第三話「覚醒V」






 

「リ〜カ〜さん、どう? この後用事がなかったら、一緒にどこかで遊んでいかない?」
「ハイ……?」
 訳のわからない英語で誘う河合と言う男。
「I beg your pardon?」
「あ〜……えー……おい荻島ぁ……助けてくれよぉ〜……」
「なにが?」
「なにがじゃなくってさぁ……一緒に帰ろうって誘ってくれよぉ」
「……いいけど、一緒に帰っても、言葉通じなきゃ困るんじゃないの?」
「そこはホレ、とりあえず一緒に帰れば、後はボディランゲージ?」
「まぁ、いいけどさ……」
 潤がリカに誘う。
「Don' t you go home? (帰らないの?)」
「No Thanks. There is nocare. leave me alone……(余計なお世話よ、放って置いて頂戴)」
「あーそう……」
「……なんだって?」
「気にしないで放っとけってさ」
「……ちぇ〜……やっぱダメか……」
 諦める河合。
「じゃあ、また明日な……」
「Yah! サヨナラ〜!」
「……帰らないの?」
「そうね……帰ってもすることなんてないし、もう少しここで時間を潰すわ」
「ペンブルトンさんって、何処に住んでるの?」
「……何処だって良いでしょう?」
「家族とかは……?」
「……なんなの? 私の家族が貴方に何か関係があるわけ?」
「昼休みには、俺に仲間になれって言ったくせに……」
「よく考えてみれば、吸血鬼として覚醒もしていない貴方を仲間にしたって、糞の役にも立たないのよね……」
「……ひどい言われようだな。まぁ、どっち道、仲間になる気なんてなかったけどね……」
「まいったな……こんなのの監視役だなんて……とんだ貧乏くじだわ……」
「ん? なんの話だね?」
「……修、今日も部活?」
「……フム……どうにも僕が居ると、部活の士気が上がるようでね、抜けさせてもらえないのだ」
「そりゃアレだ、キミが部活に出ると、キミを見に来る女の子の数が増えるからだ」
「どうだい? たまにはキミも部活に出ては」
「ん……面倒……」
「正直な奴だな……まぁ、いいさ、本来キミは、正式な部員という訳ではないしね。しかし、祠堂先輩が寂しがっているよ?」
「キミから謝っておいてよ」
「嫌な役を気軽に押しつけてくれるよ……」
「頼んだよ」
 修司が教室から出て行く。
「……部活……ね。貴方、本当に普通の学生として生活しているのね……」
「普通……? 普通……なのかなぁ? わかんないよ……」
「なに部なの?」
「……剣道部。と言っても、正式に入部した訳じゃないけどね……。ほら、いま居た彼……函南修司って言うんだけど、彼は子供の頃からずっと剣道を習っててね、彼に誘われて、俺も小学校から習い始めたんだ」
「……へぇ、貴方、強いの?」
「どうだろう? 上には上が居るし。さっき言ってた祠堂先輩って人には、まだ一度も勝ったことがない」
「……ふぅん……あぁ、そう……」
「潤く〜ん! 一緒に帰ろう?」
「あぁ、いいよ」
「あ! よかったらリカちゃんも一緒に!!」
「……リカ……ちゃん……?」
「うんっ! リカちゃんのお家って、どこ?」
「……悪いけど、放って置いてくれるかしら?」
「えぇ〜〜……?」
「いい、俺達だけでかえろう」
「そっか、残念だね♪ お高くとまりやがってバツキンが、調子のんなよ?」
「キミな、相手が日本語わからないと思って、にこやかにむちゃくちゃ言うな。ほら、帰るよ」
「じゃあね、リカちゃん。また明日!!」
「……フン……」
 鼻を鳴らす。



 下校中……
「……それにしても……なんなんだろう? ボク、なにかリカちゃんに嫌われるようなことしたのかなぁ……?」
「あれは……あぁいう正確なのかもね、なんて言うのかな……身軽じゃないと落ち着かないタイプって言うか……」
「身軽ってぇ……?」
「友達とかさ、人との繋がりとか、重いって考えちゃう人、たまに居るだろ? ……身に覚えがあるだけに……見ていて痛々しくはあるね……」
「……なにが?」
「昔の自分、かな?」
「おう、そうか」
「……わかってないだろ?」
「うん!?」
 操はわかっていないようだ。
「いや、操はそれで良いのか……」
「……ん?」
「ん? なぁに? どうかした?」
「……いや、今そこのショーウインドウにさ……えっと……操、鏡持ってる?」
「……あるけど……」
「……フム……」
「なぁに? 鼻毛なら出ていないよ?」
「……ふぅん……まぁ、いいか……」
「なにが?」
「操、お腹空かないか? なにか食べていこうか」
「ほぇ? 潤くんから買い食いのお誘いとは、これまた珍しい」
「ま、たまにはね……」
「では課長、なにか軽くつまんでいきますか、近所になじみの女が居る店があるんですよ」
「……課長ごっこか?」
「いいからいいから、ほれほれ」
「はいはい」

「ありがとうございましたー」
 店を出る潤と操。
「どうだコレー!! 彩谷屋特性マロンクレープ! ふんわりと敷き詰められたカスタードの上に、裏ごししたマロンクリーム!! 細かく刻んだ栗の甘露煮と、ゴロッと丸ごと入った大粒のマロングラッセ! まさに栗尽くし! 下手すりゃ栗殺されるねコリャ」
「……どんどん日本語がおかしくなっていくな……」
