第四話「覚醒W」








「そこに居るんでしょ? 隠れていないで出てきたら?」
 さつきが誰も居ない方に向かって言う。
「そこまでよっ!!」
 気配を隠していたリカが現れた。
「……む……?」
 リカは二丁の銃を構えている。
「……リカ……さん?」
「ついに尻尾を出したわねっ!? 荻島潤っ!!」
「……ぇ? ちょっと待って……? なにか勘違いして……」
「問答無用っ!!」
 リカは、ネロとさつきの姿が目に入っていない。
「すみやかにその子を開放しなさいっ!!」
「まってよ、誤解だってば、別に俺達が操を……」
「言い訳なんか聞きたくないわね! 私は貴方達の後をずっとつけていたのよ!!」
 尾行を認めるリカ。
「代行者かと思えばダイラス・リーンか」
 ネロが言う。
「何で……なんでネロ・カオスが居るのよ」
 リカは驚いている。
「ネロ・カオスが来ているなんて聞いていないわ」
 リカはネロが来ていることすら知らなかった。
「私の装備じゃ如何しようもない」
「当たり前だ!! 奴は死徒二十七祖の第十位、『混沌』と呼ばれる吸血鬼だ、オマエのような小娘がどうにか出来る相手ではない」
「本部の奴ら今度、ぶちのめしてやるんだから」
「聖堂教会でも手を焼いている奴をダイラス・リーンがどうこうできるわけないだろ!?」
「うるさい!!」
 そう言って銃をネロ・カオスに向ける。
「我と戦うと言うのか?」
「そう言えば、もう一匹吸血鬼が居たわね。先にあの女を殺しておこうか?」
 退治順を考えるリカ。
「迷っている時間はない。死ねぇ吸血鬼!!」
 銃の雨をさつきに見舞うリカ。
「ダイラス・リーンは引っ込んでいろ!!」
 新たな介入者が現れる。
「吸血鬼は一匹残さず異端者として処理する。そして吸血鬼を匿う者も、また粛清する」
「あんたは誰よ? 人の獲物を横取りする気?」
「我は当地に派遣された代行者だ!! 早々に立ち去れ!!」
 リカを邪魔物と言う代行者。
「オマエ、潤に手を出したらただじゃ済まさないぞ」
「叫喚の魔女が来ているという情報は本当だったか……。叫喚の魔女とネロ・カオスが一緒にいるとは聞いていないぞ」
「奴とはたまたま会っただけだ」
「貴様等、さっき此処に我等の仲間が吸血鬼を追ってこなかったか?」
「あぁ、貴様等の仲間か? それならそこ小娘が殺して池に沈めてたぞ」
 それを聞いてさつきに怒りを向ける代行者。
「死ね!! 邪悪の徒」
 さつきに黒鍵を投げつける代行者。
 魔力を上乗せして投擲する。
 黒鍵が刺さったタイルがめくれクレーターが出来る。
 クレーターの数は一つや二つではない。
「このっ」
「そんな大振りじゃ俺は退けられんぞ!!」
 さつきの大振りの攻撃をかわす。
「そんな大振りだとほら……」
 さつきの懐に入り込む代行者。
 ドボッ
 代行者のパンチががら空きの腹に叩き込まれた。
「そらっそらっ!!」
 休みなくさつきの腹にパンチが突き入れられる。
 ズン
「う゛」
 今までで一番強いパンチがさつきの腹に叩き込まれた。
 そのパンチはさつきの腹筋を突き破って内臓をも破壊した。
 口から大量の血を吐いて苦しむ。
「く、苦しいよ」
 その声は弱弱しい。
「貴様の弱点は、大振りの攻撃によって出来る隙だ!! ボディに何発も貰って終わりだ」
 腹を抱えて苦しむさつきを見下す代行者。
「今、神の名において地獄へ送ってやろう……」
「し、死にたくないよ……お腹が痛いよ」
 腹に受けたダメージは大きく身動きが取れない。
「骨も残さず、燃えろ!!」
 そう言って火の玉をさつきに放って燃やす。
 火の玉の直撃を受けたさつきは燃える。
「あ、熱いよ、お腹が痛いよ」
「はっはっはっはっ、燃えろ!!」
 燃えるさつきを見て笑う代行者。
「次は、叫喚の魔女、貴様だ!!」
「フン、笑わせる。ちゃんとトドメを刺さずに私の相手をする気か?」
「あの小娘にトドメを刺す必要はない。燃やす段階で虫の息だった、そろそろ焼け死んだ頃か?」
 其処には焼かれて炭になったさつきが横たわっていた。
「見事な消し炭だ!!」
 彼は異変に気づいた。
「焼き殺したのに何故灰にならない!!」
 どくん
「ん?」
 どくん
「……………………」
 どくん
 首をかしげる代行者。
 ズンッ
 殺したはずのさつきから感じる凄まじい重圧。
「……ま……まさか……」
「だから言っただろ? ちゃんとトドメを刺せって……」
 真っ黒に焦げた皮膚のしたから新しい皮膚が現れる。
「この重圧、二十七祖……こんな成り立てが放てる気配じゃない」
 ハッとなる代行者。
「お返しをしないといけないね」
 お返しをするというさつき。
「死ね!!」
 黒鍵を投げる代行者。
「こんなのよけるまでもないや」
 そう言って腕で黒鍵を弾き飛ばす。
「いっくよぉ〜」
 腕を振り回して間合いに飛び込むさつき。
「馬鹿か貴様!!」
 そう言ってさつきの腹にパンチを叩き込もうとする。
 しかし、さつきの振り下ろすパンチの方が数倍早かった。
 ボキッと骨が折れる音がした。
「あぎゃぁぁぁっ!! 腕がぁぁぁぁぁ」
 代行者の腕は原型がわからない位に潰れていた。
「う、腕がぁぁっ」
 腕の骨を折られた激痛で代行者は意識を失った。
「起きないと、今度はお腹を潰すよ?」
 意識を失った代行者を片手で持ち上げて言う。
「うっ……」
「貴方が燃やした私の服を弁償してもらうよ」
 さつきが代行者にいう。
 今、さつきは全裸だ。
「勿論、貴方のお金で買ってきて」
「わかりました……服のサイズと学校名を教えてください」
 学校名とサイズを教えるさつき。
 さつきに洗脳された代行者が服を買いにいく。 
「ベ、ベルチェ……あの子、さっきから裸なんだけど」
「潤、目をつぶれ!!」
