第58話「悪夢の開演!!」
旅行二日目も車列を組んでの移動だった。
二人ほど暗い顔をしている。
一人は獣ことクロノだ。
もう一人は存在を忘れられていたユーノである。
二人は座席にもたれ眠っていた。
「クロノ、どうしたの!?」
「昨夜、悪夢を見て……」
「悪夢って、どんな夢?」
「思い出すのもいやだ」
思い出したくない夢だったようだ。
彼らは忘れていた。
タタリがまだ退治されていないことを……。
そして、今夜が満月だということを忘れていた。
「今夜こそ、どっちが上か体に教えてやる」
クロノの鼻息は荒い。
「本当にやるの!?」
「当然だろう? ほぼ毎日血を吸われる身にもなれ!! 輸血用パックだって安くはないんだぞ」
管理局の保険が適用されるとは言えそれでも懐を直撃するのだ。
現に一年で貯金がゴッソリと減れば怒りも来る。
その原因を作っているから文句の言い場所がない。
「!?」
さつきは、何かの気配を感じた。
「タタリ、やっと見つけた。今夜は処刑してやる」
いろんな事件で取り逃がしていたタタリの尻尾を捕まえたようだ。
「お前達、今夜大丈夫か?」
「何かあったんですか?」
「厄介な吸血鬼が現れた」
「どんな吸血鬼なんですか?」
「実体のない吸血鬼だ」
なのはたちに吸血鬼のことを説明する。
当然、私刑に遭うだろう吸血鬼のことは気にしない。
「引き金を引いた、あの二人には後で責任をとって貰う」
その直後、当事者二名が寒気を覚えた。
「クロノ、なんだか寒気を感じるんだけど……」
「僕もだ、フェレット!」
「フェレット、言うな!!」
フェレットと言われるのが嫌なようだ。
「それで、タタリって言う吸血鬼はどんなやつなんですか?」
「自称、脚本家兼演出家兼主演気取りの奴だよ」
「劇作家気取りみたいなやつね」
事実、劇作家なのだ。
実際は、錬金術師なのである。
そのことを知っているのはさつきだけである。
そして、すずかたちが向かう先にとある魔法使い達が居た。
「こよみ! 貴女は、タライ召還しかできないのですか!」
「タライ召喚しか出来ないんだらしょうがないでしょう!? 弓子ちゃん」
一人は、タライ召喚をするようだ。
「こよみ!? ちょうどいい機会です。古典魔法をビシバシ教えて差し上げます」
「だからって、お正月にすることはないんじゃ」
「こよみ! タライ召喚以外の魔法も使いたくはありません?」
「つ、使いたいです!」
即決するこよみ。
タライ召喚以外の魔法も使いたいようだ。
「それよりも、何で貴女もいるのです!? 美鎖」
「なにって、興味あるから」
何故か姉原美鎖まで居た。
彼女は、ある業界では有名人である。
コンピュータを駆使する現代魔法の使い手である。
一方、弓子は根っからの古典魔法使いである。
それだけではない。
伝説の魔女、ジギタリスの筐体でもある。
彼女達は、之からある事件に巻き込まれることになる。
タタリと言う吸血鬼が起こす事件に……。
「今日も楽しかったね」
なのはたちは、今宵の宿で羽を伸ばしていた。
同じ宿に美鎖たちがいる事を知らない。
それ以前にお互いの存在にすら気づいていないのである。
「明日が最後だね」
吸血鬼である彼女達は元気一杯である。
ただ一人だけ、吸血鬼化しても運動神経が変わらない人がいた。
高町なのはである。
不幸なことに彼女だけ運動神経は改善されていない。
逆に凶化された人たちもいるのに……。
「なのは、体力無さすぎ!! それでもさつきさんに血を貰ったの?」
なのはは、一番最初に血を貰ってはいない。
最初は、混沌で治療されたのであって血はごく最近である。
さつきの血を一番最初に受けたのはすずかである。
