第七話「覚醒Z」
「……リアン……」
「なんです?」
「キミ、ケンカ強い?」
ケンカが強いかリアンに聞く潤。
「……え……? いえ……殴り合いの類は苦手ですが……。それはゼノの仕事です」
「ゼノさんは、強いの?」
「弱ければ側に置きません。ゼノ、貴女の牙を見せて差し上げて」
「……はい……」
「……え? ちょっと……なにを……?」
「いいから見ていてください。リカントロープの本来の姿です……」
「……よろしいでしょうか……?」
「始めなさい」
「……なにを始めるんだ?」
「黙って見ていてください」
「う……グ……ぁ……が……は……ぁ……」
「……う……わ……ちょ……な、なん……?」
「……獣人……狼人間というと……どうしても、人間と狼の中間的なものを想像してしますよね……?」
「……うん……」
「ゼノはそんな中途半端な者ではありません……完全に獣化します……」
「完全に……?」
「人なら人、獣なら獣に特化した方が、確実に高性能です」
「理屈は分かるけど……」
「……変身、完了ですね……」
「……うわぁ……こりゃまた……なんて言ったらいいか……」
「リカントローブ……獣化形態、完全に静止した状態から1/32マイルを2.26秒で移動する脚力、垂直跳躍距離、約29.5フィート……強力な顎は熊の頭蓋骨をも噛み砕きます……これが……ゼノの本当の姿です……」
「……フェンリルに……勝てるの?」
「愚問ですね。仔犬の首を食い千切るような物です」
「なんとか……なるのかな?」
「殺さずに生け捕りにして、脳味噌を引きずり出して飼い主の所在を読み出せばよいのです、それは私が致しましょう」
「犬の脳味噌なんて……読めるの?」
「犬が見たものを、そのまま私が見ればよいのです、問題ありません。では行きましょう!」
「あ!」 ちょっと!!
……そんな単純なことでいいのか……?
でも……相手が化け物ってなると……俺なんかがいくら考えても無駄なのかも……。
「……っ!!! ……なんの音……?」
「……シッ! 静かに! もうスグそこに居ます……」
「……暗くて……よく見えない……」
「もぅ……何の為の左目です……? 暗くて見えぬなどと……それが闇の眷属の言葉なのですか?」
「貴方、見えないんだ!?」
「……すみませんね……初心なモノで……」
何か不気味な音がする。
「……うっ!!」
ひどい臭いだ……。
これは……血の臭いか……?
それに……なんだか糞尿の臭いも……。
生臭くて……温い……嫌な臭い……。
「……………………」
「……ちっ……気付かれました!! 逃がさないで! ゼノッ!!」
ゼノがフェンリルを追いかける。
「私達も追いましょう!!」
「待って! 襲われた人を助けなきゃ!」
「どうせ長くは持ちませんよ!!」
「そういう訳には行かないよ」
「……う……」
「大丈夫ですか!?」
「……ぁ……誰……?」
「通りすがりの者です、いま救急車を……」
「……その……声……荻島……くん……?」
「……え?」
「……委員長っ!?」
「……あぁ……やっぱり……荻島くん……ゴメ……わ……たし……メガネ……ごほっ……」
「委員長!! しっかり!!」
「……ぁ……水野可南子……?」
襲われたのは水野可南子だった。
「なんで……? 委員長……なにがあったの……?」
「……は……ぁ……わ……わたし……ゲフッ……!! あ……あぁ……はぁ……はぁ……ひぁ……」
「潤様……あまり喋らせては……肺に穴が開いているようです……」
……肺どころじゃない……。
彼女の身体は……いたる所を化け物に傷つけられていてとてもじゃないけど正視出来たものじゃない……。
さっきのシスターと同じくらいひどい。
「……と……とにかく救急車を!!」
「無理です……この出血では……運んでいる最中に死にます……」
「まだ意識はあるんだ! 輸血しながら運べば……!!」
「普通の怪我なら……まぁ、あるいはそれで助かる屋もしれません……でも……水野可南子はロゥムに噛まれたのですよ……?」
「……どういう意味……?」
「手遅れです……このままでは10分と持たないでしょう……このまま死亡すれば、2時間後にはVウイルスの脳への着床が始まります……。……2日後には、糖の代わりにウイルスが分泌する特殊なセロトニンで脳が活動するようになって……ロゥムの誕生と言うわけですね……」
「止められないのっ!?」
「このまま、今すぐ死なせてあげれば……ロゥム化はしません……」
「殺すのなら、私が爪で心臓を貫いてあげるよ」
殺してあげようかというさつき。
「でも……それじゃ……!! ほかに方法は!?」
「他には……えっと……ないこともない……ですけど……」
「どうするの!?」
「ロゥム化する前に……完全に吸血鬼化させればよいのです……」
「吸血鬼化……させる……?」
「真祖に近い吸血鬼の血を与えることで、吸血鬼化させるのです。そうすれば水野可南子は助かります……」
「でも……それじゃ……委員長が吸血鬼に……」
「今この場で死ぬか、それとも二度と死ねない身体になるか……二つに一つです……」
「……ぐ……ごほっ……」
「……委員長……」
委員用の身体……どんどん冷たくなっていってる……。
こままじゃ……本当に死んじゃう……。
「……わかった……俺が責任を持つから……彼女を助けてあげて……」
「そんなに……水野可南子が大事なのですか……?」
「……誰にも死んで欲しくない……」
「……………………」
「どうすればいい? どうすればこの子を助けることが出来る……?」
「ですから、血です。真祖に近い吸血鬼の血を飲ませるのです」
「真祖に近いって……ベルチェは!?」
「……おば様は……えぇ、確かにおば様はイド様の直系ですし……でも……セカンドですから……」
「……セカンド?」
「おば様は、元は人間です……生まれたときから吸血鬼であるファーストの血でなければダメです……セカンドが今の状態で血を吸っても……結局はロゥム化してしまいます……」
「其の娘は?」
「その女ですか? その女はサードです。セカンドに血を吸われて吸血鬼になった元人間です……それでも真祖の王族『ブリュンスタッド』の系譜だという事実は変わりません。更にいうと『赤い月のブリュンスタッド』の流れを組んでいます。下手をするそそこらのファーストより強いウイルスを持っているかもしれません」
「この子も、吸血鬼にすることが出来ると……?」
「それは分かりません」
「俺は……? だったら、俺の血なら……」
「……申し上げにくいのですが……潤様は……その……吸血鬼として未だ不完全でいらっしゃいますし……こんなケースは初めてですから……どんな結果になるか……」
「……キミは?」
「……え?」
「リアン……キミの血は? キミの血ではダメなの」
「……いえ……まぁ……確かに私の血は……使えるかも知れません……でも……」
「お願い」
「……ぅ……」
「このままじゃ……委員長が死んじゃう……」
「で、ですけど……血を分け与えると言うことは……その者を私の眷属として迎え入れることになる訳で……」
「ダメなの……?」
「まぁ……潤様がどうしてもと仰るのであれば……やぶさかではないのでありますが……」
