第一話「覚醒T」






 
 《SIDEムーンタイズ》
「茶が淹ったぞ」
「うん。ありがとう……」 
 礼を言う潤。
「……うむ。良い香りだ」
 香りを堪能するベルチェ。
「………………」
「ん? どうした?」
「そこ、母さんの席だ」
「気にするな。今日から私がオマエの母親だ」
「………………」
「複雑な顔だな、気に入らんか?」
「別に……」
 潤はベルチェに疑問をぶつける。
「其れより、僕が普通の人間じゃないって、どういうこと?」
「まぁ、いきなり説明されても、到底理解は出来んよ。まずは茶を飲め」
「うん……」
「どうだ? 味は」
 感想を潤に聞くベルチェ。
「うん。美味しい……」
「ダージリンのセカンドフラッシュだよ。少し渋みが強いか?」
「ん……でも、嫌いじゃない」
「焼いたマシュマロがある。これを茶に浮かべて、突っつきながら飲むと良い」
「変わった飲み方をするんだね」
「頭痛はもう治まったのか?」
「……え?」
「最近、頭痛に悩まされているだろう」
「どうして、それを?」
「フフ、私が魔女だからだよ……魔女は何でも知っている」
「魔女?」
「まぁ、そう呼ばれていたのは、もうずっと昔の話だがね……」
「………………」
「そう警戒するなよ。別に頭がおかしいわけじゃない。ましてや、嘘を付いてオマエを騙そうというつもりもない」
「……まじょですか、はいそうですかって、俺に言えっていうの?」
「茶は飲み終わったか?」
「……え? あ……うん」
「では、そのカップを割れ」
 カップを割れというベルチェ。
「は?」
「割れと言っている。床に落としても良いし、壁に叩き付けても良い」
「なんなの? いきなり……」
「じれったいな、こういうことだと」
 カップを割るベルチェ。
「あっ……あぁ〜ぁ……」
「フン。見事に割れたな」
「そりゃ、あんなに強く叩きつけたら割れるさ」
「いいか? このカップをよくみていろ」
「なにをする気?」
「いいから、よく見ていろ」
「え?」
 粉々になっていたカップが元の形に戻っていく。
「ほら、もう大分形になってきた。」
「えぇ!?」
「どうだ? これが魔法だ」 
「待って? 手品じゃなくて……? どうやったの!?」
「目で見ること……手で触れることで、物体の構造を解析し、素粒子レベルまで分解して読み出して保存……。物体の配列を一旦開放し、素粒子の粒にしてから、読み込んでおいた配列を書き戻す。それだけのことだ」
「それだけって……え? 嘘でしょう?」
「私が魔女だと言っても信じないだろうから、こうして目の前で見せてやったのだろう? まだ疑うのなら、何でも好きなものを壊せ、何でも治してやろう」
「なんでも良いの?」
「あまり高価なものは壊すなよ? 特にデザインに価値があるような物はダメだ」
「どうして?」
「いま私が再生したカップを良く見てみろ」
 再生したカップを見ろというベルチェ。
「カップ? 別におかしいような所は……」
 潤は、カップの変化を見た。
「カップの底のメーカーロゴの位置がズレている……?」
「ま……そう言うことだ。私の再生には、何処かしらにエラーが出る。『不完全複写デットコピー』と呼ばれているのは、そのせいだ」
「………………」
「信じられないようだな」
「そりゃ……イキナリ信じろって言われてもね」
「もっと実験するか? あまり大きな物は再生できんぞ? 私にも、読み込める情報量に限界がある」
「待ってよ……物体を素粒子レベルまで分解して再構築って、それって核融合じゃないの?」
「そうだよ?」
「いや、そうだよって、そんな大それたことを、たったいま目の前で? それも手のひらの中でやったって言うの?」
「見ただろう?」
「見たけど、でも……核融合なら、熱量は? えっと……あとガンマ線とか」
「つまらんことを気にする奴だな、そんな物、外側に出さなければ良いことだろう? そもそも、外に漏れたら再構成出来んじゃないか」
「じゃあ、エネルギーは? 核融合を起こすには、超高温で高密度の状態で閉じ込めて、粒子同士を超高速で衝突させる必要が……」