「潤くんは? 何にしたの?」
「ん……俺はキャラメル」
「あ、いいな! ボクもそれ食べたかった」
「半分あげようか?」
「……いいの?」
「どうせそのつもりで聞いたんだろ? ほら、あ〜ん」
「……あ〜ん……はぐっ……んむ……んむ……美味めぇ〜〜……」
「美味めぇ〜じゃなくて、美味しい。家に帰ってもそんな言葉遣いが抜けないと怒られるよ?」
「わかってるよぅ……んむ……もぐ……」
「あ〜もぉ、口の周りベタベタにして……相変わらず物食うの下手だな……ほら、こっち向いて、こんな顔で帰ったら買い食いしたのバレバレじゃないか」
「……んんん〜〜〜……」
「ほら、クリームを制服にこぼさないように食べるんだよ?」
「……ちぇ〜……潤くんって、いっつもそうやってボクを子ども扱いするんだ……」
「そう? 嫌ならやめるよ」
「……優しくしといてスグ苛めるんだ……卑怯者……」
「なにが?」
「なんでもないっ!」
「……なんだろうな……『お兄ちゃんゴッコか!』って……突っ込んでくれる人が居ないと、グラグラするね、こういうの……」
「修ちゃんかぁ……そう言えば、最近3人で一緒に帰ることって、少なくなったね」
「まぁ、修も忙しいからね……家に帰れば帰ったで、家庭教師が待っているらしいし」
「……あ……そういえばボク、今日は塾の日だ!」
「あぁ、そう……」
「あぁ、そうって……それだけなのかね?」
「どれだけなら満足するのかね?」
「いや……だからぁ、なんつーの? 操、夜道は危ないから、塾が終わる頃迎えにいこうか? みたいな?」
「みたいな?」
「う〜……最近ほら、変な事件とか多いし……今日はさ、いつもより遅い授業取ったから……終わるのが9時過ぎなんだよぅ……」
「うん……まぁ、その時間なら別に用事もないし……いいけど?」
「うん、じゃあお願い!」
「わかった、9時前に迎えに行く」
「絶対だよ? 忘れたら嫌だからね?」
「大丈夫だよ、ちゃんと行くから」
「じゃあ、また今夜ね!」
「……うん……」
 操と約束する潤。

「……操は、帰ったよ……」
「……いつから気づいていたの?」
「駅前の辺りかな……? なんとなーく……あー居るな〜……みたいな?」
「気配は完全に消していたつもりだったんだけど……吸血鬼のカンって奴? 知らないよ。後をつけてくるぐらいなら、一緒に帰ればよかったのに」
「……そこまで野暮じゃないわ……」
「……野暮って?」
「貴方がおかしな気を起こさない限り、二人きりの時間を邪魔する気はないと言っているのよ」
「……あぁ、別に俺と操は恋人同士じゃないよ」
「そう? その割りには、随分と仲がよさそうだったけど?」
「言ってなかったっけ? 操は男だよ?」
「……はぁ……? なにそれ? オカマなの? あの子」
「そういう訳じゃないけどね」
「……男同士、なにをやってんだか……」
「やましいことは、何もなかったと思うけど?」
「……夜……会う約束してたわね……」
「うん……それが?」
 潤が聞き返す。
「満月が近いわ……夜は外に出ない方がいいわよ……この街には、まだロゥムがうろついているし……それに……」
「……それに?」
「……それに私は、まだ貴方への疑いを、完全に晴らした訳ではないわ……」
「……勘弁して欲しいな……」
「まぁ……せいぜい気をつけることね、貴方達は私と違って、吸血鬼が側に居ても気づくことすら出来ないのだから……死徒二十七祖クラスの吸血鬼に出会わないことね」
「ペンブルトンさんは……」
「待って、その呼び方やめない? リカでいいわ」
「じゃあ、リカさん」
「……リカさん……ねぇ。まぁ、いいけど……それで?」
「リカさんは、吸血鬼が側にいると、機械に反応が出てわかるんだよね? それってレーダーみたいな物?」
「レーダーと呼べるほど遠くの反応を拾える訳じゃないわ……まぁ、せいぜい20メートル半径ぐらいかしら?」
「意外と範囲が狭いんだね……」
「たった20メートル……されど20メートルよ、重要なことは、確実に吸血鬼に反応するってこと」
 その時、電子音がする。
「……ん? なんの音?」
「……まさか……こんな時間に……!?」
 電子音がピッピッと鳴る。
「なんなの?」
「……気をつけて、吸血鬼が近くに居るわ……」
 すぐ近くに吸血鬼が居るようだ。
「……え?」
「……近いわ……だんだん近づいてくる……」
「それらしいのは……見当たらないけど……」
「……まだ遠いのよ……30メートルぐらい離れている……」
「有効範囲は20メートルじゃないの?」
「……それだけ、力が強いってことね……それに、こんな真昼間から出歩き周ってるってことは、相当に強いウイルスの持ち主……真祖か……それに近い吸血鬼よ……」
「……真祖ねぇ……」
「……もしかしたら……ここ最近の一連の怪事件を引き起こしている親玉かも!! ちっ……迂闊だったわ……まさかこんな時間に出くわすなんて……装備も武器も持っていないって言うのに……」
「音がかわった……近づいてる?」
「……10メートル……もう、すぐそこにいるわよ……」
「あそこに居るオッサンがそう?」
「……わからないわ……油断してはダメよ、道を歩いているとは限らないわ!」
