第十二話「現実T」






 
 …………。
 まただ……。
 また……歌が聞こえてくる……。
 ……母さんが歌っていた……あの歌……。

「……………………」
「……ん? 起きたのか……?」
「……俺、寝てた……」
「疲れているのだろう……」
「そうかも……なんだか……まだ頭がボ〜っとしてる……」
「……好きなだけ眠るといい……オマエが目を覚ました時には……必ず私が居る」
「……うん……」
「……例え……何日でも……何ヶ月でも……何年でも……何百年でも……オマエが目を覚ますまで……私はずっと側に居るよ……」
「それは流石に寝すぎ……」
「腹は減っていないか……?」
「うん……大丈夫……」
「そうか……」
「ねぇ……ベルチェ……?」
「ん?」
「いま歌ってた……その歌は……?」
「昔……イド様に教わった歌だ……」
「……その歌……母さんも良く歌ってた……」
「……そうか……」
「……………………」
「……潤……」
「なに……?」
「よく生きて帰ってきたな……」
「……うん……」
「どこで何をしてもかまわない……ただ生きて帰って来い……私は……ただそれを待つ……。……何日でも……何ヶ月でも……何年でも……何百年でもな……」
「……うん……」
「……おかえり……潤……」
「ただいま……ベルチェ……」

 俺には……俺の帰りを待っていてくれる人が居る……。帰ってきた俺に……おかえりと言ってくれる人が居る。
 ただいまって……言える相手が居る……。
 これからの俺が……どう生きていくのか……どう変わっていくのか……。
 不安はいっぱいある……。
 でも……。
 おかえりって……そんな……たった一言で……俺は癒されるんだから……。
 それを忘れなければ……。
 多分俺は、大丈夫……。
 そんな気がした……。



「……………………」
 電話が鳴る。
「……はぁい、クェス・グランチェスタ……」
『…………リです…………』
「……うん……報告書、読ませてもらったわ……」
『……はい……』
「大変なことになったわねぇ〜……」
『……はい……』
「助けて欲しい……?」
『……はい……』
「あら正直……貴女が素直になるなんて、よっぽど困っているのね〜……うん……私もね? 助けてあげたいのよ?」
『……処罰は……覚悟しています……』
「……そうね……本来であれば、隔離施設送りも已む無し……といった所かしら? 良くて眠りの森送り? まぁ、事実上、永久冬眠ね……」
『……………………』
「……リカ? 泣いているの?」
『……泣いてませんよ……』
「……ンフ……可愛くない子……まぁいいわ……貴女の件、上には報告しないで置いたわ……」
『……なぜです……?』
「貴女を隔離するより……このまま荻島邸に潜入させて、報告書を送らせた方が有益と判断しました……それだけのこと……ね?」
『……でも……それは……』
「……えぇ……重大な違反、それはわかっているわ……でもね……やるべき仕事を残したまま、現場を放棄するのは、もっと重大な違反よぅ……? いい? リカ、今は生きなさい。今貴女が死ぬことはあ、無責任です……今貴女に出来ること……それを全うして、必ず生きて……私の元へ戻ってくること……いい?」
『……いま……私に出来ること……』
「最重要目標である荻島潤の監視と報告……それと、今まで通り、街に徘徊する吸血鬼の討伐及び捕獲……」
『……はい……』
「頑張って?」
『……はい……』
「……リカ……?」
『……………………』
「リ〜カ……?」
『あ……は……はい……』
「怖い?」
『……いえ……』
「……リカ……貴女はね、私が育ててきたエージェントの中でも、飛びぬけて優秀な子だったわ……。それは、私の手を離れた今でも変わらない……」
『……お姉さま……』
「大丈夫……貴女は間違っていないわ……もし貴女が間違った道に進もうとしていたら……私が止めてあげる……そう……殺してでもね……だから……自分が選んだ道を信じて進みなさい……責任は、全部私が取ります……半分吸血鬼になってしまったといっても……貴女はダイラス・リーンのエージェント……私の可愛い妹なのよ? それを忘れないで……?」
『……はい……ありがとう……ございます……』
「気をつけて……完全に吸血鬼になってしまわないように……いつだって、ダイラス・リーンの誇りを胸に生きなさい……」
『はい……』
「貴女の行く末に……神の御加護が在らんことを……。なにかあったら……いつでも連絡を頂戴……?」
『はい……では……』
「……あ!」
『……はい?』
「ごめぇんリカ、大切なこと、言うの忘れたぁ……」
 大切なことを言うのを忘れていたようだ。 
『なんでしょう……?』
「今の貴女は、特殊な状況にあります……それは理解できる?」
『……はい……』
「貴女は今、通常任務を離れて、私の命令で特殊環境下における極秘任務を遂行中という形になってるのよぉ……」
『……はぁ……』
「つまりね? 今の貴女には、本部からの活動資金援助が支給されないのぉ……」
『……はい……?』
「だからぁ……貴女の生活費……医療費、食費、光熱費、武器弾薬費、その他諸々含めて、毎月4000ドル振り込まれていたでしょう? それがストップするのぉ……」
『……え? あの……それっていつから……』
「いつからって……もう止まってるわよ? 貴女、先月の振込みの残り、いくら残っている?」
『……え……あの……もう200ドルぐらいしか……』
「……あら嫌だわぁ……貴女、また無駄遣いをしたのね?」
『そんな……! 無駄遣いなんて……!!』
「そぉ? 貴女の発注で、うちの武器開発部に50口径ハンドガンと、専用のアモ50発……送らせたでしょう?」
『あ……ぅ……いえ……それは必要と判断したからで……』
「スペアバレルとシリンダーまで作らせて……撃つ気満々じゃない……」
『……だって……』
「だってじゃありません。いい? 今後はこれまでのように、湯水のごとく弾薬を使用しない事」
『わ……私に丸腰で吸血鬼と対峙しろと……?』
「そうは言いません。必要な弾薬は、いつものお店で、私のツケで手に入れなさい……通常の範囲での発注は許可します」
『……常識の範囲……ですか……』
「本来、ダイラス・リーンのエージェントには、スペアマグの携行すら許可されていません……お分かり?」
『で、でも……私は重武装部隊の所属で……』
「あら、異論?」
『……いえ……』
「発射時にはよく考えて……引き金を引く時は、心で十字を切りなさい? 良い?」
『……サー……』
「生活費は、なんとか自力で稼いでね? あ、変なアルバイトはダメよ? 身体も大事だけど、心をダメにするわ、きっと。じゃあ、挫けないでね? あはん?」
『あ……! ちょ……お姉さまっ!?』