 慌てて潤に目をつぶらせるベルチェ。
「み、見られた……見ず知らずの男の子に私の裸を……」
 泣くさつき。
「もう、お嫁に行けない」
 グサッと目に見えない刃が潤に刺さる。
 ドス黒いオーラーを放つさつき。
 裸を見た潤を睨み続けるさつき。
(絶対にコロシテヤル)
「なぁ、ベルチェ。彼女凄い殺気を向けてくるんだけど」
「それは、当然だろうな。オマエが裸を見たからだろ」
「謝ったほうがいいのかな?」
「謝るなら早いほうが良いぞ」


 それから30分後、服を買ってきた代行者が戻ってきた。
「服を買ってきました」
 そう言って服を渡す代行者。
「一体、何十分女の子を裸で待たせるき!?」
「申し訳ありません」
 服を奪い取るとき始めるさつき。
「まだ目を開けちゃダメなのか?」
 そう言って少し目を開ける。
 目に入ったのは服を着ているさつきのすがたっだた。
「コラッ、目を開けるな!! オマエは裸だけじゃなく着替えも見るつもりか?」
「えっ?」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
 悲鳴と共に潤に張り手を食らわせるさつき。
 張り手で飛ばされた潤は木に叩きつけられる。
「がはっ」
 叩きつけられたダメジーで呼吸が出来ない。
「大丈夫か? 潤」
 潤は口をパクパクさせる。
「だから言っただろ、目を開けるなと……」
 さつきは顔を真っ赤にしながら急いで服を着る。
 服を着おえると顔を真っ赤にしたさつきが潤の前に立つ。
「なあ、ベルチェ……」
「なんだ!? 潤」
「なんか、彼女、すごく俺の事を睨んでいるんだけど」
「睨まれて当然だろうな。オマエは二度も恥ずかしい思いをさせたのだから殺されても文句は言えないぞ」
 殺されても文句は言えないというベルチェ。
「貴方は、あの代行者を殺した後に私の裸を見た代償を払ってもらうから……」
 さつきの言葉には殺意がこもっていた。
 このときのさつきにベルチェも恐怖を感じたとか……。
 さつきは、代行者のほうへ歩み寄る。
「彼方は、もう用がないから消えて良いよ」
 消えて良いよと言うさつき。
「逃げ帰って、応援を呼んでも良いんだよ?」
 固まって動けない代行者。
「逃げないんだ。じゃあ、殺してあげるね」
 代行者の首を掴んで木のほうへ投げ飛ばす。
 投げ飛ばされた代行者は、何故か鋭く尖った木の枝に串刺しになった。
 木の枝は、背中から胸を貫いていた。
 木の枝に串刺しにされた代行者がゆらゆら揺れていた。
 そして代行者は、絶命していた。

 そして、さつきは裸を見た潤へ歩み寄る。
「う、動くな!!」
 衝撃的な出来事にフリーズしていたリカが復活した。
「動けば、撃つ!!」
 さつきに銃口を向けるリカ。
「さっきは……」
「動くな!!」
 潤にも銃を向ける。
「さっきは、裸を見て……」
「聞こえなかったのか!?」
 さつきに謝る事が出来ない潤。
「動くなっ!! 抵抗すれば撃つ!!」
「……ハン……くだらん……撃てるものなら撃ってみろ」
 挑発するベルチェ。
「……ばっ……ベルチェ!! 挑発するなよ!!」
「……フン……ただの弾丸と思わないことね……偉大な解脱者、ジャン・グラハム神父が70年間祈りを重ねた銀十時を溶かしてコートしたMAPSよ……当たればタダではすまないわ!」
「信仰を殺生の道具に変えるなよ、生臭すぎてあくびも出んな……付き合ってられんよ。帰るぞ、潤」
「動くなと言ったっ!!」
「ベルチェッ!!」
 リカが銃を撃つ。
 撃った弾が潤に命中した。
「……バカッ……潤っ!?」
「……ん……っぐ!!」
 潤は倒れた。
 被弾箇所からは血が流れている。
「……なっ……おい潤!! 当たったのかっ!? おいっ!!」
「……う……ぁ……ぐ……ぎ…………」
 体からは血が流れ続ける。
「……痛……い……? のか? これ……ンッぐ……」
「潤! 動くなっ! 起き上がらなくて良い!」
「……ぁ……私は……動くなと! 動けば撃つと警告したっ!」
「……貴様ぁ……貴様はたった今……一番してはいけないことをしたぞ……この罪……その薄汚れた矮躯であがなえると思うなよ……一万度殺しても気が晴れん……」
「……くっ!」
「……ぁ……」
 ベルチェの怒りは頂点を越えている。
「……ぐぁああっ!!!」
 突如、苦しみだす潤。
「……潤っ!? どうしたっ!?」
「……あ……が……ぁ……あぁぁぁ……ぁ……」
「潤っ!! しっかりしろ!! 眼を見せろ!! 私の目をみろっ!!」
「……あ……?」
 潤は苦しんでいる。
「……は……ははっ!! 来たかっ!! 来たぞっ!! ついに来たっ!! いいぞ潤っ!! そのまま逆らうな!!」 
 ベルチェは喜んでいる。
「……きひっ! ひひひひひっ!! いいぞいいぞ!! 全てを捨てろ! 今まで生きてきて、守って来た物!! 己が絶対的な価値観!! 己が生命!! 全て捨てろ!! あけ渡すのだ!! 心の奥の欲望に従え!! 魂すらも、全部ゆだねてしまえっ!!」
 ベルチェが覚醒を促す。
「……始まるぞ……全ての苦痛からの開放……人間の世の墓場! 悪鬼としての創始だっ!! はははっ!!」
「……くっ!! 吸血鬼化する気かっ!? させるかっ!!!」
 潤に銃弾を撃ち込むリカ。
「……ぎゃぁぁっ!!!」
 何発も銃弾を撃ち込むリカ。
「……あ゛……がっ……!!」
「余所見なって余裕なんだね」
 潤に集中しているリカにさつきが近寄る。
「ちゃんと周囲に気を回さないとダメだよ」
「えっ?」
 背後から羽交い絞めにするさつき。
「放せっ!!」
「放せって言われて放すと思う?」
 吸血鬼の力、それも二十七祖クラスの力で抑えられているので身動きが取れないリカ。
「……聞こえるか……? 潤……」