「早くしないと、私の血を飲ませるよ?」
血を飲ませるというさつき。
「……時間がないんだよ……お願い」
「で、でも……あまり効果がなくても怒らないでくださいね……?」
「どういうこと……?」
「わ、私も……ディメルモール家の直系眷属なのですが……その……なんというか……あまり優良な血を受け継いではないというか……その……上手く吸血鬼化できるか……自信がないのです……」
吸血鬼化させる自信がないとうリアン。
「失敗する可能性があるってこと……?」
「……はい……」
「……えっと……要は、フェンリルから感染したウイルスより先に、キミのウイルスが脳に到達すればいいんでしょう?」
「……フェンリルのウイルスが脳に到達しないようにすることは出来ます……私がこの者の頭に直接手を突っ込んで、一時的に脳死させてやればよいだけです……
ただ……」
「ただ……?」
「このまま身体が死んでしまったら……全て手遅れになってしまいます……」
「とにかく急げってことでしょ? じゃ、血を出して」
「……へ? あの……でも……」
「いいから血」
血を出すよう急かす潤。
「……で、ですけどぉ……」
「お願い! 手首でも何処でも好きなトコを齧って、血を出して、後でトマトジュースを買ってあげるから」
「わ……わかりました……もぉ……」
「はい、じゃあお口あ〜ンってするのですよ? ほぉら……」
「委員長……口あけて……ほら……口あけろって」
「……ぁ……あ……ぁ……」
「今だ、リアン」
「……はい……」
「ウッ……げぇっ!! げほっ! ゴホッ!!」
「……あ、吐いたらダメです!! 希少なディメルモール家の血をなんだと思っていますか!!」
「委員長! 飲んで!! 死にたくないでしょ!? 飲めっ!! こぼさずに飲むんだ!!」
「……う……ぐ……い……やぁ〜……ゲフッ! ゴフッ!!」
「潤様! 鼻をつまむのです! 全部飲むまで、息をさせてはダメです!!」
水野の鼻をつまむ潤。
「……委員長……頑張って……? 生きていれば……また学校へ行けるよ……? また、皆に会える……お父さんやお母さんだって……ね? ほら……飲んで?」
「……ング……ふがふが……」
「……頑固だな……えっと……こういう場合、ドラマとか小説だと、口移しで飲ませるシーンなんだけど……」
「ダーメーでーす!! そんな甘やかしてどうしますか!! ンなもん! 頭をガーンと小突けばビックリして飲みますよ!! おりゃっ!!」
そう言って頭を小突くリアン。
「……んっぐっ!?」
「ほら見なさい、飲めない振りをして潤様の唇を誘うとは、なんと小賢しいことか! とんだ女狐です!!」
「頭を殴るなよ!! 怪我人だぞ!?」
「良いんです! 今ので水野可南子の脳機能の大半を停止させました」
「どうして?」
「そうすれば、水野可南子は吸血鬼化しないで済むのです……」
「そんなことが出来るの……?」
「まぁ……多少の障害は残るでしょうけど……普通に人間として暮らすのに不自由はしないでしょう……」
「……そっか……よかった……」
「身体の怪我は、後でエルシェラントおば様に治して頂きましょう。おば様なら、完全……ではないですけれど……まぁ、そこそこ不具合なく治してくださるでしょう」
「うん……ありがとう……リアン」
「……え?」
「キミのおかげで助かった、キミが居てくれて、本当によかった」
「あ……う……は、はい……」
「とりあえず、委員長をこのままにしては置けないし、電話でベルチェを呼ぼう。……えっと……一番近い公衆電話は……」
「……あっ!!」
「うわっ!! な、なんだよ! 急に大きな声……」
「え、えっと……べっ! 別にアンタのためにしたんじゃないんだからね!! ちょっ!調子に乗らないでよね!!」
「……なに? 急に……」
「……ぁ……いえ……照れくさい時は、なんか……そう言えって……ゼノが……」
「ゼノさんが?」
「一杯練習したのですよっ!? 今のは急だったので、ちょっとタイミングが……!!」
「……いや、練習しなくて良いから……」
同日。
八坂駅前。
午後7時50分。
「……えっと……公衆電話公衆電話と……あぁ、もぉ……なんで探していると見つからないんだ……?」
潤は公衆電話を探している。
「潤様ぁ、携帯電話ぐらいお持ちになられてはいかがですか?」
「そう言うキミだって、持っていないじゃないか」
「わ、私の携帯は、ゼノが持っているのです!」
「そう言えば、ゼノさんはどうしたんだろ……?」
「逃げたフェンリルを追わせましたから……ねぐらを突き止めたら戻ってくるはずです」
「追いかけられているのがわかっているのに……自分の巣に逃げ帰るかな……?」
「所詮は犬なのですから、ビビッて逃げる場所といえば、犬小屋の中と決まっています」
「……なるほど……」
問題は……その犬小屋をみつけて……どうするか……。
二度と人を傷つけないように、退治する……?
……退治……か……。
退治って言えば聞こえは良いけど……要は……殺すってことだよね……。
「…………っ!!? ……今の音は……?」
「……どうしました……?」
「……なにか今……銃声みたいな音が……」
「私には何も聞こえませんでしたけれど……」
「急がなくていいの?」
さつきにも銃声が聞こえているようだ。
「……あっ!!」
「リアン……? どうした……?」
「……痛い……痛い……痛い……痛い痛い痛いっ!!」
「な、なに? どうした!?」
「……う……ぐっ……ゼノが……ゼノが……何者かに攻撃を受けています……!!」
「ゼノさんが……? フェンリルと戦闘になったってこと……?」
「……わかりません……でも……そう遠くはありません……おそらく……1・2キロ圏内です……助けに行かないと!!」
「助けに行くのなら連れて行ってあげるよ? 貴方達が走るより早くつくよ?」
「……え?」
二人を抱えると一気に最高速へギアといれ翔ったさつき。
景色が飛んでゆく。
同日。
私立八坂学園。
午後8時。
「ここでいいの?」
「……ここです……」
「学校……? どうして学校になんか……」
「ゼノには、緊急時にどうしようもなく戦闘に突入する時は……出来るだけ人が居ない場所を選べと命じてあります……おそらく……この近辺で一番人の気配が少なかったのが学校なのでしょう……」
「……なるほど……。でも……本当になんの気配もないね……」
「理由はわかりませんが……ゼノは逃げ回っているようです……」
「逃げてる……?」
「よほど厄介な相手なのか……逃げなければならないほどの大怪我をしたか……」
「とにかく……ゼノさんを探そう」
「はい!!」
「……暗いな……」
「明かりはつけない方が良いです……敵の正体が不明です……」
「……あ……」
「……ど、どうしました……?」
「……これは……血だね……」
「……ゼノの血ですね……」
「……すごい量だ……まずいな……ゼノさん、大怪我をしているんだ……」
「……ゼノにこれだけの怪我を負わせるなんて……相手はいったい……」
銃声がする。
「……っ!? 銃声だ!! 上のフロアだ……!」
「潤様っ!!」
「……わかってる」
……夜の学校で……アホみたいに銃を乱射する人物……。