「空を飛んでいるとか?」
「ロンドンでは、吸血鬼は地下道や下水道で移動するのよ……」
「……なるほど……」
 納得する潤。
「おう潤、学校はもう終わったのか?」
 サングラスにタバコをくわえたベルチェが現れた。
「……ベルチェ……? キミ、何しているの?」
「買い物だよ。今夜は肉にした、マツザカギューを1キロ買ったぞ」
「えぇ? お金は? 高かったでしょう?」
「金なら心配要らんといっただろ?」
「……なんなの? 貴方の知り合い?」
「あ……うん。知り合いって言うか、ウチの家政婦さん」
「貴方、状況わかっているの? 今はのん気に夕食の心配をしている場合じゃないのよ!? 正体不明の敵が!! 強大な力を持った敵が迫っているというのに!!」
「……………………」
「なによっ!! その顔は!!」
「あのさ……それ多分、この人……」
「はぁ!?」
「いや、だから……その強大な力を持った吸血鬼って多分このベルチェのことじゃないかと……」
「……なにを……言っているの……? まさかっ! こんな幼女が……」
「幼女っていうな。私が幼女ならオマエは何だ、この小娘が」
「……まさか……でも確かにこの反応は……」
「ほう? いい玩具を持っているじゃないか……どんな反応が出ている? ん?」
「……ウイルスのマイグレーション反応『S』……この反応は……貴女……叫喚の魔女……!?」
「……フン……また随分と古い呼び名だな……」
「なにそれ?」
「離れなさい!! この女は危険よ!! 300年前の戦争で、200人からなるダイラス・リーンの兵士を皆殺しにした魔女よっ!」
「……えぇ? ちょっと……ベルチェ……どういうこと?」
「そんな昔の、覚えておらんよ」
「そうじゃなくて、キミ、180歳だって言ったじゃないか……サバ読んでたな?」
「……いや、だからぁ、覚えているのは180年ぐらいで……あーもぉ……つまらんことを気にするな、女の歳を気にする奴は嫌われるぞ?」
「180年どころじゃないわ……この女が歴史に名前を刻むようになったのは、もう400年以上前の話よ!」
「歴史に名を刻むって……ベルチェ、なにをしたの?」
「ん〜? さぁ〜て……いろいろありすぎて覚えていないな」
「とぼけるつもり!? この町に出没するロゥム親は貴女ねっ!?」
「馬鹿馬鹿しい……何故私がそんな真似をする必要がある」
「食事をするのに理由を作る人が居る!?」
「……なんなんだ? オマエは。私に遊んで欲しいのか……?」
「待った!! 待った待った!!」
「退きなさい!! この時間ならまだ、この女の力もそんなに強くはないはず!!」
「ははっ! なにを勘違いしている? 私がどれだけ弱っていようと、ゴミムシ風情が勝てる訳なかろう、調子に乗るなよ人間が!」
「ベルチェッ!!」
「なんだっ!?」
「………………」
「……ちっ……わかったよ……」
「リカさんも、話の通じる相手とは、まず話し合うことから始めてよ……」
「無駄よ……話が通じる相手なら、最初からこうならなかったわ。……吸血鬼は私たち人間を虫以下だと思っている……話し合った所で、虫がキーキー鳴いてるぐらいにしか思わないのよ!」
「……そんなの、話してみる前から決め付けちゃダメだよ」
「叫喚の魔女! 貴様が今まで! 泣き叫んで命乞いをする人間に耳を貸したことがあるか!? 母親の亡骸にすがり付いて泣く子供を何人殺したっ!!」
「笑わせるなっ!! 捕らえた吸血鬼を実験動物のように切り刻んでは火を放ち、まだ死なんのかといたぶり続け死してなお蘇生させてはくびり殺す貴様等に言えた義理かよ」
「……ベルチェ、やめてくれ」
「あぁん?」
「俺の言うことが聞けないなら、キミもう帰って良いよ、本国に」
 潤に言われては反論できないベルチェ。
「……むっ……」
「国に帰ったら、面倒を持ち込むだけなら、誰も送ってくるなって、爺さんに言っておいて」
「……フン……帰る国があるだけありがたいと思いなさいよ、化け物に住む土地を与えている人間の寛大さを知りなさい!」
「リカさんも、丸腰のクセに大きな口を叩かないの」
「……なんですって!?」
「自分でもわかってるんでしょ? ベルチェが本気になったら、目があった次の瞬間にはころされるって……膝が笑ってるじゃないか」
「……む……」
「まずは冷静になって、よく考えることだよ。街にロゥムがうろついているって言うのは、間違いないの?」
「間違いないわ……例の、神崎仁美……彼女は脳まで支配されて完全にロゥム化していたわ……。彼女にウイルスを植え付けた親が居る以上、彼女一人だけが被害者とは思えない……」
「……ベルチェ……?」
「私ではないよ。そもそも、もし私のようなセカンドブラッドが血を吸ったところで、ロゥム化はしない」
「そんなの……吸われる側の体質によって変化するわよ……運が悪ければロゥム化することだってあるわ。それに、血を2000ccも吸って、ウイルスが活動開始する前に相手を死に至らしめれば、親が誰であろうと無条件でロゥムが生まれる……違う?」
「……フン……お詳しいことで……」
「でも、ベルチェはやっていない……そうだね?」
「言っても信じてもらえんだろうがね、私は生まれてこの方約400年、一度も人間の血を口にしたことはないよ」