「……ベル……チェ……」
「……死んだぞ……オマエ……これで2度目だ……」
「……2度……目……?」
「……またこのまま死ぬか……? それとも……生きたいか……?」
「……死に……たくない……。まだ……死にたくないよ……。……助けてよ……ベルチェ……」
「……甘ったれるなよ……オマエは一人で立ち上がれる……」
「……無……理……」
「いいや、出来るよ……出来るように、生まれて来たのだから……出来るように、してやったのだから……」
「……………………」
「痛いだろう……? 苦しいだろう……? 傷ついた身体が冷たいだろう……? ほら、立てよ……オマエをボロボロにした張本人は……蛇の娘に抑えられているぞ……? こんな小娘に好きにされて……唾を吐きつけられて……鼻で笑われて……アルクェイドの孫に助けられて悔しくないのか……?」
「……………………」
「……ハッ……そうだ、それでいい……立ち上がれ……そして教えてやれ……どちらが生き物として格が上なのか……!」
 潤が覚醒する。
「あ……あぁ……そ……そんな……馬鹿……な……」
 さつきに両腕を極められている為撃てない。
「……あ……ぅ……あ……あぁぁ……!」
「……ンフゥ〜……ほほぅ、こりゃまた随分と大きく出たねぇ……もういいぞ、早く離れないとオマエも喰われちまうぞ」
 ベルチェの言葉を聞いてリカを離し、その場を離れるさつき。
「あ……あぁ……や、やめろ……来るな……こっちに来るなぁぁぁぁっ!!!」
「なにを驚くことがある。おい小娘……オマエ、真祖と対峙するのは初めてか? まぁ、落ち着けよタバコでも吸うか?」
「……う……うぅぅ……う……」
 恐怖に震えるリカ。
「どうした? 怖いなら逃げてもいいぞ? 膝が笑って動けんのか? それともビビリ過ぎて腰でも抜かしたか?」
「……フフ……いい子だ潤……腹が減ったか?」
「あ……はは……あは……ちょ……待って……嘘……冗談……」
「いいぞ潤……喰っちまえ……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあっっ!!!」
「あっはっは! 頭から丸呑みかっ!! ははっ!! 踊り食いだ!!」
 リカは潤に丸呑みにされた。
「いいねぇ……やっぱ吸血鬼たるもの、こうでなくちゃイカンよ、うむ」
 潤の態度に満足するベルチェ。
「……………………」
「ん? 喰い足りんか? なら、まだもう一匹、そこに転がってるぞ?」
「……う……う〜ん……」
「お? 気がついたか?」
「……ここは……ボク……いったい……なにが……?」
 状況がつかめない操。
「おはよう操くん♪ いい夜だな」
「……あ……」
「……………………」
「……ひっ……!!」
「あ! こら! 何処へ行く!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 その場から逃げ出した操。
「……あぁ〜ぁ……逃げられてしまった……まぁいい、獲物は他にも山ほど居るか……」
 化け物に変身した潤がさつきを喰おうと口を開けて近づく。
「近寄らないで!!」
 さつきが潤に言う。
 さつきの目が赤く輝く。
 さつきの赤い目を見た潤の動きが止まる。
「……………………」
「私に闘いを挑むんだ」
 その瞬間、赤い目が一瞬金色に変わった。
「………………グッ………………」
「……む? どうした? 腹が痛いのか?」
 化け物の身体が崩れだす。
「……なっ!? 身体が腐っていく……?」
「……グガ……ガァ……ッ!!」
「……あぁ〜……これだけ大規模な変身は、やはりまだ無理があったか……おい潤、あまり動くな、身体がどんどん腐り落ちるぞ……」
 潤の体はどんどん崩れている。
「……と言っても……もう自重を維持することも出来んか……。……フム……それでも身体はキッチリと再生されたか……」
「……うっ……ごほっ……げほっ……!!」 
「チッ……運のいい小娘だな、生き残りやがった……。……この場合……今この場で始末して置くべきなのだが……」
「……………………」
「……潤の居ない所で、勝手に誰かの血を吸ったり、誰かを殺したりするな……か……。……まったく……面倒な約束をさせてくれる……。まぁ……良いだろう、この場は見逃してやるよ……」
「……う……」
「……潤……?」
「……………………」
「……ハァ……手の掛かるご主人様だ……私のようなチビに、家まで背負って帰れと言うのか……?」
「叫喚の魔女よ」
「なんだ!?」
「その小僧と蛇の娘に知識を与えてやるんだな」
「言われなくてもそのつもりだ」
 潤とさつきに知識を与えると言うベルチェ。
「見ず知らずの成り立ての吸血鬼に助けられたとあってはブランドル家の名折れ」
「その小僧は、ブランドルの血筋か?」
「あぁ、イド様の息子だ」
「そうか、奴に似ているわけだ」
「オマエ、イド様に会ったことがあるのか?」
「ある。もう、大分前の話だ」
「これからどうするのだ?」
「知れたこと……真祖の姫君を狩る」
「オマエには礼をしなければならないんだ、死ぬなよ」
「さらばだ、叫喚の魔女」
 そう言って、ネロは去っていった。
 コレがネロの最後の会話となること知らない。
「この場所を離れた方がいいよね」
 さつきもその場を去ろうとする。
「おい、オマエ!!」
 さつきに声をかけるベルチェ。
「何処へ行こうとする?」
「三咲町に帰るんです」
「帰ってどうするのだ? あの街には第七司祭がいるんだろ? そんな所に帰ってどうする? 殺されに帰るのか?」
 ベルチェが留まるよう説得する。
「なら、質問を変えよう。ダイラス・リーンのビルを壊したのはオマエだな?」
 さつきはドキッとなる。
「成り立てでやつ等のビルを壊す馬鹿がいるか!? そこの小娘と同じ格好をしたやつ等に襲われただろう?」
