黒の月と白の月外伝2

鬼と退魔士と代行者と 前編

 

 

神咲薫は、ある町を訪れていた。ここ数日、この町で原型を留めぬほど破壊された遺体がいくつも見つかり、さらに女性ばかり数人が連続して行方不明になるという事件が発生している。そして、“鬼”の姿を見たという目撃者。妖魔の仕業である可能性が高いと地元警察から依頼を受け、薫はこの土地へと着ていたのである。そして、今、薫はつい先日、遺体が発見されたばかりの現場の周囲を探索し、霊力の残り香とでも言うべきもの探っていた。

 

「十六夜、どう思う?」

 

姿を具現化させて、周囲の気配をさぐる十六夜に薫が尋ねる。十六夜は一瞬だけ思案した後、答えた。

 

『微かですが、妖気の残り香を感じます。目撃証言にあったとおり、おそらくこの町でおきている犯行は鬼の仕業かと。』

 

「やっぱりそうか・・・。厄介やね。」

 

ここに来る前、警察によった薫は被害者の遺体の写真を見せてもらっていたが、それはそういったものに見慣れた薫ですら、思わず目を背けたくなってしまうほど酷いものであった。そして、その遺体には爪でえぐられたような跡があった。もっとも、えぐられたというより、上半身まるごと吹っ飛ばされたような状態だったが。それはともかく、生身でそんな事をでき、かつ“僅かな”残り香を残すようなものは鬼しかありえなかった。肉体的に特に秀でた鬼以外でそんな事を出来るものというのは皆、規格外の力を持つものばかりで、そういう存在が痕跡を残さないようにしたのならば、それらは完璧に消し去るだろうし、そうでなければ、もっと強い痕跡が残るからである。最もがそういう存在にはそもそもが遭遇する事事態ほとんどありえないのだが。

 

「おそらくは中級クラスの鬼が単独だとおもうから多分大丈夫だろうけど、いざという時の為に一応、耕介さんと葉弓に連絡を入れておいて方がいいかもしれん。」

 

鬼は妖魔の中でも強敵の一つである。万が一、薫の勝てない相手ならばその時は耕介に頼るか、葉弓らと協力して複数で当たるほか無い。あらかじめ準備しておかなければ下手に刺激した鬼が今まで以上に被害を広げる恐れがある。

 

『そうですね。その方がいいと思います。それから、薫一つ気になる事があるのですが。』

 

「なんじゃね?」

 

『妖気が急に途切れているところがあります。もしかしたら、鬼は人間に擬態できるのかも・・・・』

 

「!!」

 

十六夜の推論を聞いて薫の表情が強張る。

 

「だとすると、この町に居る間、どんな相手に対しても油断は出来ないってじゃね・・・・。」

 

『ええ、嫌な考えですが。』

 

二人の空気が軽くなる。そして、やがて二人は現場を立ち去った。

 

 

 

 

 

そして、同じ頃、この町に4人の訪問者が着ていた。その内の一人、教会の第7位代行者、弓のシエル。

 

「ふう、全く面倒なものですね。」

 

薫と同じように事件の現場を回って調べながら、そう呟く。実際の所、彼女は本気で面倒だと思っている訳ではない。仕事に対する責任感や使命感といったものも持ち合わせているし、何の罪も無い人が不条理な死にさらされるのを助けたいという気持ちもある。ただ、その為に志貴の側を離れければいけない事と、その間彼の周りにたくさんの女性が居るであろう事がちょっぴり不満なだけだ。

 

「さっさと片付けて帰りましょう。」

 

そう言ったその時、彼女は何か強い力を持ったものが近くにいるのを感じた。おそらくは追っている妖魔ではなく、人間、だが、常人でないのも確かである。そして、その相手もこちらに気付いたのか近づいてくる。武器を抜いたりはしないまま警戒を強める。そして、その相手が姿を現した。それは自分とは少し違った色の青い髪の女性、彼女は刀を持っていた。

 

(退魔士ですかね・・・・・。)

 