「一から説明させる気か? 一冊本が出来てしまうよ。出来る物は出来る、それで納得しろよ」
「なんてこった……物理法則無視じゃないか」
「無視はしていないぞ? ただ、違反しないギリギリの所で好き勝手にしているだけだ」
「なんなんだよ……キミは、いったい……」
「言っただろう? エルシェラント・ディ・アノイアンス……魔女だよ」
「……魔女……」
「フ……ひどい顔だな、まるで原始人の前でテレビを見ている気分だ」
「十分に進歩した科学は……魔法と津別が付かないって意味?」
「認めろよ、目の前にある物を信じられなくなると、後は死ぬしかなくなるぞ」
「死にたくなってきたよ……」
「一度や二度死んだぐらいで、そうそう世界が変わってたまるかよ」
「じゃあ、キミが180歳って言うのも?」
「あぁ、今は別けあってこんなナリをしているが、実際の所、おおよそ180歳だ」
「おおよそって……なんか、いいかげんだなぁ」
「仕方なかろう? 覚えている最古の記憶がそれぐらいなのだよ。魔女っと言っても、脳の構造自体は人間のソレと大して変わらん。記憶できる情報量にも限界がある。私が生まれてから、何度か名前も変わったはずだが、昔の名前は覚えていない」
「………………」
「まだ疑っているな?」
「うん。やっぱりスグには無理」
「まぁ、いいさ。オマエが目覚めれば、嫌でも信じるしかなくなる」
「目覚めるって……まさか俺も?」
「まだわからんけどね、オマエにも、私と同じ血が半分流れている」
「半分って……」
「オマエの父親、イド・ブランドルも我々と同じ血……いや、ブランドル家こそが、闇の血を純粋に受け継ぐ家なのだ」
「父さんが?」
「オマエの父親、イド・ブランドルは……22年前、一人の霊媒師と出会った。知人からの紹介で、スコットランドに住む娘に憑いた悪霊払いの仕事を請けた、日本人の霊媒師、荻島紫……オマエの母親だ」
 ベルチェは、話を続ける。
「悪霊払い……というのは、突き詰めてしまえば医療行為だ。未知のウイルスや病気を、気の力で治すのが仕事だ。そして紫が診た患者は、日本では見たことがない未知のウイルス ……当然治療方法などわからない。紫は病原体の元を探そうと、色々と調べまわったのだろ……ついには、そのウイルスの発症元であるブランドル家に行き着いた。そこでイド・ブランドルと出会い、恋に落ちた。その後の流れは、オマエも知っているだろう?」
「駆け落ちして、失敗して、父さんは行方不明……母さんは、日本に戻って、実家にも帰らず一人で俺を育てた」
「そういうこと」
「つまり、父さんも魔女? っていうか、魔法使いだってこと?」
「違うな。魔女……というのは通称に過ぎないし、本来はもっと別質な物……私のように、魔法を使うぐらいしか脳がない者ではない。魔女の親、というか……うん、そうだな……イメージ的には吸血鬼が近い」
「吸血鬼っ!?」
「そう、血を吸うことで、他人の情報を読み取ったり……また自分の体内にあるウイルスを他人に植え付けることで、新しい魔女を生み出したりすることも出来る」
「魔女の次は、吸血鬼か……きっと次は狼男だ」
「あぁ、居るね、狼男も。しかしアレは、所詮は獣だぞ? 吸血鬼の下僕でしかない生き物だ」
「……ははは……やっぱり居るんだ、狼男。えっと、じゃあフランケンは?」
「なにを言っている? ヴィクター・フランケンシュタインとは、動く死体を作った科学者の名前で化け物の名前ではないぞ? それに、アレは想像のお話だ。一緒にするな」
「俺のなかではどっちも一緒のレベルだよ……吸血鬼も、狼男も……想像の中の存在だ」
「吸血鬼も狼男も、どちらも存在する。元々は、両者とも同じ特性を持つウイルスから発生した病気のようなものだ」
 両者は同じウイルスから発生したらしい。
「オマエ……新月や満月の時、体調に変化はないか?」
「……ある」
「どんな変化だ?」
「頭が痛くなったり、吐き気がしたり、体が重くて、関節が痛かったり……」
「フン……ソレもあの女が掛けた呪いのせいだな……」
 呪いのせいだと言うベルチェ。
「どういうこと?」
「新月や満月……つまり、月と地球と太陽が一直線に並んだ状態になると、三つの星の磁場が重なり合って増幅し、人や動物に悪影響を与える……そんな話を聞いたことは?」