相手が魔物だと言うだけで……見境なく引き金を引きまくる人物……。
俺の知り合いの中じゃ……一人しか居ない……。
「……居ない……」
また銃声がする。
「銃声が移動している……まだ上……屋上に向かってるのか……?」
「潤様っ! こっちです!!」
「…………っ!!」
……まずいぞ……嫌な予感がする……。
屋上へ駆け上がる三人。
「……ゼノッ!!」
「リアン!! 危ない!! 飛び出すなっ!!」
ゼノを銃で撃つリカ。
「……ぐっ!! この……っ!!!」
執拗にゼノを撃つ。
「……くっ……やっぱりこういう展開になってたか……」
「……………………」
またゼノを撃つリカ。
「やめろっ!! 二人ともやめるんだっ!!」
闘いをやめるよう言う潤。
「……ちっ……ちょこまかと……このっ……このっ!! このぉぉぉぉぉっ!!!」
静止も聞かずに銃を連射するリカ。
……まったく……やめろって言ってンのに……人の話なんか聞きやしない……。
……こも大馬鹿共が……。
潤がキレる。
「……やめろって言ってんだろうが大馬鹿共が!! 殺すぞっ!!」
「………………っ!?」
「……ぁ……」
「……うぁ……」
「ふ〜ん」
恐怖を感じる三人を他所に涼しい顔をしてるさつき。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「……あ……あの……潤様……?」
「……はぁ……はぁ……ゼノッ!!」
「……………………」
「うるさい! うるさいな! ちょっとキミそこに座れ!!」
「…………アの……潤様……」
「誰が喋っていいと言った!! 座れっ!!」
言われたとおりに座るゼノ。
「……ゥ……ハイ……」
「いや待て待て待て! まず元の姿にもどれ! 俺に犬を説教をさせる気か!?」
「…………ウゥゥ…………」
「ゼノ……人の姿になりなさい……」
「……ハイ……」
「リカ! キミもだ! こっちに来い!」
「……な、なによ……」
「聞こえなかったのか? 耳を剃り毟り取られる前に来い!!」
命令する潤。
「……………………」
「おい、誰に銃を向けている? 降ろせ」
「イヤよ! 大体貴方……なにを……」
「……………………」
「な……なによ!!」
「話しを聞く気はあるのか? ……無理矢理聞かされるか、二度と聞かなくて済むようになるか……どっちが良い? 選びなさい……」
「な……なにを偉そうに!!」
「学習しない子だな……よく話しも聞かずに先走って、俺に喰われたこと、忘れたのか……?」
「……ぐっ……」
「まずは話しを聞け、その程度の余裕もないのか? ダイラス・リーン。埋葬機関でも話ぐらい聞くぞ!! 銃を降ろせ」
「……………………」
「……潤様……」
「……怪我をしたのか。リアン、彼女の怪我を診てやって」
「……あ……はい……」
「荻島くん……? これは一体どういうことかしら……?」
「……一言じゃ説明できないな……」
「冗談じゃないわ……昼間はあんなこと言っておいて、結局貴方もグルだったのね……?」
「違うよ、キミは勘違いしている」
「まだしらを切るつもり? 私はここへフェンリルを追ってきたのよ? わざと仕留めないように追い立てて、飼い主を探り当てようと追いかけてみれば……
貴方が来た……今回の一連の事件!! 全部陰で糸を引いていたのは荻島潤!! 貴方ね!!」
「……違うって言っても……信じてくれないだろうね……」
「潤様……」
「……ゼノさんの怪我は……?」
「……問題ありません……傷は……すぐに治ります……」
「……そう……良かった」
「……動くな! 吸血鬼っ!!」
「待ってよ。俺達は敵じゃない。俺達も、今回の事件の犯人を捜していたんだ……」
「こーんなワカランチンに説明するだけ無駄です! 無視してとっととフェンリルの飼い主の所へ行きましょう潤様」
「……行くって……でも、ゼノさんは追跡に失敗したんじゃ……」
「それなら問題ありません。私を誰だと思っているのです? 先程、水野可南子の脳味噌から、ちゃんと情報を読み出しておきました」
「……あ……さっき、委員長の頭を殴った時……?」
「その通り。潤様? 久住秀介という名前にお心当たりは?」
「……え……? 久住って……」
回想。
「ん……ちょっと。久住秀介の件をね……」
「久住って……たしか……」
「そう、2年生になってから、一度も学校に出てきていない学生だ。水野くんには、彼の家に訪問して、配布物を届けたり、学校に来るように説得しもらっている」
「久住くんは、病気だったんじゃないのか?」
「まぁ、心の病気かな……? 誰にだって、自分以外の人間が全員馬鹿なんじゃないかって思って、他人を嫌う時期があるものだ。親に殴ってもらえない可愛そうな子供なのさ」
「……ふぅん……流石に経験者は言うことが違うね……」
回想終わり。
「……まさか……久住秀介が……吸血鬼に……?」
「久住本人が吸血鬼かどうかはともかくフェンリルの飼い主が久住なのは間違い無いですね。水野可南子は、今日の夕方、久住の家を訪問して、フェンリルに餌を与えている久住を見てしまったのです……」
「そうか……それであんな目に……」
「なんの話しをしている!」
「……リカさん、ここで俺達がいがみ合ってる場合じゃないんだよ……」
「言うだけ無駄です! ゼノ! もう一度獣化なさい!!」
「待った! 待った待った! 良いから落ち着け!!」
……こんな所で喧嘩してる場合じゃない……それは間違いない……。
まずは……現状確認……。
フェンリルを探して街に出て……食いちぎられた手首を発見した……。
その跡を辿って、フェンリルと遭遇……。
その前に代行者に追われた吸血鬼と遭遇……。
その吸血鬼と代行者が戦闘を開始、最初は吸血鬼が一方的にやられていたけど終盤は形勢が逆転……。
吸血鬼が一方的に代行者を圧倒……。
その闘いの中で吸血鬼がムーンタイズを使用……。
闘いの結果は吸血鬼の勝利。
代行者の生死は不明……。
串刺しにされていた時に動いていなかったから死んだのかもしれない……。
話しを戻して……。
その場には重症の水野可南子……。
フェンリルには逃げられたけど……水野可南子の怪我は……一応の処置は済ませた……。
そこへ銃声とリカ・ペンブルトンの乱入……。
さてどうするか……。
「……次に重要なのは、目的だよね……。犯人の目星はついている……問題は、犯人をどうするか……」
……犯人の目星がついているのであれば……後は……然るべき組織に一任する……。
それは通常、警察ってことになるけど……相手は吸血鬼……まともに取り合ってもらえるかどうかどうかも怪しいし……下手に騒ぎになれば、吸血鬼の存在が公になってしまう……。今までにだって、吸血鬼による被害報告は、警察にいっているはずだ……。
それなのに、未だに吸血鬼の存在が公になっていないということは……つまり……警察内部には吸血鬼専門の部署があって、不可解な事件……常軌を逸しているような事件は……全部そっちに回されていて……内々に処理されているとかんがえるのが普通……。
では……その内々に処理していいる組織とは……。
OPK……オーバーピースクラン……対吸血鬼組織……ダイラス・リーン……ってこと?