『……………………。……嘘でしょ……?』


「……おはよう……」
 潤が起きた。
「うむ、おはよう潤。良く眠れたか?」
「……あぁ……うん……………………」
「ん? どうした?」
「……昨日の事件……ニュースになってるんだね……」
「そりゃそうだろう、あれだけ派手に暴れたておいて、なにもなかったことには出来んさ」
「……強盗の仕業ってことに、なってるんだね……」
「ダイラス・リーンのもみ消し工作だな……パターンBタイプ12……だったか?」
「……地元の警察に圧力が掛かってないわ、タイプ8よ……」
「……あ、リカさん……おはよう……」
「お……おはよう……」
「……この間抜けが、主人より遅く起きておはようもないもんだ……」
「……なっ……なにがよっ!!」
「ベルチェ……昨日、俺がなんて言ったか覚えている?」
「リカを苛めるな……。わかってるよ、客人扱いもせんが、敵扱いもせんよ。ただね、傷ついたフリをしていれば優しくしてもらえるなどと思うなよと、そう言いたいだけだ」
「私がいつそんな真似をっ……!!」
「潤の眷属になったからと言って、口を開けて待っているだけでメシが運ばれてくると思うなよ。腹が減ったら自分でメシを食え、冷蔵庫の中の物は好きに使うがいい」
「フン! 食費ぐらい払うわよっ!!」
「……おぉ……」
「あ……ちょっと……リカさん?」
「……ふむ……2万6千822円か……ちょっと少ないが、まぁ良かろう」
「お金なんか良いのに……」
「金を払うことで遠慮が消えるなら、その方がよかろう? この金はオマエが預かっておけ」
「……え?」
「あの女が何か金に困っていたら、使ってやれ」
「だったら受取る意味がないじゃないか」
「子供みたいなことを言うなよ。金を巻き上げておいて、少しずつ返してやる、それが政治だろう? そこらの主婦ですら同じことをしているさ」
「意地悪な姑状態じゃないか、まるで」
「なんだ? アレを嫁にする気なのか?」
「そうじゃないけど……」
「おはよう御座います、潤様」
「あ……うん、おはよう……」
「あぁ……あの女、どうなさるおつもりですか?」
「どうもこうも……う〜ん……まぁ、こうなったのも、俺の責任だしね……」
「潤様の生活の妨げになるようでしたら……私が始末いたしますが……」
 リカを始末すると言うゼノ。  
「始末って……。いいよ、彼女のことは、俺がなんとかするから……」
「なんとかとは?」
「それを考える所から始めるつもり」
「いくら眷属化したからと言って、あの娘はダイラス・リーンなのですよ? いつ寝首を掻かれるかわかったものではありません」
「大丈夫だよ、リカさんは」
「なにを根拠にそこまで申されますか!」
「昨夜の危機的状況を共に乗り越えたことで、おかしな連帯意識でももったか?」
「ベルチェも反対なの?」
「私はオマエの従者だ、主人の決めたことに異論を挟む気はないよ、だがね……喜ばしい状況ではないということは、リアンに同意だ」
「別に、貴女達に好かれようとは思っていないわ、むしろ好かれちゃ迷惑ね」
「なんですって……?」
「はン……耳が遠いの? おでこにもう一つ穴開けて、新しい耳、作ってあげよっか?」
「喧嘩するなよ」
「潤様? この女、いつまでこの家に置いておかれるおつもりです?」
「仕方ないだろう? 他に行く場所ないって言うんだし、それに、こうなったのも俺が原因で……」
「ですから! この女は敵なのです!! 敵に情けを掛けてどうしますか! 聞けばこの女、昨夜は潤様のお部屋に床を構えたとか! どういうことです!?」
「リカさん、あの部屋、どうだった?」
「どうって……別に?」
「不満がなかったら、あの部屋、好きに使っていいから」
「……え? でも……」
「あぁ、大丈夫、俺は別の部屋に行くから」
 別の部屋を使うという潤。
「……いいの?」
「小さい部屋だけど、物置よりはマシでしょ?」
「……あ……ありが……」
「私は反対ですっ!!」
 なぜか反対するリアン。
「潤が決めたことに、逆らうのか?」
「……ぐ……逆らう訳では……。ただ、反対意見を持つ者も居ると留意いただきたいだけで……」
「この家でのトップマネージメントは潤が保持している、決定事項に対しての損失も、潤が負債する」
「……なにが起きても……潤様の責任……ということですか?」
「それぐらいの覚悟はあるだろう?」
「あ、もう! おば様っ!?」
 ベルチェを追うリアン。
「……朝食のご用意……出来てますが……」
「ゼノ! 貴女もなにをのんびりとしていますか!!」
「……潤様……お飲み物はいかがなされますか?」
「こら! 無視しない!!」
「あ……えっと……」
「……コーヒー、紅茶、オレンジジュース、ミルクとございます……他にご希望が御座いましたら、速やかに買い求めてまいります……なんなりとお申し付けを……」
「ゼノさんは、なににする?」
「……私……ですか……?」
「うん、ゼノさんが自分の分を用意するついでに、俺と同じ物を用意して」
「……ミルクで……宜しいのですか……?」
「うん、じゃあ、それで」
「了解しました」
「あ、私、コーヒー欲しい」
「こらぁ!! 無視するなぁっ!! コーヒーを淹れるなぁ!!」