「そういえば……満月の夜には、犯罪とか、交通事故がふえるって、なんかそんな噂を聞いたことがある」
「ソレは、人や動物が磁場の影響で興奮状態になるのが原因だ。そして、そんな連中の中には、人一倍強い影響を受ける奴もいる」
「それが、吸血鬼?」
「いや、正確には、人間や動物の中に住むウイルスが影響を受ける。満月で増幅された磁場に揺さぶられることで、本来なら目覚めることのなかったウイルスが目覚めてしまった者。そのウイルスが健常な細胞を破壊して、ウイルスの都合の良いように細胞を作り変えられてしまった人や動物、それが吸血鬼であり、狼男だ」
「そんなことって、本当にあるの?」
「目の前に居るだろう? そして目の前で見ただろう……」
「確かに、見たけどさ……」
「まぁ、吸血鬼と言っても、私は偽者だがな」
 偽者と言うベルチェ。
「どういうこと?」
「私は元々、ただの人間だったが、オマエの父親に血を吸われて、オマエの父親のウイルスを分け与えられた。言ってみれば、後付けの吸血鬼だな」
「本物の吸血鬼とは、何が違うの?」
「私の体内に入ったウイルスは変質して、能力に制限がある。増殖能力が著しく弱い。つまり、私が誰かの血を吸っても、純粋な吸血鬼は生まれない、何も影響がないか、ロゥムが生まれるだけだ」
「待って待って、また新しい単語だよ。ロゥムって?」
「歩き回る死体……まぁ、簡単に言ってしまうとゾンビだな」
「居るんだ、ゾンビ……フランケンは居ないって言ったくせに……」
「だからフランケンシュタインは科学者の名前だ! それに、フランケンシュタインの作った化け物は外部の電気刺激で動く物で、ゾンビとは別だろう」
「はいはい。つまり、新しく吸血鬼を生み出せるのは、真祖だけってこと?」
「おぉ、そうか、真祖と言う言葉があったな、そう、その通り」
「つまり、俺の父さんは、真祖だったてこと?」
「オマエの父親だけではない。ブランドル家の人間、また分家には何人か真祖が居る。そして潤、オマエにも、その真祖の血が半分流れている……という訳さ」
「………………」
「潤、ブランドル家と分家以外にも真祖が居る」
 ベルチェがブランドル一族以外にも真祖が居ると言う。
「真祖って、俺の父さん達以外も居たの?」
「あぁ、居るさ。ブランドル家よりも歴史が古い一族がな……と言っても今じゃたったの二人だけだ」
「たった二人って……」
「ブランドル家よりも後継者問題が深刻な家だ。その家も王族の家でブリュンスタッドと言うそうだ……」
「その家って何か問題あるの?」
「現在の状況にしたのが現在のブリュンスタッド家当主のアルクェイド・ブリュンスタッド……真祖の姫君だ」
「まったく聞かない名前だけど……」
「オマエが知らないのは当たり前としてブランドル一族の者は全員名前は知っているぞ」
 殆どの吸血鬼が知っている名前だという。 
「でも、たったの二人だけになるなんて、なにがあったの?」
「私も詳しくは知らないが、今から800年ほど前に血に酔ったアルクェイドによって全滅させられたらしい。その原因を作ったのがミハエル・ロア・バルダムヨォンと言う男だったそうだ」
 ベルチェは、話を続ける。
「それ以後、アルクェイドとロアの追いかけっこが続いている。確か、8年前にヨーロッパに現れた。それに今、アルクェイドが日本に来ておる。如何やら今代のロアは、日本に居るらしい」
「そう言えば、最近連続殺人事件が起こっている町があったような」
 連続殺人事件のことを思い出す潤。
「どんな事件なんだ?」
「バラバラ死体が見つかったり、体の血液がない死体が見つかったり、行方不明者が居たり……」
「昨日の夜、ビルが倒壊したってテレビのニュースで言っていたな」
「なぁ、ベルチェ」
「なんだ?」
「吸血鬼ってビルを倒壊させることって出来るのか?」
「普通は出来んな。まぁ、特殊能力があれば別だろうがな……」
 ベルチェもさつきが素手で倒壊させたとは知る由もない。
 話を聞いている潤は嫌な顔をする。
「そう嫌な顔をするなよ。吸血鬼はいいぞ? なにせ長生きだ」