「信用できるもんか……」
「成り損ないの吸血鬼を飼っているダイラス・リーンなら、知っているだろう? 吸血鬼と言っても、血を吸わなければ死ぬわけじゃない……。吸血鬼にとって血とは、酒やタバコのような嗜好品にちかい、絶対に必要な物ではないのだ。ただ依存性や常習性が高く、一度口にすると吸血衝動は激しくなる……。だが、吸うのをやめれば、少しずつだが血を吸わない生活に慣れていく。貴様らが飼っている成り損ないや人造吸血鬼だって同じだろうが……」
「確かに……吸血衝動は訓練で押さえつけることが出来ることは知っている……でも、全員が全員、上手く行くとは言えないし……実際に訓練を受けた吸血鬼でも、満月時と新月時は血に飢える衝動は抑えられない……。貴女はソレを400年間も我慢してきたと言うの?」
「だから言っただろう? 人間の血は吸っていない……とね。なにも血が通っているのは人間だけではないし、動物なら何でもいける……」
「喉が渇いたからと言って泥水をすするような物だわ……真祖に近い吸血鬼の貴女が、家畜の血で満足するとは思えないわ……」
「鈍い奴だな……人間以外にも、綺麗な血を持っている生き物は居る……そう……吸血鬼同士で血を吸い合うこともある。それに、一人でも真祖に近い者が居れば、その者の体液……血液に及ばず、唾液であろうと……それは、薄汚れた人間の血など比べ物にならない価値がある。わたしは主人から、定期的に欲求を満たしてもらっている、問題はない」
「……しかし……」
「大体、ロゥムが現れたからといって、その全ての原因が我々にある訳ではない……忘れたか? 68年前の事件……」
「……ぐぅ……」
「なにがあったの?」
「ダイラス・リーンで飼っていた吸血鬼が、主人の見ていない所で血を吸いまくったことがあってね……。自ら生み出したロゥムを自らが狩るというマッチポンプ的な事件があったのだ」
「あ……あれは! 本部のミスじゃないわ!」
「人を疑う前に自分を疑う……そんなことも出来ない組織の分際で、デカイ口を叩くな」
「とにかく、証拠もないのに主観だけで犯人を決めないで欲しいんだけど……」
「言うだけ無駄だよ。こいつらダイラス・リーンは、吸血鬼がこの世に存在して、同じ空気を吸っていることすらがまんできない連中の集まりだ……。とりあえず殺してから、死体を前にして理由を考えるような連中だよ、狂っている」
「……人間を食い物としか見ていない連中に! 言われたくはない!!」
「とにかく、ここでいがみ合ってもどうにもならないでしょ?」
「……フン……覚えていなさい、叫喚の魔女……いつか必ず灰にしてやる!」
「はぁ? 逃げるのか? 今すぐ血煙にしてやる、かかってこい」
「ベルチェ! もぉ、キミ本当に送り返すぞ?」
「口だけのクセに態度デカイのが気に入らないんだよ!」
「リカさんも!」
「……フン……」
 リカはプンプンしながら何処かへ去っていった。
「……ちっ……」
 舌打ちするベルチェ。
「舌打ちすんな」
「なんだオマエは、あんな小娘の見方か? どうして人間になど惚れる! 理解できん!!」
「別に惚れるとか関係ないよ、俺はただ、無駄な争いを避けたかっただけ」
「いつもそれだ! 馬鹿にしやがって!!」
「ベルチェ?」
「なんだ!?」
「俺の居ない所で、勝手なことしないでよ? 誰かの血を吸ったり、誰かを殺したり……」
「……ちぇっ……わかったよ、約束する……」
「……キミ、生まれてから一度も人間の血を吸ったことがないって、本当なの?」
「あぁ……そりゃ嘘だ……」
「嘘なのっ!?」
「なんだ? 奴の前で正直に言って、面倒を起こして欲しかったのか?」
「そうじゃないけど……」
「吸血鬼が血を吸ってなにが悪い、我々はそういう生き物なのだ。お前はステーキを食うたびに、食われた牛の墓を立てるのか?」
「なんか……複雑……」
「まぁ、今のオマエには……理解できんだろうな……」
「……あまり……理解したくない……」
「……本当に父親にだな……オマエは……」
「そう……なのかな……?」
「帰るぞ……」
「あ、待って、その前にもう一つ」
「あぁもぉ……今度はなんだ?」
「その姿でタバコを吸いながら歩くのやめて」
「……ふぅ……わかったよ……」
「ほら、これでいいか?」 
「うん。じゃあ、帰ろうか? ほら、手をつないであげる」
「……私からもひとつお願いがある……」
「なに?」
「私を子ども扱いするな」


「……はぁ……」
 ため息をつく潤。
「8回目……」
「……ん?」
「オマエが家に帰ってきてから、漏らしたため息の回数だよ」
「……そんなに?」
「自覚のないため息は、脳が酸素を欲している証拠だ、なにをそんなに悩んでいる? 食事が気に入らなかったのか?」
「いや、食事は美味しかったよ……」
「ではなんだ? なにが気に入らない」
「……気に入らないとか……そうじゃなくてさ……なんだか色々なことがありすぎて……正直、ついていけない……」
「今までの生活が、なにもなさ過ぎたのだよ。普通に学校へ通って、普通に食事をして、普通にテレビを観て、普通に本を読んで……そこへ、普通に吸血鬼として生きる…… というのが追加されただけだ。ただ、あまりにも今までの生活概念とかけ離れているから、それがイレギュラーに感じる。ただそれだけのことだ。すぐに慣れる。慣れてしまえば、いつもと違うシャンプーの銘柄に変えてみたのと同じような、微々たる変化だよ」