なのはは、アリサ、フェイトと一緒に誘拐された時に吸血鬼化したのだ。
今回の旅行にも輸血用パックを持ち込んでいる。
当然、飲んだ輸血用パックをそのままゴミとして出せるわけでもない。
出せば、事件性を疑われかねない。
その為、すずかが某スキマ妖怪の能力を使って異空間へ捨てたりしている。
その異空間とは、忘れ去られし世界『幻想郷』だったりする。
「んじゃ愛機の準備は!?」
「いいよ」
「私もいいよ」
「わたしも……」
「すずかとカーテローゼは!?」
「美姫は、まだ修理が終わってないから……」
「わたしは、魔法使いじゃないよ」
「そっか! すずかとカーテローゼは待機ね」
「アリサちゃん! 忘れていない? わたし、別の魔法が使えるのを……」
すずかは、カードを見せる。
「そう言えば、すずかには反則じみたカードがあったわね」
「カーテローゼは如何する!? 一緒に戦う?」
「陛下が戦われるのなら……」
「また陛下って言っている!!」
「いいじゃないアリサ!」
「良いわけ無いじゃない!! 私達だけの時ならまだしも学校じゃ誰が聞いているか分からないじゃない」
アリサの言い分はもっともである。
学校ではどこに目と耳があるか分からないのだ。
PM8:00
「如何したの!? 弓子!」
「美鎖! 貴女は何も感じませんの!?」
「感じるってなにが?」
「先ほどから妙なコードが働いていますわ」
「わたし、アミュレット無いから弓子お願いね」
弓子に丸投げする美鎖。
「こよみ! この変なコードをタライに変換できますわね」
「弓子ちゃん。この変なコードをタライにすればいいの?」
「出来ますわよね?」
「分からないけどやってみる」
こよみがタライに変換しようとした瞬間……。
「まだ幕も上がっていない舞台を終わらされては困る」
男の声がした。
「誰ですの!? 姿を現しなさい!!」
「私は、この舞台の主演俳優兼演出家兼脚本家……お嬢さんたちは、脇役として私の劇を盛り上げてもらおう」
男は話を続ける。
「登場人物がそろわぬが『タタリの夜』を開幕といこう」
タタリによる劇の幕が上がった。
「先ずは、幼女が殺されるシーンから行ってみよう」
「幼女って……!?」
「多分、森下のことだと思われる」
「わたし幼女じゃないよ嘉穂ちゃん」
「幼女に間違われても仕方ありませんわね」
「弓子ちゃんまで」
「あぁぁ弓子、泣かせた」
「泣かせてはいませんわ」
泣かせていないと言う弓子。
「こよみ! 早くタライに……」
「う、うん」
タライ変換を試みる。
「あれ!?」
「どうしたのです?」
「コード見えないの! さっきまでは見えていたのに」
「コードが見えなくなった!?」
タタリの幕が上がった瞬間から彼女達はコードが見えなくなっていた。
もともと魔法使いではない嘉穂を除いて。
タタリの出現は、さつきたちの知るところとなった。
ブリュンスタッドの血を受けている彼女達の知覚範囲は広かった。
「之がタタリの気配?」
「わかったか?」
「皆起きている時間だよ」
「すずか、スリープを使って眠らせろ!」
スリープを使って眠らせろと言うすずか。
「スリープ、お願い」
すずかがスリープのカードを中に投げる。
カードから出たスリープが旅館の中を掛けめくる。
駆け巡りながら眠りの粉をばら撒いて一般人を眠らせていく。
次々眠って行く人たちを見て異変を感じる者たちが居た。
「皆、眠らせたから全力で戦っても大丈夫だよ」
「それじゃ、魔法少女出動!!」
魔法少女達の戦いが旅行先で始まる。
「カットカットカットカットカット!!」
駄目だしをするタタリ。
「カットカット五月蝿いですわ」