 話を元に戻して続けるベルチェ。
「ましてや真祖ともなれば、怪我もスグに治るし殺しても死なない、灰になっても生き返る。生きることに貪欲なウイルスが、宿主に死を許さない」
「長生きするって、そんなに良いことなのかな?」
「オマエ、父親と同じ事を言うんだな……」
「父さんも?」
「まぁ、いいさ。幸いオマエは、まだウイルスが目覚めていない。無理に吸血鬼になれとは言わんよ。このまま人として生きるものも、オマエのじゆうだ。好き勝手にするが良い、ブライアン様には、私から上手く説明しておいてやる。だがね。一度目覚めてしまったウイルスは、もうどうしようもないぞ? どんな薬を飲もうが、どんな治療をしようがウイルスは死滅しない、自殺して尚生き返る、これだけは覚えておけ」
「俺の中のウイルスは、いつ目覚めるの?」
「さてね。本来であれば、オマエはとっくの昔に……そう、生まれてすぐにでも吸血鬼として覚醒していなければおかしい……おそらくは、巫女であるオマエの母親が、オマエが腹の中にいるうちに、封印したのだろう。おそらくは、満月時に体内のバイオタイド値を下げる呪いだと思うが……その後も定期的に呪を掛け続けることで、上手いこと抑え込んでいたのだろうが、その効力もいつまで持つか……オマエの母親が死んでもう4年……そろそろかもな……」
「……う……」
「吸血鬼にとっての目覚めは、まさに『誕生』になる。今まで人間として接してきた人や物、全ての感覚に新しい意味が上書きされる……本来ならスカーッと通っている水路に、ゴミが溜まって流れなくなってるようなものだろう。切っ掛けさえあれば一気にドバーッと流れる気がするのだが……最近、体質の変化はないのか?」
「……べ、別に?」
「そうか? いや、しかし……んん? なんだオマエ、よく見ると牙が伸び始めてるじゃないか」
「……うっ……」
「……はは、冗談だよ、とにかく、現状は理解できたか?」
「納得は……していないけどね……」
「あまり深刻に考えるなよ、悩み過ぎると剥げる。剥げるとつきの影響を受けやすくなるぞ?」
「……本当に……?」
「冗談だ」
 冗談だと言うベルチェ。
「……さて、随分と長く話してしまったからな、色々と驚愕の事実を聞かされて、頭が疲れただろう。風呂と食事の用意をしてやろう」
「……え?」
「メイドだからな、その程度は全て私の仕事だ」
「……あ……いや、キミ、料理とか出来るの……?」
「……馬鹿にしおって、言っただろう? こう見えてもブランドル家の一級使用人だ侮ってもらっては困る」
「一級って……なにが出来るの?」
「なんでも出来るさ、料理、洗濯、掃除、医療、理容、子守り、全てに措いて最高と評価された者だけが、一級の資格を与えられる」
「……あ……そう……」
「まだ疑っているのか? ナリは小さくとも180歳だと言っただろう? 言い方は悪いし、言われるのは大嫌いだが、私はババアなのだよ、何でも出来るし、何でも知っている」
「……ババア……」
「……はっ……」
 潤の視界か消えるベルチェ。
「……痛た……」
 ベルチェに何かされたようだ。
「言われるのは嫌いだと言っただろう? 本当に人の話を聞かない坊やだな」
「……いや……だからって全体重を乗せて足を踏まなくたって……」
「ごめんなさいは?」
 謝れというベルチェ。
「……ごめんなさい……」
「わかれば良い。風呂の用意をしてくる。部屋に戻って着替えてくるがいい」
「はぁい」
「返事は短く!!」
「はい!」
 潤は、話の内容を思い返す。

 潤の部屋の戸がノックされる。
「潤、風呂の準備が出来たぞ」
「あ、うん、ありがとう」
 潤は風呂に入る。
「……はぁ……」
 ため息をつく。
「…………なんだか……怖いな……少しずつ……自分が自分でなくなっていくような……考えても……自分じゃどうにも出来ないってことかな……だから、怖い……不安なのか……」
 不安になる潤。
「だからって……こんなこと、誰にも相談できない……修や操なら、真面目に話を聞いてくれるだろうけど……あの二人にどうにか出来る問題だとも思えない……。一応相談した方が良いのか……それとも……黙っていた方が良いのか……」