「そうなのかな……?」
「歯医者を怖がる子供と同じだね。ネガティブなイメージばかりが先行してしまう。しかい、それは無知から来る恐怖や不安でしかない」
「敵が居るなんて……聞いてなかったよ?」
「ダイラス・リーンと死徒二十七祖のことか?」
「なんなの?」
「歴史は古いよ……組織自体が確認できるようになったのは1600年代かな? 埋葬機関より歴史は浅いがな……」
「細かい話は良いよ……どういう組織なの?」
「まぁ、簡単に言えば、吸血鬼被害者の会……みたいな感じか? 母体となっているのは、怪しげな宗教団体だ」
「吸血鬼を退治する機関ってことだよね……」
「簡単に言ってしまえば、そういうことだね。要は、吸血鬼に対する警察のようなものだ。警察は犯罪者だけを捕らえるが……や面は吸血鬼なら無差別で殺す……その程度のさはあるがね」
「……俺も……吸血鬼として覚醒したら……彼らに命を狙われるってこと……?」
「狙われるだろうね。実際、もうオマエにマークがついていたのがその証拠だろう?」
「……はぁ〜……」
 またため息を漏らす。
「……9回目……」
「だってさ……」
「なんだ? もし吸血鬼に覚醒したら、素直に殺されてやる気か?」
「そうじゃないけど……でも、話し合いをすれば……なんとか……」
「甘いね。話し合いでどうにかなるような連中なら、ここまでいがみ合うこともなかったはずだ。それに……一方的に吸血鬼を悪としている所が気に入らん。奴らだって、決して胸を張って表に出られるような組織ではないよ。その点では埋葬機関の方がまだマシだ」
「そう言えば……ダイラス・リーンなんて名前……ニュースでも聞いたことがない……」
「当たり前だ……言っただろう? 奴らの母体は怪しげな宗教組織だと。表向きは対吸血鬼の公的機関を装ってはいるが、その実態は吸血鬼の力を利用して世界制服をたくらむような連中だ。ただ、多くの国家にとって脅威となる吸血鬼を退治する機関として、入国や武器の所持を許されている……ただそれだけのことだ」
「世界征服って……そんなこと、本気で考えているの?」
「奴らは捕らえた吸血鬼を、検査と称して解剖する……。それは、吸血鬼の生まれるメカニズムを研究して、その技術を悪用するのさ。例えば、誰でも簡単に吸血鬼化する注射液があったら……、そしてそれを、戦争を行っている国に売りつけたら……?」
「戦争が早く終わる……訳じゃないよね……もちろん対戦国にも……」
「そういうこと……人間相手の金儲けの基本は、生ませて殺す……これの繰り返しだよ。それに、元々奴らの母体となった組織は、不老不死を実現させることを目的とした組織だ、活動資金に協力する年寄りは、後を絶たなかったという話だ」
「……そのことを、リカさんは知っているのかな……?」
「……リカさん?」
「ほら、今日会ったでしょ? 金髪の……」
「あぁ、まぁ、知らんだろうし、知っても信じはしないだろうね……。ダイラス・リーンの構成員は、血族による縁故や孤児が全てだ……。奴らは身寄りのない子供を見請けしては戦闘員に仕立て上げる。子供の頃から『悪い吸血鬼をやっつけましょう』と育てられてきたのだ。組織の実態など知りもしないだろうし、どうでも良いとすら思っているかもしれんよ」
「……孤児……か……」
「同情してもどうにもならんよ。素直に殺されてやったところで、馬鹿な吸血鬼だと鼻で笑われて終わりだ」
「……うん……」
「……吸血鬼になるのが……嫌になったか……?」
「……出来れば……人間のままで居たい……普通に学校に通って……普通に食事をして……普通にテレビを観て……普通に本を読んで……今まで通りが一番良い……」
「……………………」
 ベルチェは間をおく。
「……オマエは本当に……吸血鬼には向かない性格だな……」
「ごめんよ……」
「まぁ、いいさ……。話が終わったのなら、風呂にでも入るか?」
「ん? いま何時?」
 時間を聴く潤。
「8時半……だな」
「あぁ、俺、ちょっと出かけてくるよ」
「む? 何処へ行くのだ? こんな時間に……」
「うん、ちょっと友達を迎えにね……塾に行ってて、帰りが遅くなると怖いからって」
「臆病な奴だな、小学生の友達か?」
「そうじゃないけどさ、最近……変な事件が多いから……」
「なるほどね……まぁ、良かろう。私も同行しよう」
「……え?」
「ほら、オマエの学校の女学生……なんと言った? そいつをロゥム化した奴というのも、少し気になるのでね……。私が一緒に居れば、ロゥムやその親の気配を感じ取ることが出来るぞ」
「う〜ん……じゃあ、一緒に来てくれる?」
「うむ」

 八坂駅前。
 午後8時35分。
「はーい、お疲れ〜! また来週ねー!!」
「ん〜、気をつけて帰んなよぉ? 最近変なの多いからぁ!」
「あはは、吸血鬼? ありえね〜♪」
「じゃあ、操ちゃんも気をつけてね?」
「あ、う、うん……じゃあ、またね……」
 塾生と別れる。
「……どうしよう? 予定より早く終わっちゃった……。さすがに……潤くんは、まだ迎えに来てくれてないよね……?」