厄介な事になったかもしれないと一瞬シエルは思った。退魔士と代行者の仲は決して良好ではない。共に魔を狩るものという点では同じだが、その行動理念、方針、組織形態、全てが食い違うからだ。また、視野の狭いもののなかには、両者の標的が一致した場合、“手柄”を争う敵とみなすものもいる、双方の組織に。そこで、シエルはまず、確認してみる事にした。

 

「あなたは、退魔士ですか。」

 

「そうじゃ。ウチは神咲一灯流当代、神咲薫。そっちは。」

 

その答えを聞いてシエルは厄介な事になったという気持ちが強くなった。神咲は日本で最大規模の退魔の家系である。弱小の家系ならば、教会の名を出せばひかせる事もできるだろうが、神咲、それも当代が相手ではそうはいかない。例え、対立していなくても、行動を共にしていないもの同士が同じ目的をもって行動すれば、結果としてそれがお互いに邪魔になる場合がある。ならば、手を組むのが一番効率的なのだが、神咲と教会とは過去に諍いがあり、それはしにくい。だから、無理と思いつつ一応提案をして見る事にした。

 

「教会の代行者、シエルです。おそらく目的はあなたと同じ。この町にいる鬼を退治する事です。ここは私に任せてひいてもらえませんか。」

 

「それはウチでは無理だといっちょるのか?」

 

シエルの言葉に薫がむっとした表情をする。シエルはその誤解を解こうと続けた。

 

「いえ、そういう訳ではないですけど、一つの事に対して二人が同時に当たる事もないでしょう。」

 

「確かにそれはそうかもしれん。けど、ウチにはこの事件を任せれた責任がある。ここで、そのまま帰る訳にはいかんよ。」

 

薫の答えにシエルはやっぱりという気分になった。まあ、逆の立場だったら自分も同じように答える。

 

「わかりました。仕方ありませんね。けど、もし私の邪魔をするようでしたら、その時はあなたに対しても容赦はしませんよ。」

 

溜息をついた後、鋭い眼光で睨みつけながらそう言う。だが、それに対し薫は全く怯んだ様子を見せず、答えた。

 

「わかっちょる。けど、それはこっちも同じ事だって事よく理解しとっておいてください。」

 

シエルにも負けぬほど鋭い眼光で睨み返す薫。そして二人は反対方向を向き合って別れた。

 

 

 


(後書き)

<作品製作裏話あり。そういうのが嫌いな人は注意してください。>

えーと、このssは薫とシエル先輩の救済作です。どういうことかともうしますと、実はこの二人は戦力調整の結果、割を喰った二人なのです。

どういうことかと言いますと、まずとらハ側、薫は彼女が自由に行動できた場合、退魔に関して部外者である恭也が参戦する理由が無くなってしまいます。あるいは、耕介と薫が動けてさらに恭也が必要となるといきなり総力戦レベルです。そして月姫側、アルクェイド、志貴、この二人だけでも反則的なのに、ここにシエル先輩が加わると完全にパワーバランスが月姫側に傾いてしまいます。故にこの二人には序盤外れてもらう事にしたのですが、その結果、シエル先輩は1部終了間際になってようやく登場、薫は出番すらなし。そして2部も話の舞台からして出番無し、あっても僅かという事になりそうです。

本格的な出番が来るのはおそらく4部になってからですが、戦力的に中堅として活躍できるかどうかすらも危ないそうです。一応、本編でもなるべく活躍を持ってこれるようにはしますが、無理かもしれないので今のうちに救済をということです。

 

PS.薫の言葉がむずい・・・・・・

PS2.これは実はとらハと月姫以外のクロスものです。何かは後編で明らかに。




あと一つ。一体、何だろう。
美姫 「鬼が出てきてるからね。それ関係かしら」
うーん。魔術士ならFateかと思ったんだが、鬼だとすれば『痕』か『鬼門妖異譚』かな?
美姫 「他にもあるような気はするけど…」
うーん、咄嗟に浮ぶのはこの二つだけだな。
美姫 「一体、とらハと月姫と何のクロスなのか」
次回も楽しみにしております。
美姫 「じゃ〜ね〜」



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