族全員に告げられた。さらに『月村』に婿入りするとの事だった。

家族の手前素直に祝福した。だが、部屋に戻ると自然と涙が溢れ出してきた。

あの時のモヤモヤの正体がやっとわかった。

あぁ、私はお兄ちゃんが好きだったんだ。

高町なのはの初恋はこうして気付いた瞬間、終わってしまった。



数ヵ月後、二人に子供が生まれた時に顔を見せてからは、忙しいからと殆どをミッドで過ごすようになった。

しばらくして二人と子供は仕事の都合上、ドイツで暮らす事になり結局最後に会ったのは子供を見に行った時が最後になった。

遺跡での事故で長い間入院した時、これで当分は考えなくても済む、と思ってしまっていた。

復帰後、任務で海鳴へ訪れた時も忍の叔母であるさくらからドイツで楽しそうに暮らしている、帰って来るのには当分掛かりそう、

と聞かされていた。

会えないことへの悲しさ、寂しさ、自分への悔しさ、不甲斐なさの反面、顔を会わせずに済むとほっとした気分も少なからずあった。

それ以降、なのはは恭也と会っていない。












その男は先ほど撤退した少女達と同じ青いボディスーツを着、その上に黒いコートを羽織っていた。

その両手には少しの装飾もない無骨な小太刀が一刀ずつ握られており、目は濁っていて焦点があっているのかいないのか分からなか

った。しかし、視線はしっかりとなのは達を捕らえていた。

見間違えるはずが無かった、何年も会ってはいなかったがアレは高町恭也だ。

記憶のままの姿だ、忘れるはずが無い。




「お、兄ちゃん?……な、んで?」

「「恭也さん!?」」

「っ! あぁっっ!…………恭、也?」

「くっ!! 月村恭也っ、貴様何故ここに居る!!」

「恭也さん! 何するんですか!!」




なのはが、フェイトが、はやてが、ヴィータ、シグナム、リィンが、驚愕又は怒り、各々が様々な思いを込め目の前の男に問う。




フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが高町恭也と出会ったのは『ジュエルシード事件』の後、高町なのはに『友人』として紹介さ