「あぁもぉ! クサイクサイクサイ!! 捨てなさい!! 今すぐその異臭を放つ豆汁を捨てなさい!!」
「うわ……こら!! やめなさいよ!! こぼれるっ!!」
「……………………」


 朝食……か……。
 こんなに人の気配がある朝なんて……久しぶりだな……。
 やっぱり……自分以外の人間が居るのって、良いな……。


「ヤメロって言ってんだろうがっ!!!」
 リカが銃を撃つ。
「んな……っ!! ちょっとこのバカ女!! 危ないじゃないっ!!」
「……おいおい、壁に穴を開けるな、食器を割るな……誰が直すと思っているんだ?」
 食器が割れる音がする。
「ゼノッ!! この女を食い殺しなさい!!」
「……了解……」
「やンのかコラ!! 上等だっ!!」
「いい加減にしないかっ!! 全員そこに座れ!!!」
 怒るベルチェ。
「……………………」

 ……物事には、限度という物がある……。
 そのことを彼女達にどう説明したものか……。
 お茶でも飲みながら、静かにゆっくりと考えたいところだ……。


 その時、間抜けなチャイムがなる。
『じゅぅ〜んくぅ〜ん、ガッコ行こぉ〜〜〜』
「なんです? あの間抜け声?」
「あぁ……操か……」


「やぁ! おはよう、潤くん!」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます」
「……え?」
 驚く操。
「……お迎えご苦労様です……」
「……えぇ!?」
 また驚く操。
「入り口でボサッと突っ立ってるんじゃないわよ、蹴り飛ばされたいの?」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
 またまたまた驚く操。
「潤、忘れ物はないか? ハンカチは持ったか? 弁当は?」
「うん、大丈夫、ありがとう」
「では皆の者、等しく勉学に励んで来るがいい」
「行って来ます」
「うむ。おい操、今日も潤を頼むぞ」
「は……はい……?」
「操? 置いてくよ?」
「あ! わっ……! ちょっとぉ! 待ってよぉ!!」



 駅前へと続く商店街。
 駅に向かって早足で歩く会社員や学生の人の波。
 いつもと変わらない光景。
 昨日の夜、俺とリカさんとあの子が暴れたショッピングセンターには、午前中は臨時休業する旨の張り紙がされている……。
 あれだけの事件が起きていながら、午後には通常営業を行うのか……。
 この街に、吸血鬼の存在を知っている人は……何人居るのだろうか……。

「……じゅぅんくぅ〜ん……じゅぅんくぅ〜ん……」
「なんだよ、変な声出すな」
「でぇ? なにも説明してくれないのかな? ん?」
「説明って……なんの?」
「リカちゃんとか、リアンちゃんとか、なんで皆、潤くんの家に居るのかな? お?」
「いや……お? って言われてもな……」
「操は、正直な潤くんが好きだな」
「……………………」

 ……正直……か……。
 いい加減……操に本当のこと……話しておいた方が良いんだろうか……。
 でも……もし話してしまって……操の身に……危険が及ぶようなことになったら……。
 やっぱり……なにか適当にそれっぽい言い訳を考えて……操には、黙って置いた方が良いのか……。

「……でゅんくぅ〜ん……?」
「いや、誰だよ……変な声出すなって」
「なんのお話です?」
「あぁ……いや……別に……」
「リアンちゃん……だったよね?」
「ちゃん……? まぁ……いいでしょう。なにか?」
「キミ、なんで潤くんの家に?」
「……なんで……と申されましても……潤様は私のフィアンセなのですから、当然でしょう?」
「む、むむむ……いや、だかしかしキミね……」
「そうおっしゃる貴女こそ、一体なんなんです?」
「……ぅえ? だ……ボクは……だって……潤くんの……えっと……」
「……ふぅ……潤様? 女遊びをするなとは申しませんが……もう少し相手を選んではいかがです?」
「操は男だよ」
「はい?」
「だから、こんな格好しているけど、操は男なんだ」
「あぁ、では……えっと……お稚児さん? ですね? あぁ……なるほど、それは良いご趣味です」
「いや、その認識は間違ってるから」
「良いでしょう、許可いたします。操? 潤様に良く尽くしなさい?」
「え? あ、うん……」
「キミも『うん』とか返事するなよ……意味分かっていないだろう?」
「……え? なにが?」
「いや、いいよ、もう……」
「じゃ、じゃあ! リカちゃんは!? リカちゃんはなんで潤くんの家に居るの!?」
「は? 居ちゃ悪いの?」
「悪い悪くないじゃなくて、理由が知りたいんだよ!」
「リカさんは、うん……暫くウチで預かることになったんだよ」
「なんで!?」
「他に行く場所がなくなった……それが理由よ……」
「訳わかんない!!」
「私には、貴方に理由を説明する意味がわからないわ」
「……え? それってつまり、リカちゃんも、リアンちゃんも……潤くんの家にすんでるってこと……?」
「まぁ、簡単に言っちゃうと……そういうこと」
「そんなのダメーーーー!! 許しません!! 実にけしからんよオマエ等!!」
「……ちょ……」
「いいですか!? ここは日本です! ヤボンです! ハボンです!! 昔から、男女7歳にして同衾せずと言います!! アメリカはどうだか知りませんが!! 日本はそんなの許されません!! ダメ! 絶対にダメ! ネバー! エバー!!」
「落ち着けよ、操……」
「……あら、許さなかったら、なんだとおっしゃいますか」
「しょ……勝負だっ!!」
 リアンに勝負を申し込む操。
「あぁ、それは面白いですね……力ずく……と言うのも、嫌いではありませんよ、私……」
「待て待て待て! 待てって! 勝負って、なにする気だ!?」
「それは……まだ考えてないけど……」
 まだ考えていないという操。