「……リカさん……」
「……な……なによ!?」
「リカさんのボスって、どんな人……?」
「……何故貴方に教える必用があるの? 誰だろうと貴方には関係ないわ」
「リカさんに任せれば、全部問題ないのかって、それが聞きたいんだけど……」
「……意味が分からないわ……」
「今回の一連の事件……犯人の目星がついている……。でも目星がついたからと言って、俺達に犯人をどうにかする権利があるとは思えない……リカさんには……
犯人を捕まえて、しかるべき処置をする権利が公に認められているのかって……そういうこと……」
「当たり前でしょう……? そうでなければ、こうも堂々と銃なんて振り回してないわ……」
「……だよね……」
被害者や、それに近い人物が、自分勝手に加害者に危害を加えていいなんてことはない……。
……公的な組織……中立的な立場で善悪を裁ける組織……つまり、今回の場合はダイラス・リーンになるのかな……。
「……だったら、この後のことは、リカさんに任せるよ……」
「……ちょ……潤様! なにを言っているのです……!? ここまで追い詰めておいて! なぜ手柄をくれてやるような真似をしますか!」
「手柄なんて、意味はないよ……俺はただ、今回の事件を、ここで終わらせたいだけ」
「で、ですけどっ……!」
「リアン……ありがとう、キミ達はもう良いよ。公園にもどって、委員長を家につれて帰って、ベルチェに治療してもらって」
「待ちなさいっ!! このまま貴方達を帰す訳にはいかないわ!! 貴方達の言い分を完全に信用するわけには行かないのよ!!」
「いいよ、俺が残って、リカさんに全部説明する」
「……潤様っ!!」
「リアン……」
「……ぅ……」
「委員長を連れ帰って、治療をして。これは命令じゃなくてお願い……」
「……………………」
「……ね、お願い……」
「……大丈夫……なのですか……?」
「大丈夫……俺はヘタレだからね……怖くなったらちゃんと逃げるよ、心配ない、必ず帰るから……それに、代行者を返り討にした子もいるから」
「……わかりました……くれぐれもご無理をなされませぬように……」
「……ぁ……」
「フ、フンだ!! 別にアンタの心配なんか! していないんだからね!!」
「……それ、流行らそうとしているのか? いいから帰れ、委員長を頼むよ」
「何度も念を押さなくても、わかっております!」
「……ゼノさん……」
「……………………」
「怪我は大丈夫?」
「……軽微です……問題ありません……」
「だったら……リアンと委員長をお願い……」
「……承知しました……」
「……それと、リアンにあまり変な知識を植えつけないように……」
「……お嫌いでしたか……?」
「いいから、二人を頼むよ」
「……了解……」
「……説明、してくれるんでしょうね?」
「移動しながら話そう……出来るだけ急いだ方が良さそう……」
「移動……? どこへ?」
「久住秀介の家……って言っても、しまった……俺、住所知らないな……」
「……久住……秀介……あぁ……私たちと同じクラスの?」
「知ってるの……?」
「名前だけよ……転入する前に、クラスの名簿でチラッと名前を見ただけ……。彼が犯人なの?」
「どうだろう……? でも、フェンリルの飼い主であることは、間違いないと思う……」
「……それだって、あの吸血鬼がそう言っているだけでしょう? 信用して良いのかしらね……なにかの罠じゃ……」
「疑いだしたら切がないよ。なんのヒントもなく、街をうろうろパトロールするよりはマシじゃない?」
「まぁ……いいわ。騙されてやるわよ……行きましょう」
「……何処へ?」
「久住秀介の家に決まっているじゃない。住所は本部に照会してもらうわ……」
「……住所がわかるなら最初からそう言えよ……」
「……………………」
「……はぁい、クェス・グランチェスタよぉ……」
『あ……先輩、すみません、今お時間大丈夫ですか?』
「……ふふ……お馬鹿ちゃんねぇ、大丈夫だから、電話に出るんでしょう? どうしたの? リカ……何かまた、聞きたいことでも……?」
『あぁ……えっと……少し調べて欲しいことがありまして……八坂学園2年D組、久住っ秀介の住所が知りたいのですが……』
「あらン……? クラスメイトじゃない……? 明日学校で、本人に直接聞いたらぁ……?」
『……いえ……緊急なので……』
「あのね、リカ?」
『……なんでしょう……』
「ストーカーは犯罪よぉ?」
『……怒りますよ?』
「……フフ……冗談よぅ……やぁねぇ、ムキになっちゃって……久住秀介くんね? いいわ……今から住所を言うから、メモをなさい」
『……はい……』
「いい? 八坂大沼1-17-8……八坂町商店街の裏手ね……近所に大きなスーパーマーケットがあるわ……それを目印になさい……」
『……はい、了解です……ありがとう御座います先輩……』
「……ンフ……」
『……?? なんです?』
「いいえ? なんでもないわ。それより、久住秀介の家に何の用事? なにか、事件でも……?」
『いえ……まだそうと決まった訳じゃないんですけど……一応、重要参考人と言うことで……あと、出来たらで結構なんで、久住秀介のプロフィールなんかも送ってもらえると助かります……』
「……あぁ……なぁんか……大変そうねぇ……応援は要るぅ……?」
『いえ、結構です……確定するまでは、私が一人で動きます……』
「あらそう? でも、あまり無茶をしてはだめよぉ?」
『はい……』
「それと、あまり弾丸を無駄にしないでねぇ? 貴女、人の3倍消費するのだから……貴女に銃の撃ち方を教えた私の立場も考えて頂戴?」
『……あぁ……はい……えっと、お説教は、また今度と言うことで……はい……では、ありがとう御座いました』
「はぁい♪ じゃあ、頑張ってねぇ〜〜……あはは……」
「……はぁん……あは……やぁねぇ……あの子にしては、随分と手際が良くなぁい〜……? まぁ……いっかぁ……ンふ……」
何かを企んでいる感じのクェス。
「でもぉ……もっと急がないとぉ……お祭り……終わっちゃうわよぉ〜……? ンフ……ンフフフフフ……」
「……久住秀介の住所がわかったわ……」
「行くの……?」
「当たり前でしょう? でもその前に、一通り話してもらうわよ……?」
「……なにを……?」
「おふざけはナシで!」
……確かにいい機会だから、全部話しておこう……。
その方がきっと、状況は理解されやすいはず……。
俺が生まれた経緯……。
吸血鬼イド・ブランドルと駆け落ちした人間……。
その人間が母親だということ……。
そして俺が、母親の呪いで、吸血鬼として覚醒しないように封印されていたこと……。
母親が死んで……俺に掛けられた封印がとけかかっていること。そんな俺の元に、ベルチェが来た目的……。
俺を立派な吸血鬼にそだてて、ブランドル家の跡取りにする計画……。
リアン・ディメルモール……そしてゼノ・ジェイルバーン……二人の新たなる存在……。
リアンは俺の婚約者候補であること……。
ゼノはリアンが連れてきた専属のメイドで、フェンリルではなく、リカントロープであること……。
操が襲われた時の状況……。
操を襲ったのは、おそらくロゥム化した犬……フェンリルであること……。
これ以上の被害拡大を防ごうと、俺はリアンやゼノと一緒にフェンリルを探していたこと……。
シスターの格好をした人に追われてた吸血鬼のこと……。
そして、その吸血鬼がシスターを返り討にしたこと……。
公園で、水野可南子が倒れていたこと……。
リアンが倒れている水野可南子の脳から引き出した情報……。