「昨日の夜、襲ってきました。後、教会の人も……」
「そいつ等はどうした?」
「シツコイから動けなくしようとしたら殺してしまいました」
「オマエは、ダイラス・リーンと埋葬機関を敵に回した。それはわかるな?」
「よくわかりません」
 よくわからないと言うさつき。
「わかるように……」
「ようじがあるんです。ごめんなさい!!」
 さつきは、右腕を振り回して地面を殴った。
 殴られた地面は割れタイルがめくれ上がり土ほこりが舞い上がる。
 土ほこりが晴れるとそこにはさつきの姿はなかった。
「まったく。礼ぐらい受けてからいけ!!」
 その場に居ないさつきに言うベルチェ。
「次はちゃんと例ぐらいさせてくれ。このままではブランドル家の対面に関わる」
 しかし……これで準備は整った……という所か……。
 全ては明日だ……。
 明日……目を覚ました潤がどうなっているか……。
 ……変わってしまった自分を……どう受け止めるか……。
 全ては明日……。
 楽しみだ。

 翌朝
「……ン……」 
 目覚ましが鳴っている。
「ぁ……目覚……まし……?」
 目を開けて起きる。
「ン……ンググググ……い、痛い……なんか……身体中が……筋肉痛……? なのか? これ?」
 身体が悲鳴を上げる。
「あだっ!! ほぁっ!! へぁっ……!!」
「それはアレか? なにか格闘家のモノマネなのか?」
「……あ……ベルチェ……」
「おはよう、潤。身体の調子はどうだ?」
「……痛い……なんだか身体中が筋肉痛なんだけど……」
「まぁ、昨日アレだけのことをしたんだ、そりゃ痛かろう」
「……昨日……俺、なにをしたの……?」
「覚えていないのか?」
「……あ〜……うん……夜の公園で、操が狼人間に襲われてて……えっと……その後、どうなったんだっけ……?」
「朝ベットで目が覚めた、ということは、そういうことだよ」
「操は? 無事だったの?」
「さてね、走って逃げたから、無事じゃないのか?」
「……なら……良いんだけど……いったい何があったの……?」
「あの後、例のダイラス・リーンの小娘が来て、オマエを銃で撃った」
「……え? ちょ……撃たれたの……? 俺が?」
「撃たれたオマエは、カッとなって、我を忘れて小娘を喰った」
「……喰っ……た……? え? 喰ったって……?」
「だから、頭からこう、ガブッと」
「……ガブッとぉっ!? 喰ったって……え? それって……喰い殺したってことっ!?」
「その筈だったんだがなぁ……その後、吸血鬼の娘を喰おうとしたが、娘の目を見て苦しみだし……オマエ、吐き出しやがった」
「……吐き……? え……?」
「ちゃんと事実を伝えているぞ? なんの誇張もなくな」
「……俺……なにした? どうなってた? わ……訳がわからない……」
「慣れてくれば、ちゃんと認識を保ったまま翌朝を迎えられるようになる。酒と同じだな、初心の内は、己の限界を考えずに無茶をする……昨日のアレがいい例だ」
「……本当俺……なにをしたんだ……? なんだか怖い……」
「まぁ、あまり気にするな。朝食の用意が出来ているぞ、顔を洗って来い」
「あ……うん……」
 あいまいな返事をする潤。
「……痛たた……ぐっ……クソォ……足が重い……。なんなんだよ……まったく……なにがあったんだ……? ……なんか……鼻の奥が焦げ臭い……」
 鼻をいじくる。
「……う……鼻の中が真っ黒だ……って言うか……顔もか? なんでこんな……灰……か? えっと……鏡……鏡……と……」
 鏡を探す。 
「……ん?」
 異変を感じる。
「んんんんんんんんんんんっ!???」
 鏡で顔を見て慌てる。
「ベルチェーーー!! ベルチェーーー!!」
「なんだ、騒々しい。家の中で走るな」
「ベ、ベルチェ!!」
「なんだ?」
「目っ! 目っ!! 目がっ!!」
 慌てふためく潤。
「フン……今頃気がついたのか」
「目が!! ひっ! 左目が!! あ、赤いっ!!」
「やれやれ……半分だけ覚醒しやがったか……中途半端もいいところだ……。昨日の小娘は完全に覚醒していたというのに」
「覚醒……? って……まさか……俺……?」 
「右目を閉じてみろ……」
「……え? あ……うん……」
 言われた通りに右目を閉じる。
「なにが見える……?」
「なにって……別に……普通に見えるけど……? というか……前より良く見える?」
「焦点の合わせ方を覚えれば、もっとよく見えるようになるはずだ。潤、窓から外を見てみろ」
「……うん……」
「庭の花壇に、蝶が飛んでいるのが見えるか?」
「……うん、見える……けど……?」
「なに色だ?」
「……う〜ん……紫……? なんだか……光ってるみたいに見える……珍しい蝶だね」
「うむ……では左目を閉じて、右目で見てみろ」
「……………………」
 右目で見てみる。
「……あ……」
「どうだ? アレは何処にでも居る、普通のモンシロチョウのメスだ」
「……どういうこと……?」
「つまり、オマエの左目には紫外線が見えている……ということだよ」
「……紫外線が……?」
「紫外線だけではないぞ、短波領域だけではなく、長波側の赤外線も見える、肉眼での可視領域の幅が広がっている……それが吸血鬼の目だ」
「……吸……血鬼……? 俺……吸血鬼に……なったの……?」
「はんぶんだがね」
「半分ってっ!?」
「だから、半分は半分だろう」
「……そん……な……嘘だろ……? なんで……?」
「なにが嘘なもんか、本来であれば、とっくの昔に目覚めていなければおかしいのだ。むしろ目覚めていないもう半分が異常だと言える。どうやら昨日の夜、ダイラス・リーンの小娘に銀の弾をブチ込まれて、体内のVウイルスがビックリして、一気に覚醒したのだろうな。まぁ……そういう意味では、あの小娘には感謝しないでもないな…… 手間が省けた」