 マズイな……勝負って言っても、相手はリアン……吸血鬼だ……。
 力ずくの体力勝負になったら操が圧倒的に不利だし、下手にことを荒立てて、リアンの正体がバレても困る……。

「争いごとは、あまり起こして欲しくないんだけどな……」
「なんで潤くん、そういう大事なこと、ボクに黙って勝手に決めちゃうかなぁ……」
「あ……いや、うん……ごめん」
「なにを潤様が謝ることがありますか。大体、潤様は私の許婚、同じ家に住もうと、誰に非難されるいわれはありません。ましてや潤さまのお稚児さんごときに非難される覚えなど皆目見当ございません」
「お稚児って言うな!! 良くわかんないけど、ボクのこと馬鹿にしてんだろ!! だ、大体! 許婚って言ったって!  どうせアレでしょ!? 親同士が勝手に決めたことだったりするんでしょ!? どうなの潤くん!!」
「まぁ、うん、そうだね……」
「そうれ見ろ!! そんな一方的な理由で押しかけたって、潤くんに迷惑なだけじゃないか!」
「……む……」
「大体さぁ……キミ、潤くんのなにを知っているの? 潤くんの好みとか、ちゃんと知っている? ボクは知っているよ?」
「余計なお世話です!! 私だっていずれ知ることになります! そ、それに!! 男の貴方に言われたくありません!!」
「ボクと潤くんは男同士だけど、そーゆーの関係ないもんね! 潤くんは、今のままのボクが一番好きなんだよ!」
「勝手に決めるな!」
「もう! 潤さま!! この稚児にハッキリと言ってやってくださいな!! 小狸よりも、リアンを愛していると!!」
「だから……もぉ……リカさんも何とか言ってよ」
「……別に、どうでも良いんじゃない? 私に振らないでるれる?」
「あ、ちょっと……リカさん?」
「付き合ってらんない、私、先行くから」
 先に行くというリカ。
「ちょ……待ってよ! リカさんってば!」
 リカから返事はない。
「……………………」

 なんか……よそよそしないな……リカさん。
 好かれてはいないにしろ、嫌われては居ないと思ったんだけど……やっぱり嫌われているのかな……。

「……ぁ……取れた……」
「……え?」
「あぁ……いえ……コレです……」
「……知恵の輪?」
「ダイキャストパズル……」
「あ……そう……」
「……やりますか?」
「マイペースだね……ゼノさん……」


 ……なんか俺、振り回されぱなし……。
 自分のペースが作れないから、精神的に疲れるな……。
 このまま成り行きに任せるべきなのか……それとも、キッチリとルールを作って説明するべきなのか……。
 どっちにしろ……面倒くさそう……。


 《SIDE月姫》
 さつきは、朝食を摂っていた。
「ゼルレッチさんのおかげで食事が食べられるよ……」
 その時、ドアフォンが鳴った。
「誰だろう?」
 ドアに向かうさつき。
「どちら様ですか?」
 ドアの外の主に問う。
『妾じゃ!』
「アルトルージュさん!?」
『そうじゃ』
「あっ、今開けます」
 ドアを開けるさつき。 
「さつき、かなり暴れたようじゃな」
「は、はい。こんな所で立ち話もなんなので中へどうぞ」
「では、入らせてもらうぞ! プライミッツ」
「プライミッツさんも連れてきたんだ。リィゾさんとフィナさんは?」
「リィゾとフィナは、城で留守番じゃ」
「そうなんですか……」
「それで、さつき。新しい固有結界を使った感想は?」
「アルトルージュさんと同じように時間制限があるのが難点です」
「ほう。『赤黒い三日月クレセント・ムーン』を使ったか……」
「はい。使いました」
「それだけではないであろう? 空想具現化も使ったな?」
「知っていたのですか?」
「妾を誰と心得ておる」
「それは、分かっています」
「ならば良い。ところで、さつき」
「はい?」
「少しの間、ここに厄介になるがよいか?」
「はい。いいですよ」
「では、厄介になるぞ」
 もって来た荷物を開くアルトルージュ。
「姫様!」
「……………………」
「この者か? この者は、妾に使える者だ。妾の世話をさせる為につれてきた」
 アルトルージュは 、身の回りの世話をさせる近侍を連れてきているようだ。
 その侍女がアルトルージュの荷物を配置していく。
「朝食の最中だったのか?」
「はい」
「妾のも用意するがよい」
 食事を用意しろと言うアルトルージュ。
「何を食べるんですか?」
「それは妾の近侍が知っておる」
「でも、冷蔵庫の食料で足りるかな?」
 食料の心配をするさつき。
「それなら、少しばかり城から持ってきておる」
 その中には、輸血パックがあったのは言うまでもない。
「姫様、何をお召上がりになりますか?」
 近侍が聞く。
「さつきと同じものでよい」
「畏まりました」
 調理に入るアルトルージュの近侍。
 数分後、アルトルージュの前に料理が並べられる。
「そちも一緒に食すがよい」
 近侍に言うアルトルージュ。
 アルトルージュと食事を取るさつき。
 食事が終わるとアルトルージュの近侍が後片付けを始めた。
 それが彼女の仕事のようだ。
「さて、さつきのその格好では、姫君として社交の場には出れぬな……」
「私、服がコレしかないんです」
「買いに行けばよいであろう?」
「今、私行方不明って事になっているんです。それなのに買いにいけません」
「隣町にいかなったのか?」
「食料を買いに行くのも大変なんですよ」
 さつきは、買い物一つでも大変なようだ。
「フロイライン!」
「はい、姫様」
 近侍はフロイラインと言うようだ。
「急いで城に連絡を入れドレスを何着か用だたせろ」
「いつも姫様の服を作らせている店で宜しいですか?」
「そこでよい」 
「では、直ちに手配を……」
 さつきの服を手配させるアルトルージュ。