「こんな劇では、観客が満足しないではないか。私の劇は、悲劇でなくてはならない」
どうしても悲劇にしたいタタリ。
「先ずは胸の大きい娘を血祭りにしてやる」
標的を弓子に定める。
「早くしないと真祖の姫が来てしまう」
さつきたちが駆けつけてくる前に弓子たちを殺したいタタリ。
「今度こそ逃さぬぞ、タタリ!!」
「誰ですの!? 姿を現しなさい!!」
「カットカット! 演技が全然駄目!! 最初からやり直したまえ!!」
何かにつけてダメ出しをする。
「タタリ……いや、ズェピア・エルトナム・オベローン!」
「その声、貴様」
タタリには聞き覚えがあったようだ。
「元の世界で消滅したと思っていたが、この世界に逃げていたとは」
「貴女、お知り合いですの?」
「知り合いってほどではない。以前に一度倒している」
「それにその目の色は!?」
「この眼か!? 妾は吸血鬼の真祖だ」
「一寸お待ちなさい!! 吸血鬼は当の昔に滅んでいるはずですわ。それが何故存在しているのです」
「其れは妾が異世界の吸血鬼だからだ」
「異世界って、自力で来たというのですの!?」
「そう言っておる。あの者たちは、皆吸血鬼だ」
なのは達は吸血鬼である。
「あんな子供が吸血鬼!?」
「妾が吸血鬼にした」
「吸血鬼でしたら日光やニンニクは?」
「当然平気だ!」
「妾たちに吸血鬼の弱点は当てはまらぬ」
さつきたちに吸血鬼の弱点はない。
あるとすれば、なのはたちの吸血鬼としての戦闘経験である。
戦闘経験だけが不足している。
魔法戦は、敵なしとは行かないがかなり出来る。
彼女達は管理局でも希少な高ランク魔導師なのだ。
「ズェピア! 紅い月をプレゼントしてやろう……」
紅い月を召還しようと言うさつき。
「紅い月!?」
何故か慌てるタタリ。
「止めたまえ!! 紅い月の演出は台本にはない」
紅い月を召喚されては困るようだ。
「次元の魔女に対価を払って異世界に渡ったのに紅い月を召喚されたら困るか?」
「止めたまえ」
図星だったようだ。
「最初から全力全壊のスターライトブレイカー……」
≪Starlight Breaker.≫
姿の無いタタリにスターライトブレイカーを撃とうとするなのは。
「台本に無い行動は止めたまえ」
だが、なのははためらわず黒い塊にスターライトブレイカーを撃った。
激しい閃光が収まると何も無かったように黒い塊が浮いていた。
「そんな。なのはのスターライトブレイカーが……」
スターライトブレイカーは、タタリには効いていなかった。
「剣とかせ我がコード!」
弓子が剣のコードを使う。
之も実体の無いタタリには効かなかった。
「無駄無駄、私には何も効かない!!」
勝ち誇っているタタリ。
「そこの女には、之をプレゼントしよう……」
そう言ってタタリは、マオカラースーツの男を具現化した。
美鎖には見覚えがあった。
「再見! またあえて嬉しいよ姉原美鎖!!」
「誰だっけ!?」
美鎖に忘れられてズッこけるホアン。
「そっちのお嬢さんには……」
「マドモワゼル」
「ギバルテス……」
なんとギバルテスまで現れた。
「さぁ改めて悲劇の開幕といこう」
改めて悲劇の幕が上がる。
「姉原美鎖を始末する前に邪魔な少女たちを殺しましょう」
最初のターゲットをなのはたちに定めるホアン。
「一つ言っておきます。私、中国拳法を使います」
「それがどうしたの?」
凍りついた表情で言うすずか。
「貴方の相手は、これで十分だね」
そう言ってすずかは、闘を発動させた。
「その子、あらゆる格闘技が使えるから」
「貴女、召喚魔法使いでしたか……」
「本当は、消で消してもいいんだよ」
恐ろしいことを言うすずか。