「……俺……このまま……いつかは完全な吸血鬼に……?」
「まぁ、なるだろうね、いつかは」
「……どうしよう……ど、どうすれば良い?」
「なればよかろう? どっち道、今のままではコウモリ状態だぞ? 動物なのか、鳥なのかってね……中途半端な存在は、両方から嫌われる」
「……うぅ……吸血鬼……吸血鬼か……」
「そんなに嫌なのか?」
「嫌って言うか……不安なんだよ……今まで吸血鬼になったことなてないし……」
「そりゃ、ないだろうなぁ」
「……やっぱり……主食は血なの……?」
「いいや? 言っただろう? 血は嗜好品に近い。極端な話、毎日吸わなくても生きていける」
「……ニンニク食えなくなる……?」
「そりゃ個人の問題だろ、確かに体質の変化でニンニクアレルギーになる奴も居るが、100人中二人ぐらいの確率だ」
「海が渡れない……とか……」
「そりゃデマだよ、実際私は、飛行機でだが、海を渡ってきているではないか」
「鏡に姿が映らなくなる……」
「まったく写らなくなる訳じゃないよ、吸血鬼が放つ紫外線や赤外線が見えるようになるせいで、おかしな写り方をするようになるだけだ。しかも、一般人には見えない光域での変化だ、気にするな」
「……うぅぅ……」
「悩むなよ。案ずるより産むが易しってね、なにもしないことから来る不安の方が、実際に直面する危険よ、ずっとひどい。男だろう? こうなったら覚悟決めろよ」
「……ダイラス・リーンとかさ……吸血鬼になることで待ち受ける困難を思うと、そこまで楽観視して良いものか……」
「あんな連中、近所の子どもが鉄砲ゴッコしていると思え、吸血鬼は何事にも動じない、常に紳士であれ」
「……初心者に……しかも半分だけの成り掛け吸血鬼には、荷が勝ちすぎると思わない?」
「……まぁ、私も成り立ての頃は、似たようなことで悩んだがね……50年もすれば完全に慣れるさ」
「……50年もっ!?」
「吸血鬼には、一瞬だ。朝食は?」
「……食欲がない……」
「情けないことをいうなよ、腹が減ると血が吸いたくなるぞ?」
「……え゛?」
「せっかく用意したんだ、軽くでいいから、なにか食えよ」
「……う、うん……」

「いま玉子を焼いている、先に紅茶とクロワッサンを持ってきた」
「うん、ありがとう……」
「カップは温めてある、気をつけろよ」
 注意を促すベルチェ。
「……うん……」
 注意を受けたのに火傷する。
「……熱っつぅっ!!」
「……言ってる側からコレだ。ボーっとして人の話を聞かないからそうなる」
「あ……うん……ごめん……ビックリした」
「どれ、指を火傷しなかったか?」
「……ん……多分大丈夫……すぐに手を放したから……ごめん、カップを落としちゃった」
「気にするな、割れたらまた直してやるよ……」
 カップの異変に気づく。
「……と……?」
「……ん? なに……?」
「……この……カップ……見てみろ……」
「……え? あ……取っ手が折れちゃった……?」
「いや、よく見ろ……ほら、取っ手が……カップの内側にある……」
「……あ……」
「それに……カップの外側に描かれていた模様も……カップの内側に……?」
「……なに? これ……どういうこと?」
「カップが……『裏返』った……?」
「……ベルチェ……カップに何をしたの……?」
「いいや? 私は何もしていないぞ? オマエだろう」
「……俺……?」
「そうとしか考えられん……これが……オマエの特殊能力ムーンタイズ……なのか……?」
「……ムーンタイズ……? って?」
「吸血鬼は、月の干渉力を利用して特殊な力を発揮する……つまりは、魔法だ。昨日、私が割れたカップを元に戻しただろう?」
「……その力が……俺にも!?」
「おそらくは、私と同じ系統の能力だろうな……」
 同じ系統のムーンタイズというベルチェ。
「カップを手にした時にカップの情報を読み取り、カップの熱さに驚いて、思わず情報を裏返しに書き出したのだろう」
「……それで……カップが裏返しに……?」
「……くくっ……コレはスゴイ! こんなムーンタイズは初めて見たぞ!? ははっ!」
 笑うベルチェ。
「笑うなよ」
「どれ、このカップ、もう一度裏返してみろよ」
「……と言っても……どうやるの?」
「カップの形を頭の中でイメージして、手のひらに気を集めるようにして、頭の中で、カップが裏返っていく姿をゆっくりと、正確に思い浮かべてみろ」
 細かく指示を出すベルチェ。
「……む? んん〜……う〜ん……」
「細かい素粒子の粒一つ一つを見るように、ようく左目を凝らせ……」
「……むむむむむむむむ……」
「ゆっくりと……まるでビデオのスロー再生のように……砂で出来たカップが一粒ずつ崩れていくって……元の形になるように……」
「……んぐぐぐぐぐ……む……無理……」
「簡単に諦めるなよ。同じカップを持ってきてやろうか? 元の形を見れば、戻しやすかろう」
「……いや、いいよ……なんか頭が痛くなってきた……」
「……フン……イキナリは無理か……徐々に慣らしていく必要があるな」
(その点では、あの小娘の方が先を進んでいるな……)
「……物が裏返せる魔法なんて……意味あるのかな……?」
「一見意味のない物に、新しい意味を見つける……それがムーンタイズだよ」
「……よくわかんないよ……」
「まぁ、今はそれでいいさ……」
「……ん? あれ……? なんか、焦げ臭くない……?」
「しまった! 玉子が!!」
 慌ててキッチンに駆けるベルチェ。
「ちょ……大丈夫っ!?」
「も! 問題ない!! 吸血鬼は! この程度では動じないっ!!」
 その声は動揺いていた。
「……動じてるじゃん……。……それにしても……」
 ……ムーンタイズ……か……。
 直訳すれば……月との結びつき……月の絆……ってところかな?