 《SIDEムーンタイズ》
 同日。
 私立八坂学園。
 午前8時00分。

 学校に着いたところで、何やらリアンや操たちが騒がしい。
 傍らでは、修が委員長たち女の子集団と何か相談している。

「……あら……」
「ん? どうかした?」
「私の靴箱の中に……なにやら手紙のような物が……」
「手紙……?」
「それって、ラヴレターじゃないの?」
「ラヴレター……?」
「はぁン……潤くんの許婚です、潤くん一筋ですみたいなことを口にしておきながら、早速男あさりですか。やれやれですな」
「……なにをどう誤解してそのような発想をなさるのやら……潤さま? これは別に私の望んだことではありません」
「あー、いや……うん、わかってるから」
「このようなもの、私の靴箱を屑入れと勘違いした輩の他愛もない悪戯に過ぎません! それが証拠には、今すぐ目の前で破り捨ててご覧に入れませよう」
「あ! こら! 破るな!」
「え……? なぜです?」
「手紙を出した人に対して、それはあまりに思いやりのない行為だよ」
「……ですけど……」
「ケケッ、怒られてやンの」
「操、キミも余計なこと言わない」
「ブッ……怒られてやンの〜」
「リアン」
「あ、はい?」
「手紙の返事は、一言でもいいから、しておいたほうが良いよ」
「なぜです? 無視してしまえば、それはそれでどうと言うことも……」
「あぁ、中二のバレンタイン事件だね?」
「バレンタイン?」
「ボクや潤くんが中二の時にね? クラスの女の子の半数以上からチョコを……」
「操も、つまらないこと、いつまでも覚えてるんじゃないよ、ほら、とっとと教室に行こう」
「なんです? 気になります」
「気にしないでいいから」
「……あれ?」
「ん? どうした?」
「あ……うん……なんでもないよ?」
「あら? 貴方、いま、なにを隠しました?」
 操は、なにかを隠した。
「な、なにも隠してないよ? 本当だよ?」
「嘘をおっしゃい、いまカバンの中に隠したものをお出しなさい。それ、ラヴレターではありませんか?」
「ち、ちがうって……」
 操は、逃げた。
「あ、逃げた。これ、お待ちなさい!」
 操を追いかけるリアン。
「操にラヴレター……?」
 操にラヴレターが来たことに驚く。
「……………………」
 相手の事を考える。
「……男からか?」
「なんだい? また朝から騒がしいじゃんか」
「あぁ、修、おはよう」
「どうせまた、アレかい? 操あたりが迂闊にも犬の排泄物でも踏んで、擦り付け合いが始まったのだろう?」
「……どこからそういう発想が出てくるのか、一度キミの頭の中を見てみたいな」
「やめておきたまえ、迂闊に僕の頭脳に触れると発狂するぞ?」
「リアンには、そう伝えておくよ」
「どういう意味?」
「言葉の通りだよ」
「フン……リアン君といえば、キミ、彼女の婚約者だそうだね」
「その噂、もう広まってるの?」
「いいや? 学園上層部と、一部の学生しか知らないはずだよ。なんでも彼女、国使留学生の特権を利用して、荻島潤と同じクラスに入れろと要求してきたらしくてね理由を尋ねたところ、自分と荻島潤は許婚の関係にあると……」
「そんな理由で?」
「まぁ、知人と同じクラスの方が、何かと都合も良かろうし、それにね、彼女が提示した学園運営助成金の額が、まぁ……ちょっとしたモノだったのさ」
「ちょっとしたモノ?」
「大の大人がニッコリ笑って判子を押すのに、腕が軽くなる金額だったと言うことだね。額が額だけに、国使留学生を利用したマネーロンダリングが疑われるほどだよ」
「いくらなの?」
 額を聞く潤。
「聞かない方が良い。学園長の顔を見ると殴りたくなる金額だ」
「そんな噂が、一部の学生の耳に入ってるってのは、問題だな……一部って、どれくらいの規模?」
「あぁ、それは心配要らない、情報が漏れているのは本当に極一部だ」
「例えば?」
「まぁ、主に僕かな?」
「……他には?」
「操がうるさくてね、彼にも教えておいた。余計なことをしたかな?」
「……いつかはバレるだろうし、操はまぁ……仕方ないか……」
「操には一応、他の人には黙っておけと言っておいたんだがね」
「うん、そうしておいて貰えると助かるかな……」
「どうして? 可愛い子じゃないか、自慢こそすれ隠すようなことでもないと思うが?」
「可愛い……?」
「好みではない?」
「どうだろう……綺麗過ぎても、作り物っぽくて苦手かな……」
「やっぱりアレかい? キミは操のような、どこかモサッと野暮ったいタヌキ顔の方が好きかね?」
「いや、そこでなんで操? あいつ、男だって」
「別に男色は恥ずべきことではないよ。むしろ選ばれた高貴な人間にだけ発生する感情だとも言える」
「あまり変な感情に目覚めたくないな……タダでさえ閉じていたい目が開きかけてる時期だっていうのに……」
「……む? どういう意味だい?」
「言葉の通りだよ」
「おっと、予鈴だね……教室へ行こう」
「教室……教室か……フゥ……」
「どうした?」
「操に、リアンに、リカさん……なんだかトラブルの予感がするんだよね……」
「考えすぎだよ」
「だと良いんだけど……」