 相談しようか迷う。
「道理で言えば、相談すべきで……感情で言えば、黙秘したい……。相談するにしても、まだ俺自身が混乱しているし……もう少し、様子を見るべきか……」
 様子を見ようか考える。
「……風呂にでも浸かって……少し落ち着いて考えよう……」
 そう言って湯船に浸かった。
「……ふぅ……」
 ため息をつく。
「………………」
 すぐに湯船から飛び出る。
「……うぁ熱っつぅうっ!!!!」
 ものすごく風呂が熱かったようだ。

「……お? なんだ、随分と早い風呂だな、ちゃんと温まったのか? 晩飯の用意なら、まだ少し時間がかかるぞ?」
「キミはアレか、俺を茹でて食うきか」
 潤は怒っている。
「なにを怒っている」
「……風呂、熱かった……俺を釜茹でにする気だったのか」
「あぁ、すまんな、日本の風呂釜の使い方が良くわからなくてな、魔法で沸かしたせいだ」
 ベルチェは、魔法で風呂を沸かしたようだ。
「魔法ぅ〜っ!?」
「大気中の電磁波に指向性を与えて水にぶつけると電子のプラスとマイナスが1秒間に24億5千万回ほど入れ替わって振動する。そうすることで水の分子を振動させて、摩擦熱を生じさせて湯を沸かした」
「……それって魔法なの……? っていうか、そんな風呂、入っても平気なの?」
「電子レンジで沸かしたミルクを飲んで死んだ奴を見たことあるか?」
「ないけどさ……」
「なら心配するな、私のしたことも原理は同じだ」
「……なんか釈然としない感じ……」
「馴れろよ。ライターで火をつけるたびに驚く原始人に、いつまでも構ってやれんぞ」
「……馬鹿にして……」
「悔しかったら、早く立派な魔王になれよ、そうしたら地ベタに這いつくばって、靴の裏を舐めてやる」
「………………」
 魔王について考える。
「ねぇ、ベルチェ……」
「ん? なんだ? いま手が放せん」
「俺が爺さんの跡を継ぐってなったら……具体的に何をするの?」
「子を作れ」
「はい……?」
「だから、少子化問題にあえぐブランドル家の将来を担うべく、嫁を貰って子供を作れと言っている」
「子供を作るだけ……?」
「簡単に言ってくれるなよ。晩飯の用意が出来たぞ、今そっちへ運ぶ」
「手伝うよ」
「メイドから仕事を取り上げる主人は最悪の主人だ、いいから座ってろ、椅子を引いてやる」
「いいよ、椅子くらい……」
「主人の座る椅子すら任せてもらえない私は。、それほどまでに信用がならん役立たずか?」
 役立たずかと聞くベルチェ。
「無駄飯食らいになるぐらいなら死んだ方がマシだ、どうしても嫌なら、私を殺して死体をブライアン様に送り返せ、次のメイドがすぐに来る」
「大袈裟だなぁ……」
「私は言い出したら強情だぞ? 良いから座れよ、食事にしよう」
「……うん……」
 食事を始める潤とベルチェ。
「……あ……なんかマトモ……」
「オマエ……どこまで私を馬鹿にする気だ? ブランドル家の一級メイドが、この程度の料理が出来んでどうする。むしろ簡単に済ませてしまったぐらいだ」
「パスタか、うん、美味しそう」
「心配しなくても、貝は入っていない」
「……え?」
「嫌いなのだろう?」
「どうして知ってるの?」
「フッ……メイドが主人のことを知らんでどうする。魔女は何でもしっている」
「……なんだか気持ち悪い……」
 其れもそのはず。魂を掴まれているようなものだ。
「初めてオマエと会った時、従属の誓いと共にキスをしただろ?」
「うん」
「その時に、オマエの遺伝子情報を読み取った、貝が苦手だろう」
「……なんかもう……アレだね……キミには適わないね」
「主人に尽くすには主人を知る必要がある、心配しなくても、プライバシーは守るよ、良いから食え」
「うん……」
「どうだ?」
「うん。美味しい」
「なら良かった、私はその一言が欲しかっただけだ」
「うん、ありがとうベルチェ」
「そ、それが仕事だ……礼は要らん……」
「すごいね、まだ若いのに何でも出来るんだ」
「私は、元々小さかった訳ではないよ、言わなかったか?」
「そうだっけ?」
「私だって、好きでこんなナリをしている訳ではない」