 ……左目の異常の次は……特殊能力と来たもんだ……。
 なんか……もう……どんどん人間離れしていく感じ……。
 もう……戻れない……のかな……?
「……すまない潤……玉子を消し炭にしていまった……」
「吸血鬼にも、失敗はあるんだね」
「最初から吸血鬼の力を使わせてくれれば、こんなミスはなかったのだ! 炭になったところを直せばいいのだろう!? 炭を消せば!!」
「わっ……コラ! 魔法を使う気だな!? よせっ!! それでいいから! 食べるから!!」
 消し炭になった玉子を食べると言う潤。
「……む……しかし……主人の食卓にこんな物を並べては……私のプライドが……」
「いいよ、メイドのミスは、主人のミスだ。それを受け入れよう」
「……む……」
「ね?」
「……では私に罰を与えろ……同じミスを二度としないように……」
 罰を与えろと言うベルチェ。
「……罰?」
「……なんでもする……」
「……ベルチェ、こっちへ……」
「……うむ……」
「……おでこを出せ」
「……おでこ……?」
「……ていっ!!」
 デコピンをする潤。
「痛だっ!!」
「はい、おしまい」
「……なんだ、今のは?」
「デコピンだが?」
「いや、だがじゃなくて。コレで終わりなのか?」
「十分でしょ、わざとやった訳じゃあるまいし」
「……いや、しかし……」
「これ以上の罰は必要ないよ、キミはよくやってくれている」
「……なら……良いのだが……」
「じゃあ食べよう」
 ……ベルチェの作った消し炭になった目玉焼きは……すごく苦かった……。……すごく……。
 ……まだ……人間としての味覚は残っているらしい……。
 というか……吸血鬼になったから……味覚まで変わるんだろうか……?

「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫」
「ハンカチは? ちり紙は?」
「キミ、母親か? ちゃんと持っているよ」
「私はオマエの保護者だからな。では、頑張って学んでくるがいい」
「じゃあ、行って来ます」
「うむ、いってこい」
 ……いってこいか……。
 やっぱり……誰かに送り出してもらうのって……嬉しいな……。
 家に帰れば……おかえりって……。
 そう言ってくれる人が居る……。
 たとえ相手が400歳を超える魔女でもね……。


 昨日の公園に立ち寄ってみる。
「……………………」
 ……公園……か……。
 よく覚えていないけど……昨日の夜……ここで……色々なことがあった……。
 ……今朝は操、俺の家に来なかったな……。
 まぁ、あんなことがあれば……外に出るのが怖くなるか……。
 ……操が学校に出てきたら……なんていって説明しよう……。
 なにも言わずに……やぁ、ひどい目にあったね……って……それを済ませてしまうか……。 
 今日の放課後……操の家に行って……今までの経緯を全部説明するか……。
 説明しても……信じないだろうな……。
「……いや……操の場合……逆に信じきってしまいそうなところが怖い……。実は俺の父親は、南米出身のチュパカブラですって言っても……普通に信じそう……」
「じゅぅ〜〜んくぅ〜〜ん! 待ってぇ〜〜!!」
「……ん?」
「……はぁ……はぁ……やっと追いついた、ひどいよ潤くん、ボクを待たずに先に行っちゃうなんてぇ!」
「いや……キミ、今日は来ないかと思ってた……」
「……あ……うん……ねぇ、潤くん……昨日のこと……覚えている……?」
「うん、覚えてるよ……」
「……あれ……なんだったの……?」
「……………………」
 ……今はまだ……下手なことは言わない方がいいのかな……? もし……余計なことを言って……操まで巻き込むことになったら……。
 それは……避けた方がいい……。
「……潤くん……?」
「なんだったのって言われても……犬は犬だろ……」
「……犬って……だって……立って歩いてたよ……?」
「まぁ、そんな犬も居るだろ……」
「居ないよぅ……それに、あんなに大きな犬……ボク、見たことないよ……?」
「居たんだから、仕方がないじゃないか」
「……じゃあ……その後に見た……大きな血まみれの化け物は……?」
「……知らないな……夢でも見たんじゃないか?」
「……夢……?」
「だってキミ、犬に襲われて気を失ってただろう? その時、怖い夢でも見たんだろう」
「……う〜〜……」
「変な本ばっかり読んで、チュパカブラだの宇宙人だの言っているから、そんな怖い夢を見るんだよ」
「……う……お母様にも……同じこと言われた……」
「だろう? 野犬に襲われてパニックになって、変な夢を見たんだよ。怪我はなかったの?」
「うん……お洋服破られちゃったけど……怪我はしてないよ……。お父様、帰ってきた僕の格好見て、すわ暴漢かっ! て叫んで、猟銃持って家から飛び出していきそうになった」
「そりゃ……たいへんだったね……」
「当分の間、夜は外出禁止だって……塾もやめて、家庭教師にするって……」
「うん、その方がいい」
「ねぇ潤くん……ボクになにか隠してなぁい……?」
「いや……別に……?」
 さりげなく誤魔化す潤。
「それに……その目……どうしたの……?」
「……え?」
 潤は目の事を綺麗サッパリ忘れていた。
「左目……真っ赤だよ……?」
「あぁ……えぇと……まぁ、なんだ……そのうち上手い言い訳考えておくから、今聞かないで」
「やっぱり何か隠してるじゃないか!! ボクと潤くんの友情なんて! そんなもんだったのっ!?」
「俺に友情を感じているなら、俺を困らせるなよ。いつかちゃんと話すから、な?」
「……う〜〜〜!! 絶対!?」
「うん、絶対話すよ……ほら、学校に遅刻するぞ?」
「いっつもそうやってボクを子ども扱いするんだ……」
「なにやってんの? 置いてくよ?」
「わぁっ! 待って待って!! 」
 潤の後を追う操。


「……あの方がそうなのですか?」
「はい、アレがオギシマジュンです」