 教室へ移動する潤。
「説明していただけますかっ!?」
 説明を求めるリアン。
「……………………。それみろ」
「僕を睨んでくれるなよ。一体なにがあったというのだね?」
「なにが? アレを見てくださいな! なんの説明が必要ですか!」
「アレ……?」
「なぜ私の席に、あの者が座っているのかと!」
「え……? あぁ……そうか。でも、あの席は元々、リカさんの席で……」
「ですが、それは先日、先生の許可を得た上で、私に移譲されたはずです!」
「……無理矢理奪っておいてそれは……」
「潤様?」
「……あ……はい?」
「潤様は、あの女とこの私、どちらが隣に居た方が良いのですか? よくお考えになってくださいまし」
「いや……どちらがって……俺は別にどっちでも良いんだけど……」
「なら私がこの席でも宜しいではないですか!」
「あぁ〜……もぉ……修ぅ〜、なんとか言ってくれよ」
「なぜ僕に振る」
「キミ、クラス委員長だろう?」
「あぁ、それはガス湯沸かし器が壊れたと電気屋に電話するうっかり主婦のような勘違いだね。電気屋は電気屋、委員長は委員長、なんでも屋ではないのだよ、わかるかい?」
「……うん……まぁ……そうなんだけどさ……」
「席……というのは、言ってみれば個人のエリア、土地のような物だ。所有権がらみのこういったデリケートな問題は、当人同士で話し合って決めてくれたまえよ」
「ちょっと、貴女?」
「あ? なによ?」
「あ? じゃありません、そこは私の席です、お退きなさいな!」
 リカに退けというリアン。
「はぁ? なに訳わかんないこと言ってんの?」
「まぁ、二人とも少し落ち着こうよ」
「別に? エキサイトしてるのは、このお嬢だけだし、なんなの?」
「貴女……日本語が理解できていないのですか? 本当、ダイラス・リーンは超がつくほど馬鹿ばかりで嫌になります」
「なにそれ? ケンカ売ってんの?」
「あぁ……もぉ、まったく……あのさ、ここは元々、リカさんの席なんだから……」
「む……潤様は、この女の見方なのですか?」
「いや、見方っていうか……」
「……なにを勘違いしているのか知らないけど、私は別に、この席にこだわっている訳じゃないわ……譲ってやっても構わないわよ? ただね、あんたの態度が気に入らないのよ。プリーズの一言もなしに、なんでも自分の思い通りになると思ってるその態度がね」
「はい? なんですって……?」
 聞こえないフリをするリアン。
「聞こえなかったの? 『おねがいします』よ」
「あらあらあら……それって? なんです? 本来であれば無言で踏み潰されるべきゴミムシ相手に、わざわざ退けと声をかけて差し上げた、寛大なこの私に対してそのような物言いをなさる?」
「あ? 寛大なのは、世間知らずな田舎貴族のお嬢ちゃんに、世の中のルールって物を説いてやってる私の方だと思うけど?」
「あぁもぉ! やめなよ二人ともっ!!」
「潤様! でしたら潤様がお決めくださいまし!」
「……俺が?」
「そうです、潤様が決めてくださるのなら、私はそれに従います」
「うーん……」
 潤は悩む。
「う〜ん……」

 面倒は、避ける……避けるか……どうやって?
 リアンは、この席が良いと言う……。
 そしてリカさんは動きたくないと言う……。
 リカさんを動かさずに、リアンをこの席に座らせる方法か……。
 リカさんを残して、他の全員を動かすとか……?
 クラス全員をオフセットシフトさせれば、リカさんを動かさずに席を移動させることが……。
 ……って、そっちの方が面倒だな……。
 やっぱり、素直にお願いするのが一番楽かな……。

「ごめん、リカさん、この席はリアンに譲ってあげてくれないかな?」
「なんでよ?」
「だってキミは、俺の隣じゃなきゃ嫌だって訳じゃないでしょ?」
「……そりゃ……ね……」
「じゃあ、おねがい。面倒だとは思うけど、もっと面倒なことになるのを避けると思って、ね?」
「……………………」
「ダメ?」
「……どうせ、『命令』されれば、私は逆らえないんでしょ……?」
「命令なんかしたくないから、お願いしてるんだけどな」
「……好きにすればいいじゃない……」
 好きにすればいいと言うリカ。
「ごめんね、この埋め合わせはするから」
「……む……」
「ほら、コレでいいんだろ?」
「むむ〜!!」
「え? なに? どうしたの?」
「……潤様のバカ」
「な? え? なんでバカ?」
「もういいです!」
「リアン……?」
「……鈍感……」
「……え?」
「えぇ〜〜……?」