 不安になる操。
「うぅ……電話してみよう……」
 携帯を取り出す。
「……えっと……潤くんのお家は……と……」
 電話を鳴らす。
「……まだ家に居るかな?」
 ガチャッ
「……あ、もしもし?」
『……ただいま留守にしております、発信音の後にお名前とご用件をお話ください……』
 メッセージを聞いて電話を切る。
「……うわ……どうしよう。もう家を出ちゃったんだ……」
 不安がる操。
「……うぅ……ここで待ってた方がいいのかな……?」
 生暖かい風が吹く。
「…………う……生暖かい風が……」
 一人の為、行動に悩む。
「ど、どうしよう……潤くん、もう家を出たのなら……ボクも潤くんの家の方に向かって行けば、途中で会えるかな……?」
 期待を抱く。
「……うぅ〜……」


「ベルチェ、まだ?」
「まぁ待て、いま玄関の鍵をかけている」
 施錠しているベルチェ。
「待たせたな」
「じゃあ、行こうか」
「遠いのか?」
「いや、歩いて15分ぐらいの所だよ」
「ふぅん……しかし、何故オマエなのだ?」
「なにが?」
「塾で帰りが遅くなるのなら、家族に迎えに来てもらえばよかろう、何故オマエを指名してきたのだ? うん……まぁ……家族って言っても、両親は二人とももう結構な高齢だし……誰か他の人をってなると、俺が一番頼みやすかったんじゃないかな?」
「女か?」
「ん? ん〜……半分……?」
「なんだ、半分とは」
「今朝、キミも会ったでしょう?」
「おぉ、あのオカマか」
「見た目だけだよ」
「フム……しかし、アレもよくわからん生き物だな……」
「なにが?」
「……なんと言うか……正体が読めん」
「正体も何も、女装趣味がある以外は、わりと普通の子だよ?」
「だといいがな……」
「どういう意味?」
「いや? ただなんとなくね……ただの人間ではないような……そんな気がする」
「……まさか……操も吸血鬼なんてことは……」
「わからんよ、あんな気配を感じたのは初めてだし……吸血鬼やロゥム化した人間ともまた違う気がする……」
「気になるな……」
「霊圧が低い……というか……生命としてのポテンシャルが低い生き物の気配が読みにくいというのは、まぁ、たまにあることだよ。あまり気にするな」
「俺の次は操か? キミが来てからは、本当、俺の生活ズタズタだよ……」
「気にするなと言ったろう? ほら、さっさと用事を済ませてしまおう」
「うん」
 月夜を見上げる潤。
「……見て、ベルチェ。月が丸い……もう殆ど満月だ……」
「うむ……月に引っ張られた電子が脳細胞にぶつかってジリジリいっている……感じないか?」
「……ん〜……特には感じないけど……」
「マイグレーションを起こした電子が脳細胞にぶつかってノイズが出る……そのノイズの奏でるプリミティブなテンポが、脳を原始的な思考に導く……」
「原始的……?」
「……簡単に言えば、暴力衝動だな……。単純な言葉の塊が頭の中で跳ね回って、なにかを無性に破壊したくなるようなことはないか?」
「う〜ん……」
「例えばそうだな……格闘技などを見ていて、急にカッとなって暴れたくなるような衝動……アレに近い」
「基本的に俺は……格闘技とかあまり好きじゃないし」
「そうか? そのわりには、なにか武術を習っていただろう」
「……なんでそう思うの?」
「私がオマエと初めて会ったとき、私はオマエの指関節を極めたことがあっただろう?」
「あ……うん……」
「あの時オマエ、極められた関節を守りつつ、投げ飛ばされないように、何気なく力を逃がしていた……」
「……多分、無意識だね。子供の頃に、母親に色々と体術とか教え込まれたから……」
「なるほどね……」
「そういうベルチェこそ、何か武術でも……」
「………………」
「……ベルチェ? どうしたの……?」
「……誰かに尾行られているな……」
「……えぇ? 偶然同じ方向に歩いてるだけじゃなくて……?」
「……鈍いが……殺意のような物を感じるな」
「まさか……本当に吸血鬼が……?」
「いや……この感じは……吸血鬼ではないね……」
「……誰?」
「さてね……どうしたものか……こちらから出向いて正体を確かめるか?」
「でも……振り返ったら逃げ出すんじゃない?」
「その先の路地で私とオマエ、二手に分かれてみてはどうだ? 分かれた私たちを見て、どうしたものかと悩んでいる所を、後ろからそっと近づいて手足をもぎ取ってしまえば、逃げられなくなるぞ」
「……もぐな……」
「……折るのは?」
「ダメ」
「じゃあ、片足だけ」
「ダメだってば」
「むぅ……それでは捕らえられんではないか……」
「放っておけば良いんじゃないの? 尾行しているだけなんでしょう?」
「なんの為に尾行しているのだと思う? 人気のないところに出たら、向こうから攻撃してくるぞ……」
「……そうと決まったわけじゃ……」
「では振り返って、大声で聞いてみてはどうだ? なんでついてくるのですか? とな」
「流石にそれは……。じゃあさ、公園の中に入ろうよ。広い場所に出れば、尾行もしにくくなるでしょ?」
「夜の公園になんか入れば、襲ってくれと言っているようなものだ」