「……あの方が、私の旦那様になる人……」
「そういうことになります……お嫌ですか?」
「いいえ? そんなことないわ……もうずっと前から……言われてたことだし……」
「お嫌なら辞退しても構わないと、お爺様はおっしゃられていますが?」
「一族の……為なのよね?」
「そういう発想はおやめください……」
「……そうね……」
「心配は無用です……。もし、あの者が王の器にあらずと判断された時は……私が始末いたします」
「……なんかヤだなぁ……そういうの……」


 私立八坂学園
「おはよう、修」
「あぁ、おはよう」
「……む〜〜……」
 操は膨れている。
「んん? どうした操? 浮かない顔をしているね」
「なんでもないっ!」
「……ふむ……?」
「……なんだよぅ……人の顔をジッと見てぇ……」
「下痢かね?」
「……違うよ! つーか、せめて『お腹痛いの?』ぐらいにしておこうよっ!!」
「……フム……鼻の頭が乾いているようだが……病気か?」
「犬かっ!! 犬扱いかっ!! 犬なんて大嫌いだっ!! 犬なんてこの世から居なくなってしまえ!!」
「あ、操……?」
「なんなんだね? 一体……」
「まぁ、ちょっとね……」
「……それで? なにをしたんだい? 潤」
「操の機嫌が悪い原因は、全部俺なのか?」
「違うの?」
「違わないけどさ……」
「大方、アレだろう? キミの左目が赤いのが原因だろう? 操がキミのことを心配して聞いているのに、『ウザイ、黙れ』ぐらいのこと、言ったのだろう」
「……大分近いね……」
「では僕も同じ質問だ、その目はどうした?」
「さぁ? 今朝起きたらこうなってた」
「……フン……?」
「嘘は言っていないよ。俺にも詳しい原因はわからない……。どうも……父方の血の影響が、今頃になって出始めたらしい……それだけだよ」
「それで納得しろって?」
「他に説明の仕様がない」
「……見えているのか? その……左目は……」
「余計な物まで見えるぐらい見えているよ」
「まぁ、いいさ……身体には気をつけたまえ、大事に使えば一生使えるんだからね。操には、後で僕から適当に説明しておくよ」
「助かるよ……」
「函南くん、ちょっと良いかしら?」
「ん? なんだい?」
「……昨日のことで……ちょっと……」
「……昨日? あぁ、久住秀介の家に行ったのか……どうだった?」
「…………いえ、……あの……」
「どうした?」
「話し難しいようなら、席を外そうか?」
「かまわないよ。水野くん、話したまえ」
「……結論から言えば、彼は不在でした……」
「出歩いていた……ということかね?」
「……えぇ……恐らく……ですけど……」
「恐らく……? とは?」
「いつもなら、母親が対応してくれるのですけど……昨日は母親も不在だったようで……玄関の呼び鈴を押しても反応がありませんでした」
「買い物にでも出かけていたのだろう……」
「……なら……良いのですが……おかしな噂も耳にしまして……」
「おかしいとは?」
「……近所の住人の話では、数日前から母親の姿を見ていない……と言うのです……」
「近所の住人だって、四六時中監視しているわけではあるまい」
「回覧板が……久住家で止まるそうなんです……それに玄関脇のポストには、もう何日も抜かれていない新聞が何部も詰まっていて……」
「……どう思う? 潤……」
「普通に考えれば、旅行かな……でも、旅行に行くなら、新聞は止めてから出かけるよね……ポストに突き刺さったままの新聞が何部もあったら、この家は留守ですよと泥棒に宣伝しているようなものだよ」
「……では、普通ではないケースは……?」
「あまり考えたくないけど……犯罪に巻き込まれたケース……例えば、夜中に強盗が押し入って、拘束されたか……それ以外の事情で、新聞をポストから取ることが出来ないとか……」
 考えられることを言う潤。
「家の中に、人が居る気配はまるでなかったの?」
「……そこまでは……でも、久住君の部屋には証明が灯っていたわ……」
「久住秀介は部屋に居た……と?」
「……わかりません……とにかく、今日もう一度、彼の家に行ってみます」
「一緒に行こうか?」
「……え?」
「いや、一人じゃ不安かなって……」
「……結構よ。今日尋ねてみて、状況に変化がなかった場合は、警察に相談してみるわ」
「うん、それが確実だね。あまり考えたくはないが、なんらかの事件であった場合を考えると下手な行動はしない方が良い」
「では、その手順で……」
「頼むよ、面倒をかけるね」
「慎重だね」
「……ん……まぁね。キミだって、思いついたから水野くんに同行を持ちかけたのだろう?」
「……思いついたって……なにを……?」
「惚けるなよ、他にも、色々なケースを思いついたのだろう?」
「……母親が不在になった原因が……外部ではなく……内部にある可能性……とか?」
「そう……久住秀介自信が……母親を拘束している可能性だね」
「考えたくないね」
「僕だってそうだ……しかし、ありえない可能性、ばかげた発想を含めて意見を出し合うのが、ブレインストーミングだよ」
「わかるけどさ……」
「嫌な感じだな……」
「うん……」
「そうだ、実は今日、ミス・ペンブルトンが体調不良で欠席するという話しだが、キミ、何か聞いていないかい?」
「欠席……リカさんが……?」
「昨日転入してきたばかりで、いきなりの欠席だろう? なにかこう……おかしな符号のような物を感じてね……」
「いや……何も聞いていないよ……」
「そうか……なら良いのだが……」
 ……昨日の夜……。
 そう、昨日の夜……俺は確かにリカさんと会った……。
 公園で……操が大きな犬の化け物に襲われていて……。
 そこに……リカさんが来て……。
 操を襲ったのは俺だって……勘違いして……。説明しようとしても……全然話しなんか聞いてくれなくて……。
 リカさんは……ベルチェに銃を向けて……。
 ……それから……。それから……えっと……。
 どうなったんだっけ……?