「はい席について〜、ホームルーム始めるよ〜」

 ちょ……もぉ……なんなんだよ……まったく……。
 ……女の子って……わかんないな……。


 《SIDE月姫》
「フロイライン! 昼食を用意するがよい」
「すぐに用意いたします」
「さつきの分も用意いたせ」
「姫様の分は直ちに……ですがその者の用意をする必要はないのでは?」
「妾は、さつきの大叔母にたるのだぞ」
「わざわざ、城からもって来た食料を出す必要は……」
「いいから言われたとおりにするがよい」
「かしこまりました」
 そう言ってキッチンに消えるフロイライン。
「さつき、今宵は出かけるぞ!」
「出かけるって何処へです?」
「三咲町へだ!!」
「三咲町へ何か用が?」
「妾の妹を殺した奴を見てみたくなった」
 アルクェイドが殺されたという情報を確かめるようだ。
「さつき、そなたにも関係のあることだ。付いて参れ」
「私も行かないといけないんですか?」
「当たり前であろう? アルクェイドは、そなたの祖母だ! そなたは、アルクェイドの眷属なのだぞ」
 さつきをアルクェイドに引き合わせるつもりのアルトルージュ。
「コレは、決定事項だ。今宵、そなたをアルクェイドに引き合わせる」



 《SIDEムーンタイズ》

 同日。
 私立八坂学園。
 午後12時02分。
「……さて、昼休みか……どうしよう?」

 ……誰かを食事に誘おうか?

「とは言っても……誰を?」
 誰を誘おうか悩む潤。
「……うーん……」

 そうだな……今朝のことも気になるし……ちょっとリカさんに、なにか一言言っておいた方がいいかな……。

「……えっと……リカさんは……」
「やぁ潤、キミ、今日の昼食はどうするんだい?」
「ん……まぁ、リカさんを誘おうと思ってるんだけど」
「ミス・ペンブルトンなら、先程ほど教室から出て行ったが?」
「そうなんだ……」
「弁当を手にしていた様子もないし、学食ではないかな」
「そっか、わかった、言ってみるよ、ありがとう修」
「フフン……?」
「なに? 変な笑い方……」
「いや、やけに気にかけるね、彼女のこと」
「あぁ、好みなんだ、金髪」
「なんだ、つまらん」
「キミ、俺が『そんなんじゃないよ』って言ったら、弄る気だったんだろう?」
「そのつもりだったんだがね、実につまらん」
「小学生の頃から散々オモチャにされてきたんだ、少しは学習するさ」
「いよいよ僕のオモチャは操だけになったか」
「遊んでもらえるだけ有り難いと思いなよ、操じゃなきゃ嫌われてるよ?」
「大事にしているじゃないか、操も、キミもね。引き止めて悪かったね、金髪捜索を再開してくれたまえ」
「そうしよう」
「あ、そうそう!」
「……なに?」
「一つ助言」
「なにが?」
「もし彼女に『金髪なら誰でもいいのか?』って聞かれた時の答えを用意しておいた方が良いよ」
「なんで?」
「あの手のタイプってのはさ、そういうの、気にすると思うよ?」
「ふぅん……そんなモンかな……? なんでわかるの?」
「顔かな? あぁいう顔をした女の子は、他人に必要とされたいって、いつも考えるタイプで、そしてその理由を知りたがるものだよ」
「なるほどね」
「因みにキミ、なんて答える? 金髪なら、誰でも良いのかい?」
「……生えてる頭による……」
「はっはっは! それは良いね! そう言われたら起こっていいのか喜んでいいのか解からない。今度僕も使わせもらおう」
「じゃ、行くから」
「あぁ、頑張りたまえ」

 頑張る……? なにを……?
 修も時々解からないことを言う……。
 でも不思議と、修の『女の子の見立て』って、外れたことないんだよんね……。
 修が『この子はこんな子だ』って言うと、大抵当たってる……。
 修の家は姉と妹だらけだし、やっぱり女の子慣れしてるってことかな……?


「えっと……リカさん、何処に居るんだろう……?」
 リカを探す潤。
「……………………」
 食堂を見渡す。
「……ここには……居ない? ような気がする……なんでだろう?」
「あら……潤様?」
「え……?」
 掛けられる声に驚く。
「なんだ、委員長か……キミまで潤様とか、そんな呼び方……」
「あぁ、えぇ、そうね、なんだかリアン様の呼び方がうつってしまって」
「委員長、今日のお昼はパンなんだ? なんだか凄い量だね」
「べ、別にコレを全部一人で食べるわけじゃないわよ? リアン様とゼノさんの分も買ったから……」
「……リアンの?」
「えぇ、リアン様が、両手に抱えきれるだけ買ってきなさいって」
「あのさ、もしかして、パシられてる?」
「……え?」
「リアンに無理矢理命令されてるんじゃないの?」
「いえ、別に無理矢理って訳じゃ……」
「でも、委員長が誰かのためにパンを買いにいかされてるなんて、初めて見たけど……」
「あぁ、それは単に、今までしなかっただけ……というか、私にパンを買いに行かせる人が居なかっただけよ。私、ほら、クラスに親しい人って、あまり居ないでしょう?」
「……あ……」

 そういえば……委員長がクラスの友達と仲良くしてる所って、あんまり見たことないな……。
 委員長から話しかけてくる時って、大抵は『お小言』だったりするし……。

「あ、でも、修は? 修とは仲良くしてるよね?」
「函南くんは……お友達って言うほど仲良くはないし……それに、彼って自分勝手で我侭に見えるけど、フェミニストだから、プライベートな用事を押し付けられたことなんてないわ」
「確かに……それに委員長なら、嫌なことは嫌って、言うだろうしね」
「そういうこと」
「リアンには、命令されたら断れなかった?」
「あぁ、それもチョット、違うのよね……」
「ちょっとって?」
「命令されて、嫌々って言うのではなくて、うん……なんだろう? むしろそうすることが嬉しいって言うか……」
「嬉しい?」
「変かな? あは、変だよね? でも、私ほら、人に頼られるのって、嬉しいって言うか……誰かの役に立っている自分って、結構好きだから。今までは、クラスのため、学校のため……打算的に言っちゃうと、クラスの人たちに感謝されて……やっぱり水野じゃないと……って、そう思われたくて頑張ってたんだけど……でも今は、リアン様さえ喜んでくれたら……リアン様に褒めてもらえるのが一番嬉しいって言うか……漠然とした大勢からの感謝より、リアン様一人に、誰よりも深く必要とされたいって言うか……やっぱり変かな?」
「わからなくはないけど……」