既に話してあったことも多かったけど……全てを話した……。
「……なるほどね……大体の事情は理解したわ……」
「なら……良いんだけど……うん……」
「なによ……なんか貴方、さっきから落ち着かないわね……怖いの?」
「そうじゃなくてさ……やっぱりその格好、目立つよね……」
「……まぁ……そういうこと。気にしなければいいのよ」
「……気にするなって言われてもね……」
学校から、ここに来るまでの間に、OLやサラリーマンや学生と何度もすれ違ったけど……その大半の人間がリカさんを物珍しげに見る……。
中には露骨にジロジロと見まわして口笛を吹く連中までいるほどだ……。
やっぱり……街中で法衣ってのは……かなり目立つんだな……。
「……っていうか、その服、絶対普通の法衣じゃないし……」
「強化アラミドクロスのハードナイロンシェルなんだし、ポリエステル素材だと思えば、それほど違和感もないでしょ」
「……あぁ……そうか……」
「……なによ……」
なんか変に違和感があると思った原因は、なんか服の表面がツルツルしてて、安っぽいコスプレ衣装に見えるからだ……。
「でも流石に……これだけ人目につくと、気軽に銃も抜けないね……」
「吸血鬼だって、人目につくところでは人の血を吸ったりしないわ……でもまぁ……一応用心に越したことはないわね……」
「……まだ? さっきから何をしているの?」
「いいから、人が来ないように見張っていなさい……」
「いい加減に教えてよ、さっきから何度も何度も、そのカバン、中身はなんなの?」
「女のカバンの中身を知りたがるなんて、悪趣味よ?」
「俺には全部喋らせておいて、自分のことは秘密なんだね……」
「カバンの中身は武器と弾薬、それと呪文の描かれたカードとかのアイテム類……あとは私物が少々……」
「私がさっきから仕掛けて歩いていたのは、コレよ」
そう言ってカードを見せる。
「なに? これ? タロット……?」
「ダイラス・リーン第一斑ご謹製、アンチパーソンカード……」
「なにそれ……?」
「まぁ、簡単に言っちゃえば、人払いカードね……結界って言えばわかりやすい?」
「このカード1枚で、半径400メートルにわたって、人が近づかなくなる結界を張るのよ」
「……でも、まだ結構人が居るみたいだけど……?」
「人払いって言ってもね、別に人が嫌がる電波を出したりする訳じゃないのよ……今現在この場に居る人間にはあまり効果がないわ、新たに近付こうとする人間を抑制するの」
「……どうやって?」
「ん……いや、私も原理は良く知らないんだけど……このカードを設置すると、設置された場所を人間が忘れるらしいわ」
「忘れる……?」
「つまり、このカードを学校に設置したら、学校のことを忘れてしまうのよ……」
「……はぁ……」
「あれ? 違ったかな? 意識していた物を、無意識にさせる……だったかな? とにかく、その場所へ行こうと思わないようにする、そういうカードなのよ」
「どんな原理なの? 機械的なもの? それとも理念的なもの?」
「さぁ? ウチの組織の第一斑……つまり、超能力者が作ったものだから……なんだろ? やっぱり気の力とか、理力とか、そんなんじゃない?」
「……ダイラス・リーンって、超能力者までいるんだ……」
「第一斑は、まぁ、150人ぐらいかな……その殆どが何かしらの超能力者ね……吸血鬼とペアを組んで仕事をしたりするのも一斑よ」
「リカさんは何班なの?」
「……私? 私は三班よ」
「三班は、どんな班なの?」
「特殊兵装を駆使して、吸血鬼を倒す実働班よ。他にも情報収集や作戦立案専門の二班、表のお仕事で組織を支える四班とかね……」
「表のお仕事……?」
「大手警備保障会社のUSCJって、知っているでしょ?」
「あぁ、警報発令から10分以内に現場に到着するって言う……あの会社……?」
「あれって、ダイラス・リーンの表の顔なのよ。実働しているスタッフの大半が第四班の人間で、有特殊能力者や成績優秀者は、上の班に引き抜かれるわ」
「……ふぅん……なんか、俺達の知らないところで結構手広くやってるんだ……」
「私だって、苦労してやっと三班に上がったんだもの……街に蔓延る悪の根は、一つ残らず毟り取ってやるわ……。特に三咲町でビルをぶっ壊した犯人は……」
さつきは、ドキッとする。
自分が犯人ですとは、言えないのだ。
言えば、ここで撃たれかねない。
「まだ、ビルが原因は分からないの? 倒壊したビルにも入っていたんでしょ?」
「私に聞かれても分からないわ。わかっているのは新築だったてことよ。入居して一ヶ月も経っていなかったはずよ」
「新築のビルが倒壊するのかな?」
「普通は倒壊しないでしょう。手抜き工事でもなければ……」
「手抜き工事以外に考えられることは……」
「吸血鬼以外に居ないでしょう。それも力の強い吸血鬼でしょう!!」
そう言えば、この子、三咲町の方から来ていたような……。
まさか、この子が犯人じゃないよね……。
石のタイルを軽く粉々にしていたし……。
「ビルを壊したのは、キミ?」
潤がさつきに聞く。
「お前かぁ!? ビルを壊したのは、お前か!? あのビルの中に何人いたと思っている?」
私が犯人ですって言えないよね……。
本当のことを言ったらこの人、私を撃ってくるだろうし……。
嘘はつきたくないけど……騙されてくれないかな?
「私じゃないです。私を吸血鬼にした人じゃないですか?」
「じゃあ、誰が壊したと言うの!?」
「ロアさんです。私を吸血鬼にしたのは……『アカシャの蛇』って知っています?」
「『アカシャの蛇』ってアルクェイドの眷属じゃない!! まぁ、いいわ。今から貴女を退治してあげるわ」
「貴女じゃ私を倒すことは出来ないよ?」
「そんなの関係ないわ。今は、目の前に居る吸血鬼を倒すだけよ」
「リカさん。やめたほうが良いよ」
「荻島くん、邪魔しないで!! 吸血鬼を一匹倒せるチャンスなのよ」
「其の娘、さっき、シスターの格好をした人を倒しているんだ」
「シスターの格好をした? 荻島くん、その人、黒鍵を使っていなかった?」
「よくわからないけど、剣みたいなのを何本も投げていた」
「やっぱり……」
「やっぱりって……」
「荻島くん。その人は、聖堂教会の人間よ!!」
「聖堂教会!?」
「そうよ。黒鍵を吸血鬼退治に使うのは聖堂教会だけなのよ」
「でも、なんで、聖堂教会に目をつけられたんだろう?」
「どうせ派手に血を吸って目を付けられたのでしょう」
「キミ、血をすったの?」
「私、血は一滴も飲んでいません!!」
「血を吸っていないのなら何故、しつこく追われるのよ」
「わかりません」
「若しかしてキミ、シスターや神父の格好をした人を何人も倒していない?」
「倒したけど、何?」
「キミがしつこく狙われる原因は、刺客を殺したからじゃないの?」
「貴女、名前は?」
「弓塚さつきです」
さつきは、名前を言う。
「さつき、さつき……貴女!! ダイラス・リーンのブラックリストに名前が載っているわよ? 聖堂教会だけじゃなくダイラスのリストに名前が載るなんて一体なにをしたのよ」
「シツコイから眠らせようとしたんですけど……」
「殺したと言うのね」
「成ったばっかりで力を加減できなくて……」
「成ったばっかりって……貴女、何時血を吸われたの?」
「4〜5日前です」
ありえないわ!! セカンドに血を吸われたのならロゥム化する筈なのに、この吸血鬼はロゥム化せずに吸血鬼に成っている。
それに、ウイルスのマイグレーションはSSクラス……。
サードが、なんでファーストと同等のウイルスを持っているの?
コレじゃ、まるで真祖じゃない!!
真祖!?