「どうして小さくなっちゃったの?」
「ん……いや……まぁ、色々とじじょうがな。それはまぁ、おいおいと話す」
「元の姿には戻れないの?」
「ん……まぁ、戻れんんこともないが、月の影響次第だな。磁場の条件さえ良ければ、元に戻ることも出来る」
「そうなんだ……なんか不思議……」
「私の本来の姿を見たら、きっとオマエは驚くぞ? もう二度とチビッ子とは呼べなくなる」
「へぇ、セクシーなんだ?」
「ダイナマイツだね」
「それはたのしみだね」
「……適当に返事をしおって……」
「ん?」
「なんでもないよ。ハーブコーディアルのお代わりは?」
「うん、ちょっとだけ」
「うむ」
「それにしても、色々持ってきたんだね」
「なにがだ?」
「いや、ほら飲み物とかパスタとか……ウチにはこんな食材、なかったでしょ?」
「なかったな」
 あっさりと認めるベルチェ。
「このハーブなんとかも、イギリスから持ってきたの?」
「いいや? この家にある物を使って、作った」
「……はい?」
「だから、作ったんだよ、まったく別の物を分解して」
「……なっ!?」
「飲み物だけではない、パスタも、スープも、海老もだ。冷蔵庫の野菜室にあったキャベツは、そのままつかったがね」
「……つ、作ったって……何を分解したの……?」
「聞かない方が良い」
「……うぅ……」
「心配するな、ちゃんと人間が消化できるアミノ酸の構造をしている」
「……急に……食欲が……」
 話を聞いて食欲がなくなってしまったようだ。
「気の弱い奴だな、例え便所のブラシを分解して作った物だったとしても、完全に再構成されているのだから、衛生的にも何も問題ない」
「……ベ……便所ブラシ……」
「例えばの話だよ、保存料だらけの加工食品や、遺伝子組み換えを行った作物は平気で食うくせに」
「あのさ、次からは、ちゃんと食材は用意しておくから、出来れば素粒子組み換え食品は勘弁して……」
「判ったよ、気に入らんのなら作り直そう」
「いや、今日は良いよ、気分的な問題さえクリアすれば、普通に美味しいし」
「うむ、では明日からはちゃんと、土や海で育った食材を使おう」
「……そうしてもらえると助かるよ……」
「それで? 他にも私に聞きたいことがあったのではないか?」
「……え?」
「話の途中だっただろう? ブランドル様の跡を継ぐのがどうのこうのと」
「あぁ、そのことなんだけど。結婚しろって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。これと決めた伴侶を見つけ出し、子孫を残せ」
「それが、俺の仕事?」
「ブランドル家というのは、一つの国家だと思えばいい。その小さな国の中に、いくつかの分家……つまりはコロニーがある」
「貴族……みたいなもの?」
「まんま貴族だよ。闇の王家であるブランドル家を筆頭に、ディメルモール家、レドル家、ナバル家、エリムガルタ家……他にも色々あるが、大きく分ければこの5つだ。この5つの上に存在するのがブリュンスタッド家だ」
 ブリュンスタッドはブランドルより格が上らしい。
「元々は小さな土地の領主だったブランドル家だが初代党首ギャバン・ブランドルが闇の血に目覚めてからは、まさに血の歴史だった」
「……歴史に興味がない訳じゃないけどさ……」
「もっと手短に話せということか……フン……まぁいい」
 手短に話すベルチェ。
「簡単にいってしまえば、ブランドル家を筆頭とする吸血貴族は、男児の少子化にあえいでいるのだ。どうにも吸血鬼と言う生き物は長命でね、平均で4・5百年は生きるし、真祖ともなれば1千年近く生きる。それが原因なのかどうかは知らんが、種の保存と言うことに遺伝子からして無頓着のようでね、生まれてくる子供の9割9部9厘が女児なのだ」
「……それって、実際の数字だと?」
「1000人に一人生まれれば良い方だろうね……実際、ここ200年ほど、本家、分家を含めて男児は一人も出生していない」
「……そんなに……?」
「しかもだ、最後に生まれた真祖の男児であるイド・ブランドルは、こともあろうに人間の女と恋に落ちて、家を捨てて逃げ出したのだ」
「……僕を睨んでも仕方ないだろ?」