 それで、いいのか……?
 『メイドから仕事を取り上げる主人は最悪の主人だ』って、ベルチェは言ってた……。
 つまり、ちゃんと『役目』を与えることが出来ない主人は、主人の資格がないってことか……。

「委員長は、こんな使いっ走りみたいな仕事でも、嫌だって思わないの?」
「そうね、私だって、出来ればもっとやりがいのある仕事がいいけど、リアン様がありがとうって言ってくれると、小さな仕事でも嬉しいわ」
「そっか……」
「じゃあ、私もう行かなきゃ。リアン様が呼んでいるから」
「あ、うん、ごめんね引き止めて……。……あ! ごめん委員長! 聞くの忘れてた!」
「……え?」
「どこかでリカさんを見かけなかった? 探してるだけど……」
「さぁ? 私は見なかったけど……」
「……そう……」
「どうして呼ばないの?」
「……え?」
「だって、ペンブルトンさんは、荻島くんの眷属なのでしょう? 強く念じれば、言葉は届くし、居場所だって見当がつくでしょう?」
「そうなの……?」
「えぇ、さっきから、私の頭の中でリアン様がお腹すいたーって、ずっと言っているわ」
「そんなこと、出来るんだ」
「なにか、コツみたいなものが必要なのかもしれないけど、試してみたら?」
「そうだね」
「じゃ、私は失礼するわ」
「あ、委員長待って」
「まだなにか?」
「……リアンの眷属になったこと……後悔していない?」
「していないわ、むしろ感謝しているかしら?」
「……感謝……」
「私のこと、下の名前でカナコって呼んでくれるの……リアン様だけだしね……。じゃあ、行くわ」
「……………………」
 可南子はリアンの元へ行った。
「感謝か……」
 潤は考える。
「リカさんはきっと……余計なことしてくれてって……怒ってるんだろうな……。……リカさん……何処に居るんだろう……?」

 ……リカさん……聞こえる……?
 聞こえるなら、返事して……。
 おーい……リ〜カ〜……。
 聞こえるか〜、金髪ゴリラ〜……、いや、金髪ゴジラ〜。

「……………………」
 何の反応もない。
「やっぱり無理かな?」
 誰かに殴られた。
「がっ!!」
「……貴方、また私のことゴリラって言ったでしょ……それにゴジラとも……」
「言ってないって」
「……な〜んか、聞こえたのよね」
「…………(もしかして……俺の心の声が聞こえてるのか?)…………」

 ……この金髪ゴリラ……。

「なんか言ったっ!?」
「え? 別に? なにか聞こえた?」
「……聞こえるって言うか……なんか、イラッとするのよね……」
「あはは……」


 ……言葉は通じないけど……感情の色?
 見たいな物は伝わるのかな……?

「そんなことより、リカさんお昼は?」
「もう食べたわ」
 昼食を食べたようだ。
「あ……そうなんだ……」
「……………………」
「ね、本当に食べたの?」
「食べようと食べまいと! 私の勝手でしょう!?」
「あ? ちょっと、リカさん?」

 リカの後を追う潤。
「リカさん、待ってよ」
「なによ! ついてこないでよ」
「リカさん、なんか俺のこと避けてない? どうして?」
「どうしてって……別に……私は……」
「お腹、空いているんでしょ? よかったら、俺と……」
「いらないっ!」
「いや、でも……お腹が空くと……ほら……吸血鬼化が……」
「余計なお世話よ! それぐらい、自分で何とかする!」
「なんとかするって? リカさん……お金持っているの?」
「……む……ぐぐ……そんなの! そこらに生えている雑草でも食べるわよ!」
「雑草って……そんなさぁ……。俺と一緒なのが嫌なら……お金渡すから、それで……」
「お金で片をつける気!?」
「あぁ、もぉ……俺にどうしろって?」
「……とにかく、これは私のケジメなの……。あなたに飼い殺しされる気はないわ……」
「……そう……」
「……叱られた子供じゃあるまいし、そんな顔しないで。だから私は貴方が嫌いなのよ」
「……あ……」
 リカは去って行った。
「……………………」

 ……まいったな……なんか、完全に嫌われてるみたい……。
 放って置けって言われても……そうもいかないよなぁ。
 要は、リカさんは吸血鬼である俺に世話になるのが嫌いなんだよね……?
 なにか……摩擦の少ない方法を考えなきゃ……。
 とは言え、リカさんもあぁいう性格だし……素直にこっちの言い分を聞き入れるとは思えない……。
 リカさんに友達でも出来れば、俺も余計な心配しないで済むんだけど……リカさん……一人で不安じゃないのかな……?



 あとがき

 今話はから第二章『現実』に突入です。
 リアンルートに行こうか迷ったが、メインルートで行くことにしました。
 月姫本編で関わりがなかった三咲町の事件にアルトルージュを関わらせる事にしました。
 アルトルージュの来訪で対ネロ、対ロアを如何しようかな〜。
 さつきをまたまたパワーアップさせようかな?



潤の周りは一気に賑やかに。
美姫 「しかもリカは報告しているみたいだし」
これが後でどうなるか。
美姫 「さつきの方は来訪者が」
しかもアルトルージュ。いやー、さつきとアルトルージュがアルクェイドに会うみたいだし。
美姫 「こちらもどうなるかしらね」
それじゃあ、この辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る