確か『アカシャの蛇』の親ってアルクェイドだったような……。
「貴女、アルクェイド・ブリュンスタッドの眷属ね!!」
「何で、わかったのですか?」
「簡単よ。こんなイカレたウイルスを持っているのはブリュンスタッドくらいだからよ」
「そう言えば、ゼルレッチさんやアルトルージュさんも私のことを驚いていた」
「ちょっ!! なんで、ここで大物の名前が出てくるのよ!!」
大物の名前に驚くリカ。
「ねぇ、リカさん」
「何を驚いているの?」
「荻島くん!! 知らないの? 下手をすれば、世界が滅ぶ名前よ!!」
「今私、その人たちの庇護下にあるんです」
「これじゃ、手が出せないじゃない」
さつきに手を出すとアルトルージュ一派と戦争になるのだ。
戦争の引き金を引く勇気はないリカ。
「……人払いまでして……まさかまたドンパチ始める気なの?」
「用心よ、用心。私だって、出来れば撃ちたくないわ……」
「……だよね……」
「さっき、貴方のトコの狼メイドとやりあって、50発近く撃っちゃったのよ。あんまり弾を使うなって、上から釘刺されてるのよね……」
「弾の心配なのかよ!」
「とにかく、久住秀介の家に行ってみましょうか……」
「うん……」
「貴女も手伝ってくれるよね?」
商店街の裏手にある空き地をはさんだ所に、その家はあった……。
木造建築2階建て、築20年といった所だろうか……門柱の表札には『久住』とだけ書いてある。
俺とリカさんとさつきさんは、雑草だらけの空き地から、その家を観察した……。
「表札は……苗字だけだね……。これじゃ家族構成とか、わからないな……」
「その辺の資料は本部から届いているわ……父親は久住康介……母親は久住直子……秀介は一人息子ね。でも6年前に両親は離婚しているわね……今はこの家で母親と二人暮らしよ」
「犬は飼ってるの?」
「……そこまでは……わからないわよ……」
「庭に犬小屋とか、ないかな?」
「あ……こら……あんまり近付くんじゃないわよ! 見つかったらどうするのよ」
「見つかったら、なにかマズイの?」
「此処で暫く様子を見て、動きがあるようなら、私たちも動く」
「動きって?」
「空を見て御覧なさい……」
「……??……」
「……満月よ……。もし久住秀介が吸血鬼なら、なにか行動を起こすはず……」
「……満月……か……」
「……ちょっと……まさかアンタまで、おかしなことになったりしないでしょうねっ!?」
「……おかしなことって?」
「……な、なんか……こう……突然ムラムラして、私に襲い掛かってきたり……」
「いや……今のところは……別にこれと言って……。でも……」
「で、でも……なによっ!?」
「なんだか……懐かしいような気がする……」
「……懐かしい……?」
「……よくわからない……左目から入った月の光が……脳味噌の奥をジリジリ焦がしてるような……」
「それとは別に……なんだか胸の奥が締め付けられるような……。忘れているなにかを思い出しそうなのに……何を忘れているのか思い出せない……変な焦りみたいな物を感じる……」
「……ちょっとちょっとちょっと……やめてよね……」
「……うん……たぶん平気……落ち着いてはいるから……急に暴れ出すようなことはないよ」
「あ、あたりまえよ! 言っておくけど、もし貴方が少しでもおかしな真似をしたら、月まで頭を吹き飛ばすわよ……?」
「……どうせまた弾き返しちゃうんじゃないかな……」
「……………………」
「……だっ!!」
「じゃあ殴る」
「殴ってから言うなよっ!」
「……………………」
「な、なんだよ……」
「……こうやってさ、普段はボケーっとしてて、虫も殺さないような顔して大人しいのに……貴方、時々怖い顔をするのね……」
「……そうかな?」
「そうよ……」
「……気をつけてるつもりなんだけどな……」
「どういう意味?」
「……別に? それより、どうするの? 久住秀介が動き出すのを待っているだけ?」
「……現状では、彼はまだ、容疑者の一人でしかないのよ……動き出すまでは、何もすることが出来ないわ……」
「動かなかったら?」
「今日がダメだったら明日、明日がダメだったら明後日……何日でもマークするわ……」
「それでもダメだったら?」
「もし久住が犯人だったのなら、必ず動くわ。吸血は、癖になる……一度口にしてしまえば、もう泥水をすするような真似は出来ない……ましてや今夜は満月、必ず動くわ」
「……もし動き出したら……どうするの?」
「もうこれ以上被害者を出す訳にはいかない……力ずくで止める……」
「……力ずく……か……」
「気が進まない?」
「怖い……っていうのが正直な所だね……。吸血鬼と喧嘩をしたことなんかないし……」
「別に、貴方を戦力として当てにしている訳じゃないわ。貴方には事情を説明して欲しかっただけだし……血を見るのがイヤなら、帰ってもいいわよ」
「……うん……」
確かに……参考人としての俺の役目はもう終わった……。
でも……俺の不安は、まだ消えない……。
不安……というか……モヤモヤと言うか……。
神崎仁美のこと……水野可南子のこと……復讐とか敵討ちって訳じゃないけど……彼女達を巻き込んでしまったという感じがぬぐい切れなくて、なんだかイライラする……スッキリしない……。
責任感……ともまた違う気がするけど……この問題の結末は、自分で見届けないと気が済まない……。
「乗りかかった船……とでも言うのかな……」
「……安っぽい正義感でこの場に残ると言うのなら帰りなさい……恐らく……貴方が想像しているような綺麗な闘いじゃないわよ……? 久住秀介が黒だとわかったら
……たとえ彼が鼻水をたらしながら命乞いをしても……私は彼を殺すわ……見ていて気持ちの良い物ではないわよ……」
「……………………」
「吸血鬼は信用できない……反省した素振りを匂わせながら、この場さえしのげればどうとでもなると考えている……時には吸血鬼同士で仲間割れをして見せて、仲裁に入った途端に、二人同時に襲い掛かってくる……ずる賢い連中よ……甘い顔なんて出来ない。貴方のように、生ぬるい日常に首までドップリ浸かった生き方をしてきた吸血鬼には、まず理解できないわ……まず話し合いを……なんて、口を開いた瞬間に頭から上をもぎ取られるわ。ここまで付き合ってくれてありがとう、もう帰りなさい。そっちの吸血鬼も……」
潤とさつきに帰れと言うリカ。
「……キミ、一人で戦う気?」
「その方がやりやすいのよ。私ってホラ、狙いは適当で数撃つ方だから、戦闘状態になると、視界に入る動く物は全部撃っちゃうし」
「大丈夫、俺はほら、撃たれても跳ね返しちゃうから」
「……鈍いわね、帰れと言ってるのよ。言ったでしょう? 私はまだ、貴方を信用したわけじゃないわ……貴女はもっと信用していないわ」
「……あぁ、それは困るなぁ……僕としては、彼にも是非舞台に上がってきて欲しいんだ……」
「……!? キミは……」
「久住秀介っ!!」
「……なっ!?」
「こんばんは、荻島潤くん……いい夜だね……」
「キミは……確か夕方そこの商店街であった…………どうして俺のことを……?」
「キミは僕のことを知らない……2年生になって……同じクラスになっても……僕は一度も学校へ行かなかったからね……キミは僕を知らない……でも僕はキミを知っている……。……キミさえ居なければ……1年生の入学式の日……新入生代表の挨拶は……僕がするはずだったんだよ? 僕はね……入試に限らず、試験で2番目になるのが何よりイヤでね……」
「動くな! 久住! 両手をあげて、手を頭の後ろで組んで、足を開きなさい!!」
「どうして? 僕はただ、クラスメイトと話しをしているだけだよ。リカ・ペンブルトンさん?」
「うるさい! 3秒以内に言われた通りにしろ!!」
……久住……秀介……。
変に落ち着き払って……自信に満ちているような声だ。
それに……俺の名前だけならまだしも……リカさんの名前を……何故この男が知っている……?
この男……何を知っているんだ……?
それとも……何かを知っている振りをして、こちらの動揺を誘うハッタリなのか……?
この男がリカさんの名前を知る方法があるとして……一体どんなパターンが考えられる……?