「こうして街中で、いつ襲われるかビクビクしているよりは、襲わせるタイミングをこっちでコントロールできる方が有利だと思うけど?」
「フン……わざと隙を与えて誘い込むと言うのか……確かに良い策だ……」

 公園に移動する。
「…………どう? まだついてくる?」
「……ん……公園に入った途端に気配が消えた……」
「やっぱり、勘違いだったんじゃない?」
「しかし……では、あの殺意はなんだったと言うのだ……?」
「トイレでも我慢していたんじゃない?」
「漏れそうだったから……人を殺しかねない波動を放っていたと?」
「俺に聞かれても……でも、実際気配は消えたんでしょう?」
「……ふむ……確かにそうだが……」
「もし本当に、殺意を持った何かが俺達の後をつけていたとして……それが急に消えた……考えられる理由はいくつある?」
「……そうだな……まず一つ……オマエの言うように『我々の勘違いだった』……それと、なんだからの理由で『我々を襲うのを諦めた』……」
「俺達を襲うのが目的ではなく……そちらに注意を向けておかせるのが目的だった……とか?」
「なんのために?」
「普通に考えれば、囮……かな?」
「我々の注意を引くことに、何の意味がある?」
「いや……それはわからないけど……」
「もっと、単純な答えを一つ忘れていないか?」
「単純な……?」
「デジタルに考えろ。『我々の勘違いだった』というのも『我々を襲うのも諦めた』というのも……向こうからしてみれば、得る物のないゼロの発想だ……」
「……1を得る発想……それってつまり……」
「そう……『我々以外の獲物を見つけた』という発想だ……」
 その時、重くのしかかる重圧を感じる。
「この重くのしかかる重圧……」
 そこへ黒いコートを着た男が現れる。
「下がっていろ! 潤!!」
「ベルチェ、知っているの?」
「あぁ、ソイツは、死徒二十七祖の10位、ネロ・カオスと呼ばれる吸血鬼だ」
「久しいな、叫喚の魔女!!」
「久しぶりだな、ネロ・カオス……」
 ベルチェは、ネロ・カオスの事を知っているようだ。
「オマエはなにをしに日本に来た?」
「知れたこと、真祖の姫君を倒しに来たまで」
「……フン……我々には関係ない話だ」
 関係ないというベルチェ。
「関係なくはない。貴様等はこの問題にかかわることになる」
「どういうことなのだ?」
「貴様は、埋葬機関にマークされている」
「そんなこと、想像がつく。私はダイラス・リーンからもマークされているからな」
「マークされているのなら殺せばいいだろう?」
「火の粉が降りかかれば、振り払うさ」
 埋葬機関が襲ってくれば殺すと言うベルチェ。

「邪悪の徒、逃がさんぞ!!」
 運の悪いさつきが、代行者に追われているようだ。
「早速、現れたか……」
「叫喚の魔女、手を出す必要はない」
「吸血鬼が人間に攻め立てられているんだぞ!!」
「いつまで逃げるつもりだ!!」
 代行者は、さつきを追いかけている。
 公園に入ったさつきは、動きを止める。
「やっと、諦めたか、吸血鬼!!」
「わたしが唯逃げていたと思う?」
「黙れ!! ここで浄化してくれる」
「できるものならやって見せてよ」
「五月蝿い!! 吸血鬼の分際で……」
 そこで目に入る。
「ネロ・カオスに叫喚の魔女……」
「よそ見するなんて余裕なんだね?」
 そう言ってさつきは代行者の首を掴んで力をこめる。
 ボキッと骨が折れる音が聞こえる。
 代行者は既に絶命している。
 絶命した代行者を池に投げ込む。
 ドボーンッと言う音を残し池のそこに沈んでいく。
「流石は、今代の蛇の娘……下位の代行者を秒殺か」
「アレこそ、吸血鬼の本性」
 さつきが傍観者に気づいて聞く。
「おじさん達は誰?」
 さつきがギャラリーに聞く。
「我はネロ・カオス」
「私の名はエルシェラント・アノイアンス。そして、コイツは荻島潤。私の主人だ」
「ふぅん」
「蛇の娘よいつ血を吸われた?」
「3日前の夜です」
「どの位で成った?」
「血を吸われてスグだったと思います。血を吸った人が去っていくのを見ていましたから」
「流石は姫君の孫と成るだけの才能の持ち主。原初の二十七祖クラスのポテンシャル。蛇の子でなければ二十七祖の椅子に座れただろう」
「わたしってそんなにスゴイんだ」
「おい! オマエ、ムーンタイズは使えるのか?」
「ムーンタイズ?」
 疑問符を浮かべるさつき。
「お前たち風に言うと固有結界が使えるかと言うことだ」
「固有結界? 固有結界ってこういうの?」
 さつきは枯渇庭園を発動させて見せる。
「べ、ベルチェ! なんか力を吸い取られている気がするんだけど」
「あぁ。そのこ娘が吸い取っている。かという私の力も吸い取られている」
 ベルチェ達も力を吸い取られているようだ。
「もういいぞ」
 そう言われて解除するさつき。
「オマエ、本気になったらコレをどれくらい維持できる」
「試したことはないけど、数時間は維持できると思う」
「冗談じゃないぞ。この娘、化け物か?」 
 その時、悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあっ!!!!!」
「……ベルチェ!! 今の……っ!!」
「……ははっ、予想的中という奴だな……」
「行こうっ!!」