 そこから先の記憶が……スッポリと抜け落ちてる……。
 なんだろう……思い出せそうなのに……思い出せない……気持ちが悪い……。
 ……撃たれたのか……?
 そうだ……撃たれたような気がする……。
 すごく……痛くて……。
 それから……えっと……どうなった……?
 ……思い出せない……。
 不意に頭痛が襲う。
 ……頭が……いたい……。

「はい、みんな席に着け〜! ホームルーム始めるぞーー」
 ホームルームを始める担任。
「はい、いいですかー? 昨日に続いて、今日も皆さんにビッグニュースがありまーす」
「センセーイ、まさかまた転入生ですかぁ?」
 教室がざわつく。
「その通り! しかも、今度は二人同時だ! では紹介しよう、転入生のリアン・ディメルモールさんと、ゼノ・ジェイルバーンさんだ」
「ウヘェ〜……またガイジンかよぉ……どうなってんだよ……」
「はい、文句を言わない! 異文化交流は我が校の望む所だ、これからの国際文化社会で、必ず何かの役に立つ!」
 ……また……転入生……? しかも……また外国人……。
 どう考えても……偶然にしては……重なりすぎてないか……?
 まさか……また……ダイラス・リーン……?
 ……昨日の夜の件で、リカさんが仲間を呼んだのか?
「二人はイングランド南東部ケント州にあるカンタベリーからの留学生だ、カンタベリーと言えば、大聖堂があることで有名だね。えーと、自己紹介は出来ますか?」
「……………………」
「あの……ディメルモールさん……?」
「……あぁ、居ました……」
「……え……?」
「こんにちは、荻島潤さま」
「……はい?」
「ちょ……ちょっと! ディメルモールさん……?」
「私、こうして潤様と御目文字出来る日を、ずっと楽しみにしていたのですよ?」
「……えっと……キミは……?」
「イヤですわ、お惚けになられて、リアンです」
「……リアン……?」
「荻島、知り合いなのか?」
 担任が潤に聞く。
「いえ、知りませんけど……」
「……あら……。ゼノ、どうなっていますか?」
「エルシェラント様から、なにかお聞きになってはおられないのですか?」
「……エルシェラント様……?」
 エルシェラント様って……ベルチェか……?
「そんな話……なにも聞いていないけど……?」
「……むぅ……おば様ったら、お忘れになられたのかしら? まぁ、おば様も、もうお歳だし……脳が半分、乳化していらっしゃるのやも?」
 この子……目が赤い……。
 ベルチェの知り合いってことは……吸血鬼……?
 昨日の夜会った女の子の目も赤かったような……。
「……リアン様……今は人の目がありますれば……まずは自己紹介を……」
「あぁ、そうですね……はい、自己紹介」
 自己紹介のため教壇に戻る。
「はじめまして! リアン・ルーチェ・リメルモールです! 我がディメルモール家は、由緒正しき英国貴族です! 皆で私を崇めるとよろしいです!」
「……リアン様……ご身分は隠すと言うお約束では……? それに、その挨拶もどうかと……」
「……え? ダメ?」
「……………………。……いえ、素晴らしいご挨拶かと存じ上げます……」
「なんです? 今の一瞬の間は」
「逆らうだけ無駄だと判断するのに要した時間です、申し訳ありません……」
「まぁ……いいでしょう。ではゼノ、次は貴女が自己紹介なさい」
「……私はリアン様専属使用人にしてディメルモール家の卑しき番犬……ゼノ・ジェイルバーンに御座います……以後お見知り置き願えれば幸いです……」
「そういうことです! さぁ、私の席はどこですか?」
「あ……はい?」
「ですから、私の席です。あそこですね? 潤様の隣」
「いえ、荻島の隣は……リカ・ペンブルトンさんの席で……」
「空いているではありませんか」
「今日は欠席しているだけです」
「そう。でも私、あの席がいいです。譲ってくださらない?」
「いえ、ですから……」
「先生? 私の目を見てくださいまし……」
「……はい?」
「ねぇ……先生? 私、どうしてもあの席に座りたいのです……ダメですか?」
「……あ……」
「……もう一度お伺いしますよ……? 私の席は何所です……?」
「あ……あ……あぁ……あっ……あっ……」
「……何所……?」
「荻島の……隣り……です……リアン様……」
「……うんうん、そうでしょう? 最初からそうおっしゃってくださればよいのに、意地悪をなさって、可愛らしい人」
「失礼を……いたしました……リアン様……」
「ですって! そういうことですので、お隣同士、仲良くしてくださいね? 潤様♪」 
「……な…………」
 なんなんだよ……この子……。
「はぁ〜い♪ この列の方ぁ! 前から一人ずつ下がってくださいな? 私の隣にはゼノを座らせます! ほら、ちゃっちゃと動くーー!」
 ……いま……この子……先生に何をしたんだ……?
 急に先生が態度を変えるなんて……おかしい……。
 それに……なんだか……全身の毛穴が開くみたいに……ゾッとした……あの感触……。
 この子……やっぱり吸血鬼……なんだ……。


 あとがき

 やっと、潤の覚醒部分を書く事が出来ました。
 リアンとゼノも登場!!
 代行者との戦闘でさっちん痛めつけられて燃やされ裸にしちゃいました。
 怒ったさっちんに潤は許してもらえるのかな?
 さっちんのムーンタイズの一つは脳内君主にしようかな?
 赤い月の力が少しだけ使える設定も使いたい。
 次は、久住秀介との戦闘終了まで書く予定です。



潤が覚醒したみたいだな。
美姫 「その時の記憶はかなりないみたいだけれどね」
さつきやネロとも顔を合わせたし。
美姫 「これからどうなるのかしらね」
だな。それでは、この辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る