「……いいね、潤くん。流石に頭の回転が早いじゃないか……。僕がリカ・ペンブルトンの名前を知る方法は、いくつ思いついた?」
「……それ、用意しておいた台詞だろ……出会い頭に言葉で脳味噌を殴りつけて、相手の考えがまとまる前に、先手を打って牽制する……知的優位を強引にもぎ取るやりかただ……」
「……ふふ……キミ、本当に頭の回転が早いなぁ……。おかしいよなぁ……僕とキミは、絶対友達になれたはずなのに……」
「なんの話しをしている!! いいから言う通りにしなさいっ!! 貴方には吸血鬼としての容疑が掛かっているわ!」
「……フフ……吸血鬼の疑い?」
「惚けようたって無駄よ!! センサーで反応を調べればすぐに……」
「別に……惚けちゃいないよ……。吸血鬼の疑いじゃなくて……僕は正真正銘、吸血鬼だ……」
「なら話が早いわ、大人しくしなさい!!」
銃を構えるリカ。
「別に僕は暴れてないじゃないか、それを大人しくしろってキミ……なぁ潤くん……彼女は頭が悪いのか?」
「うん……まぁ、その件に関しては、僕も思うところはあるが、あえてコメントを控えさせてほしい……」
「馬鹿にしているのっ!?」
「ねぇお嬢さん、どうして僕が吸血鬼になったのか、興味ない?」
「そのお話は貴方を豚小屋にブチ込んでから、ゆっくりと聞かせてもらうわ」
「……やれやれ……せっかちな人だなぁ……。ラッキー……」
「……あっ!?」
リカが何かに吹き飛ばされる。
「……リカさんっ!!」
「おっと……慌てるなよ潤くん。別にすぐに殺しやしないよ」
「……ぐっ……! こ……の……っ!」
「うーごーくーな。しゃーべーるーな。いいかい? 今キミの命は僕が握っている……。理解できるかい?」
「……く……そ……」
「……どうするつもり?」
「さて……どうした物かねぇ……。ラッキー……とにかくその女が口を開いたり、暴れようとしたら、首を食いちぎってしまって良いよ……その後は、また玩具にして遊ぶといい……ラッキーは本当、人形が好きな奴でね……」
「……悪趣味だな……」
「それは自分の価値観でしか他人の趣味を評価できない人間の、矮小な言い分だよ潤くん」
「……なにがしたいんだ……?」
「別に……? ただ退屈をしたくない……それだけさ。キミだって、吸血鬼の端くれだろう? そっちの女も……」
「……………………」
「これからの無限の時間をどう使うか、ちゃんと考えておかないと後悔するよ」
「……まいったな、ゲーム感覚じゃないか……」
「ゲームは嫌い?」
「……ゲームってのは、適度に負けてくれる相手が居て初めてゲームなんだよ……簡単に勝てたり、強すぎて歯が立たないような場合はゲームって言わない」
「いいね、好きだよ、そういう考え方。そう、ゲームなんてつまらない。負けたら次に勝てば良いなんて思うのは、負けを前提にした、少しだけ分の悪い賭けでしかない」
「遊ぶなら本気で遊べ……命を掛けろって言うのか? そっちのルールを押しつけるなよ」
「気に入らないならサレンダーすれば良いさ。強制はしない。ただサレンダーする以上は、掛け金の半分は支払ってもらう」
「……まだ何も賭けていないけど?」
「よくご覧よ……リカ・ペンブルトンは、もうベットされているじゃないか。キミが此処で降りると言うなら、彼女は僕が貰う」
「……貰ってどうする気?」
「さてね、どうしようと僕の勝手だろう? 前に手に入れた玩具は、ラッキーが壊してしまったからね、新しい玩具が欲しい……」
「……水野可南子のことを言っているのか……?」
「彼女はね……うん……優しかったんだ……とてもね。学校に来なくなった僕を心配して、いつも様子を見に来てくれていた……でもね? 僕は同情されるのが大嫌いなんだよ……それも、明らかに自分より格下の人間に同情なんかされた日には……悔しくて悔しくて、何故、こんな奴に僕は同情されているんだと、髪の毛を引き毟りたくなるほどイライラするんだよ……だから……彼女にはチャンスをあげたんだ……僕を可愛そうだと思っているかどうか……どうしても知りたくてね……。彼女に選ばせることにしたんだ……」
「……自分が吸血鬼だって正体をバラして、反応を見たんだ?」
「その通り。うん、キミ、実に良いね」
「すぐには信じてもらえなかっただろう?」
「まぁね……でも、変身したラッキーを見たら、すぐに理解してくれたよ。だから僕は彼女に聞いたんだ……キミも吸血鬼になって、一緒に永遠を生きるか……
それともこの場で死ぬか……ってね」
「……死を選んだ?」
「そういうこと……本当、彼女にはガッカリだ……」
「急に決めろって方が間違ってる……」
「僕もそう思ってね……暫く一緒に暮らして、ゆっくりと考える時間をあげるつもりだったんだけど……」
「……ラッキーの悪い癖が出た……」
「本当、キミは話が早くて助かる。水野さんも、キミぐらい賢ければもう少し長生き出来たかも知れないのにね」
「……久住……いや、秀介くんって呼んだ方が良いのかな?」
「好きに呼ぶがいいさ」
「じゃあクズ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……………………」
「なんだよ、好きに呼べって言ったくせに……」
「……なにか聞きたいって?」
「キミを吸血鬼にしたのは誰?」
「知らないよ……」
「惚けているの? それとも、知ってるけど俺には教えられないって言う、低レベルな意地っ張り?」
「僕を怒らせて隙をうかがおうとしているのかい? まぁいいさ……。答えは『本当に知らない』だよ」
「……知らない人から、リカさんの情報を聞いた訳?」
「…………それ、用意しておいた台詞だね? この短時間に組んだにしては良くできているけどそれで知的優位を取ったつもりかい……?」
「ハズレた?」
「……いや、正解……リカ・ペンブルトンの名前も、キミ達がここへ来ることも、っその人に聞いた……」
「経緯は?」
「6日前の夜……僕は深夜営業の本屋に出かけてたんだ……いつも通りの時間……いつも通りの道順……いつも通りのパターンで本棚をまわり、いつも買っている雑誌と小説を買った……そしていつも通りに、帰り道の途中にあるコンビニで夜食を買った……そこまでは、本当……いつもと変わらなかった……でも、そこから先が少し違っていてね……コンビニの駐車場には、自ら低学歴であることを示すのが目的なのかと思わせる服装をした連中が数人、たむろしていたんだ……普段の僕なら、その手の輩は無視するんだけどその日の僕は、予約していた本が入荷していなかったので、少し苛立っていたのだろうね……そのたむろしている連中が口にする無教養な会話に少し腹が立って、思わず軽く舌打ちをしたんだ。するとね、ナメられたら終わりだという虚勢をはることでしか存在を主張できないミジメな連中は僕の後をつけてきて、理不尽にも僕を袋にしたんだ」
「あのさ、要点だけでいいんだけど……」
「……意外とせっかちだな。余裕がないのかい?」
「人質を取られているんだ、焦りもするさ……」
「すぐに殺しはしないって、言っただろう?」
「なら彼女を解放してよ」
「それは出来ないね。どうしようもない馬鹿が一人混じると会話が進まない。この世界に数多ある会議という物が時間通りに終わらない理由はそれだ。そしてそれに気がつかない奴ばかりだから、ますます会議が時間通りに終わらない」
「……うん、それは同感……」
「しかし、まぁ確かにキミの言う通りかも知れないな、要点だけ話した方が、会議は円滑だ……」
「その前に、ちょっと一言だけリカさんに声をかけてもいい?」
「……どうぞ?」
「リカさん、今どんな気分?」
「……犬のヨダレが血生臭い……」
「まだ余裕あるみたい。いいよ、続きを聞かせて」
「……フン……まぁね、要は僕はボロ雑巾になるまで袋叩きにあったわけさ……そして地面の上に血を吐いて横たわり、撒き散らかされた本を見つめていた僕の前に、ある人が現れた……」
「男? 女?」
「いい質問だね。教えていいものかどうか、ギリギリの線だ。まぁいいよ、女性だったと言っておこう。その人は、僕に向かってこう言ったんだ『悔しい? 力が欲しいか?』とね……だから僕は答えた『当然だ』とね……するとその人は『不老不死の超人になれる薬だ』と言って、僕に1本の注射液をくれた……」
「……怪しすぎる……」
「まぁ、僕も当然そう思ったさ……」
「……犬で試したんだね?」