れた。

『友人の兄』『妹の友人』という関係が変わったのは『闇の書事件』の後、バルディッシュを『ハーケン』より『ザンバー』を多用

する事が続いた為、御神ではないが本格的に剣術の基礎を恭也より学んだ。この時より『師匠と弟子』の関係になり、恭也がドイツ

に行ってからも自主訓練を行う事でその精神は引き継がれていた。

この事でバルディッシュの新しいモードにも影響を与えたのは間違いないだろう。

しかし、当人知らず知らずの内に『師』よりも『父』を望んでおり、学び、それがうまく出来た事を嬉しそうに恭也へ話していた。

それは子が親に試験の成績の良い結果を報告している様だった。


八神はやてとヴォルケンリッターが高町恭也と出会ったのは意外にも『闇の書事件』の最中である。海鳴大学病院にて同じ『患者』

という立場で出会った。はやては診察が早く終わり、付き添いであるヴォルケンリッターの面々が席を外した時に入れ違いになり、

一人車椅子で移動していた時だった。

詳細は省くが、病院内ではやてが事故に巻き込まれそうになった時、恭也が助けた経緯があった。

この時は駆けつけてきたシグナム達が何度も頭を下げ礼を述べていた。恭也は診察の時間だから、と名前を告げずに早々と別れた。

再会したのは『闇の書事件』の後、フェイトと同じように『友人』と紹介された時、病院の出来事はお互いが覚えており世間はせま

い、とお互いが漏らした言葉だった。

以降はやては、高町家でレンや晶と気が合い料理話に花を咲かせ、舌が確かな恭也に何度も判定を頼み三人で競い合った。

はやては、ヴォルケンリッターには勤まらない『父』や『兄』の役割を知らず知らずのうちに恭也に求め、恭也もそれに応えた。

ちなみにシグナムは、教えを請うフェイトとの訓練の合間に恭也と何度か手合わせを行っていた。



関わった時間からすれば短かったかもしれない。しかし、フェイトやはやて達には多大な影響を与えた人物が、明言はしていないが

敵対の意思を見せている。なのははフェイト達の比ではなく、先ほどより顔が青ざめ唇がわなないている。




「……っ、ふふふ、あははははははははははははははははは!!」




なのは達の様子を見ていた少女は笑っていた……とても先ほどまで可愛らしく微笑んでいたとは思えない程、歪んだ『邪悪な』とい

う形容が似合う笑みだった。

なのはは青ざめた顔のまま少女を見る。




「あ〜苦しい……でも、心地いいわ、ここはこんなにも絶望に満ち溢れている……やっぱり連れて来て正解、だったみたいね」




笑いすぎたのか少し涙目になった少女は、指で涙を拭うと年に似合わず妖艶な恍惚とした表情を浮かべた。




「…………せい?」

「ん? 何?」




なのはがポツリと呟くような声で聞き取れず、少女は聞き返す。




「……お兄、ちゃんが……こうなったのは貴方のせい?」




今度は皆に声が聞こえた。

なのはの声を聞いた瞬間、ティアナはぞくり、とした。

以前、自ら暴走した際に、なのはが発した凍るような冷たい声、その時よりも冷たく感じた。

しかし、少女はそんな声にも気にせずクスクス、と笑いながら答える。




「ええ、誰が原因か、と聞かれたら私でしょうね」

「…………お願い、元のお兄ちゃんに戻して……お願い、だから」




なのはが涙ぐみながら懇願してきたのが意外だったのか、少女は少し目を開いたがすぐに目を細め、再び笑い出した。




「あははははははは!! あなた、エースって呼ばれてるんでしょ? だったらエースらしくしてよ。あなたの悲しみは美味しいけど

 拍子抜けよ」

「なのは……」

「ほら、お友達も心配してるわ。…………う〜ん、そうね、だったらその気にさせてあげる。良く聴きなさい……コレ、ずぅっとこ

 のままよ……あなたの大好きなお兄ちゃんにはならないわ。

 あぁ、でも、私を倒すことが出来たら……もしかしたら会えるかもしれないわ……出来たらの話だけどね」




少女の言葉を聞いた途端、行動は早かった。キッと少女を睨むとレイジングハートを構える。

カードリッジがロードされ光の羽が舞い踊る。

足を前後に、そして腰を少し落とすと足元には魔方陣が展開され、レイジングハートの先端に魔力光が集まっていく。




「っ! これは……ディバインバスター!?」

「なのはちゃん、落ち着いて! 開発地区で無人やゆうてもこんな所で撃ったらアカンて!!」




フェイトとはやてはなのはの短絡的とも思える行動に驚く。通常でさえその威力は凄まじいのに今は限定解除が続いており、

その破壊力は幾重の装甲を撃ち破る程で、対人で使用するのは警告ではなく、撃墜に使うほか無かった。

レイジングハートに収束されていく魔力を見れば、とてつもない威力があるのは分かるのにも係わらず、少女は微笑んでいた。




「ふふっ、やればできるじゃない……絶対に当たらないけど」




少女の言葉に馬鹿にされたような気になり、さらに魔力を込める。




「ディバイーン――」




なのはの詠唱が終えようとする。

しかし少女は逃げる様子も、防ぐ様子も微塵も感じさせず佇んでいた。


「――バスタァァァァ」


なのはの必殺の一撃が放たれる。

少女へ迫る。

迫る。

その時、少女が何事か呟くと、射線上に割り込む人影が見えた。




「!? お兄ちゃん!! 駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」




なのはの叫び声と共に、放たれていた光が蛇行し、膨張したかと思うと星屑のように霧散する……なのはが強制的にキャンセルした

ためだった。

強制したためレイジングハートから煙が出始る。なのははレイジングハートを一瞥しごめんね、と呟いた後、少女達を見る。

何で、お兄ちゃんが、そんな思いがぐるぐるぐるぐると駆け巡る。




「あっはははははははははははは!! 貴方、今凄くいい顔してるわ……さっきよりも悲観している、絶望しているわ」

「貴方は……何故こんな事をするんです!?」




フェイトがシグナムを支えながら問いかける。




「何故? 強いて言えば……楽しいから、それ以上でもそれ以下でもないわ」

「っ! そんな事の為にヴィータやシグナムを……恭也さんまでもこんな目に合わせたんか!」

「そうよ、貴方達の絶望や悲しみ、怒りはとても甘美なもの、まるで極上の美酒のよう。うふふふ、あははははははは……っく!」




少女はなのは達の様子を見ながら悦に入っていたが急に苦しみだす。

片手で顔を抑え、体を少し前かがみにし、良く見ると小刻みに震えていた。。
 
なのは達は少女の急激な変化に戸惑いながらも見つめていた。

良く見ると顔を抑えていた指の隙間から目がのぞいていた……そこには以前見た、血の様な赤い色ではなく、普通の、ごく一般的な

黒か濃い茶の様な色が覗いていた。急に少女の体がピタリと止まるとゆっくりと体を起こす。

その目は、やはり血のような赤色であった。

フェイトは、さっきのは気のせい?、と呟く。

少女は先ほどまでとは違い、表情を消していた。

言葉も別人のように覇気がなく気だるげに話し出す。




「……今日はこれで帰るね……迎えが来た事だし、それに少し疲れたわ……行くよ――」




男は今まで苦しんでいた少女にも沈黙していたが呼びかけに動き出す。




「それじゃあ……近いうちに、ソッチに遊びに行くから……その時にはもう少し思いっきりかかって来てちょうだいね」




そう少女が言った途端、二人の後ろの地面から再び青髪の少女―セインが飛び出して来る。

あっ、と誰かが声を出すがそれしか出来ず、セイン達三人は地面へと潜ってしまっていた。




「……お兄ちゃん……」




なのはの声が小さいながらもその場にむなしく響き渡っていた。










続く








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