「あ! こら待て!!」
「娘、付き合え!!」
 潤は悲鳴の方へ走っていく。
「……こっちだ! 確かにこっちの方から声が……!!」
「待て! 潤!! 迂闊に近寄るな!!」
 ベルチェの後を付いていくネロとさつき。
「……う……潤……くん……助け……て……」
「……なっ……操っ!? キミ、どうしてこんな所に……っ!? それに……」
「はぁん……なるほどね、フェンリルか……しかも、低級も低級……これでは私が気配を感じ取れなかった理由もうなずける……」
「ベルチェ!! なんなのっ!? コイツ!」
「犬だ」
「見ればわかるよ!!」
「なら聞くなよ」
「こんな大きな犬! 居る訳ないじゃないか!」
「居るぞ! そいつは体内にこんなのを一杯飼っている」
 ネロが一杯獣を飼っていると言うベルチェ。
「まぁ……吸血犬……という奴かな? 稀にだが、Vウイルスに感染しても生き続ける犬が居る……」
「おいコラ犬ッ!! 操を放せっ!!」
「犬に言葉が通じる訳がなかろう?」
「……ぐっ……と、とにかく操を助けなきゃ! なにか、武器……!!」
「やめておけ、生身の人間が、犬に適う訳なかろう。ましてや相手はVウイルスに感染している吸血犬だ」
「だからって、なにもしないで見ているだけじゃ、男の子として格好つかないだろう?」
「……まぁ、その心意気は買うがね……」
「ベルチェは、誰か人を……!! 警察を呼んできて!!」
「……下手にフェンリルを刺激しない方が良いぞ? 噛み付かれれば、唾液からウイルスに感染するし、引っ掛かれても爪に付着したウイルスに感染する……」
「……だったら、どうしろっていうのさ……」
「……ふん? どうしたいのだ? あの小僧を助ければ良いのか?」
「当たり前だろう!?」
「……なら、そう命令すれば良い……」
「……はぁ!?」
「何の為に私が居る? さぁ、命令しろよ、マスター……」
「グズグズしているからわたしがいくよ」
 そう言ってさつきがフェンリルに襲い掛かる。
「オマエは成り立ての小娘一人に戦わせるつもりか? さぁ、命令しろよ、マスター……」
「あ……で、でも……」
「女を戦わせておいて、自分は高みの見物と言うのは性に合わんか? しかしね、事実この場に居る者でアレとまともにヤれないのはオマエだけだぞ」
「………………」
「迷っている間に小僧が食われるぞ? 命令するならいそげよ。まぁ……私としては、ガキの1匹や2匹……どうなろうと知ったことではないがね」
「……大丈夫……なの……?」
「忘れたか? 我が身は不老にして不死、死して尚、主人のために何度でも蘇る……我が名こそは最強にして最悪、我が名を耳にしたる者、正しき者には安らぎを…… 悪しき者には地獄の響き……我こそはブランドル家最強の使用人、エルシェラント・ディ・アノイアンス……。マスター……命令を……」
「……ベルチェ……」
「……イエス……?」
「……あの犬、追っ払って……操を助けてやって」
「……オーケーマスター……」
 ベルチェが呪文のような物を唱え始める。
「……我が右手には負の力を……我が左手には正の力を……我が両手に触れし者はゼロになる……形のある物……姿のある物……魂を持つ物、持たぬ物……我が手に触れるものは、全て灰燼と還れ……」
 詠唱が終わる。
「……やかましいわ、犬ッコロ……貴様の体、貴様の存在……貴様の認識……貴様の魂……全て分解してくれる……くっくっく……犬を喰うのは久しぶりだ……」
 ベルチェは犬を喰うようだ。
「さぁて……食事の時間だ……」
 さつきは、本能で危険を察して飛びのいた。
「……あ……」
「……チッ……逃げられると思うなよ!!」
「ベルチェ!! 追わないで!!」
「なぜだっ!!」
「……いいよ、操は置いて行ってくれた、逃げた相手を追うのは失策に繋がる」
「……道理だが……たかが犬コロだぞ?」
「それに、後をつければ、飼い主の所へ帰る」
「今は操の方が大切だよ。……操? おい、操?」
 潤が操の頬を叩く。
「……う……」
「気を失っているようだな……」
「怪我は……? ウイルスに感染してたり……」
「生け捕りにする気だったようだな、外傷は何処にも見られない」
「……よかった……」
 一安心する潤。
 潤は、完全に油断していた。
 そして現状が誤解を与えると言うことに気づいていない。 


 あとがき

 ベルチェとネロの再会をやっと入れれました。
 再開シーンの台詞が難しい。
 代行者に追われたさっちゃんも登場。
 覚醒していない潤の前でムーンタイズを見せたけど良かったのかな?
 さっちんにいっぱいムーンタイズを使わせたい。
 何個ぐらい思いつくか……
 次で潤が覚醒します。
 選択肢部分でどのルートにしようか迷う。



ネロにさつきと月姫サイドと潤たちの顔合わせ。
美姫 「ちょっとした事に遭遇したけれど、ここまではまだ平穏と言えるわよね」
だよな。とは言え、ちょっと最後の一文が気に掛かる形で終わっているからな。
美姫 「何かありそうよね」
一体どうなるのやら。
美姫 「それじゃあ、この辺で」
ではでは。



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