「まぁね、だがそこでオマエに白羽の矢が立った、ということさ。例え半分とは言え、オマエにはブランドル家の血が流れている。もしオマエが吸血鬼として覚醒し、ブランドル家の跡継ぎたる資格を持つようであれば、正式に城に招きいれようと言う計画だ。……ところがどうだ、実際にわざわざこんな東洋の島国まで足を運んでみれば、待っていたのは魔力を封印された青白いだけの坊やだときたもんだ……。……情けなくて涙が出てくる」
「……悪かったね、勝手に期待しておいてその言い草は何だよ」
「怒るなよ、それも予定の内だ、その為に私が派遣されて来たのだ。何も心配は要らん、私がオマエを一人前の吸血鬼に育て上げてやろう」
「………………」
「……不安か?」
「その……吸血鬼ってさ……どういうものなの……?」
「そのままだよ、血を吸うことで肉体を維持する生き物だ」
「……血を吸わないと……生きていけないの……?」
「生きていけないということはない、人間と同じように食事を取るだけでも生きてはいける、餓死するようなことはない。だが、長時間食事を取らなかったり、血を吸わないでいると仮死状態になる。これは、死徒と呼ばれる吸血鬼も同じだがな……違う点は肉体が崩壊するかしないかの違いがあるくらいだ」
 死徒との違いも言うベルチェ。
「ミイラのように干からびて、その姿のまま、何百年、何千年と、血を与えられるまで生き永らえる」
「……吸血鬼になるって……どんな感じ……?」
「言ったと思うが、吸血鬼にとっての目覚めとは、まさに『誕生』だ。今まで人として接してきた、人や物、全ての感覚に新しい意味が上書きされる……」
 前に言ったことをもう一度言うベルチェ。
「そうだな、感覚的には、今まで見えなかった物が見える第3の目、今まで聞こえなかった物が聞こえる第3の耳……。そんな物がたくさん追加されるようなものだ。そういった能力には、各個人で特徴があって、各能力の強弱によって、特殊な能力に目覚めることがある」
「……特殊な能力……?」
「そう……例えば私の『不完全複写デットコピー』もそうだ。見えない物を見る目、聞こえない物を聞く耳……色々な能力が組み合わさって現れる力だ」
「……特殊な……力……。それが、俺にも眠っていると……?」
「わからんけどね。実際、吸血鬼として生まれた者でもなんの能力にも目覚めない者も居る」
「ベルチェは……さ。俺の父さんに血を吸われて……魔女になったんだよね? 目覚めるときって……どんな感じだった?」
「……怖かったよ……まるで、身体中に黒いシミが広がっていくみたいで……少しずつ自分と言う感覚が食い潰されていくようで……もう長いこと生きてきて……忘れてしまったことも多いが……あの時のことだけは、未だにハッキリと覚えているよ……」
「……そう……」
「そう怯えるなよ、別に今すぐ目覚めるという訳でもなかろう。そもそも、本当に目覚めるのかも、わかった物ではない。1年後か……10年後か……例え100年後でも、私はオマエが目覚めるまで付き合ってやる。オマエが目覚める時には、必ず私が側に居てやる、怖がるな」
「……もし目覚めたら……俺は爺さんの跡を継いで……子作りするの? 男の子が生まれるまで……何年も?」
「なぁに、他にもやることは沢山あるさ、貴族の仕事で一番大切なことは何だと思う?」
「……え? あ〜……う〜ん……想像がつかないな……。なんなの?」
「田植えだよ」
「………………」
「ははlt、ここは笑う所だぞ?」
「……冗談なの……?」
「まぁ、目覚めるにしても目覚めないにしても、全ては私に任せておけばいい。オマエの生活面での面倒を見るのは勿論、もしオマエが目覚めたのなら、オマエの縁談も、」 私が面倒を見よう
「……あぁ、許婚がどうのって、言っていたけど……」
「任せろ。オマエには最高の恋人、恋人の中の恋人を見つけてやる。見合い写真があるぞ? 見るか?」
「えぇ? いいよ、そんなの……。俺が目覚めてからでも、遅くはないでしょ?」
「気に入った娘が居れば、早く目覚めようという気持ちが沸くのではないか? 一人お勧めの娘が居るのだよ、オマエの3倍ぐらい年上だが、見た目は同い年ぐらいの丁度良い娘が……」