「得体の知れない薬だったからね……イキナリ自分で試す馬鹿はいないだろう? 注射液0.3ミリグラムに対して、生理食塩水で10パーセント希釈してラッキーに投与してみた」
「その結果がアレね……」
「最初は驚いたよ。急に苦しみだしたかと思ったら、メリメリと音を立てて身体が膨張していったんだ……10分……20分経っても膨張は止まらないいよいよ
2メートルを超えたあたりで膨張は止まり、ラッキーはそのまま飛び出して逃げた……僕は必死で後を追ったよ。とは言え、相手は犬だからね、僕がどんなに必死に走っても追いつける訳はなくてね。完全に見失って、さてどうしたものかと悩んでいたら、女の悲鳴が聞こえた……慌てて駆けつけた僕が、なにを見たと思う……? キミには、もう予想がついているんじゃないかい?」
「……神崎仁美か……」
「その通り。ラッキーは偶然通りかかった神崎仁美に噛み付いて、玩具のように振り回していた……」
「……最悪だ……」
「あぁ、僕もそう思ったよ。これで僕の人生も滅茶苦茶だとね……でも、同時に薬の力に驚愕もした、コレは本物だとね!」
「……自分にも……使ったのか?」
「あぁ……だがラッキーのように化け物になるのはゴメンだったからね、もっともっと、すっとうすく希釈して、毎日少しずつ注射した……1日0.1ミリグラムずつ
……5日間毎日だ……注射液は、後1回分……今日で最後だ」
「やめた方が良い……って言っても……もう手遅れかな……」
「なぜだ? なぜやめる必用がある? 僕は優秀な頭脳を持った人間だ、1分でも1秒でも、長く生き続けるのが当然じゃないか!」
「下手に時間があると、後でやれば良いや、やろうと思えば時間はいくらでもあるって……結局何もしない人間になるぞ?」
「……フン……それは凡人だからだ。僕は違う」
「……凡人……凡人ね……」
「なにか言いたそうだね? 言ってごらんよ」
「言うと怒られそうだから黙ってるよ。それより質問」
「なんだい?」
「……その薬をくれた人は……タダで薬をくれたの?」
「そう、それそれ。その話をどうやって振ろうか迷っていたんだけどね、キミの方から聞いてくれるとは、本当に話が早い。もしかして、もうその内容も想像できているのかい?」
「……いや……なにか交換条件を出してきただろうとは予想したけど……どんな条件だったかは、数が多すぎて絞り込めない……」
「薬をくれた人物の出した条件は一つ。キミだよ、荻島潤くん……」
「……俺?」
「そう……吸血鬼の王子になるキミを、始末しろと言われている」
「……俺の立場を知っている人間……いや……吸血鬼ってことか……」
「さて、それはどうだろうね。キミ、誰かに恨まれるような覚えは?」
「……人間、生きてりゃ誰かに恨まれるさ……。それで? キミは俺を殺すために、こんなことをしてるって訳だ……」
「そういうこと。わざわざ爆弾まで用意して、キミに神崎さんをけしかけたりもした……」
「……え……?」
「あの時、キミをバラバラにしたはずなのに……やっぱり、真祖の血を絶つのは難しいらしい」
「……なにを……言っている?」
「覚えていないか……まぁ、それも仕方ないだろう……で、まぁ……どうやってキミを始末しようか悩んでいたら、さっき、薬をくれた人から電話があってね……
今夜、キミとリカ・ペンブルトンとおまけが現れるから、三人とも殺せって……上手くやったら……また薬をくれるって……まだ……足りないんだってさ……毎日毎日注射を続けていなければ、完璧な吸血鬼にはなれないんだって……だからさ、悪いけど、死んでくれないかな? 僕の為に!!」
「断る」
「じゃあ、こうしよう! キミが死ねば、リカ・ペンブルトンとその女を助けるといったら?」
「死んだ後で、俺はどうやってリカさんの無事を確認すればいいんだ? 乗れるかそんな話」
「じゃあ、彼女から先に殺すよ。ラッキ〜?」
「待った待った待った。大体、俺を殺すって気軽に言うけど、どうやって? 自慢じゃないけど俺は、簡単には死なないよ?」
「それはどうかな? この世に存在するもの全てには、必ず弱点がある。キミ、吸血鬼の弱点って、知っているかい?」
「……えっと……十字架とか……日光とか……ニンニクとか……心臓に木の杭を打ち込むとか……」
「あぁ……それらの殆どが迷信だよ、十字架が怖いなんてことはないし、日光にあたっても少し目が痛いぐらいで灰にはならないし……心臓に木の杭を打たれても痛いだけだ、死にはしない、ましてやニンニクなんて、どんな理屈で生まれた迷信なんだか……」
「じゃあ、どうやって殺すって言うんだ……?」
「なに、殺す必要はない、永遠に眠らせてしまえば、それで死んだのと同じだろう……?」
「……眠らせる?」
「吸血鬼は海を渡れないって……聞いたことないかい?」
「……あるね……」
「アレはね、言い得て妙と言うか……誇大解釈してしまえば、吸血鬼は水に弱いんだ……」
「水に……?」
「要はね、水の中では呼吸が出来ない……酸素が供給されないと、体内のウイルスは大量の糖を蓄えて休眠状態に入る……つまり、何も出来なくなってしまうのさ」
「……そうなんだ……」
「つまり、キミをすっぽりと覆える水槽を用意して、キミを水に沈めてしまえば、もう何も出来ない……水中に居る限り、キミは永遠に目覚めることはない……
ということだね」
「それで? 俺に沈めてって言うのか……?」
「そういうこと。そして僕は、キミの水死体と引き換えに、新しい薬を手に入れて……完全な吸血鬼になる……どうコレ?」
「嫌だと言ったら?」
「キミの目の前で、リカ・ペンブルトンを殺す」
「俺が……そんな女の為に命を投げ出すとでも?」
「投げ出すんだろ? なんかキミ、そんな青臭さが鼻につきそうなタイプだ」
「どうかな? 俺にだって相手を選ぶ権利ぐらいあるだろう……リカさんみたいな凶暴な人の為に命を投げ出す気もないし、それに、リカさん本人が嫌がるよ、きっと……」
「……どうかな?」
「本人に確認してみなよ。ねぇ、リカさん、俺に助けて欲しい?」
「……お断りだわ……」
「ね? 強情なんだ、この人。吸血鬼に助けられるぐらいなら、死んだ方がマシなんじゃない?」
「当たり前じゃない……そんなの死んでもゴメンだわ!」
「見なよあの目、めっちゃ怒ってる……自分のミスなんか棚に上げて、こうなったのは全部俺のせいだと言わんばかりの目だアレは……手が動けば真っ先に俺を撃つよ、きっと」
「どうせ撃ったってアンタは……!!」
「黙れ金髪ゴリラ。オマエがドジだから俺はこんな目にあっているんだ、少し反省しろよ。この子まで巻き込んで……」
「……………………」
「俺の言っている意味わかる? 言葉通じているか?」
「……ちくしょう……ブッ殺してやる! そこを動くなこの糞吸血鬼共!!」
「うぅわ……ちょっと……ちゃんと押さえつけといてよ……アホみたいにデカイ銃を持っているんだからあの子……」
「……フン……面白いね。リカくん、キミ、潤くんを殺したいのかい?」
「今すぐこの犬をどけろ!! 私が殺してやる!!」
「それは出来ないよ。でも、右手だけは自由にしてあげよう……潤くんを撃ってごらんよ……」
「いいの……? あの女、腕が自由になったらキミを狙うかもしれないよ?」
「その時は、僕の命令と同時に、ラッキーが彼女の頭蓋骨を噛み砕く……。ほらリカくん……よく狙って? 潤くんを撃つんだ……」
「……ちょ……」
「……頭を吹き飛ばしてやるわ……覚悟は良い?」
覚悟は良いかと聞くリカ。
「……ま……待て……やっぱ怖い……」
「撃つんだ!! リカ・ペンブルトン!!」
「動いちゃダメよ? 狙いが外れるから♪」
「……まっ!!」
リカは、銃を撃った。
あとがき
やっと、久住登場……。
戦闘も分割かな?
さっちんのトンでも設定が……。
その設定を使えばヤバイことになるかも。
久住も瞬殺してしまう。
さっちんの新たな能力は次回明らかにしたい。
考えた設定が強力すぎるかも……。
次回までに細かい設定を作らないとならんな……。
お決まりの台詞をありがとう、リアン。
美姫 「って、最初にそこなの?」
ははは。テンプレだよ、あの台詞は。
とは言え、あっさりと騙されるか。というか、ゼノも騙しているつもりがないのか。
美姫 「どっちかしらね。後半は犯人の元に」
あくまでもケルベロスの飼い主だけれどな。やっぱり闘う事になるんだろうか。
美姫 「リカの放った銃弾の行方は」
どうなるんだろう。
美姫 「次回を待っています」