「どうやら一番最初に貴女をつぶさないといけないようですね」
「貴方じゃ、私に勝てないよ」
「言ってくれましたね。貴女なの体に直接教えてあげましょう」
ターゲットをすずかへと変える。
すずかへと中国拳法を繰り出すホアン。
ホアンが繰り出す中国拳法を余裕で躱すすずか。
「めぐれめぐれゆらぎの数無くなるときまで。我もてまわせ、汝が時計―――剣と化せ我がコード!!」
弓子へ剣のコードを放つギバルテス。
既に弓子はギバルテスと戦闘を始めているようだ。
「大人しく魔女のライブラリーを渡せ!!」
「お断りしますわ」
「ならば死ね!!」
再び詠唱を始めるギバルテス。
「フェイトちゃん、私たちはタタリを……」
「うん」
なのは、フェイト、アリシア、アリサはタタリへと攻撃しようとする。
「カット!! 開始早々に主役へ攻撃はなしだ!! やり直したまえ!!」
何が何でも自分好みの演出にしたいらしい。
タタリがしたい演出は誰にも分からない。
分かっているのは悲劇にしたいという事だけだ。
どんな悲劇かは、脚本を書いたタタリ自身にも分からないのである。
「リテイク!!」
やり直せと言うタタリ。
「やり直せと言われてやり直す者はおらぬぞ!!」
当然と言えば当然だ。
「無理にでもやり直してもらおう」
どうしてもやり直させたいようだ。
「貴女、何者ですか? 私の拳法を躱す身のこなし、只者ではありませんね」
ホアンは、すずかと戦っていた。
「普通の少女ではないですね」
「私は、普通の小学生だよ」
「小学生と言うには運動能力が良すぎです」
すずかは、吸血鬼の真祖である。
吸血鬼の能力でもともと良い運動能力が凶化されているのだ。
中国拳法が使えるといっても吸血鬼の真祖では、相手が悪い。
悪すぎると言った方がいい。
すずかがその気になれば、肉片残さず消すことが出来るのだ。
ホアンは、タタリによって具現化されているので何度でも蘇ることが出来るのである。
地上で肉弾戦しかできないホアンと違って空中でも戦うことが出来る。
不死身の上、圧倒的なスタミナがるのではどうしようもない。
それに天性差もある。
生まれながらの吸血鬼に拳法が使える程度の人間が勝てるわけがないのだ。
彼は幸運なことにタタリによって蘇っている為、殺されても体力満タンで復活できるのだ。
「私が生きている人間なら貴女には勝てないでしょう。幸運なことに今の私は不死身です」
「じゃあ、手加減なしで戯れてあげる」
戯れると言うすずか。
ホアンで戯れ始める。
戯れられるほうはたまったものではない。
「大人しく渡す気になったか?」
「誰が渡しますか」
ケルケヨンをギバルテスに向ける。
「剣と化せ我がコード!!」
「無駄だ! 私に剣のコードは効かない」
ギバルテスは、まったくの無傷だ。
一方の弓子は、服が裂け肌からは血が流れ出ている。
「まだ悲劇には程遠いな」
悲劇には、まだまだ遠い。
惨劇の夜は始まったばかりである。
次回予告
なのは「駄目だしを繰り返すタタリ」
弓子「まったく、倒しても限がありませんわ」
弓子「こよみ! 早くタライに変換してください」
こよみ「急に言われても……えぇいっ」
クロノ「君は僕に何か恨みでもあるのか?」
なのは「次回『魔法少女リリカルなのは〜吸血姫が奏でる物語〜』第59話『激闘タタリの夜』」
すずか「称えよ紅き月よ!!」
タタリが出現したようだけれど。
美姫 「原因はクロノたちなのかしらね」
だとしても、すぐに行動しないタタリ。
美姫 「あの駄目だしも行動の内なんでしょう」
その間に真祖が来てしまうとはな。次はタタリとの対決か。
美姫 「みたいね。それでは、この辺で」
ではでは。