「いや、良いって……」
「なんだオマエ? 女は苦手か……?」
「いや……特に苦手って訳じゃないけどあまり得意でもないね……」
「オマエ、今まで女と付き合ったことはあるのか?」
「本格的に……ってなると、ないよ」
「……ふーむ……おかしいぞ? オマエぐらいの年頃なら、頭の中は女のことで一杯なのが普通だし……それこそ女を見れば口説きまくっているのが当然だろう?」
「……何処の国の基準で物を言っている……?」
「参ったな……闇の眷属の王子がそんなことでは格好がつかん……」
「見境なく女の子を追い掛け回す男の方が風紀的に問題があると思うけど……」
「うーむ……私がこんなナリでなければ、恋愛の手ほどきをしても良かったのだが……」
 恋愛の手ほどきをしても良かったというベルチェ。
「いいよ、そういうものは、しかるべき相手が見つかってからで……」
「オマエ、女に対してなにか特殊な嗜好でもああるのか?」
「……は?」
「例えば眼鏡フェチとか、黒ストッキングフェチとか……」
「ないって! ていうか、もういいよ、その話は……」
 潤は席を立つ。
「あ、コラ、何処へ行く!?」
「ごちそうさま」
「もういいのか?」
「うん、お腹一杯になったよ」
「寝るのか?」
「ん……学校の課題があるから、それをやったら寝るよ」
「そうか、寝る前には、ちゃんと歯を磨けよ? 吸血鬼は、歯が命」 
「……ま、いいけどさ……」
「お茶か何か、要るか?」
「いや、いいよ。それより、キミはどうするの?」
「ん? 食器の後片付けをするつもりだが?」
「いや、そうじゃなくて、何処で寝るつもり?」
「吸血鬼が夜寝る訳なかろう」
「……それもそうか……でも、昼間寝る時はどうするの?」
「心配ない、国からコフィンを持ってきてあるし適当に地下室にでも潜って寝ることにするさ」
「あ……そう……」
 思い出したようにテレビのリモコンを手に取る潤。
「あの事件、どうなたかな?」
 テレビをつける。
「潤、勉強するんじゃなかったのか?」
「ちょっと、あの事件が気になって……」
「あの事件? 何かあったのか?」
「何処かでビルの倒壊事故があったらしいんだ」
「ふ〜ん、ビルの倒壊事故ね……」
『倒壊したビルからのUSCJの社員の救出活動は現在も続けられていますが作業は難航している模様です』
 倒壊したビルの映像が写る。
『現場の状況を見た専門家も頭を捻っていました』
 暫くして連続殺人事件のニュースに変わった。
『続きまして、同じ三咲町で発生している連続殺人事件についてお伝えします』
 ニュースキャスターは、原稿を読む。
『今日も新たな行方不明者の情報が入ってきました。三咲高校に通う女子高生が昨日、家に帰って来なかったと家族が警察に捜索願が出したそうです。行方不明になっている女子高生の名前は弓塚さつきさん』
 写真が写される。
『見かけた方は、三咲警察までご連絡ください』
「なぁ、ベルチェ」
「なんだ!?」
「行方不明の女子高生ってどうなったのかな?」
「吸血鬼に血を吸われたのなら成り損ないかロゥム化して親の奴隷にされて居るだろうな……」
 この時、ベルチェはさつきが吸血鬼になっている事を知らない。
 いや。思ってもいなかった。


 あとがき
 今回のシナリオは如何でしたか?
 ムーンタイズの序章『覚醒』一話で収まりきりません。
 後、何話かかるやら……
 まだ、プレイ中のため設定がおかしいかもしれません。
 次は、さっちんの戦闘シーンが入る予定です。
 ネロとベルチェの再会も入れたい……
 あぁ、取り入れたいシーンが増えていく。



今回は主に潤への説明だったかな。
美姫 「これによって吸血鬼に関する事柄が幾つか分かったわね」
とりあえず今の所は吸血鬼になる様子も見えないが。
美姫 「これからどうなるのかしらね」
それでは、この辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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